ファンタズマゴリアの外側。
 人やスピリットには理解しえない領域に立つ二つの影が、箱庭のように見える世界を睥睨しながら言葉を交わしていた。

「さて、タキオス。貴方はどう見ますか?」

 問うのは身長を超える杖を構えた聖女のような童女。
 現在、ファンタズマゴリアの舞台裏を統括しているエターナル、テムオリン。

「そうですな……」

 主である彼女の問いに、顎を撫で付けながら考えている巨漢が、テムオリンの右腕であるエターナル、タキオス。

 ファンタズマゴリアを巡る争いを影で操っている二人が話し合っているのは、彼らの計画の中心となる神剣の一本、『求め』についてだった。

「……少々、良くない流れですな。あのユートというエトランジェ、あ奴は『求め』を掌握しつつあります。もし奴が勝ち残り、世界を作った時……こちら側に、付くかどうか」
「まあ。最初は貧弱な坊やだと思っていたのに、予想以上の成長ですわね」
「ええ。時深が目をかけていた理由もわかります」

 テムオリン陣営には、時深のように未来を見通すような能力を持つものはいない。今回、ファンタズマゴリアに召喚されたエトランジェ達を自分達で選んだわけではないのだ。あれはあくまで、四神剣が自ら選んだ契約者である。
 どんな輩が選ばれても、状況をコントロールする自信はあったのだが、いささかテムオリンの想像を超える事態になりつつあった。

 予想では、この時点で最低でも半分以上は『求め』に支配されているはずの悠人が、未だ完全な正気を保っているのだ。

「流石に、『因果』の主程には突き抜けてはいないようですが」
「ええ、そうですわね。正直な所、『空虚』の主には感謝しないといけませんわ。時には、ああいう人間もいるものですわね」

 もっとも、それを言うならば当初は光陰こそがテムオリンたちにとって頭痛の種だった。
 神剣に支配されるどころか、初めて手に触れた時から完全に『因果』を掌握する精神力。今まで無数の新剣使いを見てきたテムオリンをして、二十年も生きていないのに、あそこまで強靭な意志の持ち主は片手で数えられる程度にしか心当たりがない。
 彼が万が一勝者となった場合、間違いなくテムオリンたちの強力な敵となっていただろう。

 だが、その心配は最初のうちに消えた。彼が、なんと『空虚』の主のため、『求め』と『誓い』を倒した後は自らを負けを受け入れるというのだ。
 愚かとしか言いようがないが、テムオリンたちにとっては好都合である。

 こうなると、勝者候補はとっくに『空虚』に呑まれている今日子、『誓い』に知らず知らずのうちに支配されている瞬、『求め』の干渉に潰されつつある悠人、と、誰が勝利してもテムオリンたちの計画に支障がない者達ばかりだ。
 ……と、そういう見通しだったのだが、今になってどうにも『求め』の主である悠人が難しい状態になっていた。

「ラキオスが戦争に勝ち抜いた場合、少々面白くない事態となりますな」
「ええ。サーギオスの坊やが勝つように仕向けないといけなくなりますわね。あまり主演を弄るのはしなくないのですけれども」

 "テコ入れ"が必要だった。
 ファンタズマゴリアの様相を歌劇かなにかのように思っているテムオリンにとっては業腹だが、しかし進行に致命的な影響が出る前にどうにかするのも、また監督の役目である。
 この時、彼女たちの予想外のことがもう一つ進行しつつあったのだが、そのことについては二人共気付いていなかった。

「ふむ……」

 『求め』とその主についてどうするべきか。テムオリンは、見た目にそぐわぬ悪辣な思考回路を回転させる。
 幸いにして、今は時深の干渉を受ける心配は少ない。彼女は、ハイペリアでテムオリンとは別口の事件の対処に追われている。『求め』を自分たちの手で殺すなどは論外だが、多少の無茶は可能だ。

「ああ、そうですわ」

 ぽん、と嬉しげにテムオリンは手を叩く。まるでとっておきの悪戯を思いついたような邪気のない笑顔で、思いついた策をタキオスに開陳した。

「ほう……成る程」
「どうです? 中々面白い趣向でしょう」
「ですな。……では私が直接出向くとしましょう」
「あら。このような雑用、メダリオかミトセマールにでも命じれば良いのに」

 二人の部下の名前を言うテムオリンに、タキオスは首を振る。

「あやつらでは、勢い余って殺してしまいかねません」

 表面上では優男だが、その実激しい気性のメダリオや、本能に忠実で攻撃的なミトセマールに任せるのは不安が残る。テムオリンですら名前を挙げなかったもう一人は問題外だ。

「それに……時深が目をかけているというあ奴の力、私直々に試してみたくあります」
「それが本音でしょうに。まあいいわ。好きになさい。『求め』程度で貴方が満足出来るとは思いませんが」
「いえ、もう一人おります」

 タキオスの言に、テムオリンが首を傾げる。本気でわからない様子の主に、それも無理はあるまいとタキオスは思った。
 この計画においては、本当に木っ端のような存在で、いてもいなくても構わない者である。多少戦場で活躍しようが、エターナルという存在から見れば、その程度だ。

 だが、

 と、タキオスは、ファンタズマゴリアでの計画が終わるまではと、あえて残した掌の傷を見る。

「……さて、それでは失礼いたします」

 僅かな期待を胸に、タキオスはテムオリンに一礼し、その領域から立ち去るのだった。





























「ふう」

 深夜。少数で奇襲を仕掛けてきた稲妻部隊を危なげなく退けた悠人は、敵の気配が過ぎ去ったことを確認して一息ついた。

「ユート、敵は?」
「ああ。もういない。相変わらず、無理はしない方針みたいだな」

 悠人と共に見張り当番だったアセリアが、近付いてきた。
 と、その後ろに、丁度悠人とアセリアに差し入れの珈琲(っぽい飲み物)を持って来てくれた友希もいる。

「僕の手伝いはいらなかったな」

 偶然にでも鉢合わせてしまったからには、友希も当然のように剣を抜いて参戦した。
 しかし、奇襲してきた五人のうち、四人までもが瞬く間に悠人とアセリアによって蹴散らされ、あまり活躍の場面はなかった。

「いやいや、『サプライ』だったっけ。友希の魔法、すげぇ効いたよ」
「ならよかった」
「ん」

 同じく友希の魔法の恩恵を受けたアセリアも、小さく頷いて感謝を示す。わかりづらいが、アセリアにとってはかなり大きな感情表現だった。

「でも、実際今日のは良い感じだったかな。俺とアセリアのコンビネーションも、けっこういいセン行ってるんじゃないか?」
「あー、そうだな。息ぴったりって感じだ」

 友希の『コネクト』の魔法も、戦場でも互いの意思疎通を可能にするが、今日の悠人はその恩恵がなくてもアセリアがどう動くか手に取るように分かった。アセリアと自分の意志が完璧に一致したあの感覚は、なんとも嬉しいものだ。

「まあ、戦うのはやっぱりあんまり好きじゃないけど、ちょっと嬉しいな。アセリアはどうだ?」

 問われ、アセリアが僅かに俯く。しばらく沈黙があって、アセリアは顔を上げ、

「ん。私も嬉しい、と思う」

 そうはっきりと言った。
 悠人は嬉しくなる反面、友希はいたたまれなさそうに視線を彷徨わせた。

「……んじゃ、悠人。僕は明日朝の当番入ってるから、もう寝るわ。おやすみ」
「ああ。本当に助かったよ、友希」

 友希に別れを告げ、ここからは退屈な見張りが続く、

「あ、そうだ。なんなら、俺が言っとくから、明日の朝は少し遅れても――っ」

 はずだった。

「……っ!?」

 突如として巨大な力の気配が現れ、全員が警戒態勢に入った。

「なんだ、この感覚……! おい、バカ剣!?」

 ビリビリと肌を突き刺すような気配。暴悪なまでのマナの気配は、間違いなく永遠神剣のそれだ。
 しかし、その力の規模は、アセリアや友希はおろか、悠人の『求め』をすらも完全に凌駕している。

 夜の闇と林に紛れて見えないが、間違いなく、数十メートルと離れていない場所に得体の知れない何かがいる。
 敵か、味方か。どちらにしても、尋常の相手ではない。どのような相手か見極めようと悠人は目を凝らすがと、ふと隣の友希の様子に気が付いた。

「あ……あ……」
「お、おい、友希。どうした?」

 力に当てられたのか、それとも別の理由か。呆然としている友希に、悠人が声をかける。

 悠人はまだ気付かなかった。無理もない。いくら衝撃的な出会いだったとは言え、悠人と彼の対峙はほんの一瞬。気配だけで察するのは難しいだろう。

 しかし、友希は気付いた。

 故に、影が歩み出て、その相貌が月明かりで僅かに露わになった瞬間、友希は『束ね』を取り出し、全力で駆けていた。
 同時に、影の顔を見た悠人が、友希の様子の理由に思い至るが、止める暇はない。

 友希の暴走する感情が限界を超えて『束ね』の力を引き出し、踏み出す足が爆発するかのような疾駆で相手との距離を一瞬にして塗り潰す。

「ガァァァァアアアアッッッ!!!」

 そして、獣のような雄叫びを上げながら、今までで最大の輝きを発するオーラフォトンを『束ね』に纏わせ、悠人も思わず目を剥くほどの一撃を放った。
 会心の一撃。そう評して問題ない威力。悠人の知る限り最強の防御力を誇る光陰でも、その盾を砕いて重傷を負いかねない。そんな、渾身の攻撃だった。

 しかし、

「ふむ、悪くない」

 それをなんなく掌で受け止めた黒い剣士は、短くそう評して、友希を弾き飛ばした。

「ぐっ!?」

 それだけで、抵抗することもなく友希は転がった。
 その様子を見て、黒い剣士は掌を友希に見せる。

「が、まだまだだな。正直な所、拍子抜けだぞ。いつぞやの妖精は、俺の防御を見事抜いたものだが」

 ギリ、と友希が歯を食いしばる音が、離れている悠人にも聞こえた。

「て、メェが、ゼフィのことを語るんじゃねぇっっっ!」

 友希が激高し、更なる一撃を見舞う。
 怒りに囚われていても、積み重ねた鍛錬は裏切らないらしい。悠人も一緒にイスガルドに叩きこまれたサルドバルト正統の剣術が、男のがら空きの脇腹に吸い込まれ、

 ガツン! と、激しい火花を散らしながら、呆気無く弾かれた。

「ふん!」

 途端、男の全身から衝撃波が放たれる。
 悠人のところにまで充分な威力を保って届いたそれによって、攻撃に傾倒していた友希の体はやすやすと吹き飛ばされ、悠人のところまで転がってくる。

「友希! 無茶するな!」
「離せ悠人!」

 再び駆け出そうとする友希を、悠人が必死で引き止める。

 先ほどの衝撃は、単に男がオーラフォトンを開放しただけだ。ただそれだけで、我を失っていたとは言え、友希を吹き飛ばす程の衝撃波が生まれる。
 今も体を叩くそれに、実力の差を思い知らずにはいられない。闇雲に立ち向かっても、結果は火を見るより明らかだ。悠人は強引に友希を後ろに下がらせた。

「……おい、アンタ。前にイースペリアで会ったな。何者だ」

 無言で悠人の隣に控えてくれるアセリアに頼もしいものを感じつつ、悠人は問いただした。

「何者、か。そんなことはどうでもよかろう」
「じゃあ、質問を変える。一体、なんの用だ」

 少なくとも、友好的な接触ではありえない。しかし、サルドバルトやサーギオスに属している、という感じでもなく、目的がわからない。

「簡単なことだ。ラキオスのエトランジェ。主の命令でな……お前を、殺しに来た」

 そう宣言すると共に、今までに倍するプレッシャーが悠人たちに襲いかかる。
 周囲の木々が、それだけでへし折れそうになっていた。男のマナは、底が知れない。しかし、逃げ切れる相手でもない。

「……友希、アセリア! 腹括るぞ。ここで倒さなきゃ、みんな殺されちまう!」
「ん!」

 悠人の隣に並ぶアセリアが一歩前に出て、『存在』を構える。

「友希!」

 後ろにいるはずの友希に話しかける。
 今の友希がどういう状態か、悠人にはわからない。

 例えば、アセリアが目の前の剣士に殺されていたらと想像すると、悠人も胸を掻き毟られるようになる。アセリアでなくても、友希が、エスペリアが、オルファリルが……
 まだ、幸運にも親しい仲間を殺されたことのない悠人には、想像も出来ないほどの怒りを覚えているのだろう。とても普段通りに戦えはしないはずだ。

 しかしそれでも、悠人は信頼を込めて言った。

「――後ろ、任せたぞっ!」

 そして、悠人とアセリア、ラキオス最強の二人が、黒い剣士に向けて突撃していった。



















 今対峙している黒い剣士のことを、友希は一日たりとて忘れたことなどない。ゼフィを殺されたあの時の怒りは、表にこそ出なくなったが、ずっと胸の奥で燻り続けていた。
 あの男の顔を見た瞬間、それが凄まじい勢いで燃え上がり、気が付くと『束ね』を全力で振り回していた。

 ほんの数十秒の交錯だったが、それだけで一時間は全力戦闘したかのような重い疲労感が全身を包んでいる。見境無くマナを浪費した結果だ。

 しかし、なにやら気分が高揚している。先程までの怒りの熱ではない。この気持ちの名前が出てこないが、やるべきことは決まっている。
 あんな風になった友希を見ても、悠人は『任せる』と言ってくれたのだ。ならば、応えないといけない。

『主』
『悪い。『束ね』。ちょっとどうかしてた』
『ええ。主が一人で切った張ったしても、たかが知れています。悠人さんやアセリアさんの力を借りて……"やっちまいましょう"』
「おう!」

 最後は肉声で答えて、今までで最速のスピードで魔法陣を展開する。脳内に『束ね』から送られてきた情報が疾走する。

 今まさに、黒い剣士に斬りかかろうとしている悠人とアセリアに、友希は自分のありったけを送り込んだ。

「『サプ、ライ』!」

 全霊を込めたオーラフォトンが、悠人とアセリアを強化する。

「ぉぉぉおおおお!」
「ヤァァァァ!」

 途端、悠人とアセリアの動きが早送りをしたかのように速くなり、二人がかりの怒涛の攻撃が始まる。
 瞬きほどの刹那に三回、四回と斬りつけるアセリアに、一発で要塞を粉砕しかねない破壊力を秘めた悠人の重連撃が次々と男に命中し、その巌のような体躯を揺さぶった――だけだった。

 男は片手を掲げ、バリアのような障壁を巡らして、ただ二人の攻撃を全て受けきっていた。ただの一歩も動かず、かすり傷ひとつ負っていない。

「な、なんだコイツ!?」
「っ」

 攻撃を加えている二人も焦り始める。
 勿論、友希も内心驚愕していた。

 友希の全力攻撃を防いだのはまだわかる。エトランジェとは言え、また暴走状態で過剰な力を発揮していたとは言え、やはり友希の本質は攻撃型ではない。男の圧倒的なマナがあれば、防いだ所で驚くことではない。
 しかし、友希の支援を受けた悠人とアセリアの攻撃を、全て平然として受け切るなんて、桁が違うどころの話ではない。次元が違う。

「ふん!」

 男が、手にした身の丈程の大剣を一振り。軌道上にいた悠人とアセリアを諸共に吹き飛ばす。
 受けた神剣の軋む音が、友希のいるところにまで届いた気がした。

 幸いにも傷は負わなかったが、吹き飛ばされた勢いを利用して、二人は一気に友希のいるところにまで下がる。

「く、な、なんだこの力」
「……強い」

 悠人が吐き捨て、アセリアが珍しい弱音を吐く。まったく友希も同感だった。しかし、ここで引くという選択肢はない。
 悠人達の前に出て、『束ね』を男に向ける。

「でも、ここで逃げる訳にはいかない」
「! ああ、当たり前だ!」

 悠人が勢い良く立ち上がり、アセリアがそれに続く。

 ――正直な所、三人がかりでも勝てる可能性は低い。しかし、ここにいる三人で勝てないなら、数を増やしても状況はそれほど変わりない。例え逃げた所で犠牲者が増えるだけだ。
 全力で抗うことを、全員が心に決めていた。

 と、

「な、なんだ!?」

 キィィーン、と甲高い音が、悠人の『求め』とアセリアの『存在』から響いた。

『! これ、"共鳴"ですよ、主』
『な、なんだそれ!?』
『前、マナ消失の時にゼフィとやったでしょう! 二つの神剣の力を合わせて爆発的な力を発揮することです。まさか、素でできる神剣があったなんて!』

 言われて、友希も思い出した。友希の技量ではまだ御しきれなかった『レゾナンス』という魔法の効果が確かそういうものだった。
 あの時は、相当に消耗した状態にも関わらず、マナ消失の破壊力から生き延びたのだ。あれと同じレベルで力が増幅するなら、この黒い剣士にも勝ち目はある!

「悠人、アセリア! それは共鳴だ! もっと合わせろ!」
「あ、ああ! アセリア、俺の神剣と鼓動に合わせてくれ」
「うん……やってみる」

 その様子を見て、対峙する男も剣を掲げて見せる。

「ほう……しかし、なにをやろうとも俺とこの永遠神剣第三位『無我』には遠く及ばん。覚悟を決めろ」

 実際にその通りだ。悠人とアセリアの共鳴による力は、男との差を相当に埋めたが、まだ届かない。共鳴には相当繊細なマナのコントロールが必要なのか、先程から妙に安定しないのだ。
 完全に共鳴すれば、男にも負けないのに――そう考えると同時に、友希は魔法陣を展開していた。

「んなこと……やってみなくちゃわからないだろ!」
「……ああ、『コネクト』!」

 友希、悠人、アセリアをつなぐマナのネットワークを形成する。本来は、自身のマナもそのネットワークに乗せるのだが、今回はあえて友希は自分のマナを極限にまで抑えた。
 マナの線で繋がったことで、悠人とアセリアの共鳴が、急速に安定していく――!

「ユート、わたしの力、全部ユートに!」
「よし、これなら! ぉぉ、『求め』よ、力を振り絞れぇ!」

 上限などない、とばかりに、悠人の持つ『求め』から力が噴出する。
 流石の男も、目を見張った。

「ふん、そろそろか……」

 そして、友希達には聞こえない、何事かを呟いたかと思うと、『無我』と読んでいた永遠神剣を振りかぶった。

「よかろう、そうまでして抵抗するならば、受けて立ってやろう」

 もうこれ以上はないだろう、というところから、男の圧力が更に増した。もう友希には、悠人と黒い剣士、どちらが強いのか判別出来ない。

「この世界の、マナの塵に還れ!」

 男の振るった剣から発生した、黒い衝撃波が地面を抉りながら殺到し、

「お、ォォォオオオオオ!」
「ィヤアァァァ!」

 それを押し返すように、悠人から金色の光が放たれた。

「んぎ!?」

 二人の力の仲立ちをしている友希にも、強烈な負荷がかかる。しかし、実際に力を振るっている二人の方が余程辛いはずだ。

「アセリアァ!」
「ユート!」

 押されつつあった金色は、徐々に黒を押し返し始め、

「フン!」

 男の気合と共に、今度は互角となった。
 しかし、不味い。互角では、相当に無理をしているこちらが先に力尽きる。事実、男は余裕とは言わないが、まだまだ力の放出は止みそうにない。

 万策尽きたか、と友希が諦めかけたその時、軋みを上げていた空間が砕け散った。

(――なっ!?)

 突然、地面の感覚が消失する。
 男との力のぶつかり合いに競り負けたのではない。光りに包まれ、どこかに吸い込まれるこの感触。これは、この世界に来た時の、

『主! 門が開きます! 衝撃に備……』

 『束ね』の声も、途中から聞こえなくなる。
 やがて、地面どころか、自分の体の感覚すら消え去り、友希と悠人、アセリアの姿はファンタズマゴリアから消え失せた。























「ふむ」

 剣を振り切った体勢から、男――タキオスは、ゆっくりと構えを解き、圧倒的な巨剣『無我』を背中の留め具に収める。

 肌にヒリヒリとした感覚が残っている。先ほどの攻撃の余波だ。同時に、気分が高揚しているのを感じた。
 もし、あの競り合いに負けていたら、タキオスとて手痛いダメージを受けていただろう。それだけの力を、敵が持っていることが嬉しい。

「しかし、さて。二人も余計なものが付いていったか……」

 今回の作戦の目的は、『求め』の主である悠人の力を削ぐか、『求め』からの侵食率を増やすこと。
 単純に殺すわけにはいかない。しかし、あまり手をかけ過ぎると、間違いなく他のスピリットの邪魔が入る。

 邪魔立てするスピリットを殺して、下手に各国の戦力の均衡を崩すわけにもいかず……という建前で、その実、単に『面白そう』という理由でテムオリンが提示した策が、悠人をハイペリアに戻し、しかる後に手を加えようというものだった。

 まあ、余計なものが二人くっついた所でテムオリンも文句は言わないだろう。むしろ、面白い、と評しそうだ。
 あの方の遊び心にも困る、とタキオスは内心溜息をつきながら、『渡り』の力を使う。エターナルに許された、世界間の移動能力。テムオリンの策のため、タキオスもハイペリアへと向かわなければならない。

 その頃になってようやく、異変に気付いたスピリット達が駆けつけるが、もう遅い。

「貴方! 一体何者……」

 先頭にいるグリーンスピリットの誰何の声を無視し、タキオスもその場から消え去るのだった。




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