……レベル低っ!
初めて参加する部活で、俺ことルーファス・セイムリートは……そんな不遜な事を考えていた。
第8話「進め! 音楽部!」
入ってすぐに聞いたのだが、現在、ヴァルハラ学園音楽部一同は、一ヵ月後に控えたローラント王国音楽祭に向け、猛練習中らしい。
これは、ローラント王家……つまり、サレナとかが主催している世界でもそれなりに権威のある音楽祭で、合唱部門、独唱部門、楽器別部門などに別れて、それぞれの優劣を競うと言う、なんとも規模の大きいものだ。
そして、当然のごとく、もっと前から練習は始まっていて、途中から入ってきた俺や一年生は、その手伝いに回されるのだが……
「……これじゃ、熾烈な最下位争いをしちまうぞ」
一学園の部活としては、まあ標準だろうが、世界中の名のある楽団とかも参加するのだ。とてもじゃないが、太刀打ちできるわけがない。……いくら、ローラント王国直営の学園とはいえ、参加させること自体が間違いのような気がする。
器材の運びを手伝いながら、そんな事を考えていると、ふと騒がしい一角が目に付いた。
「あ、あの……まだ、入ったばかりなのに、そんなの……」
「いやっ! 君なら、部員全員文句はない。是非とも独唱部門に出場してもらいたい」
なにやら、一年生の女の子を囲んで、顧問の教師と部長、それと幾人かの部員がなにやら熱弁を振るっている。
いじめ……ではなさそうだが……
「ちょっと部長。その子、怖がっているじゃないですが」
見て見ぬ振りをするわけにもいかない。その……話題の中心にいる女の子に、助けを求める子犬のような視線を向けられては、割って入る以外の選択肢は俺にはなかった。
「えーと……君は……」
「ルーファスです。編入して来たルーファス・セイムリート」
「あ、ああ。そうだったな。うん、ルーファス君。悪いが、彼女の力がなければ、我がヴァルハラ学園音楽部、最下位脱出の夢は潰えてしまうんだ。悪いが、口を挟まないで貰いたい」
それだけ言って、部長は俺から、例の彼女へと目を移す。……まるっきり、俺の事など眼中にない様子。
「ちょっと」
「なんだ、しつこいな」
「いや……大体、嫌がるのを無理矢理やらせて、いい歌を歌えるわけはないでしょう?」
少女を囲んでいた人たちの動きが止まる。……当然と言えば、当然の話である。
「う……む。だけど、それでもだ。それでも、元の独唱参加候補よりはるかにいい歌を見せてくれるはずだ」
……オイオイ。
それに、歌は見るもんじゃなくて、聞くもんだぞ?
「ちょっと部長〜。それって、どういうことですか?」
これまた当然の如く、抗議の声が上がる。
「う……」
……この部長、墓穴を掘るのが得意らしい。いや、人の話は言えないかもしれないが。
「ふむ」
今まで沈黙を保っていた顧問の教師が、メガネの位置をくいっ、と直す。
「では、二人とも、とりあえず歌ってみてはどうかね。うちは、入ったばかりだろうと一年だろうと、実力主義第一だ。二人が歌ってみて、客観的にどちらが良いか判断しよう」
「先生……それは」
「問題ない。そこの……ルーファス君もそれでいいかな」
俺は、わけのわからない教師の迫力に頷く他なかった。
まずは、元々の候補の子の歌。
「〜〜〜〜♪」
まあ、可もなく不可もなく。部員全員が見守る中、その子は『近所で評判の歌上手』程度の声を披露してくれた。
大勢に注目されているなかでのことだから、評価はもう少し上方修正して58点といったところか。……だが、音楽祭ではこれ以上の観衆+世界でも活躍する歌い手たち。まあ、間違いなく最下位だろう。
毎年参加しているそうだから、審査員たちも子供の微笑ましい挑戦、みたいに思っているのかもしれない。……いや、もちろん、ここにいる連中と同い年くらいで活躍している人も、腐るほどいるのだが。
「じゃあ、次はリーナくんの番だ。曲目はなにがいい?」
「えっと……」
彼女が告げたのは……まあ、ありふれた民謡。
すぅ、と深呼吸。みんなに注視されている彼女は、さっきのオドオドしていた子と同一人物とは思えないほど堂々とした態度だった。
穏やかな前奏が流れ、彼女……リーナの声が……
「〜〜♪」
瞬間、体中が震え上がった。
……俺もそれなりに暇を持て余していた身だ。リアと連れ立って、コンサートとかに行ったことも二度や三度じゃない。
それでも、いきなり体中を震わせるような歌声の持ち主など、少なくとも、記憶の中には一人しかいない。
……震えると表現したが、間違いだ。どちらかというと、包み込まれるような優しさを感じる。最初の衝撃さえ過ぎ去ってしまえばただひたすらに穏やかな歌声だ。
(ああ……そうか)
そういえば。
さっき言った記憶の中にある一人。レナ・シルファンスには、確か娘がいた。当時、十歳くらいだった彼女は、母親のコンサートであいさつして、一曲披露してくれていた。
あの時の子か……。そういえば、どこか面影がある。
どういう経緯でここにいるのかは知らない。けれど、一つだけ許せないというか……納得の行かないことが。
「ちょっと変われ」
伴奏が歌に見合っていない。独唱部門では、歌を歌う人と伴奏を弾く人セットで出場するのだ。そんなに下手でもないのだが、この歌の前には霞んでしまう。ピアノを弾いている男をどかして、無理矢理座った。
「〜〜〜」
ちょっと驚いたようだが、遅延なく歌の続きを歌う。
……まあ、俺とてこの歌の前にはだいぶ見劣りしてしまうが、まだマシだろう。
「……あれ?」
僕とリュウジは、マナさんの部活見学に付き合っていた。とりあえず、今日は文化系を回るらしい。
そして、音楽部の部室(規模がでかい分、かなり大きい)にさしかかった辺りで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「これって、リーナの声やん」
「そうよね……ちょっと覗いてみましょうか」
僕が反応したのはそれだけじゃない。
その歌とともに聞こえてくる伴奏がど〜にも聞き覚えのある気がしてならない。
……いや、ちょっと、まさか。
恐る恐る、リュウジたちに続いてドアの隙間から覗いてみると、
「いい歌ね……」
マナさんが聞き惚れている。
確かに、これはすごい。音楽なんて、僕はあまり興味がないのだが、この歌が並のレベルではないという事はわかる。
あのリュウジでさえも、真剣な表情で、リーナさんを見守っている。
それはいいのだが……
「あれ、ルーファスさんやないか?」
確認したくない事実をリュウジが言ってくれた。……あのお父さんはどうして自分からトラブルの中に身を投じるのだろう。目立たない、一学生として過ごす、とかほざいていたのは僕の気のせいだろうか。
やがて、余韻を残しながら歌が終わる。
とたん、わーーーっ! と拍手の歓声の渦。
「すげーっ! さすがだぜ!」
「これで、音楽祭はいただきね!」
とか、そんな感じの喝采。リーナさんは照れつつも、自分の歌を褒められて満更でもない様子。対して、お父さんの方にも、人は集まっているのだが、自分の失敗にやっと気がついたのか、顔をひくひくさせている。
「あんたも、すげーよ! えーと……二年のルーファスだっけ?」
「あ、うん、まあ」
「うむ。独唱部門はこの二人に出てもらう事に決定だな」
顧問らしき人の死刑通告。
お父さんの心情を表すと『やっちまった!?』って所だろう。いきなりそんな目立つ事をやらかす辺り、やはりお父さんは生粋のトラブルメーカーだ。
……いや、わかっていたことだけどね。
やがて、リーナさんの歌による興奮が冷めた頃に、僕たちはお父さんたちの方に近付いて行った。
「やっほ、リーナ」
マナさんが話しかける。いつの間にか、呼び捨てになっているが、昨日一緒に晩御飯をつくって仲良くなったんだろう。
「あ、マナ」
リーナさんも打ち解けている様子。
「リオンくんにリュウジくんも来てくれたんだ」
にこりと笑うその表情は、非常に魅力的だけれど、こっちはこっちで話すことがある。
「『兄さん』。一体何をしているんですか」
あえて、兄さん、の所に力を入れる。
「よ、よお、リオン。いや、見てのとおりピアノの演奏だが……」
「……えっと。もしかして、兄弟なんですか、二人とも?」
「……うん。“一応”“そういうことになっている”」
「はあ?」
リーナさんは納得行かない様子だ。まあ、こんな言い回しだと当然である。
そうしたら、お父さんが睨んできた。その視線を解読するに
(おい! なに言ってんだ!?)
って所だろうか。
対して、僕(視線で)曰く
(……目立たないんじゃなかったんですか?)
(い、いや。それはまあ、成り行きと言うか、なんというか……)
(あとでお母さんに怒られるのはお父さんだけじゃないんですよ? どーせ、人間界に来る条件に『目立つ事はしない』とか『女の子を誑かさない』とかお母さんに言われているんでしょう?)
(お、俺が悪かったーーーーーー!!)
さすが親子と言ううべきか。初めて試みるアイコンタクトもばっちりだ。まあ、これくらいで許してあげようか。
「あの〜」
「……ん? なんだ」
「リオンくんのお兄さんってことですけど、お名前は?」
マナさんがお父さんに話しかけている。
「ん? 俺か。俺はルーファスだ。ルーファス・セイムリート」
「ルーファスさんですか。ピアノ上手かったですね……って、ルーファス?」
「気にするな。実はだな……」
昨日、リュウジにしたのと同じ説明で、マナさんも納得がいったようだ。
「へえ……」
「えーと」
ずい、となぜかリーナさんが前に出る。
「よくわかんないですけど、先輩と組む事になったらしいです。よろしくお願いしますね」
と、お父さんに握手を求めている。
「あ、ああ。こちらこそ」
少し躊躇して、お父さんが差し出された手を握る。
なにやらよくわからないうちに、よくわからないコンビが結成したのだった。
「……きっと面倒な事になるんだろうな」
「なにか言ったか、リオン?」
「いえ、なにも言ってませんよ『兄さん』」