勇ましく飛び込んでいった葵は、まあ及第点の活躍をしていた。

「炎刃!」

それなりの威力の『術』を使い、確実に障鬼の数を減らしていく。真希の目から見ても、なかなかの実力である。

(……にしても、神楽さんは術師だったのか)

退魔士には大きくわけて二つの種類がある。一つは、自らの肉体を霊力で強化し、なんらかの霊的な武器で戦う戦士タイプ。もう一つは、霊力を『術』という形にして戦う術師タイプ。

個人個人の霊力の質によって、この二つにわけられるのだ。無論、戦士が『術』を操ったりすることは不可能ではないが、どうしても術師に比べ威力、精度は劣ってしまう。

真希はと言うと、術を補助として使う戦士である。もっとも、使える『術』は二つだけだが。

「くっ! 爆雷!」

とうとう数に押され、でかい『術』で結界中を吹き飛ばそうとする葵。しかし、下級の妖魔とは言え、障鬼はこれぐらいで倒れはしない。ゴキブリのようなしぶとさには定評がある。

(そろそろ限界かな?)

もう戦いを始めて十分は経っている。最初は勢いがよかった葵も今ではほとんど攻撃できず防御一辺倒になっている。さきほどの『爆雷』を最後に、残りの霊力は防御に専念し始めた。

「ちょ、ちょっと! こんなの聞いてないわよ! み、美月くーん! たーすーけーてー」

これだけ気楽な口調なんだからもう少し放って置いても大丈夫かな、と思う真希。だが、ここで放って置いたら、あとで葵にどんなことをされるかわかったものではないので仕方なしに荷物から小太刀を取り出す。

(でも、こいつはちゃんと戦闘用の処理をしてないから、どれだけ持つか……)

武器に霊力を通わせるのは戦士タイプの一般的な戦闘方法だが、欠点として普通の武器は霊力に対してあまりに脆い、というのがあげられる。きちんとした法術処理を施さないとすぐに壊れてしまうのだ。

今回の仕事では使わないだろうと、処理していない武器を持ってきてしまったのが仇となった。正直、真希の腕でもこれはキツイ。

「ま、やるしかないんだけど……」

渋々といった感じで、結界内に入る。とりあえず、手近な障鬼の一体を斬り捨てる。その攻撃で、障鬼たちは葵だけでなく真希も標的にし始めた。単純に、一人が相手をする数は半分になる。

「な、な〜いす! 助かるわ美月くーん!」

「はいはい。無駄口を叩く暇があったらさっさと手を動かす! あとからきっちり言いたいことがあるんだから。ったく、だから僕の言ったとおりにしてればよかったんだ」

「うっ! だって……」

「言い訳は後で聞くよ」

この二人、そんな会話をしながらも確実に障鬼を片付けていく。すでに最初の数の半分程度になってしまっている。特に真希は、武器の関係でかなり動きを制限しているのにも関わらず……だ。

「よっ……裂風!」

とは言っても、小太刀の負担を少しでも軽くするために、苦手な術も織り交ぜていたりする。

「へえ、さすがAランク。戦士系のくせに術も一応使えるんだ」

「別に、これぐらいはBくらいでも珍しかないよ。……にしても、少し多いな」

残りの数は十匹程度。葵の霊力ももうつきかけているようだし、真希の小太刀はすでにひびが入っている。

「一気に決めるか。神楽さん。ちょっと結界の外に出て」

「へ? でも、美月くん武器が……」

「だからさっさと決着をつけるんだよ」

「よくわかんないけど、まあ先輩の言うことには従いますよ」

「できれば最初からそうして欲しかったけど」

それを聞くと、葵は聞こえませんと耳を塞ぐポーズをしながら出ていく。それを真希は恨めしげに一睨みして、残りの障鬼に向かう。

「やれやれ……。ま、説教は後でも出来るか」

一つため息をつき、体内の霊力を高める。結界の外に出た葵にもはっきり視認できるほど高圧の蒼色の霊力が真希の体から立ち上る。

本能的恐怖を感じた障鬼は逃げようとするが、もちろん結界の壁に阻まれ逃げることなど出来ない。

「美月一刀流……」

ただ放出されるだけだった蒼色の霊力が小太刀に収束していく。と、同時にその小太刀についたひびがどんどん大きくなっていく。これはもう修復不可能だろう。

(けっこう高かったのに……)

真剣な表情とは裏腹にそんなことを考えている真希。そして、心の中だけで涙を流しながらその鬱憤を振り払うかのように前方の空間をなぎ払いながら叫んだ。

「蒼月波ぁ!」

その叫びと共に、真希の小太刀から蒼色の奔流がて放たれた。それは逃げようとあがいている障鬼の集団を飲み込み……

「……加減するの忘れてた」

結界をぶち破り、障鬼の潜んでいた倉の一部を吹き飛ばした。

 

 

真希は仕事が終わるとすぐに山城に頭を下げた。あの後、倉を壊したことに山城は驚きはしたものの、笑って許してくれた。なんでも、最初から古くなった倉を新しくするために真希に依頼したらしい。

かといって、もともと生真面目な真希はそれを聞いても平身低頭に謝った。依頼料は受け取れないと言ったのだが、強引に渡されてしまった。

「くれるって言うんだから、もらっとけばいいんじゃない?」

という、葵の意見も無視して、それならばと今回使った道具の料金だけもらってあとは返した。

その帰り道、途中まで一緒に帰っていると葵が突然切り出した。

「ねえ、美月くん。なんで美月くんは退魔士になったの?」

真希にとってはまったくの不意打ちだ。考えてみても、昔からそれが当然のように修行をしていて、将来それ以外の職業に就くことなど考えたこともなかった。

「なんでって……そうだな、気が付いたらやってたからなあ。そう言う神楽さんはどうなのさ?」

「言わなかったっけ? 私は昔からヒーロー願望が強いみたいで、悪を倒す正義の味方っていうのになってみたかったのよ」

「……僕も言わなかったっけ? そんな気持ちで考えなしにやってたらそのうち命を落とすぞって」

山城家を出てからここまで、ずっと真希は葵に説教をしていたりする。

「うっ……」

「今日だって、もし僕がいなかったらどうなってたんだろうね?」

「美月くん、性格悪いよ。学校ではもっと素直なのに」

「……面白いことを教えてあげようか? 殉職する退魔士の数が去年は百人を超えたんだよ」

日本で活動する退魔士は二千人ちょい。退魔士の約五%が一年のうちに死んでいく計算になる。

そんなことは聞いたこともなかった葵は目を見開いている。

「更に言うと、新人が今回の僕みたいな監督なしでする初めての仕事の死亡率は三十%を越えていたりするんだな」

「………………」

「経験のない新人はそれだけ危ないってこと。ま、幸いにも神楽さんの監督役はむこう三ヶ月僕が務めることになるから、みっちり鍛えてあげるよ。とりあえずは頭の勉強かな。妖怪、悪霊に関しての知識を徹底的に頭にたたき込む!」

「うそ!」

「ほんと」

「……美月くん、私のおつむの出来を知っている?」

真希はにこりと笑いながら答えた。

「京一と学年末テストで見事な最下位争いを繰り広げていたね」

心底うれしそうに話す真希に、葵は恨めしげな視線を送りながら、

「……やっぱり学校とのギャップが大きすぎるよ」

と、呟いた。