「フレイのある不幸な一日」

 

 

「あ、アクアリアス?」

「はい? なんですか、フレイ」

ここは精霊王たちが普段働いている城(のようなもの)、精霊宮。本日のお勤めが終わったフレイは、とっくに自分の仕事を終わらせているアクアリアスに話しかけた。

その顔は緊張で引きつっており、さらに内心の動揺と恥ずかしさをあらわすかのように真っ赤に染まっている。

「あ、明日は仕事ないだろ? よかったらどっか遊びに行かないか?」

「……え?」

「い、いや! なんか最近、お前ずっと働きづめだろ!? だから、気分転換も必要なんじゃないかな〜って!!」

慌てて弁解に走る。

まずい。変だと思われたか? いや、まさかとは思うが、俺の気持ちに気付いちまったか?

まいった、と思いつつも、それはそれで話が早くて助かるな、とも心の隅で思っているフレイ。

自分の性格上、自分から告白なんぞ、天地が裂けてもできっこないことをよくわかっている。なので、彼女のほうが察してくれるのは助かるのだ。

だがしかし、アクアリアスも大人なように見えて、そっち方面に関してはまだまだ子供だったりする。周りから見たらバレバレなのに、当人だけはわかっていないのだ。

そんな彼女だったから当然のごとくフレイの不審な挙動は気にも留めない。反射的に聞き返しただけなのに、フレイの異常な慌て方に戸惑うばかりである。

「ええと……よくわからないんですけど……遊びに行くのはかまいませんよ?」

瞬間、フレイは心の中で万歳三唱した。

 

 

 

「……で、なんで、俺のところに来る」

「いや、こういうこと聞けそうなの、お前くらいだしな」

いきなり押しかけてきたフレイに、ガイアは頭を抱えた。

「まあ、確かに他のメンバーに尋ねるのは間違いだと思うが」

フレイは、明日のデート(と本人は思っている)のため、ガイアに相談に来ていた。なにせ、何百年も生きているくせに、女性と二人だけで出かけるなど初めての経験だ。どこにいっていいやらさっぱりわからない。

「だろ? だから、唯一マシそうなお前のところに来たわけだ」

「面倒だな……」

ガイアは、最初相談を持ちかけられたとき、退屈しのぎのいいネタが飛び込んできたと思っていたのだが……フレイがいつになくマジなので、からかうことができないでいる。

やったとしたら、すぐさま斬り捨てられそうだ。

「そうだな……まず、間違いなく、アクアリアスはお前のことをそういう対象として見ていない。だから、そんなに気負わないで適当に楽しんでくればいいんじゃないか」

「お前……そこまで言うか?」

「お前がアクアリアスにアタックしてきて何百年だ? はっきり言っておいてやるが、あいつは面と向かって言わないと何千年かけても気付かないぞ」

ガイアたちから見れば、フレイの挙動で気がつかないほうがおかしいのだが、なぜだか、アクアリアスだけ気付いていないのだ。わざとかわしてんのか? とガイアが思ったのも一度や二度ではない。

だがしかし、彼女は完璧に素であったのだった。

「と、ゆーわけで、気楽にいけ、気楽に」

「……わかったよ」

いまいち、有効なアドバイスをくれなかったガイアに、憮然とした口調で返事をするフレイだった。

 

 

 

 

 

で、次の日。

 

 

「おはようございます」

「あ、ああ、おはよ」

二人は待ち合わせ場所で落ち合う。

「ずいぶん早いですね。まだ10分くらいありますけど」

現在、午前10時前。待ち合わせにはだいたいいつも遅れてくるフレイなので、アクアリアスは首をかしげる。

実のところ、フレイは一時間前から待っていた。普段は必ず寝坊するのに、今日だけはきっちり目覚ましより前に起きていた(つーか、昨日眠れなかったらしい)。ここらへん、健気というか、無駄な損をするやつである。

「で、どこに行くんですか?」

「……うっ、そ、それは」

眠れなかったのも、それを考えていたからである。

あそこがいいか、いや、でもそれだと……などと思考は堂々巡りして、ぐるぐると悩みまくるフレイの姿はなかなか笑えるものだったが残念なことにギャラリーはいなかった。

「それは?」

「え〜と……」

今の今までずっと考えて、一応、候補地はいくつか絞ってあったのだが、面と向かって聞かれると、全部吹き飛んでしまった。

答えに窮しているフレイに、アクアリアスは、

「決まってないんだったら……ちょっと行きたいところがあるんですけど」

「あ、ああ! じゃ、そこに行こうぜ!」

何にも考えずに答えたフレイは場所を告げられて猛烈に後悔することになった。

 

 

 

 

 

 

な、なんでこいつんとこなんだよ。

ものすご〜〜く渋い顔をして、フレイは目の前の男を睨む。

『このところ、様子を見てなかったし……マスターのところへ行ってみましょう』

なーんてアクアリアスに言われたとき、フレイはずーんと肩の辺りに重りがのっかかった気がした。

なにがかなしゅーて、デート(繰り返すが、これはフレイの主観である)に他の男のところに行かないといけないのだ。おまけに、当のルーファスは、フレイが連戦連敗、完膚なきまでに打ちのめされ続けた男である。

「……で、どーしたんだ、急に」

ルーファスは突然の来訪者に困惑した顔で迎えた。

別々ならわかるが、フレイとアクアリアスの組み合わせは少々意外だった。フレイがアクアリアスに対してかなーりお熱だということは知っているが……

「最近、見てなかったですし……調子はどうかな、と」

「ん……あー、まー適当にやってる」

いつもとはまた違った敵意を向けてくるフレイはとりあえず無視して、アクアリアスに答える。

……だが、いきなり、勝負を持ちかけられても困るが、こういう反応は初めてなので、これはこれで気疲れする。結局、耐え切れなくなって、ルーファスはフレイに目を向けた。

「いったい、何が不満なんだ、お前」

「……別に」

「別にじゃないだろ。いつもみたいに飛び掛ってこないのか?」

「気分じゃない」

ルーファスはなんとなく、今のフレイには関わらないほうがいい気がして、それ以上の追求はやめておいた。

「それで、マスター、どこに行こうとしてたんですか?」

ルーファスの姿は外出着だ。余談であるが、ルーファスは、自分の服にはかならず防御用の呪法を施している。昔はともかく、今は完璧に不必要なのだが……そうしておかないと落ち着かないらしい。

「ん、ああ。今日はリアんちに。昼飯、食わせてくれるって言うから」

ピクッ! とフレイが反応する。

なんだ、こいつは。人の逢引(だから違うって)を邪魔しておきながら、自分はちゃっかり女の所にしけこむってか?

徹夜明けなので少々思考が危険領域に達しているフレイ。

目の前のルーファスに、理不尽な怒りを感じる。

「ルーファスゥ! 今日こそぶちのめす!」

「な、なんだよ!? いきなり!」

でも、やっていることはいつもと同じだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……結果もいつもどおりであった。

「ち、ちくしょう」

あっさり返り討ちにあってしまうフレイ。

「大丈夫ですか?」

ノックアウトされたフレイを精霊界にまで連れて帰ったアクアリアスは、倒れている彼を見つめる。

「でも、いつも思うんですけど、どうしてマスターにあんなに突っかかって行くんですか?」

そのマスターさんはというと、『付き合ってられるか』とばかりに、フレイを張り倒してすぐ出かけて行った。

「さあな。最初会った時に完敗して……ガキに負けたって言うのがショックだったってのもあるけど……」

理由は自分でもよくわからない。勝てないことは、認めたくないがなんとなくわかってる。さっきの戦いだって、向こうは無傷で、こっちは身動きできない。おまけに、フレイにはあとに響くような傷は一つもない。手加減……されているのだ。

「まあ、それがフレイとマスターとのコミュニケーションなんでしょうけど」

「気持ち悪いこというな」

「いや、でも男性は拳で語り合うといいますし」「

「……俺らは剣で斬り合っているんだが」

アクアリアスは、時々プチボケをかます。常にボケっぱなしのソフィアよりはマシだが。

「まあ、些細なことです」

「……些細か? いや、言われてみればニュアンスは似ているかもしれんが……」

それきり、会話が途切れる(変な途切れ方だな)。

しばらく、そのままぼーっとして、唐突にアクアリアスが切り出した。

「じゃ、そろそろ帰りましょうか?」

「は?」

「マスターの様子は見たし、仕事に戻らなくちゃ。付き合ってくれてありがとうございます」

「ちょ、ちょっと待て」

目的がいつの間にか変わっている? もともと、こっちが誘ったのに。ついでに、本来は仕事に疲れた彼女の気分転換、という名目だったのに。遊びに行くのはかまいませんよ、とまで言っていたのに。

ルーファスの様子を見て、それでおしまいですか?

などと考えていると、アクアリアスはさっさと行ってしまった。

あとに残されたフレイは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

後日、ガイアにその話をすると、「ま、そんなもんだろうな」とか言われた。

とりあえず、殴っておいた。