「ゼータさん。出頭命令です」

 俺が優雅に朝食をとっていると、そんなことを言い始めた毎度おなじみのシスター。

「どこの、誰から」

 俺の立場からして、誰かに命令されるいわれはない。

 フリーのハンターである俺に命令できるのは、唯一ツケという命令権を持つ、フィーとオリヴィアさんだけだ。

「知りやしません。教会の偉い人からです」

「パス」

 どこの物好きが、現在進行形で敵対中の組織の懐に飛び込むものか。

 このタイミングで俺だけを呼び出すなんて、胡散臭い予感がぷんぷんする。

「ふざけないで……」

「と、思ったが、いいよ、行くわ。ちょっと待ってろ」

「は、はぁ?」

 立ち上がる。

「フィー。俺が教会に行くってこと、コレットに伝えといてくれ。あと『決行』って伝言もよろしく」

「は? なんでですか」

「いいから。頼んだぞ」

 渋々了解してくれたフィーを尻目に、自分の部屋に向かう。

 コレットにさえ伝えておけば、『闇から闇に』って危険性はぐんと低くなる。なにせアイツの諜報能力と来たら、下手すると国家諜報機関『王の耳』より上かもしれないんだから。

 仮に、俺が殺されるような事態になったとしても、必ず証拠を見つけ、ラナ教を追い詰めてくれるだろう。

 そして、奴ならば、首尾よく『決行』してくれるに違いない。

「あ、ゼータさん!? どこに行くんですか」

「部屋。偉い人の前に出るなら、身なりくらい整えなきゃいけないだろ」

 ……おい。なぜにそんなビックリしている?

「……一応、この人にも、勧めの涙程度の常識というものがあったらしいですね」

「お前らが俺を正当に評価してくるなら、俺はいつでも常識的な行動をとるぞ」

 まあ、確かに。これからの『準備』はあまりまっとうではないかもしれないが。

「覗くなよ、お前ら」

「覗きますか!!」

 釘を刺して、部屋に入る。

 とりあえず、上着を着て……いきなり撃たれても良いように、秘跡に潜るときに来てる防弾・防刃仕様のやつを。

「銃……は、無理か」

 流石にあからさまな武器を持っていくわけにもいかないな……。

「懐中時計でも持ってくか」

 以前趣味で作って、結局使う機会がなかったから丁度良い。

 人間、どこでなにが役に立つのかわからないもんだ。

 あとは、適当に髪に櫛を通して、完成。

 うむ、見事なまでの伊達男。この格好で微笑みかければ、そこらの道行く女どもは、一瞬で恋に落ちること間違いなしだ。

「なに、変な妄想をしているの?」

「……鏡の前に立っていただけで、随分とまあ断言するじゃありませんか」

「立っていただけじゃありません。ニヤニヤ、気持ち悪い笑顔でしたよ」

 声に振り向くと、オリヴィアさんがニコニコ笑って立っていた。 

 ……いつの間に入ってきたんだ、この人。

「なんでしょうか。俺の着替えを覗きたかったんですか?」

「いえいえ。一体、どういうつもりなのかと聞いておきたいと思いまして」

 ……なるほど。俺が教会に行くって、聞いてたのか。

「俺だけならバックれても構わないんですけどね」

 本音だ。

 教会とやりあうにしろ、この宿に留まることのメリットはない。

 実家に帰って、国とかを巻き込んでやれば、もう少しリスクは小さくなる。でも、今回は、フィーにも関わってきている。多分、魔術師だってバレてるだろうし。どう転ぶかがわからない。

「ちょいと懐に潜り込んで、色々探ってこようかと」

 考えてみれば、これは良い機会なのだ。

 向こうがどう出るかわからない今の状況より、多少の危険があっても、向こうの様子を探った方が良い。

 特に、フィーの扱いに関しては微妙だ。

 魔術師は、秘術と同じく、ラナ教にとってはタブー。上の連中がそんな建前を信じちゃいないことは、あの秘跡にあったゴーレム群を見ればわかるが、だとして魔術師フェラリィ・エルラントをどうするつもりかを確認しないといけない。

「そう。じゃ、とりあえずこれ。貸してあげます」

「……これは?」

 渡されたのは、ペンダント。先っちょについているメダルには、魔術の象徴たる五芒星が刻まれていた。

「ちょっとしたアミュレットです。ほんの気持ち程度には、生命力が向上しますよ」

「……ありがたく借りておきます」

「もっとも、それつけた翌日には、反動で筋肉痛と全身疲労に見舞われることになるんですけどね」

 ……おい。

「ちなみに、それはどれくらいで?」

「そうね。まったく運動していない人が、フルマラソンを完走した後、腕立て腹筋背筋を千回ずつやったくらいかしら」

「それって、まったく効果に見合ってませんよねえ!?」

 この人は、たまに優しいところを見せたかと思うと、すぐに落とすんだから。

 絶対、フィーはこの人の娘だな。完全にフィーの拡大発展バージョンな人だもの。

「一応、借りときます」

 しかし、実際命の危険がないとは言い切れない。

 ほんの気持ち程度でも、ないよりはマシ、と俺はそのペンダントを身に着けた。

「あ、それとー」

 立ち去ろうとするオリヴィアさんを呼び止めた。

 んで、ちょっとした質問。……オーケーだった。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、ご足労頂いて申し訳ありませんねえ」

 と、教会に赴いた俺を迎えたのは、年のころ六十前後の、やたら肥太ったオヤジだった。

 うわ、なにこの香水臭さ。趣味悪ぃ……。

「別に。断れる状況でもなかったし」

 嘘です。最初、思い切りブッチするつもりでした。

 しかし、目の前の豚オヤジはうんうんと頷いて、

「そうでしょうねえ。自分の状況を理解いただいているようで、なによりです」

「それで、アンタはどこのどちらさんで」

 そんなわかりきった前置きはいらない。とっとと話を進めて欲しい。そして、この香水地獄から俺を救ってくれ。

「申し遅れました。私、この地方の司教をさせていただいているドルネと申します。お見知りおきを」

 ……司教、だぁ?

 司教というと、教会のトップ近いじゃないか。

 大陸をいくつかの地方に分けた教区。その一番上の役職。

 こいつの上というと、聖都を預かる大司教と、『ラナ神の御子』しかいない。後者はほとんど象徴みたいなものだから、実質の二番目だ。

 まあ、二番目がたくさんいるわけだが……とにかく、偉いさん。

 この香水臭いデブがねぇ。

「俺の名前は知ってるよな。とっとと本題に入って欲しいんだが」

「知っていますよ。ゼータ・エヴァーシンさん。用件というのはですね」

 しかし、今ここで襲われたらマズイな、俺。

 逃げ場ゼロじゃん。しかもこの部屋(貴賓室らしい)の入り口は、衛兵らしき筋肉質の奴が三人も固めてるし。ドルネと名乗った司教の後ろにも二人。

 ……うーん。俺みたいなモヤシ一人迎えるのに、随分なものだ。

「用件は?」

「貴方に、エヴァーシンとの仲立ちをお願いしたいんですよ」

 ……一瞬、なにを言われているのかわからなかった。

「……具体的に、何が欲しいんだ。あんたらは」

「貴方も、あの地下のゴーレム群を見たでしょう? 本来、アレを見た外部の者は抹殺が基本。あの秘跡を発表してしまったにっくきハンターを、ようやく殺せるか、と思っていたところで、そのハンターがかのエヴァーシン家の嫡男だとわかった」

「回りくどいな。だから?」

「我々は、ゴーレムのメンテナンス。および運用法については素人です。だからこそ、長い歴史を誇る武器商人、エヴァーシンの助けを借りたいんですよ」

 ……要するに、こうだ。

 あの秘跡はあくまで『生産施設』。メンテする施設は、ないはずもないのだが、多分壊れて修復不可能なんだろう。

 それに、ゴーレムは他の兵器とは性格の違う、繊細で複雑な兵器だ。扱いには慎重を要するし、運用法に関しても、あれだけの数があると、既存の戦術を当てはめるのは不可能。

 そこで、武器商人として長い歴史を持ち、特にゴーレム関連の技術については他の追随を許さない、我が実家の助けが欲しい。

 わからなくもないが、うちがそんなことに力を貸すわけもない。

「無理だな。例え、俺を人質に取ろうが、あの頑固親父が首を縦に振るわけがない」

「なぜ?」

「一応、そういう争いの火種を作りたくないらしいんだよ。武器商人やってるくせにな」

 逆に武器を供与することでパワーバランスを保ち、争いをなくす、というのがポリシーなのだ。

 ここで、教会になんぞに協力するわけがない。

「困りましたなぁ」

「ああ、困ったな」

「しかし、貴方のご実家はそうでも『貴方自身』はどうでしょうか?」

 ……俺?

「おいおい。たかが一介のハンターに、何を期待しているんだよ」

「貴方はエヴァーシンの長男だ。当然、あの家に伝わる技術や知識を習得しているのでしょう?」

 間違っちゃあいないが、俺をコレットみたいな天才と一緒にしないでくれ。半分も覚えてねぇよ。

 だが、そんな事実を伝えるメリットは俺にはない。とりあえず、俺に価値がある、と思ってくれているうちは、殺されたりはしないだろうし。

「だからって、俺は従う義理はないなぁ」

「この状況で、そんなことを言える貴方はたいしたものだ」

 ちらり、とドルネが護衛らしき二人に目配せする、

 彼らは頷くと、懐からナイフを取り出した。

 ……ちゃっちい武器だが、俺一人殺すなら十分だな。

「俺を殺すか? ここで? 一応言っておくが、もしやったとしたら、そっちの立場が悪くなるだけだぞ」

 内心バクバクながら、表面上は取り澄まして聞く。

 ……おい、静まれ、俺の心臓。

「なに、殺しては本末転倒です。耳や指でも削いで、うんと言わせる手段もあるんですよ?」

「そりゃあ、困る。それじゃあ、俺はコイツを抜くしかないんだが」

 懐の懐中時計を取り出し、側面に空いた穴をドルネに向ける。

「……なんの玩具ですか?」

「仕込み銃という玩具だ。俺が趣味で作ったもんでな。威力はさほどでもないけど、この距離なら大丈夫。普通に死ねる」

 周りの護衛どもを視線で牽制しつつ、相手の出方を伺う。

 つーか、頼むから。これでなんとか引いて欲しい。コレ、口径が合う弾作ってなくて、装填してあるのただのゴム弾なんだからさぁ。

「身体チェックはちゃんとしたつもりでしたが、流石ですね」

「俺は、アンタを殺しても得することはなんにもない。とりあえず、ここで帰らせてくれればいい」

「いいんですか?」

 よくない。こっちとしても、肝心の情報をもらってないんだからな。

 多分、ここらで切ってくると思うんだが。

「貴方が世話になっている、あの風月亭という宿の娘」

「……フィーが、どうした」

 ようやく出してきたか。やれやれ。

「聞くところによると、貴方は彼女とは仲が良いらしい。彼女が魔術師だということ、世間にバラされてもいいのですか?」

「やっぱり、バレてたのか」

「無論です。あのゴーレムに仕込んであった監視装置は、貴方の顔と、彼女の顔、そして、彼女が魔術を使った様を、確かに記録していましたよ」

 ま、ここまでは予想通り。……嫌なことに。

「今ならば、まだこのことを知っているのはここに居る人間だけです。しかし、これを発表したらどうなるか……。貴方も、まさかあのような少女が迫害されるところをみたくないでしょう?」

 予想よりフィーのことを知っている人間が少ない。

 プリシラが、あの秘跡の地下のことを知らなかったところから見て、教会の中でもごく一部しか知り得ないことだろうとは予想していたが、ここにいる人間だけ……つーと、六人か。

「……俺が、あんな女一人のために、身を売るとでも思ったか?」

「なにもそれだけではありません。協力してくれるなら、十分な報酬を払いましょう。そして……ああ、女がご入用でしたら、お宅のところにやっているプリシラ、好きにしていただいて構いませんが」

「どっちも興味ないな」

 金でどうこうできない問題も……まあ、なんだ、少しはあるし。あと、あのシスターは俺の趣味から軽く成層圏くらいまで離れている。

「どうあっても断る気ですか?」

「まあ、一応」

 いい加減、腕が疲れたので、懐中時計型銃を降ろす。

 一応、これ、普通の時計としても使える。……俺が、ここに来て、約三十分。そろそろ、いいか。

「ところで、一つ聞きたいんだけど」

「……はい?」

 そろそろ空気も剣呑になってきた。若干、腰を浮かせて、いつでも逃げられる体勢をとる。

「あの秘跡のこと知っている人間、この教会に何人いるのかね」

「言うと思いですか?」

「でも、ま。多くはないだろうな。俺が忍び込んだ監視記録すら、ここの五人にしか見せてないらしいし」

 さて、と、コレットはうまくいってるだろうかね。

「ときに、エヴァーシンの……雑貨屋のほうの監視は、ちゃんとやってるか?」

「は?」

 やってないんだろうなぁ、この反応だと。

 甘い甘い。いくら雑貨屋だろうと、『あの』コレットにとって、そこらの雑貨を爆薬にすることなど、手習いに過ぎないのに。

「今、俺の弟が、あんたらご自慢の秘跡を、手製の爆薬で潰しに行っている筈なんだけどな」

 言うと、すぐさま連中の顔が驚愕に染まる。

 その隙を逃さず、俺は逃げた。

 途中に立っていたデカブツは、顔面にワンパン入れて……って、吹っ飛んだ!?

「すげぇな、オリヴィア印のアミュレット!」

 身体が軽い。風みたいだ。

 そして風となった俺は、教会からまんまと逃げおおせるのだった。