「……つまり、あの時のアレは女装してただけだと?」
「うん、そういうことになるね」
あまりの事実に頭が痛くなる。
しかし、見事なまでに男でも女でも違和感がない。
「まあライルが、勘違いするのもわかるけどね。私だって始めてみたときは目を疑ったもの」
「俺もだ」
ルナと、ついさっき登校してきたアレンが口をそろえて言う。
このクリスという子。話によるとローラント王国の隣国のアルヴィニア王国の王子様らしい。
どうしてそんな身分の人が女装なんてしていたんだろう。気になったので聞いてみることにした。
「ところでどうして女装なんてしていたんだ?」
「それはね」
クリスはクスッと微笑むと、何でもないことのように言った。
「女の格好をしていると、買い物するとき色々おまけしてもらえるんだ」
第8話「ヴァルハラ学園の(自称)貴公子サマ」
ドカァ!
あまりの答えに派手にずっこけてしまうライル。
「あれ、どうしたの?」
だが、すぐに立ち上がり…
「な、なんだそりゃ!?」
と、そこでルナとアレンが再び忠告をする。
「ダメよライル。この子のすることにいちいち悩んでたら」
「そうだぞ。こいつの思考回路は王族だけあって一般人とはかけ離れているから」
(一般人とかけ離れていると言うことなら、お前らも大差ないと思うが)
そんな考えが頭をかすめた。
『全てを燃やし尽くす力持ちし火球よ、我が思うがまま敵を討て』
ルナの凛とした声が響き渡る。
「って!何やってるんだルナ!?」
「お前命知らずだな」
「昨日もやってたけど、もしかして無意識なの?」
アレンとクリスの呆れたような声が聞こえる。
「ま、まさかまた僕、声に出してた?」
ライルの質問に二人は大きく頷く。
ちなみにこの二人を含め、登校していた生徒は全員避難完了している。
入学してから一週間そこそことは思えない手際の良さだ。
「さて、ライル。覚悟はいい?」
両手の間に物騒な魔力を持ったままルナが問いかけてくる。
「よくないって言っても、待つ気なんかないくせに……」
ライルはすでに諦めている。
「あら、よくわかっているじゃない。じゃあ遠慮なく……『ファイヤーボール!』」
ドヒュ!とすさまじいスピードで一抱えもある火球が飛んでいく。
ルナもそれなりに手加減はしているので見た目ほどの威力はないのだが…
(まあ、そこが5年前とは違うところだよな)
下手に避けても、後からさらに強力な魔法が飛んでくるのを知っているので、あえて避けようとはせず、ガードだけしておとなしく受けようとするライル。
これなら、せいぜいちょっと黒こげになるくらいで済むな、と安堵しながら。
しかし、予想外の所から、予想外の人物が、予想外の行動に出たためその危険は去った。
いきなり窓から人影が飛び込んできたのだ。
それも、ルナとライルのちょうど真ん中に。
「ルナさん!今日こそあなたのハートをこの私が…って!?ぎゃあああ!!」
ドガーン!!
「「「「………………………」」」」
どうしようもない沈黙がおちる。
ライルはいちばん早く立ち直ると、自分を救ってくれたある意味救世主の男の顔を覗き込む。
……かなりハンサムな男だった。
あんなことをやらかしたからには、もっと笑いを誘うような顔だと期待していたライルは内心がっかりした。
しかし…見れば見るほど整った顔立ちをした男だ。
目は切れ長で、鼻がすらっと通っていて……
おそらく、どんな女性も初対面で彼に微笑まれたらときめかずにはいられないのではないだろうか。
………全身黒こげで、白目剥いてなければの話だが。
とりあえず、細かいことはうっちゃっておいて、その男のために、回復魔法の詠唱に入るライルであった。
「……で、ルナ、この男は誰だ?」
(変人でしょ)
ついさっき合流したシルフィが、至極もっともなことを言う。
「し、知らないわ…」
「…気付いてないようだから教えておくけど、うろたえたときに右斜め上を見るその癖、まだ直ってなかったのか」
「ぎっくぅ」
「いや、効果音は口に出さなくていいから」
ライルはハァ…とため息を付いた。
「実際問題どうすりゃいいんだ。コレ」
「捨てとけば?」
間髪入れずに答えたのはクリスであった。
「それはいくら何でもまずいだろう」
(べつにいいじゃない?死にゃあしないわよ)
(いやシルフィ、そう言う問題じゃなくて倫理的にだな……)
「ルナもクリスもグレイが嫌いだからなあ」
テレパシーでライルとシルフィが議論をかわしていると、アレンがそうぽつりと呟いた。
「アレン、この人はグレイというのか?」
ライルが、すでに火傷は治っている(ライルが治した)男を指さして尋ねた。
完全に失神していて、すぐには目覚めそうにもない。
「ああ。グレイ・ハルフォード。一応この国の貴族の一人息子なんだが…」
説得力は皆無であった。
「家柄はローラントでも一、二を争うほどなんだが…どうも性格が悪くてな。女好きだし。顔は良いからなおさら始末に負えない」
「で、どういう訳か、私に一目惚れしたらしくて、それ以来ずっと追いかけ回されているの」
ルナが嫌そうな顔をして言う。
「ルナはこいつが嫌いなのか?」
「当然!私はね、こういう軽薄でキザッたらしい男は大っ嫌いなの」
ライルはよくここまで嫌えるもんだと、グレイを少し哀れに思いながらとりあえず肩に担いだ。
「とりあえず、こいつの教室に送ってくる。何組なんだ」
「1−A。この教室の隣だ」
アレンが答える。
「サンキュ………そう言えば隣のクラスなのに、どうして窓から侵入してきたんだろう」
「ああ、それはアレだろ」
ずっと面白くなさそうに見ていたクリスが言った。
「前にルナが、『私に振り向いて欲しいんだったら、窓からでも飛び込んできなさい!!』って冗談で言ったのを真に受けたんじゃないかな」
(アホね)
(アホだな)
シルフィがピシャリと言い放ち、すぐさまライルも同意する。
と、そこで肩に担いだ物体が、もぞもぞと動くのを感じる。
「あれ?目が覚めたのかな」
ライルがそう呟くのとほぼ同時にグレイは立ち上がった。
「はっ!?ここはどこだ!?」
グレイはきょろきょろとあたりを見渡す。
「む!君は何だ!離したまえ。僕は男に担がれる趣味なんぞない!!」
と言ってライルを振り解いた。
「あのね……」
ライルが文句を言おうとすると、グレイはその前に教室の中に求めていた顔を見つけた。
「おお!そこにいるのはルナさんではないか!!どうです?今日の放課後一緒にお茶でも」
すでにさっきの無様な姿は忘れることにしたらしい。
「い・や・よ!」
「はっはっは。相変わらず照れ屋さんだなあ。そうか、僕と外であっているのを知られるのが嫌なんだね。よし、じゃあ僕の屋敷に行こう。最高級のお茶とお菓子を用意させるから、君も気に入ると思うよ」
「だから嫌だっつってんでしょうが!」
すでにライルは取り残されている。
文句を言おうと一歩踏み出していたが、そこから進もうとしない。
(っていうか、もうこれ以上この人と関わるのはヤダ)
そんなことを考えながら、そそくさと、ルナを見捨てて、その他大勢の生徒の中に紛れ込もうとする。
「ちょっと待ちたまえ」
が、突如伸びてきた腕に肩をつかまれその行為は阻まれた。
もちろんその腕の主はグレイである。
「……なんでしょうか?」
なるべく波風が立たないように。
と、いうよりこれ以上関心を持たれないように、ライルは慎重に返事をした。
「ルナさんが、今晩は君と夕食をとる約束をしているからと、僕の誘いを断ってきたのだが……」
(なぬーーー!!?)
もちろんそんな約束はしていない。
ルナの苦し紛れの言い訳だ。
(なーんか、妙な展開になってきたわね〜)
(のんきに言うな!)
(だって私関係ないもん)
「で、君とルナさんとはどういう関係なのだ?」
「え、えーと…昔同じ村に住んでいましたけど……」
グレイは口元に手を当てて、
「ふん…ただの幼なじみか。まあそれはいいが、今日ルナさんは僕とお茶をする予定なんだ。つまり、君との約束は守れない」
「いや、それは全然構わな……」
ゾクゥ!
言葉を続けようとすると、凄まじいまでの殺気がライルに叩き付けられた。
「?どうしたんだ」
すでにライルはグレイの方を見てはいない。
まさしく蛇に睨まれたカエルの姿を体現している。
ライルの視線の先にはものすごい剣幕でライルを睨み付けているルナの姿があった。
その瞳は『わかってるわね?下手な事言うと殺(や)るわよ』と雄弁に語っていた。
気の弱いものなら失神してもおかしくないほどの威圧感だ。
「い、いや。どうもしない…けど」
一言言うたびにビクビクしながらライルは言った。
なるべくルナの機嫌を損ねないようにこの場を穏便に済ませなくてはいけない。
さもなくば、待っているのは『死』だ。
「あ、あのさ。今日のことはずっと前から約束していたんだ。だから、今日は勘弁してもらいたいんだけど…」
ライルは脂汗をだらだら流しながら慎重に言った。
「……この際はっきり言わせてもらおう。僕とルナさんはね、幼なじみとは言え、君如きが入り込めるような仲ではないんだよ。分相応に引っ込んでいてくれたまえ」
(なにこいつ…やなやつー)
シルフィが感想を述べる。
(確かにな。でもどうしたもんか…何を言っても引き下がりそうにないな)
(別に無視しちゃえばいいじゃない)
(無責任なこと言うな。そんな事したら僕がルナに殺される)
「わかったかい?わかったら今後、“僕の”ルナさんに必要以上近付かないでもらおう」
その台詞にルナがキレた。
ずかずかとグレイに近寄って、腕を振り上げる。
「誰があんたのだーーー!!」
「ぐっはぁ!!?」
瞬間。世界も狙えそうな右ストレートがグレイの顔にめり込んだ。
グレイは数メートル吹き飛ばされ、教室と廊下を分けている壁にぶつかり、止まった。
グレイ、本日二度目の失神。
ぴくぴくと痙攣しており、どう見ても半死半生だ。
(始めからそうしてればマスターも困らなかったのに)
(まったくだ)
結構ひどいライルであった。
不意に、声がかけられる。
「で、いつまでその漫才は続くんだ?(怒)」
「「あっ」」
振り返ってみると、顔は笑っていたが、目は全く笑っていないキース先生の姿があった。
「とっくに始業の時間は過ぎてるぞ」
「「す、すみません!!」」
ライルとルナが同時に謝る。何というか、見事なまでのコンビネーションであった。
ルナが暴走して、怒られてばかりだった幼少時代の経験が、こんな所でも現れている。
結局。その後、延々と説教をされたライルとルナであった。
(ちなみに、一人だけ気絶していて、お咎めなしだったグレイを、ルナがさらにボコにしたことを追記しておく)