「ふひぇ〜」

クタクタになりながら、アレンは城の中を歩き回っていた。初めの騎士の仕事となれば、それも仕方が無い。

そして、食事だ〜と、食堂に行ったら、いきなりライルがやってきて引っ張られた。なんでも、カリスとその妻のライラが、フィレアの卒業記念と称して内輪のパーティーを開いているらしい。

それにアレンも呼ばれた、とのことだ。

「アレン、ずいぶん疲れてるね?」

「ま、慣れないことやったからなぁ。それに、先輩にボコボコにされたし」

「へえ、アレンでもやっぱり現職の騎士には敵わないのか……」

「ああ。上には上がいるってことがよくわかったよ」

そうは言っても、ゼルは騎士団の中でもトップクラスの剣技の使い手。アレンは健闘したと言っていいだろう。

そんなことを話しているうちに、王家の台所に着いたのだった。

 

第80話「パーティー」

 

「あ、もう始まっちゃってる」

「ゴメーン。あんたたち待つつもりだったんだけど、あんまりいい匂いしたもんだからさ」

「……ルナ。アレンじゃないんだからさ」

文句を言いつつ、席に着くライル。即座に、ライラが取り皿を寄越してくれる。

「あ、ライラさん。ありがとうございます」

「いえいえ」

たおやかに微笑むライラは、フィレアをもう何歳か年を取らせたような外見だ。せいぜい二十代前半くらいにしか見えない。いや、見る人によっては十代にも見えるだろう。

集まっているメンバーは、カリス、ライラ、フィレア。後はいつものメンバーだ。リティは、なにやら仕事があるらしく、参加できないらしい。卒業祝いとしてフィレアにアクセサリーを贈って、すぐに仕事に行ってしまった。

「おお、美味そうだな。じゃあ、俺も……」

「ええい、お前はお呼びじゃないわ!」

座ろうとしたアレンを、カリスが押し留める。

「は、はぁ!? お、俺呼ばれて来たんですけど」

思いっきり文句を言いそうになって、目の前にいるのが王様だと思いだし、なんとかこらえる。

「それはライラとフィレアが勝手に呼んだだけだ。私は断じて……」

「はいはい。あなたは黙っていてね」

ライラが、文句を言いまくるカリスの口に、料理を詰め込む。『認めなむがっ』と、カリスはそれ以上なにかを言うことができなかった。

「あ、あの……?」

「はいはい、アレンくん。“コレ”は気にしなくていいから。いっぱい食べるんでしょ? 聞いてるわよ〜。じゃんじゃん食べてね」

「はあ」

確かに空腹だった。目の前の料理は、大食いの癖に味にもうるさいアレンの舌を十二分に満足させてくれるであろう。食欲を刺激するいい匂いがぷんぷんと漂ってきていた。

アレンはしばし悩み、しかし一秒でその考えを放棄して、席に着き、

「いっただきま〜す」

元気よく食前の挨拶をすると、猛然と料理をかきこみ始めた。

一応、使えるべき王族の前、とあって下品な食べ方ではない。がっついているようには見えないが、恐ろしいまでのスピードだった。ここら辺が、フィレアのアレンへの教育の成果といったところか。……嫌な成果だが。

「う、美味いっス」

「そう。それはよかった」

フィレアもこんくらい料理ができりゃあなあ、とアレンはルナと張り合うまではいかないが、それでもかなり料理下手の王女様を思い浮かべ、苦笑する。

「アレンくん。フィレアはこれから修行するからね。安心しておいて頂戴」

「ブッ! ……え、なんで?」

考えていることがわかるのか? と言外に問うが、ライラは変わらぬ笑みで、

「ふふ……顔に書いてあったわよ?」

「ま、マジっすか」

やはり、人を束ねる立場ともなれば、このくらいの技能は必須なのだろうか? 周りの人間は今の会話の意味をわかっていないようだし、きっとそうなんだろう。

アレンの頭のノートに『王族は読心術の使い手!』と大きく書き込まれた。

「くっ、なんのこれしき……」

「あ、お父様復活」

なんとか口に入れられた食べ物を飲み下したカリスが、まるで瀕死の状態から復活する格闘マンガの主人公のごとく、雄雄しく立ち上がった。

「さあ、アレン、貴様この私と……」

「はいはい、あなた。次はコレですよ」

『勝負だもごっ!』と、再びカリスの口が塞がれる。

また退場かと思いきやカリスはもごもごと口を動かし、口の中のものを一瞬で胃に収めてしまう。

「舐めるなよ。これでも、かつて自分で主催した大食い大会において、ぶっち切りで優勝を飾ったのだぞ、私は!」

「そういえば、そのときでしたね。わたしと出会ったのは」

「オイオイ。学生さんたちの前で言うなよ。照れるじゃないか」

照れ照れと見詰め合う馬鹿夫婦。

「いやいやいや。アンタなにやってんだよ!?」

というアレンの突っ込みも届かない。

「というわけで、大食いで対決だ!」

「しかも、何事もなかったかのように話進めてるし!」

頭を抱えるアレン。いったい、ここの人たちは何者なのだろう。ヴァルハラ学園での生活に勝るとも劣らないドタバタぶりだ。

「私の方の給仕は、ライラ、頼む」

「はいはい。了解です。アレンくんの方は、フィレア、やってあげなさい」

「え? わ、私?」

戸惑うフィレア。そのフィレアに、ライラは優しく語る。

「大食い対決での選手と給仕は、いわば究極のパートナーよ。いかに選手に食べさせるか、二人の愛が問われるの……」

「な、なるほど」

「いや、納得するなよ! おい!」

話のつながりがさっぱり見えないが、結局勝負はするらしい。

もうヤケクソ気味に、アレンがフォークとナイフを構える。同じように構えながら、カリスが不敵に笑った。

「ククク……若造が、返り討ちにしてくれる!」

「いや、勝負を仕掛けてきたのアンタの方だからな」

「屁理屈を!」

「どっちがだ!?」

もはや、アレンの中に、相手が王様だとかいう意識は綺麗さっぱり消し飛んでいる。食に関して、他人に譲るつもりはねぇ、とばかりに、大気を歪ませるオーラを立ち上らせていた。

今なら、ゼルだってその気迫だけで倒せるに違いない。使い所を決定的に間違えていたが。

「しかし、ねぇ? お父様も、なんて無謀な……」

「だね。アレン相手に、大食い対決? 子供が素手でドラゴンに立ち向かうよりクレイジーだ」

「同感ね」

上から、クリス、ライル、ルナ。完全に脇役に追いやられている三人が、冷静に二人の戦力を分析する。

果たして、その予測は正しかった。

十分もしないうちに顔が赤から青へと変わったカリスに対し、すでに三十人前は食っているというのに、ケロリとしているアレン。徐々にペースが落ちるカリスに対し、アレンのペースは『やっと腹がこなれてきた』と言わんばかりのもの。

「ぐっ……寄る年波には勝てんか」

やがて、カリスがギブアップする。全盛期の彼でも、アレンに敵うわけがないのは言うまでもないのだが、それは好きに言わせておこう。得てして、人間とは過去の栄光にしがみつきたくなるものなのである。自分主催の大食い大会優勝が栄光かどうかは知らないが。

「はい、あなた。胃薬」

「悪いな、ライラ」

手を握り合い、なんかいい雰囲気になる二人。その他の人間からすれば、居心地悪いことこの上ない。

「……結局なんで勝負したんだ?」

まだ食い続けながら、アレンがぽつりと疑問を口にする。

「さあ? お父様の自己満足じゃない?」

その問いに、フィレアは根も葉もない返事を返すのだった。

 

 

 

 

そして、宴も終わり。

アレンが同席するのを、不承不詳ながら認めたカリスは、ワインをちびちびやっている。いまだ腹が重いらしい。

ほかの面々は酒は飲めない(というより、ルナたちは飲んだら暴走する)ので、紅茶だ。

「……あれ?」

「どしたの、ライル?」

突然声を上げたライルに、ルナが訝しげに問いかける。

「いやさ。そういえばシルフィがまだ……」

「いょーーう! なんだ、楽しそうなことしてんじゃん!」

そして、そのさなかに突然虚空から現れた威容に軽いノリの兄ちゃん。似合いもしない眼鏡をかけ、残り物をつまみ始めた。

「え? 誰?」

「が、ガイア!? お前、今ここには王家の者以外もいるんだぞ!」

慌てて立ち上がるカリス。今までになく真面目な表情だ。一応、コレが彼の王としての顔だ。……信じれ。

「あ〜、そうだな。ライル、ルナ、アレン……だろ?」

「なんで私たちの名前知ってんのよ?」

ずい、と物怖じしないルナが、突然の不審者に問いかける。

「いや、だって、なぁ? お前ら、俺らの間で注目の的だし。ついさっき……」

「ガイア! あんた、一人でさっさと行ってんじゃないわよ!」

と、シルフィがいきなり空間に溶け出すように登場した。

「そいつに聞いたし〜」

と、シルフィを指差す謎の(?)男。

「クリスは、二回目だったな?」

と、ニヤリと笑う男。この中では、カリスとライラとクリスしか面識のない地の精霊王、ガイアであった。

「む……? どういう、ことだ?」

いささか予想外の展開に、首をひねるカリス。精霊は基本的に人間嫌いで、契約者やそれに近しい者以外の前に姿を現すなど、滅多にない。それが初対面の人間と、やけにフレンドリーに接している。

が、カリスの認識は少々違う。他の精霊が認めた者ならば、あまり姿を現すことに躊躇はないのだ。シルフィがカリスらの前に姿をあっさり現したことからも、それはわかる。

閑話休題。

「ガイア、そちらの女の子は一体?」

「ああ。こいつ? シルフィリア・ライトウインド。風の精霊王だ。……まあ、こんな小娘だが、信じろ」

「ちょっと、小娘って何よ!?」

ここに、カリスの混乱は極地に達した。

通常、精霊王が、人界の一個人に接触することなどありえない。ガイアの場合、あくまで“アルヴィニア王国の王”として、自分に接しているのだ。なら、風の精霊王だという彼女も、そういうことで訪れたのか? と疑問が上るが、精霊王が二人も国家の守護につくなど、まずありえない。

堂々巡りの思考を、さらに混乱させる一言が、ガイアから放たれる。

「シルフィは、そっちのライルと契約してるからな。まあ、そういうことだ、カリス」

どういうことだ! と叫ぶのをぐっ、とこらえ、ガイアの言葉の意味を咀嚼する。

「この地味めの少年がか?」

思わず、本音の評価も付け足してしまった。

「……別の国に来てまで言われるのか、僕は」

ライルがなにやら苦悩しているが、いつものこととして処理される。

「でも、あまり騒がないで欲しいの。マスターは、この通り普通の学生だから。あまり騒ぎ立てるのも、ね?」

「あ、ああ。了解しました」

普段から接しているガイアならともかく、精霊王ともあろう存在に、礼を失する気はない。カリスは、アルヴィニア王国で最上級の礼をし、了解の意を伝えた。

「つか、シルフィ。こんな遅くにきたって、残りもんしかないわよ?」

「ああ〜! マスター、私の分、ちゃんと取っておいてくれてないの!?」

「いや、お前、みんなの前に姿現すと思ってなかったし……」

とか、そんなことやってみても、見ていないシルフィ。

ぐぅ、とうなるカリスに、ガイアはカラカラと笑いかけながら、

「ま、ああいうやつだ。肩肘張っても仕方ないと思うぞ?」

「そのようだな」

しかし、この下げた頭は、どうするんだ、と思いきや、なぜか直線状にアレンがいた。

「……なぜ貴様に頭を下げねばならんのだ!」

「うわっ!? いきなりなんだぁ!?」

100パーセント八つ当たり以外の何者でもない怒りを、アレンにぶつける事にしたカリス。

「あらあら……」

「なんか、楽しそう〜」

そんな狂乱の中、ライラは困ったように笑い、あまり状況のわかっていないフィレアは無邪気に微笑むのだった。

---

前の話へ 戻る 次の話へ