あれから……。詳しく説明するのはさらに墓穴を掘ることになりそうなのでさっさと逃げてきた。

うん、悪い癖だな。いつか身を滅ぼすぞ、俺。

何はともあれ、『なんとかパーティー』には間に合った。そのパーティーはアルフレッドが主催なので、当然こいつもいることになる。

「アル、少し頼みがあるんだが」

 

第15話「ルーファスのデンジャーな夏〜海には気をつけよう編〜

 

「はぁ?ローラントの第一王女について調べてくれだぁ?」

「頼む。欲しい情報があればなんでも教えてやるって言ってたじゃないか」

「確かに言ったが、さすがに王族のプロフィールなんて……」

「……どうやら、お前の集めている情報を公開されたいらしいな」

こいつ、セントルイス内の十代から三十代前半までの女性のプロフィールをほとんど網羅しているらしい。まあ、上級貴族とかはリスクが高くてあまりそろっていないそうだが。

「や、やめろ!そんなことしたら殺される!」

なんせ、こいつの情報は並じゃない。年齢、血液型は言うに及ばずスリーサイズやら恋人の有無まで調べ上げているのだ。バレたらちょっと洒落にならない事態になるだろう。

「わ、わかった。出来る範囲でやってみる」

「できれば性格をよく調べといてくれ」

「わかった。……にしても、どうしてお姫さんの情報なんかほしがるんだ?」

アルの言葉に、自分の見事な自爆劇を思い出す。……俺って隠し事に向かないんだろうか?

「……聞くな。忘れたいんだから」

「そ、そうか」

なにも聞かずにいてくれる友人に感謝。

 

 

 

 

 

「……で、どうして俺がお前の宿題をやらにゃならんのだ」

次の日、なぜかリアの自宅に呼び出された。

「違いますよ、ルーファスさん。これはパーティーの共同課題です。みんなでやらなきゃいけないんですよ」

俺をたしなめるようにリアが言う。

「で、内容が『海岸の生物の生態調査』?なに考えてんだウチの教師は」

これでは直接海に行かなければ宿題は出来ないだろう。一つ一つのパーティーによって課題の内容は違らしいが、それなら近場で何とかなるような課題にしてもらいたいものだ。……そもそも、学校の勉強と関係ないじゃないか。

「とりあえず、海まで行かなきゃいけませんねえ」

「……そうだな」

……ん?今ふと嫌な予感がしたぞ。

「許さぁぁぁぁん!」

……そうだった。今俺がいるのはリアの家だった。当然、この大神官のおっさんもいるんだ。

「許さん許さん!いくら課題のためとは言え、男と二人だけで海に行くなぞ! 第一、ここから海までとなると泊まりになるではないか!!ミッションの時は大目に見たが、夏の海の開放的な雰囲気に毒されてこやつがなにをするかわかったもんじゃない!!」

………………………………なんというか、力説ありがとう。

「お父様。大丈夫ですよぅ。ルーファスさんは信用できます」

「ならんならんならん!リアはまだ男という生物のことをよく理解しておらん!こやつとて心の中でどんなことを考えているかわかったもんじゃない!」

……ずいぶん信用がないな、俺。てゆーか、前にこいつに正体ばれたかもって思ったけど、どうやら杞憂だったみたいだ。

いや、今問題はそれじゃないな。このままじゃ課題をやることができない。

「じゃあ、日帰りならいいですか?」

「なぬ?」

「泊まりだからダメなんですよね? だったら日帰りならどうですかお父様?」

それを聞いて、リアの父ゼノは少し悩む素振りを見せて、

「……まあ、いいだろう。朝早く出て、向こうにほとんどいられないが。儂が早朝に馬車を手配しておいてやろう」

ここから海までは馬車で……6,7時間くらい?

朝の4時に出発したとしても……せいぜい滞在できるのは2時間そこそこか。まあ軽い観察くらいならできんこともないが。……昼飯は馬車の中で弁当になるな。海の家でのやきそばは惜しいけど。

「いえ。そんなところまでお父様に頼るわけにはいきませんから、全部自分たちでやります」

はい?

「そうか。そうだな。こういうのも勉強になるだろう。お金はちゃんと出してあげよう」

「はい。ありがとうございます」

「うむ。じゃ、儂は仕事があるからな。リア、夕飯を楽しみにしているぞ」

「はい」

ゼノが去った後、俺はリアに詰め寄った。

「こら。なに一人で断ってんだ。馬車の手配なんて面倒なこと、やってもらえばいいじゃないか」

「なに言ってるんですか。馬車なんかで来ませんよ」

「……よく意味が分からないんだが?」

リアは「わかりませんか?」と首をかしげて、

「だから、ルーファスさんがその気になれば、私を連れて海まで行くなんて簡単でしょう?」

…………………………………………………………おひ。

「……私、なにか変なこと言いましたか?」

「いや、まあその通りなんだがな」

こいつがこういうことを言うとは思わなかった。いや、確かに、俺が飛行魔法でとばせばものの20分くらいで海に着くけど。

「……じゃ、お前の親父さんがくれるって言う金は……」

「もちろん、向こうで遊ぶために還元しますよ」

なんていうか、したたかなやつだ。リアの意外な一面を発見したな。

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで翌々日に海に来た。

リアにかかるGを考慮して抑えて飛んだからちょっと時間かかってしまった。

「わあ。いっぱい人がいますね」

まあ、海水浴シーズンだからな。

「とりあえず、観察を済ませちまおう」

「そうですね」

と、言うわけで海水浴客がたくさんいる砂浜を離れ、岩場に来た。

……まあ、観察は何事もなく進んだので省略しよう。せいぜい俺のイラストがリアに受けたことくらいだ。

 

 

 

「と、ゆーわけで泳ぎましょー」

うむ。元気いっぱいだな。でも、一つ確認すべきことがある。

「お前泳げるのか?」

それを聞くと、リアは面白いくらい固まった。まあ、イルカの浮き輪を持っている時点で予想はしていたけど。まあ、その浮き輪はリアの子供っぽい水着に見事にマッチしている。

「いいんです。泳げなくたって海は楽しめるんですから」

「……まあ、そうだけどな。一つ言っておく。沖の方へ行くな。知らない人に着いていくな。わけのわからん生物を捕まえたりするな。おやつは30メルまで」

「わ、私は子供ですかぁ!?」

……子供だと思う。少なくとも、実年齢よりは。

だけど、言うと泣きそうなので黙っておいてやろう。

「ち、沈黙しないで否定してください!」

さあ、とりあえず楽しむか。

「あれ?ルーファスとリアちゃんじゃねえか」

……こいつはどうしてこう。

「なんでここにいる。アル」

「いや〜。お前に頼まれたあの件。お姫さんの調査をしにな。今、彼女バカンスにこの海水浴場に来ているんだ。ま、王家のプライベートビーチにいるらしいから、調べるのは夜に宿舎に帰ったあとだけどな。やるとなったらとことんまでやるぞ、俺は」

なんつー偶然だ。帰りたくなってきた。あんな奇天烈な姫に関わりたくない。

「で、お前はなんだ? やっぱリアちゃんとデートか?」

「馬鹿者。夏休みの課題が『海岸の生物の生態について』だったから来たんだ。遊ぶのはそのついでだ」

「よくリアちゃんの父親が許したな。ここに来るって言うことは泊まりだろ?」

それは違うんだが……。こいつの口からだれかにばれると厄介だな。

「その事についてだれにもしゃべらない方が身のためだぞ。社会的に抹殺されたくなければな」

「わ、わかったよ」

うむ。きわめて平和的な話し合いにより、アルは快諾してくれたな。「じゃあ、俺は調査があるから」と言って去っていくアルを見送る。職務熱心なやつだ。まあ、やらなきゃセントルイス中の女性に恨まれるから当然だが。

「む〜……」

「な、なにを怒っているんだリア?」

「なんで王女様のことなんて調べさせているんですか?」

……だから、なんでこう不機嫌なんだろう。

「いや、実は……」

かいつまんで説明してやった。俺の正体がちょっとしたミスでばれてしまったこと。その王女がいろいろヤバイ魔法を使っていること。ついでに、なにか企んでいるような気がするから調査してもらっていること。

「ふーーん。そうなんですか」

……あんまり納得していないみたい。

「とっても仲良しなんですね」

「なんでだ!」

「だって、その王女様はずっと前からルーファスさんに目を付けていたんでしょう?」

いや、確かにそういったことを匂わせていたけど、それで怒る理由がわからん。第一、どうしてそれが仲良しになるんだ。

「もういいです。私、少し泳いできますから」

と、言って止める間もなくリアは海へ行ってしまった。……俺、なにか悪いことしたか?

……………やきそばでも食おう。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ? ルーファス、リアちゃんはどうした」

海の家でかき氷を食っているアルに出くわした。

「なんかサレナ王女のことを話したらなんか怒って一人で行ってしまった。あ、おじさんやきそば一つ」

「あいよ」

威勢のいい親父が元気に返事を返してくれる。

「なんであんなに怒るんだ、あいつは」

「なんでって、お前……」

「心当たりあるのか?」

「……いや、お前にないんならないんだろう」

「なんだそりゃ。ああ、かき氷も追加!いちごね」

やはり海に来たらやきそばとかき氷だ。これを食ったら俺も海に出るとしよう。そういや、リアは腹減ってないんだろうか?昼飯は食っていないはずだが。

「しかし、お前も転入してからずいぶん話題を振りまいてくれたな」

「なんだ、藪から棒に」

「だってよ。転入早々ヴァルハラ学園きっての人気者リア・セイクリッドとパーティー一緒になるし、いきなりダルコを手玉に取るし、中間、期末と連続で一位。その他、色々やってくれただろうが」

……思い出す。なんか、リアちゃんファンクラブとやらの襲撃を全部返り討ちにしたり、魔法実技で教師より精度の高い魔法を行使したり、武術教師の時は加減しようとしたけど結局互角に戦っちゃったし……。

目立たないように生活しようとしてたのに、だめだめだな。

「まあ、俺は一般生徒だし」

「わけわからんぞ。そもそも、お前のどこを見たら一般なんて言葉が出てくる」

「確かに普通より少しスペックは高いが、それだけの平凡な男だ」

「嘘つけ」

うるさいやつだ。そんなに俺を異常者にしたいのか。

「世間では俺を過大評価しているらしいな」

「みんな必死に過小評価したがっていたがな」

あーいえばこう言う。

と、そこまで話したころ、にわかに外が騒がしくなった。

「どうしたんですか?」

やきそばを持ってきた店主の親父に聞いてみる。

「ああ、なんか沖の方で女の子が溺れているらしい。……ちょっと遠いところだけど、ちゃんと監視員が助けるだろ」

そう言って、親父はやきそばを置いて去っていった。

「………」

「………なあ、ルーファス」

「やっぱりお前もそう思うか?」

「なんか、いかにもあの子らしいと思わないか?」

「……注意しておいたのに、あの馬鹿」

すでに、俺はずっと沖の方にあるリアの気をとらえていた。十中八九間違いない。まあ、発見も早かったみたいだしすぐ助けが来るだろう。

「おい!クラーケンが近付いていて誰も海に出れないらしいぞ!」

「なに?魔物対策班は?」

「なんでも、いまどっかの姫さんが来ているからそっちの護衛に回っているらしい。対応が遅れることは確実だろうな」

そんな無責任な会話が聞こえた。話しているのは若いにーちゃん二人。

「お、おいルーファス」

いつの間にか、俺は全力で駆けだしていた。

 

 

 

 

 

 

「砂浜でなんつースピードだ!?」

アルが後ろから追いかけてきている。だが構っている暇はない。さっきの会話通り、クラーケンがリアの近くに来ていた。

まだ子供みたいだが、海の魔物で最強クラスのモンスターだ。子供でも白魔法主体のリアでは相手にならない。

「おい!ルーファス!戻れ!いまから泳いでも間に合わ……」

「誰が泳ぐと言った!」

海岸に集まっている野次馬をかき分けてそのまま海に入る。

「こらルーファス!」

同じく人混みをかき分けてきたアルが叫ぶ。その頃には俺は海岸からかなり進んでいた。

「水の上を走るな!!お前、本当に人間か!!?」

馬鹿なことを言うやつだ。泳いだら間に合わないだろうが。それに、俺はれっきとした人間だぞ。いろんな方面から否定の声が上がりそうだが。

まだなにか叫んでいるが、もうかなり沖に来たので聞こえない。……かなり注目を浴びてしまっているが、リアの命には代えられない。

クラーケンは今にもリアに襲いかかりそうだ。その前に……吹っ飛ばす!

「『荒れ狂う水よ。我が敵を押し流せ!』」

乱暴に印を切り右手を海に向ける。

「『アクアブラスト!!』」

瞬間、水が爆発。クラーケンを空に舞いあげた。そして溺れかけているリアをひっつかみ、強引に海上に抱き上げる。

「る、ルーファスさ……」

「やかましい!」

はっきり言って、俺は怒っている。忠告を聞かず沖に出たリアに。

だが、今は説教をしている暇はない。

観察してみると、やはり子供だ。大きくなると船を転覆させるほどの大きさになるのだが、せいぜい体長3mていど。

……これなら、俺が倒しても不自然じゃない、と思う(激しい勘違い)。

『炎を司りしものよ、汝が剣を取りて邪なるものに等しく終焉を』」

唱えると、クラーケンが落ちてくる真下の海面に魔法陣が描かれる。……クラーケンの丸焼きは珍味だ。

「『サラマンダー・ブレイズ!』」

ま、回収は不可能だから食えないな。

 

 

 

 

 

とりあえず人目を避けてさっき観察した岩場のあたりにリアを放り投げる。

「っの馬鹿!」

「……すみません」

「すみませんで済む問題じゃないぞ!もう何秒か遅れてたらどうするつもりだ!?」

涙で顔をくしゃくしゃにしながらリアは俺への謝罪を繰り返している。だが、俺はそんなものを聞きたいんじゃない。

「……それで?気分が悪いとかないか?」

「……それは大丈夫です」

「なら……いい。今度から気をつけろ。俺もいつも助けてやれるとは限らないからな」

乱暴に頭を撫でてやる。なんでだろうか。同い年なのに、どうもこいつのことを子供扱いしてしまう。

……やはりその待遇に気に入らないのか、リアは不機嫌そうな視線を返してきた。

「そ、それよりもどうするか?あんだけ目撃者がいたら色々詮索されそうだし」

その視線から逃げるように明後日の方向を見る俺。いつの間にか立場が逆になっている。なんでさっきまで説教していた俺がびくびくせにゃならん。

……などと思っていても本能は正直だ。俺の顔は明後日の方向に固定して動かない。あの視線はどうにも……苦手なのだ。

「その件なら大丈夫!」

……とりあえず、今一番聞きたくないやつの声が聞こえたような。

「今日この海水浴場に来ていたのは若干名を除いてセントルイス以外の町からの人だったから、適当に言いくるめておいたわ!」

『言いくるめた』……? 本当に言葉しか使ってないだろうな? 悪魔を呼び出して脅した、とか言うなよ。

「ちなみに、本日、セントルイスからの海水浴客は、あなたとそこの彼女。それと私のことをちょろちょろ嗅ぎ回っていたねずみだけだったわ。まだこの海は少し時季はずれだったのが幸いだったわね。この近隣の人がほとんどだったわよ」

捕捉しておくと、この海岸が時季はずれだというのは精霊力の影響だ。ばりばりの夏休みなのに時期はずれというのはそういうわけである。

「ちょっとルーファス!なに無視しているの!?」

「……別に。ままならない世の中から少し逃避していただけだ」

「それはそうと!これであなたは私に貸し一つね!ちゃーんと返してもらうからそのつもりで!」

「……それより姫?」

「サレナでいいわよ」

「……じゃあサレナ。あんたアルをどうした?あいつなら真っ先に俺に詰め寄ると思っていたんだが」

いつまで経ってもここに来る気配はない。別にここに来るのを隠していたわけではないのでこれはおかしい。……他の客は多分、サレナがなんとかしたんだろう……と思う。

「ああ、あの赤毛の彼?……ちょっと私のプライベートを調べてたみたいだから『処理』しておいたわ。命に別状はないはずだけど」

まあ、それならいいか。夏休み明けには元気な姿を見せてくれることだろう。その時には飯でもおごってやるか。……俺は奨学金生活の貧乏人だけどな。

と、そこまで考えたとき、後ろからなにやら殺気混じりの気配が叩きつけられた。まあ、この場にいるのは三人だけなので消去法で考えて誰かは一瞬でわかるのだが。

「……なんだ、リア?」

たぶん、俺は冷や汗をかいているだろう。ついでに笑顔も引きつっていると思う。

「ずいぶん仲がいいですね」

「いや、今日で二回目なんだが、会ったのは」

「へ〜〜〜」

じろじろとリアはサレナを値踏みするように睨む。次に、自分の体を見下ろして、

「……負けた」

「なにがだ?」

「なんでもありません!ルーファスさんのスケベ!!」

……なぜか真っ赤な顔をしてそんなことを言われた。

「へ〜。ずいぶん仲がいいのね」

「あんたまでなにを……」

「ま、貸しはいつか返してもらうから。今日の所はここでさよならね」

サレナが去った後には、なんか不機嫌度MAXのリアとその不機嫌お〜らにさらされてなにも言えない俺が残された。

 

帰りの道で俺は心底思ったものだ。

あいつら(精霊王達)を連れてこなくてよかった、と。

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