で、ちょっと高級っぽいレストランに入る。
ここは、本当に高そうな店で、普段着で着ていたら入店を断られそうな感じだけど、それも考えて僕とリーナさんは少し洒落た格好をしてきている。問題なく入場できた。
「……で、なに頼めばいいんですか?」
僕はメニューをみて、思わずそんなことを口に出した。
もう、名前を見ても、いまいちどんな料理か想像できないようなものが羅列してある。
どぎまぎしていると、ウェイターさんが注文をとりに来た。
「あ、あの。もう少し待って……」
「二人とも、シェフのお勧めのコースでお願いします」
畏まりました、と言うウェイターさんを尻目に、リーナさんを尊敬の目で見る僕だった。
第22話「それから…… 終編」
「あ、ほら。私、こういうとこ慣れてるから」
その尊敬の視線に、リーナさんは慌てて弁解を始めた。別に、悪いことじゃないと思うんだけど。
「その、そんなにキラキラした目で見ないで……」
と、俯いてしまう。
う〜む。そんなにキラキラしてるのかな?
……しかし、つくづく思うが、出るところに出れば、リーナさんは本当に良家の娘って感じだ。今まで意識していなかったけど、実際、彼女の親は凄いのだ。
母親は言うまでもなく、父親もどっかの王族だったはず。
もちろん、リーナさん自身も歌は上手だし、美人だ。うちの学園に来るときに、あれだけ周りが騒いだのもわかる。いや、僕のほうが、いろんな意味でありえない存在だということは棚に上げておくことにして。
「……どうしたの、リオンくん?」
「あ、いや。別になんでもないんですけど……」
「それなら、ほら。もっと楽しそうにしようよ。せっかく、気分転換に来たんだしさ」
あ〜、そういえば、ここに来たのって、来る音楽祭に向けての気分転換だっけ。演奏がうまくいかないから、って。
まずい、忘れてた。
「ははは、うん。僕は十分楽しんでますよ? それより、リーナさんこそどうなんですか」
「なにが?」
「いや、僕なんかと一緒にいて、楽しいのかな〜って思いまして」
僕の質問に、リーナさんは一瞬きょとんとなると、
「あはは」
と、少し笑った。
「そんな心配してたの? 大丈夫だよー。私、リオンくん好きだし」
「ぶっ!」
悪戯っぽい目で見てくるリーナさんに、すぐにからかわれているということはわかったのだが……いきなりの不意打ちに、僕の心臓はバクバクと早まる。
しかし……リーナさん、失恋を体験して、性格変わった? てゆーより、こういうところ、絶対お母さんの影響を受けている。
「リオンくん? なにか失礼なこと考えてない?」
「い、いえ。なにも!」
ヤバイ。これは間違いなく、お母さんの影響を受けている。読心術まで会得し始めてるのか。
ああ、でも……こういうリーナさんもいいと思う。なんてゆーか、自然体だ。初めて会った頃は、おどおどして、とてもこんな風に笑ってはくれなかった。
そして、ふと思う。
リーナさんと僕の演奏がうまく噛み合わなくなったのは、お母さんが僕とリーナさんをくっつけようとしたからリーナさんが恥ずかしがって……と、思ってたんだけど、このリーナさんを見ると、とてもそんなことを気にするタマじゃないように思う。
いや、お母さんの発言が原因だってことは、きっと間違いはない。だけど、リーナさんに問題はない。……ってことはつまり……
なにか、とんでもないことに気が付きそうになる直前、食前酒が運ばれてきた。
「……アルコール?」
「ま、ちょっとくらいなら大丈夫だと思う」
戸惑う僕に対して、リーナさんは軽く言って小さなグラスを掲げる。
その意味するところを察して、僕もグラスを掲げ、チンッ、と乾杯し、中身の赤い液体を飲み干す。果実酒の甘い香りが鼻を突き抜け、喉がかーっと熱くなり、
そこで、僕の意識は途切れた。
「り、リオンくん?」
リーナは急に動かなくなったリオンに話しかけた。
初めて飲むアルコールを一気飲みし、グラスを置いたところで、固まっている。
しばらくその状態を保った後、リオンの顔色は一気に紅潮した。まるでスイッチが切り替わったかのような急激な変化。それとともに、目が据わる。
普段真面目な奴ほど、酔うと手が付けられないという。……以後のリオンの行動は、そんな言葉を見事に体現していた。
「リオンくん、大丈夫? み、水頼もうか?」
「平気。それより……」
リーナの提案を手で制する。そして、そのまま目の前の彼女の手を握った。
「えっ、えっ?」
リーナの顔色が、リオンと同じ色になる。さっきはあんな事を言ったが、彼女は元々純情な少女なのだ。いきなりこんなことをされれば赤くもなる。
「リーナさん!」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて慌てて返事をする。
「好きだ!」
…一秒経過
……二秒経過
………三秒経過
…………四秒……
「え、えぇぇええ!?」
再起動。でも、混乱中。
当然と言えば当然だが、逆に、言ったリオンのほうは平然としている。据わった目で、リーナを見つめたままだ。
「ちょ……急に言われてもこまっ、困ります。っていうか、リオンくん酔ってるでしょ? そうに決まってます!」
「酔ってる。でも、嘘じゃない。そもそも、酔ってでもいないと、僕はこんなこと言えない」
手を握ったまま言うリオンに、リーナの顔色はさらに危険ゾーンに入る。
……さて、当然のことだが、ここは店の中だ。大声でこんな会話をしていたら、注目を浴びるのは必然と言うことで。そして、何回も言うが、ここはそれなりに高級店なわけで。
「お客様。他のお客様の迷惑になりますので、静かにしていただけませんか」
なんて、店員の兄ちゃんが注意しに来た。
周りの視線に気付いたリーナは、慌ててリオンの手を振り払い、俯く。リオンは気にした様子も見せず、悪びれもせずに言った。
「ああ、ごめん。注意するよ。あと、さっきの酒、お願い」
「……! 却下です! 持ってこなくていいですから!」
ウェイターの兄ちゃんは、やれやれと肩をすくめると、厨房に入って前菜を持ってきた。
「………………」
「………………」
しばし、無言で食事が続く。
「また……」
ぽつり、とリオンが言った。
「え?」
「また後で、返事は聞くよ」
まだ酔っているようで、声に力がない。が、しっかりとそう言った。
さらに顔が熱くなるのを自覚しながら、リーナは表面は冷静さを装って食事を続けるのだった。
そして、二人は店を出た。
あれ以降、リオンは一言も喋っていない。時々、眠そうに目を擦っているところを見ると、どうも眠気が来ているらしい。かなり酔っていたから、それも仕方ないかもしれない。
「もう、リオンくんのせいで、とんだ恥をかきました」
リーナは恨みがましく言うが、その声も届いているのかどうか怪しい。なんとか歩いてはいるが、あっちへふらふらこっちへふらふら、その足取りは頼りない。
なんともいやはや、とんだデート(らしきもの)だったが、それはそれでリーナは楽しんでいた。まあ、強いて文句を言うならば、今、リオンがちゃんと理性を保っていないことか。
まあ、告白と言うには、計ったのかと言いたくなるほどムードに欠ける展開だったが、まぁ嫌ではなかったらしい。
(だいたい……)
リーナは思った。この少年は、ちゃんと誰かが傍についていないと、どうにも不安だ。
「……まぁ、私もそれなりに好きですけど、ね。これは、なんてゆーか」
恋人と言うよりは保護者のような気分です、なんて呟きながら、リーナはリオンに自分の肩を貸してやるのだった。
で、次の日。
「うわあぁぁぁ!! 僕はもう駄目だぁあああああ!!」
酔っぱらいには二つのタイプがある。酔ったときの自分の行動を覚えている奴と覚えていない奴。リオンは不幸なことに前者だった。
起き抜けに、昨日の出来事を思い出し、そんな事を叫ぶ。
「うるさいですよ!」
なぜか、リオンの部屋で朝食を作っていたリアがお玉を投げる。
「ぐはっ!」
防御技術では父にも匹敵するリオンだったが、当然と言うか、母の攻撃は防げない。そんなところは父親にそっくりである。
「リオンくん、おはよう」
「……り、リーナしゃん?」
ぴきっ、と固まった。
「はい。リアさんと一緒に朝食の支度です。すぐできるから待ってて」
そして、台所にその姿は消える。
(……てか、僕の部屋?)
なぜ自分がここにいるのかいまいちつかめない。レストランを出てからの記憶がいまいちあやふやだ。慎重に記憶をたどると、どうも、リーナがここまで自分を支えてきたらしい、と言う事を思い出す。
「……な、情けない」
心底そう思った。まさか、女の子に送らせるとは。てゆーか、そもそもあんな少しの酒で泥酔してしまうとは。自分はとことんアルコールに弱い性質であるらしい、ということを心のノートに書きとめる。
そして誓った。二度と酒は飲むまい。
そんな反省もすでに取り返しのつかない失敗を犯してからでは、まさしく後の祭りだ。そんな事実に気付き、リオンがずーんと沈んでいると、
「リオン。朝食できましたけど……どうしたんですか? 暗いですよ?」
「お母さん、なにも聞かないで下さい……」
そして、リオンは幽鬼のような足取りでテーブルにつく。食卓には、ベーコンエッグにパン、サラダにスープ、そして牛乳と、無難なメニューが並べられていた。
まずは異様に渇いている喉を潤すため、牛乳に手を伸ばす。
「あ、そういえば、リアさん。私、昨日、リオンくんに告白されちゃいました」
ぶうううううううう!!
これまたなぜか食卓についているリーナの爆弾発言に、リオンは思わず口内の牛乳を噴き出す。
「お行儀悪いですよ、リオン!」
リアの叱責が飛ぶ。
が、すぐにリアの口元には意地悪な笑みが浮かんだ。
「しかし、それよりもさっきの話に興味があります。……で、どーゆーことですか?」
「り、リーナさん……」
「ま、酔った勢いで告白なんかした罰とでも思って、ゆっくり尋問されてください」
逃げられない。
リオンは、違う意味で薄れゆく意識の中、そんな感想を漏らしていた。