「そーいえば、もうすぐクリスマスですね」

期末テストが終わった当日、リアが突然そんなことを言いだした。

「ああ、あと一週間ちょいか」

「みんなでクリスマスパーティーしませんか?」

みんな、と言うからには、おそらく、俺、ソフィア、サレナの四人で、ということだろう。……男、俺だけだな。今更と言えば、今更だが。

「あ、ごめん、あたしパス。クリスマスパーティーなら、城でやるのよ。さすがに、第一王女が抜けるわけにはいかないし」

「私も駄目です。クリスマスの日に精霊界でちょっとした催し物があって……」

と、サレナとソフィアが断ってきた。

「えー、そうなんですか。じゃあ、私とルーファスさんの二人ですね」

リアは残念さ半分、嬉しさ(?)半分と言った感じだ。……なんで嬉しさ?

「にしても……俺は決定なわけね……」

拒否権のない自分がうらめしかった。

 

第26話「はっぴーくりすます」

 

「今年は、雪は降らないでしょうか?」

リアは、また唐突にそんなことを言い出した。

ちなみに、今はクリスマスパーティーの計画を立てるとやらでリアの家に来ている。……別に、そんな深く考えることないと思うが。

「ここら辺の気候じゃ、雪なんて滅多に降らないだろ」

「そうですか……。じゃあ、今年もホワイトクリスマスはナシですね」

私が生まれてから一回もないんですよ、と寂しそうに付け加える。

まあ、ここらへんは温暖な気候で、雪なんか10年に一回あるかないからしいから、そうそうピンポイントでクリスマスにふりゃしないだろう。

……いいこと考えた。

「……まあ、そういうのは、おてんとさんにでも頼め。願いが届けば雪を降らしてくれるだろ。で、それよりまず決めなきゃいけないのが、どこでやるかだろ」

「私の家でいいんじゃないですか。外に出ると高いし」

「まあ、そもそも恋人同士でもあるまいし、高級レストランで飯を食うってのも変だしな」

「……そうですね」

のあとに、「今は」と、ぽつりと呟いたのが聞こえたぞ。おい。

……でも、考えてみれば、俺ってクリスマスまともに祝うのなんて7歳の時以来だな。

 

 

で、結局、決まったことと言えば、俺がもみの木を用意することくらいで、あとはずっと雑談していた。

……まあ、そもそも、計画なんて立てる必要性は全くない。

それよりも、あれの準備を急ごう。そろそろ始めないと間に合わなくなる。

そして、俺はこそこそと、飛行魔法で空に昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

で、早いけど、クリスマス当日だ。

クリスマス当日は終業式。終わると同時に、サレナは城へ、ソフィアは精霊界へと帰っていった。

そして、俺とリアはと言うと

「あ、あとケーキも作りますから、生クリームと果物と……」

「こ、こら! お前、買いすぎ! つーか、こんなに作って食いきれるのか!?」

今晩のご馳走のための買い出しに来ていた。

しかし、リアはまあ買う買う。俺じゃなかったらすでに持ちきれない。

リアの父親、大神官のおっさんことゼノは、今日は教会で説教をするとか言っていたから、これを食うのは俺とリア。リアは戦力外だから、実質俺一人でこれを食うことになる。

……絶対無理だ。

「な、なあリア。そろそろやめないかなーとか思ったり」

さらにシチューまで作ろうかと言い出すリアを、弱気に止めようと試みる。

「大丈夫です」

何がどう大丈夫なのか? 問いつめたい気分でいっぱいだった。……実際に問いつめたりしない辺り、俺の立場が伺える。

 

 

 

 

結局、俺は荷物の化け物となり、リアの家への道を辿っていた。

たいして重くはないのだが、体積が体積なので運ぶのに苦労する。

「今日は寒いですねーー」

「……そうだな」

他の地域より暖かい気候と言っても、やっぱり冬は寒い。俺は、第9話であった、空気調節結界があるので大丈夫。……なのだが、さすがにこの寒いさなか、薄着だと怪しいので、厚着してその結界は切っている。

「これだけ寒かったら、雪も降るかもしれませんね」

「最近はずっとこれくらい寒かったと思うが」

それでも、雪なんて降っていない。そもそも、色々旅してきた俺に言わせると、この程度は冬と言うに値しない。

冬って言うのは、バナナで釘が打てるくらいの寒さの季節のことを言うんだ(おいおい)。

「でも、降ればいいですね」

「……そうだな」

きっと、こいつはすんごく喜ぶんだろう。まあ、そうでないと、俺もやりがいってものがない。

で、リアの家に到着。よっこらせ、と台所に荷物を置いた。

「じゃ、もみの木を取り出すぞ」

手で印を組み、亜空間の倉庫に置いておいたもみの木を引っ張り出す。

室内であることを考慮して、サイズは小さめ。

「わあ、ありがとうございます。って……?」

リアの顔がとたんに訝しげになる。

「あのー。なんか、この木、光ってません?」

「それがどうかしたか」

「ふ、普通の木は光ったりしないと思うんですが」

「普通の木じゃないからな」

通称フェアリーツリー。北の大陸、ノーザンティアのごく一部にしかないもみの木の一種だ。見た目は普通の木なのだが、クリスマスの日にだけ、こうやってぼんやりと光る。

クリスマスツリーとして珍重されるが、数はかなり少ないので、値段はべらぼうに高い。

そこまで説明してやると、リアは感心してほう、と息をついた。

「すごいんですね。で、お金はどうしたんですか?」

「これは俺が育てたんだ」

「……本当に何でもやってますね」

リアは、感心半分、呆れ半分という感じだ。

「んじゃ、飾り付けもしなきゃな」

「あ、私が子供の頃使ってたやつがありますから。そこの箱に入ってます」

「了解」

俺がその箱の中身を飾り付けている間、リアは着々と料理をしていく。ちらっ、と見てみると、鼻歌なんぞを歌いながらテキパキと下ごしらえを進めていた。

……普段もあれくらい機敏に動いて欲しい。

「なにか?」

俺の心を読んだかのように、リアが振り向いた。ぎらりと光る包丁が、異様なプレッシャーを放っている。

「……なんでもない」

「そうですか? ならいいんですけど」

最近、ますます勘が鋭くなっている。おちおち考え事もできやしない。

なるべく、妙なことは考えないようにして、飾り付けを済ませる。……こんなもんすぐに終わってしまった。

学校は、午前中で終わったから、まだ4時すぎ。リアの料理の方を手伝うか。

「と、ゆーわけで、なんか俺にできることは?」

「なにがどういう訳かは分かりませんけど、それじゃあそこの野菜類、全部切っちゃってください」

「よしきた」

料理は基本的に苦手だが、まったくできないわけじゃない。それに、『切る』とゆう作業だけならば、俺にかなうやつなんていないだろう。

「よっ」

野菜を空中に放り投げる。

「はっ!」

次の瞬間、包丁が閃く。一般人には、一瞬の閃光としか見えないだろう。しかし、空中に放り投げた野菜は、すべて切られていた。行儀よく、まな板の上に並んでいく。

「完了したぞ」

「無駄に早いですね。じゃ、こっちに下さい」

……恐らく無意識なんだろうが……。リア、容赦ないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかんだで、すべての準備が整ったのが六時すぎ。

二人だけで食うとはとても思えない量の料理が、テーブルに所狭しと並び(絶対食いきれない)、その隣には自然発光するクリスマスツリー。部屋も、みごとに、クリスマス色に彩られている。

「では、始めましょうか」

「ああ」

俺とリアは、グラスを手に取り、乾杯する。俺たちは未成年なので、中身はオレンジジュースだが。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス」

……そして、あとは食うだけ。

クリスマスだとは言っても、なんのことはない。普段、リアの家で夕飯をご馳走になるときと大して変わらなかった。

余りすぎてもあれなので、今日中になるべく食べてしまわなくてはいかない。必死で口に運ぶが、まるで難攻不落のダンジョンを攻略するがごとく、まるでゴールが見えてこない。

リアはと言うと、食っている俺を見ながら笑っているだけ。……自分で作った責任くらいはとって欲しい。

「お前も食えよ」

と、言ったら。

「おいしそうに食べてるルーファスさんを見てるだけで満腹ですよ」

とか返された。……じゃあ、まずそうに食べたらいいのかよ?

で、結局、テーブルの上の料理が半分ちょっとなくなった辺りでギブアップ。これ以上は無理だ……。つーか、よく半分も食えたもんだ。自分で自分を褒めてやりたい。

「むう、残すのはいけませんよ」

「これ以上食えと!?」

「食べ残ししたら、もったいないお化けが出ます」

安心しろ、そんなもんがでたら、取り憑かれるのは俺じゃなくてお前だ。

「まあ、あとで包んであげますから持って帰ってくださいね」

「……おう」

どーでも俺に食わせたいか。……食費が助かるのも事実だが。

「じゃ、お待ちかねのプレゼント交換です!!」

そんな、力一杯叫ばれても。

「じゃ、私からはこれです」

と、小さめの包みを渡される。

「開けてみてください」

「あ、ああ」

がさ、と包装紙を破いてみると、中から出てきたのは大きめのマグカップ。

「どうですか」

「おう。ありがたく使わせて貰うぞ」

「それはよかったです。じゃあ、はい」

と、リアが手を出してくる。迷わず手を伸ばし、握手した。そのまま上下に振る。

「ち、違いますよ! ルーファスさんからのプレゼントは!?」

「悪い悪い。つい、お前が催促なんかして図々しいから、ちょっと」

「ず、図々しいとは何ですか!?」

プンスカと、リアが怒っている。これ以上の怒りを買うと俺としては非常にやばい事態になるので、さっさとプレゼントを渡してしまおう。

「よし、少しついてこい」

「? なんですか」

「いいから」

と、外に引っ張っていく。

外に出てみると、かなり冷えていた。このへんでは珍しいくらいに冷え込んでいる。……うまくいった証拠だ。あとは、合図するだけ。

「う、寒いですね」

「これからもう少し寒くなるぞ」

「なんでそんなことわかるんですか?」

そりゃ、今日の天気を決定したのは俺ですから。

空を見上げ、口の中で短い呪文を唱える。

しばらくすると、はらはらと白いものが降ってきた。

「あ、あれ?」

リアが間抜けな声を上げる。

「雪?」

「その通り。一応、俺からのクリスマスプレゼントだ」

「……わあ」

やっとリアの顔に理解の色が浮かぶ。そりゃもう、嬉しそうに大はしゃぎ。雪を受け止めようとするかのように手を広げて近所を走り回っている。

風邪を引くといけないので、少ししたら、苦労して家に引きずり込んだ。リアは不満げだったが。

中に入って、熱いコーヒーを入れて一息つく。

「しかし……ルーファスさん、もはや、なんでもありですね」

「なんでもってわけじゃないと思うが」

「天気まで変えちゃうなんて、聞いたことありません。一体、何をどうやったんですか?」

「ここらへんの精霊にすこし頼んでな」

天候なんてものは、要するに、精霊達の活動の一種だ。だから、精霊魔法を極めていけば、こんな事もできるようになる。……まあ、精霊達に負担をかけるといけないので、一週間くらいかけてゆっくりと手はずを整えないといけないが。

「少し……なんですか」

「少しだ。まあ、プレゼントがこれだけってものなんだから、別にちゃんと用意はしている」

と、亜空間の倉庫から一つのペンダントを取り出した。先に蒼い宝石がついている。

「綺麗な石ですね〜」

リアは、それを受け取ると、しげしげと色々な角度から眺める。

「ああ、それは、魔法石の一種でな。昔、たまたま、潜ったダンジョンで見つけたんだ。それだけの量でもかなりの貴重品なんだぞ」

「へえ、どれくらいなするんですか?」

「そーだな……」

この前、学園の図書館で見た、魔法石図鑑の知識を引っ張り出す。

「えーと……そのサイズで、城の一つや二つは買えるはずだ」

ピキ、とリアが固まる。

「まあ、俺が加工しちゃったから、売れやしないよ」

「か、加工って?」

「お前、一応大神官の娘だろ。ぼーっとしているし、誘拐とかされそうだからな。そいつに意識を集中すれば、俺と念話ができる。まあ、念のためだよ」

苦労した。意識を集中するだけで、という条件がめちゃ難しかった。ついでに、起動に必要な魔力を、空気中から吸収する機能もつけた。並の結界じゃ、通信を妨害できないようにもした。小さくても、高性能。

ちなみに、これを作った理由が、以前のサレナ誘拐事件があったからであることは言うまでもない。

(えーと、これでいいんですか?)

さっそく、リアが使っている。

(おお。感度良好だ)

(わ、本当に、頭の中で声が聞こえます)

(なるべくデザインにもこだわったつもりだ。できれば、いつも身につけてて欲しい。お前は危なっかしいからな)

こくこくと、リアが頷く。そこで、はっとしたように

「てことは、これもルーファスさんの手作りですか!?」

「そうだが」

あっさりと答える俺に、リアは呆然としていた。……なんなんだ、一体。

「まあ、プレゼント交換も終わったし、あとはゆっくりとすごすか」

「そうですね」

てことで、あとはまったりとすごした。

 

 

次の日、何百年かぶりのホワイトクリスマスにセントルイス中が大騒ぎになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記:プレゼントを贈ったあと、授業中でもお構いなしに、リアが念話で話しかけてくるようになった。……もしかしなくても失敗か?

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