誰もが言葉もなかった。
 『求め』を砕き、その力を吸収した『誓い』の出現。その『誓い』相手に支配されながらそれに逆らって自我を取り戻した瞬。そして、瞬が『誓い』を抑えこんでいる間に、『誓い』を瞬もろとも断ち切った友希。

 瞬と悠人、今日子が放った魔法の余波により気絶していた面々は、事態の急変に頭がついていっていない。

 しかし、それでも。
 この戦いに、自分たちが勝利したことはわかった。だが、誰一人として歓声も上げられない。

「……愚図なりに、いい一撃だったじゃないか」

 腕と一体化した『誓い』ごと、胴体の半ばまでを切り裂かれた瞬が、血を吐きながら皮肉げに笑う。その表情は不思議と穏やかだ。

「瞬……」
「ふん、これはもう助からないな。……まあ、『誓い』の奴に引導を渡せたんだ、よしとしておいてやる」

 自らの力として誇っていた『誓い』に対して、瞬は吐き捨てた。例え、これまでどれだけ力を与えられていても、佳織に手を出した時点で瞬にとって『誓い』は敵だった。

「秋月、先輩……」

 ふらふらと、佳織が瞬に近付く。
 もう制止する理由はない。『誓い』の刀身は折れ飛び、周囲を囲っていた『求め』の欠片から出来た六本の小剣も、力を失って床に落ちている。『誓い』は既に死んでいた。

 寄り添う佳織に、瞬は困ったような声を上げる。

「ああ、佳織。泣かないでおくれ。佳織が泣いていちゃ、僕も困る」
「で、でも……」

 瞬は佳織の頭を撫でようとして、腕に力が入らないことに気付いた。
 嘆息して、瞬は佳織をじっと見つめ、次いで悠人に視線を向ける。

「……悠人」
「なんだ、瞬」

 絡む二人の視線は険悪そのものだった。例え片方が死の間際でも、この二人の関係は変わらない。『求め』や『誓い』に敵対を煽られるまでもなく、根本的にこの二人の相性は悪い。
 そんな相手にこんなことを言うのは、瞬としても業腹だが、しかし佳織のためならば自分の好悪など二の次だ。

「貴様といると、佳織が不幸になる。……それを忘れず、身の程を知って佳織のために尽くせ。佳織を不幸にしてみろ。地獄の底からでも、貴様を殺しに戻ってくるぞ」
「……お前に言われる筋合いはない。言われなくたって、佳織は幸せにしてみせるさ」
「忘れるなよ」

 そのまま射殺せそうな視線で悠人を睨みつけて、瞬は視線を戻す。

「佳織。いつまでも笑っていてくれ。それだけが僕の望むことだ」
「……はい」

 佳織に言葉を伝え終え、瞬は目を瞑る。自分の体が、マナの塵となり昇華していくのを感じる。

「ああ。そうだ、友希。世話を掛けたな」

 ふと思いついて、最後に友希にそう言った。
 思えば、この男とも不思議な縁だ。佳織を介した歪な繋がりだったが、この最後の最後まで途切れることはなかった。

 この世界にきて、何度か本気で殺そうとも思ったし、実際に実行するチャンスは何度もあったが、結局自分は殺さなかった。
 まあ、今日この時、『誓い』を斬れたのは友希だけった。そういう意味では、生き残らせたのは間違いではなかったが。

 ――何故僕は、ここまでこいつを生かしていたんだろう。

「当たり、前だろ……。友達、だからな」

 そして、こいつは何故敵である僕の死に泣いているんだろうか。

「……ふん」

 瞬の抱いた疑問は、瞬の嫌いな綺麗事の関係で片付けられてしまった。
 この世の人間は、佳織以外は総じて屑だ。瞬はそう信奉しているし、実際今でも考えは変わっていないが、

 忌々しいことに、その言葉に『悪くない』と思っている自分もいた。

「やめろよ、気色悪い。友達だなんて幻想を僕に押し付けるんじゃない」
「……お前、こんな時まで、いつもと変わらないのな」
「変わる必要なんてないからな」

 そのまま、ぽつぽつと、二言、三言言葉を交わす。
 大した内容ではなかった。地球にいた頃、たまに瞬の屋敷で酒を酌み交わしていた時。あの頃に話したのと同じような内容だ。思えば、友希と呑んだ酒は、一人の酒――苛立ちを抑えるために痛飲するものとは違っていたな、と瞬はふと思い出す。

 段々と、傷口から流出するマナが増えていく。進化した『誓い』から相当量のマナを詰め込まれていたせいでここまで生き延びたが、もう限界のようだった。

「……さて、そろそろ僕は死ぬな」
「なん、で、そんな冷静なんだよ……」
「みっともなく足掻くのは僕には似合わないからな」

 殆ど見えなくなった目を、佳織のいたあたりに向ける。

「……佳織、さようなら。元気でいてくれ」

 困ったことに、もう一言程度は話す余裕が残っていた。
 瞬は、最後の言葉が佳織へのものではないことに若干の不満を感じつつ、仕方なく口を開く。

「友希も、せいぜい元気でやれ」
「ああ……! 当たり前だ!」

 その返事を聞いた直後、瞬の全身が昇華し始める。金色の霧が立ち上り、瞬の実体が消え失せる。
 友希は天井を見上げ、泣き叫んだ。

 それが、ラキオス王国とサーギオス帝国の戦争の終わりを告げる声となり、

「……これは一体どういうことなのかしら」

 そして、最後の戦いの始まりの声でもあった。






























「なっ……」

 声を上げたのは誰だったのか。

 瞬が消滅するとほぼ同時に、瓦礫の山と化した皇帝の間の中央に突如として二つの人影が現れた。

 一人は、全身真白い衣装に、自身の身長を超える程の杖を携えた女。
 もう一人は、黒き戦装束を身に纏い、鉄塊をそのまま剣の形に整えたような無骨な大剣を背負った大男。

 ラキオスのスピリット達は、突然現れた見知らぬ二人に当惑する。
 しかし、三人だけはその二人の正体を知っていた。その一人であるアセリアは、ダメージが癒えないまでも力を振り絞って立ち上がった。

「テムオリン、タキオス!」
 
 そして悠人は佳織に駆け寄り、庇うようにして立つ。既に永遠神剣は失っているが、そのようなことは妹を守ることとは関係がない。あの世で瞬に罵られるのも癪だった。

「『求め』の坊や、貴方にはもう用はありません。……それで、どうして『世界』が完成したというのに、もう討ち取られているのかしら。ねえ、そこの坊や」

 テムオリンが友希を睨みつける。
 それだけで、存在が消し飛びそうになるほどの威圧感。秘められたマナの圧倒的な格差に、友希はそのまま膝を屈してしまいそうになる。

 地球で相対した時とは違う。ファンタズマゴリアはあちらより格段にマナが濃い。テムオリン一人で、例え万全の状態であったとしても、ラキオス隊を全滅させられるだろう。

 だけど、

「……『世界』っていうのは、『誓い』のことか」

 友希が問う。『誓い』自身が自分のことを『世界』と言っていたことを思い出していた。

「ええ。四神剣の本来の姿ですわ。永遠神剣第二位『世界』」

 意外と素直に答えるテムオリン。
 友希の中で、様々な事がパズルのピースのように組み上がっていく。

 いつか、マロリガンの大統領と交わした会話がまざまざと蘇ってくる。
 世界を裏で操り、この戦争を導いたもの。何故そんなことをするのか、疑問があったが……完成した『世界』とやらを見て、直感した。恐らく、あの永遠神剣の完成こそが、

「折角手駒が増えると思ったのに、残念極まりないですわ。この世界のマナを全て吸収させれば、そこそこ使えるようになったでしょうに。ああ、この後のことを考えると、面倒……」
「お前等がぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 叫び、友希はキレた。
 『束ね』を握り締め、テムオリンとタキオスに襲いかかる。

 疲労や傷は既にない。永遠神剣『世界』を砕いたことで、その膨大なマナを吸収したためだ。不本意な回復だが、それより今はこのクソ野郎共をぶった斬る!

「タキオス」
「はっ」

 テムオリンが煩わしそうにその突撃を見やり、傍に控える男に一言だけ命じる。
 地球での奇襲と違い、完全な真正面からの相対。それがどれだけ不利かということは、とっくに友希の頭から吹き飛んでいる。

「タキオォォスッッ!」
「ふっ、来い!」

 友希の『束ね』とタキオスの『無我』が衝突する。
 互いの神剣とオーラフォトンがぶつかり合い、部屋中に衝撃波を撒き散らかす。二人を中心に、全ての瓦礫が吹き飛んでいった。

「ぐっぅ!?」
「ほう、少しはやるようになったではないか!」

 押し負けたのは友希だ。『世界』を砕き、大きく地力が向上したところで、タキオスとの差は以前歴然だ。今の『束ね』は、『求め』や『誓い』にも迫る力を発揮しているが、その程度で追いつけるほど第三位の神剣は甘くはない。

 タキオスの繰り出す二撃、三撃を決死の覚悟で逸らす。

「そら! どうした、その程度で終わりではあるまい?」

 巨剣を手足のように操るタキオス。どう考えてもそのような扱い方をする剣ではないはずなのに、ブラックスピリットもかくやという連撃だ。
 たちまちのうちに、防戦一方となる。

『主! 我々だけでは……』
『わかってるよ!』

 敵はタキオスのみならず、その後ろにはテムオリンまで控えている。高みの見物のつもりか、こちらに手を出してくる様子はないが、このままではどう考えても勝てはしない。
 だが、許せない、許す訳にはいかない。だから、我武者羅に剣を振るうしかない。

「タキオス、この場の者はできるだけ嬲って殺しなさい。私の計画を潰した罪は重いですわよ」
「計、画っ、だと!? ふざけんな!」

 口を挟んだテムオリンに、友希はタキオスを意識から話さずに言葉を出す。

「ふざけてなどおりませんわ。手駒はいくつあっても困りませんもの。ついででしかないとはいえ、それなりに期待していたもの。……貴方ごときに邪魔されたことは、痛恨のミスでしたわ」
「ついで、ついでだと!?」

 四神剣を相争わせ、『世界』へと進化させるためにこの戦争を仕組んだものと思った。
 それすら、ついででしかないと言う。その、ついでの計画のために、悠人は光陰や今日子と戦うこととなり、瞬はこうして死ぬことになった。

 怒りに囚われながらも、ギリギリのところで保っていた理性が吹き飛ぶ。

「貴っ様――!」
「おっと、お前の相手は俺だ!」

 タキオスを無視し、テムオリンに向かおうとするが、その直前に『無我』が友希の体を捉える。
 オーラフォトンの盾が紙のように切り裂かれ、友希は吹き飛ばされた。

「がっ……はっ……!?」

 壁に叩き付けられ、血を吐き出す。
 ……明らかに手加減されていた。本来なら、あの一刀で上半身と下半身が両断されていたはずだ。『無我』の刃が鈍器のようになまくらになっていたおかげで、辛うじて生を繋いだ。

「ここまでか。ふん、つまらぬな」

 タキオスが近付いて来る。

「やめろ――!」

 ここに来て、ずっと伏せていた光陰がタキオスの背後から仕掛ける。
 しかし、タキオスは振り返りもせず光陰を弾き飛ばした。無理もない。未だ光陰たちが気絶から復帰してから十分と経っていないのだ。エトランジェ同士の魔法の衝突でマナの流れが不安定なこの空間では、ロクに回復もできていない。

「大人しくしていろ。すぐ、お前等も死ぬことになる。……まずはトモキ、だったな。主の命令だ。せいぜい、いい声で鳴け」

 テムオリンの命令通り、苦しめて殺す気だ。友希と光陰が今だ息をしているのも、そのためだ。
 しかし、それもすぐに終わる。この場の全員でかかっても、タキオス一人に傷を付けることすら出来ない。

 なにか突破口がないか、と友希は立ち上がりながら考えを巡らせ、

「友希! 頼む、ちょっとだけでいい! 時間を稼いでくれ!」

 悠人が叫んだ。

「なにかあるのか!?」
「わからない! けど、頼む!」

 なんだそれは、と反論する時間も惜しい。意味のないことを言う男じゃない。そのくらいの信頼関係はとっくに結ばれている。
 悠人の握る、もう柄しか残っていない『求め』から僅かな力を感じるが、それがなくてもきっと友希はすぐに頷いていた。

「まさか――」

 初めて、テムオリンの表情が変わる。
 なにが起こるのかはわからないが、あの女にとって不都合な事が起こるかもしれない。

 そうすると、テムオリンまでもが動くかもしれない。そうなったら、今のままでは一分も時間は稼げない。

「――! みんな、悪い! 力、借りるぞ!」

 短期決戦になるし、それでも到底敵わないことはわかっている。
 しかし、無茶でも、無謀でも、これしかなかった。

「『マナよ! 互いに手を取り合い、遥か高みの力となれ!』」

 かつて一度だけ使った魔法。悠人とアセリアが引き起こした『共鳴』を魔法の効果により発現させ、爆発的な力を得る魔法。
 今の自分なら、扱いきれる。そう信じるしかない。

 かつてより格段にスムーズに展開される魔法陣を必死で掌握し、魔法を発動させる。
 声をかけられたみんなは、なにも言わずとも友希に任せていた。まともに動けない体だが、敵に対して出来ることがあるならスピリット隊に否やはない。

「『レゾナンス!』」

 優に十を超えるスピリットと永遠神剣が共鳴し合う。
 悠人とアセリアの二人だけでも、タキオスと曲がりなりにも互角にやり合えた。全員満身創痍とは言え、今共鳴によって発揮される力はあの時を上回っている。

 莫大な力の流れ。瞬と『世界』を取り込んでいなければ、とっくに身体が弾け飛んでいた。

「何!?」

 初めてタキオスが目を見張る。
 そう長時間は持たない。友希は一気呵成にタキオスに仕掛けた。

 輝きそのものとなった『束ね』を振るう。

「ぬう!?」

 初めてタキオスが後退する。しかし、そのまま追撃は出来ない。
 テムオリンが、幾つもの剣を生み出し、その切っ先を悠人に向けている――!

「させるかあぁっ!」

 自分でも驚くほどの跳躍で射線に割り込み、射出された剣――恐るべきことに、一本一本が永遠神剣だった――を弾き飛ばす。逸しきれなかった一本が脇腹を貫くが、頓着せずにそのままテムオリンに斬りかかった。

「チッ、たかが第五位が、私に噛み付くとは」

 友希は返答する余裕もない。一度緩ませたら、そのまま暴発する。
 あくまで『共鳴』なので、他のみんなの永遠神剣も、中心となっている友希ほどではないが過剰出力のマナを放出している。怪我のところにこの有り様では、いつ魔法が綻んでもおかしくない。

 そんな綱渡りの成果が辛うじて実を結び、テムオリンが『防御』せざるを得ないほどの攻撃が繰り出された。

「この俺を無視するとは、いい度胸だ!」

 タキオスが横合いから斬りかかってきたが、ギリギリのところで躱す。そちらに気を取られている隙に、再び発射されたテムオリンの永遠神剣が一本、身を貫く。続く、タキオスの攻撃を防御。圧力に抗しきれず左腕の骨が逝き、体の節々が軋みを上げるが、無理矢理抑えつけ、反撃。

 永遠とも思える攻防。僅か一分程度だが、友希が全精力を傾け抵抗した結果、

「そこまでです!」

 悠人の側から光が溢れ、いつか、どこかで見た姿が現れる。
 タキオスやテムオリンにも劣らない強い力を感じるその人物は、剣を二人に向けており、

 ――友希の意識は、そこで途切れた。




























 悠人に導かれ現れたエターナル……倉橋時深は、時間を操る神剣の能力を用い、瞬間移動めいた速度で気絶した友希の側に移動した。
 巫女服を着た彼女の姿に、ラキオスの面々は目を白黒させる。誰もが、彼女の秘める途方も無い力を感じ、口を挟めない。

「あら、時深さんではありませんか。お久し振りで」
「ええ。もう何度目でしょうね。……私はできることならば一生会いたくはありませんでしたが」
「つれないこと」

 友希に止めを刺すために放とうとした永遠神剣を、テムオリンは引っ込める。ここで撃っても容易く防がれることは、長年の付き合いでよくわかっていた。

 時深は二人への警戒を保ちながら、エターナルの超感覚で友希の容態を探る。
 テムオリンが放った下位永遠神剣による刺傷が八ヶ所。タキオスの攻撃を受け止めたことによる骨折が十八ヶ所。その他、細かい傷や打撲は数え上げればキリがないし、血液と共に流出しているマナは相当量に上る。

 しかし、今の彼はこのくらいでは死にはしない。

 時深の持つ未来を見通す目でも、ここに来るまで彼の生死はわからなかった。強大な力を持つ永遠神剣が関わった場合、彼女の目でも完璧に予知できないことがある。
 今は、見える。少なくともこの場では、誰も死なない。

「さて、ここで決着を着けますか? この『時詠』の力、知らないわけではないでしょう」
「フフ、強がりを。貴方一人で、私達二人を相手にするつもりですか」

 テムオリン達も手痛い反撃を食らうことは間違いなかろうが、それと引き替えにならば確実に時深を倒すことが出来る。
 もちろん、それが即彼女の消滅を意味しない。上位永遠神剣は、その身を複数に分けることが出来る。例え負けたとしても、一本でも分体が残っている限り、エターナルは復活が出来るのだ。
 単独の戦場での勝敗は、永く続くエターナル同士の争いにおいて、さしたる意味を持たない。

 で、あれば。エターナルと戦う際には、なるべく楽しむのがテムオリンの流儀だった。

「まあ、良いでしょう。この場では見逃して差し上げます。ここでただ叩き潰しても興醒めですもの」
「相変わらずですね。その戦いを楽しむ趣味は」
「そう言う時深さんこそ、相変わらず面白みのない性格で。永く生き過ぎる、というのも考えものです」

 ぴくり、と時深のこめかみの辺りが反応する。エターナルの中でも割と古参である時深は、年齢のことで敵味方問わずよくからかわれる。
 最古参と呼べるほど旧いエターナルからすれば年齢など気にすることではないが、時深はそこまで達観できない。微妙な年頃なのだ。

「……私より二周期は年上の婆さんが、言ってくれるものですね」
「知っています? 若いエターナルからすれば、年を周期数で数えるような輩はみんな同じようなものだそうですよ」
「なぁんですってぇっっ!?」

 一瞬で怒りを沸騰させる時深に、テムオリンはころころと笑う。

「さて、時深さんをからかうのは楽しいですが、そろそろお暇しましょう。ゲームにはハンデが必要ですからね。しばらく、我々は傍観に徹することとします」
「エターナルでもない者をいたぶっておいて、ハンデとは随分な言いようです」
「あら、ゲームの盤面にも立てないような弱者のくせに、私の計画を邪魔をした者など対象外ですわ」

 虫ケラを見る目で、テムオリンが倒れ伏す友希を睨む。

「その弱者に、まんまと時間稼ぎをされたのは貴方ですよ」
「ええ、ですからそれに敬意を評し、ここでは見逃して差し上げるのです。……それに、私はともかく、タキオスはご執心のようですし」

 どちらかというと、後者が主な理由だった。使える手駒である彼の望みくらいは叶えてやっても良いだろうとテムオリンは考えていた。

「そこのエトランジェ。トモキに伝えておけ。今日は中々だった。決着を楽しみにしている、とな」

 タキオスは腕に一筋付いた傷を見せつけ、悠人に告げる。友希が瀕死の状態になるまで抗って、エターナル二人につけた傷が、この一つだけだった。

「わかった。でも、友希は、俺の友達は、お前なんかに負けないぞ」

 悠人はしっかりとタキオスを睨み返し、胸を張って言った。

「そいつはますます楽しみだ」

 タキオスは獰猛な笑みを浮かべ、現れた時と同じように空間に溶けるようにして消える。

「それでは時深さん、ご機嫌麗しゅう」

 次いで、テムオリンも去っていった。

 しばらく、緊張の時間が続く中、時深がテキパキと友希の治療を始める。
 ようやく全てが終わったことを察して、ラキオスのみんなの空気が弛緩する。

「あ……」
「お、お兄ちゃん!」

 同時に、限界を迎えた悠人が倒れこんだ。





 こうして、長く続いた国同士の戦争は終わりを告げた。
 そして、同日。世界の外からの侵略者との戦争が、幕を開けたのである。




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