スピリットの訓練は、当たり前のことながら集団対集団の模擬戦も行われる。
 そういった場合、友希の所属チームの勝率は非常に高かった。『束ね』の魔法である『コネクト』を使用した場合、隊全体でマナが最適化されることによる地力の向上もさることながら、全員が言葉や視線を交わさずとも意思疎通が出来る点が大きい。

 だがしかし。
 流石に、エトランジェ二人が率いるチームを相手に勝利を掴むのは無理だった。

「へっへ〜、あたし達の勝ちぃ!」
「最近、集団の模擬戦じゃ負けが込んでたからなあ。悪いな、御剣」

 元マロリガンのエトランジェ二人組が勝ち誇り、友希に笑顔を見せる。

「くっそぉ……岬を速攻で脱落させた時は、勝ったと思ったのに」
「う゛」

 友希のぼやきに、今日子の顔が固まる。
 そう、彼女は模擬戦が始まって数分も経たないうちに突出してしまい、包囲殲滅されてしまったのだ。
 マロリガン時代、『空虚』に呑まれたまま戦っていたため、集団戦の経験が殆ど無い彼女はこういうミスが多い。それでも、エトランジェの力を持ってすれば大抵の包囲は食い破れるのだが、『コネクト』の後押しがあるスピリット達は突破できなかった。

「まあ、岬の撃破を優先させたお陰で、碧をフリーにしちゃったからな……」
「いや、でも割と紙一重だったぜ。ニムントールちゃんが気張ってくれなかったら、負けてたのは俺の方だ。なぁ〜? ニムントールちゃ〜ん?」

 光陰はファーレーンと一緒に水分補給をしているニムントールに視線を向け、気持ち悪い猫撫で声で話しかける。
 相手チームに所属していたニムントールは、友希の光陰への攻撃を見事受け止めるという戦果を上げていた。

「……うるさい」
「そう言うなって〜」

 明確に拒絶されているのに、光陰はどこか嬉しそうだった。

 ……今日子と名実ともに恋人同士になったというのに、こういうところはちっとも変わっていない。数秒後の彼の惨状を思い、友希は静かに聖印を切った。
 光陰の後ろには、今まさに彼に鉄槌を下さんと、どこからともなく取り出したハリセンを構えている今日子さんがいらっしゃるからして。

「さて、と。ファーレーン。ちょっといいか」
「あ、はい。トモキ様」

 『ちょ、今日子。待て、話せばわかる』『問答無用!』『御剣! 助けぐえぇぇぇ!?』
 そんな第二宿舎では既にBGMと化しつつある恒例のやりとりを華麗に無視して、友希はファーレーンに話しかけた。

「なに、トモキ。お姉ちゃんは今ニムと休憩中なのに」
「あ、いや。さっきの模擬戦のことで、ちょっと。悪い、ニム」

 ニムントールの『邪魔すんな』の視線を耐え切り、友希はファーレーンに向かい合う。

「……はい、わかっています。わたしのミスです」

 ファーレーンが俯いて謝る。

 先程の模擬戦。本来であれば、友希が先に攻撃を仕掛けた後、それを囮としてファーレーンが斬り込む手筈となっていた。
 しかし、彼女は光陰を守って友希の攻撃を受け止めたニムントールのことに気を取られて一瞬動きが止まり、その間に他のスピリットの妨害を受けてしまった。

 もし、ファーレーンが迷いなく光陰に向かっていれば、今日の結果は逆転していたかもしれない。

「今回は模擬戦だったからいいけど……ファーレーン。悪いけど、実戦では過度にニムのことを守ろうとするのはやめて欲しい」

 本当はこんなことは言いたくないが、友希としても言わざるをえない。
 これまでも、ファーレーンはニムントールを気にかけるあまり動きが悪くなる傾向はあったのだが、今日ほど露骨に現れたのは初めてだった。

 仲間のことを気にかけるのは良いことだが、ニムントールは生き残ってもファーレーンを含めた他のみんなが死んでしまった、では意味が無い。

「……お姉ちゃん。ニム、邪魔?」
「そ、そんなことないわよ! わたしが未熟だから……」

 大抵のことは適当に聞き流すニムントールだが、大好きな姉のこととなるとそうもいかないのか、友希に文句を言うでもなくファーレーンに問いかける。
 ファーレーンは慌てて取り繕うが、ニムントールは幼く見えてもラキオスの正規部隊の一員だ。冷静になって思い返すと、今日のファーレーンの失敗が自分を気にかけてのことだとわかってしまう。

「ニムは、お姉ちゃんと一緒にいない方が……」
「待て待て待て! そうじゃない、僕が言いたかったのはそうじゃない!」

 なんか、人の話の途中から勝手な妄想を膨らませようとしたニムントールを、友希は慌てて止めた。

「トモキ様?」
「うーんと、な。ファーレーン、ニムの守りの力はすごいだろ?」
「……はい」

 エトランジェを除けば、ニムントールの防御力はエスペリアに次ぐ。回復魔法では及ばないものの、自分よりキャリアの長いハリオンよりもニムントールの防御は固い。

「でも、ファーレーンの攻撃はすごく速くて鋭いだろ」
「……うん」
「だったら、ニムが守って、ファーレーンが攻めれば最強じゃないか」

 本来、友希の『束ね』は、そういう物語に惹かれる神剣だ。魔法も、それを象徴するように、みんなの力を一つにするもの。

「だからさ。僕も力を貸すから、ファーレーンがニムを守るだけじゃなくて、一緒に力を合わせて頑張ろうって。……うん、それだけだ。後、模擬戦の時は敵味方に分かれてもちゃんと戦うこと」

 なお、今日の模擬戦については、友希は光陰と賭けをしており。
 今日の晩御飯のおかずは一品彼に献上することになるのだが、そのこととこの話は関係ない。

「……うん。お姉ちゃんは、ニムが守るから」
「ニム……」

 二人は、今までも深く信頼し合っていたが、必ずファーレーンが保護者、ニムントールが被保護者という関係だった。
 それが悪いというわけではないが、こと戦いにおいてはあまり良くない方に影響していたのも事実だ。

 今日だけでなにもかも変わりはしないだろうが、きっとこれからは二人はもっと強くなることだろう。

「でも、ニム。ファーレーンだけじゃなくて、他のみんなもな?」
「わかってる」

 友希が口を挟むと、ニムントールは口を尖らせて反論する。

「……まあ、トモキのことも、ついでに守ったげる」
「そりゃどうも」

 ぷい、と視線を逸らしながらそう付け加えるニムントール。
 基本、つっけんどんな子なのだが、どうやら嫌われてはいないらしい。

『ツンデレ!』
『黙れ』

 言うと思っていたので、『束ね』に対するツッコミにも淀みがない友希であった。

「ニムントールちゃ〜ん、俺も守ってくれ〜」
「……コウインは自分で何とかして」

 今日子のハリセンによって地面に倒れ伏しながらも、根性でそんなことを言う光陰に、ニムントールは冷たい言葉を返す。

「そんなこと言うなよ〜。俺とニムントールちゃんの仲じゃないか〜」
「碧……お前、ニムより固いだろ」

 バグキャラ揃いのエトランジェの中でも、光陰の防御能力は特にえげつない。
 スピリット隊のブルー全員プラス悠人が渾身の一撃を同時に叩き込んだとしても、なお生き残って反撃に移れる生物に果たして援護防御が必要なのだろうか。

「あんた、本っ当〜に懲りないわねえ。ニムが嫌がってるでしょうが!」
「あひゃ!? きょ、今日子。踏むんじゃない! 俺はそんな趣味はない。……あ、でもニムントールちゃんになら踏まれたいかも」
「変態だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかったわ!」

 くぬっ、くぬっ! とストンピングを繰り返す今日子に、光陰は悲鳴とも嬌声とも取れる声を上げる。

「……あっちのカップルは放置しとこう」
「ちょっと御剣! 誰がカップルよ!?」
「あー、はいはい……」

 真面目な話をしていたはずなのに、あの二人が絡むとどうにも緊張感が抜ける。光陰はどこか計算しているところがあるが、今日子の方は完全に素だ。
 はあ、と友希は溜息を付き、ファーレーンとニムントールの二人を見る。

「じゃ、チーム変えてもう一戦。次は、ファーレーンとニム、僕と同じチームな。碧と岬、今度こそぶっ飛ばしてやろう」
「はい、わかりました」
「……ん、わかった」

 いつになく素直に頷くニムントールに心強いものを感じ、次の模擬戦に臨む。

 結果は、ファーレーンとニムントールの見事なコンビネーションのおかげもあり、快勝だった。








































「王手。……これで詰みだな」
「うう〜〜」

 盤上のレッドスピリットの駒を動かし、相手の王にチェックを掛ける。
 友希は詰みと言ったが、実は王が生き残る道筋はまだ残されている。しかし、対戦相手のネリーはそれに気付かなかったようで、

「こうさーん! もう、トモキさま強すぎー」
「いや、ネリーが弱いだけだと思うけど」

 自分が取った駒を盤の上に置き、投了を宣言した。

「トモキ様。意地悪くないですか」

 横で見ていたヒミカが、ブラフの詰み宣言をした友希に話しかける。

「まさか気付かないとは」
「ええー? トモキさま、ズルしたの!?」
「いや、ズルじゃない、ズルじゃない。最後の時、あれまだ逃げ筋があったってだけだよ」

 第二宿舎のリビング。

 たまたま非番で暇を持て余していた友希とネリーは、この世界の将棋で勝負をしていた。同じく非番であるヒミカが横から観戦している。
 論理的な思考力を養うという名目で、この手の盤上遊戯はいくつかスピリットの館にも用意されていた。

 ネリーは第二宿舎の中でもその腕前はドベらしく、初心者である友希なら、と勝負を仕掛けてきたのだが、二、三回やって要領を掴んだ友希に軽く畳まれてしまっていた。

「うー、やっぱズルいー」
「はいはい、ごめんごめん」

 ふくれるネリーをあやすようにして友希はその頭を撫でる。シアーもそうなのだが、青スピリットの年少二人はどうもスキンシップ好きで、こうして撫でてやると割とすぐ機嫌を直すのだ。

「しかしトモキ様。初めてにしては強いですね」
「ハイペリア……地球にも似たようなゲームがあってさ。少しやってたんだ」

 中学生の頃、将棋部に所属していた友希であった
 四色のスピリットと、人間兵、王という駒を駆使したファンタズマゴリアの将棋は、日本の将棋とは大きくルールが違うが、基本は似通っている。

「というか、ネリーはちょっと考えなし過ぎるんだよ。せめて二手か三手くらいは先を読んで駒を動かさないと」
「うー、セリアと同じこと言う……」

 多少この手のゲームに慣れていても、友希は所詮初心者。ネリーがほぼノータイムで駒を動かしていなければ、流石に勝利は覚束なかったはずだ。

「こう、素早くずびしぃ! ってやったほうがくーるでしょ?」
「それで勝てたらな」
「そうね。多少不格好でも、ちゃんと勝利を掴む人のほうがくーるだと思うわ」

 ヒミカも『クール』の意味はわからないながらも、友希に同調する。

「それに、クールってのは、冷静だとか慎重って意味もあるんだからな。少し落ち着いてやってみたらどうだ?」
「そっかー。ううん、難しいなあ」

 ここでネリーの微妙に勘違いした『クール』像を少し修正しておこうと、友希は説得にかかる。
 なにせ、ネリーの想像するクールな女の代表格がアセリアなわけで。

 ――あれはクールではないだろう。

 そろそろアセリアとの付き合いも長くなってきた友希は、確信を持ってそう思うのだ。

「うーん、あ、ヒミカ! ネリーの仇を取って!」
「はいはい。……トモキ様、一手ご指南お願いできますか?」
「……それはこっちの台詞だと思うけど、よろしく」

 ネリーがヒミカに席を明け渡し、隣で声援を送り始める。

「ヒミカ、頑張れ〜! トモキさまをやっつけろー!」
「……よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 姦しい声はひとまず無視することにして、友希は譲られた先手を打つ。序盤はどう動かすか決めているのか、ヒミカもすぐさま打つ。
 そうしてしばらくは戦局に動きがなく推移し、

「む」

 自陣深くに切り込んできたヒミカのレッドスピリット駒に、友希は手を止めた。
 少し突出気味であるが、下手に取ってしまうと陣形が崩れてしまいかねない、絶妙な一手。

「……うーん、これでどうだ」

 悩みに悩んで一つ動かしてヒミカの顔色を伺うと、彼女はクスッと笑って別のレッドスピリットの駒を動かす。

「げ」
「さて、どうしますか」

 かなり形勢が不利になった。
 まだまだ序盤。友希はなんとか巻き返そうと駒を動かすが、ヒミカに翻弄され思うような展開ができない。

 レッドスピリットの駒は、本来後ろに配置するべき性能なのだが、ヒミカはこれを使ってガンガン前に攻めて来る。
 本人の戦い方が、そのまま将棋にも現れていた。

 結局、彼が投了するまで、十分とかからなかった。

「……まいった。ヒミカ、強いな」

 レッドスピリットの駒はなんとか取ったものの、それ以外は殆ど抵抗できないままの終了。
 しかし、少し立ち回りを変えれば、レッドスピリットの駒も取らせずに終わらせることも出来ただろうに、この辺りにもヒミカらしさが見える。
  そう言えば、他のみんなを気にするあまり無茶をすることについては、以前悠人とセリアが二人がかりで説教していたなあ、と思い出す。

「いえ、慣れですよ。暇な時は良くハリオンやセリアと打っていましたから。わたしの腕は、第二宿舎の中でも上の下、といったところです」
「へえ。じゃあ、誰が一番強いんだ?」
「それは……」
「あ、それはシアーだよ!」

 と、ネリーが自慢気に口を挟んできた。

「……え? シアー?」
「はい。確かに、勝率が一番高いのはシアーなんですけど」

 ヒミカが言い淀む。

「なんというか、ネリーに負けず劣らず適当に動かしているように見えるのに、何故か勝っちゃうんですよね」
「……あー」

 なんとなく想像が付く友希である。
 シアーは、どうも直感に任せて生きているような感じがする。いつもはネリーの後ろでオドオドしている印象しかないが、ネリーより余程突飛な言動をすることも多い。

「ふふーん、トモキさまも、シアーには勝てないと思うよー」
「はいはい。勝ち誇るのは、自分で勝ってからにしろよ、ネリー。さて……お茶でも淹れてくる。おやつにしよう」

 時計を見ると、丁度おやつにいい時間だった。
 ハリオンの常備菓子はないが、台所を探せばなにかあるだろう。

「手伝います」
「じゃあ、お茶は僕が淹れるから、ヒミカはおやつの方お願い。確か……今朝焼いたパンが残ってるから温めなおして」
「後は、ジャムでも添えればお茶菓子には十分ですね」
「あ、ネリーはネネの実のジャムがいい!」

 そんな、休日の昼下がりであった。




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