俺は久々に精霊界に帰ってきていた。
俺は修行中の身だから、精霊王たちの力を借りるわけにはいかない。だが、たまには顔を見せてくれと、ソフィアとかが泣きついてきたので、仕方なくこうやってたまに帰省しているのだ。
久々に感じる精霊界の清浄な空気を感じながら、俺は精霊界の中心、精霊宮へと向かっていった。
ゆうしゃくんとなかまたち(帰省編)
「ん? あ〜マスター、おかえり」
「ああ、ただい……ま……」
精霊宮に入ると、もうおもちゃ箱をひっくり返したような有様だった。なにやら、重要っぽい書類があちらこちらに転がっている。
今で迎えてくれたのは比較的手が空いているらしいシルフィだが、他のメンバーは処理能力の限界に挑戦するかのような仕事の山をこなしている。
「……なんかあったのか?」
「んとね。魔王の神界の攻略、あと数年もしないうちに終わりそうだから、今ある仕事全部片付けてんの。神界の次は、ここか人間界だろうから、雑事は全部終わらせとかないとね」
……魔王が現れた、と言っても、現在、人間界はそこまで深刻な状況にはなっていない。もちろん、モンスターが活発化したり、下級魔族が跋扈していたりするが、それでも人間社会に致命的なダメージを与えているわけではないのだ。
それは、魔王が人間界より、神界の侵攻を優先しているためで……神軍はかなりの劣勢を強いられているらしい。
「……ったく。神様なんだから、もうちょっとしっかりして欲しいな」
「うちからも援軍は送ってんだけどねぇ……っと、これはガイアの仕事! こっちに紛れ込んでるよ!」
俺と話している間も、手だけは動いていたシルフィが、一枚の紙を投げる。
シルフィにこんな勤勉な一面があったとは驚きだ。それだけ、事態は切迫しているって事なんだろうが。
「あ〜、マスター。せっかく帰ってきてくれたのにアレだけど、今見ての通りだから。適当に時間潰しててくれる?」
「……了解」
せっかく、普段仕事しないやつらもがんばっているのだ。邪魔しても悪いので、俺は早々に退散する事にした。
んで、夜。
俺は精霊界にある自分の『家』でくつろいでいた。数年しか暮らしていないこの家は、今はもう滅んだ俺の故郷の家より馴染んでいる。しばらく留守にしていたわりには、埃が溜まっているわけでもなく、綺麗だった。精霊王の誰かが掃除してくれたのだろう。そのことに感謝しつつ、疲れている体を休めるために睡眠。
……で、夜になって、仕事が一段落した精霊王たちが押しかけてきた。飲み物や食い物を大量に持って。
んで、当然の如く宴会に突入しているわけで、
「よー、ルーファス! 久しぶりどすな! 勝負だじょ〜」
早々に絡んでくるのが、フレイ。久しぶりだな、と勝負だ、の話のつながりがさっぱり見えない。そして、語尾が怪しい。さらに、酒臭い。
完全無欠の酔っ払いだった。
「フレイ。キモイから抱きついてくるな」
「なにぃ!? 俺の酒が飲めねえのか!」
「飲めねえから、あっち逝け!」
国によっては子供の頃から飲む所もあるけれど、少なくとも、俺が育った環境では、お酒とタバコは二十歳から。そんな俺に酒を勧めるなよ、と心の中で言ってみる。
「え〜? マスター。相変わらずお酒ダメなんでか? も〜お堅いんですから。ほらほら、私がお酌して上げますよ」
フレイを引き剥がそうと悪戦苦闘していると、ソフィアが寄ってきた。手には、エールの入った瓶を持っている。
「ソフィア。俺のコップに酒を注ぐな」
「ほらほらほらああ〜」
「って、お前も酔ってるのかよ!?」
「え〜? 私酔ってないでしゅよー……ック」
このざまでよくそんなことが言えるもんだ。それが酔っ払いと言えば、そうなんだが……
まだ素面なのはアクアリアスとガイアとカオスさん。シルフィも、まだ大丈夫っぽい。暴走しているのは今の所この二人だけのようだ。まあ、遠からず、シルフィもこの二人と一緒になると思う。
とりあえず、さっきからうっとおしくも俺の肩に手を回しているフレイを撃退すべく、やつのボディに一発パンチを撃ちこむ。いつもなら、ここから顎へのアッパーのコンビネーションに移行するのだが、今日はその必要はない。勝手に口を押さえて、草むらに入っていった。
……ゲロゲロ〜って感じの音は無視しておこう。
で、フレイを引き剥がしたはいいものの、ここぞとばかりにソフィアが俺の背中に乗ってきた。
「重い。どけ、ソフィア」
「重くないも〜〜〜〜〜ん」
手がつけらんねぇ。
さすがに、フレイみたいに殴り飛ばすわけにもいかんし……
「楽しそうですね、マスター」
「そう思うんだったら代わってくれ」
いつの間にか、隣にアクアリアスが来ていた。こいつはそんなに酒が得意じゃないから、手に持っているのはオレンジジュースだった。
「いえいえ。ソフィアはマスターの背中がお気に入りのようですから」
「そうでぇす。この背中は私のモンです」
「俺の背中は俺のもんだよ!」
不条理な事をぬかすソフィアを一喝して、アクアリアスに向き直る。
「こいつ酔うの早すぎるな」
「ですね」
苦笑しながらアクアリアスが同意する。そして、オレンジジュースを一気飲みした。
「……ふぅ。マスターも飲みますか? 特製のオレンジジュースだそうですよ」
「いや、今はいいや」
「そうですか……おいしいのに」
相当気に入ったのか、アクアリアスがもう一度コップに注いで一気飲みする。
その頃、ステージ(なんか即興で作ったようだ)の上でいつの間にか復活したフレイが手を上げていた。
「一番! フレイ、いきます!」
叫ぶと、足元にあったバケツに顔を突っ込み、げ〜〜〜〜〜〜〜と……
「すっこめ、三流!」
吐いている最中に、どこからともなく現れた水流がフレイを飲み込んだ。そのまま水に流され、フレイが退場(?)する。
……こんなことした犯人が誰かと言うと、水を使っているからにはやはり水の精霊王に違いない。つまり、俺のとなりにいるアクアリアスだ。
「あの、アクアリアスさん……?」
「ったく。あんな使い古した芸をするなんて、まだまだですね!」
俺の問いかけも無視して、ずんずんとステージに歩いていく。
ふと思い立って、アクアリアスが飲んでいたジュースを口に含んでみる。
「っごふ! やっぱりアルコール入ってる!?」
それも、かなり度数が高い。思わずむせてしまった。
これをジュースと思っていたアクアリアスは、ぐいぐい飲んで……結果、ああなったわけか……
「二番! アクアリアス、いきます!!」
はっ、と気合の声と共に、指の先や頭の上から水が吹き出す。所謂、水芸というやつだろうか……?
ああ、あの精霊王の中でも一、二を争う良識派の彼女は一体どこに……と、俺が涙を流していると、グッ、と親指を立てながらいい笑顔をしているガイアが目に入った。
……貴様かぁああああああああああ!!!!
ガイアにヤキを入れてやりたかったが、未だに背中にへばりついているソフィアが邪魔で敢行できない。
そうこうしているうちに、アクアリアスがステージから降り、ガイアがステージに昇っていった。……なんか知らんけど、カオスさんも一緒だ。
「三番! ガイア&カオス。歌いきます!」
と、どこからともなく取り出したギターを持って、ガイアが演奏を始めた。そして、カオスさんはマイク。
「あの日のぉ〜戦場でぇ〜〜みんなぁぁぁ、倒れたぁあ〜〜♪」
果てしなく暗い歌を、この上なく陰気な声でカオスさんが歌い上げる。ガイアのおどろおどろしい演奏も、場の空気を暗くするのに一役買っていた。
二人ともかなりうまいのに、選曲が著しく間違っている。
なのに、だ。俺以外のみんなは異様な盛り上がりを見せている。「もっとやれー」とはやしたて、手拍子まで打つ有様だ。
……どうも、いつもは酒に強いカオスさんも少し酔っているようだ。ガイアも、普段あんまり飲まないくせに、酒にのまれている節が見える。
つまり、素面なのは俺一人。
孤立無援。四面楚歌。そんな四字熟語が俺の脳裏を踊り狂っていた。
「ったく。結局、全員潰れちゃって、まあ」
ため息を吐きながら片付けにかかる。
ゴミを袋にまとめ、食器は洗って、ステージを片す。一人でやるのはなかなか重労働だった。腰を降ろして、一息つく。
「ふぅ」
「お疲れ様、マスター」
はい、と横からジュースが出された。それを受け取って、一気に飲み干す。
「なんだ、起きたのかシルフィ」
横に座っているのは、酒を飲んだらいつも朝まで寝ているシルフィだった。
「ま、ね。私はあんまり飲まなかったし」
「ふ〜ん」
手をかざして、集めたゴミを燃やす。炎の光が、俺とシルフィの顔を照らした。
しばし、沈黙。
「ねぇ、マスター」
その沈黙を、シルフィは静かに破った。
「なんだ」
「修行、うまくいってる?」
「ま、そこそこってところだ。少なくとも、ここを出た時とは比べ物にならないくらい、だと思うぞ」
「そっか」
そこで、もう一度言葉が途切れた。
「今日、みんなはしゃいでたでしょ?」
「……あれははしゃいでいる、という言葉で収まるか?」
「妙なツッコミは入れないの。話が進まないから」
はいはい、と肩をすくめるジェスチャーで返す。
「みんな、結構不安がってるんだよ。神軍はきっと負ける。今度攻められるのはこの世界かもしれない。でも、ここには今代の魔王に対抗できるような戦力はないからね」
「だから、酒に逃げた、ってか?」
「そうかもしれないけど、それだけじゃないよ、きっと」
シルフィが、こっちに視線を向けた。びっくりするほど大人っぽい瞳だった。
「魔王に対抗できる希望が出来た事を喜んでたんでしょ、多分」
「俺……か?」
「以外に誰がいるのよ。もちろん、今のままじゃ無理だろうけど、それでも一番可能性はあると思うわよ」
可能性。魔王を倒せる可能性、ということだろう。
俺の目的はまた違うんだけど、そうしなければいけない……かもしれないんだよな。
「別にそんな顔をしなくても、私たちはマスターに無理強いする気はないわ」
「……顔に出てた?」
「ばっちり」
まいった。もう少しポーカーフェイスを身につけた方が良いかもしれない。
「ま、思う通りにやったらいいんじゃない? マスターの目的は、ずっと前から一つでしょ」
「ああ、そうだな……」
姉さんを、止める。そのために、俺は今以上に強くならなくてはいけない。
上空を見ると、精霊界の月が優しく俺たちを照らしていた。