「儂はな……リアのことが心配なんだよ。だから君にこうして話をしているわけだ………わかるか?この気持ち」
「は……はあ、まあ」
「いいや。わかっとらん。普通にパーティーとやらを組むだけでも心配なのに、こんな若造と二人っきりとは………ミッションにでも出かけたら一発で全滅するのが目に見えとるわ」
思わず一発殴りたくなる衝動を必死でこらえる。
ルーファスが今いるのはリアの実家。
授業が終わった後、リアに連れてこられたのだ。どうやら目の前の頑固親父に、パーティーメンバーが決まったら連れてくるように言われていたらしい。
「大体だな。ダルコくんに勝ったらしいが、儂に言わせればそんな個人の強さなど実戦では役にたたん。やはり最後にものをいうのはチームワークと連携、そしてなにより神への信仰心。これさえあれば大抵の魔物など恐れるに足りん」
そうそう、今思い出したが、こいつは教会の大神官らしい(つまり、セントルイスの教会で一番偉い)。
「いいか。個人の強さなどそんな程度のものなのだ。まあ、“あの”伝説のルーファス・セイムリート級になると話も変わってくるが……わかっていると思うが、貴様のことではないぞ。魔王を倒した勇者のことだ。まあ結局だな、今更決まったことをぐだぐだ言う気はないが、問題はリアとお前二人だけで厳しい課題などをやり通せるかと言うことで………」
(いー加減にしてくれよ………)
まだまだ、この親父の話は続くらしい。
第5話「屋敷への招待」
話は1時間ほど前に遡る。
六時間目の授業が終わり、さて、寮に行くかとルーファスが思ったとき、リアが近付いてきた(と、言っても隣の席なのだが)。
そして、こう言ったのだ。
「ルーファスさん。ちょっと私の家に来ませんか?」
当然、クラスメイトは怒った。ルーファスは慌てた。
戦闘訓練の授業以来、ルーファスの強さが知られて、表だった敵意は向けられなくなったとたんの出来事だ。
こいつ実は俺を困らせて楽しんでないか?
そう疑ってしまうほどだった。
断ろうとルーファスは口を開きかけた。
その時、リアの目を見てしまったのが一生の不覚だった。
「(きらきらきら)」
まるで、断られるとは思ってもいない瞳。そして、とても嬉しそうな、見ているこっちまで楽しくなりそうな目。
ルーファスに、断るという選択肢は残されていなかった。
「お、おう。行かせてもらおうかな………」
その瞬間。改めて、クラス全員が敵に回った。
(毒を食らわば皿まで………)
そんな気分のルーファスだった。
んで、やけにばかでかい家に通された後、リアの父親という人に引き合わされ、冒頭に繋がる。
ちなみに、リアはなにやら用事があるとかで、客である自分をほったらかしにどこかへ行ってしまった。
「おい、聞いているのか?」
どうやらぼーっとしていたことに気付かれたらしい。
「………滅相もない」
「まったく………最近の若者は人の話を大人しく聞くこともできんのか。儂らの時代では………」
いくら何でも、こんな長い話を聞いてられるか!!
そう叫びたいのを必死でこらえて、ルーファスは大人しく聞く。逆らっても体力の無駄だ。
(第一、俺の方が年上なんだ。わはは、どうだまいったか)
考えて、空しい思いになる。
「いいか。転入したばかりでは知らないかも知れないが、学期末のミッションというのは甘いものではないぞ。事実、死者こそ出ていないものの、毎年、モンスターに襲われて怪我する連中が後を絶たないんだ。リアのパートナーである貴様がそんな調子では………」
マジかよ………いくらなんでもそんな危険なことを生徒にさせるか?
そう考えるが、自分にはどうしようもないことなのでそこからは考えないことにした。
(しかし………本当に長いな………)
かれこれ1時間は話している。
まあ、寮の方には一度顔を出して、荷物(今日もらった教科書とか)は置いてきたし、寮の管理人にも話は通してある。
(一応)大神官の家と言うことでけっこう信頼されているのだ。
更に、親父の話がヒートアップし始めたところで、部屋の扉が開かれてリアが入ってきた。
「お父様。お夕飯の支度が出来ましたけど?」
さすがに、親父は話を止めて、返事をした。
「ああ。じゃあ行こうか。ルーファスくんも来なさい」
………親父の口調ががらりと変わる。
声もなんだか優しげな感じだ。娘の前では猫をかぶっていると言うことか。
とてとてと、先を進んでいくリアを見ながら親父がこちらを見た。
「いいか。この大神官ゼノ・セイクリッドの言ったことをきちんと守れよ」
最後にドスの利いた声でこちらを睨む。
「了解です………」
ってか、そんな名前だったのか………
「うん。うまい!相変わらずリアの作る料理はうまいな」
「ありがとうございます。お父様」
食卓の上にはリアが調理したという料理が並んでいた。
どれもこれもおいしそうな匂いを漂わせていて、見ているだけで食欲をそそる。
どうやら、俺も食べて良いという話なので、遠慮なく口に運んだ。
「あの………どうですか?」
リアが少し不安げな表情で問いかけてくる。
だが、お世辞の必要のないほど、これはおいしかった。
「うまいぞ」
「あ、よかったです」
俺の台詞に安心して、ほにゃ、と笑う顔は………まあ、かわいくないとは言いきれないかも知れない。
ってか、俺、こいつのペースにはまってる?
アルが言っていた『落とされる』って言う意味が何となく分かった。この笑顔を見せられれば大抵の男は一発だろう。
顔は普通にかわいいと言った程度だが、なんというかほっとけないと言うか………それで男子だけでなく女子もこいつのことを気にかけているのだろう。
「あーー、ごほんごほん。リア。スープのおかわりをくれないか?」
「あっ、はい」
わざとらしいせきをして、ゼノが皿を差し出した。
それを受け取って、リアはぴょこぴょこと厨房に向かっていく。
「………言っておくが、儂より強くないとリアと付き合うことは許さんぞ」
ぼそっと俺に言う。その言葉には明らかな敵意が混じっていた。
………今気付いたが、こいつもクラスの連中と大差ない。親バカという言葉の意味がこいつを見ているとよくわかる。
「………ういっす」
いくら何でも大神官と戦ったりして、勝ったりすれば、俺の正体がバレる可能性が高い。
そもそも、大神官というのは、基本的にその教会内で最も白魔法の実力があるものがなるものだ。武器も扱えるとなおいい(修行中の僧侶は刃の着いた武器は持てないけど)。年齢とか人格とかも全く無関係ってわけじゃないが。
まあ、今日、教科書をぱらぱらと見て覚えた知識なんだけどね。
「はいー、おかわりでーす」
元気いっぱいの声で、リアが厨房から戻ってきた。
「おお、ありがとう」
………ちくしょう。さっきの言葉とはまるで声色が違う。
「ルーファスさんもどうですか?」
「ああ、じゃあ、いただくとするか」
とっくに空っぽになっている皿をリアに手渡す。
「大盛りでな」
付け加えた一言に、リアは心底嬉しそうに、
「はいっ!」
と返事をした。
奇妙な組み合わせの夕食も一段落し、別の部屋に移動し、リアの入れた飲み物を飲みつつ、再びゼノの話が始まった。
と言っても、今度は主に俺に対する質問だ。
「ルーファスくん。君はどこから来たんだね?ずっと奥の村だという話だが………」
今はリアもいるので、ゼノの口調は穏やかだ。
「えーと……ずっと遠くです」
それしか言えない。大体、俺の出身の村は200年前にすでになくなっている。
「村の名前は?」
うぐっ!そんなところまで決めていない。しゃーない。適当に………っても、いい名前なんて思いつかないか、
「特に名前なんてないです。本当に小さな村ですから」
「そうか」
ありがたいことに、それ以上の追求はせず、ゼノはコーヒーを一口飲んだ。ちなみに無糖のブラック。
よくそんなのを飲めるもんだ。俺はリアに言って、ミルク&砂糖をたっぷり入れてもらっている。
そしてリアはミルクティー。こいつも甘党らしく、砂糖をどばどば入れていた。
「そう言えば親御さんはこちらに来ることを反対しなかったのかね?これからお世話になるかも知れないし挨拶もしておきたいんだが……」
ずきん。
それを聞いた瞬間、胸に痛みが走り、苦い思い出が頭をよぎる。
もう大分冷静になったと思ったんだが、まだ吹っ切れてなかったんだな、俺。
あれから……暦の上では200年ちょっと。俺の体感時間でも10年は経っているのに。
「………親は俺が7歳の時、モンスターに襲われて………」
本当のことだ。最も、モンスターではなく“魔族”で、あったのだが。
「!……それは……すまなかった」
さすがに悪いと思ったのか、ゼノが俺に頭を下げる。
これは、リアがいるとかいないとかは関係なく、ゼノの本心だろう。多少親バカなところはあっても、大神官。さすがに人間が出来ている。
………できれば、普段もその調子で行ってもらいたいものだ。
「リアも、生まれてすぐに母親を亡くしてな………」
見ると、リアは目を伏せてなにかをこらえるようにしていた。
なんか、妙にしんみりした空気になっちゃったな。
「………………………」
ふと、俺の感覚が違和感を捉える。
「大神官さん。俺からも一つ言いたいことがあるんだが」
「なんだ?」
間違いない。少なくとも人ではないなにかがこの屋敷の庭辺りに侵入した。
「今、なんか来てる」
パリィーン!!
俺が言うとほぼ同時に、窓の割れる音がした。