彼、アレン・クロウシードの朝は父親の怒声から始まる。

「くおら!!起きんか、このバカ息子!!!」

バキッ!!!

「いってえええぇぇぇ!!!!!!」

 

…………訂正。父親の怒声プラス鉄拳によって始まる。

 

第20話「それぞれの夏休み〜アレン編〜」

 

キィン!キキィン!!

剣同士を打ち合わせる高い音が、朝早い道場内に響く。

「ったく………もう少し、やさしい起こし方は出来ないのか、親父?」

「ふん。甘ったれたことを言うな。貴様なんぞ、あれでも手ぬるいくらいだ」

ギ……ギギャン!!

言いながら、お互い攻撃の手をゆるめることはしない。お互い、完全に本気(マジ)だ。

「大体………とっ、息子に対する愛情っていうのが足りないんだよ」

「だから………甘ったれたことを言うんじゃない」

おやぢがアレンを押し返す。反動で、アレンは倒れてしまった。

「うっ………まいった」

首筋に当てられる金属の冷たい感触に、背筋を震わせながら、アレンは手を上げる。

「ふん………。まあ、剣の方はそこそこ使えるようになってきたな」

褒めるのが照れくさいのか、アレンの父親、アムスは、他の門下生の方を見る。

ここ、クロウシード流剣術の道場にはだいたい20人ほどの門下生がいた。

若い者から、かなりの年輩の方まで、その年齢は様々だ。

『やる気のないやつは来るな』

が、この道場の掟で、実力はどうあれ、やる気のないものは叩き出される。

そういうわけで、この道場の修練はいつも熱がこもっており、レベルも高い。

その様子を見守るアムス。

その時、アレンの目がキラリと光った(ように見えた)!!

「隙ありぃぃぃぃ!!!」

スカッ!

「甘いわ!!!」

バキッ!!

「がふぁ!!」

不意打ちを狙ったアレンは、ものの見事に返り討ちにされた。と、言っても一応防御はしたのだが。

「父の背後をとるなど100年早い!!」

ガキィ!

「くそぉ!!あのタイミングでかわすなんて、化け物かお前は!!?」

叫びながら、アレンの剣が振り回される。

ギリギリギリギリ………

何合か撃ち合い、鍔迫り合いになる。

「ふっ。それだけお前が未熟だと言うことだ。さっき言ったことを訂正しよう。まだまだ剣の方もガキだな」

「ふざけんなぁ!!」

お互いの気を叩きつけあう。

その余波で、道場の中はまるで嵐が吹き荒れているようだが、門下生たちも慣れたもので、すでに避難を完了している。

下手したら殺し合いに見えるこの鍛練も、この親子にとっては、少し過激なコミュニケーションだと言うことを長い付き合いでよくわかっているのだ。まあ、毎朝毎朝同じようなことをされれば、いやでもわかってしまうだろうが。

「親父ぃ!!今日こそ貴様を殺ぉーす!!!」

「やってみやがれ!!」

………こう見えても、それなりに仲がいいのだ。この親子は。

結局、アレンが空腹で動けなくなるまで、この不毛な争いは続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おかわり!!」

5杯目だというのに、勢いよく突き出されるどんぶりを見て、アレンの母親、ミリアは苦笑した。

ぺたぺたと山盛りに米をよそおいながら考える。

『この子………本当に人間かしら』

随分ひどい母である。

自分でも自覚はしているのだが、自分自身や、夫は人並みにしか食べないのに、食べた量が明らかに人間の胃袋の体積を上回っている息子を見ると、どうしてもそんな疑問を抱かずにいられない。

「………ん?お袋、どうした?」

じっと自分を見ている母に食べる手を止めて問いかける。

何故か、母は慌てて、

「ホホホホ………な、なんでもないわよ」

「………なんかあるって言っているのと同じだぞ、それは」

「気にしない気にしない。あ、あなたもおかわり?ちょっと待ってね」

と、さっさとアムスの方に向き直る。

まさか、本当のことを言えるはずもなかった。

と、そこで、アムスが口を開く。

「そうだアレン。お前夏休みに入ってから全然勉強やっていないだろう」

「(ギクッ)な、なにをおっしゃる。ちゃ、ちゃんとやっているでござるよ」

すでに言葉が妖しいアレン。

「それこそやってないって言っているのと同じだ。クロウシード家の家訓を忘れたとは言わせんぞ」

『文武両道』………クロウシード家の家訓の一つである。

「と、言うわけで午前中は勉強しろ。サボるんだったら練習に付き合ってやらん」

「そ、それは卑怯だぞ!!」

「知るか。ちゃんとやれよ。時々チェックに行くからな」

それだけ言うと、アムスはよっこらせと立ち上がった。

「じゃあ、俺は午前の部を開いてくる」

クロウシード流剣術の道場は、早朝鍛練、午前の部、午後の部、夜の部の四部がある。

もちろん、それぞれのある日は決まっていて、今日は早朝鍛練と、午前の部だ。

午前の部に出てくるのは、主にちびっこだ。

「………俺も勉強してくるか」

宿題など、どうでも良いが、練習に付き合ってもらえなくなるのは困る。

そんなわけで、いやいやながら、アレンは午前中を勉強に費やすのだった。

 

 

 

 

 

プスプスプス

アレンの頭から煙が上っている。

いや、比喩じゃなくてマジで。

「だあぁぁぁぁ!!わかるかこんなもん!!」

怒りの声と共に、ちゃぶ台をひっくり返す。

その上に載っていた問題集はあらぬ方向に飛んでいく。

「はぁはぁ………」

ちなみに、その問題集は数学のものだ。

勉強をはじめて2時間。始めの国語の問題集は、まあ特に問題もなく一日のノルマは終了した。(言うまでもなく、ほとんど間違いだが)

次の数学の問題集を開いてから20分。それでも、まだ答えらしきものを書けた国語と違い、数学はちんぷんかんぷん。手も足も出ないとは、まさにこのことだろう。

教科書を手にしても授業中、ずっと寝ていたせいでどの問題が、どの公式を使えばいいかすらわからない。

…………単なるバカだということは言ってはいけない事実である。

「作者ああぁぁ。うるせ―――!!」

はいはい。

そんなこんなで、アレンは今一度問題集を手に取る。

黙考すること10分。やっと一つの結論に達する。

「…………無理だ」

微妙に爽やかな笑顔でそう言うと、勉強道具を片づけ始めた。

「大体、やっても無駄なことに、時間を掛けてどうするんだよ。時間はもっと有意義に使った方がいいんだ。うん、そうに違いない」

誰に言い訳しているのだろうか。言っていることはもっともだが、それは学生の99%が思っていることである。

「ほう……それで、今からどうするんだ?」

「とりあえず、親父はダメだから………ライル辺りと訓練してこようかな」

「なるほど、お前が前に言っていたやつか」

「そうそう。そのうち家に連れてくるから、その時は相手してやってくれ」

その時、ふとアレンは思った。

俺、誰と話してるんだ?

答えはすでに出ていた。ただ、それを認めたくないだけである。

「それはいいがな。この親父さまの見ている前で逃亡とは、いい度胸だなアレン」

「お、お、お……親父ぃ!!どうしてここに!?」

「チェックしに行くと言っていただろう。まさか、速攻でサボリ宣言をされるとは思わなかったがな」

手をぽきぽき鳴らしながらアムスが近付いてくる。

「お、親父………いや、お父様。さっきのはほんの冗談なんですよ。ほら、その証拠にこんなにやる気たっぷり」

これ見よがしに、鉛筆を手に取り、アムスに見せつけるアレン。

当然、そんなものが通用するはずがなかった。

「お前にお父様なんて言われても気持ち悪いだけだ。大人しく殴られろ」

その台詞を言った直後、アムスの姿はアレンの視界から姿を消し、次の瞬間にはアレンの顎にアムスのアッパーカットがきれいに決まっていた。

(速い……ライルと比べてどっちが速いかな?)

薄れゆく意識の中でそんなことを考えているアレンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次、アレンが目覚めたのは夕方だった。

「うっそぉぉぉ!!?」

やっぱりかなり驚いているようですね。

「昼飯食いそこねたぁぁ!!!」

………まあ、そんな理由だと思ってたけどね。

「うるさいわね〜」

「あ、お袋」

ドアの前にはミリアが経っていた。

「お友達が来てるわよ。それも女の子。いったいどういう関係なの〜?」

意地悪い笑みを浮かべながらアレンに近付く。

「誰だよ。女の子って」

「ルナって言ってたわよ。かなりかわいい子だったわね。で、ど〜ゆ〜関係?」

「ルナが?何でここに………って、言っとくけどお袋が期待しているような関係じゃないぞ。クラスメイトだ。んで、同じパーティーを組んでるってだけだよ」

「あら残念」

心底、残念そうに言うミリアを無視して、アレンは玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

アレンは手に大量の荷物を抱えながらルナと歩いていた。

「あんたね。そんなにたくさんの食べ物どうする気よ」

わかってはいたが、軽く10人分くらいの食材を抱えているアレンに、ルナが思わず聞いてしまう。

「無論、食う」

やっぱり無駄か。

こいつの胃袋は異次元と繋がっているのだ。そう、自分に言い聞かせ、ルナは黙って歩いた。

「ビーフシチューか〜。楽しみだなあ」

ルナが来た理由は、ライルの部屋で、食事会をするのでアレンもどうか、というお誘いだった。

メニューは、アレンの言うとおりビーフシチューがメインである。

「…………一人で全部食べないでよ」

思い切り嬉しそうに笑うアレンを見て、一抹の不安を抱えるルナであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりね」

ルナの予想が当たったようだ。

全部とはいかないまでも、ライルの作ったビーフシチューの大半がアレンの胃袋に収まっていた。

「なにがやっぱりなんだ?」

かけらも自覚していないらしい。本当にわからないといった風にアレンが聞き返す。

「……なんでも」

罵声を浴びせかけようかと思ったが、無駄なのでやめておいた。

「そうか」

そう言って、アレンは満足げに水を飲む。

ヴァルハラ学園に入ってからますます食べるようになった気がする。

(ま、コックが良いからな)

一人暮らしをしていたせいか、いやに料理のうまい親友を見ながら思う。

(いい……気分だ……)

腹もふくれて、なにもしたくない気分。

アレンは素直にその欲求に従い、なにも考えず天井を見上げるのだった。

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