「おーい、ネリー。大丈夫か?」
「うー、だいじょぶ……」

 ベッドでうんうん唸りながら返事をするネリーに対し、友希は溜息をついてオーラフォトンの癒やしをかけ続ける。

 今日の訓練。ネリーは張り切っていた。
 特に理由はないらしいが、とにかく張り切っていた。

 それはそれで大変結構なことなのだが、やる気が空回りし、自分の限界を余裕で無視した動きをしてしまったのだ。レゾナンスの魔法にも慣れ、各自が自分の身体の負担とパフォーマンスのバランスを考えた動きをするのに対し、ネリーだけはパフォーマンス再優先で訓練に臨んだわけである。

 そして、一対一の手合わせでそんなネリーと一緒になった友希は、あまりにいい動きをするネリーに対し、うっかり半ば本気の一撃を叩き込んでしまった。

 そうして、エトランジェの一撃と身体への反動のダブルパンチで寝込んでしまったネリーを、攻撃してしまった罪悪感から友希は看病しているわけである。

「トモキさまぁ〜、もちょっと強く」
「はいはい……」

 オーラフォトンの光を強める。
 回復魔法なら、少なくとも負傷に関してはたちどころに治すこともできるが、それについてはセリアがストップをかけた。痛い目を見ないと本当の意味で反省はしないから、明日の訓練まではそのままにしておくべき、というのが彼女の主張である。それはあんまりだ、と看病を買って出た友希も、一瞬で治すことはしないようにと釘を刺されていた。今使っているのも、せいぜいが多少の鎮痛と回復促進程度の効果のオーラフォトンだった。

「肩の方は大丈夫か?」
「ん。大分よくなったよ。炎症も少しは治まってるみたいだし」

 友希の攻撃は思い切り肩口を痛打したのだ。
 骨に軽く罅が入ったが、幸か不幸か、スピリットはその程度の負傷は慣れっこである。幼い性格のネリーも、そのくらいの痛みで泣き出したりはしない。それどころか、冷静に自分の負傷の程度を報告するくらいは出来る。

「でも、い〜た〜い〜!」
「…………」

 訂正。戦闘時でなければ泣き言も言う。

「ほら、セリアも、晩ごはんの時間になったらハリオンの癒やしをかけてもいいって言ってたし」

 明日の訓練までから微妙に妥協を引き出していた。

「でも、痛いよー」
「うぐ」

 加害者が自分なので、チクチクと良心に痛みが走る。
 しかし、ここで妥協するわけにはいかない。セリアの言うことは厳しいが、正しくもある。ネリーが今日必要のない無茶をしたことは確かだ。訓練だから別に構わない、なんて甘えを見せたら、いざ実戦となった時にどんな失敗をするかわからない。
 そう、死んでからでは遅いのだ。多少の傷みでその可能性が僅かにでも減るのなら許容するべきなのだ。

 と、友希が治してしまいたいと揺れる心を必死で説得していると、

「ネリ〜、冷たい水、持ってきたよー」
「あ、シアー」

 ガチャ、と扉が開いて、バケツを持ったシアーがやって来た。バケツの中には、氷の浮かんだ水が張ってある。これで患部を冷やすつもりだろう。

「シアー。タオルは?」
「あ」

 言われて気付いたのか、ぱたぱたとシアーが駆けて行き、タオル片手に戻ってきた。

「お待たせ。ネリー」
「うん、お願い」

 シアーが氷水にタオルを浸して絞る。そして、ネリーは服をはだけさせ、冷やすべき肩を露わに、

「? どしたの、トモキさま」
「どうしたの〜?」

 と、いったところで友希は体勢を変え、ネリーに背中を向ける。

「いや、僕が見る訳にはいかないだろ」

 なんか、肩だけ出すのが面倒なのか、上半身まるごとはだけようとしてたし。ギリギリで視線を逸らすのが間に合って友希はほっとする。
 光陰じゃあるまいし、少女の肌を凝視する趣味は、友希にはない。……いや、ないわけではないが、理性が勝つ。

「なんで〜?」
「なんでなんで?」

 と、言うのに、この姉妹は全然その辺りがわかっていなかった。
 スピリットは、場合によっては倒錯した趣味を持つ人間の『相手』をさせられることもある――否、かつてはあったため、その方面の教育はされているはずである。
 しかし、どうやら彼女達に限っては、その教育は実を結んでいないようだった。

 知ってはいるけど、知っているだけというか。なんか、好きな相手ができたりしたら、何の躊躇もなく誘惑とかしそうだ。

 この辺りは後ほどセリアに注進しておくことにして、ひとまず友希は二人の説得にかかる。

「あのな。女の子が無闇に肌を出したら駄目なんだよ。恥ずかしいことなんだから」
「なんで?」
「そういうものなの!」

 シアーのなんでの連続攻撃を、友希は一言で切って捨てる。
 こんなこと、男から懇切丁寧に説明する訳にはいかない。光陰辺りなら、グヘヘと気持ち悪い笑顔を浮かべて『お、俺が教えてあげるよ、シアーちゃん』などとのたまうだろうが、友希は違うのだ。

『……主。光陰さんをディスり過ぎでしょう』
『いいんだよ』

 大体、実際言う、あの男は。公私のうち、公の部分についてはこの上なく頼りになるが、私の方については彼は全く信用がならない。

「もー、よくわかんない。くーるじゃないー」
「あ、ネリー。動かないで。タオルずれちゃう」

 氷水で冷やして痛みを抑えるなら、友希はいなくてもいいだろう。ないよりマシ程度のオーラフォトンよりはよっぽど効きそうだ。それに、背中を向けているとはいえ、このまま半裸のネリーと同じ空間に居座るのは居心地が悪い。
 二人に一言断って部屋を辞そうとした友希だが、その前にノックもなしに唐突に部屋の扉が開いた。

「ネリー! お見舞いに来たよー」

 やって来たのは、ネリーと仲良しであるオルファリルだった。
 ……他のスピリットが来て、あらぬ誤解を受けなくてほっとする。ネリーやシアーと精神年齢がほぼ同じであるオルファリルなら、この状況も気にしないだろう。

「あ、オルファ。いらっしゃーい」
「うん。……あれ、トモキさまもいるんだ」
「ああ。もう行く所。オルファはゆっくりお見舞いしてやってくれ。じゃあな、ネリー。大事にしろよ」

 いいタイミングとばかりに友希は立ち上がる。

「えー、トモキさまのオーラフォトン気持ちいいから、もっとして欲しいー」
「……いや、あのなネリー。さっきも言ったが、女の子がそんな格好で男と一緒の部屋にいるのはよくない」
「だからなんでー?」

 ネリーが食い下がる。

『……これ、僕が答えないとダメなのか?』
『いや、そんな縋るように言われても』
『『束ね』は一応女だろ』
『剣になにを期待しているんですか。羞恥心とかよくわかりません』

 もっとも過ぎる話だった。
 がくー、と友希は肩を落とす。

「ん? なになに、どうしたの?」
「トモキさまがねー」

 と、なにやらオルファリルが興味を示し、シアーが説明する。
 ふんふん、と聞いていたオルファリル。……もしかしたら、彼女からネリーとシアーを説得してくれる見事な説明が出てこないかと友希は期待し、

「あー、なんかねー。前、オルファがパパと一緒にお風呂入った時、エスペリアお姉ちゃんに同じようなこと言われたよ」
「え、ホント?」

 ぐっ、と友希は拳を握りしめる。

『ナイス、エスペリア!』
『……もう、私いいですかね?』
『ああ、もういいよ。役立たずめ』
『ひどっ。こ、この、覚えていてくださいよ!』

 ますますエスペリアへの信頼を深めた友希のつれない言葉に、『束ね』は拗ねて意識を引っ込める。

「わかったか、ネリー、シアー。エスペリアの言う通りだ」
「ぶーぶー」
「トモキさま、なんか誤魔化してる〜」
「ええい。詳しくは大人組に聞け。……ハリオン以外な? それじゃあな」

 多少強引に話を打ち切って、友希は退室する。
 ふぅ、と、ドアを背に立ち、安堵した。

 友希が去った後の部屋の中では、ネリー、シアー、オルファリルの三人が姦しくおしゃべりに興じる声がする。友希に対する文句が多いのはご愛嬌だ。
 なんとなく、口が綻ぶ。やはり、永遠神剣なんて物を持っていても、あの年頃の女の子はこうやって友達と笑っている姿のほうが相応しい。戦争が終われば、きっとこんな時間が毎日続くようになる。

 そのためになら、この命の一つや二つ、賭けてやろうと、そういう気にさせてくれた。

『……綺麗にまとめましたね』
『うるせぇ』

 ぼそっ、と一言言うためだけに戻ってきた『束ね』に言い返して、友希は部屋から離れる。

「さて、と。ま、お菓子でも差し入れしてやるか」

 確か、台所に昨日ハリオンが作ったマフィン(っぽいの)があったはずだ。友希も少し食べたいので、お茶を淹れて後で差し入れてやろうと思い立つ。

 お菓子を運んだ頃には、ネリー達は先程までの話はすっかり忘れており。
 それ以上追求されなかったことに、友希はほっと胸を撫で下ろすのであった。






























 夜。ネリーの看病のため、急ぎでない書類は後回しにしていた友希は、残っていた仕事を片付けていた。
 流石に、時間外にエスペリアに手伝ってもらうのは気が引けて、書類を自室に持ち込んでの作業だ。

 多少は慣れたとは言え、まだまだこの手の仕事はわからないことも多く、全て片付ける頃には日を跨いでいるだろうと思っていたが、

「はい、これは問題ないと思うわ。最後の数字だけ確認して、サインをお願い」
「あ、ああ」
「それと、こっちは使途不明のエーテルがあるから、やり直させなきゃならないわ。兵站担当に明日差し戻して」
「りょ、了解。……あ」
「ああ、インクの補充ね。ちょっと待ってて」

 目敏く気付いて、インク壺片手に部屋を出て行くセリアの後ろ姿を見送る。

 もう残りの書類は僅かだ。夕飯の後、仕事の手伝いを申し出てくれたセリアの活躍により、予想していた半分以下の時間で全部終わりそうだった。
 当初は手伝ってもらうつもりはなかった。しかし、これは僕の仕事だからと主張する友希に、セリアはどれくらい時間がかかるのか、明日の訓練に影響が出ないのか、そもそも部下を使うのが隊長の仕事だ、などと正論で封殺し、こうして半ば強引に手伝いをしてくれている。

 正直を言えば、とてもありがたい。しかし、セリアも連日の訓練には参っているはずで、その点は心苦しい。なにせ、ミュラーが参画してからというもの、訓練の時間は変わらないものの、密度は天地の差なのだ。

「……ま、僕も同じ、か」

 スピリットたちよりマナ量には余裕があるが、それならそれでより厳しい鍛錬を課されている。
 ここで自分が無理をしたら、その分は他のみんなに負担がかかるだろう。セリアの言う通り、一人でやろうとしたことは反省するべきかもしれない。

 セリアが帰ってくるまで、処理前の書類を流し見する。
 急ぎではないと言っても、友希の決済がなければ動かないものばかりだ。剣を振っているだけの時は気付かなかったが、この年にして一国の軍事の重要な地位を占めてしまったことをひしひしと実感する。自分より遥かに年上の軍事官僚より、友希の地位は上なのだ。日本で普通に就職した場合、このようなことはまず有り得ない。

 まあ、だからと言って、そのことが嬉しいかと聞かれれば、勿論そんなことはないのだが。
 大体、給料もない……というか、ファンタズマゴリアの軍政においてスピリットやエトランジェに対する給与など想定されておらず、その辺りはまだレスティーナの改革のメスも入っていないため、わかりやすい金銭という形の成果も得られない。
 そうすると、得られるのは名誉くらいになってくるのだが、正直な所、友希には面倒なものだとしか思えないのだ。名誉に伴ってのしかかってくる、顔も知らない人達の期待は、元学生の身にとってはいささか以上に荷が重い。

『だからと言って、投げ出すわけではないのでしょう?』
『……まぁな』

 『束ね』には、その辺りの内心は筒抜けである。友希は否定もできず、嘆息した。

 この国を守ることに意義は感じているし、見ず知らずの人はともかく、自分を仲間と認めてくれる隊のみんなの期待にくらいは応えたい。それに、ゼフィと瞬の仇も取る必要がある。
 ――そうすると、結果的に世界を救ってしまわないといけないことになるのだから、本当に随分遠くに来てしまった。

「お待たせ。インク補充してきたわよ」
「ああ。ありがとう、セリア。じゃ、続き頑張るか」
「ええ」

 ペンを動かし、残りの書類を片付けていく。
 小一時間もすれば、未処理の書類はなくなり、差し戻すもの、決済済みのもの、要確認のものと仕分けが完了する。

 ふぅ、と友希は最後の書類にサインをして、大きく息をつく。
 終わった。予定より大幅に時間を短縮できたとはいえ、やはりこの手の仕事の疲労感はまだ慣れない。身体を動かした時とは違い、なにやら頭が重くなっている感じがする。

「お疲れ様」
「ああ、セリアも、お疲れ様。時間は……まだそんなに遅くないか」

 エーテル技術製の壁掛け時計を見て、友希は呟く。この時間なら、まだ起きているスピリットもいるだろう。

「小腹が空いたな……晩ごはんって余ってたっけ」
「なかったわよ。なにか適当に作りましょうか?」
「お、いいの?」
「ええ。そう大したものじゃないけど、ね。わたしも少しお腹に入れておきたいし」

 とは言え、セリアの料理の腕は第二宿舎では菓子作りマスターのハリオンに続き第二位だ。三位のヘリオンが現在急速に追い上げてきているが、まだまだ彼女の腕には程遠い。

「それじゃ、作ってる間お風呂にでも入ってきたら? この時間なら、もうみんな入った後だと思うから」
「そうするかな。じゃ、悪いけど、よろしく」
「了解。……あまり期待はしないでよ」

 はいはい、と友希は適当に頷いて、着替えを手に浴場に向かう。

 なお、更衣室や浴場でスピリットとばったり、等というイベントは勿論発生せず、
 友希は、熱い湯に浸かって、存分に心身の疲労を癒すのだった。




























「お。美味しそう」
「そう? ま、どうぞ」

 風呂から上がった友希を迎えたのは、湯気を立てる二つの皿だった。
 盛りつけられているのは、ファンタズマゴリアの麺。スパゲティに近い……というか、ほぼそのまんまな代物で、乾麺は常に台所に備蓄されている。
 きのこ類をメインとしたソースが、いい匂いを醸し出していた。

「それじゃ、いただきます」
「いただきます」

 セリアと二人、手を合わせる。
 悠人から伝わった地球の挨拶は、完全にラキオスのスピリットの間で定着していた。……のみならず、時にスピリットと行動を共にする兵士達の間でも、ハイペリアでの食事前の儀式という名目で広まっており、近い将来ファンタズマゴリア中の食卓で使われることになるかもしれない。

「どう?」
「美味い」

 料理の美味しさを表現するような語彙は持ち合わせていないため、シンプルに答えた。
 それでも友希が本当にそう思っていることは伝わったのか、セリアは少し笑ってから、自分も口をつける。

 食事を進めながら、少し友希はセリアに話を振ってみることにした。

「でも、セリア、本当に料理上手だな。ハリオンが菓子屋やりたいって言ってたけど、セリアも料理屋開けるんじゃないか?」
「あのね。このくらいでお店が出せるなんて言ったら、料理人の人が怒るわよ」

 大体、とセリアが続ける。

「スピリットを開放するっていう陛下のお考えはとてもありがたいけど、そうすぐに人の意識が変わるとも思えないわね。スピリットが自由に仕事を選べるようになるのは……きっと、ずっと先のことよ」
「そうかな。僕がこっちに来た当時と比べたら、随分他の人の対応は変わってきてると思うけど」
「それは事実だけど、ね」

 それでも、人生の大半を人間の道具として扱われてきたセリアは、そう簡単に信じることは出来なかった。
 人間に服従するという軛から開放された今、かつての扱いに思うところもある。

「ま、どっちにしろ、エターナル達を倒さないと未来はないんだから、今そのことを考えても仕方ないんじゃない?」
「そりゃそうだけどさ。でも、戦った後のことを考えるのも悪くはないと思うんだけど」
「そういう貴方はどうなのよ」
「僕?」

 言われ、友希は少し考えてみる。
 戦いが終わったら、地球に帰る……と、考えていたが、次に佳織が帰る門が開いた後は、しばらくファンタズマゴリアと地球をつなぐ門は出現しないらしい。
 と、すると、この世界で友希や光陰、今日子は生きることになる。そのことについては、友希は否やはない。

 しかし、この世界でなにをしたいか。
 そう聞かれると、そもそもこの世界はなにが出来るのかということを殆どなにも知らないことに気付く。

 ファンタズマゴリアに来てから戦いの連続、たまの休暇にも、落ち着いて街を回ることすら殆ど無かった。

「そうだなあ。とりあえず、家庭菜園作るのは予定に入ってるんだけど、それ以外だと、この世界をちょっと見て回りたいかな。やりたいことも見つかるかもしれないし」
「言っちゃ悪いけど、やりたいこととやらが見つかっても、多分貴方は軍から離れられないと思うわよ?」
「う゛……」

 悠人が『求め』を失った今、友希はラキオスで最も古参の『神剣の勇者』である。戦争が終わっても、国の中枢を離れて一般社会に溶け込むことなど、今更不可能だ。
 というか、レスティーナの庇護下から抜けたら、そこらの貴族やら豪商やらが取り込もうとラブコールをかけてくることは多分間違いない。腕っ節で対抗できるならともかく、そういった老獪な輩に手練手管を尽くされて突っぱねられるとは思えなかった。

「い、いいんだよ。スピリット隊にいても、できることは色々あるんだから。そう言うセリアはどうなんだよ。なんか、ちょっとくらい思ってることとかないのか?」
「そうね……」

 セリアが意外と真剣に考えこむ。
 世間話の一巻だが、思いの外セリアの琴線に触れたようだった。

 しばらく考えこみ、セリアはポツリと呟く。

「……子供」
「ん?」
「もし、本当に陛下の言うような世界になったとして、今育成中のスピリットは、多分行き場をなくすわ。子供じゃ、新しい道を探すことも出来ないでしょうし。……そういった子達に、新しい場所を与えてあげたい、ってね。少し思ったの」

 確かに。
 ある程度年長のスピリットになれば、戦い以外にも一つや二つ、なにかしらできることがある者も多いし、真に戦いしか知らなくとも、新しい道を選ぶだけの判断力はある。

 しかし、まだ幼いスピリットはそうではない。突然自由を与えられても、恐らくなにをしていいかわからず右往左往する。
 そんな彼女たちが立派に育つための仕事。

「孤児院、みたいなもんか」
「そうね。多分、陛下はその程度は考えておられるだろうし、そのための施設もきっと作られるわ。そこの職員に、という形になるのかしらね」

 そう語るセリアの顔は、びっくりするほど優しくて。
 自他共に厳しいセリアをよく見る友希は、彼女に対する印象が大きく変わるほどだった。

「? なに」
「いや、なんでもない」

 残りの食事を慌てて済ませる。話している内にすっかり冷めてしまったが、冷めても美味しいものは美味しい。

「……多分、うまくいくと思うよ。美味い飯作れるセリアだったら」
「あら、どうも。でも、褒めてもおかわりはないわよ」
「いや、そういうつもりじゃないんだけど」

 なにか曲解された気がするが、まあ伝わらなくてもいいかと、友希は考えた。

 さて、と立ち上がり、セリアの分も含めて皿を運ぶ。

「洗い物くらいは僕がやっとくから。セリアも風呂入ってきたら?」
「それじゃ、お言葉に甘えようかしら」

 立ち去るセリアを見送って、友希は洗い物を始める。

 今日語った未来を掴むため、明日からも頑張ろうと思いながら。




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