サイファール王国を襲った魔族を打ち破った俺たちは、とんでもない歓待を受けていた。

アレだけの魔族を立った四人で倒す……確かに前代未聞のことだ。騒ぎになることは、半ば覚悟していた。

そう。こうやって魔族の攻勢が始まったにもかかわらず、大宴会に突入する程度は。

「ちょ、待てメイ! グーはやめてぐぁ!?」

向こうでは、貴族の娘さんたちにチヤホヤされて鼻の下を伸ばしているレインをメイが殴り飛ばしている。……いい加減で、あの二人、あの漫才コンビみたいな関係を見直すべき時期だと思うのだが、どうか。

まぁ、それはいい。どうせ、割を食うのはレイン一人だし。

……で、だ。

「ちょっと。アンタ、なに隅っこに立ってんの。後で話があるって言ったでしょ」

神さま。俺、なにか悪いことしましたか?

 

ゆうしゃくんとなかまたち VS姫様編

 

「聞いてんの? ルーファス……だったわよね」

「……ちゃんと聞いてますよ。姫」

偉そうな物言いの、恐らくは俺と同年代程度の少女。この国の王女、ティスメア姫だ。

なにが気に入ったのか、俺に寄ってくる。先程までは挨拶めぐりがあるとか何とかで離れていたのだが、終わったようだ。

「ティスでいいって言ったでしょ」

「……はぁ。じゃあ、ティス。一体俺に何の用なんですか? あちらに、貴方のことが気になってる人が沢山いますが」

「敬語も禁止!」

なにが気に入らないのか、怒った顔を見せるティス。……いや、平民出身で、元来小心者な俺にそんな無茶な要求されても。

そう言いたかったのだが、また怒られそうなので素直に従うことにする。

「……了解。で、向こうの人たちはいいのか?」

「いいのよ。あんなやつら」

「あんなやつらて……てか、お前が良くても、俺がなんか逆恨みされてんだが」

王女様にお近付きになりたがっているやつらから見れば、俺はもう純度百パーセントのお邪魔虫だろう。うん、気持ちはわからんでもないが、これはティスが勝手に近付いてるんだからな?

そこら辺勘違いしないように。特にそこの今にも射殺さんばかりの目で睨んできている成金趣味の坊ちゃん!

「んなの、あたしの知ったこっちゃないし」

「オイオイ」

まぁ、そんな風に見られるのも気分がよくないので、さり気にそいつらに背を向けるような位置に陣取る。自然、ティスと向き合う姿勢になった。

……こうして見ると、かなりの美人だ。王族って人種の全部が全部こうなわけじゃないだろうが、さらりとした金髪といい、白磁のように白い肌といい、なんか一般庶民がどう足掻いても届かないような造形をしている。

「なによ?」

「別に」

まじまじと観察したのがバレたのか、ティスは不審そうにこちらを睨んでくる。

落ち着け、俺。顔がいいだけなら、精霊王の連中もそうだったろ。

「……よし。で、俺に何の用だって?」

「あの、さ。ルーファスたちって、魔族を倒したんだよね?」

「あ〜。ま、一応」

言葉を濁す。今、この場ではレイン、メイ、ヴァイスが主役で、俺はおまけ扱いになっている。年齢が年齢だから、仕方ないし、別に注目されたくてやったわけではないので構わない。

むしろ、群がられる方が面倒だ。身動きも取れないほどいろいろな人に囲まれているレインたちを見て、心底そう思う。……あ、レインがまた宙に舞った。

「でさ。魔族と戦えるようになるにはどうしたらいいの?」

「どうしたらって……修行?」

「どんな修行?」

「言っておくが、ティスには無理だ。だから、自分も戦おうなんて言いだすんじゃないぞ」

図星だったのか、ティスの顔が紅潮していく。

「なんでよ!」

「なんでよってお前ね……」

一歩近付く。

「ちょ、なに……?」

ティスの肩から脇、足までに触れていく。触れているうちに、なにやらわなわなと震え始めたが、コレだけではっきりした。

「まず、戦う筋肉の付き方してない。魔力も常人並み。……ま、お嬢様なんだから当然っちゃあ当然だけどな。才能もあんまりなさそうだし。まぁ、普通のモンスターと戦えるようになるだけでも十年以上は……」

「くぉの、無礼者! いっぺん死んで来い!」

最後まで言わせてもらえなかった。しなやかなハイキックが俺の側頭部を見事に打つ。

その細い足からでは想像も出来ないほどの衝撃(きっと、ギャグ修正とか入ってる)が走り、俺はレインのように吹っ飛ばされた。

「ぐぉっ!? た、戦えるじゃん!」

しかし、忘れてはならない。ここはパーティー会場。

当然、こんなことをしてたら、注目の的。周りの視線が物理的な威力を持っているかと錯覚するくらい痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、お前はなにしとるんだ」

すんごい呆れ顔で、ヴァイスが言ってくる。

ここは、城に用意された一室。一応、コレが救国の英雄とやらに用意された部屋だ。確かに、豪華な部屋だが……逆に落ち着かない。ちなみに、レインとメイは別の部屋を用意されている。

「一国の姫さまにセクハラとは。お前、魔族の一件がなかったら死刑にされても文句は言えんぞ」

「セクハラじゃない! ちょっと体つきを調べただけだ!」

「それがセクハラだ」

当然、といわんばかりのヴァイス。

でも、なぁ……? あのくらいで怒ることないだろう、と思うんだが。

「お前……。一応、年長として忠告しておいてやるが、お前はもう少し女心というか……そもそも常識を学ぶ必要があると思うぞ」

「なんだよそれ。それじゃ、まるで俺が世間知らずみたいじゃないか」

「みたいじゃなくて、そのものズバリ世間知らずだと言っとるんだ。女性の体をペタペタ触りよって……そこら辺の機微を、もう少し理解しとけば、お前だってそれなりにモテるだろうに」

「いや、俺興味ないし」

そんな俺の言葉にますます呆れたのか、ヴァイスが『処置無し』と肩をすくめた。

ここで俺がなにを言っても、ヴァイスの評価は変わらなさそうなので引き下がることにする。

そして、しばらくぼーっとしていると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。

「客か?」

「ったく。休むから、そっとしておいてくれって言ったのに」

昨日は魔族三千との戦闘→宴会というコンボで、かなり疲労している。どっちかというと、宴会の方の疲労の比重が大きいのはきっと気のせいだ。

ま、とにかく。

色々騒がれるのもアレなので、誰も部屋に来ないよう、頼んであったのだが……。

「はいはい。今出ますよっと」

かといって、無視するわけにもいかない。扉を開けて出迎えた。

「ふん。遅いわよ」

「てぃ、ティスさん?」

開けると同時にぐい、と部屋に押し入ってきたのは件のティスメア姫様。昨日の蹴りは、まだじんじんと痛んでおり、俺は知らず知らず腰が引けていた。

ぬぅ……この身をここまで脅えさせるとは、やるな。

「ほっ、これはこれは姫様ではないですか。さて、老人は邪魔のようだし、退散させてもらうとしますかね。……ルーファス。わかってるとは思うが、襲うんじゃないぞ?」

「は? 何で俺が人間を攻撃せにゃならんのだ?」

「とまぁ、こういうやつですから。とりあえず、そっち方面の心配はしなくても構いませんよ」

最期、ティスにそれだけ言って、ヴァイスは出ていった。

……あれ? もしかして俺、見捨てられた? ちょ、ヴァイス待って! 俺一人でコイツの相手をしろってか!? へ、ヘルプミイイイイ!

……などと、口に出したら殴られそうなので、俺はヴァイスを引き止めることも出来なかった。

「あ、あ〜。で、ティス。なにしに来たんだ?」

「決まってるじゃない。アンタに、戦い方を教わりに」

「……だから、やめとけっつったろ」

ぐしゃぐしゃを頭をかきむしる。幼い頃から訓練していたわけでも、才能があるわけでもない女の子が、戦おうってのがそもそも間違いだ。

……いや、その女の子に蹴り飛ばされたのは誰だとか、そういうツッコミは俺の尊厳に関わるので却下という事にして。

「大体、自分で戦わなくても、お姫様なんだから守ってもらえるだろ」

「それが嫌なのよ!」

一瞬、俺がたじろぐほどの感情の発露を見せるティス。

「今から戦いの時代になるって言うのに、王族のあたしが守られてばっかりじゃカッコつかないじゃない」

「……あ〜」

照れたようにそっぽを向いてすこし冗談めかして言うティスが、なんとなく俺は羨ましい。

俺みたいに独りよがりじゃない戦う理由を、ティスは持っている。

……ま、でも。

「それでも、やっぱりお前に直接戦うのは無理だな。おとなしく後方支援に徹してくれ。俺たちが、何も気にせず戦えるように」

「それじゃ嫌!」

「こ、この我侭お嬢様め……」

いい加減、この問答も面倒くさくなってきた。

「大体、なんで俺なんだよ。この城にも騎士団あるし、魔法なら宮廷魔術師だっているだろ」

「だって、すごく強いらしいし。それに、年近いから頼みやすかったし」

「それだけの理由で……て、!?」

ざわっ、と背筋のあたりが寒くなる。それの正体がなにか探る前に、俺はティスを抱えて、その場から飛びのいていた。

直後、窓から侵入する影。

その黒い影は、魔族に相違ない。俺はティスをその場に置いて、手刀でそいつを切り裂いた。

「ルーファス! どうも、下級魔族が二十匹ほど国に侵入したらしいぞ」

「遅すぎる!」

もう一匹入ってきたヤツを、召喚したレヴァンテインで切り裂きながら、俺はヴァイスに叫び返す。

ええい、もう少し早く察知できなかったのか。

なまじっか魔力の低いヤツだったから、俺も気付くのが遅れてしまった。気が付くと、城はすでに囲まれてしまっている。

……どれだけ急いでも、被害を抑えるのは不可能だ。

「ティス、お前はここで大人しく……してるより、ちょっと付いて来い!」

「ちょっ……離してよ!」

下手に放置して殺されては目も当てられない。むしろ俺についてきてもらう方がよっぽど安全だ。

そんな俺のナイス判断を無下にするかのように、ティスは俺の手の中で暴れまくる。

「なぁ、ルーファス。儂の言ったこと、全く理解してないようだな」

きっと、それで将来苦労するんだろうな、なんて、ヴァイスの言葉がやけに俺の心に残った。……なぜだろう。本来反発するべきその言葉が、妙に正鵠を射ているような気がするのは。

なんか将来に対する嫌な予感を振り払って、俺は魔族の迎撃に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……結論から言おう。国王が殺された。

元々、王族を殺害して、人間側の士気を挫く作戦だったらしい。

当然、ティスも標的に入っていたのだが、俺がいたのでティスは事なきを得た。

「これで、逃げらんなくなっちゃった」

と言ったティスの表情が忘れられない。

……で、だ。

しばらく、サイファール王国で戦うことになったんだが……。

「ちょっとルーファス! 今この国には先陣切って戦える王が必要なのよ! 大人しく、あたしのモンになりなさい!」

「断る! レインでもいいだろ! ヴァイスもあれで独身だぞ一応!」

「レインさんは恋人いるし、ヴァイスさんはいくらなんでもアレでしょうが!」

なんでこんなことになってんだ?

王が死んで一週間くらいはずっと沈んでいたティスだが、いつまでもクヨクヨしているわけにもいかず、今では立派にサイファール王国を率いる女王として見事に采配を取っている。

んだが、なんでそこで俺がこんなに追いかけられなきゃいけないんでしょうか。てゆーか、女難が加速度的に多くなっている気がするんですが!

 

神さま。俺、なにか悪いことしましたか?