「はい、おとーさん」
「おお、なのは。ありがとう。とっと」

 愛娘から麦酒のお酌を受けて、笑いが止められない様子の高町さん。なのはちゃんはちょっと失敗してて、ジョッキの八割は泡なのだが、そんなことどこ吹く風だ。

「なのはちゃん、こっちも頂戴」
「あ、はい、良也さん」

 とてとてと、ビール瓶を胸に抱えてテーブルのこっち側になのはちゃんがやって来る。
 ん、とジョッキを向けると、今度は慎重に注ぎ、そして見事な黄金比の泡が出来上がる。

 やった、と小さくガッツポーズしているその様子は、まあ高町さんが親馬鹿になるのも十分理解できる程度には可愛らしい。

 なのはちゃんにお礼を言いつつ、高町さんとグラスを重ねる。

 僕が海鳴市の私立"海聖"高等学校に赴任して以来、僕と高町さんは、高町家でたまにこうして酒を酌み交わしていた。










「いや〜、それにしても、まさか本当になのはを教えることになるなんてなぁ」
「ええ、そうですねえ」

 僕が赴任したのは高等学校だが、海聖は初等部から英語教育に力を入れていて、週二回、『英語の時間』という授業がある。
 んで、それは中等部、高等部の英語教師が持ち回りで担当しているのだが……なんの偶然か、なのはちゃんのクラスの担当は僕になった。
 最初の授業の時、『ええ〜!』と声をあげてしまったなのはちゃんが、クラスの注目を浴びてしまったことも懐かしい。

「学校でのなのはの様子とか、聞いてもいいか?」
「お父さん! 恥ずかしいからやめて!」

 リビングの方でペットのユーノと一緒にテレビを見ているなのはちゃんが抗議の声を上げる。

「なんだ、いいじゃないか」
「そうそう。っていうか、なのはちゃん、なにが恥ずかしいんだ?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

 ははっ、無闇に精神年齢が高いところもあるが、こういうところはやっぱ子供である。
 別に話してもいいが、それで臍を曲げられても敵わない。後で話しましょう、とジェスチャーで高町さんに伝え、とりあえずその話題はそこで終わった。

「ああ、そうだ。良也。今うちの商店街のみんなが釣りにハマってるんだが、お前も今度参加しないか?」
「釣りですか」
「ああ。土曜の早朝にな。海岸の方に出てるんだ。店を開ける前に帰ってきて、その日の夜は釣った魚で一杯、って感じだ」

 はぁ、悪くないなあ。
 しかし、釣りなら霧の湖でさんざんやってるし、それに今は別のモノにハマってるところだ。

「うーん、すみません。今ちょっと、別のことやってて。お誘いはありがたいんですけど」
「お、なんだ。なにやってるんだ?」
「ゲームですよ、ゲーム」
「あ、なんのゲームですか?」

 小学生らしく、ゲーム類は大好きななのはちゃんが目を輝かせてくる。
 ……ちなみに、なにを隠そう、この子の人生初のゲーム機は、僕のお古である。忘年会のビンゴゲームで当時持ってたゲーム機が当たっちゃったので、古い方をご進呈って感じだ。

 そんな流れで、たまに一緒にゲームもする。なお、パズル系が半端無く強くてぷよ○よでは一回も勝ったことがない。

「なんだ、俺も気になるな」

 なのはちゃんに付き合って、高町さんも意外にゲーマーだ。

「今、東京の一部でロケテしてるブレイブデュエルってゲームです。もうすぐ全国で正式に開始しますよ」
「ってことは、アーケードか」
「はい、バーチャルリアリティゲームの一種ですね。ああいうのは、まだ家庭版は出てませんから」

 とは言っても、今までに出ていたバーチャルリアリティ『っぽい』ゲームとは一線を画するゲームだ。ブレイブデュエルは、完全に次世代のゲームって感じで、本当にゲームの中に入ったように動ける。
 デバイスっていう武器を持ち、魔法や近接格闘で戦ったり、レースをしたり、あるいは魔法を駆使してスポーツをやってみたり。
 本当に魔法使いになったような感覚だ、とプレイした人からは大好評だ。

 修行もなしにあんなんできるようになってたまるかー、とスポーツ漫画を見る現役プレイヤーみたいなことを思った僕であるが、それはそれとしてブレイブデュエルにはハマった。……なんだよ、悪いか。

「しかし、東京まで毎週行ってるのか? 交通費かかるだろ」
「いやまあ……そこは、その、アレですよ、ビューンって」
「……ああ」

 普通の交通を使えば、確かに時間もお金もかかるが、空を飛んで山を越えて行けば、実は割合近いのだ。それでも、結構時間かかるけど。
 『ビューン?』とはてな顔のなのはちゃんには笑って誤魔化す。

「でも、いーなぁ、ブレイブデュエルかあ」
「確か、今度この近所にホビーショップができて、そこは設置するはずだよ。後、海鳴市には二箇所、公式の設置店があったはず」

 なお、片方はグランツ研という、ブレイブデュエル開発者の研究所である。
 ……そのうち、あっちにも顔を出さなきゃならんな。ホームは近所であるホビーショップのほうにするにしても。

「へー、へー!」
「ああ、駅前のあそこな。確か……ホビーショップT&Hだっけ」
「そうそう。どうです、高町さんも一緒に」

 あのゲーム、現実の腕っ節も結構影響するから、高町さんならすぐに上位ランカーになるぞ。

 と思ったのだが、うーん、と高町さんは難しい顔になる。

「どう考えても、ホビーショップの営業時間と、翠屋(うち)の営業時間は被ってるなあ。仕事サボってゲームに行くのは、ちと厳しい」
「ああ、それもそうですね……」

 なお、僕は超余裕で通える。
 今、部活の顧問や委員会を持っておらず、かなり仕事にも慣れてきたので大体定時上がりだ。
 なのはちゃんたちの下校時間より、一時間ばかり遅いくらいである。

「はは、じゃあ今度私と一緒に行きましょう」
「……いやいや、なのはちゃんはお友達と行きなさい」

 小学生の女の子をおもちゃ屋に連れ回す中年男(高校教師)。……犯罪のスメルしかしねぇ。

「えー。じゃあアリサちゃんとすずかちゃん、誘ってみよっかな」
「そーしろそーしろ」

 まあ、見かけたら声をかける……くらいかねえ。
























 ……さて、これは一体どーゆう状況だろう。

 ブレイブデュエルのデッキを片手に、仕事帰りにホビーショップT&Hに寄った僕は、顔見知りの集団を見つけてそう悩んでいた。

「あれ?」

 その集団の中でも一際背の小さい金髪が、目敏く僕のことを見つける。

「あっれー!? 良さんじゃない! いらっしゃい!」
「……ぃょぅ、チームテスタロッサの小さい方」

 ロケテ全国ランキング二位の妹を持つ姉の方だった。
 何度も対戦したこともあり、顔見知りである。

「小さい方とか言うな〜!」
「悪い悪い……ええと、アリシア」

 チームテスタロッサの小さい方としか覚えていなかったが、なんとか記憶の中にある名前を取り出す。

「……お前、なんでこの店のエプロン着てんの?」
「そりゃ、私ここの娘だからねー」
「そうなんか」

 実は結構なお嬢様か、こんなでかい店の娘って。

「ええと、こんにちは、良也さん。おうち、ここの近所なんですか?」
「うん。まぁね。っていうか……」

 アリシアの妹、フェイトがおずおずと話しかけてきて、適当に挨拶を返す。なお、ゲームでは『リョウヤ』としか登録していないため、この姉妹は僕のことを名前で呼ぶ。

「あのー」
「あ、なのは。この人はブレイブデュエルでロケテスト中、全国ランキング十四位の、良也さんって言ってね。私やアリシアとも何度も対戦した人で」

 そして、そんなテスタロッサ姉妹と一緒に歓談していたのは、何を隠そうなのはちゃん、すずかちゃん、バニングスの仲良し三人組だった。
 なのはちゃんは、顔にハテナマークを貼り付けて僕に向き合う。

「フェイトちゃんと知り合いだったの?」
「まあ、ブレイブデュエルの上位ランカー同士だったからなあ」

 そりゃ、何度も対戦しましたよ。

 なお、ランキング的には成人男子では僕がトップである。
 このゲーム、上位陣は小中高生……それも殆ど女子が占めていて、成人の部では僕が頭ひとつ飛び抜けている。

 ……なんなんだろう、このデジャヴ。どこぞの異界と似た状況。もしかして、空を飛んで戦うという行為は、小さい女の子の方が有利だというなんの根拠もない仮説が当たっているのだろうか。

「あ、あれ?」
「良さん、なのは達と知り合い?」
「なのはちゃんとすずかちゃんは、家族と知り合いでな。生まれた時からの付き合い。後、バニングスと合わせて三人とも生徒だし」

 生徒? と、その言葉の響きに、アリシアとフェイトが首を傾げる。

「あ、良也さん、海聖の高等部の英語の先生で、うちのクラスの英語の時間の担当してるの」
「土樹先生の授業は面白いってけっこう評判よ」

 と、続けたのはすずかちゃんとバニングス。

「え、ええ!? 大学生じゃなかったの!?」
「……おい、アリシア。言っとくが、僕もう三十路越えてるからな……」
「ほ、本当に?」
「本当」

 姉と同じく驚愕しているフェイトに、念を押して頷く。
 ……まあ、ゲームで対戦する顔見知りってだけで、プライベートのことまで話したことなかったからな。

「……ん? あれ? ってことは、もしかしてなのはちゃんたちのクラスに来る新しい生徒って、フェイトのことか?」
「ええ! フェイトちゃん、一緒のクラスになるの!?」

 なのはちゃんが、なんか詰め寄ってくる。
 ぉ、ぉう、と少し引きながらも、答えてあげた。僕も授業を受け持っているから、一応情報はもらってる。

「……な、なんかクラスに一人増えるってことは聞いてた。海外の子だってことも。……多分、転入先は海聖だろ?」
「うん」

 フェイトが頷く。

「そっかー、嬉しいな」
「うん、私も嬉しいよ、なのは」

 なにやらこの二人、友情を深め合っている様子だった。

「でも、そういうことはサプライズの方が良かったんじゃない、土樹先生」
「……バニングスの言うことにも一理あるな」

 そっか、しまった。そっちの方がセンセーショナルだったか。

「はは、アリサちゃんったら」

 呆れた様子のすずかちゃん。

 ……うん、なんかフェイト、海鳴に来てしょっぱなからいい友達が出来たっぽい。なのはちゃんとすずかちゃん、バニングスのグループと仲良くなれたなら、交友関係の心配は一切無用だろう。
 いや、外国の子が来るって聞いてちょっと心配だったんだよね。うまくクラスに溶け込めるかなぁって。

 まあ、学年が違うアリシアのことはあるが、しかしこいつはどこの誰とでもすぐ仲良くなるだろ。ロケテやってたゲーセンじゃ、まるきりアイドル扱いだったし。

「あ、そうだ、良さん」
「なんだ?」
「エキシビションマッチやらない? 全国二位対十四位。頑張って練習すれば、こんな風に戦えるようになるんだよって、みんなに見てもらいたいしさ。
 良さんの戦い方、派手だし。きっとウケるよ〜」

 ふむん。成る程。
 まあ、フェイトとの対戦も久し振りだし、吝かではないんだが、

「……今気付いたけど、この立地のおもちゃ屋ってことは、うちの生徒いっぱいなんだよな……」

 高等部の、顔知ってる生徒も相当いる。
 ……ええー、大丈夫かなぁ。業務時間外とは言え、教師が毎日おもちゃ屋に通ってるってチクられたら面倒そうなんだけど。

「格好いいとこ見せるチャンスだよ!」
「いや、ゲームでいいとこ見せてもな」

 ……まあいいや、なるようになる。どうか教頭先生や学年主任に呼び出されるような事態になりませんように、と祈りながら、僕はブレイブホルダーを取り出した。





















 まるで本物のような空。雲海を眼下に見据えながら、ブレイブデュエルのフィールドに降り立った僕は、うーん、と伸びをしていた。相変わらず、このゲームの中は本物の空と変わらないくらい爽快だ。
 しっかし、これまたいつものことなんだが、衣装は黒い戦闘服。コスプレっぽくて、この年になるといささか恥ずかしい。

 んで、フィールド上部に投影されているT&Hの会場内では、アリシアがマイク片手に声を張り上げていた。

『皆さんこんにちはー! 今日から本格稼働したブレイブデュエル! みんな、楽しんでくれていますかー!?』

 楽しんでまーす! という大きな返事が返ってきて、実況のアリシアのテンションはアゲアゲである。

『今から、ブレイブデュエルの魅力を皆さんに知ってもらうため、イベントデュエルを開催しまーす!
 一対一のガチンコ勝負! 対戦しますのはー、T&Hのショッププレイヤー! 当店のエースである、ロケテスト全国ランキング二位! フェイト・テスタロッサー!!』

 おおー! と観客がざわめき、僕とは離れた位置にいるフェイトのアバターが恥ずかしそうにもじもじする。

『彼女のアバターはライトニングタイプ! 他の追随を許さないスピードが持ち味のすっごいアタッカーです!』

 ……ときに、いつも思うんだが、ライトニングタイプのアバターの衣装、際ど過ぎないか?
 まだ小学生が着てるから微笑ましいで済むが、大人があのアバターになったらヤバいだろ……

 あ、ちなみに、ブレイブデュエル内ではスカートの中とかは画像処理されてて黒く塗りつぶされてます。飛び回ってもパンツ見られたりする心配は無いので、女性プレイヤーも安心だね。
 ……太ももなんかは容赦なく露出するけど。いや、衣装の微調整くらいはけっこう簡単にできるよ? 念のため。

『対するは、ロケテスト中、全国ランキング十四位! 射撃が得意のシューティングタイプをカスタムしたオリジナルアバター『バラージプレイ』を使うリョウヤさんでーっす!
 バラージプレイってアバターは……うーんと、実際に見てもらったほうがいいと思うので内緒! みんなびっくりするよー!』

 そんなに勿体ぶるようなのじゃないんだけどなあ。まあ、確かに見た目は派手だけど。

 しかし……観客の一部で、『あれ先生じゃね!?』『つっちーせんせ、なにやってんのー!?』などと、言ってる生徒がいるな……
 まあいいか。

『さぁって、紹介も終わった所でー。二人の準備はいいかなー!?

 ほいほい、と杖状のデバイス『バラージプレイ』(アバターと同名)を掲げ、準備万端を伝える。
 フェイトも、コクっと頷いていて、デバイスのバルディッシュを構えている。

 うん、とアリシアは一つ頷いて、

『それじゃあ、いっくよ〜〜! ブレイブデュエル、レディ〜〜、ゴーー!』

 開始の合図。

「……! 詰めます!」

 と、同時に一直線に突撃してくるフェイト。しかし、

「バラージプレイ! シュートバレット全天射撃!」

 いくら速度特化でも、こっちが一つも魔法を使わないうちにクロスレンジまで近寄るのは無理だ。
 僕は、いつもの魔法を発動させ……数百発のシュートバレットの弾幕に、フェイトは突進を諦めざるをえなくなった。

「くっ」

 当たりそうな弾をバルディッシュで弾き、弾幕の隙間を縫って躱していくフェイト。
 しかし、こっちには近付けていない。

『で、出たぁ〜〜! これが『鬼畜弾幕』『戦いは数だよ兄貴!』『ていうかあの人だけ別ゲーなんだけど』と噂される良さんの全天射撃だァ!』

 好き勝手言ってんなあ!

 なお、勿論これは幻想郷式弾幕ごっこをオマージュした魔法である。
 威力は最低に設定し、速度もあまりない。その代わりに、継続的に、空を埋め尽くすような弾幕で敵を圧するというコンセプトだ。
 その性質上、ライトニングタイプみたいな防御が紙な相手とは相性がいい。速度が高くても、高密度の弾幕はそれだけじゃ躱せない。シューティングゲームで、移動速度が早いのが必ずしも長所とはならないのと一緒だ。

「ファイア!」
「っと、当たらない!」

 フェイトの牽制の射撃魔法を躱す。いくら早くても、この距離で数発程度の射撃には当たらない。
 ……が、僕が移動したことで、弾幕のパターンが微妙に歪む。

「……行く!」
「残念、通行止め!」

 僕は勿論、この膨大な数のシュートバレットを全て制御しているわけではない。それぞれに動きのパターンを登録しておいて、それをバラ撒いているだけ。
 でも一時的に密度を上げるくらいなら十分可能!

「スキルカード! プラズマスマッシャー!」
「ぉう!?」

 躱せない、と悟ったのか、フェイトは砲撃のスキルカードを発動させ、僕の弾幕を相殺した。
 あわよくば、とでも思っていたのか、それは僕に直撃する軌道だったが……こちとらロングレンジからの直射系の魔法には被弾したことがないのである。
 僕、防御がライトニングタイプに毛が生えた程度しかない紙だから、頑張って避けるしかないんだよね。
 速度も普通クラスなので誘導弾は鬼門だが、その場合は弾幕で相手の視界を奪って位置を特定できなくする。近接戦? 勝てないから逃げるよ、弾幕で牽制して超逃げる。

 ……ってな感じで、総合すると、僕はフェイトとの相性がかなりいい方だ。ランキングではあっちが上だったが、直接の対戦成績では、なんとか五分を保っている。
 逆に相性が悪いのが弾幕無視して突っ込んでくるタイプ。近付かれて誘導弾とかされると最悪。某全国一位には数えるくらいしか勝ったことない。

「もぅ……いっぱぁつ!」

 砲撃で空いた空間を進み、更に砲撃を重ねることで弾幕を無視して突っ込んでくるフェイト。

 だ、だいぶ詰められた。……でも、近いってことは、それだけ弾幕の密度も高まるってことだっ!

「バラージプレイ、パターン変更!」

 コマンドを叩きこみ、数パターン登録してある弾幕の形を変える。
 ミドルレンジでいきなり攻撃のパターンが変われば、流石に躱しきれまい!

「〜〜〜っ!」
「げっ!?」

 避けやがった!?
 正確にはかすっちゃいるんだが、直撃してねぇ! しかも、射撃を織り交ぜながら近付いてくる!

 ゲームの中だから、今の僕の弾幕は幻想郷中堅レベルにはあるというのに! 僕自身が食らったら、近付くことなんてできないし、三分も持たない自信があるぞ!
 くっそ、回避の練習してやがったなっ!?

「こっのぉおお!」
「避け、切り、ます!」

 フェイトが、いきなり自分のマントを掴んで、

「はぁぁ!」

 外したマントを盾代わりに弾幕を振り払い、とうとうもう一歩でバルディッシュが届くところまで来やがった!

「スキルカード!」

 このままだとシュートバレットごと叩き切られる、と悟った僕は、スキルカードを取り出す。
 この距離だと自爆覚悟だが、それでも距離を離さないとどうにもなんねぇ!

「ナパームブレイズ!」

 着弾と同時に爆発を起こす火弾。意図的に至近距離で接触させ爆発を――




『おお〜〜っと! 爆発〜! 爆発です! 煙が立ち上り結果が確認できませんが……ああ! 弾幕が切れたぁ! 残っているのはフェイトです! 良さんは撃墜判定!
 おーい! フェイト〜、おめでとうー』

 ……で、爆発に巻き込まれながらも、僕をまっすぐに叩き切ったフェイトに、負けました。
 あ〜〜、悔しい。っつーか、爆発に怯みもせずに斬りかかってくるとか、ゲームとはいえ覚悟決まり過ぎじゃないですかねえ。































「すごいすごい! フェイトちゃん、カッコ良かったよ!」
「う、うん。ありがとう、なのは」

 イベントデュエルが終了し、なにやら群がってくる野次馬から逃げ、フードコートで感想戦をやることになった。
 ……しかし、なのはちゃん。はしゃぐのはいいけど、負けた僕にも一声くらいあってもいいんじゃないか?

「フェイトもすごかったけど、土樹先生もなんかすごかったわね〜。あのすごいたくさんの射撃」
「バニングス、先生嬉しい」

 よかった、認めてくれる子もいた。

「良さんの弾幕は、ロケテの初期は誰も攻略できなかったからね。稼働当時は殆ど無敗だったんだよ」
「そうなの?」
「うん。初日からアレを実現するためのカスタムを迷いなくやっちゃって。しかもみんなが飛行に慣れるのに四苦八苦してるとこで最初っから自由に飛んでて。
 まるで『空飛んで戦うってことを前から体験していた』みたいだねーってね」

 ……まあ、アリシアの言う通りなんだけどね。なんか、実際に空飛んだり霊弾撃ったりするのとそれほど変わらない感覚で操作できたもんだからさ。そりゃ序盤は勝つよ。
 まあ、すぐ抜かれていったんだけどね……それでも、ランキング十番台をキープできたんだから、意外と健闘した方だろう。

「カスタムかあ」
「手間かお金をかければ誰でもできるよ。すずかちゃんもやってみるか?」
「私はもう少し慣れてからにします」

 まあ、それもそうか。僕は、空飛んで魔法使って、って聞いた時点であの戦闘スタイルしか思いつかなかったからすぐカスタムしたけど、普通はそうだよな。

「でも、ロケテ終盤じゃ勝率悪くなってたし。なんか考えるかなあ」
「私も。これからたくさんの人がブレイブデュエルに参加するだろうし、ショッププレイヤーとして負けないように頑張らないと」

 どうすっかなー。まあ、上位ランカーが多い海鳴だし、練習相手には事欠かないだろう。適当にがんばりますか。

「あ、そうだ。カード交換するか? N+のカードがかなりダブっててさ……」
「いいですよ。アリシアもどう?」
「うん、良さんのカード、サポート役だと優秀だから欲しいな」

 なお、僕のカードはNPCに設定すると、牽制の射撃魔法を撃ちまくるという、癖がなくわかりやすい仕様のキャラクターになるので、割と人気である。

「なのはちゃんたちも、ほら、一枚ずつ上げる」
「ええと、私達交換できないけど、いいんですか?」
「いいよ」

 いや、ホントダブっててね……

「大丈夫。良さん、有料ローダー回しまくってるからねー」
「有料ローダー……?」
「今日引いてもらったカードローダーは一日一枚、無料で引けるんだけど、お金を払えば何度でも引けるの」

 要は、オンラインゲームのガチャである。もうちょい威力の高いスキルカードが欲しくて回したのだ。
 え? 目的のカードは手に入ったのかだって? ……うん、聞くな。

 しかし、このゲームの場合、カードの強さよりも、どっちかっつーとプレイヤースキルのほうが重要だ。でなければ、小遣いの少ない小学生や中学生がランキング上位を軒並み占めるなんて事態にはならないだろう。

「それじゃ、僕今日はそろそろ帰るわ。……なのはちゃん、すずかちゃん、バニングス。みんな、遅くならないようにしろよー。日が長いからって、遅くなると危ないから」
『はぁーい』

 今日は中々楽しかった。
 暑いし……帰ったら、冷えた麦酒で一杯やるか。







































――もう一つの可能性







「は、はぁ!?」

 幻想郷は魔法の森。錬金術に使う薬草を採取していた僕は、突然目の前に落ちてきたソレを見て、驚愕の声を上げてしまう。

 なんと、落ちてきたのは、少々年嵩で顔色が悪いが、かなりの美人さんと……なんか、カプセル? に入っている全裸の少女。
 ……なんぞこれ。

 って、美人さんの方はなんか血ィ吐いてる!

「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
「……貴方、ここは、アルハザードよね!?」

 しかし、僕の心配の声など無視して、女性は鬼気迫る表情で迫ってくる。

「な、なんですか? アルハザード? ええと、ここは……幻想郷ですが」
「幻想郷……いえ、観測されなくなって長いアルハザードが、名前を変えていてもおかしくは……」

 な、なんかブツブツ言ってるけど。……っていうか、カプセルの女の子、大丈夫なのか? 変な液体で満たされてるけど、呼吸とか……

「え!? こ、この子、死んでる!? すみません、これって一体!?」

 息をしていない。どころか、心臓も動いていない。
 見た目はまるで生きているかのようだったけど、生気が感じられなかった。

「……貴方、答えなさい。ここに、死者を蘇生させる方法はある?」

 ま、また無視された。
 しかし、死者蘇生?

「は、反魂法ですか?」
「あるのね!?」
「い、いや。蘇生っつーか、あれはタチの悪いゾンビ作るだけの外法だし」
「どういうことよ!」
「ええと、死人を生前のまま生き返らせるような方法は、聞いたことないっていうか多分ない……」

 よろよろと、女性は膝をつく……っていうか、また血吐いた!?

「なんてこと……ここまで……来て……」

 で、倒れた!
 ど、どうしろっつーんだ!? いや、まずは医者……永琳さんとこに!

「こ、このカプセルも、持って行かないと、か」

 くそう、なんなんだよ、この人ぁ!
















 魔法の森で倒れていた女性の手当が終わった。
 永琳曰く、なにもしなければ、もって数日の命だったらしい。

 永琳さんの腕を持ってしても、安静にしていれば三、四ヶ月くらいは、というところまでしか持っていけなかったそうだ。
 で、僕はベッドで寝込んでいるその女性――プレシアさんと話をしていた。

「まだ動けないなんて……。私は、早くアルハザードに行かないと、いけないのに」
「三日くらいはロクに動けないそうですよ。後一日、我慢してください」
「わかってるわよ。ああもう。アリシア……アリシア……」

 永遠亭の人手が足りていないので、入院中の面倒は貴方が見なさい……などと永琳さんに押し付けられたが、ようやく返事くらいはしてもらえるようになった。

 この二日で聞き出したところ、彼女の名前はプレシア・テスタロッサさん。なんでも、娘を生き返らせるため、アルハザード? ってとこに行かないといけないらしい。
 しかしどういうわけか幻想郷にやって来てしまったそうな。

 ……正直、そこがどんな場所なのかは知らないが、死者を完全な形で蘇生させるような技術はないように思う。

 あ、後なんでも、異世界から来た魔導師らしいよ。

「まあまあ。焦っても治らないですって。林檎でもどうです? すり下ろしたから、食べやすいですよ」
「……いただくわ」

 少し情緒不安定なところもあるが、プレシアさんは頭の回転が速い。今は何も出来ない、とわかったようで、渋々ながらもすり下ろし林檎を入れた器を受け取ってくれた。
 ……でも、この様子からして、動けるようになったらすぐ動きそうだなあ。
 本当に、寿命が危ないらしいので、やめて欲しいのだけど。

 うーん、例の話、林檎食べ終わったら切り出してみるか。

「……なに? じっと見て」
「いえ。あ、お椀ください」

 プレシアさんが食べ終わったので、食器を受け取って、室内のテーブルに置く。

 ……さて。

「ところで、プレシアさん」
「なによ」
「あの子……アリシア、でしたっけ? 彼女のことですけど」
「諦めろ、なんて言うつもりだったら、聞くつもりはないわよ」

 うん、言わない。
 カプセルから出してあげて、埋葬してあげたほうがいいんじゃないか、と初日に言ったら、ガチ殺されそうな視線を向けられた挙句、殆ど動けないくせにおっそろしい魔力で雷を作ってたし。
 一応は、プレシアさんに恩人判定を受けており、一度だけ発言を撤回する機会をもらったので生き延びた。

 母は強し、なんて言葉があるが、強すぎる。

「前も言ったとおり、幻想郷にも死人を生き返らせるような魔法はないですけど。……死んだ人と話をする術ってのがあるんです」
「……続けて」
「口寄せ、つってですね。死んだ人の魂を自分に憑依させて、語ってもらうっていうものなんですけど」

 某忍者漫画のせいで召喚術と勘違いしている人もいるが、本来はそういう術です。

 アリシアが死んだのはかなり昔らしいが、生前とほぼ変わらない肉体っていう依代があり、術を使うのが実の母親って物凄い縁があるから、例え転生していても一時的に話せる可能性はある。

「……随分非論理的な魔法ね」
「いや、まあプレシアさんの魔法に比べりゃね」

 少ししか聞いていないが、プレシアさんのいた文化圏における魔法ってのは、プログラムみたいな物らしい。
 例えて言うなら、こっちは手芸品で、あっちは工業品だ。

 うちの魔法は、一部の職人以外は工業品には敵わないが、その分独創的なのがあったりする。
 ただ、魔力の効率的運用ってなると天地ほど差があるんだよね。プレシアさんとこは、魔法がこっちの科学みたいに扱われているらしいから、沢山の人が使えるように効率化が進んでいるみたいだ。

「ちなみに、これがその術を解説した本です」

 イタコの術だが、パチュリーの蔵書に術の詳しい解説書があった。

「……見させてもらおうかしら」

 魔力を使う技術、という根本は同じだから、プレシアさんほどの魔導師なら、多分覚えられるだろう。
 真剣に本を捲るプレシアさんに、ごゆっくり、と告げて僕は部屋から出るのだった。
























 憑き物が落ちた、というのか。
 退院して、すぐに口寄せを試して自分にアリシアを降ろしたプレシアさんは、それまでの刺々しい雰囲気が嘘のようになくなっていた。

 詳しい話は聞いていないけど……彼女の中で、なにかしらの決着が着いたということなんだろう。

「……行かないと」
「はあ」

 幻想郷を出て、表の博麗神社。
 見送りに来た僕の目の前で、プレシアさんが魔法陣を展開する。

 ……スゲー、これが異世界の魔法かー。

「世話になったわね」
「いえ、このくらい別に。もう一人の娘さんによろしく」

 話によると、アリシア以外にももう一人娘――プレシアさんは言葉を濁していたが――がいるらしい。

「……そうね。難しいけど、アリシアにも怒られてしまったし、ね」
「よくわかりませんが、頑張ってください」

 なんか、本当に複雑な事情がありそうだったが、家族の話に深入りするもんでもないだろう。
 プレシアさんの余命は短い。仲悪いみたいだけど、仲直りして欲しいものだ。

「……そういえば、まだ貴方の名前、聞いていなかったわね」
「ああ。そう言えば」

 すっかり失念していた。

「良也。土樹良也です」
「リョウヤ。……連絡先も教えてもらっていい?」
「はあ」

 住所と電話番号を告げるが、異世界出身の人に電話なんて通じないよなあ?
 プレシアさんが持ってた杖……デバイスとやらに情報を入力するのを見て、首を捻る。

「礼をしたいところだけど、生憎今はなにも持ち合わせがなくてね。後でなにか贈るわ。……そのくらいの融通は、効かせてもらえるでしょう」
「いや、そんなこと気にしなくても」
「いいから。……それじゃあね」

 そうして、魔法陣が発動。
 一際強い光が起こったと思うと、次の瞬間にはプレシアさんの姿は消えていた。

 ……長距離の転移かあ。便利そうだな。

 まあ、それはそれとして、外の世界に出て気付いたのだが、なんか携帯に着信履歴が入っとる。

 相手は、ええと、高町さん?
 なんじゃらほい、と電話をかける。

『もしもし、良也か?』
『はい。高町さん、なんか用ですか?』
『実は、相談したいことがあってな。驚かないでくれよ。今日、なのはから話があったんだが、なんでもなのはが魔法――』





 ――なお、この後、プレシアさんとは意外に早く再会することになり、その娘となのはちゃんとの劇的な出会いの物語に仰天することになるのだが。
 それはまた別の話。



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