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「むんっ!」 
 
 タキオスがその神剣『無我』を振り回す。 
 身の丈程の大剣を操るため、いかにも鈍重そうに見えるが、とんでもない。移動速度こそまだ常識の範疇であるが、その剣速はスピリット達の誰よりも疾く、そして鋭い。 
 
「させません!」 
 
 矢面に立つ友希を両断しようと迫る一閃に対し、数メートル後ろで控えているエスペリアが吠えた。 
 友希と『無我』の間に、緑マナによる強固な盾が瞬時に形成される。 
 
 単純な硬さならばスピリットでも最強のエスペリアの盾。レゾナンスの後押しを受けたそれは、例えかつての皇帝妖精騎士団が何十人と集まっても安々と突破できない硬度を持つ。 
 ガチン! と硬質な音が響いてタキオスの剣が一瞬止まり、 
 
「舐めるな!」 
 
 気合一閃、タキオスが力を込めると、そのままエスペリアの防壁が砕かれた。 
 
 しかし、その瞬きほどの時間が稼げただけでも充分だ。エターナルを相手にした戦いにおいて、瞬き一つ分の隙は大きい。 
 友希は身を伏せてタキオスの攻撃を躱す。髪の毛を持っていく『無我』の一撃に肝が冷えるが、動きは淀まない。反撃を加えるべく、『束ね』を脇に構え、 
 
 タキオスの剣が弾かれたようにして先ほどの軌道をなぞるように戻ってきた。 
 
「!? 頼む!」 
 
 しかし、攻撃に移ろうとしていた友希は、もう止められない。そのまま行けば友希の首を刎ねる剣に、しかし彼は一言だけ信頼を込めて叫ぶだけで済ませる。 
 
 オーラフォトンをありたけ詰め込んだ『束ね』を横一閃に振り抜き――その攻撃と完璧に連携して、タキオスの左方からオルファ達の魔法が、右方からセリアを筆頭としたスピリットが襲いかかる。 
 
 完全な同時攻撃。いかにタキオスの防御が無敵を誇っても、無制限に攻撃を無効化することはできない。 
 過負荷によってタキオスの身を守る空間断絶は耐え切れずに崩壊し、 
 
「ふん!」 
 
 タキオスが全身から無造作に放ったオーラフォトンが、近くにいた者全てを吹き飛ばした。 
 
「くっそっ!!」 
 
 溜めも殆ど無い、単純な力の爆発。吹き飛ばされながらも即座に体勢を整え、友希は面を上げる。 
 
 タキオスはその剣に絡みつく二重の盾――友希を守るため、ニムントールとハリオンが張ったそれを手首の捻りだけで破壊していた。傷らしい傷は……腹に数センチだけ『束ね』の切っ先が触れたのか、血が流れているが、かすり傷もいいところだ。 
 そしてタキオスは、友希側には目もくれず、まずは数を減らす腹積もりか、先ほど切りかかって、友希と同じように吹き飛ばされたセリア、シアー、ヘリオンに向かって駆けていく。 
 
「おっとぉ! こっから先は通行止めだぜ!」 
「やらせやしないわよ」 
 
 そして、いざというとき友希とスイッチするべく控えていたエトランジェ二人に行く手を阻まれた。 
 光陰が一撃一撃に全力を捧げてタキオスの攻撃を相殺し、今日子の『空虚』が雷を纏った刺突を繰り出す。 
 
 そして数秒の時間稼ぎに成功した頃には、タキオスの背中側から友希が迫っていた。 
 
「ちっ」 
 
 三方から囲まれては不利と見たのか、タキオスが小さく舌打ちをして、大きく剣を振り回して距離を取る。 
 
 戦端を開いてからここまで、めまぐるしい攻防に息をつく暇もなかったが、ここで一瞬の硬直が生まれ、友希は深く呼吸をした。 
 
「なかなかやるではないか」 
 
 ゆるりと自然体で構えたタキオスが、そう賞賛の言葉を漏らす。 
 
「並のエターナルなら、充分に勝算のある戦力だぞ。まさか俺とここまで渡り合えるとは思っていなかった」 
「そうかい。だったら、とっとと斬られてくれよ」 
「はっ、それは聞けん相談だ。数多の世界で色々な敵と戦ってきたが、エターナル以外の者とこうまで戦いに興じられる機会はそうそうないからな」 
 
 タキオスが獰猛な笑みを浮かべて闘気を滾らせる。 
 余裕のあることだ、と友希は内心毒づく。 
 
 こちらの戦力は十五人。しかし、当然その全てが一度に襲いかかることなど出来ず、その時々でメンバーを入れ代わり立ち代わり戦っている。 
 レゾナンスという大きな負荷がかかる魔法を使用しているとは言え、スタミナ面ではタキオスの消耗の方がはるかに大きいはずなのだが、あちらは息の一つも乱していない。 
 
 一方で、こちらのメンバーのうち、体力のない何人かは限界が近い。タキオスが何気なく発するマナだけで、息苦しさにも似た圧力が掛かっているのもそれに拍車をかけていた。 
 
『主、みんなを死なせるわけにはいきませんよ』 
『わかってる』 
 
 タキオスが上機嫌に語っている隙に息を整えながら、先ほど吹き飛ばされた三人に一旦下がるよう伝える。 
 なにも、感傷だけでみんなの死亡を避けようとしているわけではない。レゾナンスは、スピリット達のマナを共鳴させて力を跳ね上げている。そのため、人数が減るとそれだけ効果も薄くなるのだ。 
 既にギリギリなこの状況で一人でも欠ければ、そのまま押し切られてしまう。 
 
「さて、見て取った所、数を削げば俺の勝ちになりそうだが」 
 
 そして、その程度のことはタキオスもとっくに見切っていた。 
 すぅ、と目を細め、幾人か、一撃で下せそうなスピリットに目星をつける。 
 
「させるとでも思ってんのか」 
「そうか、ならば精々あがけ。見事俺を止めてみせるがいい」 
 
 タキオスと正面切って戦えるのは、友希か、あるいは光陰と今日子のコンビネーションだけだ。それも、周りのスピリット達のサポートあってのことだが、なんとしても押し留めないといけない。 
 
「きっびしいわね、これ」 
 
 オーラを高めるタキオスを見て、隣に立つ今日子が思わずといった風に漏らした。 
 
 友希も、口には出さないが同感だ。こうして戦って痛感したが……やはり、友希達がこの男を打ち砕くのは難しいと言わざるをえない。なんとか時間を稼いで、先行した悠人やアセリア、時深が『再生』を破壊するのを待つしかないだろう。 
 
「そうは言っても、やるしかないでしょう。……手前も、奴に一手くらいは馳走したいと思います」 
 
 要所で見事な剣戟を加えていた遊撃のウルカが、『冥加』の柄にゆるく手を添えて構えた。 
 
「そうだな……よし」 
 
 時間稼ぎ、とは言っても、受け身に回ってはすぐさま切り崩される。防御に手を回させないといけない。 
 
 次の攻めだ。共鳴した意志で、言葉を交わさなくても、全員が友希の意図を察する。 
 
「来るか」 
 
 タキオスは待ちの姿勢だ。相手の出方を楽しむ、強者の余裕だった。 
 
「ウルカお姉ちゃん! いくよー!」 
「お願いします、オルファ殿!」 
 
 オルファリルとナナルゥが魔法の詠唱を始め、同時に友希とウルカが飛び出す。少し遅れて、ファーレーンとヒミカが続いた。 
 
 そして、友希達がタキオスに辿り着く前に、フレイムシャワーの魔法が発動し、タキオスを襲う。 
 無数の火の礫を降り注がせる魔法。決して高位の魔法というわけではないが、今のオルファリルとナナルゥが放つと、礫の一つ一つが家屋を丸焼けにする程の威力となる。 
 
 その魔法に対しタキオスは動かない。身に纏った守りに任せて、近付いてくる友希達の方の警戒を優先させていた。 
 
 着弾、爆発。 
 
 無数の爆裂が視界を塞ぎ、タキオスの目から攻めてくるみんなを隠す。爆発のマナに紛れて、タキオスや友希といった突出した者以外の気配は安々と掴めないはずだ。 
 
 友希は最後にタキオスから見えていた位置から少しズラして切り込み、当然のようにそれは防がれる。 
 
「はっ、煙に紛れて突貫。安い手だ」 
「言ってろ!」 
 
 鍔迫り合いでは勝ち目はない。タキオスの『無我』を、『束ね』で受け流す。刀身が軋みを上げたが、どうにか破損はなし。 
 
「そして、妖精が後ろから、か。見え透いてるぞ」 
 
 一瞬でタキオスの背後を取ったウルカの居合を、タキオスは容易に回避した。 
 魔法で削れた防壁ならば、ウルカは渾身の一撃でなら切り裂くことができる。ウルカ――スピリットの攻撃ならば無防備に受けるかと思っていたが、受けるべき攻撃と避けるべき攻撃は当然のように判別が付いているらしい。 
 
 思惑が外れたが、タキオスが攻撃に移る前に友希は追撃を仕掛け、それと同時に上方からハイロゥを翻したファーレーンが、下方から身を深く伏せたヒミカが攻撃に参加した。 
 
 友希の攻撃を防ぎながらでは、物理的に二人の剣は躱したり迎撃したりはできない。タキオスは障壁を強化することでその二人の攻撃を受け止め、 
 
「む」 
 
 友希達の後方で膨れ上がるマナを感知して、小さな声を漏らした。 
 
「いっくわよ!」 
 
 タキオスに気付かれないよう、慎重にオーラフォトンを練り上げていた今日子が、攻撃的な魔法陣を浮かび上がらせる。 
 悠人なき今、ラキオス軍の最大級の攻撃魔法。 
 
「やれ、岬ィ!」 
 
 そうして一瞬硬直した隙に、友希はありったけのオーラフォトンをタキオスにぶつけてその障壁を削り、一気に後退する。 
 追いかけようとするタキオスだが、その足は鈍い。 
 
 タキオスの足を黒い棘のようなマナが刺し貫いている。傷はついていないが、これがタキオスの一歩を遅らせていた。 
 
「魔法はいささか苦手ですが……出足を鈍らせる程度なら、充分。確かに一手、見舞いました」 
 
 ウルカ、ファーレーン二人がかりの魔法。 
 ブラックスピリットの魔法は敵を弱体化させるものが揃っており、そして極めて妨害し難い特性を持つ。踏み出す足、それだけに集中して、しかも二人がかりで不意打ち。一秒の妨害程度なら可能だった。 
 
 タキオスを置いて、友希達は散開し、直後に今日子の魔法が完成した。 
 
「『ライトニングブラスト』!」 
 
 雷のオーラフォトンが殺到する。 
 今の今日子の魔法は、かつてラキオス軍を蹴散らした瞬の魔法をも凌駕しかねない威力を誇る。 
 
 タイミング的にも、避けたり防御したりする暇のない一撃。それは狙い違わずタキオスに命中し、轟音を奏でた。 
 
「やったか!?」 
 
 ライトニングブラストの弾着による爆風に身を煽られながら、友希が結果を確認しようと目を凝らす。 
 
「御剣、それフラグってやつだぜ」 
「……懐かしいネタだな」 
 
 光陰の呟きに、友希は呆れ返る。 
 勿論、軽口を叩きながらも警戒は一切緩ませてはいない。このくらいでエターナルを打倒できるならば、苦労はなかった。 
 
 案の定、煙で見えないが、タキオスのいた場所から力が膨れ上がる。 
 
「やっぱフラグだったか」 
「うっさい、碧、防御だ!」 
 
 煙の切れ間からタキオスの姿が見える。触れれば消滅しそうなオーラフォトンを『無我』に蓄え、大上段に構えていた。 
 一閃、その場でそれが振り下ろされると、黒いオーラフォトンの奔流が友希達に襲いかかってくる。 
 
「『因果』! 守りの気を! 『トラスケード』!」 
「『束ね』! 気合入れろよ!」 
 
 光陰の守護のオーラフォトンと、友希の盾……更に、グリーンスピリット達が全員がかりで防壁を張り、タキオスのオーラフォトンを受け止める。 
 更に、ネリーを中心としたブルースピリットたちによるアイスバニッシャー……マナを沈静化させる魔法が、効果は薄いものの作用し、そうしてタキオスの攻撃を防ぎきった。 
 
 『無我』を振り抜いた姿勢で、自らの攻撃が受け止められるのを見たタキオスがにやりと笑みを浮かべる。 
 
「よくぞ止めた。直撃すれば俺の勝ちだったが」 
 
 そう言うタキオスと言えば、全身のところどころから煙を上げ、服も一部が焦げ付いていたがダメージらしいダメージは見受けられなかった。 
 確かに今日子の魔法の直撃を受けたはずなのに、どうやら素の耐久力で耐え凌いだらしい。もはや笑うしかないタフネスだ。 
 
「先程の魔法も良かった。少々痺れたな」 
「あたしの全力の魔法で痺れた程度って……あんた、マジで化けモンね」 
「なら、その化物を凌がないと、貴様らに明日はないぞ」 
 
 タキオスが『無我』を構え直し、今度は自分から攻めに来る。 
 
「くっ、行くぞ!」 
 
 今の絶好の機会に傷を与えられなかったのは痛い。せめて動きを鈍らせる程度はできたかと思ったが。 
 だが、泣き言を言っている暇などあるはずもなく、友希は迎撃のため駆け出した。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、エターナル三人と戦いを繰り広げている悠人とアセリアは、互いに背中合わせで立ちながら次の攻撃を警戒していた。 
 
「つっ……」 
「ユート、大丈夫か?」 
「平気だ。アセリアこそ、だいぶ消耗しただろ」 
「まだまだ戦える」 
 
 ミトセマールの鞭にしたたかに打ち据えられた悠人は、胸に大きな傷を負っていた。『聖賢』がマナを癒やしに回してくれているため、数十秒で回復するだろうが、それまで敵は待ってはくれない。痛みを押し殺して動くしかなかった。 
 
「粘りますね。いい加減、さっさと死んでくれませんか」 
「もう少しいい声で鳴いてくれないと、アタシとしてもつまらないねえ」 
 
 メダリオとミトセマールがそれぞれの神剣を構えながら、うんざりしたような目で二人を見る。その後ろのントゥシトラの表情は、悠人には読めなかった。 
 
「ちっ、好き勝手言いやがって」 
 
 悠人は吐き捨て、彼らの戦力を分析する。 
 
 時深の言ったことは事実で、この三人に連携などというものはない。メダリオとミトセマールは、スピリット達が最初に習うような基本的な連携すらせず、各々が好き勝手に攻めてくるだけだ。それでも、前衛の二人はまだ味方に当たらない程度の配慮はするが、ントゥシトラは狙いの中心が悠人達だというだけで、余波が仲間を焦がそうがお構いなしだった。 
 
 しかし、強い。 
 
 純粋な永遠神剣の潜在能力では、第二位を持つ悠人にこの三人が敵う道理はない。しかし、引き出せる力に差があるせいで、精々やや悠人有利程度になってしまっている。そういう意味だと、『永遠』との同調率が高いとは言え、アセリアが追従出来ていることは嬉しい誤算だった。 
 
 そして、戦いの経験値とくれば、これは桁違いだ。 
 タキオスのように論理的に剣を振るわけではないが、とかく戦い……いや、殺しに慣れている。戦い方は雑なはずなのに、やけに隙が少ないのだ。 
 
 ここまではなんとかアセリアと二人で膠着状態を作り出してきたが、徐々に形勢が不利になってきているのは嫌でもわかる。 
 
「早めに終わらせて、友希達と時深の救援に行く、ってのは流石に虫が良すぎたか」 
 
 思わずそうこぼした悠人に、ミトセマールが敏感に反応した。 
 
「ああ!? アタシらを舐めてるねえ、このひよっこが。さっさと悲鳴を上げて、マナの塵に還りな!」 
 
 激高したままの勢いで繰り出される攻撃は、やはりとても洗練されているとは言い難い攻撃だ。しかし、その速度は到底見切れない。 
 悠人は全身を覆うバリアでその攻撃を受け止め、その隙にアセリアが駆け出す。 
 
「おっと。そんな目の前に来られたら、切り刻みたくなるじゃないですか」 
 
 そのアセリアにメダリオが襲いかかり、 
 
「うおおーー!!」 
 
 バリアを展開したまま突っ込んできた悠人の体当たりで、攻撃の機会を逸した。 
 
「っ、邪魔を。なら、貴方から斬ってあげましょう」 
「やってみろ!」 
 
 二刀を操るメダリオに悠人は浅い傷をいくつも付けられるが、致命傷には至らない。 
 
「ちっ、離れな!」 
「い、や!」 
 
 一方、アセリアはミトセマールに接近することに成功し、持ち前の素早さで翻弄していた。鞭を充分に振るわせないように立ち回り、 
 
「シュァアアアアアアアア!」 
 
 意味を読み取れない咆哮とともに放たれたントゥシトラの炎に、後退を余儀なくされた。 
 
 回避したにも関わらず、アセリアの水のマナの防護を突き抜けて、熱が肌を焼く。 
 直撃を何回も許せば、エターナルになったとは言え消し炭にされてしまうだろう。 
 
「アセリア!?」 
「隙が出来ましたね」 
 
 一瞬、アセリアに気を取られた悠人の肩を、『流転』の切っ先が抉り込む。 
 
「!? っ、どけ!」 
 
 次の一刀が首を刎ねる前に、悠人は蹴りでメダリオを引き剥がす。 
 止血だけ大慌てで施して、再びアセリアと合流した。 
 
「……ユート、傷」 
「平気だ」 
 
 つい先程と同じようなやり取りを交わして……二人は構える。 
 
 やはり、なりたての二人ではこの三人に勝つのは厳しい。 
 当たり前の事実。しかし、ここで倒れる訳にはいかない。 
 
「……行くぞ」 
「ん」 
 
 死の淵が見える戦い。それに、二人は再び飛び込んだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幾つもの剣戟の音が異形の遺跡の中に響き渡る。 
 
「あはは! お上手ですわね、時深さん!」 
「うるさいですよ」 
 
 無限とも思える剣を射出するテムオリン。 
 一つの剣を弾くだけで、二本、三本の剣を連鎖して弾き飛ばす時深。 
 
 一見すれば時深が防戦一方のように見えるが、二人の間では微妙な均衡が成立していた。 
 ロウ・エターナルでも屈指の剣士であるタキオスを側近として常に控えさせているテムオリンは、近接には弱い。勿論、あくまで『比較的』という話であるが、時間ごと加速し予知まで操る時深相手に、接近戦では分が悪い。 
 
 それを双方わかっているため、テムオリンは時深を近付けさせないための弾幕を、時深はテムオリンに切り込める剣群の隙を探すためこうして防ぎ続けている。 
 
「しかし、このままでは私の勝ちですわね。ほら、『再生』の臨界はすぐそこですわよ。そうして防ぎ続けるだけでは、私の勝ちは揺るぎませんわ」 
 
 こうして口を開いている時でも、テムオリンの永遠神剣の連射は一向に止まなかった。 
 
「……挑発には乗りませんよ」 
 
 テムオリンの攻撃に隙はない。それで勝てる未来は見えないが、本当にいざとなったら無理にでも突っ込むつもりだ。しかし、今はその時ではない。 
 
「もしや、他の雑魚達の援軍を期待していますの? 残念ですが、それは無理な相談というものです」 
「……そんなこと、あなたにはわからないでしょう」 
「わかりますわよ。時深さんのように未来を見通す目は持っておりませんが、もう間もなく貴方の仲間は死に絶えますわ。今は奇跡的に、全員生き残っているようですけど」 
 
 時深には、『再生』の放つ膨大なマナのせいで友希や悠人達の様子は感じ取れないが、テムオリンには見えているらしい。 
 それは別に驚くには値しない。この遺跡はロウ・エターナルが作り上げたもの。そういった機能の一つや二つ備えていてもなんの不思議もない。 
 
 しかし……テムオリンが言葉で惑わせようとしている可能性もあるので鵜呑みには出来ないが、彼らが負けそうだという言葉は無視することは出来ない。 
 
「戯れ言を……! 貴方達などに、私たちは……この世界の人達は負けません!」 
「威勢はいいですが、それもいつまで持つことやら。……おや」 
 
 ふと、テムオリンは視線をあらぬ方向に向ける。 
 その視線の先。……恐らく、その先は友希達ラキオス軍とタキオスが戦っている方向だ。 
 
「噂をすれば、ですか。……時深さん、もう少しでタキオスが戻ってきますわよ。その前に勝負を急いだほうが良いのではなくて?」 
「なっ……!?」 
 
 時深も、テムオリンとの付き合いは長い。言葉に嘘が含まれているかどうか、察する程度のことはできる。 
 その時深の経験から照らし合わせて……今のテムオリンの言葉に、虚偽の色は一切見受けられなかった。 
 
 タキオスが来る、ということは、 
 
「友希さん――!」 
 
 名前を口に出すが、時深はここを離れる訳にはいかない。 
 歯を食いしばって、テムオリンの攻撃を防ぎ続けるのだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「御剣!?」 
 
 光陰の声がどこか遠くから聞こえる。 
 
「はっ、捕まえたぞ」 
「く……そっ!」 
 
 背中が熱い。幸いにして両断されたというわけではないが、『無我』の刃が背中を裂いた感触が友希の脳裏を焦がす。 
 
 振り向いて、とどめを刺そうとしているタキオスから全力で距離を取る。 
 動きの鈍った友希では逃げきれない……が、間一髪で光陰が割り込んだ。 
 
「させるか! 御剣、下がってろ!」 
「たの……む」 
 
 ガチッ、ガチッ! と光陰とタキオスの争いの音から、なんとか這いずるようにして距離を取る。 
 
 どさ、と、ひとまず安全圏まで逃れて、腰が落ちた。 
 
「トモキさま! トモキさま、ごめん! ネリーが……」 
「……いや、これ、僕のせい、だ」 
 
 涙を浮かべているネリーが寄ってくるが、それよりは今は戦闘の方が重要だ。 
 行け、と視線で促すと、ネリーは少し迷った後、前線に戻った。 
 
 ――これは友希のミス。それは間違いなかった。 
 まず、攻撃を仕掛けたネリーがタキオスに捕まった。それは仕方ない。友希の目から見てもネリーの動きは良かったし、それを上回ったタキオスが上手だったというだけだ。 
 
 しかし、その後がいけない。 
 ネリーが斬られる、と気付いた瞬間、友希は身を挺してネリーを庇った。 
 
 ……これが駄目だ。 
 人数が減ると、勝ち目がどんどんなくなっていく。それは事実だが、戦力の要である友希が身を投げ出していい理由にはならない。既に一割もない勝率が、完全に潰えてしまう。 
 
 だけども、そんな理屈で。仲間が殺されようとしているのに、止まることなどできるはずもなかった。 
 
『主! 動かないでくださいよ! 今全力で治癒してますから!』 
『……ああ、頼む』 
 
 グリーンスピリットは前衛から動かせない。彼女らの防御がないと、いかに光陰とは言えタキオス相手に長く持ちはしない。 
 自前のオーラによる回復を待つしか…… 
 
「がっ!?」 
「コーイン様!?」 
 
 誰かの悲鳴が響く。 
 不味い。 
 
「この! よくも!」 
「ふん……エトランジェとは言え、貴様はぬるい!」 
 
 光陰の影から攻撃を繰り返していた今日子が突撃するが、一撃で弾き飛ばされる。 
 『無我』と接触した『空虚』に罅が入り、それと引き換えに命は拾ったが……これ以上、無理は出来ない。 
 
「くっ……みんな……!」 
 
 逃げろ、と友希は伝えた。 
 光陰は、すぐに復帰できる傷ではない。友希も、まだ傷を塞いだだけで、ちょっとした衝撃ですぐまた傷が開く状態だ。 
 
 ……タキオスを正面から止められる者がいない。通常の戦闘ではディフェンダーを勤めるグリーンスピリットでは、純粋にマナが足りなくてタキオスの攻撃を止め切れない。 
 
「そら、どうした。かかってこい。貴様らは逃げまわる鼠ではなく、戦士だろう?」 
「……勿論です」 
 
 エスペリアが静かに宣言する。 
 ここで逃げても、背中から一人ずつ膾切りにされるのが関の山だ。ならばせめて、この身を賭して時間を稼がねばならない。 
 
「みんな、行きますよ!」 
 
 やめろ、と叫ぶ暇もなかった。 
 一丸となってタキオスに攻め入るスピリット達。しかし、それは至極簡単な一振りで迎撃され、拳や蹴りで地に伏せられる。 
 
 ものの二十秒とかからず、立っているのはタキオスと、役割上離れていたレッドの二人だけとなった。 
 
 そして、その頃には友希の傷も治り、立ち上がる事に成功する。 
 
「……なんのつもりだ、タキオス」 
「なに。別に情けをかけたわけではない。俺の都合だ」 
 
 倒されたスピリットは、一人たりとも死んではいない。戦闘不能の状態に追い込まれてはいるが、全員、息をして意識を保っている。 
 
「トモキ。貴様はこいつらの力を借りて、それだけの力を得ているのだろう? ……多数との戦いも嫌いではないが、やはり勝負は一対一が好ましい。これらを殺してその力が落ちれば興醒めと、そういうわけだ」 
 
 未だレゾナンスの恩恵は生きている。 
 生きてはいるが……所詮、友希一人が強くなったところで、みんなの協力がなければタキオスに勝てるわけがない。 
 
 だが、 
 
「いいさ。やってやるよ」 
「そうこなくては」 
 
 剣を構える。 
 恐らく、ただの一太刀で友希は敗れ去るだろう。 
 
 ……しかし。次に繋がる傷くらいは、必ず負わせてみせる。 
 
『それしかないですか』 
『ない』 
 
 友希が逃げたり、変に時間稼ぎする素振りを見せれば、タキオスはすぐさまみんなの息の根を止めにかかるだろう。 
 それならばまだ、最高の力が振るえる今の状態で、命を斬らせてでも骨の一本くらい持っていくほうが建設的だ。 
 
 そう決意をし。 
 
 友希は、死への第一歩を踏み出した。 
 
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