マロリガンとの戦争は終結した。
 一直線に首都マロリガンを占拠したため、各地にはまだマロリガン軍のスピリットは残ってはいたものの、エーテル変換施設を抑えられてしまえば抗いようがない。
 敗北を認めたスピリットたちはラキオスに逆らう意志はなく、そうすると議会の有力者達もラキオスに恭順を示すしかなかった。

 今では、マロリガンを吸収するため、ラキオスの官僚達は大わらわとなっているものの、帝国に動きが無いため、実働部隊たるスピリット隊は交代で休暇を与えられていた。

「ん、んー! いやぁ、ラキオスは洒落てるねぇ。マロリガンはどっか野暮ったかったけど、こう、ヨーロッパ風っていうの?」
「あっちは砂漠地帯だからか、中東のノリだったなあ」
「そうそう。空気は砂っぽいし、食べ物は辛いし、ヘンテコな神剣に乗っ取られるしで、もう大変だったわ」

 ヘンテコて。

 降伏したマロリガンのエトランジェ。本日到着した光陰と今日子を出迎えて、ラキオス王都を案内していた友希は、今日子の物言いに呆れた。
 この女。つい一週間前はあわや廃人同然になるところだったというのに、立ち直りが早過ぎる。自我を『求め』によって断ち切られたとは言え、自分を乗っ取ろうとしていた『空虚』を何の気負いもなしに腰に下げている辺りも、図太いというかなんというか。

「で。御剣。肝心のスピリットの館ってのはどこなのよ?」
「ああ、城の敷地内だよ。まあ、パトロールがてら、そこら辺をぐるって回りながら行こうか」

 これからは、二人もこのラキオスの見回りに参加することもあるだろう。地理に明るいことに越したことはないと、友希は頭の中でラキオス王都の地図を思い浮かべ、ルートを策定した。

「パトロールねえ。御剣も、随分板についているじゃないか」
「からかうなって」

 光陰が笑いながら言って、友希は苦笑する。

「いやあ、でも実際、しっかりしてもらわにゃ困るからな。副隊長殿には」
「その事なんだけど、碧。お前は稲妻の隊長だったんだし、僕よりずっと強いし、副隊長はお前が……」
「阿呆」

 言葉の途中で、光陰が遮る。

「上に立つ奴は、能力なんかより信頼だ、信頼。ぽっと出のよそ者が務まるもんじゃない。部下の信頼を得られない上司なんて、役に立たんだろうが。
 それに、どこの世界についさっきまで敵国だった人間をそんな重要な役職に任命する奴がいる」
「……このファンタズマゴリアのラキオス王国のいと尊き座に、約一名」

 友希は、元々はサルドバルトのエトランジェだった。それを副隊長に抜擢したのは女王レスティーナである。
 ラキオスの捕虜になってから副隊長まで、期間も半年ない。いくら友希がラキオスと直接戦ったわけではないとはいえ、異例の抜擢である。
 それだけ、エトランジェの名は大きかった。

「んぐ、そ、そういやそうか」
「まあでも、いいんじゃない? ほら、ラキオスのスピリット、みんな御剣のこと頼りにしてたじゃない。光陰の言うとおり、ちゃんと信頼されてるんなら、副隊長だって胸を張りゃいいのよ」

 今日子があっけらかんと言い放つ。
 その言葉に、そうかなあ、と友希は頭を掻き、しかし一つ確認しないといけないことができたことに気が付いた。

「岬……その、覚えてるのか? 『空虚』に乗っ取られていた時のこと」
「あー……まあ、ね」

 友希とスピリット隊が一緒にいるところは、少なくとも正気の今日子は見たことがないはずだった。

「夢の中の出来事みたいに実感はないけど、なにがあったかは覚えてる。こいつで、スピリットを何人も殺したことも、アンタたちに剣を向けたことも」
「おい、今日子」
「償っていかなきゃいけない、って思うよ。――ま、それはそれとして、先に佳織ちゃんを助けないとね!」

 はっとするほど真剣な表情の後、一転して今日子は明るく笑った。

「しかし、秋月め。佳織ちゃんを拐かそうなんて、放っちゃおけないね。会ったら、こいつを喰らわせてやらないと」

 そして、どこからともなくハリセンを取り出したかと思うと、ブルンブルンと力強くスウィングする。
 ラキオスの街道でやっているため、道行く人が何事かと注目していた。

『強いなあ』
『ええ。所謂、イイオンナではないですかね?』
『……どうだろう、それには反対に一票を投じたいかな』

 『束ね』の形容に、友希は難しい顔になってしまう。
 地球での今日子のことを思い出す。今も振るっているハリセンを片手に、悠人や光陰をシバキ倒しているあの姿。そして、何故かファンタズマゴリアでも健在であるそのハリセンには、今は今日子の感情に呼応した『空虚』の影響か、パリパリとマナの雷が付与されている。

『……おっかないだろ』
『まあ、確かに』

 ハリセンスウィングは、無意識の神剣の加護により、今や風圧で砂を巻き上げんばかりの勢いに達している。常人の目にはもはや止まるまい。

「って、佳織ちゃんと言えば、悠のやつはどうしたの?」
「ああ、悠人か? あいつなら、城にエスペリアと一緒に缶詰だ」

 スピリット隊の隊長として、戦後処理の書類仕事がしこたま溜まっているのだった。

 勿論、友希にもそれなりの仕事はあるのだが――レスティーナは、そういった仕事を後回しにしてでもこの二人の出迎え友希に命じたのだ。
 元敵国のエトランジェ……そんなことはないと、友希は信じているが、仮に土壇場で暴れられでもされたら、まともに抑えられるのはまたエトランジェしかいない。
 本来なら力の伍する悠人の方が適任だったが、隊長と副隊長では仕事の重要性も違う。
 それに、友希の『束ね』は四神剣には劣るにしても、王都の豊富な防衛施設と大勢いる味方スピリットを合わせれば、抑えとしては充分だった。

「書類仕事か。マロリガンでもさんざっぱらやらされたなあ。ま、こっちじゃあ、お前らの仕事だな」
「光〜陰〜? 自分だけサボろうって、そうはいかないわよ」
「さ、サボりじゃないっつーの。大体、それを言うなら今日子、お前はどうなんだよ」
「あたし、こっちの文字わかんないし」

 永遠神剣は、会話能力を与えてくれるが、文字に関しては一切の助けにならない。

「御剣、お前は?」
「まあ、たまにわからないこともあるけど、簡単な読み書きなら」

 特に、軍の書類などは堅苦しいまでに正しい文法が使われているから、比較的読みやすい。

「今日子、お前も覚えたほうがいいんじゃないか? あの悠人ですら、それなりに読み書きできるみたいたぜ?」
「う……そ、そういう光陰はどうなのよ!」
「マロリガンじゃ書類仕事もやってたつったろ。楽勝だよ、楽勝」

 そう言えば光陰は、運動能力も卓越していたが、勉強もかなりできていたな、と今更ながらに友希は思い出す。
 永遠神剣を完全に御する精神力と言い、天は彼に二物も三物も与えたらしい。

「……それで、ときに御剣。あっちの――」
「ん……って、あいつらなにやってんだ」

 ちょい、と光陰が街路樹の影を指差す。
 釣られて友希が視線を向けてみれば、木の影に隠れて、見覚えのある青い髪の二人組がこちらを覗いていた。
 一応隠れているつもりらしいが、こっちが気になるのか頻繁に顔を見せており、全然隠れられていない。

「確か、ラキオスのスピリットだよな、あの二人」
「ああ。今僕と一緒の館に住んでる、ネリーとシアーだ。まだ小さいけど、ラキオスの一軍だけあって結構強いぞ」
「なに!?」

 なにか、光陰はありえない速度で振り向いた。

「おい、御剣、コラ」
「な、なんだよ、碧……」

 噛み殺さんばかりの形相で突っかかってくる光陰に、友希は顔を引き攣らせる。
 悠人との決戦にも勝るとも劣らない真剣な表情の光陰は、こうのたまった。

「お前……なんっつー、羨ましい境遇なんだよ!? 俺、戦争の時から目ぇ付けてたのに! お願いだから紹介してくれ!」

 天に二物も三物も与えられた天才は、しかしてそれに匹敵する業を背負っていた。
 ネリシアの外見年齢は、せいぜい中学生。光陰的には真ん中高めのストライクだったが、友希としては後二年後に期待というところ。
 まあ、多少年齢は低めでも、地球では滅多に見れない美少女であることは確かだ。同じ男として、友希は気持ちを共有できなくもない。

 ――しかし、そんな共感と縁のないもう一人は、そんな馬鹿正直なことを往来で叫ぶ男に対する容赦を持っていなかった。

「光〜陰〜?」
「……あ。ま、待て今日子! 話せば分かる!」
「問答無用、死ねぇ!」

 ドカッ、メキッ、ゴシャ、ゴロゴロピッシャーン。

 ……今日子がハリセンを躊躇なく振るい。擬音でしか表現したくない惨状が平和な街道に突如として巻き起こる。
 トドメのライトニング・ハリセン・ブラストは、中堅くらいのスピリットなら消滅しかねない威力だった。

「ぐふぅ……」
「ふん、悪は滅びた!」

 ハリセンを一振りし、決めポーズをする今日子。

「あー、えーっと、な、なんでもないですよ! ちょっとした痴話喧嘩です!」

 何事かと注目を集めてしまうが、友希が声を張り上げることでなんとか住人はスルーしてくれた。日々の警邏により、スピリット隊の信頼が高まっているお陰だが、こんなことで実感したくはなかった。

「ちょっと御剣! 誰が痴話喧嘩よ。……あ、お騒がせしてごめんなさーい!」

 数分もすると、街は普段の喧騒を取り戻す。
 はあ、と友希は重い溜息ついて、今日子を睨む。

「……岬。お前、碧だからギャグで済んだけど、僕なんかだと下手したら三日はベッドの上だぞ」
「大丈夫、ちゃぁんとその辺は見極めてるって」

 突然の暴力系ヒロインの爆誕に、友希はピクピクと地面に蹲って痙攣している光陰を見やった。

「……碧、お前も難儀な奴に惚れたんだな」
「……結構可愛いところもあるんだぜ?」

 光陰の声が震えていたのは、気のせいに違いない。
 その姿に、今日子のために命をかけて戦った男の面影は、あんまりない。


































 そうこうするうちに、第二宿舎へと到着する。

 隠れてこちらを伺っていたネリーとシアーは、結局友希が声をかけるとすぐに合流して、こうして宿舎まで付いて来ていた。

「でねでね、今日の晩御飯の当番はハリオンなんだよ! 二人の歓迎会やるって、張り切ってた!」
「シアーとネリーも、後でお手伝いするの〜」
「あはは、そりゃ楽しみだわ。ラキオスの料理、美味いって聞いてるし」

 そして、今日子はいつの間にか二人と仲良くなっていた。
 妹気質の二人と、姉御肌の今日子は、ウマが合ったらしい。

「ネリーちゃん、シアーちゃん。俺も楽しみだぜ」
「うん!」
「……え、えと、はい」

 一方、光陰については、物怖じしないネリーはともかく、シアーは苦手意識を持っている様子だった。
 まあ、あまり前線には現れなかった今日子と違い、何度も殺しあった仲なのだから、シアーの反応のほうが正しいように思える。

「こら! 光陰、二人をいやらしい目で見るんじゃない!」
「お、おいおい。言いがかりだぜそれは。これから一つ屋根の下で暮らすんだ。仲良くなっておこうって思うのに何の問題が……」
「仲良くなるのは結構! でもね、覚えておきなさい。あんまり行き過ぎるようなら……アタシのこいつが、火……もとい、雷を吹くよ」

 まるで日本刀の鯉口を切るかのごとく、ハリセンの柄を構える今日子。

「……岬、お前にとってそのハリセンは一体何なんだ……」
「え? ……んー、魂?」

 思わずツッコミを入れてしまった友希に、これまた予想外の返しが来る。
 魂て。冗談かなにかだと思いたいが、永遠神剣に乗っ取られても手放していなかった辺りに、無駄な説得力がある。

「ハリ・セン? なぁに、それ。ちょっとくーるかも!」
「いや、ネリー。クールじゃない。少なくとも、あれはクールじゃないからな?」
「えー。もう、トモキ様はいっつもそうじゃん。あ、わかった。ネリーがくーるになると悩殺されるからでしょ?」
「いやいや……」

 ふふん、となにやら謎の論理展開をしたネリーは勝ち誇るが、友希としては力なく首を振るしかなかった。
 なにやら間違った地球文化が、またしてもスピリット隊に広まりそうな予感がする。

 どう誤解を解こうか、と考えながら、第二宿舎の玄関を開ける。

「あら、おかえりなさい、トモキ様」
「ああ、セリア。ただいま。……二人共、こっちがセリア。第二宿舎のスピリットのリーダーだ」

 年長組としては、他にヒミカ、ハリオン、ナナルゥ、ファーレーンといるが、まとめ役というとやはりセリアの役目だった。

「どうぞよろしくお願いします。セリア・ブルースピリットです」
「ああ。碧光陰だ。光陰でいいぜ」
「岬今日子。あたしも今日子でいいわ」
「はい。コーイン様、キョウコ様」

 にこやかに笑うセリア。
 昔とは違う。勿論、警戒を完全に解いているわけではないのだろうが、二人を歓迎している意志は本物だ。

 しかし、

『……僕の時と、えらい対応が違わないか? おい、どう思う『束ね』』

 友希は、出会ってすぐの頃、彼女にボコスカに言われたことを忘れていない。

『それだけ、彼女も変わったということでしょう。いいことでは?』
『そうかもしれないけど、なんか納得が……。同じラキオスに降ったエトランジェなのに、なんでこんなに……』

 悠人や友希への信頼があるからこそ、その友人である二人への対応が柔らかいものになっているのだが、そのことには友希は思い至らなかった。

「……すみません。通してください」

 と、玄関で挨拶をしていると、後ろからナナルゥが現れる。

「あら。ナナルゥ、どこ行くの?」
「少し」

 今日はナナルゥはオフシフトだったはずだが、出かけるという。
 スピリットの余暇の過ごし方は、ラキオスでは遠出をしないことくらいしか制限はないので、咎める理由もない。

 きっと、いつかのように草笛でも吹きに行ったのだろう。

「ちょっと。その前に、挨拶はしておきなさい。エトランジェの、コーイン様とキョウコ様よ」
「……よろしく。ナナルゥです」

 それだけ一方的に告げ、ナナルゥは玄関を出て行く。

「……はー、なんか独特の雰囲気持った子だったわね。感情がない、のともちょっと違うカンジだし」
「自我は薄いけど、でもしっかり自分を持ってるな。やっぱり、ラキオスのスピリットは個性的だ」
「褒め言葉と受け取っておきます。さ、上がってください」

 二人のそれぞれの感想に、セリアは微笑して案内を再開する。

「はあ〜、綺麗にしてるもんだわ」
「ああ。当番で掃除してるからな。碧、岬。そっち、掃除当番表な」

 実は、今日ここまできれいなのは、新しい住人が来るということで、昨日は手空きの者達総掛かりで掃除したおかげなのだが、それは黙っておく。
 マロリガンとの戦争のための出撃出撃で、昨日片付けるまでは結構汚れていた。

「当番ね。にしちゃあ、御剣。お前の名前がないみたいだけど?」
「僕、掃除はちょっと苦手で……基本、食事当番だ」

 なお、洗濯当番からは、友希は当然のように外されていた。彼女たちとて、女性らしい意識はある。一度手伝おうとしたら、ハリオンが普段の穏やかな表情のまま、ドドドドドド、と威圧してきたので懲りていた。

「ふぅん、ま、共同生活ってことか。いいわ、地球の料理を教えてあげよう」
「今日子……お前の料理を地球の文化と思われたら困るんだが」

 今日子の料理は、味は悪くないものの、見た目がどうにもアレであった。
 そのことを知らない友希は首をかしげる。

「なんだ、岬、料理できるんだ」
「あったりまえよ」
「なら、ちょうどいい。ええと……あ、やっぱいた」

 リビングに辿り着くと、友希の予想通り、テーブルには一人のブラックスピリットが座っていた。

「あ、トモキ様。おかえりなさい。あと、ええと、その……」
「ああ。うん。知っていると思うけど、二人が元マロリガンのエトランジェ」

 ヘリオンはオドオドと自己紹介する。
 一方で、光陰はど真ん中やや下のストライクなヘリオンに速攻で歯の浮いた台詞を言い、返す刀で今日子にシバかれた。

 もう反応するのも面倒になった友希は、床に倒れ伏した光陰のことは無視することにして、先程思いついたことを話す。

「ヘリオンなんだけどささ。地球の料理に興味があるんだ。コロッケとか、オムライスとか、僕の知ってるのはいくつか教えたんだけど、僕レパートリー少ないから。岬も教えてやってくれたら嬉しい」
「へえ。いいわよ、あたしの知っているのでよければね」
「あ、ありがとうございます!」

 もはや悠人とアセリアの間に割り込むのは無理だと思うが、最後まで諦めないのもヘリオンのいいところである。
 エスペリアが任務で留守の時を度々狙って、第一宿舎に差し入れをする様子はいじましいというか、なんというか。

 友希から覚えた地球風の料理を悠人に食べてもらって、『美味い』と言ってもらえることがなによりの幸せという彼女に、幸多からんことを願って友希はそう勧めたのだ。

 ――なお、今日子は光陰のみならず悠人のことも憎からず思っており。
 光陰を含めた三人が、実は微妙な感情を互いに持っているなどということは、ゼフィと出会うまで色恋沙汰に縁のなかった友希には、まるで察しが付いていなかった。

「ぐう……今日子のやつ、こういうとこは全然変わってないでやんの」
「もう起きたか……碧、お前も大概タフだよな」
「舐めるなよ。俺の『因果』の防御を抜きたいなら、あの三倍は持ってこい」
「お前の硬さは知ってるけど、それとこれとは別だろ……」

 無駄に格好をつける光陰に呆れ果てる。

「しかし、なんだな。ラキオスは、やっぱり可愛い子が多いな!」
「……スピリットの数が少ないから、才能があれば若手でも実戦投入されるからな」

 低年齢層の人数が多いことを褒められても、嬉しくはない。

「そりゃな。こんだけ領土が広くなったのに、あのスピリットの数じゃあな。稲妻部隊も、俺ら以外は治安維持に使わざるを得ないってのも頷ける」
「……割と本気でギリギリなんで、二人は頼りにしてるよ」

 唐突に真面目な話になる。
 しかし、ふざけているように見えて、しっかりとここに来るまでに書類には目を通していた様子の光陰が頼もしい。

「まあ、戦争してたし、スピリットの数が心もとないってのは予想はしてた。新しいスピリットは生まれていないのか?」
「ぽつ、ぽつ、と生まれてるとは聞いてる。でも、大戦が始まってから目に見えて少なくなったって話だ」

 マナは命の源。
 ヨーティアの提唱する理論に裏付けられるかのように、そのような現象が起こっていた。

「まあ、今からじゃあ戦力化には間に合わんだろうが……やれやれ、もうしばらくは本気で頑張らないといけないな」

 ぽりぽりと頭を掻いて不敵に笑う光陰。
 そんな彼の真面目モードは、リビングにとあるふたり組が入ってくると同時に崩れ去る。

「ただいま帰りました……あら? もういらっしゃっていましたか。こんにちは、お二方。『月光』のファーレーンと申します。こっちは……あ、ニム?」
「めんどくさい。おねえちゃん、いこ」

 光陰今日子をちらっとだけ見て立ち去ろうとするニムントールに、光陰が色めき立つ。

「……おい。おい、御剣。あの子誰だ? 紹介しろ!」

 もういい加減、このパターンに飽きつつある友希だが、仕方なくニムントールを呼び止める。

「おい、ニム。挨拶くらいしとけって」
「……だから、めんどくさい」

 流石に、そろそろニムと呼んでもいちいち訂正されることはなくなっていた。

「へえ、ニムちゃんっていうのか〜。あ、俺、光陰っていうんだ。よろしく……あ、そっちのファーレーン? もな」

 ニムントールに話しかけるときは、気持ち悪いくらいの猫なで声で。ファーレーンに対しては至極張りのある真面目な声色で。光陰がそれぞれ挨拶をする。

「……ニムって言うな。ニムントール」
「へえ。それでニムちゃんか。うん、いいあだ名だ」
「だから――」
「ちょっと、光陰? 嫌がってるじゃない。あ。ニムントールちゃん、あたしは今日子ね。これからヨロシク」

 光陰に噛み付きそうになるニムントールに、今日子が割って入って宥める。
 サバサバした明るい今日子に、ニムントールはやりにくそうにまごついて、結局小さな小さな声で『よろしく』と呟いた。

「おねえちゃん! いこっ」
「はいはい。……すみません、ちょっと失礼します」

 恥ずかしくなったのか、それとも手を振ってだらしなく笑いかける光陰のウザいアピールに辟易としたのか、ニムントールはファーレーンの手を掴んで自室へと向かっていった。

「いやあ! 悪くない、悪くないぞ、ラキオ――ぐはぁ!」

 今日子はもう声を張り上げるのも面倒なのか、ノータイムで光陰をシバき倒した。

「……碧。お前、岬のために戦ってた時のあの格好良さはどこにいった」
「そんなもん、最初からなかったんじゃない?」

 そして今日子は、そんな血も涙もない事をのたまった。

「お〜、キョウコ様、くーる!」
「く〜る〜」
「あはは、そうかなー」

 そして、ネリーとシアーに褒められて満更でもなさそうだった。

「だから、それはクールじゃないと……ああもう」

 どうしたもんか、と友希が頭をかいていると、玄関が開く気配がする。

「ただいま〜、戻りました〜」
「あれ? ハリオン、もうマロリガンのエトランジェのお二人、到着してるみたいよ」
「あら〜、それは挨拶しないといけませんねえ」

 と、やって来たのは、歓迎会用の食材の買い出しに出かけていたハリオンとヒミカだった。

「おかえり、二人共。食材はわたしが片付けておくから、二人に挨拶をしておきなさい」
「あ、セリア。わかった、よろしく」

 セリアは成人男性でも持つのに難儀しそうな荷物を二人から受け取り、ひょい、と軽く担いで台所に向かう。

「どうも〜、はじめまして。ハリオンといいます」
「ヒミカです。よろしくお願いします」
「あ、ヨロシク、岬今日子よ。今日子でいいわ」

 ところで、とヒミカがまだ伏しているいる光陰に目をやる。

「あの、マロリガンの『因果』のコウイン様……ですよね。何故倒れて……」
「……朝日が眩しかったからかな」
「ト、トモキ様? なにを言って……」

 生真面目で武人気質のヒミカは、圧倒的な強さと卓越した指揮能力を持つ光陰を、敵ながら尊敬していたフシがある。
 彼のあまりにアレな素顔を、そのまま伝えるのは忍びなかった。まあ、遠からず知られることになるんだろうなあ、とは確信していたが。

「あらあら〜、こんなところでお寝坊さんですか〜? 仕方ないですねえ」
「あ、あはは……もう、ホントに仕方ない奴なんだから」

 どうも、今回はいいところに入ったのか、中々起き上がらない。流石に今日子も冷や汗を流して、誤魔化すように笑う。

「はあ……」

 まあしかし、ある意味、この個性的なメンバーの集うラキオススピリット隊に、相応しい二人なのかもしれない。
 これから、副隊長としてこいつらをまとめないといけないのか、という暗澹たる未来に、友希はもう一度だけ大きくため息をついた。




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