ルシファーとの戦いから約三ヶ月。その間に俺も十四歳になった。
はじめの一ヶ月は、傷を癒すのに費やした(比較的軽傷だったメイは看護役)。
その後、力不足を痛感した俺たちは、それぞれ分かれて修行をすることを決心した。個々の力を上げていかないと、とても目的は果たせない。……正直、レインとかヴァイスとか、修行をサボりそうだから、非常に不安なんだけど。
まあ普段はおちゃらけていても、締めるところはきっちり締めるタイプの二人だから、心配はない……きっと、多分……そうであって欲しいなあ。
ごふん、ごふん。
いや、まずは他人のことより、自分のことだ。
俺は、精霊王たちの力に頼りすぎていた。例のオリジナルの精霊魔法くらい、独力で制御できるくらいにならなければ、契約してくれたあいつらに合わせる顔がない。
というわけで、精霊王たちとすら連絡を絶って、この二ヶ月間一人で修行していたのだ。
ただ……少々無茶というか、無謀なことをしすぎたかもしれない。
あまりの酷使に、激しい痛みで警告してくる肉体に鞭打って、杖をつきながら目的地に歩いていきながら、俺はそんな反省をしていた。

ゆうしゃくんとなかまたちスペシャル 〜別れのファーストキス〜

「いらっしゃいませーー」
その建物に入ると、明るい声が迎えてくれた。
「ご予約のルーファスさまですね?」
「ああ」
「では、こちらに記帳をお願いします」
言われるままに、名前を書く。
ここは知る人ぞ知る、そして知らない人はぜんぜん知らないという名旅館。料理も美味く、さらにはすごい効能を持つ温泉が沸いていて、湯治には最適の宿だともっぱらの噂だ(やはり一部の層に)。
手続きを終えると、二階の一室に案内される。
「こちら、菊の間になります。ごゆっくりおくつろぎください」
「ん、ありがとう」
「ずいぶん、お疲れのようですね。うちの温泉は、よく効きますよ〜」
うれしそうに解説してくれる。
しかし……思ったんだが、この仲居さん。俺より年下じゃないのか? せいぜい、十二、三歳といったところだろう。この年で、働いてるのか? いや、まあ農村とかでは普通だが、客商売なんだから、小さい子なら裏方に回るんじゃないか?
素人考えなので、間違っているのかもしれないが、少し気になったので聞いてみた。
「君、いったいいくつ? 俺とそんなに変わらない様に見えるけど?」
「私ですか? 十一ですけど。……ああ、でももうすぐ十二になります」
ほぼ予想通り。
「でもなんで……あ、当旅館はナンパお断りですよ?」
「いや、そんなつもりじゃないって」
まあ、魔王が現れ、人手不足かなんかなんだろう。人口の一割が亡くなったという話も聞くし……

「? どうしました、お客さん。顔色悪いですよ」

「……なんでもない」

待て、俺。骨休めに来て、暗い気分になってどうする。

「早速、温泉に入りたいんだけど、今大丈夫かな?」

「そりゃもちろん。どうぞ、ゆっくり浸かって下さい。こちら、浴衣になります」

受け取り、部屋の隅に放り投げてた鞄の中からタオルと下着を出す。

「よかったらご案内しますよ」

「そう? それじゃ、お願いしようかな」

とことこと案内されるままに歩く。途中、とりとめのない話もした。

「えっと……お客さんも、ずいぶんとお若いですけど、お一人ですか?」

「そうだけど」

「ご両親は?」

「いないよ。何年か前に、村ごと全滅しちゃった」

自分でも驚くほど淡白に答えていた。でも、それも当然かもしれない。父さんも村の人たちも、姉さんを迫害してばかりいた人たちだ。正直、あまりいい感情は持っていなかった。

なのに、仲居さんはずいぶんと落ち込んだ顔をして、

「失礼しました……」

などと言ってきた。

「まあ、もう昔のことだし、今は生きていくのに大変だから、あんまり気にしてないけどね」

「そうですか。じゃあ、今はなにをしていらっしゃるんですか?」

「冒険者……なんだよ、その目は。本当だって。ルーファス・セイムリートと言えば、けっこう有名だぞ」

「だって、まだ、せいぜい十四、五でしょう、お客さんは」

む、かなり侮られている。

年齢を考えれば仕方ないといえば仕方ないが、本当に俺を含めてうちのパーティーのメンバーは有名なのだ。……まあ、トラブルメーカーぞろいのパーティーだから、あまりいい噂ばかりではない。

いちいち挙げてみるならば……

レインは、道中女性を口説きまくり、そのすべてに振られた。その確率のなさを讃えて、0%の男と呼ばれている。

メイは、感情が高ぶると魔力が暴発する癖がなかなか直らず、破壊神の異名を欲しいままにしているし。

ヴァイスさんはヴァイスさんで、森から出てきたエルフと言う事でかなり奇異の目で見られている。

俺に関しては、言わずもがな。この子の反応を見ていただければ、おのずとどんな噂が流れているかもわかるだろう。今いち成長が遅いのもその原因かもしれない。

「はいはい。こちら、温泉になります」

「……むう」

信じてないな。……まあ、ぎゃーすか騒ぐのもみっともない。ここは年上の余裕を見せておこう。

「あ、言っておきますが、中で男湯と女湯が繫がっている、なんてベタな展開はありませんのでご了承くださいね?」

ガンッ、と壁に頭をぶつけた。

恨めしく睨んでやると、ころころと笑う。

「あ、やっぱり期待してましたね? 期待してたんでしょう? はぁ、男はみんな狼ですねえ」

「人聞きの悪い事を言うな!」

年が近いせいか、舐められてる。そりゃあ、旅館で数多くの人と接して来た分、精神年齢は高いのだろうが、こっちとて普通の人間とは激しくかけ離れ(すぎ)た人生経験をつんでいるんだ。そうそう動揺したりしない。

「もう行くからな!」

踵をかえして前へ踏み出すと、なぜか(本当になんでだ?)落ちていたバナナの皮で滑って転んでしまう。

「あ、動揺してる。図星でしたね?」

くそうっ!

 

 

 

 

 

 

 

結局、そのままずるずると三日ほどが経った。

疲れがすべてとれるまでは滞在するつもりなのだが、どういうわけか、体の痛みこそマシになったものの疲労があまりとれない。

流石に、二ヶ月の間ほとんど不眠不休で基礎練をやりつづけたのは無茶すぎたか。

まあ、一週間ほどここでゆっくりするのも悪くない。そもそも、ルシファーと戦う以前も、こうやって休養する事はなかったんだ。心も体も、すこし休めるべきだ。

とか考えつつ、日課の鍛錬をしている悲しい俺。きっと、疲労がとれないのはこれも原因だろう。

「でも、体動かしてないと不安だしなあ」

まだ朝早い。五時くらいだろうか?

ここは旅館の裏山にある滝のすぐそば。朝特有の清涼な空気と、滝という場所ゆえの水精霊の動きが気持ちいい。

そんな中で、練習用のちょっと普通じゃない重量の剣を振っていると、悩みも吹っ飛んでしまう。

昨日までは、旅館のすぐ近くでやっていたのだが、ランニング途中でこの場所を見つけた。

明日からはここを使おうと決心しつつ、仮想の敵を想定し剣を叩きつける。

かわされ、反撃が来る。頭を低くして、やりすごし、斬り上げ。同時に足を払っているのだが、どちらもうまく防がれてしまい、逆に攻めて立てられる。

苛烈な攻めを紙一重で捌いていく。

限界が来て、距離をとろうと魔法を使おうとした辺りで、首を刎ねられた。

左手に集まっていた魔力が霧散し、座り込む。

イメージの中とはいえ、かなり熱が入ってしまった。実際に魔力が集まってしまうとは。

「ふう……だめ、か」

イメージしたのは、ルシファー。

二ヶ月間の修行は基礎に力を入れていたが、数少ない実戦練習の際には、すべてあいつとの戦闘を念頭に置いていた。

まあ、結果はこの通り、イメージの中でさえ一勝も上げていない。

最初は、攻撃をする前にやられていた事を考えると、マシにはなっているのだろうが……

と、そこで草むらの辺りに、人の気配を感じた。

「誰だ!」

修行の最中で気が張っていたのか、思わず厳しい声が出てしまう。

がさがさ、と問題の人物が草むらから出てきた。

「……セラ?」

初日に部屋への案内をしてくれた仲居、セラフィだった。あの後も、彼女が俺の部屋の担当だったらしく、顔を合わせる事も多かった。

それなりに親しくなって、こうやって愛称で呼んでいるのだが、

「ご、ごめんルーファスくん。なんか邪魔しちゃったみたいで」

「いや、もう終わるつもりだったから、それはいいよ。でも、なにしに来たんだこんな朝早くに」

「うちの旅館の料理にこの滝の水を使うの。んで、今日汲みに来るの私の当番」

「ふーん」

確かに、でかいバケツを二つ持っている。

……しかし、この小さな少女には、かなりきついだろう。二つ合わせると、50キロくらいにはなる。

「貸せ」

バケツを奪い取り、滝の水を汲む。ずしりとした重みが両手にかかるが、これくらい俺にとっては楽勝だ。

「いいの? ありがとう」

「構わないって。普段、世話になってるし」

「私のは仕事だけど、ルーファスくんのは好意でしょう? 下心がありそうだけど、ここはお礼を言うのが筋じゃない」

「……なんだよ、下心って」

大体予想がついたが聞いてみる。

「え、私の気を引くためでしょ? ルーファスくんって、私に気があるんじゃなかった?」

「ねえよ……」

マセガキめ。

三つしか変わらない、と言うなかれ。俺らぐらいの年齢で三つも年が違えば、別次元の生き物だ。

「な〜んだ。そっちにその気があるんなら、私だってやぶさかじゃなかったのに」

「もうちょっと年食ってから言え、初等部め」

学校に行ってたら、セラは初等部。俺は中等部だ。これは大きな違いである。その二つの間は、大人と子供を分ける境界線と言ってもいい。

「わかってないなあ。私、けっこう大人なお客さんに声かけられたりするんだよ?」

「……どこの変態にだ」

俺くらいならまだしも、普通の大人でセラに声をかけるなんて、ちょっと特殊な趣味の方としか思えない。

「まあ、うちは真面目な宿だから、そーゆー事はしなくてもいいんだけどねー」

……聞き流しておこう。

確かにそういう宿もあるらしいという話は、俺も冒険者だから聞いたことがあるが、健全な青少年である俺には関係がない。レインあたりは行きたそうだったが。

「……でも、ルーファスくん、けっこう力持ちだね。そのバケツ、けっこう重いっしょ?」

「あン? 馬鹿言うなよ。俺に音を上げさせたかったらこの千倍は持ってこい」

「へえ〜。強気だね?」

「冒険者舐めんなよ」

冒険者と言うのは体が資本だ。基本的にモンスターとかを相手にしなきゃいけないし、魔法使いだろうが基本的な筋力は一般人より上でないとお話にならない。

……もっとも、俺みたいに気功術を修めているやつはあんまり多くないが。

「……うん。さっきのルーファスくん、怖かったからね。なんていうか、冒険者なんだなあ、って実感した」

「さっきの……って、修行してたときか」

「そう。なんか、すごい真剣な顔で、もの凄く速く剣振ってて……鬼気迫るって言うのかな? ああいうの。こっちまで斬られちゃうかと思っちゃった」

……怖がらせちゃったか。

少なくともルシファーに勝てなきゃ姉さんの所へは辿りつけないと、躍起になりすぎているのは確かだ。修行中とは言え、気配すら消していないセラの存在に気付かなかったのがその証拠だろう。

「あ、ここまででいいよ。お客さんに手伝わせたってばれたら、怒られちゃうし」

「かなり重いんだが」

とりあえず、バケツを片方渡す。

「おもっ!? なにコレ。聞いてないよ〜!」

どかっ、と地面に降ろす。

「だろ? いいさ。持って行ってやる。言い訳は考えておけよ?」

「うわっ、薄情者!」

なんとなく穏やかなものを感じながら、俺は旅館へと足を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばん〜」

「…………………」

昼間、一人将棋をしたり、寝たり、近所を散歩したりで時間を潰し、夕食の時間になった。

いや、それはいい。

なんで、セラフィさんは、いきなり俺の部屋に押しかけてきますかね? さっき、料理を運んできて、帰ったんじゃなかったのかい?

「いや〜、今ってお客ルーファスくんだけだし。けっこう暇なの。……で、まかないもこの時間に食べられるから、一緒にどうかな〜ってね」

「お前、俺が客だっていう自覚あるか?」

「ん? ないよ」

筍の煮物を口に含みながら、あっさりと言ってのけましたよ、このお嬢は。

「怒らないの。別に減るもんじゃないんだしさ」

「……怒ってはないけどな。お前が怒られないか?」

「ん〜? まあ、この旅館も最後だし、ちょっとお客と仲良く食事するくらい多めに見てくれると思う」

待て。この娘はなんと言った?

「最後?」

「そう。ここってさあ。街から離れたところにあるじゃん。昔、高名な法術師様が張ってくれた結界があるんだけど、魔王が現れてから何度かモンスターが襲ってきてね。温泉が沸く所を探して、わざわざ自然の真っ只中に建てたのが間違いだったってオーナーも嘆いてた」

それは……仕方ないかもしれない。

こんな時代だ。いつモンスターだけじゃなく魔族まで襲ってくるのかわからない。

「お前は……どうするんだ? 両親、いないんだろ」

「……わかった?」

「わかるさ」

こんな街から離れたところの旅館に働いてるんだ。おおよその事情は知れるってもんだ。従業員の中に親らしい人はいなかったし。

「さあね。こんな子供雇ってくれるところなんて、そうそうないだろうし、孤児院入るって年でもないし。決めてないなあ」

「って、おい。俺が最後なんだろ。やばくないか?」

「やばいもやばい。今までの給金が少しはあるけど、半年ももたないし。……そうだなあ。誰かお嫁にもらってくれる人でもいればいいんだけどね。金持ちで、男前なら言うことなし」

「阿呆か。お前、自分の年を考えろ。年を」

「いや、でも。この年で結婚する地域もあるんだし」

あるにはあるが、少なくとも、ここら辺じゃなかっただろう。

「そうだなあ。……ルーファスくん。稼ぎはいい方?」

「ん? そりゃ、冒険者ってのは危険に見合った報酬があるからこそだからな」

……嫌な予感が。

「顔は……ん。まあ良くはないけど悪くもない、より少し上くらいと。年が近いのもプラス点」

「おい、お前まさか」

「どう? 今ならお買い得よ?」

なにやら、艶かしい(と本人は思っているようだ)ポーズをとって、こっちに視線を送ってくる。

一体、どこでこんな仕草を覚えたんだ?

「……小さくても、やる気さえあればできる仕事くらい、一つ二つ紹介できるぞ。俺、けっこう顔広いから」

「あれ? 意味、伝わらなかった?」

「伝わったが、お断りだ。第一、会ってからまだ一週間と経ってないだろうが」

「こんな美人が誘ってるのに……」

将来性は認めるが、美人ではないだろう。どっちかというと、まだ可愛いという表現が似合……待て待て。落ち着け、俺。

「って、料理がすっかり冷めちまった。さっさと食うぞ」

「あ、逃げた。この腰抜け〜。話を逸らすな〜」

食うべし食うべし! もう一つ食うべし!

「こっちを向けええ!」

「頬を引っ張るんじゃない!」

そんなこんなで、どたばたした夕食は終結した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜〜〜」

温泉に浸かりつつ、ため息を吐く。

まいった。

あの後も、セラはなんとなく部屋に居座り、例の話を匂わせていた。

妹に懐かれている感じで決して嫌な気分ではないのだが、やっぱり俺について来るのは駄目だ。今の所、結婚なんぞに興味はないし、俺は他の冒険者より危険な場所に身を置いている。俺に必要なのは戦友、仲間であって配偶者ではない。

……まあ、頑固者だから、説得に苦労するかもしれないが、なんとか仕事を紹介してそっちに押し込んでやろう。

湯に浸かりながら、紹介すべき店のリストアップにはいる。

まず酒場や冒険者ギルドは問答無用で却下。柄の悪いのが大勢押しかけてくる。

武器屋とか道具屋なんかがいいか……たしか、イサベルの店が人手欲しがってたよな……

………………………

「……はっ!?」

まずいまずい。危うく眠ってしまうところだった。

「のぼせないうちにあがろ……」

ちょっとふらふらしつつ脱衣所に転がり込む。

浴衣を着込んだ辺りで、旅館内が騒がしい事に気がついた。

「……?」

……様子がおかしい。

慌てて脱衣所から出てみると、肩に傷を負った従業員が走ってくるところだった。

「どうした!?」

「も、モンスターが……!」

その男が言う前に状況は掴めた。男を追いかけるように、ウッドウルフが一匹やって来ていたから。

「斬気掌!」

気を纏った手刀を一閃して、真っ二つにする。

「う、ああ……!」

混乱している従業員の首を掴み、俺は叫び声を上げた。

「落ち着け! 俺は冒険者だ。こいつらくらいわけない。……他の人たちはどこにいる!?」

「じゅ、従業員は一階の宴会場にいた。あんたが最後の客だから、そこで残った従業員だけでちょっとした宴会を……」

「わかった。温泉の中入ってろ。あの湯は性質が聖水に近いから、ウッドウルフ程度じゃ入れないはずだ」

言いながら、俺は既に走っている。

確か、あの男を含めて、ここに残っていた従業員は五人。

年老いたコックとオーナー、女将、そしてセラだけだ。……唯一、年頃の男であるあいつが逃げてきたのは気に食わないが、一般人にそこまで言うのは酷だろう。

宴会場はそんなに離れていない。十秒もしないうちにたどり着いた。

ウッドウルフが四匹ほど入り込んでいる……!

「どけっ!」

とりあえず目の前にいた一匹を蹴り飛ばし、

「レイ・シュート!」

マジックミサイルの魔法で残りを貫く。

「た、助かった!」

見ると、オーナーの下には、簡易魔法陣の書いてある紙が置いてある。道具屋で売っている旅人用の魔物避けだ。

「大丈夫みたいだな。……よかった」

「ああ。私たちは平気だ。家内もかすり傷程度、コックは無傷だ。うちのが一人逃げて行ったがあいつは……」

「俺が助けておいた。あの温泉が対魔効能があること、知ってるだろ。入っておくように言っておいたから無事のはず……!?」

なぜ……ここには三人しかいない?

「おい。あんたら。セラは……セラフィはどうした」

「えっ?」

オーナーが慌ててきょろきょろ見回す。

……はっきりと顔を青ざめながら。

「し、しまった。そういえば、もう一度あんたのところに行くって……」

既に俺は宴会場のふすまを蹴破っていた。

まさか、まさか、まさか……!

階段を上るのももどかしく、ジャンプして天井を破る。すぐ目の前は俺の部屋だ。

扉は開いている。

少し血の香りが漂ってきた。

ウッドウルフが三体。部屋の中央に集まっている。

 

待て……あいつらは、なにを喰っている?

 

脳はそれを認識しているのに、理性がそれを拒否する。

俺は獣のような叫び声を上げながら、ウッドウルフたちを蹴散らした。一匹を殺している間、残りの二匹が恐怖を感じたのか窓から逃げていく。

それを見送って、俺はすぐに部屋の中央にいるやつの体のそばに駆け寄った。

「おい! セラ。しっかりしろ!」

その少女は。自分を嫁にどう? と言っていた少女は……ひどい有様だった。

「……あれ? ルーファスくん?」

顔が無傷なのが不思議だった。そして、生きていることは奇跡だった。しかし、内臓がずいぶん喰い荒されている。……回復魔法なんかじゃ、とても……治せない。治せないんだ、セラ。

「そうだ。俺、わかるか?」

セラは力なく笑う。

「そりゃ、わかるよ。私の……未来の旦那様候補じゃない」

「まだ言ってるのか」

笑おうとして失敗する。

そこで、気がついた。……なんだ、俺、泣いているのか。

「言うよ……けっこう、本気なんだから」

「ああ、わかってるって」

恥ずかしかったからか、冗談めかして言っていたが、本気だったのはなんとなくわかる。俺のどこに、こいつを惚れさせる要因があったのかは、全然わからないけれど。

「あ〜……う…ん。きっと、君となら……楽しくやれると、思った、んだよ」

「そうだな。お前となら、きっと楽しくなっただろうな」

「ほら。私、若いから……。きっと、すーぱー新妻って言われて……ルーファスくん、一躍時の人に……」

「わかった。わかったから、もう喋るなよ……」

いつもどおりの口調を出すのに苦労する。

「……まぁ……ダメ…みたいだけど……」

「なに言ってんだ。お前、そんなに簡単に諦める奴じゃなかっただろ」

俺が言うと、セラは少し困ったような笑みを浮かべて、かろうじて無事な右手を俺の後頭部に当てる。

そして、そのまま重力に任せて俺の頭を下に押して、

「…………キス、しちゃったね」

「……俺、初めてなのに」

「私も、そう……だったん、だよ」

「そうか。……セラ。おい、セラ?」

それを最後に、セラが喋る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明けた。

ウッドウルフの群れは、俺がすべて退治した。

オーナーたちは助かった。犠牲はセラ一人。

二ヶ月間の修行は、俺になんの力も与えてくれなかった。やはり、俺にはもっと修行が必要のようだ。それを今回の事件で痛感した。……本当に、痛いほどに思い知った。

「じゃな。セラ。俺、忙しいからあんまり来れないかもだけど、年に一回くらいは来てやるからな。感謝しろよ」

例の滝の前に作った墓の前で呟く。

俺より付き合いの長いオーナーさんたちは、無言で手を合わせている。

「きっと、俺が終わらせる。こんなことがなくなるように、俺が終わらせる」

それは誓い。きっと姉さん……いや、魔王を止めるという誓い。

後ろの人たちには多分意味はわからなかったろう。もちろんわかってもらう必要はない。このことは、俺の胸の中にだけあればいい。この誓いがある限り、俺はきっと強くなっていける。

 

この日。俺は一つ強くなった。