俺、レイン、ヴァイス、メイたちは、修行を一時中断し、再び集まった。

なぜかというと、なんでも神界が魔王軍の侵攻により、とうとう陥落したそうだからだ。生き残った神族は人間界に逃げ込んできた。……つまり、いよいよ本格的に、人間界がやばくなった、というわけだ。

各国では、これまでに倍する数の魔族の侵略を受け、多くの町が滅亡したらしい。

ここ、サイファール王国では、この危機に対応するべく、近郊の腕利きを収集し、サイファール王国を攻めている魔族の軍の対応をやらせようとしている。

……で、俺たちはその傭兵団の一員として、城のホールに集められているわけだ。

 

ゆうしゃくんとなかまたち(勇者誕生編)

 

「あーん? なんでこんなところに子供がいるんだぁ?」

あー、ウザイ。

さっきからこんな風に、周りの連中から絡まれてばっかりだ。ならず者とイコールで結ばれるようなやつらまで集めているから、それも仕方がない。

……いやまあ、性格が悪かったり、志が低いのは構わないのだ。俺が魔王退治なんぞしているのも、酷く個人的な理由なわけだし。

ただ、どう見ても最低限の実力すら持ち合わせていない者が全体の半数ほどを占めているように見えるのは、どういうことなんだろう?

「大方、報酬に釣られてやって来たんだろうが、お前みたいなお子様はお呼びじゃねえんだよ。さっさと帰ってママのおっぱいでも飲んで寝ろや」

殴り飛ばしたいが、それも我慢。下手に騒ぎを起こせば、叩きだされるかも知れない。

こいつらが狙っているような、良い働きをすればここの天使騎士団に登用してもらえるとか、そこらへんは俺にとってはどうでもいいメリット。魔族の動向を知るためには、やはりこうやって大きな組織に属していた方が具合がいいのだ。

みんなで決めたその決定を、俺の短気で壊してしまうわけも行かない。

(ルーファス。俺が話つけてやろうか?)

(……いい。お前もほっておけ。すぐ飽きるだろ)

ひそひそとそんなことを言ってきたレインを止める。だから、揉め事はだめなんだってば。

案の定、反応のない俺にすぐに飽きたのか、その男はチッと舌打ち一つして俺から視線をはずした。……しかし、俺ってまだ子供に見えるんだろうか。一応、十五になったのだが。手足も伸びたし、国によっては十五といえば一人前なのだが……

「よォ、姉ちゃん。なんであんたみたいな綺麗な子がこんなとこにいるんだい? 良ければ、後で俺の宿に来ねぇか?」

さっきのやつ、また誰かに絡んで……

と振り向いてみたら、絡まれているのはメイだった。……ヤヴァイ。こめかみの辺りがピクピクしてる。メイは、そう簡単に暴走はしなくなったものの、その強大な魔力は健在だ。あんなゴロツキ程度、指一本向けるだけで黒焦げにできる。

そこまではないにしても、メイはこの手の輩が大嫌いなのだ。かなり痛い目にあうな、合掌。

「……って、だから、面倒起こしちゃだめなんだって。おい、メ……「おい、人んトコのパーティーメンバーにちょっかい出してんじゃねえよ」

俺が止める前に、レインが男の肩を掴んでいた。

……ちぇっ。別に、レインに任せてもいいのだが、なんだろうこの敗北感は。

その様子をヴァイスが見ていたりして、おまけにぷくくと笑っていたりして、物凄くムカついた。

「なんだよ、てめぇ」

「そう言う貴様こそなんだ。さっさと失せろよ」

そんな間にも、レインと男の間の空気はどんどん剣呑なものになっていく。

止めに入ったんじゃなかったのか、レイン。単にメイにちょっかい出されて、頭に来ただけだったんだな?

よぉし、ここはパーティーのリーダーであるこの俺がこの事態を仲裁して……だから、俺がやる気見せただけでそんなに笑うんじゃない、ヴァイス。

「おい、お前らなにを騒いでいる!」

速攻でこいつらを取りまとめていた騎士の一人が駆けつけてきた。

……だから、ここの騎士団は優秀だから。こう、問題起こせばすぐに咎められるってわかってたのに。

バツが悪そうに口を噤むレインと、ふてぶてしい態度で騎士を睨む男。

「もうすぐ、王様から激励が贈られる。大人しくしていろよ」

とりあえず、言い合いは終わったので、それだけ言って騎士は去った。レインと男も、それ以上続ける気はないのか、相手をもう一睨みして、そっぽを向く。

……疲れる奴らだ。

「おい、レイン。これ以上揉め事起こすなよ?」

「だって、あいつが……」

「あン?」

「わ、わかったよ」

はあ、疲れる……

「メイも、ああいうやつが嫌いってのは知ってるけど、自重してくれよ?」

「や、やだなぁ、ルーファスくん。私も、もういい大人なんだから、そのくらい弁えてるよ」

いい大人は、そんな風にごまかしたりはしないぞ、メイ。

まあ、混ぜっ返すのもなんなので、それ以上追求はしないけど……

と、そんな風にしていると、荘厳な音楽とともに、やたら豪華な衣装を纏った老人がホールの高いところに登場した。

サイファール国の現国王アクティム……だったか。

そのアクティム王は、集まった俺たちを睥睨し、抑揚のある声で言った。

「諸君! 現在、この国――いや、世界は未曾有の危機にさらされている。魔王エルムの台頭により、すでに神界は壊滅状態。このままでは、我々の住むこの世界もその二の舞となるのは火を見るより明らかだ! 今こそ、人類すべての力を結集し、魔族の軍勢に対抗するべきときであり……」

長い演説だ。

そんなご大層なお題目を掲げなくても、俺は俺でちゃんと戦うというのに。

「……というわけで、諸君らに集まってもらった次第である! 働き如何によっては、我が国に仕官してもらうことになる。では、諸君らの戦果に期待する!」

すでに俺はその話を聞いていなかった。

この城の北方十キロくらいのところ。多数の魔力が、こちらに向けて進軍している。レインたちもそれに気づいたようで、硬い表情だ。

そして、一人の兵士が慌しく入ってきた。

「伝令! この王都に向けて、魔族の群れがやって来ています! その数……約三千!」

ホール内に動揺が走る。……三千。魔族一匹にも、腕利きのパーティーが二、三組で向かうのだ。このホールに集められた人数は、せいぜいが一千というところ。尻込みするのも仕方がない。

「ま、修行の成果を試すには手ごろな相手、かな?」

「だな」

俺の言葉に、凶暴な笑みで返答するレイン。ヴァイスとメイも、それぞれ頷く。

そして、俺たちは、ざわめくホールから抜け出て、その魔族を迎え撃つべく走った。

 

 

 

 

 

 

「さあって、けっこう多いな」

「さっきの兵士も言ってたけど、三千匹だからな」

前線のレインと俺は、軽口を叩きながらも、次から次へと襲い掛かってくる魔族どもを一刀の下に切り伏せていく。

ついこの間手に入れた魔剣レヴァンテインも、なかなかいい感じだ。どれだけ力を込めても、壊れる気配がない。

「『ライトニングファランクス!』」

「ああああっ!」

少し後ろでは、ヴァイスが高位魔法を連発。俺たちが撃ち漏らした魔族を、メイが素手で殴り飛ばしている。

「うお、ヴァイス、魔力すごい上がってるな。あのレベルの魔法を連発できるのか」

「いや、それより俺はメイのほうが恐ろしいが……」

「? なんでだ。近接戦闘を覚えたってだけじゃないか。レベルもそんな高いもんじゃないぞ」

まあ、メイは回復・支援魔法が専門だ。自分の身を最低限守れるよう身に着けたのだろう。付け焼刃にしては、そう悪いものではないが、せいぜい並の達人クラスだ。

「ルーファス……お前にはわからんのか。あれでメイは、周りに被害を出さずに俺をしばけるようになったんだぞ。あん時もさ……」

あ〜、そういえば、どっかの町で一回再会した時にボコボコにされていたっけか。

「あれは、お前が娼婦を買ってたから……だろっ!」

「うっせえ。子供にはわからねえよっ!」

このやり取りの間も手は止まらない。雪崩のように街に向かっている魔族の群れをここで押し留めるには、一匹たりとも後ろにやるわけには行かないのだ。

幸いにも、プライドの高い魔族らは、仲間を殺した俺たちの抹殺を優先することにしたらしい。

だが、そいつらの顔もだいぶ蒼白になっていた。

「な、何者だ、貴様ら!? こんな力を持った人間など……ぐげっ!?」

なにかを叫び散らしている魔族の一匹の首を刎ね飛ばす。何者か? そんなの聞くまでもないだろうに。

「お前らの敵だよ。バカヤロウ」

バックステップして、距離を離す。ヴァイスの隣に立ち、俺は詠唱の体制に入った。

「レイン! 少し間一人で頼む!」

「い゛い!? お前、この人数だぞおい!」

「何事は聞かん! リーダー命令! ヴァイスとメイもよろしく」

「了解」

「任せて!」

レヴァンテインを地面に突き刺す。

「来い! フレイ!」

召喚用の陣の役割を魔剣が果たし、フレイを精霊界から引っ張ってくる。

「フレイ! 術の補助! 『深く、地の底の果てにて躍動せし数多の火の精霊らよ。古の聖なる契約のもと、我、ルーファス・セイムリート』」

「てめっ、急に喚び出しておいてそれかよ!? 『及び、フレイ・サンブレストが命じる!』」

喚き散らすフレイの補助もあって、近隣の火精霊のすべての力を掻き集める。一個人ではとても制御できない量の精霊らを押さえつけている反動か、手の血管が弾けた。

……だが、負けない。

「ああっ!? もう多すぎだああああああ!!!」

泣きながら対応しているレインや、ヴァイスやメイに報いるためにも。そして、これが……

「俺の身に着けた“力”だ! 『デスフレア・ドラゴニック!』」

そして、地底に眠っていた炎の力の象徴が、龍の形を取って地上に顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ」

「なんだよ、レイン」

「お前、やりすぎ」

焦土と化した大地を見て、レインがそんなことを言った。

溶岩の龍が魔族の軍勢を嘗めたとき、勢い余って地面も削り取ってしまった。表面の岩石なんか、蒸発したのもある。

「いや、まだ細かい加減が効かなくてな。まあ、フレイにも手伝ってもらったから、お前らは巻き込まなかったろ?」

「んなの当たり前だ! すげえ魔法身に着けたのはわかったけど、ちゃんと制御しろ! 第一、こんなごつい魔法使う必要なかったろうが!」

ま、まあ、そんな気もしないでもない。あのままでも時間をかければ全滅させることは可能だったろう。

だが、そうすれば遠くから今頃走ってくるサイファール国の天使騎士団と傭兵連中に少なくない死者が出ただろう。

「ちっ、そうか」

それを察したのか、レインもそれ以上は追求してこなかった。

「しかし、ルーファス。完成したのか」

「ああ、うん。とりあえず、六大精霊魔法、一応全部形にはなったよ。威力も随分上がった」

「この短期間でか。分かれたときには“光”しかできてなかったのに」

やっぱりすごいよ、というヴァイスさんだが、俺はとてもそんな気にはなれない。レインの言ったとおり、この制御を完全にしなければ、魔王には通用しないだろう。

だけど、まあ……

今日はこのくらいでいいか。

 

 

 

そして、この日。人類史上最高の英雄が誕生したとかなんとか。