「ふぅ、結局丸一日遅れちゃったじゃない」
「まぁまぁー。わたしは楽しかったよ。パジャマパーティー」
ルナは肩を落としているが、フィレアは言葉の通り非常に楽しそうだ。
荷物を忘れたのに気が付いて慌てて引き返したルナたちだが、結局再出発するには時間が遅すぎるということで、ローレライで一泊していくことになった。
そこで男がいないことをいいことに女だらけのパジャマパーティーを敢行。飲めや歌えついでに魔法もぶっ放せ、いやいやここはこの鉄拳でしょうぱ〜んちっの大騒ぎとなったのだ。後で、店のオーナーであるマリアが他の泊り客からこっぴどく叱られたのはまぁ余談である。同姓だけになると、女ははっちゃけるといういい見本である。一般的かどうかは知らないが。
「あ〜、でもアレンちゃん、どこ行ったんだろ〜」
実に楽しげにフィレアが目の上に手刀をあてて、遠くを見ようとする。
「さぁね。そもそも、あの三人、別れて行動してるのか一緒にいるのかさえわかんないんだけど。ちなみに、ライルは向こうにいるわ」
びしっ、と迷いなくルナはある方向を指差す。
「あ、アレンちゃんも同じ方向にいるよ」
「……あの、私、クリスさんとずっと一緒にいたので……クリスさんも、そちらにいると思います。あの、私が現世に留まる寄代の一つになっているので、クリスさんが」
フィレアとフィオナも同意したことで、ルナは確信を持って、その方向に足を進めることにした。しかし、フィオナ、まるでとってつけたような理由である。
「あ〜、でも。考えてみたら、アレンちゃんたちだけにしたのは、よくなかったかも」
「どしたの、フィレア」
アンタが何かを考えるなんて珍しい、とルナは非常に失礼な事を考えながら、いつもいつも反射で生きていると思われる上級生に尋ねる。
「だって、アレンちゃんカッコイイもん。他の女の子に言い寄られてたらどうしよう〜」
「……アレンに限って、それはないわよ。欲目が過ぎるってもんだわ。誰があの剣術馬鹿に近寄るっての」
ルナはそんなフィレアの心配を一笑に付す。
さて、そんな戯言に構っている暇はない。さっさと追いつくとしましょうか――
第126話「鬼ごっこ ―あるいは腹ペコ剣士危機一髪再び?―」
「着いた〜」
ウィンシーズから飛び出して一日と少し。
夜通し走り詰めたお陰で、ライルたちはそこそこの大きさの村にたどり着いた。
田畑を耕し、森に狩りに入って日々の糧を得ているような典型的な村で、宿なんて酒場が空き部屋を貸しているくらいしかなかった。当然、ローレライやウンディーネといったライルがアルバイトをした店とは比べ物にならないほどちっぽけな店である。ていうか、宿はあくまでおまけだ。
早速泊まるための契約を交わした。その後、服やらなんやらを揃えるために村に出た。基本的に自給自足な村なので、店などなく、個人と交渉の末ゲット。
……さて、ここまでは問題はなかった。
「ただいまー」
交渉に手間取ったお陰で、夕方になってしまった。
まぁ、途中からクリスが女装して、男どもを流し目で陥落させたからそこからは非常にスムーズな取引が出来たのだが。
「いらっしゃい、ませ? あの、ただいまって?」
そして、帰ってきたライルたちを迎えたのは、なにやらふりふりの服に身を包んだ少女。年のころは、十三、四といったところか。美人と言うほどではないが、ぱっちりと開いた目とあちこちに跳ね回った癖っ毛がなかなかに可愛らしい少女である。
「あー、プリム、そっちの人はうちに泊まる人たちだ。おかえんなさい、お客さんがた」
にこにこと、やたら低姿勢の恰幅の良い中年が迎えてくれる。ここの酒場のマスター、バロックである。
「ただいまっと。そっちの娘は?」
「ああ、うちの娘です。昼間は他の女たちと一緒に織物やらなんやらしてるんですが、夕方からはこうしてうちを手伝ってもらってます。プリム、挨拶しろ」
「あ、はい」
プリムと呼ばれた少女は、スカートの端をつまみ、品の良い仕草でちょこんとお辞儀をした。
「プリム・スレイピーです。お泊りになるのなら、色々とお世話させてもらいますので、よろしくお願いします」
普通に丁寧な挨拶である。宿屋の娘、という同じポジションにいるどっかの二人にも聞かせてやりたい。宿の娘だということで一瞬身構えたライルが安心する程度には、その挨拶は好感が持てるものだった。
「しかし、なんでまたこんなに動きにくそうな服着せてんだ? どっかにひっかけそうだし、汚れたら洗濯も大変じゃあ……」
「甘いですな!」
アレンの素朴な疑問に、しかしバロックは過剰とも言える反応を見せた。さっきまでの温厚な雰囲気は消し飛んでいる。まるで、幾千幾万の悪魔の群れに対峙する勇者のような気迫すら感じた。
「貴方! このプリムの服装を見て、なにを思い浮かべるかね!?」
「へ? ……あ、いや。うーん……メイド、か?」
観察してみれば、アルヴィニアの城で働いていたメイドの服のイメージに近い。やけに装飾過多なところが気になるが。
「そう、メイドです! 我々一般庶民では手の届かない高嶺の花! いつかメイド付きの屋敷に住んでみたい……というのは男なら誰しも持つ野望でしょう。貴方がたも、男ならわかるはずです!」
やけに熱い目でライルとアレンを見渡すバロック。二人は居心地悪そうに視線を逸らした。
その、ライルもアレンもメイド付きの城に滞在したことがあるし、女装しているため男に勘定されてはいないが、クリスに至っては生まれた時から何十ものメイドを従える立場である。
……いや、その経験を踏まえてあえて尋ねるが。
なにそんなに興奮してんだこの男。
そんな三人の疑問に答えることもなく、バロックの熱ゲージはさらに上昇の一途を辿る。隣で、死ぬほど恥ずかしそうに顔を伏せているプリムが印象的だった。
「そう、朝は優しく『ご主人様』と起こしてもらい、昼はちょこまかと家事をする様子をニヤニヤ観察し、夜ともなればその若々しい肢体を、ふ、フフフフフフフフフ……」
わきわきと動かすその手が嫌過ぎる。てか、ただの家事手伝いになにを期待しているアンタ。
ちなみに、クリスが乳飲み子の時からヴァルハラ学園に入学するまで面倒を見ていた侍女長のメアリーさん(46)は、朝は『お寝坊は許しませんよー!』と叩き起こし、昼は他のメイドたちを怒鳴りつけながら仕事を管理し、夜はクリスが当時苦手だったピーマンを無理矢理口の中に押し付けるという暴君だったのだが、それは言わないほうが吉のようだ。現実見せたら、自殺しそうな勢いだし。
「っと、失礼。つまりですな、あれです。そんなメイドさんに世話してもらいたい! という夢を、せめて気分だけを味わってもらうため、私はこうしてプリムにメイド服を着せて仕事させているわけです」
『はぁ……』
三人とも、同様に曖昧な返事をする。
「いずれ、王都でも流行ると思いますよ。こういう店。事実、この格好をさせてから、うちは売り上げが倍増しました。来る客来る客、こう言っています」
そこでバロックは言葉を区切る。どこか遠くを見る目つきになり、口は半開き、頬を好調させつつ、呟く。
「萌えー、と」
「いや、もういいです」
これ以上付き合ってらんなかった。
「よく食べますね」
プリムに呆れられながらも、三人は食事を貪り食っていた。結局、バロックのあの長い話は適当に流して、食事を始めることにした。あの後、すみませんすみませんくだらない話を聞かせて……と謝ってきたプリムが哀れだった。
「それでさぁ。あんまり、ここに長居するわけにもいかないよね。明日には出発しようかなぁって思うんだけど」
カツラを被り、女装モードに入ったままのクリスがこれからの方針を打ち出す。
「いや、大丈夫じゃないのか? ルナの足じゃ、どう頑張ってもこの村に来るまであと二日はかかるだろ」
仮に真っ直ぐここに向かったとしても、単純に速度が足りない。アレンの台詞にライルは頷いて、ウィンシーズの方角に視線を向ける。
「まだ……そうだね、ウィンシーズから出て、半日も経ってないみたいだ。なんかトラブルでもあったのかな」
「なんの確信があって……」
やけにはっきり断言するライルに、クリスは頭が痛いとばかりにコメカミを抑える。
ライルとルナ。この二人、なんかで繋がってんじゃなかろうか。赤い糸とかそういうロマンチックなものでは断じてないだろうが。いや、赤は赤でも血の紅なら納得できるか。
「つーわけで、明日までくらい、ここでゆっくりしよーぜ。……あっ、このジャガイモの料理、もう一つくれ」
「はーい」
完全に食うモードに入っているアレンが、プリムを呼び止めて注文をする。
作り置きなのか、すぐに戻ってくる。
「はい。ちょっとおまけしておきましたから」
「おう、サンキュ」
なにやらほのぼのとした交流をしている二人。さっき会ったばかりなのに、なんかやけに仲良さそうだ。
「ちょっと、アレン。あんまり、他の女の子と仲良くしないように。フィレア姉さん、怒ると手がつけらんないよ」
「は? おいおい、なに変なこと言ってんだ」
クリスの忠告をアレンは笑い飛ばす。
まぁ、クリスとて、本気で言ったわけではない。あくまで念のためだ。アレンを信用しているとかそういうことは関係なく……単純にこの男、女性にほとんど興味がないのだ。まずアレンから手を出すと言うのは考えられない。
「よし、じゃあ飲むか。この鬼ごっこの無事と勝利を祈って」
「……え?」
「おーい、エール三つー。それから、つまみになりそうなの、もってきてくれ」
「ちょ、ちょっとちょっと。アレン、急になんなのさ」
慌てて止めようとするライルを、アレンは手で制した。
「まあ、いいじゃん。最近、飲んでなかったし、今日は飲みたい気分なんだよ」
ルナたちの恐怖から逃れた開放感。そんなものがあるせいか、酒を入れたくなったらしい。ライルも、改めて考えてみると、呑んでみたくなっている自分に気が付く。
「は〜い、お待たせしました〜」
最後まで抵抗していたクリスも、運ばれてきたんなら仕方ない、と一杯だけ呑む。
そこから先は、まさに奈落に落ちるが如し。もう一杯、もう一杯といううちにすっかり出来上がり、仕事を終えてやってきた村の人たちを巻き込んでの一大宴会と相成った。
「はははっ! ここに世界があるよ!」
なんかわけのわからん台詞を絶叫しつつ、顔を真っ赤にしたライルはテーブルの上からジャンプした。力加減を間違えたのか、そのまま天井に頭を打ちつけ、さらに着地に失敗して椅子を五、六脚纏めて薙ぎ倒す。
「なにやってんだよ、ライルー」
あはははは、と同じく顔を真っ赤にしたアレンが、見事に転倒したライルの頭をはたく。ゴスッ! とモノスゴイ音がして、ライルの頭がそのまま床にめり込んだ。
「三番! クリス、一気いきます!」
そこから少し離れたところでは、なぜか女装したクリスが下心見え見えのオヤジたちに囲まれつつ、大ジョッキでエールを一気に煽っている。ぐびぐびと、酒を嚥下するたびに動く喉が、やたらめったら艶かしい。
ぷはぁっ! と全部飲み干したクリスが腕を上げると、周りからやんややんやと拍手喝采。
騒がしさに惹かれたのか、アレンは助け起こしたライルと共にクリスの元に馳せ参じ、『今度は俺の番だぜ!』とばかりに、さすがに辟易しているプリムにエールを頼んだ。
見事なまでの宴会である。それ以外にこの状況を表す言葉はないだろう。いや、地獄絵図というのもぴったりかもしれぬ。
「うおおおおおお! このアンちゃん、樽ごと行きやがった!」
「……ぷっはぁ!! 酒だろーがなんだろーが、腹に入れるモンで俺が膝を屈するかぁ!!」
ぐい、と口を拭い、全く自慢にならない事を自慢するアレン。
「ちょ、無茶しすぎですよ〜」
ふらっとなったアレンを、プリムが慌てて支える。『らいじょ〜ぶだって』と呂律の回っていないアレンが、プリムにのしかかり、あっさりと床に押し倒してしまった。
「アレンさん〜。重いですよ〜〜」
「お〜、わりぃ、わりぃ」
「ちょっ! どこ触ってるんですかぁ!!」
起き上がるためにアレンが手を突いたのは、プリムの肩と胸の間の微妙なところ。
まわりの野次馬どもはその様子を見てさらにハッスル。『もっとやれー』『そこだ、脱がせ!』『まて、脱がしてどうする、そのままだそのままー』と囃し立るが、アレンはあっさり起き上がった。
「ふい〜ちょっと飲みすぎたな。よし、プリム。二樽目持って来い」
「話が全然繋がってませんーー!」
プリムの悲鳴が、夜の村に響き渡った。
そして……
「よっしゃ、四樽目クリアだぜ! 五樽目――って、なんだ、みんな寝ちまって」
アレンが気が付くと、その場に立っているものは誰もいなかった。マスターであるバロックですらいつの間に呑まされたのか、ぶっ倒れている。
中には寝ゲロをかましている不届きモノもいて周りで倒れている人間の服を汚しまくっていた。
うーん、とアルコールでぼんやりした思考で、アレンは考える。
さて、どうしたものか。もうつまみもねぇみたいだし、誰も寝てるし。
その視線が、同じく床に倒れているプリムで止まる。
どうやら彼女も呑んでしまったらしい。派手にスカートが捲くれ、清楚な下着が露わになっているが、アレンは毛ほども気にしない。この男は素面でも、女の子のスカートが捲れたところで鼻をほじりながらあっさり流すような男である。理性のたがが緩んでいようと、それを見て沸き立つものがあろうはずもなかった。
(……ん〜、女の子は身体冷やしちゃイカンよな)
ぐらぐらの頭で的外れなことを考える。
そして、すぐさま行動。プリムの足首をむんずと掴み、片手で軽々と持ち上げる。髪の毛が床に付いたまま逆さ吊りになるプリム。なんか変だなー、と違和感を抱きつつも、気にせず二階へ。
適当な部屋に入り、ベッドがあるのをこれ幸いとプリムをその上に放り投げる。
「ふ、あぁぁあああぉう」
そして、でかい欠伸。もしそれを見る人がいれば、見ただけで眠気を誘われるだろう、そんな見事な欠伸だ。
(寝るか)
すでに思考は途切れ途切れ。さっきまで自分がなにをしていたかもわからないまま、アレンは手近にあった寝具――つまり、ベッドに、倒れこんだ。