光陰の来訪から一時間。
 あれ以来、稲妻部隊が襲ってくることもなく、警戒範囲からスピリットの姿は消えていた。

 光陰のあの気配を消す能力による奇襲を警戒しつつも、そのような気配もない。
 相手の出方が気になるものの、いつまでもここで休憩しているわけにもいかず、日も落ちたので行軍を再開していた。

 日が落ちると、途端に冷え込む気候に辟易としながらも悠人と友希は並んで歩く。

「悠人……スレギトは、後少しだよな?」
「ああ。このペースで後三十分ってとこだ」
「……スレギトに籠城されてんのかな。ここまで妨害がないってなると」

 そうなると、アウェイの砂漠で補給線が貧弱なラキオス勢は厳しい戦いを強いられるだろう。
 友希たちに少し遅れて、他のスピリットに護衛された人間の補給部隊がやって来ることになっているが、下手をすると稲妻に叩かれている可能性もある。

 そうなった場合、背水の陣でスレギトを落とすか、形振り構わず逃げ帰るくらいしか選択肢がない。
 勿論、補給部隊の護衛のスピリットもエーテルによる強化はされているが、この一軍とも言える面々に比べると、与えたエーテルに対する成長率は捗々しくなかった。

「かもなあ。……まあ、やるしかないけどさ」

 そんな、苦虫を噛み潰したような顔で言われても、全く頼りにならない。
 光陰との遭遇からこっち、悠人はこの調子だ。悠人に比べて付き合いの浅い友希ですら光陰と戦うことに二の足を踏んでいるのだから、ずっと幼い頃からの付き合いである悠人の心情は言うまでもない。

 が、それはそれとして、隊長である彼の戦意が萎えているのはいただけない。立場的にも戦力的にも、悠人がこのスピリット部隊の要なのだ。苦戦する程度ならいい、負けても次があるならそれで構わない。
 しかし、誰かが戦死でもしたら、他ならぬ悠人が自分自身を許せなくなるだろう。
 確かに攻めこむ前に充分な訓練はした。お陰で全員地力は上がっているし、友希に至っては新しい魔法も覚えた。だが、断じて死ななくなったわけではない。

「ほら、隊長! しっかりしてくれよ」

 ばんっ、と友希は悠人の背中を強めに叩いた。『っとと』と悠人はたたらを踏み、居心地が悪そうに頭を掻いた。

「わかったよ。うん、俺が悩んでちゃいけないな」
「ああ。僕も手伝うから頑張ろう。新しい魔法も覚えたし。……後、悩むなら、戦場から帰ってからな。そんときゃ愚痴くらい聞くからさ」

 『サンキュ』と小さな声で礼を言って、悠人は再び歩き始める。先ほどまでの不安げな足取りは、なんとかマシになったようだ。

「ったく。悠人は頼りになるんだか、ならないんだか」

 友希が嘆息していると、ふと後ろを歩いているエスペリアと目が合った。
 彼女は悠人の姿を頼もしそうに見てから、友希に軽く会釈する。

『……嫁っぽいですね』
『だなあ』

 明らかな信頼関係が見て取れる悠人とエスペリアだが、悠人が想っているのはアセリアだというのだから、中々に第一宿舎の事情も複雑らしい。

「パパ〜〜! オルファ疲れちゃった〜。おんぶしてー」
「っと、おわ!? オルファ、元気だろお前!」

 オルファリルに背中に飛びつかれ、悠人が文句を言う。

『……訂正、案外複雑じゃないかもしれない』
『なんとも平和な――』

 と、気を抜いたのがいけなかったのか。

 ゾクリ、と友希の背筋に冷たいものが走った。

「……オルファ、どいてくれ」
「パパ?」

 悠人も気が付いたらしい。
 神剣の位の差のためか、こと物事の感知に関してはエトランジェ二人の感覚はラキオスでも群を抜いている。

 突然襲いかかってきた違和感に、悠人はスピリット隊の集合を命じた。

 集まったスピリットたちが、不安そうな顔になる。

「ユートさま、どうされたのですか」
「うん……ちょっと待ってくれ。なんだ、『求め』? マナの調和が崩れた嵐……?」

 悠人は『求め』から、友希は『束ね』からそれぞれイメージを受け取る。
 それは、先のマナ消失程ではないが、スピリットを消滅させて余りあるマナの嵐のイメージだった。

「あれは!?」

 セリアが上空を指差す。
 そこには、砂漠ではありえないオーロラが広がっていた。

 ……友希にはわかる。あれはこちらにやって来る高密度のマナの余波だ。
 オーロラは激しく点滅し、徐々に大きくなっていく。

 既に、異変の先触れが届いているのか、各自の衣服――エーテル技術で作られた産物が、金色の光を放っていた。……これは、服の一部がマナに還っているのだ。本来の威力が届いたら、スピリットや永遠神剣も一緒にマナの塵に還る。

「――!? 全員、転進。逃げるぞ! 俺がしんがりだ! ……気張れよ、バカ剣!」
「悠人、援護する!」

 悠人の足元に広がった魔法陣に、なにをしようとしているのか察した友希は、同時に魔法を使うことにする。折角新しい魔法を覚えたが、ここではそれは不適切、今まで慣れ親しんだ魔法陣を展開した。
 『求め』と『束ね』、それぞれ異なった魔法陣が双円を描き、オーラフォトンが噴出する。

「レェジィィストッ!!」
「サプライ!」

 悠人が展開した抵抗のオーラに友希更に力を加える。
 直後襲いかかってきたマナの衝撃波に、二人は神剣を支えに耐え忍んだ。

「ぐぅぅっ……!?」
「な、んだこれ?」

 負荷が半端ではない。並のレッドの魔法なら容易に掻き消してしまう悠人の抵抗のオーラが、友希の支えを加えても威力を逸らすことしかできていなかった。
 オーラを突き抜けた一部が、服の袖を分解する。

 あまりの異変に驚愕しながらも言われた通り整然と逃げる味方の姿をちらりと見て、悠人は気合を入れ直す。

「友希! 全員が撤退したら、オーラの範囲を狭める。俺の傍から絶対離れるなよ」
「了解!」

 スピリットの魔法などという規模ではない威力だったが、全力を出せば堪えるだけならばそう難しくはなかった。
 数分待って、全員が逃げたのを確認してからオーラの範囲を狭めると、一息つく余裕も出来る。

「……俺と友希だけなら突破出来るかもしれないけど」

 奥に行けば更にこの嵐は激しくなっているだろうが、数メートルにまで抵抗のオーラの範囲を狭め密度を高めた今なら、突き抜けることも不可能ではない。
 嵐の奥の方を見つめる悠人を、友希は呆れて引っ張る。

「後が続くわけないだろ。敵地で孤立して、どうする気だよ」
「わかってるよ」

 きっと、この嵐の向こうにいる光陰や今日子のことを気にしているのだろうが、むざむざ殺されにいくようなものだ。

 名残惜しそうにする悠人を引っ張って、友希はランサへと撤退を始めた。







































「ってわけだ。本来なら欠陥品の兵器を、よくもまああそこまで仕立てあげたもんだ」

 悔しそうに、だがどこか感心しているように、ヨーティアは話をそう締めくくった。

 集まった面々――レスティーナ、悠人の二人は、揃って難しい顔をしている。

 砂漠で、悠人たちが遭遇したマナの嵐。あれはマナ障壁と言って、ヨーティアが帝国時代に開発したものだという。ダスカトロン大砂漠のような、マナが極度に薄い空間に大量のエーテルを放射し、そのエーテルがマナに戻る際に発生する力を利用した兵器。
 エーテルを送信する発信側と、受け取る受信側の二つの装置の間は、何者も通れない絶対的な障壁として機能する。

 サーギオスでは運用できる土地がなく、結局廃棄されたアイデアだったそうだが、それがどういうわけかマロリガンに流出していたらしい。

「ヨーティア殿が直接出向いても解除は叶わなかった、ということですか」
「ああ、情けない話だがね」

 だが、ヨーティアが作ったものということは、その止め方も彼女は熟知しているということだ。つい先日、『行けばなんとかなるさ』と軽い調子で悠人たちスピリット隊を護衛にこっそりと装置のところまで辿り着き、
 装置を止めると、同時にマナ消失が起こるという罠に、ヨーティアは撤退を余儀なくされた。

「マナ障壁の装置にあんな罠を仕掛けられる程の技術者。……まあ、一人心当たりがあってね。帝国研究所時代の同僚なんだが、多分そいつがマロリガンに流れてる。
 凡才だが、手抜かりはしない奴だ。装置を直接弄って止める手は使えないね」
「成る程……」
「それで、重要な装置なのに警備の一人も付いていなかったのか」

 護衛を務めた悠人は腕を組み唸った。
 非戦闘員であるヨーティアを伴った行軍に、神経をすり減らしていたのだが、結局一度も敵と遭遇しなかったのだ。もしかしたらあれは、止められるものなら止めてみろというあちらからのメッセージだったのかもしれない。

「……でも、装置までは辿り着けたんだ。スピリット隊だけなら、マナ障壁を迂回して攻めることは可能じゃないか?」
「こぉのボンクラ。そりゃスピリットだけなら行けるがね。スレギトの街を落としたとしても、占領する人間兵がいないとにっちもさっちもいかないだろうが。それとも、補給なしでマロリガンの首都まで落とせるのか?」
「む……」

 マナ障壁の背面はすぐに峻険な山脈があり、纏まった数の人間の軍が通ることは不可能だった。そもそも、砂漠での行軍に慣れていないラキオス兵が、順路以外を進軍するとそれだけで相当数の死者が出ることは想像に難くない。

「では、マロリガン側はどうやって装置のオンオフを切り替えているのでしょう? 向こうからこちらに攻めて来たり、撤退する際は装置を止めています。先程、二つの装置を同時に止めればマナ消失は起こらない、とヨーティア殿は仰いましたが、いちいちマロリガン側がそのような操作を?」
「ふむ、流石はレスティーナ殿。どこぞのボンクラとは目の付け所が違う」

 うんうんとヨーティアは頷き、馬鹿にされたと感じた悠人は憮然とした顔になる。

「ま、そんなコストのかかることはしてないだろうね。エーテルジャンプのないマロリガンじゃ、操作の同期を取るだけでえらい手間だ。考えられるのは、もう一つの装置であるデオドガン側には罠が仕掛けられていないか、後は……遠隔スイッチみたいなのを用意しているのかね」
「スイッチですか?」
「特定の波長のマナを飛ばして、それをキーに動作させるってのも、確か研究所時代に覚書を書いたことがある。まあ、それがわかっても、解析はほぼ無理だがね」
「そうですか。ヨーティア殿がそう言うなら、現状打つ手はない、ということですね」

 ことこの手の問題に関しては、ヨーティアに全幅の信頼を置いているレスティーナは、残念そうに肩を落とした。

「じゃあどうするんだよ? マナ障壁がある今、向こうはスレギトの防衛も捨てて全力で攻めてきてるぞ? このままじゃ……」
「あー、わかってる。少しだけ時間をくれ」
「ランサを落とされれば、敵の思う壺です。無理を言いますが、死守をお願いします」
「わかった」

 頭を下げるレスティーナに、悠人は力強く頷く。厳しい戦いになることは間違いないが、ラキオスの国土を荒らされる風景は悠人とて見たくはない。

「技術部の総力を尽くしてサポートさせます。ヨーティア殿、よろしくお願いします」
「あいよ。まあ、いくつか解決策に心当たりはあるさ」

 ニヤリと笑うヨーティアは頼もしい。
 これなら、遠からずマナ障壁は突破できるだろう、と悠人は確信し、

「失礼しますっ!」

 突然飛び込んできたスピリットに、顔を険しくさせた。

 彼女の顔は見覚えがある。エーテルジャンプ装置を利用して最前線と城との連絡役を務めるスピリットだ。
 その彼女が、立入禁止にしていた作戦室に飛び込んできたのだから、用件は大体わかった。

「敵か!? 数は?」
「ランサを攻めてきた敵方は、エトランジェを含めて十二体です。ユート様、急ぎランサへお戻りください」
「エトランジェ! 光陰か!?」

 よりによって、自分が報告のために城に来ている間に攻められるとは。
 一応、向こうの攻めの間隔からして、可能性の低い時間帯を選んだのだが、運が悪い。

 それも数が多い。総勢はラキオスの方が数名上回っているが、エトランジェがいるだけでそんな数の有利は吹き飛ぶ。
 友希の身に付けた新魔法はこういうこと向きだが、まだ実戦で使ったことがないから効果は未知数だ。

「すぐに戻るっ! ヨーティア、悪いけど、マナ障壁の件はよろしく頼む!」
「ああ、任せときな」
「ユート、武運を」
「サンキュ、レスティーナ!」

 悠人は作戦室を飛び出した。

 廊下を歩くのもまだるっこしく、強化した身体能力にものを言わせて窓から城を飛び出す。連絡役のスピリットはとっくに置き去りだ。

(みんな! 俺が行くまで持ちこたえてくれよっ)

 祈るように心で叫びながら、エーテル変換施設へと悠人は走った。





































 ランサ、外壁前。
 攻めこんできたマロリガンのスピリットに対し、留守を任された友希は必死で応戦していた。

 今まで悠人の留守の間はエスペリアが代役を務めていたのだが、今回から友希がその役を預かることになっていた。

「ニム!」
「〜〜、ニムって言うな!」

 ニムントール、というのは戦いの中では実に呼びにくいので、自然と皆と同じ呼び方になったのだが、戦闘中にも関わらず反論してきた。余裕あるな、と友希は思わず内心苦笑しながら、ニムントールと並んで防壁を展開する。
 突貫してきた四人のブルーは、二人がかりの盾に亀裂を走らせることには成功するが、そこまでだ。突進の速度が落ちたところで、友希とニムントールの背後から出てきたファーレーン、ヘリオンの二人の剣が襲いかかる。

「くっ!?」

 一人に手傷を負わせることに成功したが、流石はマロリガンの精鋭。一人も死ぬことはなく引かれてしまった。

 相手の撤退を支援するように、雨あられと降ってきた炎の雨を、自陣後方から飛んできた冷気が掻き消す。セリア、ネリー、アセリアの三人がかりのバニッシュだ。今回、攻めてきたスピリットは青が四人に赤が七。極端過ぎる構成に、攻めの要であるこちらの青は全員魔法の迎撃に回すしかなかった。

 お返しとばかりにオルファリルとナナルゥが放った炎が敵陣に襲いかかるが、すぐさま展開された緑色のオーラがその威力を大幅に減衰させる。

「っと。それは通す訳にはいかないな」

 声量は大きくないのに不思議とよく通る声で呟きながら、敵方のリーダー、因果の光陰が神剣を掲げて守護のオーラを放っていた。

 だが、オーラを展開している間は、流石の光陰でも防御も万全とはいかない。
 グリーンスピリットのいない敵の中で、こちらの直接攻撃をほぼ一人で全て防ぐという、化け物じみた防御能力を持つ光陰が見せた隙に、友希を先頭とした前衛が全員突っ込む。

 ラキオスのスピリットたちは一言も言葉を交わさずとも、それぞれがそれぞれの相手を見据え、誰一人としてお互いの邪魔をしない。それでいて、普段より動きは格段に良い。
 だが、これは単に訓練の賜物という訳ではなかった。

 能力的には、現在ラキオス軍で一番を誇る友希が、光陰を担当する。

「ッ、碧ィ!」

 知り合いに斬りかかるという行為に心が軋みを上げるが、無理矢理抑えつけて一撃を見舞う。

「チィ、御剣。お前、それどんなカラクリだ!?」

 光陰は『因果』を掲げてその一撃を防ぐが、腕が痺れるほどの痛撃に思わず本音が漏れた。
 前に会った友希からは絶対に考えられない威力の攻撃だ。この短期間でここまでレベルアップできるとは到底思えない。

 それに、動きが良いといえば、他のスピリットもそうだ。何人かは戦ったことがあるが、その誰もが以前より強い力を持っている。こちらも、単なる訓練やエーテルの投与による向上だけではない。

「秘密、だ!」
「そうかい!」

 続く連撃を、光陰は次は余裕を持って受け流した。
 守護のオーラを展開しているため、いつもより身体強化に回せる力は少ない。今の状態で正面から友希の攻撃を受け止めるのは分が悪いが、光陰には地球にいた頃から鍛えてきた技がある。ファンタズマゴリアに来てから剣を覚え始めた友希とは、根本の技量が違った。

 そのまま体が流れた友希に対して攻撃を加えるが、これは友希の盾に防がれた。

「流石に虫が良すぎたか……っと!?」

 光陰の視界に、ウイングハイロゥを広げ、凄まじいスピードで一直線に突っ込んでくるアセリアの姿が写った。
 気がつくと、こちらのレッドスピリットが一体やられている。その分、バニッシュの負担が減ったので、アセリアが動けたわけなのだが、

(おいおい、声かけの一つもなかったぞ?)

 神剣使い同士は、神剣通話と呼ばれる方法で声を出さずに言葉のやり取りができるが、それなりの集中を要するため戦闘時には普通はできない。
 だが、絶妙過ぎるタイミングでアセリアは斬りかかってきていた。ラキオスの青い牙は、光陰とて片手間に相手できる敵ではない。それに、友希も協力するように動いている。これまた、連携は完璧だ。

 オーラの展開を続けるのは難しくなってきた。しかし、やめると、向こうのレッドの攻撃魔法がダイレクトにやって来る。自分はいいが、味方の被害は馬鹿にならなくなる。

「……こりゃ駄目だな。撤退だ!」

 勝ち目が薄いと即座に判断して、光陰は撤退を指示する。
 瞬間、守りのオーラを解いて、全開でアセリアと悠人を一薙ぎした。

 小さな竜巻が巻き起こる程の斬撃だったが、友希と、いつの間にか駆け付けたニムントールの防壁が僅かに威力を減じて、その隙に攻撃範囲から逃れられた。

 ニムントールは確かに近くで戦闘をしていたが、光陰達には背を向けていた。しかし、光陰が剣を振り上げた時に迷いなく振り向いて、友希の支援に駆け付けた。友希も、それが当然のように盾を重ねるように発生させたのだ。

「……成る程ねえ」

 後方に飛び、撤退する味方を支援しながら、光陰は先程の光景を吟味する。

 これまでの戦いと、情報部が調査した友希の永遠神剣『束ね』の能力。
 それらを総合して、どういう力か見当はついた。

 厄介だな、と内心呟く。
 四神剣のエトランジェのように、わかりやすい攻撃や防御の力ではないが、戦争ではとても有用な能力だ。
 運良く悠人が留守で、もしやランサを落とせるかもと考えていたが、認識を改めないといけない。

「ふう〜〜」

 どうやら、あちらも深追いする気はないらしく、追撃はない。
 敵影が見えないほど離れてから、一息ついた。早めの撤退が功を奏して、こちらの被害は一体だけ。あちらは一人も落とせなかったので敗北には違いないが、まだ充分取り返せる範囲だ。
 それに、マナ障壁がある限り、最終的にはどう転んでもマロリガンの勝利に終わる。

 数秒、死んだスピリットの冥福を祈って、光陰はランサ方面を振り向いた。

「次はこうはいかないぜ?」

 そう宣言して、光陰は今度こそマロリガン方面への撤退を開始した。



































 ランサでの攻防が終了した後、念のため数人を見回りに出してから、友希は悠人とともに砦に戻っていた。
 光陰が撤退を指示して五分と立たないうちに悠人はやって来たのだ。既に戦闘が終わった様子を見て、悠人は心底安堵した。

「しかし……あの光陰を撤退に追い込むなんて。友希の新魔法って、強いんだな」
「いや、みんなのおかげだよ。僕の魔法、味方いないと意味ないしなあ……」

 エーテルを与えられ、神剣自体の地力が向上したことで使えるようになった友希の『コネクト』という魔法は、言葉通り味方がいないと意味のない魔法だった。

 通常、スピリットは、戦う際に使用するマナを全て無駄なく使えるわけではない。『コネクト』は、それらの無駄に浪費されるマナをお互いに融通しあうネットワークを形成する魔法だ。
 このため、扱える力の総量が増え、おまけにマナの動きで互いの意志を交換できる。全員の能力向上と連携力の向上。そして、全員のハブとして一番その力が集まる友希は、先の通り他のエトランジェには及ばずともそれに迫る能力を得る。

 この魔法に覚醒したからこそ、友希は悠人の名代を務めることになったのだった。

「それに、普通の小隊で動く場合は、悠人の使うオーラの方が効率いいし。まあ、防衛向きの魔法だな」

 そして、その特性上、場の人数が多ければ多いほど効果は高い。攻めの時には、中々有効活用は難しかった。

「いや、でもすげぇ助かるよ。これから、マナ障壁を突破するまで、ランサは死守しないといけないからさ」
「そういや、マナ障壁の件はどうなったんだ?」
「ヨーティアが解決策を探してくれるってさ。まあ、大天才様に任せとけば大丈夫なんじゃないか」

 口調はこんな風だが、悠人もヨーティアの技術力については信頼していた。
 ちゃんと時間を稼げば、結果を出してくれるだろう。

「そんなわけだから、シフト決めないとな。長期戦になるから、休みもなしじゃキツイだろ」
「そうだな」
「少なくとも、俺か友希、どっちかはいないと駄目だろうから……後はエスペリアとも相談して」

 二人は、今後のランサの防衛について話しながら、廊下を歩く。

 この日から、ラキオスとマロリガンの戦線は、しばらく膠着することになるのだった。




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