僕の名前は、クリス・アルヴィニア。

一応、アルヴィニア王国の王子……ということになっている。

まあ、上に姉さんが三人もいるので、王位を継承することは多分ないだろう。

そういえば、その姉さん達は僕の目の前にいる。……なぜか、手に化粧品やらカツラやらドレスやらを持っているけど……。

「……で、一体なんの用?」

 

リクエスト小説「クリスの王宮でワッショイ」

 

「つれないわね〜クリス。私達がなにをしたいと思っているか、わからないあなたじゃないでしょう?」

化粧品一式を嬉しそうに抱え、じりじりと間合いを詰めてくる長女リティ。

「いや、確かにそうなんだけど、わかるからこそ逃げたいな」

言葉の通り、クリスは部屋の隅の方へゆっくりと移動していた。だが、かなり広い部屋とは言え所詮屋内。すぐに壁にぶち当たる。

「どーせ逃げられないんだから、大人しく捕まれ。男らしく」

カツラ、あんどアクセサリー類をごっそりと持って次女エイミ。

「……男らしくって言うんなら、そんなことをしないでよ」

「それはそれ、これはこれだ」

クリスの主張はあっさりと却下された。

「私たちはぁ。クリスちゃんのかわいい姿を見たいだけなのよぅ」

クリスより年上のくせに、やけに舌っ足らずなしゃべり方をする三女フィレア。これまた、フリルのどっさり付いたピンク系のドレスを山のように抱えている。身長が小さいので、姿が隠れて、まるで服の化け物だ。

リティ、エイミ、フィレア。この三人がそろったとき、クリスが主張が通る可能性はまるっきりゼロである。

それでも抵抗を忘れてはいけない。理不尽なことには断固とした態度で臨まなければ。それが人間の正しいあり方である。

……たとえ、それが無意味なものだとしても。

「あっ、逃げた」

とりあえず一番の穴であるフィレアの隣を全力で通り抜けようとして……

「だめだよ〜」

フィレアの痛烈な足払いをくらった。

(わ、忘れてた……)

必死で受け身をとりながら、己の失敗を悔やむクリス。

三女フィレアは、幼い外見に似合わず、格闘術の達人なのだ。その腕前は、城の騎士達も舌を巻くほどである。

しかし、クリスも一応は護身術をならっている。なんとか受け身をとってすぐさま起き上がり再び逃亡を図る。

「待て! 逃げんな!」

黒魔術に関しては天才のエイミがファイヤーボールをクリスに放つ。ちなみに本気(マジ)だ。

「わあ!?」

なんとか相殺。しかし、もう少し対応が遅かったら病院直行間違いナシの威力だった。

(こうなったら城下町に逃げ込もう)

財布がポケットに入っていることを確認して、今日一日町で遊ぶことを決める。城の中はすでに安全と言えない。ほとぼりがすむまで身を隠そう。

だが……

「甘いわ、クリス」

部屋の外に出た途端、魔法の罠(マジカルトラップ)が発動。一瞬にして、クリスの周囲を魔法の檻が囲む。

「な、なんだよこれ!?」

「私のトラップに決まっているでしょ。さ、観念なさいな」

長女リティはトラップの名手。解除に手間取っているうちに、三人に完全に囲まれてしまった。

逃亡失敗。

クリスはがっくりとうなだれた。

 

 

 

 

 

 

そもそも……だ。なんで、こんなに王族が不必要なまでの戦闘力を持っているんだ?

クリスは思い悩む。姉たちがふつうの王女だったら逃げ切れていたのにという意味のない愚痴だった。

だいたい、答えもわかっている。両親が、のびのびと育って欲しいから、自分たちで学びたいことを学べと、まことありがたくないことを言ってくれたからだ。

おかげで上の姉はすべて自力でさっきのような技能を身につけていったのだ。クリスも魔法やらなにやらを誰よりも一生懸命学んで、総合力では姉たちより上になったのだが、いかんせん専門分野には勝てない。

「はあ、やっぱりお化粧のノリがいいわねえ」

リティがうれしそうに化粧を塗りたくる。クリスはあんまり詳しくはなかったが、なにやら何十種類もの化粧品があった。

「あたしにはどうせ似合わないからな。このアクセサリーは全部やるからつけろよ」

無責任にアクセサリー類をクリスに押しつけるエイミ。彼女も着飾れば美人なのだが、どうも性格が男勝りなこともあって、あまりこういうのは身につけなかった。

「クリスちゃんは私と同じようなサイズだから、楽ですねえ」

フィレアは自分のドレスと喜々としてクリスに着せようとする。どれを着せるか、体に当てて吟味している。彼女の性格はまさにその容姿の通りだった。未だにクリスは本当に姉なのか疑ってしまう。

なんせ、どー贔屓目に見ても10歳くらいにしか見えない。

ふう、とクリスは大きなため息をつく。逆らっても無駄なのでもう抵抗はしないが、一応抗議の視線だけはやめない。

「だいたいさあ。なんで僕に女装させたがるのさ?着飾るんだったら自分たちでやればいいじゃない」

「あなた、自分の事をわかってないわねえ。女装したクリスはそれはそれはかわいらしいのに」

リティはあっけらかんと言うが、もちろん仮にも男であるクリスはそんなことを言われてもうれしくない。

「だな。あたしなんかドレスは似合わないけど、クリスは似合ってるぞ」

「いつも男らしくしろなんて言うくせに……」

「さっきも言ったが、それはそれ。これはこれだ」

「だいたい、クリスちゃんはこ〜んな美人の姉たちに囲まれて嬉しくないの?」

うれしくない。

……と、フィレアに言いかけたクリスだが、そんなことを言ったらどんなお仕置きが待っているかわかったものではないので黙っていた。

「なーんて話しているうちに……ほら、できた」

リティは嬉しげに鏡を取り出す。

そこには一人の可憐な少女が映っていた。毎度の事ながら自分の女性的な顔に嫌気がさすクリス。

「おし。後は着る物をなんとかすりゃ格好が付くな」

「じゃ、クリスちゃん。今日はこれね」

さんざん悩んだ末に、フィレアが差し出したのはこれでもかというほどフリルのつきまくったもろ少女趣味の一品。

「さあ、クリス。早く着替えてきなさいな」

「早くだぞ。早く」

「ちゃっちゃといくぅ!」

げんなりとしているクリスを無視して姉たちはクリスをせかすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、着替えてからすぐにクリスは解放された。

彼女たちにとって、クリスに女装させるまでの『過程』が大切なのであって、そのあとはひとしきり騒いだ後さっさと去っていく。

姉たちから解放されてまずクリスがしたのは女装をとくことではなく、父親の自室に向かうことだった。

「父上!」

「な、なんだ、クリス?」

クリスの父、そしてアルヴィニア王国現国王カリス・アルヴィニアは突然訪れた息子に驚いた。まあ、いきなり女装した息子が押しかけてきたら誰だって驚くだろう。

今日は午前中だけで公務が終わり、久々にゆっくりしようとしていたのだが……

「姉さん達を何とかして下さい!」

「……そのことか」

カリスは苦い顔をする。娘達の素行は城の者達からよく聞いていた。いや、基本的にはいい娘達なのだが、いささか性格が破天荒すぎるせいか、城内では快く思わないものも多いのだ。

……その容姿から、若い騎士連中には圧倒的な人気を誇るのだが。

「話を聞こう。まあ座りなさい。お茶でも煎れよう」

「……わかりました」

内心、クリスはニヤリとする。いくらあの姉たちといえども、この父には逆らえない。

この父はただの父ではない。世界有数の大国であるアルヴィニア王国国王という肩書きを持ったえらいオヤジさまなのだ。

「それで?リティ達がどうかしたか?まあ、想像は付くが……」

カリスは一月ほど前のパーティーのことを思い出す。その時、初めて娘らが息子に女装をさせ、あまつさえその格好のままパーティーに参加させたのだ。

会場は騒然とした。いきなり見たこともない美しい女の子が現れたのだ。年頃の男はこぞってダンスに誘った。

その時、クリスは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

「わかっているなら話は早い。父上からも姉さん達に女装をさせるのをやめろと言ってやって下さい」

「……うむぅ」

カリスは改めてクリスを見た。言われないと……いや、言われてもこれが男だとは思えない。彼の娘はそれぞれ魅力的な少女だが、クリスもこれでなかなか……悪くないのではないか? うん、悪くない。

もともと、カリスは女の子が欲しかった。どうせこの国は男でも女でも王位を継ぐのには支障はないし、たくさんの娘に囲まれて老後を過ごすのがささやかな夢だった。ちょっと歪んでいる気もするが……

「父上?」

「ふむぅ……いっそ性転換でもさせるか?」

「ち・ち・う・え?」

「はっ!?ど、どうした?クリス?」

「いま、なんかとんでもないことを口走りませんでしたか?」

「き、気のせいだ!うん。お前、ちょっと疲れているんじゃないか?早く部屋に帰って休みなさい!」

「………わかりました」

残りのお茶を一気に飲み干して、立ち上がる。部屋の扉を開けながらクリスは思った。

――だめだ、この家族。

 

 

 

 

 

 

 

夕食……

 

なぜか、ここの王家は母親が料理を作る。

「できましたよ〜」

のてのてと料理を運んでくる女王ライラ・アルヴィニア。雰囲気といい、容姿といい、フィレアに一番似ている。

ぱっと見、とても今年19になるリティの母親とは思えない。よくて20代。下手すると10代にも見える。

しかも、料理の腕は抜群だ。なんでも、アルヴィニア王国の下級貴族の出身らしい。

「あなたも早く席について下さい」

「ああ……わかったからそうせかすな……」

普段の過密スケジュールのせいでカリスは老いを感じ始めた体を起こしテーブルにつく。

……テーブルと言っても、みなさんが城のイメージから思い浮かべるようなもの凄い代物ではなく、城下の家具店で買ってきたちんまりしたものだ。

もちろん、会食とかのためにそういうテーブルもちゃんと食堂にあるが、普段、クリス達は城の空き部屋を改装したこの王家専用食堂で食べることが多かった。

「母さん、運ぶのくらい手伝うって……」

六人分の食卓の準備に手間取っているライラをエイミが助けに入る。

それを見て、リティとフィレアとクリスも助けに入った。

「それでは、いただきます」

一家の長であるカリスがいただきますの合図をすると、一斉に食べ始める。

「あっ!? エイミ姉さん、僕の分までとるな!」

「いいじゃねえか。あたしは腹減っているんだよ」

クリスの分のエビフライの一つをハヤブサのごとくとっていくエイミ。

「くっ!」

「甘い甘い」

クリスも取り返そうとするが、エイミのフットワークに為す術がない。

なんて事をしているうちに、フィレアが更にエビフライをとっていた。

「って!フィレア姉さんも! なにしているんだよ!」

「私、エビフライ大好物だし」

「理由になってないって!!」

ヤバイ。今日のメニューのエビフライは姉たちすべての好物。うかうかしていたら最後の一つも奪われてしまう。

そう思って、クリスはさっさと食べてしまおうとするが、エイミとフィレアに気を取られている合間にリティがそれを口に運んでいた。

「……リティ姉さんまで……」

がっくり来るクリス。こんなことで本気で怒るほど大人げなくはないが、くやしい。

「はいはい。クリスちゃん、ちょっと待っててね」

「……へ?母上?」

台所へ引っ込んでいくライラに、クリスは目をぱちくりさせる。

「こうなると思って、余分に作っておいたの」

と、エビフライ三つをクリスの皿に置く。

「リティちゃん達も、お姉さんなんだからもうとっちゃだめよ」

「「「は〜い」」」

とりあえず、クリスの夕食は確保できたようだ。

その後、何事もなく夕食は進んでいった。

それでもクリスは思う。

「……どうせだったら、最初から止めてくれれば良かったのに……」

 

 

 

 

 

 

 

その後、女の子の格好の方が色々都合のいいこともあると気付いたクリスが女装にどっぷりはまってしまうのだが、それは別の話。