街にモンスターがやってくる……
それ自体は、そうそう珍しいことではない。住人に知らされる前に衛兵などに退治されてしまうから、一般の人は知らないが、週に一、二回程度の割合で、モンスターというのは街にやってくるものなのだ。
数が少なければ、門の外を見回っている兵でも十分対応できるし、そもそも街に張ってある結界がそういう魔物の侵入は防いでくれる。
ただ、数が多いとどうなるか。当然、街全部を覆うような巨大な結界では、そんなに多くの魔物が一斉に来たら耐え切れない。範囲が広い代わりに、出力に関しては脆弱なのだ。
それでも、滅多に破られることはないのだが……
今日は、少々モンスターの量が多すぎた。
午後二時過ぎ。セントルイスは、モンスターの侵入を許した。
第107話「冒険者の哲学 その3」
ザンッ!
ライルの剣が、街に侵入したモンスターの最期の一匹を切り伏せる。
「ふぅ。これで、全部、だよな?」
侵入したモンスターは、全部で五匹。いずれも、中型の強さ的には並のモンスターばかりだった。それでも、一般人が遭遇したら怪我では済まなかったろうが……侵入した地域が北側であることが幸いした。こちら側は、ヴァルハラ学園や自然公園などばかりあって、人通りがあまり多くない。
なんとか、ヴァルハラ学園の方に追い込み、学園の施設が多少壊される程度で済んだ。
それでも、まだ街壁の外で、ルナたちは戦っているだろう。上空で戦況を報告してくれているシルフィに、それ以上の侵入がないことを確認して、ライルは地面を強く蹴って街の外へ向かう。
こういう時にしか役に立たないシルフィが、その疾走を後押しして、ライルは一蹴りする毎に十メートルは進んでいる。手足に絡みつく風の精霊が、ただでさえ敏捷なライルの動きを跳ね上げているのだ。
五百メートルはある距離を、ほとんど一息で駆け抜け、少し右の方向にある門まで行くのは面倒だとばかりに五メートルはある街壁を飛び越える。
まだ、ライルが街中に侵入したやつらを追いかけたときには三十匹くらいのモンスターが残っていた。しかも、大型の強いのばかり。
侵入した五匹は速攻で倒してきたから、当然、まだ何匹かは残っているものと思っていたが……
「……は?」
街壁の上を飛び越える瞬間、状況を俯瞰するが、クレーターが増えているばかりでモンスターの影も形もない。こんなことをするのはルナしかいないだろう。そういえば、街にいてもドッカンドッカン、すげぇやかましかった気がする。
まぁ、それはいい。モンスターも門から侵入しようとして集まってしまったので、ルナに一網打尽にされたのだろう、とわかる。
問題は、ライルが着地するその場所に、生き残りが一匹いて、今まさにルナがトドメの一撃を見舞おうとしていたことだ。
「『エクス……』」
唱えようとしている魔法はルナが好んでよく使う爆裂魔法。『あ……』と、他のみんながライルのことに気が付いて、声を上げる。
当のルナは、魔法詠唱のトリップ中で、全く気が付かない。
「あ、ルナ! ちょ、ストップ!!」
「『プロージョン!』」
ライルの必死の叫びも空しく、ライルは着地直前、爆風によって上空高く舞い上げられた。
……被害状況。
軽傷3
街壁、軽度の破損。
ヴァルハラ学園体育倉庫、及び体育館に破損。
クリスが走って、モンスターの襲来を伝え、その人脈を駆使して異常なまでのスピードで防衛体制を整えさせたため、これだけで済んだ。
「ま、不幸中の幸いってやつだよね」
被害状況を紙に纏めたクリスがそう締める。
「ねぇ、クリス。その軽傷者の中に、僕の名前が入っていないことが非常に気になるんだけど」
冒険者ギルドの椅子に座って、痛むのか身動き一つしないライルがそんな抗議をする。
「だっていつものことだろ。一々問題にすることかぁ?」
「……アレン、そう言う君のほうが、ルナの攻撃受けること多いってことわかってる?」
「ん? あっはっは。ライルは面白い事を言う」
わかってない、絶対わかってない。ライルは確信する。ライルの倍はルナの攻撃に見舞われているのに、半分もダメージがなさそうだ。
そして、アレンは、フッとニヒルな笑いになると、
「ああ頻繁にやられてるとな、もう身体が慣れちまって、ちょっとやそっとじゃ気にならなくなんだよ。だから、ライルもさっさと慣れろ。そのくらいの怪我、一行後には治ってるくらいにな」
漫画だと一コマ後だが、小説なので一行後なのである!
……どうでもいいか。
ちなみに、ライルも普段はすぐに回復する。ただ、シリアスモードだったから、回復が遅いだけなのだ。……どうなってんだ、コイツらの身体。
「お前ら、なんちゅうバイオレンスな日常送ってんだ……」
それを傍から聞いていたカイナが、飲み終わったアイスティーのグラスをかき混ぜながら、呆れたようにそう言う。
「そっか。じゃあ、学園に忍び込めば、もしかして血濡れのライル君たちに会えるのかな?」
メリッサ嬢はなにやら怪しい笑みを浮かべつつ、ブツブツと、学園に不法侵入するための作戦を呟いている。
そこまでするか。と、ライルは戦慄しながら、学園の警備部に、不法侵入者に対する警戒の強化を打診しようと密かに決意していた。
「まあ、なにはともあれ、そんなに大きな被害が出なくて良かった……と、言いたいところだが、君たち」
イマイチ影の薄い魔法使い、ベルナルドが、ブレンドコーヒーを啜って、話を切り出した。
「ああいうのは感心しない。あれだけのモンスターに立ち向かうのは、冒険者じゃなく軍隊の仕事だ。見て見ぬ振りをしろ、とかは言うつもりはないが……もう少し賢くならないと、冒険者になってもすぐに死ぬぞ?」
それは警告だった。
別に、今回のことは別にいい。あれだけの数と強さなら、少なくとも死ぬことはないという自信がライルたちにはあった。
しかし、これから先、もっと強い――そう、例えば上級魔族などと出くわし、それが人間に危害を加えようとしたら、どうする?
死を覚悟で立ち向かうか、それとも逃げるか……早死にしたくないなら、後者を選べ、ということだろう。
「ま、この稼業は、危険が大きいから、報酬もデカいんだ。逆に、報酬もないのに危険に首突っ込むのは馬鹿のすることだってことさ。そういう馬鹿も嫌いじゃあないけどさ〜」
カイナはそう言って、グラスの中に残っている氷を口に入れ、ガリガリと噛み始める。
「おい、カイナ。お前の、そうやって重要なことをすぐさらりと流す癖がだな……」
「いいじゃん。どうせ、こいつら言っても聞かないよ。いつか痛い目にあって、それでわかるさ。アタシたちみたいにさ」
「カイナ、それは……」
メリッサがやんわりと嗜める。しまった、という顔になって、カイナが誤魔化すように笑う。
ライルたちも、何事か触れてはいけないことを聞いてしまった気がして、居心地が悪くなった。
「あれは、俺たちにとって、忘れてはならない教訓だよな……」
にも関わらず、ベルナルドが続けて厳かに口を開く。
「あ、その。身内の話でしたら、僕たち聞かないほうがいいんじゃ……」
「まあ、聞け。君たちも、いずれは冒険者になるなら、聞いておいて損はない」
「ま、そうだな。教えてやるよ」
アレンとクリスは冒険者にはならないのだが、神妙に聞く体制に入る。
「そう、あれは二年位前かな……アタシたちがパーティーを組んでまだ一ヶ月くらいの頃だった」
ええ、とメリッサが頷き、その話を引き継ぐ。
「個人からの依頼で、モンスターを退治する事になったんです。なんでも、その方は商人さんで、ちょうど交易ルートにモンスターが出てるから退治してくれ、って」
うむ、とベルナルドが頷いた。さすが同じ仕事をしている仲間というか、絶妙に息のあった語りだ。
「その時までは、俺たちにはもう一人仲間がいたんだ。戦士の、ガーランドってやつだ」
今、彼らのパーティーは三人しかいない。つまり、それの意味するところは……
「その、お亡くなりになったんですか? その、モンスターを退治するために?」
恐る恐る、ライルが尋ねる。だが、ライルたちの予想を裏切り、カイナはあっけらかんと、
「いんや。怪我はしたけど、みんなピンピンしてたよ? ま〜そのモンスターも強かったから、アイテムけっこう使っちゃったけどさ」
「へ?」
「でですね。たくさんアイテム使ったおかげで、もともとの報酬だけじゃ実入りが殆どなくなっちゃうんです! だけど、その商人さんは『最初に言った金のほかはビタ一文払わん!』って強硬に主張して」
「当時の俺たちは甘かったんだろうな……。まぁ、次の仕事をやればいいか、と揉め事を起こしたくなくてさっさと諦めてしまった」
沈痛な表情で当時を思い返しているベルナルド。
なにやらおかしな雰囲気になってきたところで、リーダーのカイナが滂沱の涙(嘘臭い)を流しながら、テーブルを叩いた。
「でも、新米の冒険者に、そうそう仕事が舞い込むわけがない! おかげで、アタシたちは僅かに残った金で買った食糧を奪い合って……一番立場の低かったガーランドが、栄養失調で倒れたんだ! その後、『俺、お前らとは別にやるわ』って言って、ガーランドは去って行っちまった……」
聞く限り、ほとんどギャグである。
いやいや、そう聞こえるだけで、もしかしてなにやら深刻な事情とかがあったのかもしれない。恐る恐るライルは尋ねた。
「あ、あの。それって、さっきの話とどういう関係が?」
「ん? つまりだ。報酬は毟れるだけ毟れってことだな。仮に今回みたいなことがあっても、しかるべきところから金をぶん捕れ! そうしないと、いつか仲間と別れるかも知れんないよ?」
「あ、あの〜。さっき、ベルナルドさんがすぐ死ぬぞ、って言ったのは……?」
若干の望みを込めて、ブレンドをうまそうに飲んでいるベルナルドを見る。
「新米冒険者なんて、立場的には社会の最下級だからな……下手すりゃ、餓死する。仲間を犠牲にして、俺たちはなんとか生き残ったんだ……」
「って、そーゆー意味ですか!?」
犠牲って、一応生きているだろうに。真剣に聞いて損した、とライルは深いため息をつく。
「てことは、今回はどこからお金を?」
早々に立ち直ったルナが、そんな事を聞く。
「政府と冒険者ギルドにね。街に侵入するモンスターを未然に防いだったことで国から報奨金ふんだくって、冒険者ギルドからは事前の情報ミスってことで慰謝料をもらった。……まぁ、こういうのって、労力に全然見合わないから、したくないんだけどさぁ」
「あん時逃げるって即断したのはそれが理由ですか……」
「危険からなるべく逃げるってのも、当然のことだぞ? 命の危険と常に隣り合わせの仕事なんだから、慎重すぎるくらいで行かないとな」
今までの話の後にそんな事を言われても、ありがたみというものがない。
まぁ、一応、先輩の言葉として心のメモに書き込んでおいて、ライルはこれからの事を尋ねる。
「で、結局、僕らのミッションは一体どうなるんです?」
「それがさぁ」
カイナは、ぽりぽりと頬をかきながら、言い辛そうにして、
「元々受けてた依頼が変更されて、森に行って、残ってるモンスターの掃討と、どうしてモンスターがこっち来たのかの原因調査、及び判明したらその排除……ってなってんだけど、それに参加することってジュディさんが……」
ライルは、うなだれてテーブルに顔面を打ちつけるのだった。