修行と言っても、先立つものがなければどうしようもない。

悲しいけど、コレが現実だ。

ちりんちりん、と銅貨が二、三枚しか入っていない財布を振り、俺はため息をつく。

「……しゃーない。適当に仕事でも貰うか」

俺はその軽い感触に頭を痛めつつ、見知らぬ街の冒険者ギルドに入ったのだった。

 

ゆうしゃくんとなかまたち(一仕事編)

 

ギロリ!

音として表現するならこんな感じだろうか。

俺が入ると、いきなり店の中にいたやつらが一斉にこっちを睨みつけてきた。時間が時間だけに、パーティーが一組いるだけだったが、居心地が悪い事に変わりはない。

まぁ、下手に睨み返したりして絡まられたりしても面倒だ。俺は視線を下げて、カウンターに向かった。

「……なんの用だ、坊主。うちにゃミルクはねえぞ」

愛想の悪いマスターがこちらを見もせずに言ってくる。

冒険者ギルドは、酒場や宿、道具屋も兼ねている。飲み食いもできるが、生憎と俺はそっちの業務に用事はなかった。

「いや、仕事が欲しい。できるだけすぐ終わるやつだ。ライセンスもある」

と、身分証明にもなるカード型の冒険者ライセンスを見せる。

俺の発言を聞いて、後ろで飲んでいる客が笑いをこぼしたが無視だ。

「帰れ。ガキにまわす仕事なんざねえよ」

「仕事の能力と年齢は無関係だろう」

「……口だけは一丁前だが、俺の答えは変わらん。帰れ」

……まぁ、地元ではそこそこ名前が通っている俺だが、知らない街だとこんなもんだ。ある程度覚悟はしていたが、取り付く島もない。

「仕事をしたいんだったら、そこのパーティーに入れてもらえ。それなら仕事を回してやらんでもない。雑用係としてなら雇ってくれるかもしれんぞ」

くいっ、とマスターが店内にいる客を顎でしゃくってみせる。

足手まといはいらない……と言いたいんだが、どうやら拒否権はなさそうだ。

渋々と店にたむろしている連中に視線を向けるが、全員迷惑そうな顔。

「おいおいマスター。俺らにガキのお守をしろってか? んなのはコイツだけで十分だよ」

ぽんぽん、と一際大柄な男が、俺と同じか少し年上くらいの少女の頭を叩く。

「そうそう。雑用係っつったって、実際お荷物にしかならねえしな。マスターよぉ、二人も押し付けてくれんなよ」

ひょろひょろとした印象を受ける長身の男が同意した。

「……それもそうだがな。まぁ、頼まれてやってくれ。一人も二人もそう違いはないだろう? 今から経験をつませておけば、将来は使えるようになるかもしれん」

どうやら、少女は俺と同じようなクチらしい。

仕事をもらおうとしたはいいが、女な上、十代半ばの子供となれば断られるが当然、か……。

今、冒険者は人不足だから、その気になれば誰でもライセンスは取れる。……が、店側が仕事をくれるかどうかは別問題なのだ。店の信用にも関わってくるし。

だから、初心者は実力あるパーティーにつかせて成長させるってのは、けっこうどこでもやっている。

「ちっ、今回限りだぜ、マスター。坊主、荷物持ちとしてならついて来い」

「……報酬は?」

これだけは聞いておかなくてはいけない。

「ああ!? 帰ってきたら一食奢ってやるよ。てめえにはそれで十分だろ!」

……まぁ、ここで一つ仕事をこなしておけば、マスターも信頼してくれるかもしれない。

俺は釈然としないものを感じながらも、首肯した。

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫? ルーファスくん。重くない?」

……で、俺は荷物持ちとして彼らについていく事になった。

今回の仕事内容は近くの森にいるモンスターの退治。事前の調査では、モンスターのレベルも大した事はなく、数もそれほど多くはない。それなりに実力のある(らしい)このパーティーなら楽勝だそうだ。

リーダーのヴェドが言うにはそうらしい。

このパーティーのメンバーは戦士ヴェド(でかい)、魔法使いエスト(ひょろい)、弓使いクラトス(ちゃらい)。そして、雑用担当アリア、荷物持ち俺と言う構成だ。

そして、そのアリアは俺の隣でしきりに話しかけてくる。

「重くない」

武器、食料、道具、その他諸々の入ったでかいリュックはかなりの重量だが、俺が修行していたときはもっと無茶な事を数え切れない程やった。全然余裕である。

「やっぱり重いんだ。強がることないよ」

なんでそうなる。

「半分持とうか?」

「あんたが半分も持ったら潰れてしまいそうだからいい」

アリア・レイストーン、16歳。俺が年下だから安心したのか、妙に構ってくる。というか、他の奴らが怖いからだろうが。

「おい! お前ら、くっちゃべってんじゃねえぞ!」

ヴェドがヒステリーに叫ぶ。

アリアは、反射的に「す、すみません!」と頭を下げていた。

「まぁま! ヴェドもそんなに怒りなさんなって」

弓使いのクラトスがどうどう、とヴェドを押しとどめる。鼻息は荒いものの、ふんっ、と俺たちから視線を外したヴェドを見て、アリアはほっと息をつく。

ちなみに、そのあと、クラトスがウインクをアリアに送っていたがアリアは気付かない。

ま、下心見え見えだったのでいいだろう。俺がウインクを送り返してやった。……あっちは顔が引きつっていた。

 

 

 

 

 

 

 

で、夜。

近くの森と言っても、街と森の間には二つの山がある。その山、かなり険しいので、迂回しなければならない。

おかげで、森につくまで、一日野宿するハメになってしまった。

で、当然の如く、火の番は俺の役目。

まあ、いいけどね。他の奴に任せるのも不安だし。

……とか思っていたのだが、眠っていたはずのクラトスがむくりと起き上がった。

「……どうしました?」

「子供は知らなくていい」

言いつつ、アリアが寝ている所へと近付いていく。残りの男二人も気がついているようだが、無視している様子だ。

……あ〜、これはもしかしてアレか? 俺みたいなお子様はお断りな展開か?

「へへ……」

下卑た笑みを浮かべて、クラトスはアリアに覆いかかる。

そこでアリアは目覚めて、叫びそうになるが、口を塞がれた。

「おっと。騒ぐなよ。モンスターが来るかもしれないぞ」

パニックになって首を振りまくる彼女に苛立ったのか、そんな脅し文句を吐く。

まあ……別に放っておいてもいいんだけど、後味が悪いし、そこでストップしてもらおう。

「『ダウン・スリープ』」

相手を眠りに陥らせる真魔法。成功率は低いので、期待はしてなかったのだが、あっさりと落ちた。……他に眠った振りして様子を伺っていたヴェドとエストも眠っている。

……こら、お前ら(特に魔法使いのエスト)、仮にも冒険者なら、この程度の魔法にかかってるんじゃない。

明日のモンスター退治、大丈夫だろうか、と心配になる。

「ルーファスくん、ありがとー」

クラトスの下から這い出てきたアリアがお礼を言ってきた。

「……あれ? アリアにはかからなかったのか。意外と実力あったりするの?」

「あ、いや。私、アミュレット持ってるから」

そうやって見せたペンダントは、まさしく魔除けのアミュレット。しかも、けっこうな高級品だ。

並の魔法使いの魔法くらいなら完全に無効化できるくらいの。

「すごいの持ってるな。それ、100万や200万じゃきかないだろ。それ売れば、冒険者なんてする必要なんじゃないか?」

彼女はどう見ても冒険者向きには見えない。

だが、容姿は悪くないし、けっこう気もきく。それだけの金があれば、世の中どんな風にも渡っていけるだろうに。

「……これはお母様の形見だからね」

「そっか。悪いこと聞いた」

「ううん。別にいいよ」

力なく笑う。

それから、色々な話をした。アリアは初めての冒険な上、いきなり襲われそうになったせいで眠れそうにもないようだからだ。

……で、彼女の見の上を聞くところによると、彼女は元貴族らしい。ただ、魔王の侵攻のおかげで、国自体が壊滅。両親は死に、年の離れた弟と妹を養っていくためには、かなりの稼ぎが必要。

だから、てっとりばやくたくさん稼げる冒険者に志願したそうだ。

「まあ、無茶を通り越して無謀だな。確かに冒険者は危険が多い分、報酬もかなりのモンだ。だけど、訓練もなしにいきなり行っても門前払い。まぁ、今回はパーティーに入れてもらえて運が良か……いや、さっきのを考えるとむしろ悪いか」

「あ、なんて言い草。年下のくせにー」

むにー、と頬を引っ張ってくる。痛くはないが、あまり気分がいいものでもない。

「ひゃめんか(やめんか)」

「あー、けっこう伸びるね。面白い」

無視ですか。

「てい!」

「あーーーーー」

力尽くで引き剥がす。そしたら、理不尽にも残念そうな声をあげられた。

だが、このまま頬を弄ばれたら、男としての面子に関わる。アリアは完全に俺を弟みたいに扱っているので、そもそもそんなものはないとか、そーゆーことは頭から追いやっておこう。

「でもまあ、実際問題、冒険者やってちゃんと稼げるのは実力がある奴らだけだよ。大抵、稼ぐ前に死ぬから」

「そ、そうなの?」

「そうなの。だからまぁ、この仕事が終わったら堅気の仕事を探すんだね。弟や妹がいるならなおさら……」

「……無理」

「なにが」

「妹たち、一番年上で八歳。一番下は三歳で、総勢十三人」

なんでそんなにいるんだー! と聞くと、元貴族だから、の一言で終わった。男が一番下の三歳のやつしかいないってことだから、後継ぎができるまで子供を作ったんだろう。父親に妾も多かったらしい。

「だから、普通の仕事じゃダメなの!」

「そ、それはまた……」

難儀な。

「だから、今まで色々なバイトしまくってたんだけど、先日とうとう過労で倒れました」

「……………………………………」

「そのとき私は悟ったのです! 『ああ、こりゃだめだ』と!」

「…………………………………………………」

「そこで、天啓がひらめいたのです。普通の仕事でダメなら、普通じゃない仕事をすればいい、と。それなら、今をときめく人気職、冒険者をおいて他にないでしょう」

「……悪い事言わない、やめとけ。アンタも、自分でわかってるだろ。無理、無茶、無謀」

俺が純粋な忠告をしてやると、アリアは固まって、ヨヨヨと崩れ落ちた。

「る、ルーファスくんが、ルーファスくんがお姉ちゃんをいじめる……」

「いつから俺はアンタの弟になった!?」

「ついさっき」

いけしゃあしゃあと……

「なんか、ルーファスくんって、世話してやりたいタイプよね。弟っぽいって言われない?」

「んな評価、今初めて聞いたわ!」

だっこしてこようとするアリアを押しとどめる。

つ、疲れる。この姉ちゃんの相手は。

これが姉の力か……?

俺は、今現在、世界中に恐怖を振り巻いている現役魔王な姉に思いを馳せた。……鬱になった。

「だいたいさ。冒険者やめろって、そりゃ私がルーファスくんに言うことでしょ〜?」

「なんでだ」

「だって、そんなちっちゃい体で、な〜にするんだよって感じ」

ぷにぷにと頬をつついてくる。

微妙にムカつく!

「お、俺を舐めるなよ。ルーファス・セイムリートって言えば、アルヴィニア王国ではそれなりに名の知れた……」

「はいはい。背伸びすることはないですよ〜」

今度はよりにもよって頭を撫でてきた。

く、屈辱……! 今に見ていろ……

 

 

結局、その後すぐ、アリアを寝床に押し込んだ。

明日も早いから、と言い聞かせたが、「見張りならお姉ちゃんが変わるよ〜」としつこかった。基本的に世話好きなんだろう。年下だからって理由で、いきなり人を弟扱いとは……

そんな事を考えつつ、俺もいつしか周囲に気を配りながらも、半分ほど夢の中に旅立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおらあ!」

ヴェドが襲いかかってきたゴブリンを薙ぎ払う。

翌日、お昼前に、俺たちは目的の森にたどり着いていた。

入ったら、即戦闘。

ヴェドたちは、それなりに手馴れた様子でモンスターたちを排除していく……が、俺から見ると、とても鈍い。早く済ませてくれないかな〜、と俺は自分とアリアに襲いかかってくる分だけを片付けながら思っていた。

「おい、小僧! 死んでもいいけど、荷物だけは奪われんなよ!」

おいおいおい……人命より荷物の方が大切ですか?

呆れかえりながら、俺は答えることなく、ゴブリンの掃討を続けた。

ちなみに、アリアは荷物に抱きついて震えている。

「……やっぱりアンタ、冒険者には向かないよ」

アリアに襲いかかろうとしたゴブリンを切り伏せながら呟く。

最初は、彼女は俺を守ろうとした。『るるるる、るーふぁすくんはああああんしんしててね!』と、やせ我慢が見え見えだったが、それでも(擬似)姉として健気だった。

まあ、それだけで渡っていけるほど、甘くはない。慣れない棍棒を扱う彼女を後ろに追いやって、俺が前に出た。

それだけで、アリアはかくん、と腰が抜けて倒れこんでしまった。

結局、それから30分ほどでゴブリンたちはいなくなった。森の奥に何匹か逃げていったが、それは休憩してから仕留めればいいだろう。

「ふう。かなり手ごわかったな」

最初から最後までファイヤーボールしか使わなかったエストが言った。

正直『そうか?』と思ったが、口には出さない。彼が、もう少しバリエーションに富んだところを見せてもらえば、もっと楽だったろうということもあえて伏せておく。

人間関係を円滑に進めるためには、こういう心遣いが重要だ。

間違っても、さっきの戦闘について説教をしたりしてはいけない。とてもしたいけど。

「ふん……終わったか。あっけなかったな」

30分もかかっておいて、そんな事を言ってのけるクラトス。

「さて、飯食って残りを殺らないとな。おい、小僧、携帯食出せ」

偉そうなヴェドの言葉も我慢して、俺は人数分の干し肉を配った。

ちなみに、本来こーゆーことをするはずのアリアは未だ腰が抜けたままである。

「ちっ、これだから女は……。おい、小僧。俺たちは森に入ってくるから、荷物とその女、見とけよ」

「はいはい」

投げやりな返事をしながら、俺はアリアに近付いた。

「(ふるふるふる)」

ま、まだ震えてる。

「アリア」

「きゃああああああ!!」

「叫ぶな! 落ち着け!」

面倒なので、拳骨を一発食らわせる事で現世復帰させる。

「たたた……あれ? ルーファスくん、モンスターは?」

「とっくに撃退したわ! お前ね、どんなことがあっても平常心を保つのは冒険者として基本中の基本だぞ」

「うっ……だって、びっくりしたんだもん」

「『もん』じゃないよ……」

やっぱり、彼女は冒険者には向いていないと思う。

実力云々はともかくとして(実力も確かにないけど)、その心根が冒険者をやっていくにしてはやさしすぎる。こういう人には、平和な街で平和な暮らしをして貰いたい……と、俺は痛烈に思うのだ。

……で、しばらく待っていると、がさがさと三人が戻ってきた。

「お早いお帰りで〜〜〜〜?」

なぜか、俺たちを無視して一直線に走って行く。

「どうしたんだー?」

聞いてみるが、既に聞こえないくらい遠くに行っている。……で、どうしたのか、と不思議に思っていると、後ろからその原因が現れた。

体長8m強。その強靭な体躯に加え、鋼より硬い鱗で武装した、最強の種族。

ドラゴン……それも、人間界の竜族最凶のウォードラゴンがいた。……こら、なんでこんなのがいる。

「ひ、ひええええええ!?」

あまり緊張感のないアリアの悲鳴は置いておいて。

見ると、それほど成長している個体ではない。せいぜい人間で言うと、俺たちとそう変わらない年だ。

だが、それでもドラゴンと言う存在自体が人間より上にいるものなのだ。ヴェドたちが逃げたのも、無理なからぬこと。

「大丈夫だ。落ち着け、アリア」

確かにウォードラゴンは、並の冒険者じゃ歯が立たない存在だ。一級の冒険者たちがしっかりしたパーティーを組んでやっと互角というほどの化け物。今回の仕事の報酬じゃ全然割に合わない。事前の調査が不足だったのだろう。まさか、こんな人里近くにドラゴンが住みついているとは。

ただ、そのドラゴンにとって不幸だったのは……

「俺がいたことだよな」

ぽりぽりと、頭をかきながら俺は剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、そのあとどうなったかというと。

「ルーファスくん。このお金は?」

「……ん。あのウォードラゴンを倒した賞金。俺も路銀の分は抜いといたけど、あんまり多すぎても持ちきれないから、やるよ」

竜族を倒すと、国からそれなりの報奨金が出る。それほど厄介な存在だからだ。

「やるって……これ、かなりあるよ?」

「妹たちを養わないとなんないんだろ? 遠慮するな。別に、ただの感謝の印だから。これで冒険者からは足を洗うこともできるだろ?」

まあ、足が汚れるほど冒険者やってたわけじゃないだろうが。

「感謝って……私の方こそ助けてもらっちゃって。お姉ちゃんだぞーとか言ってたくせに、てんで役立たずだったし」

「いいんだよ。俺は嬉しかったんだから」

少しだけだが、アリアから昔の優しかった頃の姉さんの影が見えた。

俺は、それを思い出すことが出来たから、きっとこれまでよりも強く進んでいける。

「嬉しかったってなにが?」

「気にすんな。俺はもう行くぞ」

だが、それを口に出すことはしない。なんか癪だし。

「あ、待ってよ〜。なんなら私たちと暮らさない? お兄さんが出来たら、みんな喜ぶと思うし」

「あ〜、大変魅力的な提案だけど、赤の他人が暮らすわけにはいかないだろ」

「ん? そお?」

「見知らぬ人が来たら、小さい子なんて泣き出しそうなもんだが」

「じゃあ、他人じゃなくなればいいんじゃない?」

……はぁ。なんか、一人で旅するようになって、この手の話が増えたような気がするが……

「馬鹿。それは姉が弟に言う言葉じゃないだろ」

それでも、俺は目的があるから止まることは出来ない。だから、そんなズルイ言葉で押しとどめる。

「あ……それもそーか」

アリアは少し寂しそうな笑みを浮かべ、だがすぐに気を取り直したように微笑み、

「じゃ、ルーファスくん、いってらっしゃ〜い」

元気良く、俺を送り出してくれた。

「ああ……行ってくる。……ねえさん」

言って、俺は駆出した。

 

 

「あ〜ルーファスくん! 待った、もう一回言って!!」

最後の台詞を激しく後悔しながら。