どーも。ルーファス・セイムリートです。先週、10歳になりました。

今、俺は冒険者なんてやくざな仕事をして日々を食いしのいでいる。自分で言うのもなんだが、どーも、才能があったみたいで、この年齢ですでにここらへんじゃ敵う者のいない実力である。

俺がこんな仕事しているのは、なんか悪者になってしまった姉を捜すためである。

今では、世界中に名が知られてしまった我が姉エルムは、魔王という肩書きにふさわしく世界に恐怖をまき散らしている。とりあえず、姉を止めるための実力を養うのと生活費を稼ぐのとを両立できるこの職業はまさに天職だったのだ。

今回の仕事は、森に増えた魔物の退治。……まあ、よくある仕事なんだけど……。今回のはちょっと違っていた。

 

ゆうしゃくんとなかまたち(精霊王遭遇編)

 

「………………」

とりあえず、助けた方がいいんだろうか?

そう思いつつも、行動に移す気がしない。

俺の目線の先には、金髪の女性。恐らく、十代の後半あたりだろうか? 黙っていれば綺麗なんだろうが、涙目で逃げ回っているその姿は、どちらかというと可愛らしいといった感じだ。

いやいや、問題はそれではない。なんで涙目なのか? 答え、モンスターに追われているから。ゴブリンが一匹だけだが。

それでも、本来ならすぐさま割って入るんだけど……

「……なんで同じとこをずっと回ってんだ?」

彼女は円運動をしている。でかい木の周りを延々と回り続けている。

ゴブリンも知能は低いから、同じように後を追いかけるだけ。

結果、木を回っている人間とゴブリンという、なんともおかしな光景が形成されていた。いかんいかんと思いつつも笑ってしまいそうになる。

……とりあえず、止めようか……

「はいストップ」

二人の間に滑り込み、ゴブリンの心臓を一突き。

「……燃えろ」

とどめに、魔法でこんがり焼いて一丁上がり。

……さてと、とりあえず、この人を避難させ……

「来ないでくださーい!」

……彼女は俺が割って入ったことに気付かず、まだ逃げ回っていた。ちゃんと前を見ていないのか、俺のすぐ側を通り抜けてもまるで無視。

……ちょっといたずら心が湧いてきた。

「てい」

足をちょいとだす。

「来ないで……ぶっ!!?」

見事にすっころんだ。もう、ずるべたーん! と聞こえてきそうなくらい見事なずっこけかただ。

「いたた……って、あれ?」

「大丈夫? おねーさん」

ククク、と笑いながら助け起こす。

「え、えーと?」

「ゴブリンならやっつけたよ。……気付かなかったみたいだけど」

「あ……ああ、そうですか」

やっと現状が認識できたらしい。

「それはどうもありがとう。……でも、ボク? こんなところに来ちゃいけないよ。危ないから。おねーさんが森の外まで送ってあげるよ」

「いや、それはいいよ。まだここに用事があるから」

これから、ここで大量発生したというゴブリンを全滅させなければならない。そもそも、俺はこの人よりはしっかりしていると思う。

「そうなの? じゃあ、おねーさんは行くけど、本当に危ないんだからね? 用事が終わったらすぐ帰ること」

「はいはい」

俺の用事が終わったら危なくなくなるんだけどね。

心の中で突っ込みつつ、そのおねーさんを見送る。彼女が見えなくなるのを見計らって、森の地図を広げた。

「んーと、今ここらへんだから……あっちか」

コンパスで方角を確認。情報が正しければ、この方角にゴブリンの巣があるはずだ。

の、前に、

「腹ごしらえするか……」

背中に背負った荷物から弁当を取り出す。……と言っても、冒険者用の食事で、エネルギー補給だけが目的だから味はよろしくない。

クッキー状のそれを五枚ほど口に入れて、もう一回歩こうと……

「あの〜」

したら、いきなり後ろから話しかけられた。

……さっき、帰ったはずのおねーさんに。

「よく考えたら、私はどっちに行けばいいのかな〜?」

……俺が知るか。

 

 

 

 

 

 

 

「わあ、その年でゴブリン退治なんて偉いね〜」

なぜか、その女性――ソフィアという名前らしい――も付いてくることになった。

どうも、帰り道がさっぱりわからなくなったらしい。

先に彼女を森の外まで送ろうかと思ったが、どうも、この森の中に家があるらしい。

この森に住人がいたとは初耳だ。冒険者ギルドの方にあとで文句を言っておかないといけない。前情報はもっと詳細に教えて欲しいものだ。

「別に、俺が食っていくにはこれくらいしかなかったから」

「お父さんやお母さんは……って、ごめんね。いたらこんなことしてないよね」

「……うん」

……だが、落ち込んでもいられない。今は仕事中なのだ。ゴブリンが待ち伏せしていないとも限らない。

そろそろ巣も近いはずだ。

「……?」

いや、それにしてはまったく気配が感じられない。話によると数十匹単位で群れているという話だから、ここまで近付けば気配を感じないはずがない。

なのに、一匹分の気さえもないのだ。

なにかが……おかしい。不自然だ。どうも、落ち着かない。

「ソフィアさん……」

「なに?」

「俺から離れないで。なにかおかしい」

「え?」

剣を抜き放ち、集中する。どこからか、見られている。少なくとも、好意的な視線ではない。モンスターの類ではない。

だが、どこから見られているのかがわからない。相手の正体もとんと見当がつかない。

そりゃあ、こんな仕事をしている以上、人に恨まれる覚えが全くないとは言わないが……

「……!?」

少し離れた茂みから、黒い影が襲いかかってきた。

「くっ……!」

かなり早いスピードの剣をかろうじて弾く。蹴りでふっとばし、距離をとった。

「誰だ!」

だが収まりの悪い赤毛を持ったその男――ソフィアさんと同じくらいの年齢だが――は無言で、再び襲いかかってきた。

キィン!

かなり、使う。攻防に気を取られ、魔法を使うヒマもない。

……だが!

「甘い!」

俺の頭部を狙った一撃を避け、一歩下がる。そして、ありったけの気を込め、剣を持ち直した。

ここからは……本気だ。

先程までとは段違いのスピードで動く俺。相手は目で追うのがやっとだ。

俺の強さ百八つの秘密その一はここだ。気功術というものを“知ったその日”に燐光まで使いこなしたほどの、気功術の天才(……と、昔言われたことがある)。

そんなわけで、敵の数倍のスピードで動いている以上、もう勝負にならない。

あっさりと剣をはじき飛ばし、とりあえず、首筋にでも剣を突きつけようと、

「だめ! ルーファスちゃん!」

「まて」と言われた理由もわからないが、いきなりちゃん扱いである。思わずカクンとなった。

その声の主……ソフィアさんのほうを見る。

「ルーファスちゃん……ごめんね。その人、私の知り合い」

心底申し訳なさそうに謝って、つかつかと問題の人物の方に歩いていく。

「フレイさん!? いきなりなにするんです!? この子が怪我でもしたらどうする気……って、あれ?」

その男の人……フレイとか言うらしいが、その人はうつろな目でぶつぶつと何かを言っていた。

「ガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けた………」

……………。

「ちょ、ちょっとフレイさん?」

「ガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けたガキに負けた……」

ガキガキって、失礼な人だな。

「フレイーー!どこいったのよーー!?」

また森の中から女の人が出てきた。

「シルフィちゃん」

どうも、また知り合いらしい。

「ん? ソフィアじゃない。……そっちの子、人間でしょ? なんで一緒にいるの?」

指さされた……っていうか、人間?

「そーゆーシルフィちゃんこそ、人を見かけたらすぐ逃げるくせになんであっさり出てくるの?」

「……そーいやなんでだろ?」

よくわからん。……ま、いいか、仕事仕事……と。ゴブリンはどこだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、ゴブリンは皆殺しだった。なんでも、あの赤毛のやつがやったらしい。

それはまあ、よしとしよう。だけど、俺が今いる、ここはどこなんだ? どこかの神殿のような、お城のようなそんな建物。

森の中の空間の歪みにとびこんだとたん、こんなところに出たんだが……

「早く早く。こっちです」

ソフィアさんが俺をせかす。あと、シルフィ……さんもすたすたと奥の方に歩いていった(まだぶつぶつ言っているフレイとか言う人を引きずりながら)。

「あら。おかえりなさい」

迎えてくれたのは、青い髪の優しそうな女性。

「あら?そちらの人は?」

「よくわかんないんだけど、ソフィアが助けてもらったんだってさ」

「はあ……」

納得していない様子だ。大体、俺はゴブリンが全滅していたからすぐ帰ろうとしたんだが、無理矢理連れてこられたんだ。

「ルーファスちゃん、なに?」

「……なんでもない」

こののんびりしている人に。

「まあ、奥に来てください。お話を聞きましょう」

お話って……特にないんだけどなあ。

 

 

 

 

奥に連れられると、さらに二人の男性が加わって、総勢六人に囲まれることになった(フレイって人も復活した)。

……でも、

「なんで襲いかかったりしたんですか?」

「い、いや、俺はあいつがソフィアを誘拐でもしようかとしているものだと……」

「もう少し観察力を身につけろよ。アクアリアスに嫌われるぞ」

「な、な、な……なんのことだ、ガイア!? お、俺は別に……」

「まー、こてんぱんにやられたみたいだけどね?」

「あら? そうなんですか?」

「ち、違うぞ! 子供だからちょっと油断しただけだ! 本気でやればあいつくらい……」

「ずいぶん落ち込んでいる様子だったけど」

「し、シルフィてめえ!? 余計なことを言うんじゃねえ!」

……ってな調子で、俺はまったく無視されている。

なんで俺が連れてこられたんだ?

「もちろんお礼をするためですよ」

ソフィアさんが言う。……って、心を読んだ?

「大体、いきなり攻撃を仕掛けるのからして間違ってる」

「う、うるさい」

「見事に負けたし」

「私も見てましたけど、文句のつけようがない完敗でしたね」

「まあ、あのルーファスっていう子、そんなに強いんですか?」

「それもあるでしょうけど、それ以上にフレイが弱いのよ」

……そろそろ止めた方がいいような気がする。

「お前ら、少し静かにしろ」

一番奥の方で俺を見ていた……確か、カオスさん……が静かに言うと、ぴたりと全員の口が止まった。

「ルーファス……と言ったな。とりあえず、ソフィアを助けてくれて礼を言う」

「あ、どうも」

「それから、つかぬ事を聞くが……お前に姉はいるか?」

……姉さん? どうしてこの人が……?

「……いますけど、どうしてですか」

「名は……エルム。そうだろう」

見る見るうちに、他の5人の顔に緊張が走る。……訂正、四人だった。ソフィアさんだけはなにがなにやら分かっていないご様子だ。

「どうして知っているんです」

「すぐわかった。魔力の波長が似ているし、顔もそっくりだ」

「でも、姉さん――魔王は名前は売れていますけど、顔なんて…それに魔力の波長?」

そこで、アクアリアスさんが割り込んできた。

「……私たちはみんな、一度会ってますから」

ますますわからん。じゃあ、どうしてこの人達は生きているんだ? 魔王となった姉さんは、もう血も涙もない人だと聞くが。

「なんでって、顔をしているな。遅れたけど、自己紹介をしようか。俺たちは精霊。もっと言うと、精霊達を束ねる役をしている」

つまり……

「ま、あんた達の言葉でいう、精霊王ってやつ」

シルフィさんの言葉が、俺の予想が正しいものだと示した。

自然界の大ボス。神々と同列、あるいはそれ以上の格を持ったすべての精霊達の長。

でも、

「そうは見えませんが」

さっきまでのカルイやりとりを見ていたらとても信じられない。このカオスさんだけならまだしも。

「まあ、そう言うな。……それより、お前は姉のことどう思っている?」

そんな質問、いままで何度となく自問した。

「好きですよ。だからこそ、止めたいと思ってます。そのために修行と金稼ぎを兼ねて冒険者をしているんですから」

「なるほど……」

カオスさんは考え込む。……なにを考えているんだろう。

てゆーか、俺ってやばくないか? 魔王というからには、姉さんは精霊達とは敵対しているだろう。そして、俺はその弟。逆恨みで殺されてしまうかもしれない。

「君……」

来た! 俺は腰を浮かせ、すぐに逃げられるように……

「修行をするなら、人間界より、精霊界の方が都合がいいだろう。しばらく、ここに滞在してみないか?」

したのは無駄だったようだ。

「へ?」

「あー! それはいいですねえ」

なぜか、ソフィアさんがやけにうれしそうな声を上げる。

 

 

そんなこんなで、俺の精霊界滞在が決まった。

このあと、目の回るようなどたばたが起きて、そのことを心から後悔することになるのだが、そんなこと、今の俺には知りようもなかった。

 

 

 

 

 

 

「……にしても、あんなにしゃべったカオスさん、あとにもさきにもあれ一回っきりだったよなあ」

そんな、話。