季節は夏真っ盛り。
 世の学生は夏休みを満喫し、殆どの社会人はそんな気楽な時代を思い起こしながら今日も額に汗を流して仕事をしている。

 ――そして、極小数の例外であるところの僕はというと、七月の補修期間も終了し、二学期に向けての準備や教員向けの研修をこなしている。
 ただ、部活も受け持っていない僕は、週に二、三日程は溜まりに溜まっていた有給休暇を消化したりしているので、ホントのんびりした夏季休暇になっていた。部活受け持つと休みが取れない(うちは部活動も勤務扱い)ので、今のうちに消化しといてくれ、と学年主任からお達しを受けているので、割と堂々と休んでいる。

「……羨ましい」
「翠屋、本気で忙しそうですもんね」

 ふと立ち寄った翠屋で、休憩中の高町さんと一緒にアイスコーヒーなどを飲みつつ、近況を語り合って出てきた言葉がこれだ。
 この店は、世間様が休みの時こそがかきいれどき。学生にも大人気のお店なので、夏休み中の高校生やらが昼間から大挙して押し寄せてきており、客の入りは普段の五割り増しといったところだろうか。

 嬉しい悲鳴ですね、とは高町さんの顔を見る限り言ってはいけない気がする。

「いや、俺はいいんだ、俺は。もうこの店のマスターやって長いし。……今年はちょっと、例年より多いけど」
「なんか雑誌に紹介されてましたよね。後、ネットの口コミサイトで評価凄かったですよ」

 まあ、元々有名ホテルのパティシエを務めていた桃子さんの手製のお菓子がリーズナブルなお値段で提供されているし、飲み物も雰囲気も良く、ついでにアクセスも良好となるとこの状況もむべなるかな。むしろ、話題になるのが遅すぎた感がある。

「ありがたくはあるんだがなあ……。とにかく、問題はなのはなんだよ」
「はあ」

 問題? あの成績優秀な健康優良児には似合わぬ言葉である。

「夏休みだってのに、一回も遠出させてやれてないんだ」
「ああ、そういうことですか」

 高町夫妻、及び美由希ちゃんは現在フル稼働。兄の恭也は夏休みにボディガードの仕事を入れたらしく不在。というか、なのはちゃんまでたまに手伝いに出ているくらいなのだ。

「うーん、僕、T&Hでなのはちゃんが遊んでるトコ、よく見かけますし。別に大丈夫だと思いますよ?」

 家族の忙しさをわからないような子ではない。――小学生の感覚ではないけど。

「友達も増えて、楽しそうなのはわかるんだけどさ。こう、俺としては旅行とまでは行かなくても、山なり海なりに連れてってやりたいんだよ。せっかくの夏なんだから」
「そうなんですか……時間は取れそうですか?」
「……く、九月になればなんとか」

 駄目じゃん。

「海なら近いし、なんとかならんもんですかね」

 海鳴市は、市の名前に『海』とある通り、海に近い。そこそこ有名な海水浴場も一時間とかからない場所にある。

「うーん、昼間はなあ。バイトの子のシフトもちょい調整して……いや、厳しいな……」
「はあ。それじゃもう、お小遣い渡して送り出してあげればいいんじゃないですか? 友達と行けば下手に大人が付いてくより楽しめるでしょ」

 っと、しまった。今のは軽率な発言だった。

「あのなあ。近場つっても、子供だけで海水浴なんて危ないだろうが」
「すみません、今のはちょっとナシで」

 あまりにもしっかりしているから失念していたが、なのはちゃんはまだ小学四年生だった。近所のおもちゃ屋程度ならともかく、友達だけで遠くに出かけるのは駄目だ。つーか、一応海聖初等部の校則でも、子供だけで学区外に行くのは禁じられている。

「はあ……まあ、なのはには悪いけど、今年はどこにも連れて行ってやれないかな。……秋になって暇になったら、遊園地にでも行くことにするか」
「本当、大変ですね」

 ふむ……いや、しかし。
 うーん、高町さんには海鳴に引っ越して以来、なにくれとお世話になっているし、このくらいでお礼と言えるかはわからないが、

「高町さん?」
「うん?」
「まあ、もしよかったらですけど。海水浴の引率くらいなら、僕引き受けますよ?」





















「んじゃ、全員忘れ物はないか?」

 『はーい!』と元気の良い返事が上がる。

 駅前に集合したのは、なのはちゃんを初め、アリシア、フェイト、すずかちゃんにバニングス。ホビーショップT&Hのショッププレイヤーにして、学校でも評判の仲良し五人組である。

 高町さんに是非頼むとお願いされ、なのはちゃんが声をかけた結果、いつもの五人が当然のように集まっていた。

 懸念されていたのは保護者さんの許可だが、これまたあっさり通った。

 すずかちゃんトコはご両親が海外なので、保護者が忍だ。話をしてみると、『あっそう? よろしくー』であっさり通過。

 テスタロッサ姉妹の母はおもちゃ屋経営。高町さんと同じく、夏休み中は特に忙しいので、この提案は渡りに船だったそうな。デュエリストの一人としてお店に協力したりして信用を稼いでいたので、許可もいただけた。

 バニングスの家については直接の知り合いではないが、高町さんがサッカーを通じて父親の方と仲が良いらしく、話を通してくれた。後、やっぱ教師って肩書は社会的信用があるようで、初めて会うお父さんに挨拶に伺った時もにこやかに対応してくれた。

 以上、今回の小旅行の引率を務めることになった経緯である。

「んじゃ、今から電車乗って海水浴場の最寄り駅まで行くぞ。財布と携帯は落とさないようにしろよ。僕の携帯番号は……みんな知ってたよな?」

 まあ最悪はぐれた上で携帯を落としたとしても、ダウジングなりなんなりで見つけ出せるが。

「もう、大丈夫だって。良さん、早く行こっ!」

 わくわくが止まらない様子のアリシアが僕の手を引っ張って今にも駆け出さんとする。

「ちょ、アリシア! 駄目だってば」
「むう、フェイトは固いなあ」
「まあまあ。海は逃げないんだから、のんびり行きましょうよ」
「海は逃げなくても遊ぶ時間が少なくなるよっ」

 呆れ顔のバニングスに、アリシアは何を言うのかと反論する。

「でもアリシアちゃん。ここで急いでも、次の電車まで時間があるから早く着くわけじゃないよ?」
「あっ」

 すずかちゃんの冷静なツッコミにアリシアが固まり、みんなが笑う。

「さて、と。なのはちゃんも行くよー」
「はぁい」

 トコトコと付いてくるなのはちゃん。

 んで、駅に入り、僕が人数分の切符を買う。それを各自に手渡し、電車へ。

 僕達と同じ海水浴客なのか電車は混んでいたが、なんとか四人掛けのボックス席を確保できたので、五人を座らせる。……全員子供で、特にアリシアは小柄なので、なんとか座ることができた。

「誰か膝の上に乗せれば良さんも座れるんじゃない?」
「できるかい」

 アリシアの提案を速攻却下する。つーか、小学四年生にもなって大人の膝上ってのはみんな嫌がるだろ。

「あはは。あ、お菓子どうぞ」
「うん、そっちはありがたく」

 すずかちゃんが家から持ってきたらしいお菓子をいただく。クッキー……うむ、ほんのり甘くて美味い。

「手作り?」
「ファリンが作ったものです。先生に是非、と言ってましたよ」
「へえ」

 起動直後は砂糖と塩を間違えるというベッタベタな間違いをしていたあのファリンが……成長したものだ。感慨深い。

「そういえば土樹先生。前から聞きたかったんですけど」
「ん? どうした、バニングス」
「いや、すずかの家と土樹先生ってどういう付き合いなんですか? なのはのところは、士郎おじさんと友達って知ってますけど、おじさんやおばさんより忍さんと仲良いみたいだし」

 う、また答えにくいことを。

「お、大人には色々あるんだよ」
「ふーん」

 あ、なんか納得いっていない風。
 バニングスは特にすずかちゃんと仲が良いので、その友達が教師とはいえ年の離れたオッサンに懐いているのがイマイチ面白く無いのだろう。
 別に嫌われているってわけじゃないんだけど、釈然としないって感じだ。

 まあ実際、夜の一族関連とか隠し事してることはあるし……そういえば、すずかちゃん、みんなには話すつもりなんだろうか?
 そろそろ吸血衝動や発情期が始まる……所謂『大人』になる日も近付いているし、それに合わせる形になるのかな。しかしその場合、そんな家と妙に付き合いのある僕のことはどう説明すれば。

 ま、まあ、その時になったらでいいか。問題の先送りにしかなっていないが、そのうち良い知恵が浮かぶかもしれん。というか、別に絶対に隠さないといけないようなご大層な秘密というわけでもないし。

「あ、そういえばみんなは夏休みの宿題はどのくらい進んでる?」
「私達は七月中にみんなで集まって日記と自由研究以外は終わらせました」

 と、フェイトが答えた。
 ……優秀だなあ。夏休み終了直前にひいひい言いながら宿題を終わらせていた自分の学生時代を思い出すと、ちょいと情けない。

「あ、今日のことは日記に書かないと」
「そうだね、なのは。よかったら、一緒に書こ?」
「うん! あ、写真撮ろっと」

 なのはちゃんがスマホを取り出してみんなに向ける。
 なんか僕の方にも向けられたので、適当にピースしといた。……某天狗のせいで、カメラを向けられると反射的に逃げたくなってしまうのだが、それはぐっとこらえた。





















 さて、到着である。
 潮の匂いを含む風が心地いい。南の島って言うほどではないが、十分に綺麗な海が広がっている。

「わぁ!」

 と、T&Hエレメンツの面々も、目を輝かせて海を眺めていた。なのはちゃんは、パシャパシャと持参したデジカメでこの風景を撮っている。

 しかし、予想はしてたけど人多いなぁ……。芋洗い状態と言う程でもないが、迷惑をかけたりしないよう気をつけないと。

「更衣室は……っと、あっちか。みんな、行くぞー」

 全員揃っていることを確認して歩き始める。五人は結構多いので、はぐれないよう気をつけて更衣室まで。
 ここの海水浴場は設備も充実している。更衣室も混んではいるが、身動きの取れないほどの混み具合ではなかった。

「それじゃ、着替えてきてくれ。僕の方が多分先に出るから、この辺で待ってるからな」
「はーい」

 子供五人を女性用の更衣室に送り、男性用の方に入ってちゃちゃっと着替える。こういう時、男は楽だ。
 一足早く出た僕は、更衣室に併設されている海の家でビーチパラソルとビニールシート、あと浮き輪のレンタルを済ませる。今回は荷物を少なくするため、各自の水着以外は現地でレンタルすることに決めていた。

 ……しかし、色んな種類の浮き輪があったんだけど、この馬鹿でかいイルカの浮き輪はどっかの売り物の売れ残りかなにかだろうか。普通にゴムボートよりでかいぞ。しかも他の浮き輪と同じ値段。

「ま、まあいいか」

 これなら、一人、二人乗って遊べるだろうし。

 そうしてしばらく待っていると、水着に着替えたT&Hエレメンツの面々が更衣室から出てきた。
 きゃいきゃいと話に花を咲かせ、カラフルな水着も相まって実に華やかだ。

「お待たせ〜、良さん、待った……って、浮き輪借りてくれたの? あ、これ私が使う!」
「順番な。独り占めするなよー」
「わかってるー」

 例のでかいイルカの浮き輪を取るアリシア。水着はピンクと白のワンピースタイプ。腰から下がスカートっぽくなってて、フリルもついてる子供らしいやつだ。

「貴重品はどうしましょうか」

 と、僕に聞いてくるすずかちゃん。彼女は青紫のワンピース。スク水に近い。……うん、女性用水着の分類って全然わかんないんだ、ごめんなさい。

「あ、それはまとめてコインロッカーに預けるから。財布と携帯電話、後なのはちゃんは持ってきたデジカメも一緒に預けるからな」
「ええ〜、海の写真撮りたいのに」
「あー、じゃあ、僕が預かっとくから、撮る時に言ってくれ」

 なのはちゃんは、アリシアと同じような色合いの水着。胸元の四つ葉のクローバーのマークが特徴的だ。

「よろしくお願いします」
「はいよ」

 フェイトから財布を受け取る。
 なお、フェイトはブルーのセパレートタイプ。白いパレオを腰に巻いてなんか大人っぽい。

「土樹先生、土樹先生」
「ん? どしたバニングス」

 んで、バニングスが赤とかオレンジのラインが入ったストライプ柄……と、なにかどっかのグラビアでも見たのか、バニングスはそれっぽいポーズを取った。

「どう? この水着」
「おー、似合ってる似合ってる」

 ぱちぱちと適当に拍手して、受け取った貴重品をロッカーへ。鍵は……いいや、こっそり空間折り畳み式の『倉庫』に放り込んじゃえ。なくす心配もないし。あ、デジカメはどうしようかな……

「もう、一人だけの男の人なんだから、もう少し褒めてくれてもいいじゃないですかー」
「そういうのは十年後に頼む」

 口を尖らせるバニングスに、僕は苦笑する。おませというか、何と言うか。でも、しなを作っても微笑ましいという印象しか出てこない。

「えー、良さんつまんないなあ。これだけの美少女揃いなんだからもう少し言うことあるでしょ?」
「あー、はいはい、みんな可愛いよ。さ、移動するぞー」

 バニングスに乗っかってアリシアもうりうりと見せつけてくるが、僕は適当にあしらって歩き始める。

 いや、本当に可愛いとは思うけどね。あくまで子供に対する可愛いであって、この二人が期待しているようなリアクションは取りようがない。
 彼女達が成人してからなら悩殺されてしまうやもしれんが、マジ十年早い。

「あ、良也さん、私も持ちましょうか」
「いや、いいよ。全然重くないから」

 すずかちゃんが手伝いを申し出てくれるが、たかがパラソルとビニールシート、あと空気の入ってない浮き輪が数点。
 体育の先生ほどじゃないが、それなりに力はある方なので問題はない。

 空いている場所を見つけ、パラソルを突き立てシートを敷く。みんなの荷物を置いて、と。

「んじゃ、ここが拠点な。みんなとはぐれたりしたら、ここに戻ってくること」

 『はい!』と元気のいい返事が唱和する。ところどころ気を抜いたりちょっとふざけたりしていても、こういう大事なところではちゃんと返事してくれるから、本当いい子たちだ。
 後は、こっそり結界を敷いておいて、盗難防止、っと。

「んじゃ、準備運動して行くか」

 さて、何事もないように気をつけないとな。



















 全員を視界の入る範囲で遊ばせながら、僕は必死こいて浮き輪に空気を入れていた。

「っぷぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 しかし、他の通常サイズの浮き輪はすぐに膨らんだのだが、例のイルカのやつだけ異様に時間がかかってる。

「〜〜〜〜! ぷはぁ!? すぅぅぅう……」

 いかん、勢いでこれを借りたのは失敗だったかもしれん。しかし、空気入れはレンタルで品切れだったし、人力に頼るしかない。魔法? いや、こんな小さい穴から空気封入するような器用な使い方は出来ないし……

「ふううううううううううーー!」

 あ、なんか頭痛くなってきた。……休憩しよう、休憩。

「はぁ……」
「良さーん! まだー!?」

 余程このイルカくんを楽しみにしているのか、アリシアが急かしてくる。

「まだ! 後少し待ってくれ!」
「膨らますの手伝おうかー!?」

 いや、アリシアの肺活量で手伝われても大して変わらない気がする。

「いいから遊んでろー! すぐ行くから!」
「はぁい!」

 はあ……頑張るか。


















 浮き輪を膨らませるのが終わり、みんなと合流した。
 一番イルカくんを楽しみにしていたアリシアは、まずは他の子に回した。この辺、メンバー随一のお茶目さんとは言え、年長者としての自覚があると見える。

 んで、今は各自、思い思いに遊んでいる。勿論、方々に散ってしまうと僕が管理しきれないので、この周辺だけだ。

「なのはちゃん、頑張れー」

 なのはちゃんは、意外と泳ぎが苦手だった。
 浮き輪を腰に巻き、フェイトが手を引いて泳ぎの練習をしている。

 いや、僕が変わるからフェイトも遊んだら? と聞いたら、断固として拒絶された。……とっても仲が良いようでなにより。

「ふぇ、フェイトちゃん、離さないでね?」
「うん、大丈夫。なのはのことは絶対守るから」

 いや、フェイト。大げさ過ぎ。

「でも、海の方が浮きやすいから簡単だろ? なのはちゃん、思い切って動けば割りと簡単に出来ると思うよ」
「む、無理です無理です!」

 頭が完全に水から出てて何が怖いんだろうか……

「やっほー!」

 バニングスが僕が散々苦労して膨らませたイルカの浮き輪にまたがり、波に乗ってこっちに手を振ってる。後ろにすずかちゃんも乗ってて、なんか周りの注目を集めていた。
 やっぱあれ、レンタルにしてはデカすぎるよな。子供二人が跨って乗れる浮き輪って……

「こけるなよ!」
「大丈夫大丈夫……ってわひゃぁ!?」

 ああ、言ったそばから。

 大丈夫かー、と声をかけながら泳いで二人に近付く。
 まあ、パニックを起こしているわけでもなく、足も普通につく深さだから心配はないだろうけど。

「ぷはっ、うー、アリサちゃん〜?」
「ごめんごめん。次はすずかの番ね」

 懲りない奴め。まあ、この海水浴場は余程の沖に行かなきゃ足がつく深さなので問題はないだろうけど。

「良さ〜ん」
「ん?」

 アリシアの呼ぶ声に振り向く、と、

「ぶはっ!?」
「あはは!」

 ビーチボールが顔面に直撃!?

「この!?」
「当たらないよ! 最近回避スキルの練習しているんだから!」
「それはブレイブデュエルの話だろうが!」

 投げ返すも、ちゃんとこっちを見てるアリシアは当然避ける。

「ふっ、当たらなければどうということないのだよ良さん!」

 調子に乗っているアリシアに近付き、途中でビーチボールを回収し、手の届くところまで来る。

「あ、あれ?」
「必中スキル!」

 そして、ボールをアリシアに直接当てた。むぎゅっ、とアリシアは声を上げる。

「良さん卑怯! それ卑怯!」
「敗者の戯言は聞こえないな」

 さて、アリシアに意趣返しも出来たし、他のみんなは……

「ボール遊びもいいわねー。ほら、なのはとフェイトもこっちこっち!」

 あ、バニングスとすずかちゃんが戻ってきた。
 んで、泳ぎの練習をしていた二人を呼び、

「あれ?」

 何故か僕と五人が対峙する形に?

「ブレイブグランプリの焼き直しですね」
「な、なのはちゃん? これ、ゲームじゃないからね?」

 さっきのアリシアといい、これが噂のゲーム脳か!? アカン、普段はおとなしいすずかちゃんやフェイトもやる気だ。
 そ、そんなに僕は攻撃しやすいのだろうか……? だって、普通小学生の女子って大人に対して多少遠慮とかあるよね? おかしくね? 普段からブレイブデュエルで対戦しているせいか?

「ボールのない子は水を掛けてやって! さあ行くぞー!」

 アリシアの合図とともに、海水とボールが僕に襲い掛かって来……グワーッ!?



















 さて、お昼ごはんだ。ボール&水掛け合戦やらで無闇に体力を消耗したから腹が減った。

「すみません、カレーください」
「私も同じで」
「んー、あたしはロコモコ丼!」
「私は冷やし中華を」
「ラーメン!」

 みんなが口々に注文をする。注文を取ってる水着のお姉さんも賑やかな子供たちの注文を微笑ましく取っている。
 んー、僕はどうしようか。

「僕は海鮮焼きそばとフランクフルトとフライドポテトを。後コーラと……みんな、ジュース奢ってやるから、好きなの頼めー」

 引率に来てるので酒は呑めない。近所のテーブルでファミリー連れのお父さんが生中をぐびぐびやってるのは羨ましいが、ぐっと我慢する。

「午後からはなにしようか」
「あ、私は砂のお城作ってみたい」
「砂遊びねえ。ま、童心に返ってみるのもいっか」
「後、なのはの泳ぎの練習、中途半端だったから最後までやらないと」
「う、フェイトちゃん、ご面倒をおかけします……」

 うお、午後からも大変そうだな。

「一応、僕の目の届く範囲にいてくれよ。バラけると見切れなくなるからな」

 大丈夫だとは思うが、釘を差しておく。

「良也さんも、ずっと一緒にいなくても平気ですよ? せっかくの休みなんですから、良也さんも遊んだらどうですか?」
「そんなわけにはいかないって」

 すずかちゃんの提案を僕は速攻で却下する。高町さんらの信頼を裏切る訳にはいかないし……第一、男一人で海でなにをしろと言うのだ。泳ぐのは嫌いじゃないが、一人遠泳とか虚しすぎる。それならまだ子供の面倒見てる方が精神的に気楽だ。

「お待たせしましたー」

 お、来た来た。

「それじゃ」
『いただきま〜す』

 塩味の焼きそばを啜る。……んまい。やっぱり、海の近くで食うなら魚介がいい。

「……ん?」
「じー」

 隣のなのはちゃんがこっちの焼きそばを見てる。……じーって、声に出してまで。

「一口だけな」
「あ、やたっ」

 皿を少しだけそっちに寄せてあげ、箸を貸してあげると、なのはちゃんは嬉々として焼きそばを取る。……あ、ホタテ取りやがった。まあいいけどさ。

「なのは、良也さんと仲良いんだね」
「そうかな?」

 フェイトが聞くと、なのはちゃんは首を傾げる。

「まー、なんだかんだで海聖に転勤する前も、一月か二月に一回くらいは高町さんちにお邪魔してたからなあ」

 ファリンのメンテのついでだったり、さざなみの耕介に会いに行くついでだったり。後、翠屋のシュークリームに一時期超ハマってたり。
 基本、僕は高町さんと話しているのだが、なのはちゃんとも高町さんを交えてゲームしたり、ちょっと英語を教えたりはしてた。

「高町さんと呑んでる時、お酒のつまみをねだられたりして。こういうこと、よくあったから」
「そうなんですか」

 あ、なんかフェイトがちょっと羨ましそうにしてる。でも、なのはちゃんもフェイトも同じカレーだから、分け合いっこはできない。

「あー、フライドポテト美味い。あ、こっちはみんな摘んでいいよ」

 決してクオリティが高いわけじゃないのだが、海の家補正か、それとも空きっ腹なせいか、とても美味い。
 わっ、と許可が出るなり我先にと手を伸ばし始める面々。

「……フライドポテトもう一つー」

 僕は自分の分を確保するのを諦め、もう一皿頼むのだった。




















 お昼ごはんを食べ終え、パラソルのところでみんな寝そべって休憩し、活動再開である。

 今は全員がかかりで砂の城作りに入ってる。

「そっち、もうちょっと固めないと崩れちゃうわよ」
「んー、このくらい? アリサちゃん、もうちょっと水頂戴」
「尖塔ももうちょっと増やそうか」
「ふふん、天守閣天守閣」

 ……なんか、どこか和洋折衷だが、まあいいか。

 しかし、随分規模が大きい。崩れないようこっそり魔法で手を貸そうかとも思ったが、それも野暮だろう。
 さて、しばらくは動く様子もないし、電車の中で読むつもりだった本でも読んでるか。

「土樹先生! ちょっと来てー!」

 と、思いきや、バニングスからお呼びがかかった。

「なんだ、どうした?」
「トンネル作ろうと思うんだけど、手が届かないから土樹先生、お願い」

 ……城にトンネル? いや、突っ込むまい。

「了解。気を付けるけど、崩したらごめんなー」

 しかし、砂遊びでトンネル作るとかいつ以来だろう。……小学校? いや、幼稚園まで遡るかも。

「じゃあ、あたしがこっちから手を伸ばすから」
「了解」

 でかい城を挟んでバニングスと相対し、穴を掘り始める。
 力加減をミスったらあえなく崩れ落ちそうなので慎重に……

「っと、届いたか」
「やっぱり大人の人は手長いわねー」

 向こう側から穴を掘っていたバニングスの手とぶつかり、開通する。底のほうは多分他のみんなは手が届かないはずなので、僕が多めに掻き分けておく。

「っし、と。じゃ、後は頑張れ」
「ありがとー」
「どうも、ありがとうございます」

 お礼に手を振って返し、海水で砂を落としてからパラソルのところに戻る。
 さて、ゆっくり読書するか。































 午後は砂遊びの後、全員で泳ぎまくり、帰りのシャワーや更衣室が混む前に引き上げることにした。
 僕達の帰り支度が済む頃にはどちらも長蛇の列が出来ていたので、タイミングは良かったようだ。

「はあ……しんど」

 夕焼けの差し込む電車内で、僕は大きく息をついた。

 なのはちゃんたちを見守るだけでなく、色々と遊びにも付き合わされたため、全身の疲労が酷い。猛烈な眠気が襲ってくるが、寝る訳にはいかない。
 欠伸を噛み殺して、駅の売店で買ったガムを噛む。

「よー寝てるなあ」

 来る時と同じく、四人掛けのボックス席に座るT&Hの面々は、揃って船を漕いでいる。帰りは僕も席を確保できたので、僕はそっちに座って見張りだ。

 疲れたけど、こうして満足そうに居眠りしている寝顔を見ていると、まあ引率を引き受けた甲斐があったと思える。

 ……しかし、成人男子一人と小学生女子五人という組み合わせにも関わらず、振り返ってみれば結局一度も声をかけられなかったな。絶対に一度くらいは職質とかされると思ったのに。運が良かったのか、それとも世間って意外とこういうものなのか。
 ちゃんと親御さんの許可も取ってありますと、弁明するシミュレーションまでしていたのになあ。

「んにゃ」
「お、なのはちゃん、起きたか」
「あー、良也さん〜?」

 寝惚けてるなこれは。

「後二十分くらいで海鳴駅に着くから、もうちょっと寝てな」
「はぁい」

 こてん、となのはちゃんが再び眠りに落ちる。

 っと、体勢崩してら。後で体が痛くなったりしたら可哀相だし、ちゃんと座らせてあげるか。







 ――なお、そのためになのはちゃんに触れていた所を駅員さんに見咎められ。
 危惧していた通り、事情を聞かれる羽目になったのだが……うん、みんなが寝ている間でよかった。








































――もう一つの可能性






 この日、僕は八神家に訪れていた。
 はやてちゃんの復学のための書類一式を届けに来たのだ。郵送だと少し時間かかるから、僕が事務から直接もらってきた。現職の教員だし、この手の手続はよく知ってる。

「んじゃ、この書類全部記入してから僕に渡してくれれば、聖祥への入学手続きはやっとくから」
「ありがとうございますー」

 書類をはやてちゃんは大切そうに受け取る。

「土樹さん、お茶をどうぞ」
「あ、これはどうもありがとうございます、シャマルさん」
「いえいえ。ごゆっくりしていってくださいね」

 ゆっくり、って言ってもなあ。書類渡して用事は完了なんだが。

「……と、はやてちゃん。なにか学校のことで質問とかある? クラスのこととかはなのはちゃん達に聞いたほうがいいけど、制度とか校則とかの話なら僕の方が詳しいと思うから」
「んーと、今のところ大丈夫ですよ。なにかあったらよろしゅうお願いします」

 ぺこり、とはやてちゃんが頭を下げる。

「まあ、電話でもメールでも、何かあったら言ってね。ところで、勉強の方はどう? 入学試験、けっこうレベル高いけど」
「一応、通信教育も受けてましたし、すずかちゃんやなのはちゃん達も協力してくれとるんで、なんとかなるかと」

 まあ、なのはちゃん、フェイトちゃん、すずかちゃん、バニングスの四人は全員(フェイトちゃんの国語関係を除き)成績優秀だしなあ。

「ただ、そうですねえ。今、管理局の方の勉強も始めてるんですが、そっちのほうが大変です」
「ああ、そうなの?」

 そっちのことは僕はまるで力になれないが。

「ええ。今やっとるんはベルカの……ああ、夜天の魔導書が主に活動してた世界ですね。そこの歴史なんかを教えてもらっとるんですけど。これがまあ、地球とは文化も宗教も全然違ってて」
「へえ」
「でも、大変は大変やけど、おもろいですよ? 聖王教っていうベルカ最大の宗教とか、実在した王様を崇める教えなんですけど、逸話が本当、英雄譚みたいで」

 それはちょっと興味あるなあ。
 宗教ってのは、地球の魔術においては超重要なファクターだ。そのため、僕も結構各地の神話なんかは目を通しているのだが、比較してみると似てるところが多かったりして読み物としても楽しめる。
 異世界の、となると、そりゃあ興味深い。

「あ、見てみます? 丁度一冊読み終わったんで」
「そう? それなら、ちょっと見せてもらおうかな」

 ミッド/ベルカ/日本語自動翻訳機能付きという流石異世界と思わせる本を借りた。
 タイトルは『聖王伝』。聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの生涯を綴ったというお話である。

 ……後で考えてみれば、この本がなかったら、あの展開はなかっただろう。





















 その日、僕は勤務先から帰る途中だった。
 どうも最近、異世界関係のゴタゴタが続いていたが、それもようやく落ち着きを見せ、日常に戻った感がある。

 ああ、異世界と言えば、はやてちゃんから借りた『聖王伝』、早めに返しに行かないと。

 まだ鞄の中にある本は、はやてちゃんの言葉通りなかなか面白く、結構分厚かったのだが三日で読み切ってしまった。

「しかし、聖王様かあ……」

 実在が確定している王様。聖王のゆりかごという戦船で長きに渡る戦争を終焉に導いた英雄。
 地球の英雄もそうだが、彼女は悲劇的な結末を迎えている。……それでも、"伴侶を得、本当に幸せな人生だったと夫に言い残した"ことは、多分救いなのだろう。

「でもなあ」

 この『聖王伝』。ノンフィクションなのだから突っ込むのもなんだけど、一点だけどうしてもご都合主義過ぎて首をひねる箇所がある。
 本当にあったことなのか? 後世の創作じゃないのか? でも、一応聖王教会の正式な書物らしいし……

「……ん?」

 すか、と足を進めていると、突然地面の感触が消失する。

「は?」

 下を見ると、黒い穴が開いていた。
 なんだこれ――

「お、うおおおおおお!?」

 落っこちる。
 突然のことに、飛んで逃げることも忘れていた。

 つーかなにこれ!? マンホールとかじゃない、感触からして空間に出来た穴!? スキマのしわざじゃないだろうな!?



 後で聞いた所、とある二人の女の子が時間移動した際の余波が、移動先のこの時空にも影響して穴が開いたらしい。
 その女の子達と、砕け得ぬ闇という中二臭い名前の存在を巡る争いについては後で聞かされ、大いにびっくりした。

 ……が、少なくともそれはこの時の僕には関係なく。
 時間と空間を飛び越えて、僕は別の世界に飛び立った。























「もしもし? 大丈夫ですか?」

 ……ん、んー?

「はっ!?」

 目が覚める。

 ええと……そうそう、帰り道、なんか空間の穴に落っこちて、んで衝撃があって……ああ、気絶してたのか。

 目を覚ましてみると、今僕が倒れているのは深い森の中。……どこだろう、ここ。

「ああ、よかった。目を覚まされたんですね。大丈夫ですか?」

 そして、僕を見付けてくれたらしいこの少年は碧銀の髪に紫と青の虹彩異色。……明らかに外国人ですね。

「っと、ごめんなさい。大丈夫です」

 心配そうに声をかけてくれる少年に手を上げて応える。

「よかった。しかし、この森で倒れているなんて、貴方は一体……?」
「え、ええと」

 なんて説明したものだろう。そのまま空間の穴に落ちて気がついたらここにいましたー……ってのはないな、うん。

「ちょ、ちょっと事故で」
「はあ。旅人の方でしょうか? この戦乱の時代、あまり多くはないと聞きますが……」

 旅行者、って意味かな? ……うん、どこか遠いところに転移しちゃったみたいだし、それで行こう。しかし、戦乱……内戦してる国なの、もしかして?
 でも、見る限りこの男の子はヨーロッパ系。あっちの方の国で内戦してるところというと、どこがあったっけ……

「そんなようなものです。ええと、すみません。僕、土樹良也って言います」
「あ、ご丁寧に。クラウス・イングヴァルトです。この国……シュトゥラの第一王子です」

 へえ……え゛!? お、王子――っていうか、いやそれもそうだけど、クラウス・イングヴァルトっていうと、丁度読み終わったあの『聖王伝』にも登場する名前だ。しかも、髪や瞳の色も本の通り。
 ……過去の偉人の名前をもらうっていうのは、地球でもよくあることだが、しかしその名前が出てくるってことはここはベルカ文化のあるところなのか? やっべ、異世界に来ちゃったよ、僕。

「え、ええと。クラウス様というと、オリヴィエ陛下の旦那さんの……」
「え? そ、その、オリヴィエとは友人ですが、そのような関係では」

 あ、あれ? あの『覇王』の名前を頂いているんですか? と聞こうと思ったのに、いきなり聖王陛下の名前が出てきたぞ?
 ……な、なんかおかしい。つーか、シュトゥラって国、とっくに滅びているはずだよな? 本の通りなら。

「というか、オリヴィエに王位継承権はありませんが、陛下とは……?」
「……そ、その、少し待ってくださいね」

 なにか嫌な予感がする。
 幸いにも一緒に飛んできていたらしい鞄を開け、『聖王伝』を取り出す。

 その中の一ページ。聖王オリヴィエ陛下とその夫クラウスの肖像画が載っているページを開き、目の前の少年と比べる。

 ……に、似すぎだ。この少年が後二、三年も年を取れば、この肖像画そのままになる。

「この本は……? 僕とオリヴィエの絵?」
「え、ええと」

 たまたま物語の『覇王』と同じ容姿を持つ少年が、たまたまその英雄の名前をもらっていて、そしてごっこ遊びかなにかでたまたまシュトゥラの王子を名乗った。
 ――ないな、うん。ない。倒れている人相手にそんなことするような子には見えない。

 つまり、なんだ。あれか。僕も大抵の不思議なことには遭遇してきたと思ったが、とうとうアレか。ドラ◯もんや時をかけ◯少女、バック・トゥ・ザ・◯ューチャーなんかでお馴染みの、アレ。

 時間移動。ついでに、世界間移動。

「どうすんだよ……」
「あの、この本は一体!?」

 僕は途方に暮れ、結婚式の時の肖像画を見て混乱する少年……クラウス殿下にどう説明したものかと頭を抱えた。

























 とりあえず、全部ぶちまけた。

 ……うん、タイムパラドックス的な何かも懸念されたが、それはそれとしてこんな異世界で一人放り出されては僕はなにも出来ない。まあ、世界ってのは多少の矛盾程度で崩壊するほどやわではないので、大丈夫だという確信もあった。

 んで、『聖王伝』を元にした未来の情報を対価に、シュトゥラの王城に滞在を許された。信じてもらえるかどうかわからなかったが、作り話にしてはあまりにも整合性が取れており、未来に起き得る出来事として確度も高かったため、一応は事実として受け止めることになったようだ。
 立場としてはクラウス殿下が私的に招いた客、ということになっている。

「と言うか、どうして王子様があんな森で一人でいたんですか?」
「いや、森の魔女のところに遊びに行った帰りだったんですよ。公務というわけでもないので」

 それでいいのか、シュトゥラ。いや、この年にして既にそこらの武芸者が敵わない武勇を誇るというクラウス殿下には余計なお世話なのかもしれないが。

「父とも相談しましたが、良也さんがお持ちになったその『聖王伝』……詳しく目を通すのはやめておきたいと思います」
「そ、そうですか?」
「過程はどうあれ、未来ではベルカの民も平和に暮らしている……それだけを知っていれば充分です。下手に未来を知ることで、逆に滅びの結末を迎えてしまうかもしれません」

 す、凄いな。僕だったら間違いなく気になって見せてくれって言っちゃうぞ。

「しかし、オリヴィエの……『聖王』のことについては、判断しかねています」
「ええと、その」
「僕が全てを守れるくらい強ければ、オリヴィエをゆりかごになんて乗せなくてもいいのですが。……戦局がもしその本にある程に末期になってしまうと、確かにゆりかごでも動かさないと如何ともし難い……」

 ぎり、という歯を食いしばる音が聞こえてきそうだった。

「……幸い、まだ時間はあります。シュトゥラは聖王連合の友好国。この時期なら、オリヴィエ以外の候補を後押しすることが出来るかもしれない。……歴史を変えようとする、その事自体が既に歴史のうちかもしれませんが」
「ああ、その可能性もありましたね……」

 考えてみれば、確かに。
 僕が持ってきた『聖王伝』についてクラウス殿下が目を通すことが既に歴史に組み込まれている可能性が……あ、この『聖王伝』で僕がご都合主義的過ぎね? と思った『クラウスが森で出会った預言者』って、もしかして僕のことか!?

「そこで……その、オリヴィエをゆりかごの候補から外すための策として、その、僕とオリヴィエの婚約を推し進めることになりまして。今はまだ、ゆりかごの起動は表明されていませんから、聖王連合からの横槍もないはずです」
「な、なるほど。政略結婚という奴ですか」
「そうです。……いえ、でも僕としても、将来的にはそうなるんじゃないか、とは思ってて。父もそのつもりのようでしたし。国民からも、たまにからかわれてますし……」

 顔を赤く染めて、頬をかくクラウス殿下は、それだけを見ると普通の、年頃の恋する少年だった。

 そして……『森の預言者』は僕に決定ですね! 預言者の携えた書の啓示に従い、二人は婚約することとなったとか書いてあるし!
 というか、本が先なのか事実が先なのかすげえ矛盾が発生してるけど、どうなんだろその辺!?

 でも、そう考えると、僕が来たことはやっぱり歴史の必然であって……このままだと、

「あの、クラウス殿下」
「良也さん。どうかなにも言わないでください。この時代のことは、この時代の我々が努力すべきことですから。……すでに情報を頂いた身で、何を言うのかと思われるかもしれませんが」
「い、いえ、そんなことは……」

 どうも見透かされてしまっているようだ。

 さて、そうすると……帰りは問題ないのかな。『森の預言者』さんは、数日後故国からの迎えが来たとか書いてあるし。
 誰だろう、迎え。……スキマ辺りなら時間も世界も超えてきそうだが。

「そうだ。折角だからオリヴィエとエレミアを紹介しましょう。未来のことは伏せていただきたいですが、異国の話をしていただければ」
「はい。よろしくお願いします」

 そうして、僕は後の聖王とエレミア――リッドと少しばかり交流をし、

 時空間の歪みを辿ってやって来た迎え、アミティエとキリエに連れられ、帰ることとなった。

















「関わった人がちょっと多すぎるから、記憶の封印は無理ねえ」
「関わった事自体が歴史の流れの一つみたいですし、良也さんの記憶だけ封印させてもらいます」
「あー、了解了解」

 元の時代に帰り、そうしてアミティエとキリエに過去に行ったことの記憶は封印された。どうしても気になったので記憶封印前に一体現代の方でなにがあったのかは聞いたが、未来から来た人には会わなかった。なるべく、他の時代の人間同士は交流しない方がいいらしい。

 ……なお、脳に対する封印処置だったため、次に頭吹っ飛ばされて再生した時、普通に思い出した。

「……写真もあるし。……どうしよ、はやてちゃんとかには隠しといた方がいいかな」

 現地で、携帯のカメラ機能で撮った写真はバッチリ残ってた。

 まだ戦乱が末期になる前。シュトゥラの求婚の礼を取るクラウスと、真っ赤になってるオリヴィエ。それを微笑ましそうに見ているリッドや侍女達。

 確かな幸せの記録……

「うーん、プリントしとこ」

 たった数日の付き合いだったけど、僕みたいな凡人に彼らは眩しすぎた。写真の一枚くらい、残しておいてもバチは当たらないだろう。……当たらないよね?












 なお、何年か後の話。

 なのはちゃんの養子、高町ヴィヴィオの友人であるとある碧銀の髪に虹彩異色の少女が、なのはちゃんとのふとした会話から僕の名前を聞き、その後少々のドタバタがあったりしたのだが。

 ……まあ、それはまた別のお話である。



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