「………ねえ、ルナ。早くセントルイスに帰りたいんだけど」

無駄とは思いつつ、ルナに言ってみる。

「ここまで来て往生際が悪いわね。何年も顔見せてなかったから村の人たちけっこう心配してたのよ?」

「そうは言っても……」

「うるさいわね。第一、アーランド山からここまで、歩きでも3日位しかからないでしょうが。たまには来てもよかったのに」

僕たちが今立っているのはポトス村の入り口………僕が幼少時代を過ごした村だ。

ルナの実家もここにある。……多分、僕の住んでいた家も残ってるだろう。

「やっぱ、少し入りにくいんだけど……」

僕がそういった直後、知らぬ間に後ろから近付いてきていたおじさんが話しかけてきた。

「……もしかしてライルちゃんかい?」

 

第26話「故郷」

 

「へ?」

ライルが間の抜けた声を出す。

自分に呼びかけた人物をよく観察する。

「おじさん?」「お父さん!」

ライルとルナの声が重なる。

「おお、覚えてくれていたか。ルナもお帰り」

彼の名前は、ジェフ・エルファラン。ルナの父親であった。

「そーよ。それよりもなによ。実の娘より、ライルの方を優先させるなんて」

「別にいいだろ。っていうか、ライルちゃんはどこに住んでいるんだ?」

「今は、私と同じでヴァルハラ学園に通ってるわ」

ルナが言うと、ジェフは驚いてライルの方を見る。

「へえ……意外っちゃあ意外だな。どうしてまた?」

「母さんの学生時代の友人が学園長をしていたんですよ。その縁で、誘われちゃって」

ポリポリを頬を掻きながら返事をする。

「なるほど。……それで、今日はうちに泊まっていくんだろ?ライルちゃんちも一応残ってるには残ってるが、あそこは今……いや、まあいいや。とにかく使えない状態だから。後ろの二人も泊まってきなさい」

一歩引いて、雑談をしていたクリスとアレンにも言う。

「あ、どうも。世話になります」

「ありがとうございます」

それを聞いて、ジェフは満足げに頷いた。

「うん。じゃあ、しばらく村を散歩でもしといてくれ。帰って、アヤに今夜はご馳走を作るよう言ってくるから」

そう言って、さっさと走っていく。すでにけっこうな年のハズなのだが、その足取りは軽い。

「ちょ、ちょっとお父さん!」

「……行っちゃったね」

ライルがぽつりと呟く。

「……なんか、慌ただしい人ね」

さっきまでジェフがいたため、息を潜めていたシルフィが声を出す。

「全くよ。少しは落ち着いて欲しいもんだわ。年甲斐もなくはしゃいじゃって……ま、いいわ。お父さんの言ったとおり散歩でもしてましょ。村を案内したげるわ。ライルも。あんたがいたころから変わっているところも少しあったりするから」

「よっしゃ。じゃあルナ。この村のうまい料理屋に案内してくれ」

早速食べることを言うアレンにルナは呆れつつ、バカにした。

「あんたね……さっき、お父さんが言ってたでしょうが……ご飯は私の家で用意するから、あんまりガツガツしないの。大体、こんな小さな村に料理屋なんてあるわけないでしょ」

「いや、でもよ。もう腹がかなり減っているんだが……」

「……我慢なさい」

ルナはアレンを無視して、すたすたと歩き出した。

「お、おい!」

慌てて付いていくアレン。

その後ろで、ライルとクリスがのんびりと後を追った。

 

 

 

 

 

 

「どう、ライル?やっぱり懐かしい?」

クリスが隣を歩くライルに問いかける。

「まあ、それなりにね。でも、あんまり変わってないみたいだな」

懐かしげな瞳で、あたりを見渡しながらライルが答えた。

微妙に開墾されていたりするが、それ以外はライルの記憶と変わったところはない。もちろん、微妙な変化はあるが。

この村はせいぜい数十戸の世帯が生活している程度で、交通の便もよい方ではないので、住民はライルにとってほとんど顔見知りのハズだった。

「そういえばルナ?」

ふと思いついた頃があるので聞いてみることにする。

「なによ」

「僕が出て行ってから、この村の人ってどのくらい増えた?」

「う〜ん。エヴァンズさんのところに赤ちゃんが生まれたでしょ。あと、エレンさんが近くの町の人と結婚して、旦那をこっちに引っ張ってきたわね」

両方、ライルにも聞き覚えのある名前だった。

エヴァンズさんはライルがいた当時20歳半ば程度の夫婦で、二人ともこのポトス村で生まれ育ったカップル。

エレンさんは、確か19歳かそこら辺の人だったはずだ。今は24か25くらいか。行動力のある女性で、仕事のない時はよくライルたちとも遊んでくれたものであった。

「そっか。エレンさん、結婚したんだ」

「そーよ。相手の旦那さんが、また気弱な人で……なんでも『あの人、私がいないと不安だから』って理由で結婚してあげたんだって」

……いかにも彼女らしいとライルは思った。

「あ、あと増えたと言えば、もう一人引っ越してきた子がいるの。ちょっと変わった子でね……」

「おねえええええぇぇぇぇさまああああああぁぁぁぁぁ!!!」

どどどどどどどどど!!

「そうそう。こんな感じで、私をお姉様扱いしてやたら懐いてきて……」

「かえってきたんですねえ!!」

どどどどどどどどどどどどどどどどどど!!!

「はっきり言って、苦手なんだけど……」

「お帰りなさいですぅ!!」

どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!!!

「うるさいわ!」

バキャア!!!

走ってきた少女に、ルナは容赦なく拳を振り上げた。

「あ〜〜れ〜〜〜」

軽く5mは吹っ飛び、少女は頭からずしゃあ!と、地面に着地する。

「あ、あのルナ?」

おそるおそる、ルナの顔色をうかがうライル。

ルナというと、平然として手をぽんぽんと叩いていたりする。

「だ、大丈夫?」

クリスは、その少女に近付いて様子をうかがう。

「だ、大丈夫れすぅ……」

涙目になりながら、ゆっくりと顔を上げる少女。服に付いた土を払いながら立ち上がる。

恐ろしいことに、傷一つなかった。

「おいおい。急になんなんだよ?」

展開に付いていけず、アレンはこめかみのあたりにでっかい汗を流す。異常事態には大分慣れたつもりだったが、実際はまだまだだったらしい。ヴァルハラ学園に通うようになって……というより、ライルたちと知り合ってから、こう言ったことが爆発的に増えた気がする。

こいつらとの付き合い、考えた方がいいかも……と、自分のことを棚に上げて考えたりする。

「全く……その呼び方は止めろって言ったでしょ。なによ、『お姉様』ってのは!?」

「えっと〜…やっぱり私にとってお姉様はお姉様だし……」

「だからそれを止めろっていってんのよ!」

「えう〜」

世にも悲しそうな表情になる少女。

「う…」

その表情を見て、少しうろたえるルナ。

「ルナ……いじめはだめだよ」

ライルがそう言う。

「ちょ、ちょっと待ってよ。私がいついじめたの?」

「だって、ルナの言い方って、いつも棘があるし」

続けて言うクリス。悲しいが事実である。となりではうんうんとアレンが何度も頷いていた。

「あ、あんたたちね……」

「別に呼び方なんてどうだっていいじゃない」

ライルのセリフに、ルナはがっくりとうなだれて、

「わかったわよ……好きにすればいいでしょ。私はもう知らない……」

心底疲れたようにそう呟いた。

「よかったですぅ」

あっさりと立ち直る少女。さっきまでの表情はどこへやら。全くけろりとしている。

「ところで……この人たち誰ですか?」

少女は、きょとんとした表情で、ライルたちを見つめた。まるで、今気が付いたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえええ。お姉様と同じクラスで、パーティー……つまり同じ実習班のメンバーって事ですか……」

ルナとライルたちの関係を聞かされたとたん、彼女……ミリル・フォルレティは、半眼になり値踏みするかのようにライルたちを眺める。

「ちょっとミリル。どうしたの?」

「ルナお姉様、少し待ってて下さい」

ぴしゃりと言い放つと、ライルたち男性陣の周囲を歩きながら、更に観察を続ける。

「え〜と……」

ライルは困ったように頬をぽりぽりとかく。どうにも落ち着かない。

クリスとアレンも、そわそわと落ち着かない感じだ。

「なるほど。大体わかりました」

言いつつ、ライル達の間に入り、アレンだけを押しやる。

「な、なんだよ」

抗議の声をだすアレンを無視して、ミリルは言った。

「あなたとあなたは合格。で……」

アレンの方を指さして、冷たく言い放つ。

「あなたは不合格です」

いきなり不合格宣告を出されたアレンは最初呆然とする。

が、すぐにはっとなり、ミリルに尋ねた。

「お、おい。なにが不合格なんだよ」

「うるさいです。あなたみたいな人、ルナお姉様の近くにいる資格はありません!」

自信たっぷりにミリルは言った。

「はあ?」

反射的に聞き返すアレン。

「だったら、そっちの二人はどうなんだよ!?」

「この二人はいいんです。こっちの人は、ちょっと背の低いのが気になりますけどかなり美形ですし、動作一つ一つにも気品が感じられます」

これはクリスに対する評価。一応、王族であるため、幼い頃から礼儀作法はみっちりとたたき込まれているからそれも当然だ。

「対してこちらの人ですが……まあ平凡な人ですが、そこそこ顔は整っているし、……何とか及第点と言うところです」

ライルの評価はこんなもん。だが、不合格の烙印を押されたアレンに比べればはるかにマシだ。

「じゃあ、俺はどうしてダメなんだよ!?」

そう聞くアレンに対し、ミリルはふっ、と鼻で笑うと有無を言わせぬ口調で畳みかけた。

「じゃ、理由を教えてあげましょう。その男臭い顔。やたらでかすぎる身長。暑苦しい言葉遣い。野性味あふれると言えば聞こえはいいですけど、実質はただ単に獣臭いだけ。……ほら、納得でしょう?」

全く容赦という物がない。

数秒間して、その意味が頭に浸透していったアレンは猛然と言い返す。

「納得できるかぁ!!」

まあ、当然である。

「うるさいです。さっさとどっかに行って下さい。あなたみたいな人に付き合ってる暇なんてないんですから。さ、お姉様。私とお散歩でもしましょう」

言いつつ、ルナの手を取りうきうきと歩き始める。

「待てい!!」

その進行方向にアレンが立ちふさがる。

「なんですか。しつこい男は嫌われますよ」

「余計なお世話じゃ!黙ってたら好き放題言いやがって……お前にそんなこと言われる筋合いはない!!」

荒々しい口調で叫ぶアレン。

「でもまあ、事実っぽいけどね」

ルナが血も涙もないことを言う。

「うがぁ!」

アレンは頭を抱え込み、ブンブンと振り回す。

「ね?お姉様もそう思うでしょう?」

「そりゃそうだけど、ミリル。いくら本当のことでもこいつ以外にはそんなきついこと言っちゃダメよ?」

「は〜い」

元気よく返事するミリル。

「ぐぐぐぐぐぐ………」

さすがに、我慢ならなくなったのかアレンは拳をぎゅっと握り込む。

「………やる気?」

瞬間、とてつもない瞳のルナに睨まれる。

そのルナの手には例のごとく魔力が集まっていた。

「め、滅相もない……」

情けない男である。

「それにしても、僕たちはなにしているんだろうね」

その様子を少し離れたところから見物していたクリスがぽつりと呟く。

「さあ?」

隣にいるライルも答えた。

(マスターの故郷って、面白い所ね)

シルフィの言ったその一言が、今の状況を見事に表していた。

「俺がなにをしたぁーー!!」

あまりにも理不尽な状況に、思わず叫ぶアレンであった。

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