『おおっと! セイル選手の一閃がユーディ選手に決まりました! ユーディ選手、戦闘不能!』

セイルさんが、決勝進出を決めた。

さて、次は、俺の番。準決勝、ルーファスvsエリクス。裏で行われている賭けでは俺のオッズは10.3。やはり、騎士団副団長の肩書きのせいで、エリクスの評価のほうが大分高い。

なんで、俺がそんなことを知っているかと言うと、どこからか、賭けの存在を知ったリリスちゃんがその情報をリークしてきたのだ。リリスちゃんは、当然のように俺に有り金全部を賭け、ニヤリと背筋が冷たくなる笑みを浮かべていた。

……ギャンブル好きだったんだね、リリスちゃん。

 

第38話「天聖大会編 準決勝・そして……」

 

『さあ! 準決勝、第二試合、ルーファス選手対エリクス選手! 無名ながら、強豪・バークレイ選手を打ち破ったルーファス選手。対して、我がサイファール王国が誇る天使騎士団副団長であるエリクス選手。どちらも甲乙つけがたい実力者ですが、私個人の予想としてはエリクス選手が若干有利か!?』

……審判さんも大変だなあ。

「ふん……どうやら、審判の目は節穴のようだな。どう考えても、私とこいつでは勝負になるはずもない。どんな小細工を使って勝ったかは知らんが、そのような小手先の技はこの天聖大会では通用しないことを教えてやろう」

「あー、うるさい。そんな御託は勝ってから言ってくれ。勝てたら、の話だけど」

いや、心底そう思う。

ピクリ、とエリクスの眉が動く。怒ってる怒ってる。本当に青いな。こんな安い挑発に乗るようで、騎士としてやってけるのか? 大体、俺とバークレイとの戦いを見ていたら、小細工など使ってないことは明白だろうに。

……対戦相手の試合をチェックもしてないくせに、偉そうなこと言うもんじゃないぞ。

『おおっと! なにやら、試合前から気合十分のようです!』

気合……ね。

ちょっと違うような気もするが……

『では! 天聖大会準決勝二回戦……開始です!!』

まあ、せいぜいピエロになってもらおうか。

 

 

 

開始して一分もたたないうちに会場中が静まった。

俺は、燐光によって光っているエリクスの剣を防ぎまくっていた。……剣の先、一点のみで。

非常にスローモーな動きなので、そんなに難しくない。向こうが突きを打ってきても、こちらの突きを合わせて弾いてやった。すでに、エリクスの顔は青ざめている。『ありえない』という慟哭が聞こえてきそうだ。

「こんなことが……あってたまるかぁ!!」

ぱっ、とエリクスがバックステップした。手に魔力がたまっている。

「『エクスプロージョン!』」

「……甘い」

爆心地は、俺の真下。その中心に剣を突き立て、小さく呪文を唱える。

「『フローズン・バインド』」

本来は、敵の足元にできる氷を真下に。魔力で作られた氷は、エクスプロージョンの爆発を取り囲み、その威力を完全に抑える。傍目には発動すらしていないように見える。

今度こそ、エリクスの顔から血の気が失せた。

「……終わりか?」

ことこいつに関して、俺は容赦する気はまったくなかった。俺の素性が勘繰られようがなんだろうが、どうでもいい。……あとから考えると、初めてこいつに会って、リアを侮辱されたときから俺はキレていたと思う。

「うおぁああああ!!!!」

がむしゃらに突進してくる。

俺は傍目から見ても意地悪いとはっきりわかる笑みを浮かべて、剣を捨てた。

 

バキィ!

 

「う……あ」

片手で、エリクスの剣を防いだ。エリクスもかなりの力を込めていたので、剣は半ばから折れてしまった。そのまま、ぐしゃ、といつかの盗賊のときにやったように、刀身を握りつぶした。

それで、とうとう気力が失せてしまったのか、エリクスはがくっ、と倒れこむ。

「とりあえず……病院行きで勘弁してやる」

俺は、両の掌をエリクスの胸に当て、

「双掌・旋」

回転を加えながら吹っ飛ばした。

きりもみ回転しながら、エリクスは場外に吹っ飛んでいく。それでも、無意識に頭をかばっているあたり、仮にも騎士団副団長のことはある。

まあ、適切な治療を受ければ全治一週間というところだろう。

『しょ、勝者……ルーファス選手』

審判も、青ざめた顔で勝利宣言をした。

 

 

……いまさらだけど、やりすぎたかな。

 

 

 

 

 

「で、どーすんの」

「どーすんの、と聞かれても」

決勝が始まるまでの休憩時間。俺は並み居る野次馬やらなにやらから姿を隠し、サレナとソフィアとリリスちゃんの三人と合流していた。

「私もあそこまでやらなくても、って思いましたよ。試合が終わったあと、あの人もう、すんごく惨めで、見てられませんでしたし」

「……それはいいけど、リリスちゃん。その手に持っている大金はどういうことかな?」

「あ、これですか? 1万ほど賭けていたから、約10倍。10万メルになりました」

にっこりと、特上の笑みを浮かべる。まあ、いい性格している。

「にしても、弱ったなぁ」

「マスター、これから表社会を歩けなることは確実ですね」

「そうよねえ。いくらなんでも、こんなのあたしじゃ揉み消したりできないし」

「まあ、自業自得ってことで」

……むう。ほんっとう〜〜〜〜〜に困った。いっそのこと、大会が終わったら雲隠れするか? 精霊界あたりに。

(それはダメです!)

「ぬおっ!?」

突如かかった声に、思わず叫んでしまった。つーか、このパターンは……

「リアね」

「リア先輩ですか」

サレナとリリスちゃんはそれだけで事態を察し、

「じゃ、私も失礼して」

ソフィアは念話に割り込んできた。

(……で、ダメって何が?)

(さっき思ってたことです。精霊界に逃げ込むなんて、許しませんよ)

油断して、思考を読み取られたか。俺からは、リアの考えなんて読んだりはしないのに……不公平だ。

つーか、それよりもなぜリアの許可がいるのだろうか。しかし、許可をもらわないと、行きにくいのは確かである。……本当に、逆らえなくなってきているな。

(でも、マスターは何年か精霊界に住んでいたこともありますし。ある意味、実家みたいなもんですからね)

確かに故郷の村が無くなってから、俺が一番長く住んでいたのは精霊界の小さな小屋……なん、だけど。

(それがどうしたんですか! 前聞いたことありますよ。精霊界に滞在していたのは修行のためだったんでしょう!? なら、普通の生活をしていると言う点で、『家度』ではセントルイスのほうが上です!)

なぜか、めらめらとリアが対抗心を燃やしている。つーか、家度ってなに。

(でも、マスターのセントルイスでの生活は普通でしたか?)

(……! そ、それを言われると)

おい、そこで詰まるな。

(それに、修行時代は、精霊王みんなで家族同然に暮らしていたんです! 悪いですが、リアさんに勝てる要素はありません!!)

うわぁ、ソフィア、なんか容赦なくないか?

(だって、マスターが帰ってくるかもしれないですから)

微妙にわかるような、わからないような。

(むう……でも! こっちにいなきゃ私には会えないじゃないですか)

まあ、リアは精霊界に住む、なんてことは多分できないだろうなあ。

(そ、そりゃそうですけど)

(なら、ルーファスさんがそっちに行くはずありません!)

ありませんって……

(……! そ、それを言われると)

だから、なぜそんなところで詰まる?

……いや、確かに……リアが泣きついてきたら、精霊界などに引っ込んだりすることはできないことは疑いようが無い。……だから、どうしてここまで逆らえなくなっているんだ? たかだかこの一年半の間に。

 

「ねえ、サレナ先輩。ルーファス先輩とソフィア先輩、なに固まってるんですか?」

「あー、たまにやってるわよ。リアとソフィアがくだらないことで口論して、ルーファスがなにを言ったらいいのかわからなくておろおろしているの。うちの教室じゃ風物詩みたいなもんだけど」

「いやな風物詩もあったもんですね……」

 

うるさいやい。

 

 

 

 

「くそっ!」

エリクス・シェファーは傷ついた体を引きずって、実家の屋敷に帰ってきていた。自尊心を粉々に打ち砕かれたその瞳はすでに正気ではない。

「ぼ、坊ちゃん!? どうしたんですか!?」

「うるさい!」

心配そうに駆け寄ってきた古株の執事を殴り飛ばす。

あちこちが骨折しているため、壁によりかかりながら、一階の奥まった場所にある扉を目指した。

ひときわ丈夫な作りとなっているその鍵を開けると、地下への階段が姿を現す。

まるで、自分の心の中を表したかのような深淵の闇に、エリクスはにやりと不気味な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

そして、決勝。……の前に、俺は控え室でセイルさんと話していた。

「いやあ、まさか、キミがここまで勝ち進んでくるなんて思ってみなかったよ」

「さいですか」

対峙するセイルさんは、エリクスよりもう一段階強い。あんまり気の抜けない相手だ。

「で、聞くけど、どうして試合開始前にそんなぼろぼろになっているんだい? エリクスとの試合では手傷は負っていなかったろう?」

「……聞かないでください」

言えない。リアとソフィアから逃げるときに、ぼこぼこにされたなんて。

「まあ、エリクスとの試合を見る限り、俺がキミに勝てるとはぜんぜん思えないけど……一応、降魔戦争時、魔王ルシファーを封印した天使騎士団の名にかけて、棄権するわけにはいかないんだ」

ルシファーか……懐かしい名前だ。

昔の天使騎士団が封印したという、先代魔王配下のヘルキングストップ。神話時代の魔王。サタンとか呼称されたりもする、史上二番目の魔王だ。

「ルシファーか……」

「そうだ。なんでも、ルシファーと天使騎士団の争いは三日三晩続けられ、最後に当時の団長が命をかけて封印したそうだ。俺たちには、その魂に応える義務があるのさ」

うーん。実にご立派。もう一人の副団長とはえらい違いだ。

「そして、いつルシファーの封印が解けても大丈夫なように、日々鍛錬は怠ってはいけないんだ」

「…………………ちょっと時間をくれますか」

えーと……『封印が解けても大丈夫なように』?

つまり、ルシファーは封印状態でまだ、い、生きているってか?

「どうして、さっさと滅ぼしてしまわなかったんですか!!?」

封印してしまった悪魔とかは、しかるべき措置をして弱らせて、倒してしまうと言うのがセオリーだ。それとも、封印ごと吹っ飛ばすか。そりゃそうだ。『封印』はあくまでも一時的な処置なのだから。

「そんなこと言われてもなあ。キミは知らないかもしれないけど、サタンを始めとする魔王配下のヘルキングスって連中は、もともと、倒しきることができなくて封印されていたやつらだし。そんな事ができる人はいないんだよ。少なくとも、何の被害も出さないではね」

……神や精霊たちが出張ったとしても、絶対に犠牲が出る。犠牲なしに片付けることができるとしたら、俺を含めた、あのときの勇者パーティーくらい、か。

戦争後のごたごたから逃げ出したレインとメイ。そして、すでにかなりの老体だったヴァイスにやっとけ、っていうのも酷な話だな。

「……あとで片付けておくか(ぼそっ)」

「ん? なにか言ったかい?」

「いや別に。で、そのルシファーはどこに封印されているんですか?」

そこで、セイルさんはうーん、と唸ったかと思うと、

「まあ、ある貴族の屋敷、とだけ言っておくよ。一応、部外秘なんでね」

……そりゃそうか。仕方ない、あとでゆっくり探すか。

 

 

 

 

 

「よお、悪魔」

そして、地下室。紫色の不気味な色を放つ球体の前にエリクスが立っていた。

『……なんのようだ』

「お前、前に言っていたよな。『俺をここから出してくれたら、お前の命令に従ってやろう』ってな」

「ああそうだ。そして、お前を含む、今までの封印の管理者はこの提案にNOと答えた」

「そりゃそうだよ。お前は、人間とのそんな口約束を守るようなやつじゃない。って、小さいころから教えてこられたからな」

『……あえて、否定はしない』

「ただな。今日、どうしても許せないやつが現れたんだよ。平民の癖に、貴族の私にむかって生意気な口を聞くんだ。そして、あろうことか、大勢の前で私をこてんぱんに倒してくれた。いい笑いものになったよ」

幼いころから、虚栄心と自尊心の塊のようだったこの男に、それは耐え難い苦痛だった。

そう。その原因を作った者を、悪魔の力を借りてまで殺そうとするほど。

「それで、契約だ。封印は解いてやるから、その人間をかならず殺せ」

『……命令に従え、とは言わないんだな』

「それに従うようにも思えない。二つだけ約束しろ。その人間を死ぬ様を見届けなくちゃ、私の腹の虫は納まらん。だから、ターゲットを殺すとき、私もその場に連れて行くこと。そして、そいつを殺すまでは私を殺さないこと」

壊れているな、と悪魔は思った。そもそも、こいつは幼いころからどこか狂気にまみれているような所があった。

まあ、いい。自分にとっては好都合だ。

『いいだろう。その契約、確かに受諾した』

「よし。その人間の名前は……聞いて驚くなよ。あの勇者ルーファス・セイムリートと同じ名前だ。お前も恨みのある名前だろ? なあ、ルシファー」

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