『存在』を置いていくことを当初は渋ったアセリアだったが、意外に素直に了解してくれた。
 生まれた時からずっと側にいて、半身とも言える剣を置いていくことに不安を感じるのは悠人も理解できるが、それは勘弁してもらうしかない。この世界の警察に捕まると、厄介なことになるのは目に見えている。

 出かけてからも悠人はアセリアの行動から目を離せなかった。
 車を見れば、敵と間違えて突撃しようとするし、目についたものはなんでも質問してくるし、飲み物を買うために立ち寄ったコンビニでは自動ドアに感激して何度も出入りし、ブティックの店頭に飾ってあった服を飽きずに数十分もじーっと眺める。
 しかも、アセリアの容姿は人目をよく惹きつける。女優やモデルでも見たことのないような美貌に、通りすがりの人は振り向き、ヒソヒソと噂していた。

 ここまで何事も無く過ごせたのが奇跡だった。
 まあ、その奇跡も長続きはしなかったのだが。

「悠人先輩悠人先輩悠人先輩! ええ〜? この美人さんはどちら様ですか恋人ですかそうなんですね。うう〜、佳織や小鳥というものがありながら〜。あ、でもでも、こんなに綺麗な人なら仕方ないかなー。この髪の毛、すっごい綺麗だし、さらさらだし。あーん、もう悔しいよ〜」

 通学路。懐かしさからつい足を運んでしまったのが運の尽き。
 佳織の友達である小鳥に捕まり、一年以上振りのマシンガントークを味わっていた。

 思わず悠人は天を仰ぎ見る。小鳥のやかましいトークのお陰で、周りの注目度が上がってしまっていた。
 アセリアは、と横目で見ると、流石にこの小鳥の勢いに押され気味だ。

「ユート、この子は……」
「佳織の友達で、俺とも知り合いなんだ。……適当に誤魔化すから、アセリアは少し待っててくれ」
「わかった」

 こっそりと打ち合わせしている様子を、小鳥は目ざとく見つけて、

「ああ〜、内緒話なんていやらしいですねえ。小鳥に隠れて、二人だけの内緒話ですか! ていうか今のどこの言葉ですか? 小鳥の見るところ、英語じゃないですよね。悠人先輩ってば、いつの間に……はっ、これが愛の力というやつですか!」
「い、いや、そんなんじゃなくて」

 アセリアとの話は、ファンタズマゴリアの言葉で話しているため、聞かれても問題はない――のだが、義務教育で習った英語すらロクに喋れない悠人がいきなり謎の言語を流暢に話すと、それはそれでおかしな話である。
 幸いにも、小鳥は深くは考えなかったようだが、悠人は冷や汗が流れっぱなしだ。

 しかし、ファンタズマゴリアでの戦いの日々は、悠人を見事に成長させている。
 短い時間でも、悠人の頭脳は言い訳を高速で考え、

「そ、そう! アセリアは、友希のやつの親戚なんだ!」

 思いついた言い訳は、戦友にすべてを押し付けるという、どうしようもないものだった。
 高嶺家の親戚については朧気ながらも小鳥は知っているため、友希の名前を使ったのだが、やはりというか懐疑的な目で見られた。

「え、ええ〜? 御剣先輩ですか? っていうか、悠人先輩、御剣先輩のこと名前で呼んでましたっけ」
「い、いろいろあってな! 見ての通り、この子……アセリアは外国人で。で、たまたま俺が彼女の国の言葉知ってたから……えーと、ちょっと仲良くなったんだよ。その縁で、街を案内することに」
「本当ですか〜? 昨日まで普通だったじゃないですか。というか、外国って、どこの国の人なんですか」

 小鳥は意外に鋭い――というより、悠人の言い訳に穴がありすぎるだけだが、悠人はたじたじになって視線を泳がせる。なにか隠しているであろうことは誰の目から見ても明白だった。

「え、えーと、だな」
「あ、そういえば今日佳織が登校してなかったけど、もしかして佳織も一緒なんですか?」
「い、いや佳織は――」

 ふと出てきた最愛の妹の名前に、悠人は動揺しかけた自分を抑える。今こうしている間にも佳織は寂しい思いをしている。そのことに、ますます早く帰らなくては、という思いを強くした。

「……? 悠人先輩?」
「あ。っと、ごめん。佳織は……アセリアとは別件でな。佳織の亡くなったバアちゃん関係の法事で、しばらく留守なんだ」
「ええ〜! クリスマスパーティの約束してたのにぃ!」
「すまん、アセリアのこととかあって、バタバタしててな……。連絡する暇がなかった。もう冬休みだし、正月くらいまで帰ってこないみたいだ」

 本当に残念そうにしている小鳥に、悠人は心の中で詫びた。

「うーん、でも、法事じゃしかたないですね。……あれ?」

 小鳥は一瞬押し黙り、きょろきょろと周囲を見渡す。

「どうしたんだ、小鳥?」
「御剣先輩も見当たらない……ってことは、悠人先輩とアセリアさんは、二人きりで街を歩いているんですか! デートですか、デートなんですね! キャァァ!」

 黄色い悲鳴を上げる小鳥。少し話の矛先が変わったかと思えばこれだ。つくづく思うが、この年頃の女の子は扱いが難しい。

「ユート……大丈夫なのか?」
「へ、平気だ」

 小鳥にたじたじの悠人の様子を心配したアセリアが声をかけてくる。
 悠人はなにくそと気合を入れ、目の前の小さな台風のような娘に向かい合う。

「友希とはすぐ合流する予定だし、そんなデートなんてものじゃないぞ。うん」
「ええ〜、でもぉ」

 どうやら、ちょっとやそっとのことでは引いてくれないらしい。
 こうなったら、逃げちまうか、と悠人は情けなくも決定し、アセリアの手を引こうとしたところ、

「ん……あ」
「アセリア?」

 フッ、とアセリアの体から力が抜け、倒れそうになる。
 慌ててそれを支え、

「あぁぁ〜〜!」
「うっ」

 意図せず、抱き合うような体勢となってしまい、小鳥が更に騒がしくなってしまった。

「やっぱりそうなんだ、恋人なんだステディなんだ!」
「ち、ちがっ! これはきっと時差ボケってやつで。俺は支えただけだぞ!」

 やんややんやと騒がしくする二人。
 アセリアはそれすら楽しそうに眺めていた。



























 そして、そんな様子を遠くから眺める影が二つ。
 付近で一番高いビルの屋上で、しかし誰からも見咎められないで、その二人は悠人を観察していた。

「随分とまあ、余裕ですわね。もう少し取り乱すかと思いましたが」
「急な事態に、頭がついていっていない、という辺りでしょう。それに、確かに闇雲に騒いでもどうにもなりません」

 テムオリンとタキオス。二人のエターナルはちょっかいをかけるでもなく、悠人の様子を見ていた。二人の目的は、悠人と『求め』の力を削ぐか、『求め』から悠人を侵食させること。友希の家に神剣が置かれている現状、手を出しても仕方がなかった。

「タキオス、次の門はいつだったかしら」
「こちらの暦で、十二月二十二日……今日が十九日ですから明々後日ですな。それを逃すと、あちらとの時間差が大きくなり過ぎます。仕掛けるなら、それまでに。……なお、あやつらが門に気付かないようなら、無理にでも叩き込む必要があります」
「ふむ、まあ、いつ仕掛けてもいいわけですが」

 テムオリンの読みでは、このマナの薄い世界で門を開くと、『求め』の力は相当に落ちるはずだった。
 蓄えたマナを吐き出し、存在を維持するための分のマナまでも削って、ようやくファンタズマゴリアへの帰還が叶う。

 ただ、それでもまだ少し残る力が大きめなのと、またテムオリンの楽しみのため、一度は『求め』の主にちょっかいをかける必要があるのだが、

「……あの娘、いいですわね」

 真正面から襲うなど、芸がない上に面白くもない。
 ここまで聞こえてきそうなほど明るい声で悠人と話している小鳥に、テムオリンは目をつけた。

「あの小娘ですか。……確かに、テムオリン様がお好みになりそうな娘ですな」
「ええ。あの笑顔が快楽に溺れる様はさぞかし見物でしょう。ふふ、その様は『求め』の主にも是非見ていただかなくてはいけませんわ。あの子は、『求め』の主に懸想しているようですし」
「ふむ。そういうものですか」

 戦いの事ならばともかく、婦女子の機微などさっぱりわからないタキオスは、相槌を打つのみだ。タキオスの目からは、ただやかましいだけの小娘で、色恋などまだまだ先のように見えるが、テムオリンからするとそうではないらしい。

「では、適当にタイミングを見て、彼女を攫うとしましょう。タキオス、その時は私とあの子、両方を気持ち良くさせるのですよ」
「はっ」

 小鳥はタキオスの趣味ではないが、主の命とあれば否やはない。
 弱き者が強き者に蹂躙されるのも、また世の常である。戦士として、そういう理の中でタキオスは生きてきた。

「時にテムオリン様。巻き込んでしまったもう一人のエトランジェはいかがなさいますか」
「放っておけば良いでしょうに。ああ、でもそれがいると門を開く際に『求め』の負担が軽くなってしまいますわね」

 テムオリンはしばし悩んで、

「まあ、どうとでもなるでしょう。いざとなったら、殺してしまっても良いですし。放置でかまいません」
「……はっ」

 この、自分が認めた相手や自身の興味の対象以外を極端に軽視するのが、テムオリンの欠点であった。タキオスよりよほど永くエターナルとして在り続けたせいか、高みから見下ろす絶対者としてああいう脇役はすぐに無視してしまう。

 まあ、『求め』の主を呼び出すと、自動的にあれも付いて来るだろう。その時に殺してしまえばよいかとタキオスも軽く考えた。テムオリン程に無視するのはどうかと思うが、友希が取るに足らない相手だというのは事実ではあった。

「さて、それより食事に赴くとしましょう。この世界のこの国は、食に関しては中々ですからね」
「そうですな」

 そう最後に零して、ふっ、とビルの屋上から二人の姿が消える。

 ……この時、この二人が自分たちを見る視線に気付かなかったのが、あるいは一つの分岐だったのかもしれない。

























 時は遡り。
 朝、悠人とアセリアと別れ、友希も一人、街中を歩いていた。

『……割と、色んな力が働いてるんだな』
『ええ。ファンタズマゴリアに比べると、どれも微小ですけれどね』

 友希は悠人やアセリアと違い、神剣を体にしまうことができる。
 そのため、五感以外にも『束ね』を介して周囲に働いている力を探ることが出来た。

 その結果わかったのは、永遠神剣のようなオカルトとは縁がないと思っていたこちらの世界でも、存外に不思議な力はあるということだった。
 『束ね』を手に入れた当時ではこちらの世界を歩いていても気付けなかったが、今こうして周囲を探りながら歩くと、それがよく理解できる。

『しかし、実際に物理的に影響を与えるようなマナは、こちらでは殆どありません。逆に、門みたいな強烈な力が作用していれば、すぐに分かります』
『……でも、ないよな』
『ええ。少なくとも、私の感知できる範囲には』

 しかし、この辺りにはない、とわかるだけ友希はマシな方だった。悠人とアセリアは、永遠神剣を持っていない。そのため、怪しいところがないかどうか、足で探るしかないのだ。
 まるで砂漠に落ちた針を探すレベルの難易度だ。これなら、二人には家で神剣を持ってもらって、周囲を探ってもらったほうがいくらかマシかもしれない。

『ああ、それはやめておいたほうがいいかと。こちらの世界では、通常の神剣は消耗が激しすぎます』
『? そうなのか。そういえば、悠人の『求め』も、アセリアの『存在』も、なんか喋らなくなったって言ってたけど』
『私は主の体に入っていますからそうでもないですが。『求め』や『存在』は陸に打ち上げられた魚みたいな状態だと思いますよ』

 我々にとって、マナが薄い世界とはそういうものです、と『束ね』は言う。

『相当マナを溜め込んでいれば別ですが、こちらでは本当にいざという時以外は力を出さないほうがいいかと』
『そうなのか……』

 しかし、そうすると本気で自分だけが頼りなのだ、と友希は気を引き締めた。
 より深く『束ね』と同調し、周囲を探る範囲を広げ、

「あ……れ?」

 ふと。感覚の端に引っかかるものがあった。

 強い力を発している気配が、二つ。ファンタズマゴリアであったなら気付けなかっただろう。地球の、薄いマナだからこそ、ほんの少しだけ目立っている気配を見つけた。
 ……そう、これは。力を発揮していない状態の永遠神剣の気配。片方は、友希はよく知っている。

 ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打ち始める。

『主、二時の方向です。背の高いビルの屋上。力を使い過ぎると気付かれるので、視力だけ強化します。落ち着いてくださいね』
『……ああ、わかった』

 体内にある『束ね』から、僅かに力が瞳に供給され、友希の目は下手な双眼鏡より遠くを見通せるようになる。
 そして、『束ね』の忠告通りにゆっくりと数キロ離れたビルの屋上へと目をやり、

「――!」

 叫びそうになる口を、無理矢理に抑えた。
 二度、三度深呼吸し、固く握りしめた拳をゆっくりと解き、丁度あった自販機でカフェオレを買う。

 ホットの缶を一息で飲み干し、スチール缶をマナの強化なしに握り潰す。

「……あいつ」

 友希の視線の先にいるのは、間違いなくあの黒い剣士。自分たちがこちらに来ているのだから、あの剣士も来ていておかしくはない。
 そのことに気付かなかった自分に腹が立つが、見つけた以上、このまま許すつもりは――

『主』
『〜〜〜! わかってるよ』

 またしても頭に血が上りかけたことに気付き、友希は頭を振って乱暴な思考を追い出す。思わず『束ね』から力を引き出しそうになったのを、『束ね』側からキャンセルされた。小さく『悪い』と漏らす。

 ガシガシと頭を掻き、無理矢理知恵を働かせる。

『……しかし、実際のトコもう一回戦う羽目になると思うぞ。僕のことに気付いていない今のうちに仕掛けるのは悪くないと思うけど』
『でも、隣の幼女はどうするんですか。並んでいるところから見て、あの黒い剣士の味方だと思いますが』

 友希は剣士の方にしか目が行っていなかったが、確かに見慣れぬ女の子が一人、剣士の隣に立っていた。
 彼女の方からも永遠神剣の気配を感じる以上、剣士の仲間なのだろう。が、年齢が二桁も行っていないように見える少女だ。脅威は感じなかった。

『あんなちっちゃい子がいたからって……』
『それを言うなら、オルファリルやネリーやシアーにニムントールはどうなんですか』

 今上がった四人は、皆友希より年下の女の子だが、戦場では彼女らも一騎当千の兵だった。

『う……』
『少なくとも、あの剣士と互角以上。そう想定しておいたほうが無難では』

 黒い剣士一人でも、悠人とアセリアの力を借りて、どうにか生き延びることができたのだ。そこに仲間が加わる。
 ――自分だけで奇襲を仕掛けた所で、仇を討つどころか、生き延びることすら難しいと判断せざるを得ない。

『……あ』

 そう考えていると、ビルの屋上から二人の姿が消えた。慌ててもう一度探ると、屋上から降りただけらしく、相変わらず二人の気配は感覚の端に捉えられている。
 ……こちらに向かってきていないため、友希のことに感づいて始末に乗り出したわけではないようだった。

 それに安堵してしまった自分に舌打ちをして、友希は踵を返した。

『一旦戻るぞ。あんなのがいるんじゃ、神剣を持ってない悠人とアセリアはいい的だ』
『はい、私もそれが妥当だと思います』

 一応、正午には友希の家に集合としてあった。携帯電話を持っていない二人に連絡は取れない。早めに帰ってくることを期待して、家に戻るのが得策だろう。

『……しかし』
『? どうした、『束ね』』
『主、これって偶然ですかね? あの謎の神剣使いが襲ってきて、そこへ都合よく門が出現して、全員飛ばされたのがこの地球です。門って、別にファンタズマゴリアと地球の間だけにあるわけじゃないですよ』
『連中は、門ってのがいつどこにできるかわかるってことか……? それで、僕達をここに飛ばしたのも意図的だと?』

 『束ね』はしばらく沈黙してから、切り出した。

『……覚えていますか、あの黒い剣士が、自分の神剣のことを第三位『無我』と言っていたでしょう』
『言って……たか?』

 友希はあの黒い剣士を見た途端、理性がブチ切れたし、後半少し冷静になってからも、余裕がなくて男の細かい言葉を覚えてはいなかった。

『確かに。……本当に第三位の神剣使いなら、つまりあの男は、エターナルということになります』
『前ちょっと聞いたけど……。なんか、普通の神剣使いとは違うんだよな?』
『ええ。第四位までと、第三位から上の神剣使いでは、決定的な違いがあるそうです。……具体的にどう違うかは、私も知りませんが』

 『束ね』がより上位の神剣『紡ぎ』より生まれた時、引き継いだ知識の一部らしい。
 しかし、引き継ぐ際に相当に劣化しており、詳細は不明だとの事だった。

 確かに、五位の友希が四位の悠人相手にもそれなりに戦えるのに対して、悠人は第三位というあの剣士に手も足も出なかった。
 しかし、そういう単純な力の強弱の問題ではないらしい。

『……どちらにせよ、今のこの状況は、連中がお膳立てした、という可能性は考えられませんか?』
『……確かに』

 一人と一振りは、そこで揃って沈黙した。

 しばらく無言が続き、ぽつりと、

『気に入らないな』
『はい』

 そう、強く思う。

『いつでも殺せる力を持っているくせに、自分たちの筋書きに私達を乗せようとしてますね。……そんな糞みたいな脚本、願い下げです』

 考えてみればいくつも心当たりはあった。
 初めて会った時、あの黒い剣士は悠人を殺すことは出来ないからと引き、
 次に会った時も、よくよく考えてみればあの力量なら自分たちを皆殺しにできたであろうし、
 極めつけに、地球に帰ってくるという奇跡。

 なにかしら、良からぬ思惑があるのが透けて見えてきた。

『僕も、そんな筋書きはゴメンだ。ひっくり返してやる』
『はい』

 そう、二人は誓った。




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