唖然と目の前のゴーレムの威容を眺めているフィーとアル。

 仕方がない。この二人には、城以外にこれほどデカイ人工物なぞ見たことないだろうから。かく言う俺も、知ってはいたものの見ると聞くとでは大違いで、足がガクガク震えていたりするんだが。

「こ、これがゼータさんが探していた『モノ』ですか?」

「あー、まぁ一応」

 今更隠しても仕方がないので、アルに適当に答えてやる。

「拠点殲滅用魔導巨兵ブロンテス。これ一体で都市どころか、国一つ落としかねない兵器だ」

 まぁ、火が入っていない今は、タダの木偶の坊だ。まだ製造が完了していない段階でこの基地が遺棄された事を祈るが、見る限り完成品っぽい。内部構造が未完成なら、ぱっと見ただけではわからないが。

「す、素晴らしいです。我が国が保有している戦闘ゴーレムなど、これに比べればガラクタ同然ですね……」

 歩兵三人分程度の強さのくせに、妙に幅を利かせている粗悪な戦闘ゴーレムについてなら俺もよく知っている。なにせ、ウチの実家が軍に卸している商品であるからして。

 無論、現代の技術で再現できるレベルであるから、このブロンテスはもとより、先ほど俺達に襲い掛かってきたガーディアンゴーレムと比べても性能は格段に落ちる。

「設計どおりなら、今の武器であの装甲を傷つけるのはまず不可能だし。背中側に固定してあるから見えんけど、コイツの装備の大砲一発で、城くらい簡単に壊せる」

「ますます素晴らしい。これは……」

「で、こいつをどっかの国が手に入れれば、世界のパワーバランスが滅茶苦茶になっちまう。それは、俺としては望むところじゃあない」

 カチャリ、とアルがブロンテスに気を取られている隙に、距離を取った。そして、銃を抜いてアルに照準を合わせる。

「ゼータさん?」

 今まで呆けていたフィーが、ただならぬ空気に振り向いてそのまま固まった。

 俺の持っている銃の性能なんて、一般人であるフィーに分かるはずもないだろうが、それでも武器らしいというのは分かったらしい。

「本気ですか?」

「本気も本気だ。俺はコイツを破壊する。見て見ぬ振りをしとけっつってんだよ」

 このレベルの古代遺産は、今の人の世の中に出すべきではないのだ。

「ゼータさん。貴方もこの王国の民でしょう? 国の発展にこの兵器を役立てようとは思わないのですか」

「思わないね。兵器が役立って得られる発展なんぞロクなもんじゃない。大体、兵器なら俺の実家が最新のを卸してるだろ」

「そうですね。それが、我が国のみになら文句は言いませんが」

 ハッ、と笑いがこぼれる。

 そっか。やっぱりお見通しだったかぁ。

 親父、やり方変えたほうがいいかもよ。

「エヴァーシン家の作る兵器は、どの国家の作るものより強力だ。それを、貴方の実家はどの国にでも売る。ここ数百年、どの国でも大きな争いが起きないのは、エヴァーシンがパワーバランスを取っているからだ、というのは我々のような人間にとっては常識です」

「そりゃあ仕方ないさ。武器商人つったって、うちの一族は平和のほうが好きなんで」

「ですが、それも仕方なかったのですね。このような秘宝の情報を握っていては、それは技術競争で優位に立つのは当然です」

 アルがブロンテスを見上げる。

 俺が銃を構えているというのに余裕綽々だ。撃っても、躱す自信があるとでも言うのか。

「なんか勘違いしてるな。俺らがこの手のトンデモ兵器の情報を握っているのは確かだけど、別にこれを解析したりしてるわけじゃないぞ。すぐ破壊しちまうし」

「なんともったいない」

 もったいないお化けが出ますよ? と言うアルに、うるせぇと返す。

「はっ、あとで文句は聞いてやる。とりあえずこれ壊すからな」

 装甲はあくまで秘術を使って強化することを前提にした複合ミスリル材。魔力の通ってない今なら、鉄よりも脆い。今だって、固定されていなければ自重で潰れているところだ。

 持ってきたダイナマイトに火を付けようと、少し銃口を離す。

「ふっ!」

 と、アルがそれを合図に、疾風のように走ってきた。

 馬鹿がっ、と内心舌打ちしながら銃口を向ける。

 ……当たる。ある程度距離を取っていたので、アルがここに到着する前に叩ける。そして、流石のアルでも、銃弾を避けるのはできないはずだ。

 殺すのは本意ではない。足を撃ち抜いて、

「っ!?」

 引き金を絞ろうとする指が動かなかった。

「はっ!」

 アルの手刀で手首をしたたかに打たれ、銃を取りこぼしてしまう。

「すみません」

 そして、ダイナマイトも取り上げられた。

「アルっ!」

「ゼータさん。忠告ですが、貴方に人を撃つことはできませんよ。人を撃つには、貴方は甘すぎる」

 優しさと言えっ!

「ゼータさんっ」

「フィー、大丈夫だ」

 打たれた手首が赤くなっているだけで、大事はない。それよりも、今は優先しなきゃならないことがある。

「アル。ダイナマイト返せ」

「悪いですが、そうはいきません。この秘跡は封鎖します。以後、一般人はもとより、ハンターでも立ち入りは厳禁です」

「こいつを持ち出す気か。やめとけ」

「すみませんが、私はゼータさんほど平和主義者ではない。自国の勢力を拡大できるなら、この程度のことはします」

「あのなぁ!」

 言おうとしたその瞬間、突如赤いランプが点灯。ヴィーヴィーヴィーとやかましい音が響いた。

「な、なんですかなんですかっ!?」

 わけのわからない展開にオロオロとするしかなかったフィーがオロオロを拡大させた。

 ていうか、警報? この秘跡の電源は死んで……

「って、生活区と研究区域の動力源が同じなわけねぇっ!」

 もしや、省エネモードから、通常モードに復帰? なんか、照明も点いたし。

 後ろから聞こえる機械音がスゲェ嫌。

 振り向くのは怖いが、見ないでいるのはもっと怖いこのジレンマ。恐る恐る目だけで後ろを見ると、わぁいガーディアンゴーレムが三十体はいるぞぉ〜。

 しかしっ! 俺はこのタイプのゴーレムのスペックくらい熟知しているのダッ!

「つ〜わけでアル! 頑張ってこーい!」

 恐らくは、この状況を打破するための策を考えていたせいで、俺から注意が離れたのだろう。アルはことのほかあっさりと俺の突き出しを食らった。

 ゴーレムたちは、俺やフィーには目もくれず、アルに殺到する。

 こいつらは全員で情報を共有しているのだ。自分達の仲間を破壊した脅威度の高い人物として、アルの個人データは既に奴らに知れている。それと違い、俺やフィーの優先順位は低い。ひとまず、アルが死ぬまでは襲われたりしないだろう。

「んなぁっ!? なにするんですかっ!」

 そして、その間に俺はフィーの手を引っ張って、部屋の奥に向かう。ここはブロンテスの製造施設である。アレを壊すための術の一つや二つ見つかるんじゃないかな〜、とか思ったり。

「じゃぁなぁ! アル! そのダイナマイト使ってもいいから、適当に生き延びろっ!」

 フハハハハハ、と高笑いを残して、俺はとっとと逃亡を敢行した。

「ああ〜。完全に悪役です。さっきのシリアスな雰囲気は、やっぱり錯覚だったんでしょうか……」

「なんか言ったかフィー!?」

「い〜え、なんでも。ただ、ゼータさんはやっぱりこういうキャラなんだなぁって」

 キャラって言うな。

 

 

 

 

 

 ブロンテスが保管されていた場所――多分格納庫かなんか――の奥にあった扉を抜け、奥へ。

 コチラの扉はいとも簡単に開いた。随分ずさんなセキュリティだなぁ、と思うが、あのゴーレムどものことを考えると、これで十分なのかもしれない。

「……ゼータさん、ここどこですか?」

「あ〜、この秘跡の中枢部かな」

 大量の紙と、何に使うかもわからない道具の数々が散乱している。そんな部屋がいくつも続き、一番奥の部屋に辿り着いた。

「あれ? 名前書いてあります」

 その部屋のネームプレートは、傾きながらも原形を保っていた。

 秘術に使われる魔術文字などはともあれ、古代文明と今でも使っている言語は変わっていない。古い字体で読みにくいが、名前程度ならばフィーだって労せず読めるだろう。

「カルマ・エヴァーシン」

 だから、俺はフィーが何かを言う前に読んでやった。

「え? あの、ゼータさん、これって」

「こん中は……研究室か。なんかブロンテスの弱点とか残してねぇかな」

 具体的には、遠隔操作式の自爆装置でもあれば、俺は凄く助かる。んな都合の良いモンがあるとは思えんが、遺しててくれ、頼むー。

 ついでに、子孫の懐の繁栄のため、ちょっと使い勝手の良い秘術の一つでも残しておけば、俺はこの大ご先祖様に盛大に感謝する――いや、子孫に借金よりもタチの悪い負債を押し付けているから、ちょっとだけ感謝することになるだろう。

「ゼータさんー、あのー。これはどーゆー?」

「うむ。見なかったことにしとけ」

「うわぁーい。さっきからずっと脇に追いやられて、いい加減拗ね気味のフェアリィさんになんですかその口の利き方―」

 知るか。

「えー、そんな態度でいるなら、帰ってすぐ家賃請求しますよー。慰謝料込みで」

「うむ。昔俺の先祖がここ使ってたらしいんだよ」

 あっさり白状してる俺。言い訳させてもらうならば、これは決して俺の意志じゃない。言ってからしまったっ! と思ったくらいだし。

 でも、家賃を盾に取られると自動的に精神が全面降伏してしまうのだ。反射なんだからしかたないじゃないか。膝を叩かれたら、足が上がるのと同じ理屈でだってばよ。

「それで?」

「む」

 何時になくフィーが真剣な顔である。

 なんだ。俺の話の何処にコイツの興味を引くところがあったのか知らないが、まぁいい。どうせフィーが暴露したところで小娘の戯言と切って捨てられるのがオチだ。

「今じゃ古代文明とか呼ばれてるのが栄えてたのは、今から大体千年くらい前の話だ」

 なんでも、その一大文明が終焉する直前。世界中の国で大きな戦争があったらしい。

 詳しい経緯は俺の一族にも残ってない。

 ただ、その当時の古代文明は、すでに自分たちを完全に滅ぼせるほどの技術力を保有していたそうだ。

 天地を切り裂くような強大な秘術。秘術を用いた様々な兵器。

 で、俺のご先祖様は、それはもう天才的な技術者であったらしい。しかも、武器専門の。

 当時の文明から見ても、百年は先に進んでいるとされる様々な超兵器を生み出した。先ほどの魔導巨兵ブロンテスもその一つ。

 他にも、島一つを一発で消し飛ばしてしまう大砲、戦場を火の海にしてしまう秘術、敵国に異常気象をもたらす天候兵器。そういったものを作り上げ、自国を圧倒的勝利に導いたそうだ。

 そして、最後に開発したとされる爆弾で、戦争に終わりを告げた。

 もう、それはそれはすごい威力だったらしい。戦場であるこの大陸全てを爆風で総なめにし、敵味方含めた国が壊滅してしまうほど。

 正直、ここら辺はあまりにもスケールがぶっ飛びすぎていて話半分だ。どこまでが真相か、知れたものではない。大体、なんで勝ってたのにそんな無茶な爆弾使ったのか謎だし。

「でも、こうしてご先祖様が作ったらしい兵器は残ってる。んで、子孫の俺達が後始末に奔走してるって訳」

 何の因果か、戦争後も生き残っちゃった俺の大先祖カルマさまは、自分の作ったものを鑑みてこりゃヤベェと思ったらしい。

 技術の殆どを消失してしまったこの世界で、自分の開発したなにがしかが流出してしまえば、下手すれば今度こそ世界が滅びる。しかも、自分の作ったものだけに、耐用年数とかには半端ない。千年二千年くらいは平気で兵器として使えそうだ。メンテナンスフリーが売りだったし。

 後で責任追及されるのも嫌なので、秘密裏に隠し(壊し)ちゃえ、ああでも僕じゃあもう全部探すのは無理だから、子孫達よろしくー。概要と位置は教えてあげるから。

「で、こうだ」

「で、そうですか」

 語りながら、なんか涙出てきた。

 なんだ、なんで俺が顔すらしらない千年前の先祖の尻拭いに奔走しなきゃならん?

 まぁ、その人が残してくれた知識や技術で、うちの実家は今や押しも押されぬ大富豪なのだが、しかしあと百年くらいで彼の遺してくれた技術も今の文明レベルに追いつかれそうな感じ。ブロンテスを作ったような、外道技術(オモシロテクノロジー)は遺してくれなかった。

「世界にバレたら、袋叩きにあうか、全部毟り取られるか……や、袋叩きにあった上で全部毟り取られるな。どうよ、フィー。かわいそうだろう」

「なんていうか、お金持ちも大変なんだなー、って思いました。親が金持ちでも、ゼータさんは貧乏ですけど」

「それ、最後にわざわざつける必要あるんですかねぇ!?」

 誰か、俺に優しくしてくれよっ!

 とか言っていると、さぁ出てきましたブロンテスの設計図。ウチにあった製品紹介レベルのものでなく、ちゃんとした設計書だ。

 どうやって作るのか、とかは置いとく。俺には理解できないし、理解できたら出来たでそれはもっと困る。まさか再現できるとは思わないが、アルのやつに見つかる前に燃やしとかなきゃならんな、これは。

 とりあえず、詳細なスペック。あと、各種武装その他機能。んで、実用面での問題点あたりにざっと目を通し、

「……は?」

 カクン、と顎が外れたような気がした。

「ど、どうしたんですか?」

「ヤッベェ……」

 急いで踵を返す。はっきり言って、これは洒落にならない。

「フィーッ! お前、ここに残ってろ! ここは、他のところより頑丈だし、ゴーレムももういないだろ!」

「ちょっ、ゼータさん、何処行くんですかっ!? か弱い乙女を置いて――」

「大丈夫っ! 風月亭のお嬢さんは図太いからっ!」

 誰が図太いんですかー、かー、かー、という反響音をBGMに走る走る走る。

 しかし、マジでヤバイ。ブロンテスも、動力さえ入らなければタダの木偶の坊と思っていたんだが……

 こいつ、周囲の危険に自動的に反応して勝手に起動するらしい。魔力タンク(バッテリー)分しか動けないつっても、三十分もあればここら一帯を焦土に帰るくらいはしてくれるだろう。しかも、その、実用上の問題点が、

「『制御系に難点。高確率で、暴走の危険。修正が面倒なので敵地に放り込んで暴れさせることにする』」

 後半は殴り書きだ。それに、赤で丸印がつけられている。この筆跡は家にあった本と同じ。俺のご先祖サマが書いたに違いない。前半部分は、調査した研究員というところか。

「ふ、ふ、ふ。既に親父も爺さんも言ってることだが……アンタ、ウチの家系の最大の疫病神だよ、カルマさんよぉー!?」

 まだ見ぬ――というか、既に見れぬやつに向かって呪いの言葉を吐く。

 なにやら、ブロンテスの格納庫の方から、ゴゴゴゴゴ、とやけに重い駆動音が聞こえて、なんか絶望的な気分になった。