さてさて。
丑三つ時。草木も眠る深夜。
俺は一人、秘跡に向かっていた。
あのシスターが邪魔で、せっかく俺の見つけた秘跡の調査もロクにできなかったが、こうやって寝静まった頃を見計らえば、出し抜くことなど造作もない。
プリシラが居るのは――本人がどう思っているかはさて置いて――教会の『下手なことをすれば、容赦しない』というアピールに過ぎない。本気で俺を止めたいのならば、それこそ無数の手段がある。わざわざ女を一人、俺に貼り付けておくことはない。
「しかし、そういうことをされたら燃えるやつもいるんだぜ。HAHAHA」
いや、嘘。
俺は、ラナ教みたいな大組織を敵に回すような度胸はございません。
しかし、万が一、うちのご先祖、カルマの開発したトンデモ兵器が一枚噛んでいたら……そう思うと、一応確認ぐらいはしておかなくてはいけないのだ。
この秘跡から送られた部品を使ってブロンテスが開発されたのは間違いないのだから。
「さて……大丈夫、かな」
秘跡の入り口を用心深く観察し、誰もいないことを確認する。
あの秘跡が教会の管理下にあるというのなら、普段から誰かが出入りしていてもおかしくはない。
まさかこんな深夜に活動しているとは思えないが、念のためだ。
秘跡に入り、二階に潜る。
以前はここで止められたが、今日はそうはいかない。
静寂が支配する秘跡を、極力音を立てないよう移動し、下に向かう階段へとたどり着いた。
「さてはて……鬼が出るか、蛇が出るか」
蛇は嫌いだから、出来れば鬼の方がいいな。
なんて思いながら、地下三階に潜……
「ゼータさん」
「ぅひゃぉぉぅ!!」
咄嗟に口を押さえ、叫びがもれ出るのを防ぐ。
……は、は?
「このパターンは、もしや」
「はい。わたしです」
やっぱ出やがった、フィー! フェアリィ・エルラント! こいつは、毎回毎回毎回、どうしてこう、俺を尾行するんだよ!?
「なんでついてきた」
「ゼータさんだけじゃあ危ないと思って」
なぜ俺の保護者気分なのか。
第一、戦闘力と言う意味では確かにフィーがいた方がいいのは確かだが、こいつは隠密行動にはとても向いているとは思えない。
というか、こんなに夜更かしして、明日大丈夫なのか?
「夜の秘跡って不気味ですよね」
「あんまりデカイ声を出すな。あと、あまり物音も立てるな。お前のせいでバレたら、キッツイお仕置きをするからな」
「えー? バレるって、誰にです?」
「ここを根城にしている、教会のバカ連中だよ。……いいか、詳しいことは、帰ってから話してやるから、頼むから黙ってろ」
フィーにきつく念押しして、俺は三階にゆっくりと降り……
「あのー」
「声を出すな、っつってんだろ」
「いや、そうじゃなくて……」
普段はそこそこに聞き分けのいいフィーなのだが、今日はどうしたというんだろうか。あ、もちろん聞き分けがいいって言うのは、俺をおちょくっているときを除くぞ?
「そうじゃなくて、なんていうか……」
「なんだ、はっきり言え」
「あの、この下に、誰もいませんよ?」
……は?
「いや、ほら。私って魔術師じゃないですか。他の人の魔力とか、わかるんですよ」
「で?」
「それで、この秘跡に、今誰もいません。間違いなく」
……するってーと、なんだ。警戒しまくっていた俺って、すごい一人相撲?
「あー、なんかやる気なくなったー」
「ええ!? 私のせいですか?」
お前のせいだ。間違いない。
自分でも八つ当たりとわかるが、仕方ないだろう。ええい。明かりもつけちゃえつけちゃえ。
「さって。でも、人の出入りがあるのは確かみたいだから、ちゃっちゃと調査済ませるぞ」
「え? なんでそんなことわかるんです」
「埃の積もり具合とか空気とか……あと、食べ物の匂いが残ってるしな」
本来、新発見の秘跡については、発見したハンターとその仲間しか入れないことになっている。食料の匂いが残っているのは不自然だ。
……という、俺のすばらしい観察力をどう解釈したのか、フィーが口を開きかけ、
「言っておくが、別に普段から飢えているとかいうわけじゃないぞ」
出鼻をくじいてやった。
案の定、フィーは、口をぱくぱくさせ、二の句が告げないでいる。
ふん。そう何度も何度も、罵られてたまるかと言うんだ。
ぶー、と頬を膨らませるフィーは、不満げに口を開いた。
「ゼータさん……」
「なんだフィー。悔しいか。悔しいのか、コノヤロウ」
はっはっは、と笑ってやる。
「あの、ゼータさん? そうやって、自分の存在意義を自分で捨てるようなこと、しない方がいいと思うんです。ほら、窮鼠猫を噛むとは言っても、所詮猫に最終的には敵わないわけですし」
「それはどういう意味だコラァ!?」
結局……俺はコイツには勝てないらしい。
しかし、フィーは猫と言うより犬系だと思うのだが、どうか。
「……えーと、なんなんでしょうか、これ」
呑気なフィーの言葉。
しかし、俺はそれに反応することも出来ない。
「なんなんだよ……」
目の前に広がっているのは、普通の工場系の秘跡。
それだけなら、特段珍しくもない。装置の類も、別段珍しいものでもない。他の秘跡に行けば、朽ち果てた同型の装置をいくらでも見つけることが出来るだろう。
「なんなんだよ、これは」
しかし、ただ一点。
ただ一点において、この秘跡は他の秘跡と決定的に違う。
「なんで――」
それは、秘跡の一つの大前提を崩すもの。
秘跡は、あくまで古代文明が滅んだ後に残された遺跡のはず。その施設としての機能は死んでいる――はずだ。
「なんで……工場が生きてるんだよ!!?」
だから、生きている工場が存在していいはずがない。
現在の文明を遥かに上回る精度と生産性を誇る、秘跡工場。
俺の目の前には、優に四桁に届く数のゴーレムが並んでいた。
「ゼータさん?」
「……くっ」
フィーは、この事態の大きさをさっぱり理解していないが、俺にはわかる。わかってしまう。
武器商人、エヴァーシン家に生まれ、曲がりなりにもその手の教育も受けてきた俺には、これだけのゴーレムの戦力がどんな事態を巻き起こすのか。
ここに並んでいるゴーレムは、どれもこれも現行のゴーレムの性能を遥かに凌駕している。それも当然だ。現在のゴーレムは、あくまで古代文明のレプリカ。オリジナルの力に敵うはずもない。
おそらく、戦力比は3:1くらいが妥当なところか。
つまり、ここの、約千体のゴーレムは、戦闘力と言う意味では、そのまま三千のゴーレムと等価ということになる。
他の国々で実戦配備されているゴーレムの数は、多くて三百体程度。相手にもならない。
そして、ゴーレムは一般兵の十人分の働きをする。
「……ラナ教は、一体何を考えてやがるんだ」
極単純に考えて、ここに並んでいるのは三万人分の兵力だ。
それだけあれば、一国とでも張り合える。
現在の国々のパワーバランスを、一気に傾かせかねない戦力だ。宗教屋が持つには危険すぎる。
「ゼータさん?」
「……フィー。今の火が入っていないゴーレムなら簡単に壊せるだろ? 叩き壊せ」
現在、俺は爆弾の類は持っていない。フィーの火力に頼るしかなかった。
しかし、フィーのやつは一向に指示に従わない。
「フィー。俺も、今回ばかりはマジだ。とっととやれ。これだけの戦力、放って置いたらなにをしでかすかわからん」
「い、いや、そうじゃなくてですね。あれ……」
ん? とフィーの指差すほうを見てみると……あんれまぁ、戦闘駆動してるよ、ゴーレムが。五十体ほど。
「見張りが一人もいなかったのは、こういうことかぁっ!?」
ゴーレムの一体が、銃をぶっ放す。俺は、ぎりぎりで躱した。
「フィーィィィィ! 今こそ、お前の力を見せるときだっ! さぁ、やれ!」
しかし、こちらにはフィーがいる。
ブロンテスを足止めできるほどの魔術師。こんな木っ端のようなゴーレム風情、楽勝でぶっ壊してくれるに違いない。
「構いませんけど……」
フィーは、やれやれとため息をつきつつ、空中から『魔術師の杖』を取り出す。
そいつを一振りするだけで、周囲の空気は変わる。今、この瞬間、この空間はフィーのものとなりそして、
「真火砲!」
フィーの得意とする攻撃魔術が、一体のゴーレムを吹き飛ばし……っててててて、ちょっと待て!?
「なにを逃げているこらっ!?」
「わたしじゃあ、あれだけの数のゴーレムをどうこうできませんよ。お母さんじゃあるまいし」
はて、そういえば、フィーのやつの攻撃魔術は、あの真火砲が一番強いとか言ってたっけ?
「あれだ! ブロンテスを止めたあの鎖で……!」
「あの魔術は、対象五体までです」
いやーーーーー!?
ガシガシガシッ! と金属っぽい足音を立てて、俺を押し潰そうと迫るゴーレムども!?
「せめて、一人で逃げんなっ! 俺も連れてけー!!」
なんとかかんとかフィーに追いつき、その肩を掴む。
「……セクハラ?」
「お前、すごく図太いよな今更ながら!?」
こんなときまでたわけたことを抜かすフィーに全力で突っ込むと、身体がふわっ、と浮き上がる気配。
「飛ばしますよ。しっかり掴まっててください」
「おうっ!」
フィーに背中から抱きつく。
肘鉄を脇腹に食らった。
「ぐはぁ!?」
「なに思い切りセクハラしているんですかっ!?」
り、理不尽な。
「ゼータさんを巻き込む形で力場が出来ますから、服を掴むだけでいいんですっ!」
「さ、最初に言えボケ」
わかるか、そんなもん。と思っていたら、すごい勢いで景色が後ろに流れていく。
秘跡の中だというのに、見事な機動でもって、フィーは地上に向けて飛行している。……前も思ったが、すごい移動力だ。
フィーは、この手の魔術のほうが向いているのかもしれないな。
「地上に、出ましたよーーー」
「見りゃわかるっ!」
秘跡の入り口を遥か後方に置き去りにし、俺とフィーは空に舞い上がった。
ちょっと怖い。
つーか、普通に怖い。
高い高い高い高い高い高いっ!?
「あのー。フィー? ぞろそろ降ろしてくれるか? 秘跡からでりゃあ、あのゴーレムどもも追ってこないだろうし」
極まっとうな提案をする。
しかし、フィーは、ニヤリと、背筋が凍るような笑みを浮かべた。
「あれー? ゼータさん。声が上擦ってますよ」
「な、なんのことだ?」
「せっかくですし、このまま帰りましょうか? なに、ちょいと高度を上げれば、空飛んでいるところを見られたりしません」
こ、こいつは……!?
「その、フィーの魔力を無駄遣いさせる気は……」
「いえいーえ。早く帰って寝たいだけですよ。じゃあ、行きますか」
と、フィーはさらに高く飛ぶ。確かに、これだけの高さだと、下からは豆粒程度にしか見えないだろう……て、高い高い高い高い!!!!!
「うぉわー!? フィー、降ろせ、降ろせぇぇぇぇぇーーーーーーーっっっ!!」
「もう、情けないですねえ」
自分で飛んでる奴にはわからないんだろうな、この恐怖!
ここで、フィーが手を離せば、俺はもうプチッとつぶれるぞ。その前に、恐怖でショック死するかもしれん。
(しかし……はぁ)
こんな状況でも、俺の頭の一部は冷静だ。さすが俺。スーパークール。
「ひと悶着、ありそうだな……」
「なんですか、ゼータさん」
「……なんでもねぇ」
頭痛がする。ため息が止まらない。
いやだなぁ、宗教屋とガチンコ勝負か? ったく。面倒な。