ゆうしゃくんとなかまたち(出陣編)
「……はぁ」
シスター・エルが管理する教会。
魔王との決戦の準備が整う僅かな間、ここに滞在していた俺は、私物の整理をしていた。
男のガキンチョどもと一緒の部屋なので、当然のごとくあまり沢山の私物を持ち込むことは出来なかった(そもそも、俺はあまり物を持っていない)。よって、整理などすぐに終ってしまう。
「ルーくん。行くの?」
「ああ。各国の総攻撃の準備が整ったらしくてね。一応、対魔王戦を任された身としてはサボるわけにもいかない」
多分、うぬぼれじゃなくて、今代の魔王の相手を務められるのは、俺と俺の仲間たちくらいなのだ。数を頼んでも、あの魔王は倒せない。
よって、全ての国家は手を取り合って、地上の魔族の拠点を総攻撃。その間、手薄になった魔界に、俺とレインとメイとヴァイスが突貫……そんな手筈になっていた。
僅かに残った神族も、俺が繋ぎを取った精霊たちもみんな明日正午に決行されるこの作戦に向けて準備に余念がないのだ。
「うん。わかってる。……それでね。これ、子供たちから。貸してやつから、絶対に返しに帰ってきてね、って」
と、エルさんが手渡してきたのはビー玉、綺麗な色合いの石、砂糖菓子の入った瓶、可愛らしい人形などなど。……どれも、アイツらが大切にしていた宝物だ。
「やれやれ……。ガキが、気を使いやがって。……約束は出来ないけど、出来る限り善処する、って伝えといてください」
「わかった」
「……てか、なんであいつら直接渡しに来なかったんですか?」
聞いたら、エルさんが途端にうろたえだした。
顔を赤くして、あわあわと慌てふためる。
……なんだろう。ドアの向こう。教会の廊下で『そこだ! いけエルねーちゃん!』やら『あわわ……告白シーンだよぉ』などと子供の声がするのは。
「あ、あの! ルーくん」
「はい?」
やがて、落ち着いた――というより、ヤケクソになったエルさんが顔を上げ、意を決して口を開こうとすると、
『あれ?』『ちょ、ちょっと待って、今……』などという声と一緒に、ずんずんと足音が。
なにやら腰やら足やらに引き止めようとしたガキどもを引き摺りながら、部屋に押し入ってきたのは、なにを隠そう現サイファール王国女王ティスメア陛下でいらっしゃった。
「……ティス?」
「ルーファス。あんた、今日出陣前の宴があるの、忘れてるの? あんまり遅いから迎えに来ちゃったわよ」
「い、いや。それは知ってるけど」
確か、始まるのは夜になってからじゃなかったか?
そして、なぜ女王がじきじきに呼びに来る。それこそ、誰か別のヤツを伝令に寄越したらいいんじゃないのか?
つーか、せめてその豪奢なドレス&王冠はやめてくれ。いろんな意味で場違いだ。
などと、色々ツッコミどころ満載ではあったが、俺は一言も喋れない。
なんかこー、エルさんとティスが素晴らしく険悪な視線を交し合っていたからだ。
「こんにちは、シスター。“うちの”ルーファスを引き取りに来ましたわ」
「これはこれは陛下。こんなうらぶれた教会へようこそいらっしゃいました。一応、忠告しておきますが、ルー君は貴方の部下ではないので、そのような物言いは王家の評判を下げることになりますよ?」
言葉にも薔薇も顔負けなくらいの棘がこめられている。
ここに滞在することが決まってから、ティスは忙しい合間を縫って、ちょくちょくこの教会に訪れてきている。移動手段はヴァイスだ。
子供たちの後ろにいつの間にか現れたエルフの老魔法使いは、なぜかティス専用の乗り物として、馬でも丸一日はかかるここから城までの距離を飛んでくるのだ。
……その理由としては俺への嫌がらせ、という線が濃厚である。
ニヤニヤと笑っているヴァイスを強制的に意識から排除して、エルさんとティスの方に向き直る。二人の間の空気はますます険悪なものと化している。
ええい、この二人の喧嘩は俺が止めなければ――――!!
「天然が入っているように見えて、抜け目がないわね。シスターなんて辞めて、商売でも始めたら? きっと儲かるわよ」
「貴重なご意見、ありがとうございます。ですが、ルー君が帰ってくるところを、きちんと守っていきたいと思いますので」
「ふ、ふ〜ん? 悪いけど、ルーファスは戦いが終ったらうちの国を治めてもらうから。ここに来る余裕はあんまりないと思うわよ?」
「いえいえそんな。ルーくんは、国王なんて器じゃないと思います。この小さな町で子供たちの世話をわたしとしながら暮らすのが似合っていると思いますよ。うふふふふふふふふふふ……」
「でも、世界を救った勇者、ともなれば、周りが放っておかないわよ。ふふふふふふふ……」
ゴメンナサイ。俺にこの二人を止めるのは無理です。それと、ティス。俺、まだ魔王に勝てると決まったわけでは……いや、負けるつもりはないんだけども。
すり足で二人から距離をとる。じりじりと後退する俺に、エルさんもティスも気がつかない。……よし、このまま、
「「で、ルーファス(ルーくん)はどっちがいい?」」
……逃げられるなんて、そんな、甘い幻想を抱いていたわけじゃないですよ? いや、ね? 本当に。……でも、希望は捨てちゃ駄目じゃないですか。うん、明日を信じるから人間は生きられる、とかいいこと言っても現状の助けには全然ならないわけで。
「あ〜、うん。二人とも、とりあえず落ち着こう。エルさんも、ティスも。俺は明日、命がけの戦いに挑むわけだから、将来のことなんて考えられないと言うか」
言葉が上擦っているのが自分でもわかる。
二人はお互いから俺へと標的を変更したのか、射殺すような視線を俺に向けてくる。
戦場でこの手の視線を向けられても全然平気なのだが、こういう日常のシーンでのコレははっきり言って抵抗できるもんじゃない。
「「どっち!?」」
お前ら、本当は仲良いだろう。
なんでこんな息ぴったりで俺を追い詰めようとするのか!
「え、あ、う……」
ええい、ビビるな! ルーファス・セイムリート!
お前は、今まで数々の修羅場をくぐってきただろう。それに比べれば、なんだ。こんな女二人の視線など、物の数ではないはずだ!
よし。
落ち着いた俺は、ゆっくりと二人をそれぞれ見て、
「じゃ、俺、そろそろ行くから。エルさんはここでお別れだけど、元気でな。ガキンチョどもも、達者で」
転進。ダッシュ。
僅か0.1秒で部屋から出て、玄関へと向かって走る。
後ろで、子供たちの一人が『ルーお兄ちゃんって、ヘタレ?』などと呟くのが聞こえたが、黙殺することにした。
「……それで、逃げてきたわけか」
レインが、飲み物を片手に呆れたように言ってくる。
夜に執り行われた宴。明日の戦いに備え、あまり余裕があるとは言えない状態で、数々のご馳走を並べ、騎士や宮廷魔術士、冒険者たちが思い思いに楽しんでいる。
ここサイファール王国のみならず、今頃は各国の城でも同じ催しが行われているはずだ。
ちなみに、当然といえば当然なのだが、酒はご法度だ。
「悪いか」
「悪いな。男なら、そういうのはどーんと受け止めるもんだ」
「……いや、そもそも、あの二人がなんで俺の話をしていたのかわからんのだが。どーんと……なにを受け止めればよかったんだ?」
二人して俺の将来を勝手に決めようとしていたのはわかるが、なんであんなことをしていたのかがわからない。
受け止める……と言われてもなにをどうすればいいのやら。
「お前……」
レインが俺を凝視してくる。
「な、なんだよ」
「ありえねぇ! 俺だったら、二人とも喰っちゃってるぞ! ……いや、お前あの二人以外にも色々美人の知り合いいたな! くっそう! なんでコイツにはそんな素敵な出会いが訪れるんだよ! そのラブラック(愛の幸運?)、俺に寄越しやがれ!!」
「わけわからん……」
付き合ってられん。
俺はレインを無視して、適当に皿に盛った料理を口に運ぶ。
「わけわからんだと!? 恋愛弱者に言う事は一つもないってわけか!? 俺に寄ってくんのは口より先に手が出る、男の甲斐性をぜんっぜん認めないプッツン魔法馬鹿だけだっつーのに、なんだこの差は―――!?」
なんかレインの中で俺がすごい悪人に仕立て上げられている気がする。
そして不覚だ、レイン。
お前、そんなこと大声で言って、明日を迎えられるとでも思ってんのか?
「聞いてんのか、ルーファス!? よし、お前今すぐうちのメイと、お前の知り合いの美人を交換し……」
「誰が、“うちの”……なのかな、レイン? 勝手に人を私有物扱いしないで欲しいんだけど」
流氷が浮かぶ北の海の水さえも生ぬるく感じるほどの極低温の声。コウテイペンギンでも一瞬でカチコチに凍り付いてしまうことうけあいだ。
「め、メイ? いや、ちょっと待て。今のは言葉の綾と言うやつでな」
いきなり現れた氷の女王に対して、奴隷階級たるレインはすぐさま身を翻してヘコヘコと低姿勢になる。
愚かな……
俺は静かに十字を切る。
メイは、レインの言い訳など聞く耳もたんとレインの頭を脇でホールドして、やつの頭を殴る殴る殴る殴る殴る。単純に吹っ飛ばすような攻撃では、卓越した体術を持つレインにダメージは与えられない。ああして衝撃を逃がすことが出来ないようにすれば、いかな凄腕の剣士とて無傷ではいられないだろう。
……まぁ、結論を言えば、レインが馬鹿だったと言う事で。
「ちょ、ルーファスぐはっ!? 助けっ痛っ! てくれいででえででで!!!」
助けを求めてくるレインに、俺はため息をついてメイの肩を掴んだ。
「あ〜、メイ。一応、そんなやつでも明日は貴重な戦力なんだから」
言うと、メイの手がぴたっと止まる。
「おお、さすがだルーファス。我が友よ!」
「だから、とりあえず明日に引かない程度に抑えてやってくれ。続きは戦いが終ってからでも良いだろ?」
「そうだね。任せといて、ルーファスくん。生かさず殺さずの力加減は、十分心得ているから」
そんなレインにとってはなんの救いにもならない言葉に俺は満足して、大きく首を縦に振る。
「じゃあな、レイン。成仏しろよ」
「う、裏切りもの〜〜〜!」
宴の喧騒――むしろレインの絶叫――から離れて、バルコニーに。
空を見上げると星が綺麗だ。
明日はいい天気だろう。多分、人類の命運を決める戦いに、この上なく相応しい日和になるに違いない。
願わくば、俺達の戦いの行く末が、その天気のように明るいものである事を……
「っぎぇええええええええ!? 骨! 骨が折れる、骨ぇぇぇぇぇ!!」
……レインのやかましい悲鳴が、感傷に浸ろうとした俺を急に現実に戻す。わずか三行でシリアスから引き戻されてしまった。
「騒がしいな」
「……出たな、妖怪ジジイ。ティスを教会に連れてくんなってあれほど言ったのに、連れてきやがって」
いつの間にか、ヴァイスが隣に立っていた。
「妖怪ジジイとは挨拶だな。それにな、あれは女王様たっての依頼だ。断れんよ」
「抜かせ」
「ティスメア陛下も今はさすがに忙しいらしく、お前のところには来れんみたいだがな」
まあ、普段の言動はああだが、このパーティーではさすがに個人として行動することは不可能だろう。
「……騒がしいな」
再び、ヴァイスが同じ台詞を呟く。
見ると、メイがレインに彼女の108の必殺技の一つ、エンドレスペインを仕掛けていた。とにかく、永遠に痛みを与え続けるという恐ろしい関節技だ。
「だが、こんなのが儂らには相応しいのかもしれんな」
「そりゃ言えてる。ずっとこんな調子だったもんな……」
いつもどおりだ。いつものレインとメイの痴話喧嘩をいつものように俺とヴァイスが適当に煽ったり傍観したり。
――だから、きっと。明日の戦いも、いつもどおり勝つだろう。
そんな確信を得ながら、俺の決戦前夜は更けていった。