「うーん……」

 俺は唸っていた。

「どうしたんですか、ゼータさん?」

「フィー。それより水くれ、水」

「またですか〜? もう」

 ここ、ハーヴェスタの街は地下水が豊富で、飲食店では無料で水を出してくれる。

 なんともありがたい。渇きは飢えよりずっとつらいのだ。ここで出してもらう水分こそが、俺の生命線といっても過言ではない。

「これで、カロリーさえあればなぁ」

 出された水を一息で飲み干して、俺は一人ごちる。

「はぁ〜〜」

「まったく。ため息をつくと、幸せが逃げますよ。……あ、ごめんなさい。とっくに逃げられていましたね」

「もはや言い返す気力もない」

 今、店内に居るのは俺とフィーのみ。

 フィーも、休業時間くらい部屋で休めばいいものを、何を好き好んでか俺に付き合っている。……はて、そういえば、いつもフィーはこうだな。もしや、よほどウェイトレスが好きなのかしらん。

「で、本当にどうしたんですか。新しい飛跡を見つけて少し金回りがよくなったと思ったら、すぐ元の状態に戻ってしまったゼータさん」

「わざわざ嫌味のきいた紹介をありがとう」

 悩みは、その秘跡のことだ。

 つい一昨日。このフィーとともにあの秘跡に突貫し、見事内部のセキュリティに引っかかり、ゴーレムとどんぱちを交わした俺なのだが……

 まこと不思議なことに、未だ追及の手は伸びてこない。

 俺を監視するためと称し、この風月亭に滞在しているシスターも何も知らされていないのか、俺に対する態度が見事今まで通り。

 余談であるが、この今まで通りというのは、俺を鞭で引っぱたこうとしたり、明後日の方向を向いた説教をしたり、フィーあたりと結託して俺をいじめたりすることである。

「さてはて……これはどう見るべきかね」

 侵入者が俺たちとはわからなかった……?

いやぁ、あそこまで完全に残った秘跡のセキュリティが、そこまでお粗末とは思えない。大体、ゴーレムのログを見れば、すぐわかるだろうし。

 あれで警告は十分だと引き下がった?

 ますます有り得ん。奴らは警告と称してナイフを突いてくるような連中だ。

 今は俺たちを泳がせている?

 ナンセンスだ。まったく意味がわからない上に、連中にとっちゃ余計なリスクばかりが増えちまう。

「ゼータさん? どうしたんですか」

「うるせぇ。俺が頭を悩ませてるってのに、なんで共犯のお前はそこまでのほほんとしてんだ」

 そういや、フィーのことも十中八九知られているはずだよな。魔術師だと言うことまでは知られていないと信じたいが、さて楽観できるのやらできないのやら。

 オリヴィアさんには一応話は通してあるのだが、あの人はあの人で

『ま、なんとかなるでしょう。あ、私は手伝わないので、自分のケツくらい自分で拭いてくださいね』

 なんて、まったく頼りにならない。強いんだから、頼りにさせろよ、頼むから。

『あと、フィーに拭かせようなんて、言語道断な上に破廉恥な真似は許しませんから』

 ええい、うるさい。あんたの比喩こそ破廉恥だよ。

『無論、フィーにも自分のケツは自分で拭かせるように。ゼータさんが拭いては駄目ですよ』

「しつけぇ!!」

「……なにをいきなりわけのわからないことを」

「文句なら、お前の母ちゃんに言え!」

 今思い出しても、あの人はしつこかった。どんだけ俺と自分の娘を信用していないんだよ、って話だ。……しかし、アレは今回の事件についての比喩でよかったんだよな?

「相変わらず、やかましいですね」

「うるさい、諸悪の根源が」

 二階から降りてきたのは、目下俺にとってとっても扱いの困るシスターさん。

 敵なんだが、こう懐にいやに自然に居着いているというか。フィーやコレットのやつと結託して俺を追い詰める様は、もうなんつーか女三人寄れば姦しいというか、三人寄れば文殊の知恵と言うか、三位一体というか。

 どうにもこうにも、扱いに困るのです。

「失敬な。人聞きの悪い。あ、フィーさん、紅茶をお願いします」

「とか言いつつ、自然に隣に座るよな」

「いくつもテーブルを汚すこともないでしょう」

 わかるようなわからんような理屈。

 ……まあしかし、こいつの御し方はなんとなく把握できてきた。ちょいと、カマかけてみるか。

「あー、プリシラ」

「なんでしょう?」

「その、実はな」

 フィーから紅茶を受け取り(早い。おそらく事前に準備していたものと思われる)、飲んでいるプリシラに、直球を投げてみた。

「俺とフィー、例の秘跡の三階行ってきた」

 ぷぴっ、とプリシラの鼻から……俺の口からはこれ以上描写できない。一応、こやつとて女だ。

「あ、あつっ、あつっ!」

「ああ、ほれ。おしぼりだ」

「す、すみまふぇん……って、それどころじゃないですっ! いったいどういうことですか!?」

「いや、ちょいとフィーとシケこむところを探していたんだが、あの秘跡が丁度よくて」

 無論、口からでまかせである。

「な、なんという……というか、フィーさん。この人はやめておいた方が……」

「そっちに食いつくか」

 適当に理由をでっちあげただけだというのに。

 こいつの中では、あの秘跡の価値はその程度か。それはそれで、俺にとっちゃあ喜ばしいことだが。

「フィー……お前、その包丁はなんの真似かな?」

  殺気を感じて振り向くと、フィーが包丁を構えフフフと笑っていた。

「えーと、ゼータさんがなにやらとんでもないことを言い出したので、お母さんに習って」

「習うな。あの人からは。頼むから」

 コイツの突っ込みスキルに包丁なんぞが追加された日には、俺はその日のうちに三枚に卸されることうけあいだ。

「ちょっとしたジョークだ。いいからすっこんでろ」

「……もお。ああいうのはやめてくださいね」

 しぶしぶ引き下がるフィー。……やれやれ。思わぬところで話が逸れてしまった。

「それで、どういうことですか。事と次第によっては、教会のほうに連絡を入れて、貴方を拘束しなければなりませんが」

「どうもこうも、隠すから見たくなるんだ」

「ほう。言い訳はそれだけですか」

「アンタも、なにがあるのか知らないんだろ? 知りたくない?」

「結構です。私が知る必要のないことですから」

 必要ない、ねぇ。まあ、確かに、このシスターさんが知っても、理解は出来ないと思うが……。

「兵器」

「は?」

「だから、兵器があったんだよ。どでかい大砲が一つ。ありゃあ、城くらい一発で沈めれるな」

 とりあえず、フェイクを入れておく。

 大砲なんて単純な兵器だったら、俺だって焦ったりしない。大砲は要塞は沈められても、軍隊を殲滅することはできない。以前のブロンテスが持っていたような大魔砲でもない限り。

 ただし、ゴーレムは別だ。あれだけの数がそろえばその応用範囲は広大。殲滅、制圧、高性能なものなら隠密行動までこなす。

 そういうわけで、大砲とゴーレムじゃ意味合いがまるで違ってくる。

そのゴーレムの生産設備が、あれほど完全な形で残っている。量・質ともにその生産能力は一級品。その価値は計り知れない。

一応だが、本当のことは伏せておいたほうがいいだろう。

「なにを言うかと思えば、そんなこと」

「本当だぞ」

 いや、確かに嘘だけど……なんだ、俺の嘘は必ず見破られる法則でもあるのか? 確かに、フィー相手に嘘が通じたことは皆無だが。

「あの秘跡が保護されているのは、確かにあそこが危険だからと聞きます。しかし、潰すのは余りに惜しく、将来、あの技術を人類が有効に使えるまで、ラナ教が保全しているのです」

「……ぅわぉ。欺瞞満載だな」

 いや、本当にあの施設を一切使っていないっつーならまだ信用できたんだが。

 あそこまでゴーレムを製造しておいて、保護も何もねぇだろう。

工場だけあっても、ゴーレムは作れない。あれだけのゴーレムを作るために必要な原材料だって、相当のものだ。それこそ、国家組織以外だと、調達できるのはラナ教くらい……

「……そっか。その線があったか」

 立ち上がる。

 わざわざ危険な橋を渡って、情報を得ようとするまでもなかった。

「ど、どこに行くんです! まだ話は終わって……」

「終わったよ。さっきまでの話は全部嘘だ」

 と、嘘をついておく。

 紳士な俺にしてはぞんざいな対応だが、結構俺ピンチなので、そんなのに構っている暇はない。

 俺だけならまだしも、自業自得とはいえフィーも関わっちまってるし。

「やれやれ……しんどくなりそうだ」

 何度目かのため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ〜、お兄ちゃん? うちに進んで来るなんて、どういう風の吹き回し?」

「どんなのでもいい。ちょいと耳を貸せ」

「いいよー、耳どころか、全身どこでも」

 身体をくねくねさせるコレットをはたいて、こちらを向かせる。

 俺がマジだということが伝わったのか、コレットも少し表情を引き締めた。

「なに?」

「例の秘跡、ちっと潜ってきたんだがな。当時のゴーレムの製造工場が、ほぼ完全な形で残ってた。完成済みゴーレム、約千体」

 コレットの表情が険しくなる。毎日武器の勘定をして育ってきたようなコイツには、事の重大さが十二分以上に伝わったはずだ。

「完全、っていうのはどの程度の『完全』?」

「当時のゴーレムの再現率七十パーってとこか。火器の類は、現用品の流用だったしな」

 おそらく、武器は別の工場で作っていたのだろう。しかし、ゴーレム自体は完全に再現できている。

「……多分、素材強度もそれほどでもないよ。質の良いミスリルが供給できているわけないから」

「だな」

 見た感じだと、タスラム弾でなくとも、通常の弾頭に多少小細工をすればなんとか貫通できる程度の、粗悪な装甲だった。無論、ゴーレムにしては、という前置きをつけてだが。

「どうするの? エヴァーシンとしては、到底放っておけない事態だと思うけど」

 俺の実家は、世界のパワーバランスをうまく舵取りするのが使命の一つだ。商人風情がなにを生意気な、と思わないでもないが、実際大きな戦争は起こっていないのだから、それはそれで正しいのだろう。

 そして、今回のラナ教の戦力増強は、到底看過できる事態ではない。

「ああ。俺も、ある程度状況を整理したらすぐ報告入れるつもりだったんだが……」

 整理が出来なかったので、コレットに伝えるのが遅れた。が、手はある。

「それで、お前、前に原材料が高騰してるっつってたろ? そのセンで、ラナ教とどう繋がってるか、調べられるか」

「……ここ最近の原材料高が、ラナ教が関わっているって?」

「多分、あの工場は稼動し始めて一年経ってない。ゴーレムの製造を開始したのはここ半年の間だろ。そこにタイミングよく高くなってんだ」

 もうここまでくれば、クロと確定したようなものである。

 おそらく、あの秘跡も、当初発見したときは稼動できなかったのだろう。修復すれば動かせる、という時点で、たいした破損じゃなかったはずだが。

「確かに、怪しいね」

「頼めるか?」

「お兄ちゃんの頼みだし、個人的にもエヴァーシン的にも放っておけないからね」

 実家の方への連絡はコレットに任せることにする。

 俺個人では、到底ラナ教という組織を相手取ることは出来ないが、エヴァーシンの実家が腰を上げてくれれば少なくとも勝負は出来る。

 俺はフェードアウトしていいかなぁ、なんて悩みつつ、俺は帰途に着いた。