ラキオスから、スピリットの足で一時間程の地点。街道を駆けてきた友希は、後ろに続く二人に神剣による念話で停止を促してストップする。

「シアー、ナナルゥ、この辺でいいんじゃないか?」
「え、ええと……うん」
「はい。待機するのに適当な場所かと」

 友希の声に、シアーが消極的に頷き、ナナルゥは少し考えた後、そう答えた。

 サーギオス方面より、斥候と思われるスピリットの侵入あり。そう報告を受け、迎撃に出たのだ。
 昨日未明、サーギオスの領土を囲む城塞『秩序の壁』を越えてやってきたスピリット。旧ダーツィ領に駐屯している部隊が迎撃を敢行したが、失敗。大陸でも有数のスピリットの質を誇るサーギオスのスピリット相手では、ダーツィに配されていた二線級のスピリットでは足止めにしかならず、領土深くまでの侵入を許してしまった。

 時間稼ぎをしている間に、首都の本隊へ報告を上げることが出来たのは、運が良かったのだろう。単体で強力な力を持つスピリットの単騎駆けは、防ぐことが非常に難しい。人間では補足自体困難であり、同じスピリットで止めようにも、完璧な防衛線を敷くにはスピリットの数はあまりに少ない。
 有効な戦術ではあるが、ラキオスでは用いられない。返り討ちに遭う可能性は決して低くはないのだ。スピリットの数に恵まれていないラキオスには向かない。
 反面、強力なスピリットを多数擁するサーギオスは、この手の戦術を好む。

「よし。それじゃあ、ここで警戒を続けるか」

 今回のスピリットの進行経路から予測される目的地は、首都ラキオス。詳しい目的は不明だが、わざわざ敵の目的を達成させてやる理由はない。

「う、うん。わかった」
「よし」

 少し怖がっていながらもしっかりしたシアーの返事に、ぽんぽん、と頭を撫でてやる。くすぐったそうにするシアーだが、別に嫌がってはいない。最初はネリーに付き合って少しビクビクしながら友希と接していたシアーだったが、それなりに長い時間を共に過ごして、気を許してくれるようになっていた。
 敵を待つ身で、いささかのんびりしすぎな感はあるが、所詮常時気を張ることなどできない。このくらいリラックスして臨んだほうがいい結果がついてくる。
 こういう精神状態のコントロールも、訓練では厳しく叩きこまれていた。神剣使いは、その時のテンションにより引き出せる力が上下するので、特に重視されている。

「ナナルゥも周辺の警戒を頼む。この中で一番感覚が鋭いのはナナルゥだから」
「了解しました」

 コクリと頷くナナルゥ。彼女については、心配する必要はない。こと戦いとなると、常に安定したパフォーマンスを見せるのが彼女だ。永遠神剣に自我が半分くらい呑まれているおかげで日常生活では少しズレたところがあるが、こういう場面では頼もしい。

「て、敵さんこっちに来るかな?」
「さあ、わかんないけど、ここは一番遠回りなルートだからな。可能性は高くないと思う。ナナルゥはどう思う?」

 ダーツィ方面からラキオスに来るなら、おおまかな経路は三つだ。残りの二つにも、他の部隊が警戒に回っている。勿論、スピリットの身体能力を駆使して道無き道を無理に進むことも出来るが、そうした場合、疲弊したところを首都を守っている悠人達に返り討ちだ。

「はい。確率は確かに低いと思います」
「そっかぁ」
「シアー、だからって気を抜いていいってわけじゃないぞ」

 あからさまに肩の力を抜くシアーに、一応釘を刺しておく。気を張りすぎるのも良くないが、ここまで無警戒になるのはちょっと違う。シアーは、バツが悪そうに『うん』と頷いた。

「もし敵が来た時は、シアーが攻撃、僕が防御担当。ナナルゥは魔法で援護。これを基本にして、後は臨機応変に。で、いいよな?」

 一緒に来たのが、第二宿舎の中でも特に主体性のない二人とあって、自然とリーダー的役割に収まった友希がそう提案する。

「はい」
「わかった」

 反論もなく、ポジションは決定した。と言うより、これ以外にこの三人では運用のしようがない。
 シアーは攻撃には目を見張るものがあるものの、防御に難がある。青に特有のバニッシュ系もセリアやネリーに比べて苦手だ。シアーが直接攻撃、ネリーが魔法が得意、というのはそれぞれの性格から考えてちょっと変に思えるが、事実そうなのだった。
 そしてナナルゥは、いっそ潔いくらいに魔法以外使えない。攻撃、防御、速度、全てスピリットとして最低レベル。ただし、その魔法の強力さはラキオスでも随一だった。

 その二人に比べると、友希の能力はオールマイティと言える。全ての能力が中の上から上の下辺りにまとまっていて隙が少ない。一点特化型ほどの爆発力はないが、どんな組み合わせであっても立ち位置を確保できるため、部隊を運用する悠人にとっては扱いやすい存在だろう。スピリットは、どうにも色によって強さの偏りが大きすぎる。
 ちなみに、その悠人は友希の完全上位互換。全スペックが上の上というチートであった。これが、ファンタズマゴリアに伝わる四神剣のエトランジェと、ぽっと出のエトランジェの差なのかもしれない。

『『束ね』、警戒よろしく』
『了解です』

 一声かけると、『束ね』は周囲に警戒の網を広げた。余程遠くに離れているか、力を相当抑えない限り必ずこの網には引っかかるはずだ。
 この辺りは殆ど『束ね』任せで特にすることもない友希は、手持ち無沙汰になる。

「トモキさま、トモキさま」
「ん? どうした、シアー」
「こっち、花綺麗だよ」

 いつの間にか少し離れていたシアーが、道端の花を見つけてはしゃいでいる。
 女の子らしく興味を惹かれたらしい。

「あー」

 注意をしようか、とも思ったが、あれでしっかり周囲には気を配っている。年上ではあっても、経験はシアーのほうがずっと上なのだ。別にいいか、と嘆息して、友希はシアーに近付いた。
 ひょい、と屈んでいるシアーの肩越しに見てみると、たしかに小ぶりで可愛らしい花が数本咲き誇っていた。

「お、本当だ。シアー、これなんて花だ?」
「知らないー。でも、綺麗だからおみやげに持って帰ろうかなあ」

 ふら、と手を伸ばしかけるシアーだが、その手を友希が止めた。

「待った待った。これから戦いになるかもしれないんだぞ? 摘むなら、せめて帰りにな」
「うー、はぁい」

 手を掴まれてちょっと不満そうにするシアーだが、仕方ないと諦めて立ち上がった。

 その後、花を潰さないように少し移動して、地面の上に腰を下ろす。

「じゃ、トモキさまも座ろ」
「わかったわかった」

 ぽんぽん、と自分の隣を叩くシアーに従って、友希も座ることにする。
 ある程度敵が近付けば嫌でもわかるし、立ちっぱなしも疲れる。

「ナナルゥ、お前も座ったらどうだ? ここまで走ってきて疲れただろ」
「いえ、結構です。このままで問題ありません」

 一応、ナナルゥにも声をかけてみるが、すげなく断られた。

「あ、そうだ。トモキさま、この前ね」
「ああ、はいはい」

 いつもはネリーの後ろにひっついていて大人しくしているシアーだが、意外に話すことは嫌いではない。ゆっくりとしたペースなので、ネリーやオルファリル辺りの側にいるとその勢いに圧倒されて声を出す事もできない様子だが、こうして二人から離れた所では話しかけられることも多い。

「洗濯物をしてたら、洗いたてのタオルがすごく気持ちよさそうでー。ごろごろしてたら、セリアに怒られちゃった」
「またか……」
「うん、またー」

 恒例のセリアのお説教を呑気に語るシアー。シアーとネリー、この二人、説教を受けた時はちゃんと反省しているのだが、喉元過ぎればなんとやらで、すぐに忘れてしまうのだった。

「お願いだから、セリアのいる時は大人しくしててくれよ。僕がいると、なんで止めなかったのかって、怒られるんだから」
「ごめんね、トモキさま。気をつけるー」

 神妙に返事をしたが、明日には忘れているんだろうなあ、と友希は少々がっくりくる。

「……あ〜、虫ー」

 ふと、目の前を横切った虫を見て、シアーが立ち上がる。ふらふらと、飛ぶ虫を追いかけていくシアー。どうせすぐ戻るだろう、と思っていたら、虫を追っていつの間にかシアーの姿が小さくなっていた。
 友希は慌てて立ち上がった。

「シアー、シアー! ストップ! 離れるな」
「えー?」

 止まる様子のないシアーを追いかけて、肩を掴んで引き止めた。
 ……どうにも、この娘は興味の惹かれるものがあれば勝手に動いて、困る。

「ったく。今は警戒中だってこと、忘れるなよ」
「ごめんね〜」

 のんびりと謝罪するシアーに、経験豊富だからといって、その経験が身になっているとは限らないよな、と友希は変に納得する。

「ナナルゥはまったく気にしていないし……」

 ナナルゥとは少し離れてしまったのだが、彼女はこちらに視線も向けていない。興味がないということもあるが、友希が命令した『周辺の警戒をする』というのを忠実に守っているのだろう。
 なんだか自分がものすごく不真面目に思えて、友希は少し恥ずかしくなる。

「ほら、戻るぞ」
「はーい」

 今度は逃げないようにと、しっかりとシアーの手を握って歩く。そうすると、なにが嬉しいのかぶんぶんと腕を振り回しながら歩き始めるので、一安心だった。
 微笑ましく思いながら、ナナルゥのところまで来る。と、

「トモキ様」
『主』

 ナナルゥと『束ね』がほぼ同時に声を上げる。

「わかってる」
「うん」

 シアーも手を離して、腰の永遠神剣を引き抜いていた。
 一気に現実に引き戻される。

「こっちに来ることはないと思ってたんだけどな」
「そう思わせて、あえてこちらのルートを選んだのかもしれません。それより、迎撃の準備を」
「ああ」

 友希も『束ね』を顕現させる。手にしっかりと握った剣から、詳細な情報が送られてきた。
 前方、走って僅か数分の距離。強大な神剣の気配が迫っていた。

















「あっちも気付いているはずだっ、勢いのまま抜かれないように気をつけろっ」
「うん!」
「了解」

 しっかりと陣形を整えて迎え撃つ体勢を整えるが、友希は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 こちらにやって来るスピリットの強さが、尋常ではない。流石に悠人レベルではないが、確実に友希は越えている。曲がりなりにもエトランジェである友希を、力の総量で越えているスピリット。

『主、落ち着いてください。三人なら、決して勝てない相手ではありません』
『わかってる。イスガルドさんのあの鬼のような特訓をくぐり抜けてきたんだからな』

 そう、ラキオスでのイスガルドは、サルドバルトでの冷遇の鬱憤を晴らすように精力的に働いていた。キツいと思っていたあの国での訓練が遊びに思えるようなシゴキは、確実に友希に力をつけている。
 そしてそれ以上に、こちらでは体だけでなく頭もだいぶ鍛えられた。ただ突っ込んで斬る、そんな猪のような戦法からは脱して久しい。

 視野は広く、心は平静に、思考は冷たく、そして身体のマナは激しく燃やす。昔の自分がどれだけ不恰好だったか、最近ようやくわかってきた。

「シアー、ナナルゥ、先に強化しとく。『サプライ』」

 防御力も体力もない二人では、恐らく一撃当てられただけで致命傷になる。敵から感じ取れる力からそう判断して、友希は自分のマナを二人に分けることにした。力を割きすぎては盾役の自分が役に立たなくなる可能性があるので、分けた力は最低限だが、ないよりマシだ。当たり所が余程悪くない限り、一撃死は免れることが出来る。

「ありがとうー」
「感謝します」

 やはりというか、シアーの方は高い効果を発揮しているが、ナナルゥはそれほどでもない。仕方ないか、と思っていると、道の遥か彼方に敵のスピリットが現れた。

「見えた! 色種は……赤か! ナナルゥは下がって魔法の詠唱、シアーは僕の後に続いて突っ込むぞ!」
「わかったっ」

 あちらは足が早い。間違ってもナナルゥに向かわないよう、早めに接触することにする。

 マナで強化された全身を駆動させ、前へ。
 ある程度近付き、相手の姿が強化された視力ではっきりと見えるようになる。

 光の失せた瞳、ナイフを二つ連結させたような小ぶりの双剣。目立たないように、レッドスピリットにも関わらずブラックスピリットのような黒色の衣装を纏った姿は、どこか暗殺者を彷彿とさせる。
 その口が僅かに動いたかと思うと、敵の周囲に真紅の火の玉がいくつも浮かぶ。

「……っ、シアー、ファイアボールが来るぞ」
「え、え……!? バニッシュ?」
「いや、僕が当たりそうなやつだけ潰すから、残りは躱して突っ込めっ!」
「わ、わかったっ」

 シアーの返事と同時に、敵からファイアボールが射出させる。
 距離があるため、いくつかは直撃コースからズレたが、それでも三、四発が友希に迫る。うち二発は避けられそうにない。
 友希は覚悟を決めて、その火球に突っ込む。

「らあ゛あっっ!!」

 敵から感じられる力に相応しい威力のファイアボール。友希の張ったオーラフォトンの盾で大幅に威力を減じながらも、そのまま二人を消滅させかねない熱量を、『束ね』を振るった剣風で散らす。

「シアー!」
「うんっ! マナを剣に乗せて……行くっ」

 友希の後ろから、シアーが飛び出す。敵を惑わすような不可思議な動きは、シアーの天性のものだ。しかし、冷静に動きを観察し、敵は続けてファイアボールを撃とうとする。

「フレイムシャワー」

 後ろから、ごく微かな声で、そう聞こえた。
 同時に、敵の頭上から、炎の雨が降り注ぐ。ナナルゥの魔法だ。

 ダメージも見込めるが、それ以上にこれなら、敵の魔法の狙いもつけられない。案の定、防御にマナを回してファイアボールの発動を破棄した。
 魔法を使うレッドスピリットは、同時に魔法に対する抵抗力も高いため、ナナルゥの魔法でも決定的なダメージは与えられていないようだが、この間にシアーが間合いを詰めた。

「ごめんね……でも、倒さなきゃいけないからっ」

 敵の側面からシアーが斬りかかる。敵も防ごうとはしたが、フレイムシャワーによって体勢の崩れた状態ではそれも敵わず、脇腹に深々とシアーの神剣『孤独』が突き刺さる。
 敵のスピリットは崩れ落ち、シアーは勝利を確信した。

「やった……! トモキさま〜、終わったよー」
「ばっ――! シアー! まだ生きてるっ」

 気を抜いて振り向くシアーに、友希は怒声を張り上げる。
 確かに、並のスピリットなら致命傷。しかし敵は、傷口から大量のマナを吹き上げながらも、全身が昇華する様子はない。その身を支えるマナが莫大なため、この程度では死なないのだ。

 シアーが気付いて振り向いた時にはもう遅い。敵は立ち上がり、その小さな永遠神剣を振りかぶっていた。

「くっ!」

 シアーを突撃させた後も走っていた友希は、更に足に力を込める。しかし届かない。敵が剣を振り抜くと、慌てて躱そうとしていたシアーからぱっと鮮血が散る。

「シアー!? 『束ね』! もっと力を出せっ」
『そんな底力、私にはありません! ナナルゥに渡した力を回収します!』

 僅かに力が戻る。それにより増したスピードで、間一髪、シアーにトドメを刺そうとした敵スピリットの前に割り込むことが出来た。

「ぐぁ!? なん、だこれっ!」

 相手の剣を受け止めた衝撃で、足元が陥没する。直接攻撃には向かないレッドスピリットの攻撃だというのに、最大の力を発揮したブルー並の威力だ。しかも、これで相手は手負いなのである。

「…………」

 無言で放たれる第二撃。今度は、オーラフォトンシールドも展開し受け止める。衝撃に吹き飛ばされそうになるが、どうにかノーダメージでやりすごした。

「お返し……だっ」
「……っ」

 そして、反撃を繰り出す。受け流されるが、相手の防御のマナ自体はそれほどでもない。どうやら、攻撃力に特化した個体らしい。

「はああああっっ!!」

 と、すると、相手に手を出させるのは得策ではない。常に攻め立てることで、相手の攻撃を封じる。
 しかし、防御力は確かに低いのだが、敵の小型神剣は受け止め、逸らすことに向いている。直撃を与えられないまま、いつの間にかシアーの与えた傷が塞がった。勿論、中までは治っていないだろうが、少なくともマナの流出は止まった。

『主、ここは一度引いたほうが。ナナルゥの援護も、彼女の魔法は範囲が広いため期待できません』
『無理っ』

 少しでも離脱する素振りを見せたら、その瞬間に斬られる。そんな確信があった。しかも、怪我人であるシアーを連れてとなると、自殺行為――

「ヤァァ!」
「え?」

 鋭い声が背後から聞こえたと思うと、敵が友希の一撃を受け止めているその合間に、飛び出てきたシアーの一撃が決まる。

「ガッ――」

 足を切り裂かれ、ガクリと膝を落とす敵スピリット。続く友希の振り下ろしが、無防備の敵の首に決まった。

「ど、どうだ……?」

 倒れた相手をしばらく警戒するが、今度こそ敵はマナの霧となって消滅した。
 はぁ〜〜、と友希は大きくため息をつき、緊張を解いた。

「シアー、さっきは助かった」

 振り返って絶妙のタイミングで攻撃してくれたシアーを労おうとする。
 と、

「ぁ……トモキさま、やったね」
「あ?」

 シアーが倒れていた。
 あれだけ見事な一撃を加えたのだから、怪我は浅かった……そう思っていた友希の予想は裏切られる。

 傷が深い。右肩から胸元にかけて、大きく裂かれていた。

「し、シアー?」
「だいじょぶ」

 傷口を押さえて、力のない笑顔で答えるシアー。

「『束ね』! 癒し!」

 全力でオーラフォトンを注ぐ。シアーの傷口からのマナの流出がほぼ止まる。しかし、傷口自体は塞げない。友希の消耗も激しいのだ。

「あ。ありがとう、トモキさま」

 割合しっかりした返事をするシアーだが、怪我が治らないという状態に、友希は焦る。
 あの黒い剣士に、ゼフィがやられた光景がフラッシュバックした。

「シアー、ラキオスに帰るぞっ。帰って、回復魔法かけてもらおう!」
「え? あの……このくらい、大丈夫だから」

 なにやらぶつぶつと文句を言っているシアーを無視して、友希は背中を向けて『乗れ!』と強い口調で言う。
 シアーは少しためらった後、おっかなびっくりと友希の背中に体重を預けた。

「っし、全力で飛ばすからなっ。舌噛むなよ!」
「あの、トモキさま?」

 ずしりと重い感触が、疲れ切っているはずの友希の足を前に進ませる。一蹴り一蹴りが地面を破砕する勢いで、友希はラキオスへと駆け出した。



























 ラキオスに辿り着くと、すぐに友希は念話を全方位に飛ばした。
 友希たちが倒したあのスピリットを警戒していた首都の部隊が泡を食って駆けつけてくれ、その中にはハリオンもいて、シアーを任せることができた。

『お姉さんにお任せです』

 ……そんないつも通りののんびりとした調子でシアーの治療を引き受けたハリオンが放つ緑色の癒しの光を見て、友希はようやく一息つく。
 すると、足から力が抜けて、尻餅をついてしまった。

「おいおい、大丈夫か、御剣?」
「あ、ああ。どうも、思ったより消耗してたみたいだ」

 たまたま、ハリオンと同じ部隊で首都を警護していた悠人が手を差し伸べる。

「よ、っと」
「サンキュ。……シアー、大丈夫かな」
「ああ、そのことなら、ハリオンに任せとけば大丈夫だよ。もっと酷い怪我を治療したことも何度もある。北方五国の戦争は激戦だったからな」

 悠人が言うには、全身の昇華が始まっていないのならば、完全に放置したりしない限り心配はないのだと言う。こんな経験則、欲しくなかったけど、と苦笑していた。

「あのくらいなら、治るのはすぐさ」
「そっか」

 言われてみれば、しっかりと意識はあったし、マナに昇華する血液も走ってる途中でほぼ止まりかけていた。今更ながら、焦りすぎたかな、と反省する。仲間が傷つくということが、思ったよりも大きなトラウマになっていたらしい。訓練では大怪我をしたりしないし、すぐに治すから気付かなかった。

「それにしても、お疲れさん。強敵だったみたいだな」
「ああ。すごく強かったぞ。ちょっと手を間違えてたら、死んでたな」

 シアーの起死回生の一撃がなければ、友希では攻めきれずに反撃を受けていただろう。そうすると芋蔓式にシアー、ナナルゥまで撃破されていたに違いない。
 しかも、相手は丸一日以上ラキオス領を駆け回っており、更に手傷を受けてあのザマだ。

「しかし、サーギオス帝国ってのは、あんなスピリットを使い捨てに出来るくらい持っているのか?」

 あれだけの強力なスピリットとは言え、首都であるラキオスまで進めば間違いなく撃破される。本家本元のエトランジェ悠人率いるラキオススピリット隊本隊は、そこまで甘くはない。
 ラキオスではなくても、重要な都市は他にもある。そちらなら、成功する可能性は高いのに、何故あえてラキオスに突っ込ませたのか。
 本当に、上手く行けば儲けもの、程度の考えであのスピリットを使ったとすれば、ラキオスとサーギオスの戦力比は考えたくもないレベルになる。

「うーん、情報部も、他国のならともかく、サーギオスのスピリットの情報はあんまり持ってないみたいなんだよな。皇帝妖精騎士団ってのが桁外れに強いらしい、ってくらい」
「サルドバルトに援軍に来てたスピリットは、サルドバルトのスピリットよりは強かったけど……北方五国の平均に毛が生えたくらいだったしなあ」

 男二人が頭を突き合わせて悩む。
 そんな空気をぶち破るように、ウイングハイロゥを生やしたスピリットが一人、飛び込んできた。

「シアーが怪我したって!?」
「っとと、ネリー?」

 いつになく真剣な剣幕で友希に詰め寄るのは、ネリーだった。彼女は、友希とは別のポイントで警戒していたはずだったが、帰ってきたらしい。
 大方、ラキオス警護の他の部隊の人間にシアーのことを聞いたのだろう。

「ああ、あっちでハリオンが治してる」
「シアーーー!」

 教えると、一目散に走りだした。本当に、あの二人は姉妹のように仲が良い。
 ネリーの背中を見送っていると、ばさっ、と羽を羽ばたかせる音が背後から聞こえた。

「もう、まったくあの子は。まだ作戦は終わってないのに」

 振り返ると、セリアがウイングハイロゥを閉じるところだった。確か今日は、ネリーと同じ部隊で外に出ていたはずだ。一緒に帰ってきたらしい。

「ユートさま、第三隊、只今帰還です」
「ああ、お疲れさん。エスペリアは?」
「少し遅れます。シアーが負傷したと聞いて、ネリーが全速力で飛び始めて、わたしも追いかけてきたので」

 ネリー、セリアと同じ部隊のエスペリアは置いてけぼりのようだ。まあ、ウイングハイロゥを広げたブルースピリットに追いすがれというのも、無茶過ぎるが。

「それで、シアーの容態は?」
「ああ、平気だよ。御剣が大げさにしただけで、そんな大したことない」

 その悠人の言葉を裏付けるように、元気な声が聞こえてきた。

「あ、ネリー? おかえりー」
「あれ? シアー、怪我は? なんか、すっごい大怪我して、トモキさまが大慌てだって聞いたけど」
「うん、治してもらったー。トモキさま、心配してくれただけで本当は平気だったよ」
「そっかー、よかったー」
「うんー。あ、ネリーネリー、シアーね、敵さん頑張ってやっつけたんだよ」
「あ、そういえば、シアーとトモキさまのところに来たんだってね。強かった?」

 本当に怪我人だったのか怪しい勢いで話していた。

「……貴方ね」
「いや、その、怪我した時は本当に危ないって思ったんだけどな」
「救護訓練もするよう、イスガルドさまに進言しようかしら……。せめて怪我の程度くらいは判断できるように」

 セリアの嫌味に、友希はぐう、と唸った。

「まあ、あの子のことを心配してくれたのはありがとう」
「へ? いや、礼を言われるようなことじゃ……仲間だし」

 セリアは、その言葉にちょっと驚いた様子を見せて、

「……そうね、その通りだわ。変なことを言っちゃったわね」
「ああ、別に構わないけど」

 もしかして、仲間と認められていなかったんだろうか。流石にそれはないと信じたいのだが。

 と、そこでセリアが眉をひそめる。

「あら?」
「どうしたんだ、セリア」
「いえ……貴方、ナナルゥは?」

 ……………………

「あ゛」













「部隊のスピリットと別れて行動することは、各個撃破の危険があります。今回は領内とは言え、あれが陽動である可能性も否定できませんでした」
「その、本当にごめん、ナナルゥ」
「? なぜ謝罪するのですか」
「いや、悪いことしたから……」
「それは構いません。しかし、部隊内の連絡は今後は徹底していただけますか。神剣通話ならば、タイムラグもありません」
「そ、そうだね」
「それに、見る限り怪我の具合は然程悪くはありませんでした。帰投するにしろ、全員で固まって行動したほうが……」

 その夜。
 本当に、一切気分を害しておらず、単純に今後の行動について忠告するナナルゥに、友希はただひたすら小さくなるしかないのだった。




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