それはあまりに唐突な襲撃だった。

一撃で、俺は左腕が上がらなくなり、メイが吹っ飛ばされて気絶した。

レインとヴァイスは無傷のようだが、俺たちとは分断されている。

……俺たちは、すこし調子にのっていたのかもしれない。

 

ゆうしゃくんとなかまたち(全滅の危機編)

 

事の始まりは、いつものようにとある小さな町を滅ぼしたと言う魔族を討伐に行ったことだ。

すでに、パーティーを組んで一年弱。

数多くの魔族を滅ぼし、冒険者仲間の中では、かなりの凄腕として知られるようにもなった。いくつかの国の危機にも駆けつけ、すでに巷では英雄扱いされることもちらほら。

実際、実戦に実戦を重ねたおかげで、俺たちは飛躍的なレベルアップを遂げている。ヘルキングスの何匹かも倒した。

そんな俺たちが、たかが一魔族の相手、と油断していたことは否めない。

 

それでも……今目の前にいる者の強さは異常だった。

 

 

 

 

廃墟と化した街の中で俺たちは一人の魔族を挟みうちにしている。

俺とメイ、ヴァイスとレインという組でその魔族を睨みつけていた。……が、そいつは俺たちの視線などどこふく風とばかりに優雅に空中に浮かんでいる。

「お前……何者だ?」

ヴァイスが低い声で聞く。油断無く構えてはいるが、相手の威圧感から、冷や汗が流れているのがわかる。

「……これから死ぬ奴に答えても意味がない」

「なっ……」

激昂しかけたレインが一歩踏み出す直前、奴が両手をそれぞれ俺たちの方とヴァイスたちの方に向けた。

「『スプレッドボム』」

それはなんでもない魔法のはずだ。難易度も低い、ごくありふれた魔法。

しかし、最大級に警戒していたはずの俺たちは『スプレッドボム』ではありえない規模の爆発によりわけもなく吹っ飛ばされた。

「くっそ!」

気絶しているメイさんを庇いながら受身をとる。

ゾクリ、と背筋が粟立った。

「ちぃ!!?」

勘の命じるまま、剣を抜き放ち全力で背後に叩きこむ。

ガキンッ、と硬質の音がして弾かれた。

「いつの間に後ろに……!」

そう尋ねる間もあればこそ。音も無く俺の背後に回っていた魔族は続けて剣を振るってきた。

その速度、まさに神速。

片腕が使えない俺では、防ぐのが精一杯どころか、致命傷を避けるのがぎりぎりだ。いや、両手が揃っていたとしても、到底勝ち目はない。

「俺を無視すんなぁ!」

横合いからレイン登場。不意打ち気味に渾身の一撃を見舞うが、これも当然のように防がれる。だが無駄だ。これも折り込み済み。本命は、ヴァイスが唱える魔法!

「『カタストロフィー・デス!』」

レインと俺はすでにその場から離れている。この一年で培ってきたチームプレーを以ってすればこのくらいの真似事はできる。

黒い魔力の一閃がやつを刺し貫……

「『カタストロフィー・デス』」

同じ魔法。ただし、その威力は段違い。

ヴァイスのそれを飲み込み、やつの魔法はヴァイスを飲み込む。

「ぐはっ……!」

咄嗟に結界を張ったようだが、それも砕かれてしまっている。ヴァイスは、もう戦闘不能だろう。生きてはいるようだが重傷だ。

「ふむ」

件の魔族は、自分の右腕を不思議そうに見ていた。ヴァイスの放った魔法の余波で、それは少し火傷している。

だが、魔族の再生力は並じゃない。それも、あれだけの高位魔族。ものの数秒で、その火傷も回復してしまう。対して、こっちの傷はそう簡単には治らない。ヴァイスも、あれでは一ヶ月は安静にしなければいけないだろう。

(おい、レイン)

(なんだ?)

小声で会話する。傷を負って、少しは怯んでくれたのか、まだ襲ってくる様子はない。

(俺があいつを引きつけるから、その間にヴァイスとメイを連れて逃げてくれ)

(あ、あほか! これだけやられて、おめおめと引き下がれるか!)

(どっちがアホだ。どう考えても、勝てる相手じゃないだろ。少なくとも、今の俺たちじゃ)

悠然とこちらを見ている魔族をちらりと見やって、レインはしぶしぶと頷いた。それもそうだ。こんな短時間で、すでに二人もやられている。レインにも、相手が桁違いの化け物だということはよくわかっている。

(でも、お前のオリジナルの精霊魔法。あれ使えば……)

(今日は精霊界の会合とかで、精霊王が傍にいない。俺一人じゃ、あんな未完成のもの制御しきれん。使えたとしても、効くかどうかは怪しいし)

(……わーった。リーダーの言う事は聞いておくよ)

「いい判断だ。だが、そううまくいくかな? 逃げるにも、それなりの実力が必要だぞ」

こっちの会話は筒抜けだったらしい。いい加減、腹をくくるしかないようだ。視線で、レインに『行けっ』と合図して、一歩前へ踏み出す。

「盗み聞きとは趣味が悪いな」

「それは悪かった。どんな作戦を立てるのか気になってな。予想通りだったが、まあ玉砕するよりはましだな」

レインは、ヴァイスを引っつかんでいる。当然、こいつも気付いているはずなのだが、なぜかリアクションを起こさない。

「あ、そう。で、ヴァイスも聞いていたみたいだけど、改めてあんたの名前聞いてもいいか?」

「……ああ。ヘルキングスのまとめ役の様なものをやらせてもらっている。ルシファーと言う者だ。魔王の弟君よ」

ヘルキングス(古代の魔王たち)のトップ……。なるほど“ルシファー”。かつて、天の神々の半分を倒した“堕ちた魔王”、“明星の支配者”。神話で語り継がれる魔王の中の魔王。

「姉さんは、あんたみたいなのも従えているのか」

「そうだ。お前の姉は最高だぞ。有史以来、最強の魔王に違いない。私が封印される前無し得なかった神界の支配も、彼女ならできるだろうな」

そんなことは、俺がさせない。なにより、姉さん自身のために。あの優しかった姉さんは、きっとすべてが終わった後、泣いてしまうだろうから。

……レインはメイの所に辿りついたようだ。

「レイン、走れ! ルドラの方向!」

叫び、ルシファーに踊りかかる。ルドラとは、俺たちのアジトの一つの名前だ。元エルフたちの集落を利用した自然結界の中にある。

こういう時のため、世界中に何箇所か作ってある。

「はっ!」

ルシファーの最初の不意打ちで血まみれの左腕を無理矢理動かし、全力で切りつける。

「ふん……」

手負いの一撃など、意に介さない。……だが、俺は諦めは悪い方だ。

「『エクスプロージョン!』」

至近での爆発魔法。自爆覚悟の距離だが、こうでもしないとこいつにはダメージを与えられない。

……いや、ダメージなど期待はしていない。一瞬、怯ませることができればそれでいいのだ。

剣はすでに手から離している。それなりの名刀だったのだが、たった数合の剣戟で致命的なひびが入っていた。

「むっ!」

エクスプロージョンによる煙によって、一瞬やつは俺を見失う。

その一瞬さえあれば十分だ。今の俺のすべてをぶつける……!

「う、らぁぁぁぁ!!!」

すべての魔力、気力を右拳に込めて、ルシファーに叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

レインは必死で走っていた。

すぐに戻って、一緒に戦いたい衝動はもちろんある。それではしんがりを務めたルーファスの犠牲が無駄になる。

犠牲……と考えたところで、レインはブンブンと首を振った。

「俺はバカか。あいつがそう簡単に死ぬわけ無いだろ」

まだ子供だが、その実力は世の一流を遥かに超越している。レイン自身、剣のみならまだ分があるが、魔法を混ぜられると手も足もでないほどのクソガキなのだ。

……しかし、あの魔族はそいつすらも凌駕した化け物……

「くそっ!」

もう一回頭を振る。

と、思ったらなにかに躓いた。

「うおっ!?」

抱えていたヴァイスとメイを放り出し、ごろごろと転がる。達人とは思えない、あまりに無様なコケ方だ。

「ってぇ!? な、なんだこのでかい……」

“ソレ”を確認して、レインはぽかんと口を開ける。

……戦場にいるはずの、ルーファス・セイムリートがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「いいのか、魔王?」

ルーファスの最後の一撃によって開けられた腹の穴を手で塞ぎながら、ルシファーが隣の魔王に尋ねる。

「いいのよ」

眼下で、起きて目を白黒させているルーファスを面白そうに見やりながら、魔王エルムは答えた。

「そもそも、命令がおかしかった。“弟のパーティーの実力を調べて来い。見込みがあるようなら殺すな”というのはね。普通、逆だろう。あいつらは将来化ける可能性がある。今のうちに抹殺しておいた方がいいと思うがね。そんなに弟が可愛いか?」

「……今の神って、歯ごたえがなさそうだし、障害の一つもいないと、このゲームも面白くないでしょう? 障害にもならないようだったら、うっとおしいから殺しておいて、とも言っておいたわよ」

神界、人間界を滅ぼすことを、ゲームと言い切る彼女に、ルーファスの姉だった頃の面影はない。

「どうだか。隠れて観察していたようだが、あのパーティーがどうだろうと、私が弟を殺そうとしたら割って入る気じゃなかったのか?」

「しつこいわよ、ルシファー」

厳しい視線で、ルシファーに殺気を叩きつける。

「失言だった、許してくれ。……しかし、な」

「なに?」

すでにふさがった腹の穴に目をやって、ルシファーはふと呟いた。

「あなたの弟君は、あのメンバーの中でも一つ飛び抜けた強さだ。しかもまだ子供。……将来、あなたを倒せる可能性があるとしたら、彼だけだろう。神も含めて、な」

「……もういいわ。先に帰ってて」

「……了解した」

ルシファーが消えた後、魔王エルム……いや、エルム・セイムリートはもう一度だけ仲間と離している弟を見て、かつての表情でそっと呟いた。

「そうでしょうね。……昔っからあの子は、私が後に泣くようなことをしようとしたら、止めてくれたんだから、ね」