「また妙なのと会っちまったな」

 風月亭への帰り道、先ほどであったシスターのことを思い起こす。

「……なるべくなら、ああいう手合いとは二度と会いたくないもんだ」

 狂信者、というのはどこにいっても扱いづらい。自分の考えをまったく変えようとしないから、こちらが妥協するしか和解の手段がないのだ。

 かと言って、お宝の山(想像)であるあの秘跡の地下三階以降は是が非でも突入したい。

 あいつがいないときを見計らって進入するしかないか……

「ぅおーい、ただいま帰ったぞ」

 そんなプランを立てつつ、風月亭に入る。

 まだ夕方にはちょっと早い時間。この時間は、夜に向けての仕込みをしているので客らしきものは……

「えーと、ここに記入すればいいんですか?」

「はい。姓名をお願いします。何泊のご予定ですか?」

「ええっと、そうですね。悪魔っぽい人を説得できるまでですから、いつまでかはちょっと……」

「悪魔っぽい人ですかー。あ、うちで飼ってる悪魔っぽい人が帰ってきましたよ」

 やっほーい、と明るく手を振ってくるフィーは後でシメるとして。

 ……さて。

「あーーーっ!」

「なんでアンタがここにいるんだよ……」

 先ほど会ったシスターの悲鳴に、俺は頭を抱える。

 いや、理屈ではわかる。おそらく、町の外の人間であろうシスターさんが、ハーヴェスタに滞在するために風月亭に泊まろうと言うのは良くわかる。

 確かに、宿なんてそう多いもんじゃないしな。途中で屋台でつまみ食いしてたから、先に着いたんだろう。

「ここで会ったが百年目―!」

「二時間と経っていないんだが」

「屁理屈をっ」

 聞いちゃいねぇ。

 俺を敵性と判断したシスターは、聖服の裾を大胆に捲くり上げ、俺がその中身に視線が行ってしまった隙を突いてふくらはぎにバンドで止めて隠し持っていた武器を引き抜いた。

「……はい?」

 鞭だ。

 どういうしまい方をしていたんだよ、と突っ込む暇もなく、俺は体を横に投げ出す。

「キェェェェエーーーイッ!」

 怪鳥のような雄たけびとともに振り下ろされる鞭。

 びしっ、と木製の扉をたたく嫌な音。

「ちょっと待ておいっ!? さすがにそれは洒落にならんぞっ」

「ホーホホッ! 洒落でこんなことができると思って!?」

 イカン。なんか変な風にキマっている。

「さっきは、煙に巻かれたけれども、今度はそうはいかないわよっ!」

「だから待て!? 店ン中でこんな……」

「大丈夫。ギャラリーがいたほうが燃える性質だから、私!」

「タチわりぃなおい!?」

 鞭の先端を人間の動体視力で掴むことは不可能だ。なんとか腕の振りを見てかわしているが、いつまでも持つものではない。

 さてどうしたものか、と思案していると、フィーの姿が眼に入った。

「おおっ! お前がいたかっ! 俺の代わりに、この変人の相手をして……」

 魔術師であるフィーならば、鞭の一つや二つ、簡単に無効化してくれるに違いない。

 一縷の望みを抱き、フィーに駆け寄り、

「うるさいです。この変態」

 すげなく、膝蹴りで撃退された。

「痛い!?」

「いったい、この女性にどんな不埒な真似をしたんですか?」

 地面に転げまわって痛がることすら許してくれない。

 腹を足で押さえられ、俺様身動きできまっせん。

「ふっ!」

 そして、身動きできない俺に、容赦なく振り下ろされるシスターの鞭。

 つい、と避けたフィーが憎たらしい。

「っつっ!? ったぁ!? ほげっ!? ぷろっ」

「なに? その変な泣き声は? ワンと鳴きなさい、ワンとっ」

「俺は犬じゃねぇ!」

 なんだ、その妙に芝居がかった台詞はっ!? 

「……本格的に変態ですね。わかってはいましたが」

「わかるなっ! そして助けろっ!」

「えー、でも、ゼータさんが変態行為に及んだ彼女が、責任を追及しているのを止めるわけにも……」

「お前の目、超節穴な!?」

 先ほどの会話の流れのどこをどう切り取ったらそんな風に思えるのかぜひ聞きたい。

「アンタもいい加減にしろっ!」

 俺の体を叩いて止まった鞭を握り締め、立ち上がる。

 どうやら純粋に武器として作られた鞭ではないらしく、ミミズ腫れになった程度で、皮が削られたりはしていない。……だったら何のために作られたとか聞いたら駄目だ。トンデモナイ答えが返ってきそうな気がする。

「……むう」

「不満そうな顔をするんじゃねぇ」

「もうちょっと楽しませてくれても」

「俺はぜんぜん楽しくないからなっ!?」

 えー、嘘―、と言う顔をするな。というかシスターがこんな趣味持ってていいのかよ。

「それで、プリシラさん。ゼータさんとどのような関係なのですか?」

 フィーが、怒りを抑えてシスター(プリシラという名前らしい)に尋ねた。どうでもいいが、どうして怒りがプリシラとやらではなく俺に来るんだ?

「実は……ゼータさんが私の大切なものを無理矢理……」

 ちょっ!?

「へー、ほー、ふーん……」

 フィーの殺(キ)ルゲージがぐんぐん上昇しているのがわかる。すげぇな俺。スカ○ターもなしに。

「まさかそこまでの鬼畜だったなんて……」

「はいはいはいっ! ゼータさんはその大切なものが何か、さっぱりわかっていませんっ!」

「黙っててください。後で一応、弁解の機会くらいは与えてあげてやらなくもないような気がちらっと頭をよぎりましたから」

 うわーい、俺の話聞く気ゼロじゃん。

「つい先ほどの話です。秘跡の地下三階に下りようとしたそのハンターを私は呼び止めました」

「ふむふむ」

 フィーさんは、シスターが秘跡にいることに何の疑問も抱いていらっしゃらない様子。

「地下三階以降は危険です」

「危険なんですか」

「危険かもしれんが、アンタに言われる筋合いはない」

 口を挟むと、ゼータさんは黙っててください、とフィーに睨まれた。

「他の秘跡の物品を持ち出すのも我がラナ教としては許せない行為ですが、あの秘跡だけは駄目なんです」

 初耳なんだが。

「……それとなく情報を流して、ルインハンターが立ち入り出来ないよう圧力をかけていたのに」

「マジで?」

「それも知らないなんて、なんて世間知らずな……」

 ヒデェ。

「それで、呼び止めた後、どうなったんですか?」

 そんな俺にとっての重大事実は、フィーにとってはどうでもよく、俺がしでかしたという如何わしい行為(してないが)について聞きたいらしい。

「ええ、そこから先に行くと危険だからと、親切に教えてあげた私に……その人は」

 地下二階を歩き回ってる間ずっと尾行して、しかも表れたと思ったら思い切り居丈高に対応されたんだが、あれがお前的親切なのかと小一時間問い詰めたい。

「……それで」

 そのあと、俺は疲れていたし、面倒くさいし、話は通じないしで、とことん適当に対応した挙句、とっととその場から去ったんだが……

「ああ、ここから先は言えませんっ」

 そう逃げるかっ!?

「ぜ〜〜た〜〜〜さーーーん?」

「待て、フィー。さっき、俺の弁解を聞くと言ったな? じゃあ、言おう。そこのそいつは俺のハンター稼業を邪魔するシスターさんで、さっき会ったときは俺はとっとと逃げてきた」

 人間、死ぬ気になればどんなことだってできる。

 ここまで一呼吸のうちの台詞だ。フィーが暴発する前にその機先を制し、

「死んでください」

 そして、聞く耳を持たないと言う言葉の意味を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズキズキといたむ顎を冷やしながら、俺はフィーを睨みつける。

 夕飯時、疲れたお父さんたちに酒や料理を運んでいるフィーは、ふいっ、と冷や汗をたらしながら視線をそらした。

 目の前に並ぶのは、フィー曰くのお詫びの夕食。

 毎度毎度、食事くらいで俺が懐柔され……

「んぐっ、んがっ、ガツガツ」

 懐柔され……

「ぜ、ゼータさーん? オーダーミスのですが、ワインを一杯どうぞ」

「お、おう」

 ぐび、ぐび……

「ふう……」

 ま、まあ、フィーも悪気があったわけじゃないんだし、俺の海より広い心を活かして許してやることにしようか。

 決して、決して食い物に懐柔されたわけではないことを俺はここに必要以上に強調し、自分を誤魔化す。

「……で、なんでアンタが同じテーブルに座っているんだ」

「もちろん、貴方の動向を調べるためです」

 例のシスター、プリシラは、当然のように俺の対面に座っていた。

「と、言うかな。俺的に、あんまりラナ教を敵に回す気もないから、相応の金さえだしてくれりゃあ、俺も手を引くんだが」

 チキンと言うなかれ。

 ラナ教の影響と言うのは、衰退はしたものの無視できるほど小さくはない。俺みたいな一般ハンターが太刀打ちできるようなものではない。

「そう言われましても……貴方が、あの秘跡を『発見』したせいで、色々とこちらも面倒なことになっていまして」

「……まあ、そりゃそうだけど」

 ラナ教が圧力をかけて、あの付近の捜索を禁じていたから、秘跡が実際にあるかどうかは曖昧にされていたわけだ。

 しかし、俺が『発見』し、公式に登録したせいで、一般人もその気になればその秘跡の存在を知れるし、欲を出したハンターが教会の禁を無視して荒らしにいくことも考えられる。

 何らかの報復をしたいと、教会側が考えても不思議はない。

「つーか、なんであそこ調べたらいけないんだよ?」

「知りません」

「……知りません、ってあんた。それで俺を鞭打ちにしたのか」

「仕方がないでしょう。それがラナ教からの指示だったんですから」

 嘘……じゃないな。このシスター、そこら辺を誤魔化すには少々正直すぎる。自分の性癖にも。

「臭いな」

「貴方、風呂入っているんですか?」

「その臭いじゃなくてっ!」

 俺が会う奴会う奴、こうして俺を軽んじるのはどういうことなんだっ!?

「……そうじゃなくてっ、ラナ教があの秘跡を隠す意図が怪しいな、ってことだっ」

 どう考えてもロクでもないことの予感がする。

 大体、一、二階にほとんどめぼしいものがなかったのは、それ以前に教会が探索していたからだろう。

 だが、俺が発見するずっと以前から探索しているにしては、未だに立ち入りを禁止している理由がわからない。なにか凄い秘宝とかが目当てならとっくに持ち出して良さそうなものなのに。

 ……理由として考えられるのは、それが持ち出せない代物なのか、それとも場所自体に価値があるのか。

 なんにせよ、推理するには材料が少なすぎる。

「怪しいことはありません。教会のすることに間違いなんて、あるわけが……」

「本当にそうなら、話は簡単なんだけどな……」

 まあ、俺に火の粉がかからないのならば、気にすることはない。

 あとは、このシスターをどうにかだまくらかして、俺への報復がないように、また出来れば金をぶんどれるよう、ラナ教と交渉するだけだ。

 ……やれやれ、また、面倒なことになりそうだな。