「なんだって!?」

 こなたからの話を聞いて、僕は思わず叫ぶ。

「うん……心配だよ。かがみ一人で……」

 かがみとつかさちゃんの姉妹は、つい一ヶ月前、この世界に足を踏み入れた。
 実は、僕が知らなかっただけでずっと前から僕と同じ世界の住人だったこなたと同じく、手に入れたのだ。魔法の力を。

 しかし、力を手に入れれば同時により強い敵に遭遇する。
 これまで、経験者である僕やこなたのフォローによってなんとかかんとかやってこれた彼女が、一人で敵と戦いに行ったというのだ。

 なぜそんな無茶を。死んだらどうする。
 そう思って話を聞くと、なんでも妹のつかさちゃんのためらしい。

「私は……やらなきゃいけないことがある。リョウに任せた」
「ああ、任せとけ。これでも僕は凄腕の魔法使いの弟子なんだぜ?」

 意識して強い言葉を使う。
 こんなことを言いながら、僕は本当に大丈夫かと内心不安を抱えていた。

 例え負けても、死ぬわけではない。ただ、しばらくすれば復活するとは言え、痛いものは痛いのだ。僕は何度も死んで、それを文字通り痛感している。
 しかし、女の子が一人で戦っているのに、ただ座視するわけにはいかないだろう。

 幸いにも、飛んで行けばかがみが戦っている場所はすぐそこだ。応援に行って、間に合わないということはないだろう。

「じゃ、行ってくる!」
「あいよ、行っといでー」

 こんな時にも緊張感のないこなたの声に背中を押されて、僕は飛んだ。
 景色が一瞬で過ぎ去り、かがみが戦っているという森に僕は足を踏み入れる。

 ここは太古の邪悪な錬金術師が過去に根城にしており、そいつが作った魔導生物の成れの果てや彼の生贄となった魂が蠢く、付近でも有数の危険地帯だ。
 有象無象の雑魚を、僕は得意の魔法で軽く蹴散らし、かがみがいると思われる森の奥地へと歩を進める。

 キィン、キィン、という甲高い音が聞こえ始めた。同時に、唸りを上げる獣の声。
 遠くにかがみの姿が見えた。特徴的なツインテールを翻しながら、魔法の力が込められた剣を振るっている。

 しかし、あまり相手にダメージを与えられていない。明らかに劣勢だ。
 僕は急ぎながら、魔法を詠唱する。

「うおおおおおお! 『メテオ・ストライク』!」

 ドカカカカ、と頭上から落ちた数多の隕石が敵の肉体を蹂躙し、

『キマイラを倒しました。10105の経験値を獲得』

 ……そんなメッセージが画面を踊り、
 ついさっきまでキマイラがいた場所には、杖らしき外見のアイテムが転がっていた。

 このボスキャラがドロップする杖は、アレしかない。
 合成獣の錬成を得意としたかの錬金術師、秘蔵のアイテム『生命の杖』。装備すると、回復魔法の消費一・五倍、回復量二倍のクレリック御用達のレアアイテム。

「命杖とったどーーーー!!」

 んで、僕はクランのチャットで、思い切り叫び声を上げるのだった。






























『うわぁ、お姉ちゃん、リョウさん、ありがとう〜』
『大切に使うのよ』
『うん!』

 と、
 クランの集合場所に使っている、首都の外れの路地裏で、つかさちゃん扮するクレリックのキャラに杖を渡すと、タイピングに手間取っているのがよくわかるタイムラグのあるチャットで彼女がお礼を言ってきた。

 ついニヶ月前、正式サービスが始まったとあるオンラインゲーム。
 こなたの紹介で正式サービス開始と同時にこのゲームを始めた柊姉妹は、意外にもこのゲームにハマっている様子だった。

『しかし、クレはいいねぇ〜。良装備が割と序盤で手に入ってさぁ』
『……一番金のかかるアサシンで、ほぼ最強装備を手に入れている奴がよく言う』

 んで、クランマスターでありこの四人の中では一番レベルの高いこなたが、羨ましそうに言った。

 っていうか、こいつおかしいよ。
 こなたはオープンβからキャラを作ったということだが、正式サービス開始にあたってレベルはリセットされている。だというのに、あれから二ヶ月足らずでもうすぐカンストというところまで育ててやがるのだ。
 本当に大学にちゃんと通っているんだろうな。心配になってきたぞ。

 ちなみに、僕はウィザード、かがみはマジックナイト、つかさちゃんがクレリック。一つのパーティとしても、中々にバランスが良いメンバーだった。

『でも、これでちゃんとみんなを開腹できるね。次の冒険は任せてよ』
『つかさちゃん、誤字、誤字』

 なんか凄い怖い文章になってるぞこれ。

『あわわ』

 つかさちゃんのキャラの頭上に、汗のエモーションが流れる。エモーションを覚えたてのつかさちゃんは、よく使いたがるのだった。

『じゃさ、つかさも命杖手に入れたことだし、ヘルタワーでも行く?』

 こなたはそう提案する。
 まあ、所謂高難易度ダンジョンの一つである。

 しかし、こなたや僕はいいとしても、かがみは適正レベルから外れてるし、つかさちゃんは余裕でアウトだ。敵の攻撃ニ、三発で死ねる。このゲーム、デスペナけっこうきついんだよね。何度も死んで、僕は本当に実感してる。このレベルになるとホント洒落にならんのだ。
 ……そもそも、言っちゃ悪いが、つかさちゃんの回復役って微妙に信用ならんし、適正より一つ下のダンジョンに行った方がいい。

『無理無理』
『ちぇー』
『っていうか、昨日狩りはがっつり行ったでしょ? 今日は行く気しないわよ』

 昨日は土曜だったからか、五時間くらいがっつり狩ってたもんねえ。かがみの言うこともわかる。
 その気になれば、何十時間もぶっ続けで狩りができるこなたとは違うのだ。

『そんなこと言って〜、妹の装備を取りに行くためには出かけるくせに〜』
『あ、あのねえ!』

 いや、レベル上げのための単調な狩りとボス狩りは違うだろ。

『たまたま、ボスが沸く時間がわかったから見に行っただけよ。それで、丁度出てきたから』
『あ、そういやごめんね。私、別のボス狩りに行ってて助っ人できなくて』
『いいわよ、別に。リョウさんが来てくれたし』

 ちなみに、僕の柊姉妹からの呼び方は『リョウさん』である。
 いや、いつもみたいに土樹って苗字で呼ばれると、すっげぇ珍しい苗字だから知っている人には即バレだしね。オープンで間違えて呼ばれでもしたら、ちょっと恥ずかしい。キャラ名もRYOだし。

 ちなみに、こなたは別のオンラインゲームでも使ってたKONAKONA、かがみはKAGAMI、つかさちゃんはTSUKASAと、それぞれ名前をそのままローマ字に変えただけの名前である。

 などと、適当にダベっていると、ぐぅ、と腹が鳴った。

『あ、ちょい離席』
『なに?』
『飯〜』

 今日はこのままチャットで終わる雰囲気である。適当に、ご飯でも食べながらグダグダするとしよう。

『いてらノシ』
『すぐ戻ってくるから』

 と、打って僕はPCデスクから立つ。

 さて、と。

 台所に来て、冷蔵庫を開ける。今日のメインは、近所のスーパーの見切り品であるコロッケだ。これはレンジにかけて、後は……きゅうりがあるから、これを輪切りにして味噌添えて。瓶詰めのタコわさが半分くらい残ってるので、取り出して。
 そして、最後におビール様、と。いや、発泡酒だけどね。

 まあ、そんな諸々を手に、僕はデスクのところに戻ってくる。
 プシュ、とプルタブを開け、グビグビ呑んでディスプレイを見た。

 ……さっきから、そんなに話は進んでいないらしく、こなた達はとりとめのない話をしている。

『ただいま〜』
『おか。早いね、ホント』
『今、飯食べながら打ってる』
『行儀悪いなあ』

 放っとけというのである。こうやってモノ食いながらパソコン弄るのは僕的に至福の時間なのだ。

『後ビールね。そいや、この前ので酒には慣れたのか、みんな?』

 先日のこなたんちでの飲み会のことを話題にする。

『うーん、私ゃ、まだジュースの方が美味しいねえ』
『私も〜』

 まあ、こなたの体格だとアルコールに弱いことはわかるし、つかさちゃんはそもそもあの日もあんまり呑んでなかったしな。
 ……んで、一人固まっているかがみのことは、スルーしてあげるのが優しさだろう。あの時の酒乱は酷かった。

『そっかー』
『まあ、コンパとかあっても、適当にやり過ごしてるしねえ』
『私は料理の専門学校だから、どっちかっていうと試食会みたいなことが多いかな〜』

 ほう、つかさちゃんは料理人志望なのか……メシウマなのはいいことだ。

 なんて諸々話しながらコロッケを摘む。……むう!?

『うはwwwコロッケwwwうwwめwぇw』
『リョウ、ウザい』

 ひどっ。
 まあ、『w』は使い過ぎると確かにウザいけど。

 スラングに慣れていないかがみやつかさちゃんのため、普段はあんまりこーゆーの使わないのだが、しかしコロッケが美味いのが悪いのだ。コーンが入ってて、絶妙な甘みがビールに凄く合う。ここに中濃ソースがたっぷりかかっているのだから、もうお手上げだ。
 やるな、スーパーの見切り品。コロッケ二個が半額で八十八円というお得プライスにも関わらず、この満足感は見事だ。

『コロッケにビールって……太りますよ』
『んにゃ、僕、あんまり太らない体質だから』

 まあ、妖怪に襲われて逃げ回る日々だから、それが運動不足解消になっているのかも知れん。幻想郷で頻繁に催される宴会で、かなり飲み食いしてんのに体重変わらないしな。

『へえ〜、あんまり運動とかしてなさそうなのにねー、リョウは』
『余計なお世話だ』

 まあ、空飛んでるだけで体を動かしているわけじゃないから、そうなんだけどさ。

『栄養バランスとか、考えたほうがいいですよ〜』
『ええと、野菜ジュースで補っているってことで』

 うーむ、つかさちゃんに説教されてしまった。

 そこから、食べ物の話に移る。スーパーの見切り品はネ申と主張する僕に、こなたとつかさちゃんは割と呆れ気味だった。
 ……って、あれ?

『……かがみ? どうした?』

 なんか、さっきからかがみが発言していない。
 チャットのログを見ると、三分くらいずっと放置だ。さっき僕に太りますよ、なんて言ったとき以来か。

 ……トイレ?

『あいえ、なんでもないです』

 と、反応があった。なにだったんだろ。

 って、あ。そういや、前の酒の席では、かがみ体重気にしてたな……。ふむん、そんな女性の前で、あの発言は軽率だったか?
 でも、ツッコむと藪蛇っぽいから、なにも言わないでおこう……









































 程よく酔いも回った頃、我らがクランの最後のメンバーがログインしてきた。

『よっすー、こんばん〜。みんな揃ってんのやな』
『先生〜、お疲れ様でーす』

 NANAKONというキャラクター名の彼女は、こなたの高校時代の先生である黒井ななこ先生だ。リアルで一回だけ会ったことある。
 まあ要は、知り合いだけで固まっているクランだった。

 僕以外、全員女性プレイヤー。まあ、だからと言ってハーレム(笑)なんてものじゃないけど。なにせ、僕を含め全員女性キャラである。ネカマ? うるせぇ。

『おう、ホンマなぁ、勘弁して欲しいわ。職員会議が長引いてな』
『ありゃ、こんな時間まで?』

 時計を見ると、もう十時近い。うーん、僕も就職したらこんな風になるのかなあ。そりゃ大変そうだ。

『まぁなあ。ま、お前らは大学生のうちに遊んどけ〜』
『……センセ、センセ。私よりレベル高いのに、遊んでないってのは』

 ちなみに、黒井先生のキャラクターはレベルキャップまで育っているパラディンであった。
 ……社会人が、どうやったらサービス開始から二ヶ月でここまでレベル上げられるんだ? 確かに大型連休とか挟んでいたが、まさか連休中、ずっとインしていたなんてことは有り得ないだろうし。

『まあ、アレやな。課金アイテムの力と、連休ずっとレベル上げに費やしとったからなあ』

 有り得ちゃったーーー!?
 ほ、他にすることないんだろうか、この人。独身で、女性で、社会人なのに。ほ、ほら、友達と旅行とか、彼氏とデート、とか?

 ……いやでも待てよ。将来、僕が社会人になったとして、休日の過ごし方が今と変わるとは思えんな。ゲームしたり漫画読んだり幻想郷行ったり。
 案外、そういうものなのかもしれない。

『先生、いつまでも一緒にゲームしましょうね!』
『……リョウ、お前な、なんか失礼なこと考えんかったか?』
『なにを人聞きの悪い』

 はっはっは。

『後、これは前々から言おうと思っとったんやけど、お前はうちの生徒やないのに、なんで先生?』
『いや、こなたたちが言ってたのと、後は"先生、お願いします"のノリで』
『どぉれ、ってやかましいわ』

 でもなー。壁役として高性能なパラディンが前に出ると、マジそんな感じだし。

『今日はどこ行くー?』
『あ、先生。今日はなんかダベるモードみたいです』
『なんや、そうなんか』

 よっこいせ、とわざわざ打って、黒井先生のキャラが座る。

『ほなら、ちょう待ってな。酒取ってくるから』
『リョウさんと同じ事言ってる』

 かがみが呆れたように言う。
 いや、仕方ないのよ。君達もやってみりゃこれが幸せだってことわかるぜ?

 ……よし、また呑ませてみよう。大学帰りにでも誘って。なに、この前も太る太る言いながらパカパカ呑んでたのだから、嫌いというわけではあるまい。


 この後も、うだつの上がらない日常のネタを話したりして。
 クラン『ラッキースター』の一日は過ぎたのだった。



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