ぱちり。

目が覚めた。

窓から朝日が射し込んでくる。今日もいい天気だ。

よしっ! と気合いを入れて起き上がる。

今日も僕、ライル・フェザードの一日が始まった。

 

リクエスト小説「古き良き時代……なのか?」

 

朝起きてまずすることは朝ご飯の支度だ。

ウチの母さんはまったく料理をしないので、必然的に僕が台所に立つことになる(父さんはあてにならない)。

「ふぁぁ……。ライル、おはよう」

「おはよう。父さん」

「……お前は、八歳児のくせに、どうして眠そうにしないんだ?」

「慣れ」

一言。もうそれしか言いようがない。

三人分の目玉焼きをじゅーじゅー焼きながら、小さなオーブンで焼いているパンにも気を配る。それだけじゃ寂しいので、昨日の残りのスープを温め、サラダを適当にでっち上げた。

「……もう立派にお嫁に行けるな」

「……なに言っているの。冗談言っている暇があるんだったら母さん起こしてきて」

「父さんに死ねと言うのか!?」

「死んで」

言い切ってやると、父さんはかきーんと固まった。しばらく、僕が朝食を作る音だけが場を支配する。

「冗談だよ」

「だよなあ。ライルも人が悪いぞ」

「でも、母さんは起こしてきてね」

「……わかった。骨は拾ってくれ」

決死の表情で父さんは母さんを起こしに行く。

うちの母は非常に寝起きが悪い。おまけに、寝ぼけて自分を起こそうとする敵を容赦なしに攻撃する。僕みたいな子供が起こしに行った場合、死亡率60%以上は確実だ。

ドカッ! バキッ! という打撃音が父さんと母さんの寝室から聞こえる。……今日はましな方だな。

20分後、顔を腫らした父さんと、寝起きで不機嫌な母さんが食卓に並んだ。

「おはよ」

「…………うん」

やはり不機嫌。今の母さんには下手に口答えしない方が吉。

「そういやライル。お前、今日は畑、来なくていいぞ」

「……なんで?」

父さんの問いに、答えはわかっているが聞いてみる。

「お前がいるとルナちゃんも来る。そうなると、農作業どころじゃない」

……最近、ルナは「魔法」とかいうのに目覚めた。なんか、ことある事に、僕で実験する。勘弁して欲しい。母さんは止めるどころか、ルナを煽ったりするし。

「はあ……ルナももう少し大人しくすればいいのに」

「まあ、いいじゃないか。今のうちに嫁さんが決まっていて父さんは羨ましいぞ」

「父さん。なんかものすごい誤解があるみたいなんだけど」

「ん? そうか? この村で、お前と同じくらいの年頃っていやルナちゃんしかいないじゃないか」

それはそうだが、ルナと結婚するなんて僕が嫌だ。

「可愛い娘じゃない。ライルはルナちゃん嫌い?」

母さん、復活。こういう話になると、目の輝きが違う。

「嫌いじゃないけど……」

「ま、ゆっくり考えなさい。どーせ、二人ともまだ子供なんだし。あなた、そろそろ行きましょうか」

「おう。ま、今日一日、子供らしく遊んでろ」

ありがたい言葉と共に、父さんと母さんが仕事に出かける。

うちの一家はちょっと大きめの畑を耕して生活しているのだ。あと、ときどき父さんと母さん、あとルナのところの両親の四人で賞金首のモンスターを仕留めに行ったりしている。

……何回か着いていったことがあるが、全員化け物みたいな人達だった。特に、母ズの方の強さはまさに鬼神のごとし。きっと、僕は一生敵わない。

「さっさと片付けよ……」

せめて食器の片付けくらい手伝って欲しい。どこの世界に八歳の息子に家事全般をすべて押しつける親がいる。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

あのあと、特にすることもないので、今読んでいる本を持って村の中央広場に来た。広場を囲うように木が植えられていて、とても落ち着くのだ。

ぱら、ぱらとページをめくる。

「あれ? ライルちゃん」

「……エレンさん」

現れたのは僕の姉的存在、エレンさん。黒髪の美人さんだ。

「今日はローラさん達の仕事、手伝わなくていいの?」

「……僕が行くと、ルナが無茶するから。

僕のセリフに、エレンさんはああ、と納得のいった顔をして、

「なら、私の手伝いしてくれない? ちょいと、内職のノルマがキツくって」

「いいけど」

エレンさんには世話になってる。ついでに暇なので、僕は承諾した。

「じゃ、私の家に来てよ」

「了解」

もともと、小さい村だ。すぐにエレンさんの家に着く。

中にはいると、作りかけの造花がところせましと置いてあった。

「……ちなみに、今日中にいくつ作るの?」

「ん〜……ま、お昼まで手伝ってくれればいいから」

……確実にさぼってたな。エレンさん。細かい作業が苦手なくせになんで内職してんだ?

「うちの畑、今は世話があんまりないし、私一人だと新しく開墾するのも大変だしね」

「……また声に出してた?」

「うん。わかりやすくていいけど、直した方がいいよ。特にルナちゃんの前では」

こくりと頷く。この癖のせいで何回も痛い目に遭ってきた。

「じゃ、始めよっか」

「はいよ」

と、いうわけで造花作りを開始した。

エレンさんは苦手だが、僕はこういう細かい作業は意外と得意だ。倍近いスピードで造花を作成していく。

「早いね〜」

「まあ」

短い会話の最中にも手は休めない。

そんなこんなで、あっというまにお昼になった。

「ふう。ライルちゃんのおかげでかなり進んだよ。ありがと」

「どーいたしまして」

「じゃ、お昼にしよっか。ちょっと待っててね、私がご馳走したげる」

僕に料理のイロハを教えてくれたのはこのエレンさんだったりする。その味は折り紙付き。さぞ、いい旦那さんを見つけることだろうと、村のみんなは思っているものだ。……難を言えば、ちょっと強引なところか。基本的におっとりしているんだが、変に行動力がある。

「手伝うよ」

「そう? 久しぶりにライルちゃんの腕も見せてもらおうかな」

二人して台所に立つ。

すぐさま流れるいい匂い。うん、やはりエレンさん、いい腕している。

……などと、なごんでいると、その雰囲気をぶちこわすかのように彼女が現れた。

「エーレーンーー。なんかいい匂いしてるね〜。私にもわけて〜」

という図々しいセリフと共に、ノックもせずに入ってきたのは……

「ルナ……」

「あら? ライルじゃない。あんた、仕事はどうしたのよ仕事は? おばさんたち、種植えしてたわよ?」

ルナ……君のせいだよ。……とは、心で思っておくだけにしておく。さすがにエレンさんの家を吹っ飛ばしてしまうわけにはいかない。魔法を学び初めてまだ一ヶ月かそこらのくせに、すでにルナの魔法の腕前はそこいらのかけだしの魔導士とは比べものにならない。

末恐ろしい。将来、きっとひどい目に遭うに違いない。

「今日はライルちゃんはお休み。ルナちゃんも食べてく?」

「うん! お母さん、今日は忙しいから自分で適当に作れって言ってたけど、面倒くさいし」

それは正解だな。ルナの料理は料理とは言えない。アレを料理と呼ぶのは人類に対する挑戦だ。あの料理のせいで死にかけたのは一度や二度じゃない。

「じゃ、ちょっと待っててね。ライルちゃん。食器三人分、用意して置いてくれる?」

「らじゃ」

そして、三人でおいしく昼食を食べた。

思えば、僕の久々の休日の平和は、この時までだった。

 

 

 

 

 

「さあ、お次はいよいよ攻撃魔法。『ファイヤーボール』いくわよ〜」

「来なくていい!!」

いつの間にか、僕は木の幹に縛り付けられていた。

……ルナの仕業だ。ごはんを食べ終わってまったりしていると、後ろからフライパンの一撃。気が付いたらこの状況だったというわけだ。

「遠慮しない。『すべてを燃やし尽くす力持ちし火球よ、我が思うがまま敵を討て』」

「だあ!! 洒落になんないって! ルナ! 僕を殺す気かーーー!?」

この状況じゃかわすどころか受け身もとれない。そんなにレベルの高い魔法じゃないとは言え、直撃したらただでは済まないだろう。

「大丈夫! 私を信じなさい! ちゃーんと死なない程度に加減……」

「加減って! その魔法試すの今日が初めてって言ってたじゃないかあああぁぁぁぁ!!」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「………根性でなんとかなさい」

「いいいぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁ!!」

冗談じゃない! 僕はまだ八歳だぞ!? 人生まだまだこれからなんだ! こんなところで死んでたまるかあ!?

「男のくせに情けないわよ! 『ファイヤーボール!』」

ルナの手から生まれた火球が僕に向かってくる。

……と、思ったら僕を僅かにそれて、すぐ側の地面に着弾した。やはり初めて使う魔法。コントロールまでは……って、

「わあぁぁぁ!?」

ば、爆風が! おまけにめっちゃ熱い!! って、あ、縄が焼き切れてる。

「じゃ、そーゆーわけで!」

「あっ! ちょっと待ちなさい!」

拘束が解けたらもうここにとどまる理由はない。くるりと回れ右をして走った。もう、限界を超えて。捕まったら最後だ。さっきは運良く助かったが、次は殺られる。

さすがのルナも、全力疾走の僕には追いつけない。もう、だいぶ引き離して……

「『ファイヤーボール!』」

「んな゛!?」

ドガーン!

「わあぁぁぁ!?」

さっきの火の玉の魔法が僕の進路で爆発。慌てて方向転換した。しかし、マジで殺す気だよ。

……って、煙で前が見えない!

しかし、誰かが僕の進む方向にいる! よし、おとりになってもらおう。後ろのルナの魔法に巻き込まれるのは気の毒だが、運が悪かったと思ってもらう。

僕は、その人物の横をすり抜けようとして、

「……なにやってんの? あんた」

首根っこをひっつかまれた。

「か、母さん……。いや、ルナから逃げてるところなんだ。だからちょっと離して欲しいな〜、なんて……」

しばらくして、ルナが追いついてきた。それで、完全に状況を理解した母さんは息子を助けるべくルナの説得に……

「仕方ないわね〜。男の子が女の子に追い回されてるなんて……ちょっと鍛え直してあげる」

当たらず、さも息子が悪いように言ってきた。

……僕は被害者なのに。

 

 

 

 

 

「甘い! ライル、そんなもんじゃフェザード流は継げないわよ!」

「って、母さん! それ今考えただろう!?」

母さんの右の拳を何とか捌きつつ、母さんの横に回る。このまま足を刈って……やれなかった。

いつの間にか母さんは後ろに回っていて、肘を極めながら僕を投げ飛ばした。

「だああああ!?」

「ほほう! ちゃんと受け身をとるとは生意気な! だけど、さっきのであんたの左手は折れてたわよ」

「……母さん。手加減という言葉を知っているだろうか?」

もし、受け身をとれなかったらもろに背中を打っていた。僕は子供だからかなりのダメージになっていたはずなのだが……

「なにソレ? 仏教用語?」

……これだ。この人は、親として大切ななにかをゴミ捨て場かなにかに捨ててきたに違いない。

久々の母さんの体術訓練はまさに地獄だった。日頃のストレスを発散するかのように母さんが僕をこづき回す。子供の虐待は行けないと思うのだが。

そういえば、ルナの魔法の実験台と比べてどちらがましだろう?

そんな馬鹿なことを考えていると、

「喰らいなさ〜い! フェザード流体術、奥義参式ぃ〜♪」

いつの間にか懐に入り込まれていた。そして、僕の胸に母さんの両手が添えられ……

「そーりゅーほー!」

母さんの即席の必殺技で吹っ飛ばされた。

この技は……両手からの気の攻撃。外部と内部を同時に破壊するみたいだな。……よし、気功術はまだ使えないけど、覚えて……おこ…う。

……僕は、意識を失いながらも技をラーニングすべく分析をしていた。

 

 

 

 

 

 

「それでだ。このナイフなんかいいだろ?」

「……父さん。僕はもう寝たかったりするんだけど」

まだ胸の辺りがずきずきと痛い。母さんの双龍砲とかいう技のせいだ。……まあ、技の特性は覚えた。いつか気功術を覚えて、母さんにこの技を返してやる。

「まあ、もう少し父さんの趣味につきあえ。このフェザード家コレクションを継ぐのはお前しかいない」

「色々、厄介なのを僕に押しつけないで欲しいんだけど」

母さんのフェザード流体術なんてゆうのとか。

今いるのは、僕の家の地下。父さんのヒミツ武器倉庫。古今東西の武器を父さんはコレクションしていて、ここには百点近くもの武具がある。

母さんは金のかかる趣味だといい顔はしないが、これだけは父さんも譲る気はないらしい。

「それに僕が継ぐ前に、母さんが金に換えると思うよ」

「むう……それは困った」

父さんはなにか神妙な顔つきで、コレクションの中の一つを取り出す。

「じゃあ、ライル。なにかあったとき、この剣だけは売らないように母さんに言ってくれるか? 俺のお気に入りなんだ」

それは、簡素な装飾が施されているだけの、平凡な剣。だけど、僕はその剣になにか言いようのない迫力を感じた。

「……これいいね。僕も好きだな」

「うんうん。ライルもこの良さがわかるか。……あんのバカ貴族め。今はブタ箱の中らしいな。俺に大人しくこいつを譲らないから……」(27話を参照)

なにやら父さんがぶつぶつ言っているが、いつもの通り大したことではないだろう。

「よし、とりあえず、こいつはしまってだ。今夜はたっぷりと刃物のよさを教えてやろう」

「……明日も仕事があった気がするのは僕の気のせいだろうか?」

「なんとかなる」

結局、僕が眠れたのは夜の1時を回ったところだった。

 

 

まあ、こんなのが、僕、ライル・フェザードの日常だ。多分、ふつーじゃない幼少時代だと思う。

だけど、きっと十年ほども経てばもう少しましな生活を送っているさ、きっと。(あんまりましじゃなかったりする)