「あらあら。まあまあ」

 時深が悠人、アセリアと呼んだ二人が現れ、ニーハスを攻撃しようとしたロウ・エターナルと対峙している様子を見て、テムオリンは喜色満面に笑顔を浮かべた。

「あれが時深さんの切り札ですか? まさかあの坊やがエターナルとなるなんて。まったく予想外でしたわ」
「……随分と嬉しそうですね」
「それはそうですわ。このままですと、消化試合にしかならないところでしたもの。時深さんならば、逆転の手の一つや二つは用意していると思っていましたが、まさかこう来るとは。面白くなってきました」

 テムオリンの言葉に嘘は感じられない。
 本気で、面白そうという理由なだけで、戦略上の不利を笑って受け入れられるらしい。

「ほう、あの剣……第二位。しかも、『聖賢』ですな」
「ですわね。タキオス、貴方の『無我』の対極となる神剣ですわよ? 興味が有るのなら、貴方が戦っても構いませんけど」
「あれとの戦いも中々心惹かれますが……今はこやつとの決着が優先です。あれもエターナルとなったのなら、今回でなくともいずれ戦う機会はありましょう」

 第二位の永遠神剣。
 タキオスの持つ『無我』ですら第三位。テムオリンの『秩序』と伍する程の永遠神剣だ。

 それだけの剣を持つエターナルが現れたのなら、ぐっとこちらが有利となる。
 そんな僅かな安堵を抱いた友希に対して、テムオリンはニヤニヤと底意地の悪い笑みを向けた。

「あらあら。援軍に浮かれていていいのかしら? あれは所詮なりたて。第二位なんて飾りに過ぎません」
「まさか、俺との戦いに奴らの手助けをアテにするつもりはないだろうな?」

 一歩、こちらに向けて歩みを進めたタキオスに対し、友希は身構える。

「……そんなつもりはない。みんな、ここでタキオスを倒すぞ!」
『おぉ!』

 鬨の声を上げ、スピリット隊のみんなが応える。
 タキオスは恐ろしい相手だ。しかし、今更その程度で尻込みする者はここにはいない。

「あら、少し待ってくださいな」

 いつ仕掛けるか、機を伺っていると、テムオリンが更に口を挟んできた。

「折角、こうして面白い展開となってきたんですもの。こんな突発的な戦いで終わらせるのは勿体無いですわ」
「テムオリン様。またお戯れを」
「戯れずしてどうするのです。今日はこのまま引き上げましょう。決着を着けるのには、相応しい舞台というものがありますもの」
「……はっ」

 タキオスは、テムオリンが重ねて言うと、唯々諾々と従う。先程の言葉は、ニーハスに向かった三人にも届いていたらしく、援軍に来た二人と睨み合っていた三人も、戦闘態勢を解いた。

「逃げ帰るのですね」
「見え透いた挑発ですわ。それではごきげんよう、時深さん」

 テムオリンが優雅に一礼して、姿を消す。

「……決着が遠のいたか。まあいい、次に見えた時が最後だ。それではな、トモキ」

 タキオスもそう言って、姿を消し始め、

『……『束ね』』
『いけますよ、主』

 レゾナンスの魔法は発動している。互いに共鳴したマナが友希を途方も無い高みへと導いている。
 そして、この場を去ろうとしているタキオスは臨戦態勢を解いており、それでいてその距離は友希の間合いだ。

 千載一遇のチャンス。意志すら響き合っているみんなからも、友希を後押しする声が聞こえる。

 迷いはなく、友希は消え去ろうとするタキオスに向けて一歩を踏み出した。

「なに?」

 タキオスの疑問の声。
 それごと両断しようと、友希は『束ね』を振りかぶり、爆発的に噴出したオーラフォトンが刀身を伸長する。

 身の丈程――タキオスの『無我』に匹敵するほどの巨大な光剣となった『束ね』。一撃必殺を旨とするサルドバルトの剣術は、この状態でこそ十全に活かせる。

 ミュラーの指導の元に再構築された剣技が、友希の体を動かす。

「っっっ、づぇらぁっ!!!」

 耳をつんざくような剣戟の音が、大きく高く響き渡った。
 激しいオーラの激突によって爆発が巻き起こり、舞い上がった土煙が結果をスピリット隊の者の目から隠す。

「友希さん!?」

 まさかここで不意打ちを仕掛けるとは『視えていなかった』時深の声が響く。

 誰もがその現場を注視し……やがて、煙が晴れた。

「……中々の不意打ちだ。防御しなければ、やられていたかもしれん」
「言ってろ。当たり前みたいに防ぎやがって」

 タキオスが『無我』で『束ね』を受け止めていた。
 神剣同士が触れているところでは、互いのオーラが反発してスパークしている。友希は全力で押し切ろうとしているが、タキオスは涼しい顔だった。

「ふ、賞賛は素直に受け取っておけ。発動が中途半端だったとは言え、俺の絶対防御を抜いたのだからな」

 タキオスの持つ『無我』は空間操作の能力を持っており、攻防両面においてほぼ無敵の力を持っている。
 空間ごと断ち切ることであらゆる物を対象の強度に関わらず切り裂き、その絶対防御は物理的な攻撃では突き崩すことは出来ない。

 高出力のマナは空間に作用する特性があるため、神剣使いなら対処出来る可能性はあるが、並大抵の力ではタキオスの強力な空間操作の能力を突破することは不可能だ。
 そして友希は、継続的な攻撃により過負荷を与えて破るのではなく、ただの一撃で持ってタキオスが展開しかけていた絶対防御を切り裂いた。今まで数度戦った中で友希が与えた僅かな傷は、絶対防御を展開していなかったり、あるいは何度も攻撃を仕掛けることで辛うじて付けられた傷に過ぎない。
 今回の攻撃は、これまでとは一線を画した一撃であったと、そうタキオスは認めた。

「ひとまず、俺と戦える領域にまで上がっていることは確かなようだな」

 しかし、そこはあくまでスタートラインだ。力も技術も、いまだ圧倒的な差がある。こうして剣を合わせている友希にはそれがよくわかる。大人と子供程ほどの差だ。
 ……一方、同じ種族の成体と幼体程度の差に縮まったのも、また紛れも無い事実である。

「戦えるだけじゃない。みんなと一緒なら、お前を倒すことだって出来る」
「ほう、それは楽しみだ」

 本当に楽しそうに笑って、今度こそタキオスは消え去った。

 十秒ほど警戒は続けたが、間違いなく去ったようで、ようやくみんなが力を抜く。

「……はあ。友希さん、無茶はやめてください。大人しく立ち去ったから良いものの、テムオリン達が戻ってきて戦いが再開してもおかしくなかったですよ」
「いや、時深さんこそテムオリンを挑発してたじゃないですか」
「あれは、ああいう態度の方があいつの興味を引けたからです。つまらない返答なら、前言を翻して襲いかかってきかねないものですから」

 敵同士とはいえ、余程の因縁があるのか、時深はテムオリンの性格を深く理解している様子だった。

「……まあ、結果的に問題はなかったので、今はこの程度にしましょう。それより、話をしないといけないことがありますし」

 と、時深が視線をニーハスの方に向ける。
 そちらからは、二人の人影がこちらに歩いてくるところだった。

 片方は、学生服に陣羽織……友希とほぼ同じ服装をした立派な体格の男。
 もう片方は、ラキオスのスピリット隊制式採用の戦闘服を来た、青い髪の少女。

「……? 時深さん、あの二人の服」
「――え? あ、ああ。あれなら私が用意したものを着てもらっています。連帯感を養ったり、戦場で敵味方の区別を容易にするためにも、同じ服を着ることは有効ですから」

 友希の指摘に、何故か慌てた様子の時深がそう説明する。

 そういうものか、と友希は特に深く考えずに納得した。わざわざ時深がこんなことで嘘をつくメリットはないだろう。
 『時詠』を片手に、神剣通話で彼らになにか連絡を取っているようだが、恐らくこれも関係ないに違いない。

「改めて紹介します。こちら、聖賢者ユート。その隣が、永遠のアセリア。それぞれ第二位『聖賢』、第三位『永遠』を持つ、強力なエターナルです」

 時深の紹介に、二人――ユートとアセリアは頷いて、口を開いた。

「聖賢者、ってのはちょっと大仰で気恥ずかしいんだけどな。ラキオスのみんな、はじめまして。悠人だ」
「ん、アセリアだ」

 その、挨拶。

『……ん?』
『なにか、妙な感覚ですね』

 友希は、その二人に何かが引っかかる。引っかかるが……それはとても言葉にできない、不思議な感覚だった。

(……ちょっと、トモキさま? 挨拶。貴方が代表でしょう)
(っと、ごめん)

 背後のセリアに急かされて、己の役目を思い出した友希は、居住まいを正してラキオス流の礼を取った。

「はじめまして、聖賢者ユート殿、永遠のアセリア殿。ラキオスのスピリット隊隊長をしている、『束ね』のトモキと申します。お二人の援軍、心より感謝いたします」
「ん、ああ。よろしくな。そう固くならなくてもいいよ。俺、こんなんだからさ」
「わたしも、別に気にしない」

 二人の態度は、やけに気安い。そういう性格だ、というだけでは説明が付かない気がする。
 なら、一体どのような理由があるのかについては、残念ながら友希には思い当たらないのであるが……

「そういうことなら、そうさせてもらおうぜ御剣。一緒に戦うんだ、確かにあまり他人行儀でもアレだしな」
「まあ、碧の言うとおりか。悠人、って呼ばせてもらうよ。よろしく、悠人」

 友希は今度は堅苦しい礼ではなく、手を差し出す。地球とファンタズマゴリア共通の友好の証だ。
 悠人もそのことは知っているのか、心得たように友希の手を握った。

「ああ。一緒にこの世界を守ろう」
「おう」

 固く握手を交わした二人。
 それを、どこか眩しそうな目で、アセリアが見つめていた。

































 悠人とアセリアは第一宿舎に案内されていた。
 広さなら第二の方が上だが、建物の格式としてはこちらのほうが上なのだ。

「申し訳ございません。平時であれば、歓迎の祝宴の一つも催すところなのですが、生憎と今は……」
「ああ、いいよいいよ。俺らだって、別に物見遊山で来たわけじゃないからな」

 部屋のことについてあれこれ説明をするエスペリアが申し訳無さそうに言うが、悠人は特に気にしていない。
 色々と気難しい人間を相手にしてきたエスペリアから見て、この青年はどうやら好ましい人格のようだった。

「そちらの、アセリアさまも……」
「アセリア」
「は?」
「さま、は必要ない。呼び捨てにでもしてくれればいい。わたしは、そのほうが嬉しい」

 エスペリアは少し戸惑ってしまう。アセリアがどう言おうと、彼女がラキオスにとって大切な援軍であり、敬意を払うべき相手であることは変わりない。
 エスペリアの基準からして、呼び捨てにするなど論外の相手だ。

「あの、アセリアさま?」
「…………」

 どうにも困る。さまを付けて呼ぶと、この娘はあからさまに気落ちした様子を見せるのだ。
 傍目には無表情のように見えるが、エスペリアにはわかる。これは、どう見ても落ち込んでいる。

 ――お客様のご要望に応えるのも大切ですよね。

 そう心で言い訳して、エスペリアはふんわりと、素の笑顔を浮かべた。

「はい、でしたらアセリア、と呼ばせていただきます。よろしくね、アセリア」
「ん」

 小さく頷くアセリアは満足気だった。

「ごめん、悠人、アセリア、いる?」
「あ、トモキさま」

 そうして話し込んでいると、友希がやって来た。

「友希? どうした、俺達になにか用か? 明日以降の訓練については、予定は聞いているけど」
「ああ、そっちじゃなくてさ。城を上げて大々的に、ってわけにはいかないけど、ちょっと豪華な夕飯で歓迎会でもしなさい、って陛下から予算貰ったんだ。で、二人はなにか好きな食べ物とかあるかな、と思ってさ」

 親睦を深めるという意味でも、食事会に意味はある。今日は初のレゾナンスを用いての実戦とエターナルとの遭遇という修羅場を越えたので、訓練も休みだ。
 一回の食事会にしては多すぎるほどの予算が与えられていることもあり、少し気分が浮かれている友希である。

「豪華な夕飯……ですか。食材は買い足しにいかなければいけませんね」

 その話を聞いて、即座に台所に残っていた食材、買い足す食材を元に、パーティーに向いたメニューをエスペリアは考え始めた。
 エターナルの二人の好みも勿論考慮に入れる必要があるが、ファンタズマゴリアの料理は同じエターナルである時深の舌に合っていたようなので、大げさに考えることもないだろう。

「俺……? ピーマン……リクェム。あれ入れて欲しいかな。昔は駄目だったんだけど、最近好物になってさ」
「わたしはなんでもいい。エスペリアの料理はどれも美味しい。……きっと」

 意外と子供っぽいことを言う悠人と、エスペリアに丸投げするアセリア。
 しかし、悠人の言葉から、友希は初対面から疑問に思っていたことを悠人に尋ねることにした。

「ピーマンって……悠人ってやっぱり、時深さんと同じように地球出身なのか?」
「あ、ああ。そうだ、な。うん。俺も日本人だ」

 少し考えこんでから頷く悠人。なにをそんなにためらったのかはわからないが、同郷というのは少し嬉しい。

「時深さんといい、日本出身のエターナルってもしかして多い?」
「いや……さぁなぁ。俺も、あまり他のエターナルとは会ったことないし……え? ……ああ、うん。『聖賢』の奴が言うには、こいつの知る限りでは俺と時深だけらしいぞ」
「ふーん。じゃ、悠人って苗字はなんなんだ? 聖賢者って、苗字じゃないんだろ?」
「……そんな苗字のやつはいないと思うぞ。『聖賢』を持った奴の、称号みたいなもんらしい」

 しかし苗字か、と悠人は逡巡する。
 友希は不思議に思う。先程から、質問に返答するまでの間が少しおかしい。そんなに考えないといけないような質問をしたつもりはなかったのだが。

「俺の苗字は、そう、枯木だ。枯木悠人」
「へえ。どっちにしろ、ちょっと珍しい苗字だな」
「かもな」

 日本人であった悠人が何故エターナルという存在となったのか。『聖賢』はどういう経緯で手に入れたのか。
 友希はその辺りも気になったが、会って間もない人間に事情を根掘り葉掘り聞かれるのも不愉快だろうと、踏み込んで聞きはしなかった。

「それではユートさま。準備が整いましたらお呼びいたしますので、それまでこちらの部屋でお寛ぎください」
「ああ。ありがとう。アセリア、そういうことだから、休ませてもらおうか」
「わたし、料理手伝おうか?」

 アセリアはそう提案したが、流石に彼女に料理などさせるわけにはいかない。

 何故かやる気満々のアセリアをなんとか宥めて、友希とエスペリアは部屋を辞した。
 二人並んで廊下を歩き始め、ふと口を開く。

「……なんか、うまくやっていけそうだね」
「ええ。トキミさまは良いお方ですが、そのお仲間は……と疑っていた自分が恥ずかしいくらいです」

 なんというか、実に自然体なのだ。ともすれば、短いながらも共に訓練を重ねてきた時深よりも。
 間違いなく、明日以降の連携の訓練も上手くいくだろうと、半ば確信できる。

 疑問なのは、何故あの二人がそれほどラキオスに馴染んでいるか、ということだが。

「……ま、いいか」

 考えても結論は出ないだろう。

「ところで、トモキさま? 詳しい予算をお聞かせください。後、会場は第二宿舎で、何人か手伝いも出していただけると」
「ああ、それならハリオンとヘリオンが張り切ってたから、好きに使ってやってくれ。……っても、ハリオンはもうケーキ焼き始めてたけど」
「あの子は……いえ、甘味は必要ですから構わないのですが」

 ふう、と嘆息するエスペリアに、予算を書きつけたメモを渡す。

「必要なのがわかったら言ってくれ。何人か連れて、ひとっ走り買ってくるから」
「はい」










 そうして、数時間後にはエスペリアを始め、スピリット隊の料理上手による食事が振る舞われ。
 悠人とアセリアは大いに舌鼓を打ち、隊のみんなとの交流も進んだ。

 ……しかし、彼らが浮かべていた、どこか寂しそうな笑顔の理由は、誰にもわからなかったのだった。




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