「うぉおオオオ!!」

 断! と悠人の『求め』が立ち塞がる三体のスピリットを薙ぎ払う。

 それに怯んだ稲妻部隊を、ファーレーンとヘリオンが切り崩し、ニムントールとエスペリアのシールドが反撃を受け止める。
 なにも言わずとも、アセリア、ネリー、シアーのブルースピリット組が浮足立った敵を斬り裂き、スピリット隊は相手の陣形を走り抜ける。
 生き残りの追撃を、オルファリルとナナルゥの魔法が封殺し、ラキオス一同は稲妻部隊に時間稼ぎすら許さず戦陣を突破した。

「よしっ!」

 部隊の中央で、神剣魔法『コネクト』の維持に集中している友希は、うまく蹴散らせたことにガッツポーズを取る。

 スピリット隊ほぼ全員での一点突破。
 常の戦場ならば悪手となる手だが、稲妻以外のマロリガン兵が迎撃に出て来ていない今この時は、良い方向に働いていた。

 友希の魔法によってマナの繋がりを得たスピリット達は、全ての力が上がり、そして極めて高いレベルの連携を可能としている。
 彼らはまるで一本の矢のように、稲妻部隊の防衛線を貫き、スレギトからマロリガン第二の都市、ニーハスまでの距離を一日で突破していた。

「はっ、はっ」
「オルファ、大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶだよ、トモキさま! オルファ、元気元気! まなしょーしつをとめるまで、休んでるひまはないもんね!」

 だが、この強行軍に、まず年少組、かつ身体能力に恵まれないレッドスピリットであるオルファリルがヘバリ始めていた。
 遠からず、体力のないものから脱落してしまうだろう。マナの消耗ならば『コネクト』によってマナを循環させればなんとかなるが、体力、精神力の消耗は賄いきれない。

「悠人! いい加減、小休止を入れないか!? オルファだけじゃなくて、僕もそろそろキツい!」

 戦闘には参加していないものの、行軍中もずっと魔法を発動させている友希の消耗は激しい。マロリガンまで後一日といったところだが、そこまでは持つとしても、到着後疲労困憊で動けなくなる可能性が高かった。

 先頭を走る悠人は少し考えこむ。

「……いや、どうやら休憩を入れている暇はないぞ!」

 しかし、選択の余地は、すぐになくなる。

 地平線の向こうから、悠人に匹敵するマナの気配が二つ、こちらに向かってきていた。



















「ライトニングブラスト」

 人影がまだ点に見える距離。そこから、レイピア型の神剣『空虚』を携えた今日子が雷を放つ。
 これだけ離れていても、四神剣の一つである『空虚』の魔法は、いささかも減衰せずに届く。

 まともに喰らえば、部隊は一撃で壊滅に追いやられるだろう。
 ……そんなことは、させるわけがない。

「マナよ、守りの力となれ! レェジィィストッ!」

 悠人が発動した抵抗のオーラが全員を包み、雷に抵抗する。

「くぅぅぅぅ!」
「っ、痛っ」

 それでも、『空虚』の魔法は完全には防ぎきれない。レジストの防御膜を貫通した雷が、スピリットたちを打ち据える。

「みんな! 今癒やします」

 しかし、流石にこのレベルの魔法を連発はできないのか、エスペリアとニムントールの回復魔法により、持ち直すことに成功した。

「気を抜くとあっという間にやられるぞ。俺が矢面に立つから、援護を頼む!」

 剣を構え直す悠人の隣に、アセリアと友希が立つ。

「……いくらユートでも、二人は無理」
「岬の方は、僕とアセリアで足止めするから」

 光陰と今日子も、数度ランサに攻めてきていたから、おおよその実力はわかっていた。
 全力の光陰相手では、スピリットレベルでは攻撃の余波だけ屠られてしまい、戦力にならない。第五位の神剣を持つ友希ですら五分もつかどうかというところだ。ランサでの戦いのように防衛施設の恩恵のない今、光陰に対抗できるのは悠人だけだった。
 しかし、今日子の方はそのスピードと神剣魔法の威力は脅威なものの、接近戦ならば決して戦えない相手ではない。友希とアセリアなら、十分勝算はある。

「……わかった、頼む」

 そう算段を立てているうちに、光陰と今日子がやって来た。

「よォ、悠人に御剣。元気そうで何よりだ」

 この状況に至ってまで、普段通りの飄々とした態度を崩さない光陰。

「光陰……」
「悠人。悪いが、ここで決着をつけさせてもらうぜ。お前の『求め』は、ここで砕く」
「っ、そんなこと、言ってる場合か! マナ消失が起きるんだぞ。マロリガンだけじゃない、大陸全部がイースペリアみたいになる!」
「お前がここで倒れてくれれば、大将も引き下がるさ。なあ、悠人」
「大統領は、なんでこんなことをするんだ!」
「さてね。大将の本心は、俺にだってわからない。でも、大将は大将なりに、自分の大切なモンのために戦ってる。俺だってそうさ。俺にとって、今日子より大切なものは、こっちの世界でも、向こうの世界でも存在しない。お前だって、佳織ちゃんのために戦っているんだろう?」
「お前だって! 今日子だって! 俺にとっては大切で、譲れないものだ! 一緒に帝国と戦えばいいじゃないか!」
「そりゃ無理ってもんだ。大将にゃ色々世話になったしな。俺の目的の邪魔にならないんだったら、味方するのが義理ってもんだ」

 やれやれ、と光陰は肩をすくめてはいるが、その立ち振舞に隙はなく、瞳に僅かな迷いも見られない。

「だからって――!」
「それに今日子を助けるためには、お前さんの『求め』はいつかは倒さないといけないんだ。マロリガンを落とされたら、それは難しくなるだろ。まさか帝国に寝返るわけにゃいかんしな」
「今日子のことなら、きっとなにか助ける方法がある! 俺達が殺し合う必要なんてない!」
「『きっと』だとか『なにか』なんて曖昧な希望に縋るわけにはいかないさ。今日子には、もう時間がない。わかるだろ?」

 わかる、わかってしまう。
 『求め』からの人格の侵食を受けていた悠人には、今日子がその手に持つ『空虚』に蝕まれていることが感覚としてわかった。

「助けるには、眷属の神剣を全て砕くしかない。まずお前の『求め』、次に秋月の『誓い』。――最後が、俺の『因果』だ」
「だから、そんなことしなくったって――!」

 と、そこで、それまで沈黙していた今日子が口を開く。しかし、響いた声は確かに今日子のものなのに、その言葉に乗せられた意志は彼女のものではなかった。

「やれやれ……揃いも揃って、そんなにこの女が大事なのか」

 地球にいた頃のあの快活さなどかけらも残っていない平坦な声だった。
 光陰が渋い表情になり、今日子の持つ神剣に視線を注ぐ。

「っ、お前が……お前が『空虚』かっ!」
「そうだ。『求め』の主よ」
「今日子を……俺の友達を、返せ!」

 悠人の怒声などどこ吹く風で、今日子の体を借りた『空虚』は笑う。

「それはできぬ相談だ。すでにこの娘は私のもの。今日子、などという存在はもういない。この娘を取り戻したいのなら、私もろとも斬るしかないな。それで、私の支配からは脱することが出来るぞ」
「おいおい、『空虚』。約束が違うぜ」
「……くく、そうであったな。『因果』の主。四神剣が私のもとに一つとなった暁には、この娘を返してやろうさ」

 今日子の顔で、声で、好き勝手なことを言われて、悠人は激高する。

「ふ、ふざけるなっ! 今日子、しっかりしろよ! 神剣になんて操られるな!」
「語りかけるか……成る程、そのような戯れもよかろう。それ、最後に残った意識を表に出してやる」

 すう、と波が引くように今日子の体を操っていた『空虚』の意志が引っ込む。
 次に現れたのは、今にも泣きそうな今日子の意識だった。

「あ……あ、悠……光、陰」
「今日子!」
「だ、駄目! 近付かないで!」

 思わず駆け寄ろうとした悠人を、今日子は押しとどめる。

「あ、あたし……沢山の人、殺して。光陰のことも、何回も刺して。あ、ああ……」
「おいおい。少なくとも、俺のことは気にすんなよ、今日子。……こんな状況だけど、久し振りに会えて嬉しいぜ」
「光陰……」

 身を離そうとする今日子の腕をがっちり掴んで、光陰はニヤリと笑った。

「駄目……駄目だよ。あたし、優しくしてもらう価値なんてない。もうあたしの手は血塗れだよ。光陰……悠も、あたしのことなんて助けなくていい。ごめん……ごめんね。……お願い、殺して」

 光陰の手から強引に抜けだして、今日子はそう訴える。
 『空虚』を持ち、数多の人間やスピリットを殺戮した記憶は、今日子の心に致命的な傷を与えていた。操られていただけとはいえ、命を斬ったり、雷で消し炭にした感触は生々しい実感を持って今日子に残っている。
 今日子の意識が消えそうになっているのは、『空虚』の侵食だけではない。この罪悪感が、彼女の心を押し潰そうとしていた。

 しかし、悠人と光陰が、そのような言葉で止まるはずがない。

「そんなこと言ったら、俺の手だって血塗れだ。佳織を助けるって目的のために、たくさんのスピリットを斬ってきた。……殺していい、なんて思ったことないけど、でも! 俺たちにできることなんて生きて償うことだけだろ? 死んじゃったらそこで終わりだ」
「っと、ここは俺も悠人に同意するぜ。今日子。……それに、さっき言ったろ? 聞いてたよな。俺にとっちゃお前が世界で一番大切なんだからな。価値がない、なんて言わせないぜ」

 二人の言葉に、今日子の表情が揺れる。確かに、彼らの言葉は今日子に届いた。
 しかし、

「……ごめん。――ここまでだな」

 最後に謝罪の言葉一つ残して、今日子の意思は『空虚』の中に呑まれていった。『ここまで』と宣言した今日子の体に、彼女の心は一片も見当たらなかった。

「さあ、『因果』の主よ。契約を果たせ。この娘が、僅かな残滓すら残さず消えるのは時間の問題だぞ」

 光陰は、初めて生身の感情をむき出しにした。誰の目にもわかる、激しい焦燥。

「……悪ィな、悠人。思ったより、時間がないみたいだ」
「光陰……」

 光陰の足元に魔法陣が展開し、悠人をも凌駕する膨大なオーラが吹き荒れた。

「悪いが、ここで死んでくれ!」
「俺は……お前も、今日子も、助けてみせる! バカ剣んンンーーーー!!」

 それに対抗するように、悠人の全身からこれまでにないオーラが放たれた。
 『求め』から無理矢理引き摺り出したその力は、光陰に迫ろうとしている。

 二人が同時に跳躍し、空中で衝突し、
 そして、比喩でも何でもなく、空間が爆砕した。































『あっちに割って入ったら死にますね。主、巻き込まれないよう注意を』
『わかってる!』

 悠人と光陰の戦いから"避難"したはいいが、いつここが巻き込まれるかわからない。
 剣を一つ交わすごとに凄まじい衝撃が大地を駆け、足元に小さなクレーターまで出来るような戦いだ。お互いの味方すら近付けず、援護すらできないでいる。

『それに、こっちはこっちで油断なんて出来ないぞ』

 しかし、一人だけ。あの戦闘に割って入って、光陰を援護できる存在がいる。
 『求め』、『因果』と同じ四神剣の一つ、『空虚』。

 決着がつくまで、彼女を光陰の援護に回らせないようにするのが、友希とアセリアの役割だった。
 他のスピリットたちは、稲妻部隊の足止めだ。主力が抜け、厳しい戦いを強いられているが、エスペリアの指揮のもと、互角に渡り合っていた。

「アセリア!」
「ん、行く!」

 『空虚』に魔法を使われてはひとたまりもない。あの魔法には青のバニッシュ系は通じない。魔法を使う隙を与えないよう、常に貼り付くように接近戦を仕掛け続けるしかなかった。
 しかし、『空虚』を持つ今日子の体捌きは、速度に特化しているブラックスピリットよりなお速い。

「疾っ!」
「あっ」

 アセリアの渾身の一撃をあっさりと躱し、『空虚』の刺突が繰り出される。
 友希の目には一瞬の閃光のようにしか見えない連続突き、アセリアはぎりぎりのところで『存在』と篭手を用いて捌く。

「グゥウ!?」
「もらった」

 アセリアは直撃は許さなかったものの、常に帯電している『空虚』は、掠っただけでも大きなダメージを受ける。アセリアの体が痺れて硬直した一瞬に、『空虚』が心臓を穿つ一撃を放ち、

「させるかよっ!」

 割って入った友希のシールドが、その一撃を弾いた。
 『空虚』は、雷の力は厄介なものの、物理攻撃力自体はスピリットの上位といった程度で収まっている。友希のシールドであれば一度や二度防ぐことは充分可能だった。

 そして、『空虚』は防御も比較的薄い。
 即座に友希は反撃の一撃を放ち、

「危ない、な」

 あっさりと躱された。一瞬で間合いの外に退避するスピードは、友希の及ぶところではない。

 すぐに追撃を、と駆け出そうとした友希だったが、『空虚』の様子がおかしい。
 耐え切れない喜びを抑えるかのように、くっく、と笑い声を漏らしている。

「なんだよ、『空虚』」

 油断せず、いつでも飛びかかれるよう身構えて尋ねる。

「いや、今日は『求め』に貴様の『束ね』。二本もの高位神剣を喰らえる、と思うとな」
「……もう勝った気でいるのか」

 ランサに攻めてきたときは『空虚』は一言も喋らなかった。どうやら、相当悦に入っているらしい。あるいは、今日子の意識が薄くなっている影響だろうか。

「当然だ。『因果』の主は、歴代の主の中でも最強の使い手だ。我が脆弱なる依代や、『求め』の主とは比べ物にならん。見よ、『求め』は力だけなら我らの中でも上位だが、一方的ではないか」

 確かに、横目で見ると、既に悠人は防戦一方だった。
 最大の力を発揮したときは『因果』を越えているが、力にムラが多く、安定していない。一方の『因果』は、安定して高レベルの力を発揮している。
 悠人が五十から百の間で力を引き出しているのに対し、光陰は常に九十を引き出している。
 それに加えて、純粋な剣術の腕でも光陰が引き離しているのだから、確かに勝ち目は薄いと言える――いや、傍目からは、勝敗は明らかだった。

「あの男が、つまらん情に流されず、己が勝つことだけを考えて行動しておれば、四神剣の争いは奴が勝者で終わっていたことであろうよ。
 しかし……ふふ、所詮人間。こんな女のために、勝利を捨ておった」

 『空虚』が、自信の胸に手を当て嘲笑する。

 ギリッ、と、友希は知らず、歯を噛み締める。

 今日子との付き合いは、それほどあったわけではない。しかし、クラスの中心的人物であり、いつも明るかった彼女は、ちょっとした憧れの存在だった。
 ランサで初めて迎撃した時、まるで人格を喪ったスピリットのようになっていた彼女を見た時の衝撃は、今でも覚えている。

「お前!」
「貴様もか。惰弱な割に、人気者だな。我が依代殿は」
「っっっ!」

 地面を蹴る。型もなにもなく突撃してしまったが、アセリアがフォローするように友希と並走してくれた。

「ふん!」

 二方向からの攻撃に、『空虚』は避けきるのは無理と見てか、威力の少ない友希の方を受け止める。
 雷のオーラフォトンが盾のように展開され、打ち込んだ友希の体に電流が流れた。

「ッ、まだまだァ!」

 痛みと筋肉の硬直を、体にオーラを流して無理矢理中和し、二撃目を放つ。
 絶妙なタイミングで、アセリアが『空虚』の背後から仕掛けており、

「ふん……」

 これまでで最大の速さの刺突が、友希に襲いかかった。

「!?」

 盾を作り出す時間さえない。辛うじて『束ね』で軌道をズラし、心臓は守ったが、肩の辺りを貫通する。

「ふっ!」

 そのまま押し出され、十メートルは吹っ飛んだ。
 刀身から体内に直接流し込まれた雷が、今度こそ友希の体の自由を奪う。

 指一本動かせず、視線だけで『空虚』を見ると、アセリアが『空虚』の前に立ちふさがっていた、が、

「ぁう!?」
「アセ、リア……!」

 スピリットとしては最上級のアセリアだが、流石に『空虚』との一対一は分が悪い。
 友希が戦線から離脱したことで、『空虚』の攻勢に抗い切れないでいた。

 それでも、ギリギリのところで致命傷を避けている……が、結局は距離を離さざるをえなくなった。

 ハイロゥを広げアセリアが空に逃れた隙に、『空虚』が友希の元までやって来る。

 ……もう少し。

「さて、どこから湧いてきた神剣なのかは知らないが……ここまでだ『束ね』とその主よ。我が糧となれ」
「てめ……」

 その隙に『空虚』は魔法陣が展開する。雷の力が集まっていくのを感じるが、逃げようにも、体の痺れが抜けず、友希は痙攣することしかできない。
 避けるのは無理だ。そして、『空虚』の魔法は、友希が耐えきれるような威力ではない。

 そう、このままでは、友希は消し炭となる。

「さ……」
「これで終わりだ」
「プ、ライ」

 だが、一つも心配することなどない。

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 光陰との戦闘を終わらせた悠人が、こちらに走ってきているのが見えたから、友希は死ぬ気など、これっぽっちもしなかった。
 動かない体に代わり、せめて魔法で悠人の後押しをする。

「まさかっ!? 奴に勝ったというのかっ」

 離れたところで、光陰が大の字になって倒れているのを『空虚』は目撃する。

 『空虚』は恐らく、中の今日子が抵抗して、他にまで気を配る余裕がなかったのだろう。妙に饒舌だったのも、今日子の意識が薄れたからというより、自分を保つためにだったというのが正しい。
 しかし、友希とアセリアは闘いながらもしっかりと悠人と光陰の戦いを認識していた。

 二人の戦いの最後。『求め』の一撃すら弾くバリアを展開した光陰に、悠人が一歩も引かず、本来ならば仕切り直してしかるべき場面で、何度も何度も攻撃をぶちかまし――とうとう押し切ったところも、しっかり見ていた。

「くっ、だが!」

 既に『空虚』の魔法は準備が完了している。
 矛先を友希から悠人に変え、

「ライトニングブラスト!」

 放たれた雷閃を、サプライの魔法で能力を最大限に強化された悠人は、『求め』の一閃で振り払う。

「『空虚』ォォォォ!」

 続く太刀で、悠人は『何か』を斬った。
 その一閃は、確かに『空虚』と今日子の体を斬った……と、見えたのだが、

「はは……」

 今日子の体が崩れ落ちた。
 しかし、血は流れていない。

 なんとなく、どうなったのかを察して、友希は空を見上げた。

「本当に、なんとかしちゃったな、悠人のやつ」
「うん、やっぱり、ユートは凄い」































「ったく。『空虚』の意識だけを断つ、なんて、お前、時々とんでもないことやらかすよな」

 口の端から血を流しながら、しかし光陰はどこか晴れやかな顔で、悠人に話しかけた。
 稲妻部隊が介抱している今日子の体からは、既に『空虚』の意識は感じられない。その身を縛っていた『空虚』は、既に完全に消滅していた。

「お、おい、動くなよ光陰。お前、酷い怪我……」
「はっ、お前とは鍛え方が違うよ。これくらい、少し休めばどうってことねえ」

 不敵に笑う光陰は、呆れるまでにいつも通りだった。脇腹に負った深い傷も、確かに今はマナの流出が止まっている。
 この男はどれだけタフなのだろうか、と友希は苦笑いをする。

「碧。あっちにいた時から思ってたけど、お前サイボーグかなにかじゃないか」

 今日子の人外めいたハリセンアタックを何度も受けてピンピンしたいたことからも、この男の耐久力が変なのは今に始まったことではない。

「へっ、御剣も言うね。俺だって、生身――今はマナの体だが、それでも生身の人間さ」

 おどけて手をひらひらさせる光陰。そう言えば、隣の席だった光陰とは、よくこんな馬鹿みたいな話をしていたことを友希は思い出す。
 この懐かしい空気にいつまでも浸っていたいが、今はあまり時間がない。

「悪い、光陰。俺たちは、もう行かないと」
「……ああ、そうだな。大将を、止めてやってくれ」

 もはや、首都マロリガンからまだ遠く離れたこの場所からでも、マナの異常が感じ取れる。マナ消失が起きるまでの猶予は、もうあまりない。

「お前らなら、きっと出来るさ。……俺も、少し休憩したら追いかけるよ」
「さっきは、大統領に味方するのが義理だとか言ってなかったか、碧」
「ふん……お前らなら、止められる、って信じてたからな。言わせんなよ、こんなこと」

 と、そこで光陰はどっかとその場に腰を下ろす。

「はあ……さっさと行け。なんだかんだで、俺もそれなりにはキツいんだ。……クォーリン! 水と包帯、持って来てくれ。後みんな、ラキオスへの追撃はナシだ。……他の稲妻にも言っとけ」

 稲妻部隊の最上位命令権は、今は大統領からの委任を受けた光陰が持っている。
 大統領を守るのは、今や十数の親衛隊だけとのことだった。

 貴重な戦力をまるごとエトランジェに渡す。ますます大統領の意図が見えなくなってきたが、今は考えている余裕はない。

「……ああ。わかった。後でな、光陰。行くぞ、友希」
「じゃあな、碧!」

 稲妻部隊の一人を呼ぶ光陰に、背を向けて、ラキオススピリット隊は移動を再開した。

 悠人と友希の声に、光陰は片手を上げて応え、ぽつりと一言を漏らした。

「はぁ……完全に負けちまったなあ。おい」

 ぼやく光陰だが、またこうも思う。自分も、今日子も、悠人も、友希も……全員、生き延びた。

「なら……まあ、次もあらぁな。次は負けねぇぞ」

 ひとまずは、この傷を癒やさないといけない。二人の手前、強がったものの、かなりの重症だ。ちょっとでも気を抜くと、傷口からマナへ昇華しかねない。
 しかし、そんな無様を晒す訳がない。すぐ側には、我らがじゃじゃ馬姫様の穏やかな寝顔があるのだ。

 神剣の力は精神力が引き出す。
 今までになく高揚している光陰は、既に自身のオーラだけで傷を塞ぎ始めていた。




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