ロウエターナルが居を構えるソーン・リームへの玄関口。都市ニーハスを囲む防壁の上に立ち、友希は進軍してくるミニオンを見ていた。
機械的な行軍。スピリットとは違い、僅かな自我すらなく迫ってくるその軍隊は、どこか薄ら寒いものを感じさせる。
友希は振り返り、口を開く。
「……時深さんの言うとおり、来たみたいだ。みんな、準備はいいな?」
背後に控えるみんなが、力強く返事をした。
今日は、レゾナンスを使った初の実戦。全員が程よい緊張と高揚の中にいる。これならば、自分たちの力を十全に発揮できるだろう。
「しかし、あんな戦力を贅沢に使ってくれるな、敵さんは。時深さんが大分削ったんだろうに、まぁだあんな数がいるのか」
光陰が、半ば呆れたように軽口を飛ばした。
エターナルミニオン。全員がファンタズマゴリアの一級のスピリット以上の力を持つ戦うための人形。それが、冗談のような数で攻め込んできている。
サーギオス帝国と戦った頃のスピリット隊では、仲間の犠牲は避けられない陣容だ。
そんなミニオンはニーハスに何度も攻め込んできているのだが、毎回『全滅』している。なにせ、連中はその創造主たるテムオリンより、攻める以外の選択肢を与えられていない。そのため、時深が全て根切りにしてきたのだ。
光陰が贅沢と称するのも、無理なからぬ運用である。これもまた、テムオリン一派がミニオンの侵攻を『本番の前のお遊び』としか捉えていないためだ。
「ニーハスに常駐しているスピリットの皆さんの支援あって、ですけどね。しかし、皆さん」
自分一人の力ではないと、時深は謙遜して、全員を見渡す。
「油断は禁物ですが、貴方達は今更あの程度の数のミニオンに遅れを取る程弱くはありません。私が保証します」
「はい、ありがとうございます」
今回は後詰めに入ってくれる予定の時深が太鼓判を押す。
そう。友希達は、エターナルと戦うために訓練を積んで来たのだ。その眷属程度に苦戦するようでは、惜しみなくエーテルをつぎ込んでくれたレスティーナや、稽古を付けてくれたミュラーら訓練士に申し訳ない。
「じゃ、やるぞみんな」
友希は言って、自分の体の中から『束ね』を実体化させる。
それを正眼に構え、一つ、大きく深呼吸。
吹き渡る風を感じながら、静かに、何度も繰り返したように魔法陣を展開した。
「『マナよ。互いに手を取り合い、遥か高みの力となれ』」
レゾナンス、と魔法の意味を込めた言葉を発する。
効果は、いつも通り劇的だ。みんなのマナが数倍に膨れ上がり、互いの意思が共鳴し合う。身体が張り裂けると錯覚する程の力を、慎重に御していく。
実戦での初使用。誰かが制御をしくじって暴走させていないかと思ったが、そんな心配は無用だったようだ。
訓練の時と変わらない手応えに、友希は一つ頷いて号令をかけた。
「――行くぞっ」
叫んで、友希は率先して外壁から飛び降りた。
空中でマナを固め、それを足場に下へ加速する。
他のみんなもそれに続く。翼のハイロゥを持つ青と黒のスピリットは、滑空しながらの進撃だ。
迫り来るミニオンの群れを睨みつけ、駆け出す。最初は一丸となって走っていたスピリット隊だが、進みながら三人ずつの分隊に分かれ、互いをフォローするように的確に相手の陣形に攻め入った。
「よっい、しょぉ!!」
先陣を切ったのは今日子だった。まさに地上を走る稲妻とでも言うべき速度でミニオンの群れに切り込み、その刺突で三、四人をまとめて串刺しにする。
「は!」
そしてそのまま刀身から雷のオーラフォトンを放出し、貫いたミニオン達を消し炭にした。
元々第五位でスピリットより頭一つ二つ飛び抜けた力を持っていた彼女が更にブーストされれば、このような芸当も可能となる。
一人、相手の陣形に食い込む形となった今日子に、四方八方からミニオンが襲いかかるが、その剣が届く前に疾風のように一つの影が飛び込む。
風を切る音と一瞬の閃光が走り、今日子に襲いかかったミニオンは、全員手首を切断され武器を取りこぼした。
「ありがと、ファーレーン!」
「次、来ますよキョウコ様」
速度に優れる者同士、何気に組むことの多かった二人は、敵に影すら掴ませずミニオンの集団を寸断していく。
ひとしきり混乱を振りまき、ミニオンの足が止まったところで二人は脱出し、
「ナナルゥ!」
「……イグニッション」
今日子の分隊の最後の一人。前進した二人を後方で見守っていたナナルゥが、速度に優れる範囲系火魔法で陣形の乱れたミニオンを焼き尽くした。
「よっしゃぁ!」
今日子がガッツポーズを取る。最初にミニオンと遭遇した時、まさかこれほど容易く蹴散らせるようになるとは想像もしていなかった。しかし、全員無傷での勝利だ。
「キョウコ様、次へ」
「わかってる! さ、ファーレーン!」
「はい」
とは言え、あくまでミニオンの軍団の一角を薙ぎ払っただけ。まだ敵はうようよといる。
レゾナンスの共鳴により、他の味方の位置を把握し、今日子分隊は次に打ち崩すべき方向に向けて走り始めた。
他方、遊撃の役目を仰せつかったヘリオン分隊は、やや後方にて、スピリット隊の攻勢を抜けてニーハスへ向けてやって来る少数のミニオンをまとめて相手取っていた。
「次が来ます! 数は四!」
「よ〜〜し! シアー、行くよ!!」
「は〜い」
「ああ! ネリーさんは魔法の対処をー!」
二人して突撃しようとするネリーとシアーを、ヘリオンが慌てて引き止める。
「うー、わかった! 全部凍らせて止めちゃうから、二人共思いっきり行けー! ごー、くーる!」
「はいっ!」
「いくよ〜」
最後の掛け声の意味は不明だったが、ヘリオンはそのことはひとまず置いてウイングハイロゥを翻す。
この三人が遊撃となったのは伊達ではない。最高速度こそスピードに乗った今日子に一歩譲るが、三人の機動力と身軽さは、今やミニオン達の目でも追い切れないほどのものとなっている。
それでも、爆撃でまとめて吹っ飛ばそうとした相手側の赤の範囲系の魔法は、即座に察知してネリーが飛ばしたバニッシュによって掻き消された。
「へっへ〜ん! 魔法なんて通さないからね!」
得意げなネリー。こんな態度であるが、今やネリーの魔法はラキオスでも随一だ。並のブルースピリットなら、十人がかりでも相殺できないエターナルミニオンの破壊魔法すら、難なく無効化してしまう。それどころか、放った氷結の力は相手の行動を阻害し、
「行きます!」
「シアーも!」
ほんの数秒、ミニオン達の動きが止まる。そして、数秒もあればヘリオンとシアーにとって、相手の首を落とすことは容易いことだった。
一気に踏み込み、ヘリオンは神剣の柄に手を添える。シアーも剣を下段に構え、ハイロゥの推進力で距離を詰める。
二人は、言葉を交わす必要もなく、それぞれの敵に向かう。ヘリオンが左側の二人、シアーが右。
ぎこちなく迎撃しようとしたミニオンの動きを僅かにフェイントを入れることで空振るよう誘導し、ヘリオンは抜刀した。
抜き打ち一閃、まずは前にいたブルーミニオンの首を落とし、返す刀で奥に隠れていたレッドを袈裟斬りにする。
シアーもまた、ほぼ同時に二人のミニオンを切り捨てていた。こちらはヘリオンのようなお行儀の良い剣術ではなく、相手の死角に自然と入り込み、すれ違い様に急所を斬りつける、暗殺者のような技術だ。
真正面から相対しているはずなのに、奇妙な動きによって相手が『見失ってしまう』という、シアー独自の剣である。
四人のミニオンが崩れ落ち、マナの塵に昇華していく。
「次、二時の方向に二人、十一時の方向に一人。……シアーさん、一人の方をお願いします!」
「わかった〜」
ネリーは最後の防衛線として残しておく。レゾナンスの繋がりを通じて『ネリーも暴れたい〜!』などといった抗議が入るが、ヘリオンは却下する。
自分たちは比較的楽に処理できているが、一般のスピリットでは、ミニオン一体につき二、三部隊潰す覚悟で挑まないと勝ち目がないのだ。ニーハスに抜けられると、大きな被害が出る。
――もちろん、時深が後詰めに入っている以上、心配無用だが、必要のないリスクを背負うこともない。
意図は伝わったのか、ネリーもそれ以上我儘は言わない。そのやり取りの間にも、こちらに規模の大きい魔法を使おうとしたミニオンに対してバニッシュ魔法を放っている辺り、ネリーも自分の仕事はわかっている。
ヘリオンとシアーがそれぞれの敵に向けて駆け出す。
結局、この日の攻勢において、ミニオン達はニーハスに一人たりとも届くことはなかった。
エスペリア、ニムントール、ヒミカのエスペリア隊。
セリア、ハリオン、オルファリルのセリア隊。
この二隊は、それぞれ左翼、右翼からミニオンの軍勢を削りとっていた。
攻撃、防御、支援と、それぞれ堅実にまとまったこれらの部隊は、ミニオンの数を危なげなく減らしていく。
「ニーハスの方は、心配いらないようですね」
迂闊にも近付いてきたブラックミニオンを一突きで打ち負かしながら、エスペリアが呟く。
「そうね。ヘリオンも、分隊長は初めてだけど、よく抑えてる」
エスペリアの声に、ヒミカが同意する。彼女は、レッドスピリットとしては魔法が不得手な方だが、レゾナンスの恩恵により、彼女のファイアボールでも容易にミニオンを撃滅することが出来た。
そして、敢えて防備を薄くすることで、好機だと勘違いして近付いてくるミニオンを、そのレッドスピリットの常識を越えた近接戦闘能力で落としていく。
「…………」
ニムントールは口を開かず、しかし的確に二人をサポートする。分隊全体を守る大きなバリアと、個別に展開する盾を組み合わせ、今のところ一筋の傷すら許していない。防御壁の多重展開を可能とするマナ量はレゾナンスによる力の向上によるものだが、このような複雑な防御を破綻なく制御しているのは純粋に彼女の技量だ。
スピリットの中で最硬を誇るエスペリアも、内心感嘆していた。技術だけで言えば既にニムントールに追い抜かれているかもしれない。
セリア隊も、多少の差異はあれ同じような展開となっていた。
「ハリオン! お願い!」
「おまかせです〜」
ハリオンに防御を任せ、セリアが突っ込む。
青く輝く『熱病』を振るい、ミニオンをその防御ごと両断。
圧倒的な力の差だと勘違いしそうになるが……セリアは、その思考を恥ずべきものだとして切り捨てる。
あくまで、これはレゾナンスという破格の補助魔法によって力が上がっているからに過ぎない。地力で言えば、ミニオンとこちらのスピリットの戦力比は、互角か、せいぜいややこちらが有利といった程度。数の差を考えれば、スピリットだけでは容易にすり潰される絶望的な戦力差だ。
近付いてくるミニオンを退け、セリアはそろそろ頃合いかと一気に下がった。
「あ〜くふれあ!」
オルファリルが時間を掛けて準備した高位魔法がミニオンを薙ぎ払う。
目が眩む閃光が降り注ぎ、数十の単位のミニオンが一瞬で蒸発する。ハリオンが防御を展開していなければ、余波でこちらも軽度の火傷くらいは負っていたかもしれない。
「オルファ! 後は弱い魔法でいいわ。撃ち漏らしたやつを倒して」
「わかった!」
ガラス質に変異した地面を駆け、セリアは生き残りを倒していく。
圧倒している、と言っていい。セリアが攻め、ハリオンが守り、オルファリルが魔法で大ダメージを与える。スピリットの最もスタンダードな組み合わせ。安定感という意味では、この隊に勝るところはない。
しかし、
「……流石に、あそこには敵わないわね」
ミニオンの陣形の後方で戦う分隊を見て、セリアは一つ嘆息した。
「『束ね』! 開放!」
友希が叫ぶ。
己の神剣の無言の返答のままに剣を振るい、刀身から噴出したオーラフォトンが射程内にいるミニオンを全て消滅させる。
効率の悪い技だ。レッドスピリットのような広範囲魔法を使えない友希には貴重な範囲攻撃だが、オーラフォトンを放出するだけの攻撃は、燃費は悪いし威力は低いしで、本来なら使いものにならない。
しかし、今ならば別だ。友希の体内に渦巻く力は、この程度の攻撃は何百発撃っても尽きはしない。威力も、ミニオン『程度』を倒すならば十分だ。
「次! 碧、そっち巻き込まれんなよ!」
なにより、魔法のように詠唱や集中が殆どいらない。ただ有り余る力をぶっ放しているだけだからだ。
連発されるオーラフォトンの波動に、ミニオン達は近付くことも出来ない。
「ぉぉぉぉらぁああああああ!」
一方で、『因果』をまるで扇風機のように回転させながら縦横無尽に走り回る光陰も大概であった。
少しでも触れた相手を完膚なきまでにミンチにする暴虐の嵐に、感情がそもそも存在しないはずのミニオン達もたじろいでいる。
「やれやれ……エトランジェの二人と肩を並べると、手前も些か力不足を感じますな」
「冗談!」
仕切り直しで、一時戻ってきたウルカのぼやきに、友希はなにを言っているのかと呆れ果てる。
ミニオンの半数を引き受ける分隊――そんな難事について行けるのはウルカだけだと判断され、このような配置になったのだが、彼女の働きも驚嘆に値するべきものだ。
というか、明らかにオカシイ。
友希と光陰の戦いは、数を減らす事を優先し、かなり大雑把なものとなっている。
当然、その攻撃の隙間を偶然かいくぐり生き残るミニオンもそれなりの数がいるわけだが……時深のような未来予知でもしているのかと錯覚するほど、ウルカの処理は的確だった。
偶然、たまたま友希の攻撃範囲から逃れたミニオンが、その一瞬後には斬られている。
光陰に轢き潰されたが、辛うじて生き残り魔法を使おうとしたミニオンが、刹那の間に突き殺される。
撃ち漏らしによる反撃を彼らが受けていないのは、ウルカの働きによるところが大きい。
ミニオンの軍勢の後方半分は、この三人の働きにより既に半壊状態である。
「もう少しだ! 碧! こっちはもういいから、他のみんなのフォローに回ってくれ!」
「了解! 油断すんなよ!」
友希とウルカのみで対処できる数になった辺りで、光陰を他へと回す。オールレンジで高い実力を発揮でき、頭脳も明晰で全体にそつのない彼ならば、うまくやってくれるだろう。
「行くぞ、ウルカ。仕上げだ」
「了解」
そして、最後の集団に向けて、友希は攻撃を仕掛けた。
「……これで、終わりだ」
最後の生き残りに止めを刺し、友希はそう宣言した。
見える範囲に、ミニオンは一体たりとも残っていない。全てがマナの霧へと昇華し、消滅した。この辺りは、スピリットと変わらない。
レゾナンスを解除する。
途端、張り詰めていた力が急速にしぼみ、猛烈な脱力感に襲われる。水中から地上に上がった時、身体が重く感じるような、そんな感覚を何十倍にもしたようなものだ。
慣れていないうちは、これで気絶までいってしまう事もあったが、今は全員が多少の倦怠を感じつつも、平常である。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
敢えて見守っていた時深がねぎらいの声をかけてくれる。
それに応えながら、友希は先程の戦いを振り返った。
ファンタズマゴリア最強の練度を誇っていたサーギオスの皇帝妖精騎士団をも超えるミニオンの集団を、ものの三十分とかけずに殲滅。
味方に死者は出ず、負傷者も回復魔法で容易に癒せる範囲の者しかいない。
端的に言って、完勝。実戦でレゾナンスの運用を試すという目的は達成し、その有効性を大いに実証した。しかし、それはそれとして、
「仕方ないことなんですが、少し戦い方が雑だったのが気になります。時深さん。また折を見て、模擬戦の相手をしてもらってもいいですか?」
「ええ。それは勿論」
多数を相手にするのと、超強力な少数を相手にするのでは、当然戦い方に差が出る。今日の相手は多数だったので、ある程度大雑把な攻撃をしていたが、エターナル相手となると同じやり方ではまず勝てない。
友希とて、今更勝利に酔って、みんなの気が緩む――なんて心配はしていないが、知らず知らず戦い方がブレてはいけない。
「それなら、丁度次の襲撃まで間があるようですし。私も一緒にラキオスに帰りますから、明日にでも――――!?」
突如、時深の顔に警戒が走り、あらぬ方向――ソーン・リームに視線を向ける。
『どうした』と聞く声はない。皆が時深の緊張を感じ取って、自然と臨戦態勢に入った。
「……エスペリア、スピリットのみんなをまとめて少し下がって待機。碧と岬は、僕と一緒に時深さんのフォローが出来る位置に」
「はい」
エスペリアが指示に対して即座に動き、エトランジェの三人は時深の一方後ろですぐに動けるよう体勢を整える。
「時深さん」
「来ます。一、二……全員、ですか」
そう時深が呟くとほぼ同時に、前方に空間のゆらぎが生まれる。
そのゆらぎから滲み出るように表れた人影が五つ。
時深から、敵エターナルの情報はもらっている。
既に遭遇した二人。法皇テムオリンと黒き刃のタキオス。
そして他の三人。
二刀を持った長身の優男。水月の双剣メダリオ。
鞭を持ち、眼帯で目元を隠した扇情的な服装の女。不浄の森のミトセマール。
唯一人型でない、王冠を被った宙に浮かぶ巨大な目玉。業火のントゥシトラ。
それらが姿を表しただけで、重力が何倍にもなったような威圧感が周囲を襲う。
彼らは、なにも力を開放して誇示しているわけではない。ただそこにあるというだけで、世界が拒絶するような強烈な永遠神剣を持っているというだけだ。
本来の力を発揮すれば、世界を一つ、二つ容易に滅ぼせるそれらが、時深のものを合わせて六つ。
世界による制限が加えられているとはいえ、全員がまともにぶつかれば余波だけで恐らくニーハスは滅ぶ。
「随分と突然の訪問ですね、テムオリン」
「ええ。少々はしゃいでいる者達がいたようですので、様子を見に。ほんの気紛れですわ。時深さんの『目』でも見えなかったようですわね」
軽口の叩き合い。しかし、その間も友希は極限の緊張の中にいた。
いつ、何時、決戦が始まるとも知れないのだ。先程の戦闘で消耗しているとは言え、全員、この程度ならば万全の戦闘力を発揮することは出来るだろう。
しかし、それがどこまで通用するのか。
エターナルと戦い、時間稼ぎを――あわよくば撃破を。そのために積んできた訓練だが、当のエターナルを目の当たりにすると不安しか出てこない。
「……ここで決着をつけるつもりですか?」
「さて、どうしましょうか。それも悪くないとは思っていますが……」
テムオリンが、クスクスと嘲笑う。
「ここで我々が動けば、その時点でこちらの勝ちは確定ですわね」
「……仕掛けてくるならば、この身に代えてでも私が貴方達全員を叩きのめします」
「出来もしないことを言うのはおやめなさいな。そこの塵共が加わったところで、万が一にも勝てはしないでしょうに。それとも、時深さんには勝利の未来が見えているのかしら」
時深はポーカーフェイスを崩さないが、勿論、そのような未来が見えているわけがない。
テムオリンは時深の真意を探るように睨めつけていたが、一つぽん、と手を叩いて口を開いた。
「そろそろ準備も終わりますし、ゲームのクライマックスを始めようかと思うのですが、その前に一つ。我が従者のタキオスが、そちらとの戦いを所望しておりまして」
「他の者は手出しをしない、尋常な勝負だ。トモキよ。お前と、お前の率いる部隊で、俺と戦え。邪魔の入らない条件で、決着を着けるのが俺の望みだ。お前たちにとっても、破格の条件だろう?」
タキオスからの提案は、確かにこちらにもメリットの有る話だ。
たとえ敗北することになってもタキオスはその言葉を覆しはしないだろう。ミニオンや他のエターナルの仲間が介入しないとなれば、勝率も高まる。
しかし……高まったところで、どれほどの確率になるのか。時深との模擬戦の結果を思うと、楽観など出来ようはずがない。
友希とて、決戦となったら今更命を惜しむつもりはないが、ここが命の張りどころかと考えると、非常に難しいところだ。近々援軍に来るカオスエターナルの二人が来てからの方が、より『上手く』命を使えるだろう。
「ふふ、悩んでいますわね。もっとも、断るなどという選択肢は貴方がたには存在しませんけど」
テムオリンが言うと、新顔のエターナル三人が、それぞれ動き始める。
「何を――!」
「おっと、時深さんの相手は私ですわ。……なに、そう難しい話ではありません。タキオスとの勝負が終わるまで、こちらの三人があちらの都市を蹂躙する、というだけです。ええ、勝敗に関係なく、終わればやめさせますわ。そういうゲームです。……五分も持てばいいですわね?」
「――っ!?」
テムオリンの牽制で動けない時深に代わり、三人のエターナルに対処しようとした友希達だが、それは黒い剣士が許さない。
「俺と戦う以外に、あの三人を止める術はないぞ? あいつらの足止めのため、俺に背後から追撃されたいというのなら別だが……無駄死だ、やめておけ」
無理にあれらを止めようとしても、無防備なところをタキオスに蹂躙され、結果的に僅かな時間しか稼げない。
部隊を分けるのはあまりに下策だ。全員でかかっても勝ち目の薄い勝負。部隊を分ければ、どちらも一蹴されて終わる。
……どう転んでも、ニーハスは滅ぶ。仮にタキオスに勝てたとしても、それまで到底ニーハスは持ちはしない。
一般市民は既に避難しているが、あの都市には多数の軍人や技術者、防衛のスピリットがいる。
逡巡は数秒。友希は決断した。
「……レゾナンス」
魔法を発動させる。
「ほう」
「……みんな、こいつを速攻で片付けるぞ!」
急いて事を仕損じるわけにはいかないが、それしかない。万が一、どころか億に一の確率だが、ニーハスが滅ぶ前にこの男を打倒する。
「大きく出たな! だが良い! かかってこい!」
「この、戦闘狂が――!」
味方のスピリットが陣形を組む。友希と光陰、今日子が同時にタキオスへと攻撃を仕掛けるべく、じりじりと間合いを詰める。
他方、対峙した時深とテムオリンも動き始める。
そして、その頃にはニーハスに向かった三人のロウエターナルが防壁に辿り着き――
「な、なんだ!?」
幾度か目の当たりにした『門』の光が唐突に溢れ、巨大な気配が現れた。
それは、二つ。
メダリオらロウエターナルの目前に現れ、彼らを弾き飛ばしたその姿は……
「悠人さん、アセリア!?」
時深が叫ぶ。
ファンタズマゴリアの運命を決める者が全て揃った瞬間。
――この日が終わりの始まりだった。
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