「うげっ」
思わず呻いてしまった。
ブロンテスの格納庫に戻ると、そこには数十を数えるガーディアンゴーレムの残骸。その中心で、肩で息をするアルの姿。
「いや、押し付けといてなんだけど、よく生きてるな」
「そんなことを言っている場合ですかっ!?」
息切れを起こしながらも、アルは律儀に突っ込みを入れてくる。
いいやつだなぁ。時々、俺を殺そうとしなければ、もっといいやつなんだけど。
「ゼータさんっ! あれ、止められないんですか!?」
アルは、今にも起動しそうなブロンテスを指差して、大声で怒鳴っている。ハハハ、なに慌ててるんだよ、べらぼうめ。もう手遅れに決まってんじゃないか。
「だからやめとけー、っつったろ。こんなんに手を出すなんて」
「そ、それは聞きましたけど――!」
「やっはっは。だから言ったじゃないかー。やめとけって。アルー。もう、あっはっは」
「って、ゼータさんっ。さては現実逃避していますね? そうなんですねっ!?」
なにをおかしなことを言うのか。
まぁ、確かに絶望的な状況ではある。全長二十メートルを越える巨大ゴーレム。それも、ただデカイだけではなく、様々な火器が内蔵され、さらに背中の大魔砲は、ぶっ放せば山一つ消し飛ぶ威力を持つ。ていうか、そんな武器がなくても、ヤツが身じろぎしただけで危機的状況になるわけだが。
「って、落ち着いている場合じゃねー!!!?」
「今更デスかっ!?」
「ええい、煩いっ! お前と違って、俺は一般人なんだヨっ! こんな阿呆みたいな状況で落ち着いてられるかボケェ!」
「いいから、あれ止めてくださいっ。いがみ合っている場合じゃないでしょう。このままでは共倒れですよっ!」
「止められないんだよっ! 兵器としては欠陥品だ、あれ! 一旦起動したら、制御をまるっきり受け付けないじゃじゃ馬なのっ!」
んな物騒なもん解体しておけと言いたいっ!
フルでバッテリーが充電されていれば、軽く二時間は暴れることが出来る。時間が経っているから、ある程度は劣化しているだろうが、十分も動けば俺たちを潰してお釣りが来る。
「なんでそんな兵器を作ったんですかっ!」
「知るかっ! 作ったヤツに聞け!」
その作ったヤツというのが俺の先祖というところは伏せておく。
あとで責任を追及されても困るし、と、こんな状況でも妙に打算的な自分がちょっと嫌になる。
「それより、ダイナマイトは!? あれがあれば、まだ起動途中だから破壊できるかもしれんっ」
「使っちゃいましたよっ。あの状況で、使わないでどうやって生き残れっていうんですかっ!?」
わかってたけどっ! 爆発した痕があるからっ
いよいよブロンテスが動き出す。一応、拘束具で固定されているのですぐにどうこうというのはないが、その拘束具はミシミシとなんとも頼りない音を上げている。
「ゼータさん、まずくないですか?」
「非常にまずい。とにかく逃げ……」
ようとダッシュの体勢に入ったところで、
「って、しまった、フィー!?」
そういえば、フィーのやつを置いてきたままだった。
見ると、ブロンテスは今にも拘束具を引き千切りそうな感じ。そして、その眼は、この場で動く唯一の生物である俺とアルに向けられている。
……よし見捨てて――もとい、フィーにはあそこに避難したままでいてもらおう。
「なんて、流石の俺でも、それはないな」
舌打ち一つして、踵を返す。
「何処行くんですか?」
「ちょっとフィーを連れてくるっ! アル、お前は逃げ……」
待て。
今、アルにしては妙に高い声ではなかったか。
「はぁ、連れてくるもなにも、わたしここにいるんですが」
ズコーッ! と、俺は足をもつれさせ見事にすっ転んだ。
全力で起き上がり、ビシッと突っ込みを入れる。
「なんでやねんっ!?」
「いや、仲間外れにされたくありませんでしたし」
「そういう問題じゃねぇっ! 俺はあそこで待ってろと……くっ、もういい、この際好都合だ」
フィーの腕を取って、今度こそ走り出す。
「逃げるぞっ!」
「はいっ、殿は私が……」
アルが最後方に付いた途端、ブロンテスがその口を開ける。
中から覗くのは……銃口!?
「躱せっ!」
俺の言葉に反応したのか、それとも鍛え上げられたエリート諜報員の勘か、アルは咄嗟に横に飛んで、発射された砲弾を回避した。
ズガァッ! と激しい音がなり、噴煙を上げる。
痕に残ったのは、一メートルほどのクレーターと、引き攣った顔でそれを見る俺達。
……待て。あの口径の銃の威力じゃねぇぞ。
「爆裂系の秘術が刻んであるんですね。熱と衝撃はもとより、弾の欠片が飛んできて、殺傷力が高そうです」
それを見ていたフィーが、なにやら的確な分析をする。なるほど、それで余波だけでアルが悶絶してるのか。丈夫そうなコートのお陰で、血は流れていないみたいだが。
「言ってる場合かっ! アル、自分で言ったことは守れよ。殿は任せたっ!」
「ま、待ってください。こんなのがあるなんて聞いてませ……」
「言ってないからなっ!」
余波だけで怪我をしているアルが猛然と抗議してくる。だが、アイツ以外が後ろにいて生き残れるとは思えない。
設計図を読んだのでわかるのだが、ブロンテスの火器は全身に百二十八個。背中の大魔砲以外にも、内蔵型の銃砲は五十以上、さらに両腕に刻まれた数々の攻性秘術。しかも、装甲が『魔力さえ通れば一万人乗っても壊れない』複合ミスリル材通称オリハルコン。
ヤバイ。勝てる気がしない。勝つ気というか、戦うなんて想定していなかったしっ!
「チッ!?」
ブロンテスが、口を一度閉じると、ガチャリとヤツの口内から音がした。どうも、口の開閉が弾丸の装填アクションらしい。変な仕様だが、こちらとしてはありがたい。
「ふっ」
ブロンテスがリロードしている間隙を突いて、俺は懐から銃を取り出す。
「ゼータさんっ! そんな銃、ヤツに効いたりは」
アルの警告を無視して、こういう時のために用意してある特殊弾を装填。
ブロンテスの口が開いた瞬間を狙って……今っ!
「死ねオラァ!!」
所詮、あっちは機械。暴発を回避するため、完全に口が開いてからしか撃てない。
開ききる前に、口内の銃口めがけて撃ってやった。
パスン、という乾いた音の後、ブロンテスの頭が大爆発。
予想以上の戦果だ。我が災厄の先祖、カルマが遺した特殊弾頭。オリハルコンだろうと破壊するタスラム弾は、ブロンテスの銃弾を誘爆させ、大爆発を引き起こした。
鉄くずがカランカランと辺り一面にぶちまけられ、かのスーパーゴーレムは、頭なしの状態になった。ハハ、カッコ悪ぃ!
「思い知ったか、どうだっ!」
「まるっきりチンピラですね……」
フィーの心無い突っ込みなど華麗に無視して、ブロンテスに向けて中指を立ててザマーミロと言ってやる。カカカ、所詮は機械人形。人間サマに敵うはずが……
「は?」
ブロンテスさんは、頭がなくなったにも関わらず、なんの痛痒も感じてないかのように動いてますよお母さん!
「当たり前です。ゴーレムが、頭なくなったくらいで止まるわけないじゃないですか。生物じゃないんですから」
「そう、だったあーーーー!!」
だから、ダイナマイトを持ってきたってーのに馬鹿か俺はっ!
しかも、なにやらブロンテスの胴体のところに穴がいっぱい開いて、その中からまたしても銃口が顔を見せたんですがっ!?
「逃げますよ。ゼータさん」
「言われなくてもわかってるよ、フィー! さぁ、俺について来れるか!」
命の危機だ。足よ壊れよと言わんばかりにダッシュをかける。
「あっ! 待ってください、女の子を置いて逃げるんですかっ!?」
「悪いっ! 俺は自分が可愛いんだ」
怪我をしているアルや、女であるフィーを連れていたら、完全に蜂の巣……というかあの数だとボロ雑巾のようになってしまう。助けられるなら助けるが、無理なら無理と俺は割り切れる男だ。
「も、もうっ!」
「ゼータさん、あなた外道ですかっ!?」
なにやらフィーとアルが文句を言っているが、俺には聞こえない。
すぐに後方で連続した銃声が聞こえる。ブロンテスの一斉掃射に間違いないだろう。間一髪、俺は格納庫と居住エリアを繋ぐ廊下に逃げ込む。
「……惜しい奴らを亡くしたな」
南無南無、と俺の実家に伝わる作法で冥福を祈ってやる。おっと、眼から汗が流れてきちまったゼ。
「フィー、アル、すまん」
ここだけは真摯に。とりあえず、三秒くらいは黙祷を捧げてやらなければならない。その後は全力で逃げるが。
「泣いて謝るくらいなら、最初っから見捨てて行かないでください」
ハテ、またしても聞こえるはずのない声が。
「フィー!? お前、どうやって俺の足についてきたんだよ!?」
いくらなんでも、こんな小娘に追いつかれるほど俺は遅くない。大体、なんでアルを引っ張ってんだ。立場逆だろう、常識的に考えて。
「どうでもいいじゃないですか。それより、早く行きましょう」
「そ、そうだな。なんか、この秘跡自体潰れそうな勢いだし」
遠くに見える格納庫の様子を窺う。ブロンテスが拘束具を引き千切り、その手を存分に振り回して秘跡の破壊を試みているようだ。
まるっきり暴走である。あの設計書に書かれていたことは本当らしい。
「ほら、行くぞアル。いつまで呆けてんだ」
フィーみたいな娘に命を救われたエリート諜報員(信憑性が薄くなってきた)を無理矢理立ち上がらせる。
「え、ええ」
なにやら驚愕の眼でフィーを見ているアル。
フィーの火事場の馬鹿力を目の当たりにしたらしい。一体、どんな馬鹿力だったのか興味がなくはないが、とりあえず後回しである。
「とりあえず秘跡から出るぞっ!」
このままだと、秘跡全体が崩れ、生き埋めにされかねない。
二人とも異論などあるはずもなく、俺達は出口に向けて全力疾走を開始した。
「はぁ、ここまで来りゃあ」
秘跡から出て、森を走ること五分。やっと安全圏に退避出来た、と俺はその場に座り込む。
「え、ええ。大丈夫でしょう。あの巨体では、地下から脱出することは叶わないでしょうし」
「そうだな。ま、本来なら出撃するための仕掛けとかあるんだろうけど、そんなのをあいつが動かせるとは思えん」
「はぁ、本当に凄いんですねぇ。わたしには想像も付きません」
何気に俺より余裕のありそうなフィーが、あっけらかんとそんな感想を口にする。
……今日という日に、俺のフィーに対する評価がなんかけっこう変わったぞ。ここまで図太いヤツだったのか、コイツ。
「しかし、もう明け方ですね」
アルの言うとおり、東の方の空がうっすらと明るくなり始めている。丁度、あれは秘跡の方角……
「ん?」
キュゥゥゥ、と高い音が聞こえる。
音の感触からして、相当遠くからのはずなのだが、やけに耳に響く。
「何の音でしょうか?」
「さぁ。もしかして、あのデカブツがなにか……」
俺はみなまで言う事が出来なかった。
俺達の来た方角……つまり、秘跡のあるあたりの位置から、天に向けて閃光が走ったのだ。
直径何メートルあるのか見当も付かない馬鹿でかいビームだ。
それはありえないことに天空を貫き、雲に大きな穴を穿った。
「すっっ、ごい威力ですねぇ」
すっごいとかいうレベルを遥かに超越している。
もしアレが地上に向けて放たれていたとしたら……この森どころか、その背後にあるハーヴェスタの街までも蒸発していたかもしれない。
いや、その危機は今まさに迫っている。
のそり、という擬音が聞こえてきそうな仕草で、ブロンテスが顔を覗かせた。いや、顔は俺が吹っ飛ばしたないけれど。
しかし、胴体だけでも、俺達の視界を遮る樹木をまるで問題にしない巨大さ。この視界の悪い森でもあっさり見えてしまうって、どういうでかさなんだ。
「ゼータさん……」
「ああ、絶体絶命だ。どうする、アル? 隠れるか」
木を隠すなら森の中という。木よりずっと小さい俺達ならば、容易に隠れることが出来るだろう。本来の意味と違うのは気にするな。
「確かにやり過ごすことは出来るかもしれません。しかし、そうするとあの巨人がその後どういう行動に出るかが気になるところですが」
「分からん。制御系の構築に失敗してるから、どういう判断基準で行動するかが読めねぇんだよ」
案外、あの場で暴れるだけ暴れて停止するかもしれない。森は傷つくが、逆に言えばそれだけで済む可能性もあった。
「あの、どうもあのゴーレムさん、歩き始めたみたいですけど」
フィーの言うとおり、ブロンテスが移動を開始していた。
その歩みは、決して速くは見えないが、人間とはコンパスがまるで違う。ただ歩くだけでも、俺の全力疾走よりずっと早い。そして、その足取りには迷いがなかった。何らかの目的を持った行動だ。
「一体どこに……って、まさか」
「あれは、ハーヴェスタの町の方角じゃないですかっ」
アルが慌てて街の方角を睨む。
俺も、ただいま顔が青くなってまいりました。
「止めないといけませんね」
フィーがゴーレムを睨みつけていた。
なんだろう。変な感じだ。ピリピリと、肌を突き刺すような気迫を、フィーみたいな小娘から感じる。
「そうですね……ゼータさん。念のため聞きますが、さっきの銃弾で破壊することは――」
「無理に決まってるだろう、ド阿呆」
確かに、タスラムならオリハルコンの装甲にも傷を付ける事は出来るが、あの巨体相手では掠り傷がせいぜいだ。さっきみたく中の弾薬を誘爆させればもうちょっと威力を期待できるが、それはブロンテスの前に出て死ねと言っているようなものである。
「せめて、昼間なら町の人も避難してくれるかもだが……」
明け方間もないこの時間に起きているのは、確実に少数派だろう。
「何か名案はありませんか? ゼータさんの方が、あの兵器に関してはずっと詳しいでしょうし」
「……とりあえず、追いかけよう。走りながら、やつの性能を教える」
ええ、と頷くアルと並走しながら、俺はブロンテスの設計図を思い浮かべ、二人に話して聞かせた。
あまりに専門的な箇所については分からなかったが、それでも通り一遍のスペックは分かる。
攻撃性能は鬼。内蔵された弾丸はすべて秘術処理のされた特殊弾。両腕の刻印は、対軍レベルのものから個人向けまであらゆる秘術の秘術式。
ただ、背の大魔砲は、一発撃つと冷却のためしばらくは撃てない。ヤツのバッテリーに余裕がない事をあわせて考えると、二撃目は考慮しなくてもよさそうだ。
そして防御面。こちらは攻撃に比べると大したことはない。装甲が硬い他はなにもなし。防御系の秘術は積んでいないらしい。
……トリガーハッピーな我がご先祖様の性格がよく現れている。
あと、オプションで飛行ユニットと魔砲を換装できたらしいが、そのオプションは完成していないのかそれとも換装しなかったのか、つけていない。だから移動力はさほどでもない……のだが、並の人間よりはずっと早い。アルが無傷なら追いつけたかもしれないが、脂汗をかきながら身体を庇うように走っているところを見ると、やはりさっきの銃撃のダメージは小さくないらしい。まあ、追いつけたところでどうにかできるとは思えないが。
そしてこちらの手札の中でヤツに効果のありそうなものは、俺のタスラム弾のみ。それもあと五発しか残ってない上、足止めにすりゃなりゃしない。
「と、言うわけなんだが、どうする? 逃げるなら今のうちだが」
走りながら、軽く状況をアルとフィーに説明する。というか、結構なペースで走っているというのに……そろそろフィーの身体能力に多大な疑問が出てきたぞ、俺は。
「その場合、被害はどの程度になるでしょうか?」
「そーだな。動き出す前に、バッテリーが半分だったとしたら、魔砲撃って残りの活動時間は二十分ちょいって所か。ハーヴェスタまであと五分で着くとして……まぁ、街の少なくとも半分くらいは壊滅だな。自滅覚悟で魔砲撃たれると全滅」
死傷者は……考えたくもない。
「……仕方ありませんねぇ」
「っておい。フィー、お前はいい加減引き返せ。森ン中ならアイツも攻撃しないだろ」
猛獣の危険はあるが、俺達と一緒にアイツを止めようとするよりはずっとマシなはずだった。
「いや、実はですね」
フィーは、まるで場違いな悪戯っぽい笑みを浮かべると、虚空からなにやら棒状のものを取り出した。
「……は?」
「実は、わたし魔術師だったりするんですよ――なんて? ビックリしました?」
フィーが棒――魔術杖を振ると、その軌跡を追うように紅色の光が走る。
それは、確かに魔力の光。普通の人間なら、秘術式の力を借りなければ引き出すことの出来ない、人の埒外の力。
『はい?』
俺とアルが、間抜けな声を出す。
「いやー、まあ、詳しい話は後でってことで」
飛びますねー、とあっさり言ったフィーは、俺とアルをむんずと掴むと、短い呪文を唱えた。
それは秘術を使う時のパスなどとは違う、ちゃんと意味を持った言霊。
フィーの意志が世界を震わせ、俺達は重力に逆らって空に舞い上がった。
「は、ははいぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!?」
ここに、もともとそろそろ限界値ギリギリだった俺の理性が弾け飛ぶ。ぐんぐんと景色が後ろに流れ、みるみるうちにブロンテスの姿が接近する。
ていうか、魔術師。フィーが? アホだろ。なんだ、世界中に突っ込みを入れればいいのか、俺は?
「待てっ! なにもかもがおかしいっ! って、真正面から突っ込むなァああああああああアアア!!!」
エルラントさんちのフェアリィさんは、勢いそのまま、ブロンテスの背中に向けて杖を突き立てましたとさ、まる。