博麗神社のお昼時。 今日は珍しく霊夢が作ってくれるので、僕は大人しく配膳の手伝いをしていた。 「じゃ、良也さん。これ、よろしくね」 「はいはい」 煮物がたんまり入った鍋を持って、居間に向かう。霊夢は食器類を持って付いてきた。 「さて、後はご飯が炊けるのを待つだけね」 「おう。いや、この煮物美味いな」 「つまみ食いしないでよ、行儀が悪い」 お前が行儀とか気にすんのか。 ……と、突っ込みたかったが、僕はぐっと堪えた。 今日の飯を拵えたのは霊夢である。下手に突っついて飯抜きにされても面白くない。 適当に話題を変えようと、僕はふと思いついたことを聞いてみることにした。 「そういやあ、霊夢。最近、なんかあいつらと仲良いな」 「あいつら?」 「ほら、あれだよ。神社に住み着いてた妖精連中。サニーとルナとスター」 「ああ。あの妖精たちね。そういやそんな名前だったっけ?」 と、霊夢は頷いた。 光の三妖精。連中、神社の裏のミズナラの木に住み着いていたことを先日霊夢にバレたらしい。 僕はそれを聞いて、てっきり霊夢はあいつらを追い出すのかと思って、弁護の用意をしていたのだが……意外や意外。霊夢は連中が住むことを黙認し、たまに神社の仕事を手伝わせていたりするのだ。 まあ、取り敢えず締めたことは締めたらしいが。 ……でも、名前うろ覚えなんだな、お前。 「ま、小間使いがいると便利は便利だし。良也さんはいつもはいないしね」 「……なあ、今言外に僕のことを小間使い扱いしなかったか?」 「でも、やっぱり妖精は駄目ね。仕事が雑だから。いないよりはマシって程度よ」 「いや、聞けよオイ」 こいつめ。 「そういえば、良也さんもあの三人と仲良いのよね」 「仲がいいっつーか、よく悪戯の標的にされているだけっつーか」 どんだけ悪戯しても本気で怒らないって見抜かれているようで、連中、僕に対しては結構ガッツンガッツン悪戯を仕掛けてくる。 特に、霊夢に締められてから幻想郷の実力者に手を出すのはマズイと今更ながらに思い知ったのか、ここ最近は頻度が急上昇している。 ……まあ、所詮妖精。喉元過ぎればなんとやらで、すぐにろくでもないことを考え始めるだろうが。 「ふぅん」 「? なんだよ」 「いえ、なんでもないわ。ただ、ちょっと勘に引っかかっただけよ」 「待て。お前の勘はなんでもなくないぞ。一体、何が引っかかった」 「さーてね。そろそろご飯が炊けた頃だわ」 よいしょ、と霊夢が立ち上がり、台所に向かう。 ……マジでなんなんだ、一体。サニー達のことを話していた時に引っかかったのだから、連中に関わる話か? なら、大したことはない……はずなのにこの湧き上がる嫌な予感はなんだ。 「あれ!?」 「? どうした、霊夢」 台所の方から、霊夢が大声を上げるのが聞こえた。 はて、ゴキブリでも出たか。いや、あの巫女が油虫ごときにビビるようなやわな精神をしているとは到底思えない。無言で文々。新聞辺りを叩きつけて退治するだろう。 しかし、別に深刻そうでもない。妖気とかそーゆーのも感じないし。 なんだなんだ、と僕は半分野次馬根性で台所に向かう。 「霊夢、どうしたー?」 「ないのよ!」 「なにが」 「炊いてたご飯が!」 ほら! と霊夢が火にかけていた釜の中身を見せる。 ほほう。確かに、米粒が少し残っているだけで、綺麗に空っぽだ。僕も霊夢も食う方なので、三、四合くらいは炊いていたはずだが、これはまた綺麗サッパリ。 「……霊夢、随分と早食いだな」 「シバくわよ」 冗談、と手を上げて降参する。 「なんだ? どっかの狸かなんかが来たか?」 「野生の動物が熱々のご飯を食うわけないでしょ。きっちりしゃもじ使った形跡があるし」 と、釜の側に打ち捨てられていたしゃもじを取り上げ、霊夢は語る。 ……あー、うーん、まあ、その、あれだよね。 「しかも私が気配に気付かなかったってことは……あいつらね」 「噂をすればなんとやらってやつか……」 多分、僕も霊夢も同じ連中の顔を思い浮かべているだろう。 ……やれやれ、ついさっき、すぐに懲りずに悪戯を仕掛け始めるだろうな、と思ったばかりだというのに。あれがフラグだったか? 「いい度胸じゃない――! 食べ物の恨みは恐ろしいって、知らないようね」 霊夢が凶悪な表情となり、ポキポキと指を鳴らす。 「ま、まあ待て待て、霊夢」 「なに? 今お腹減ってるから、ちょっと気が短いわよ、私」 お前それ平常運転じゃん。いつも妖怪とか見たらとりあえずボコしてるじゃん。 「あー、うん。僕が話付けてくるから。まあ、落ち着けって」 「ごめんなさい、良也さん。私、腹の虫が治まらないの。二重の意味で」 やれやれ、と僕はため息を付いて、『倉庫』に手を突っ込む。 「ほら。僕の小腹空いた時用のパンやるから」 「あら、悪いわね」 惣菜パンを三つばかり差し出すと、霊夢はころっと機嫌を直してそれを受け取った。 ……こいつ、基本、怒りが持続しないんだよね。 「今回はこれで引くけど、良也さん。しっかり言い含めておきなさいよ」 「はいはい。あー、煮物ちょっともらってくぞ」 僕は同じく常備しているタッパーを取り出し、霊夢謹製の煮物を詰め、神社を後にした。 とは言っても、すぐ近所のことである。 飛んで一分もかからない場所にあるミズナラの木のところまで来て、妖精の力により隠されている扉をノックした。 「おい、入るぞ」 返事を聞く前に扉を開けて中に入る。 で、入ってすぐのところは居間なのだが、案の定、中央のテーブルに三妖精が集まり、お昼ご飯を食べていた。 テーブルにでん、と置かれているおひつに入っているご飯が、博麗神社から持ち去られたものだろう。 「あ、良也! なに? なんか用?」 「用っつーか、お前ら……」 妖精サイズに誂えられた部屋は僕には少々狭いが、なんとか直立できる程度のスペースはある。 僕は一つため息を付いて、連中の集まっているテーブルに向かった。 「あー、念の為に聞くけど、お前ら、その飯……」 「ふふ! 今回は大成功だったわ。霊夢さんが離れている隙に、ちょちょいってね」 スターが嬉しげにそう漏らす。 「うん! スターが気配を探って誰もいないことを確認して、私とルナで姿と音を消して……うまくいったわね!」 「ご飯も美味しいし。運ぶのはちょっと苦労したけど、その甲斐はあったわ!」 サニーとルナも、今回の戦果には大満足らしい。 悪びれねえっつーか……後先考えてないっつーか…… 「……霊夢、カンカンだったぞ。飯を取るのは洒落にならんからやめとけって」 「そ、そうかな? 霊夢さんとは仲良くなったし、このくらい笑って許してくれない?」 「じゃあ聞くけど、サニー。お前の中で、霊夢は悪いことしても、謝ったら許してくれるキャラか?」 うーん、と。とサニーのみならず、三人とも一斉に悩み……全員、ほぼ同じようなタイミングで顔を青ざめさせた。 少し、ほんの数秒考えればわかることだろうに、この考えなしが妖精の妖精たる所以である。まあ、僕的にはわかりやすくて嫌いではないが。 「今回は一応取りなしておいてやったけど、マジ自重しろお前ら」 「えー、それならどうしようかなー。また里の方にでも行く?」 「そうね。お酒ももうあまりないし、少しちょっぱっちゃいましょうか」 「あ、私梅酒がいい、梅酒。漬け込んでるお家、いくらでもあるし。自分で作ったのもいいけど、いろんなご家庭の味を比べるのも楽しいわよ」 こ、こいつら…… 「酒くらい奢ってやるから、盗みに入るのはやめろよ……」 見かけは子供なくせにこいつらも結構呑む方だが、鬼とか天狗とかに比べりゃたかが知れている。なら、友達相手に酒を奢るくらいで人様に迷惑をかけなくなるなら安いものだ。 ……まあ、里の人達も慣れているので、基本いい酒は隠しているし、多少盗まれる位なら織り込んでいるのだが。悪質が過ぎると、慧音さんが動くしな。 「わかってないわねー、良也」 チッチッ、とサニーが指を振り、ない胸を張って宣言した。 「悪戯で手に入れたお酒は何より美味しいのよ! 楽しいし!」 「…………」 んー、まあ、そういうのが妖精なわけだが、しかしなあ。目の前でそんな宣言されて止めないのも人としてどうか。 ……そうだなー、んーと。 「んじゃ、こうしよう。勝負だ」 「勝負?」 ルナが首を傾げる。 「ああ。お前らが僕に悪戯しかけて成功したら、酒をくれてやる。失敗したら……まあ、罰ゲーム辺りで」 まあ、適度にならこいつらと遊ぶのも悪くないし。こいつらの悪戯は別に死んだりしたりするものでもない。 里への被害を防ぎつつ、妖精の闘争本能(っぽいの)を刺激した見事な策と言えよう。 「なるほどねー。でも、罰ゲーム……エローイ」 「お前今何を想像した!?」 スターの言葉に、サニーとルナもキャーキャー騒ぎ出す。こ、こいつら……完全無欠に幼児体型の癖して、なぜ僕がんなことすると勘違いできるんだ。風評被害がひどいことになるから、マジで勘弁して欲しい。 「あははは! ロリコーン!」 「せいはんざいしゃー!」 「へんたーい!」 そして、何がツボに入ったのか、三人は口々に好き勝手を言い始め、僕を指差して笑う。 く、く、く……この野郎共め、僕が大人しく罵声を浴びせられるばかりだと思ったら大間違いだぞ。 「……で、お前らはそのロリコンで性犯罪者で変態と同じ部屋にいるわけだが。覚悟は出来てんだろうな?」 マジっぽい表情を作り、低い声でそう脅してみると、ぴた、と三人が沈黙する。 そして、お互いに顔を見合わせ、 「に、逃げるわよ!」 「あ、でもご飯!」 「それよりも大事なものがあるでしょ!」 バタバタと慌て始めた連中に、僕はそっと懐から一枚のスペルカードを取り出す。 「遮符『一重結界』」 ちょっとした壁を作るだけの結界術。少し実力のある妖怪相手なら薄紙同然だが、サニー達への足止めには充分だ。 「あ! 結界!?」 「開けて、開けてー!」 「こ、こうなったら二人を差し出して……」 えーと、予備のお椀と箸……あった。 博麗神社から盗まれたこれは、本来僕が食うべき飯でもあるので、遠慮無くおひつからよそい、タッパーに詰めてきた煮物をおかずに食べ始める。 「ええい、三人の力を合わせれば、こんな結界くらい!」 「その手があったわね! 貴方に……力を!」 「三位一体ね!」 やっぱ霊夢の作る煮物美味いなあ。なぜあんな自炊始めたばかりの男より適当な味付けでこんなに美味く作れるんだろうか。 「よし、もう少しで破れるわ!」 「もう一息よ! パワーをサニーに!」 「いいですとも!」 あ、結界壊された。 まあいいや。おかわりおかわりと。 そうして二杯目のご飯を食べていると、外に飛び出た三人が戻ってくる。出てってから五分と経っていない。 「おう、おかえり」 「あー、楽しかった! さて、ご飯の続きっと」 「良也、お茶飲むー? あ、その煮物少し分けて」 「いやー、久しぶりにスリリングだったわ」 ……この態度よ。 こう、本気で嫌がるようなことはしないと信用されてるのか、どーせんなことする度胸なんてないと舐められているのか。後者の疑いが極めて濃厚だが。 「あー、おいし。でも、この煮物はお酒と合わせたくなるわねえ」 「さっきの勝負の話、やるなら受けて立つぞ」 「いや、こんな状況じゃ無理よ」 サニーが口を尖らせる。 まあ、こいつらの真骨頂は隠れて、誰も気付かない内に仕掛けることだ。こう、真正面から面突き合わせている状態から仕掛けて来ても、なんなく返り討ちにできる。 「ちょっとやめてよ、ご飯時に。お茶碗とかひっくり返るわよ」 ルナが注意するが、お前ついさっき僕から大慌てで逃げて、転んでたよな。あれで茶碗ひっくり返らなかったのは、僕がテーブル抑えたからなんだけど。 「ったく。……あ、このお茶美味いな、意外に」 「意外とは失礼ね。あ、食後に珈琲もあるわよ?」 「……それも盗んできたやつだろ。まあ、いいや、もらう」 ルナがちょっと顔をニマニマさせている。褒められて悪い気はしないのだろう。 「ふんふーん」 んで、スターはなにを考えているのか、それともなにも考えていないのか。鼻歌を歌いながら、飯を堪能している。 個人的に、最も油断ならないのがこいつだ。 行動力ではサニーが。思慮深さ……思慮深さ? まあ、うん。それっぽいのでは多分ルナが。それぞれ(あくまでこの三人の中では)秀でているのだが、スターはこう、要領がいいというか、ちゃっかりさんというか。目を離していたらいつの間にか落とし穴に掛けられている的な雰囲気がある。 「ごちそうさま!」 「ごちそうさま。さ、デザートにしましょ」 「? そんなのあったっけ」 みんなが食べ終えてから、スターがそう言い始めた。 おやつ? 「もう、ルナ。忘れちゃったの? 昨日、お団子作ったじゃない」 「んー? そうだった?」 サニーも心当たりはないようだ。 ……ふむ、なるほど。 「もう、二人とも忘れっぽいわね。ちょっと待ってて」 と、スターが台所に向かい、そしてすぐに戻ってきた。 手には、確かに大皿にうず高く積み上げられたお団子の山。 「わ、美味しそう!」 「うん」 まさかのおやつの投入に二人は目をキラキラさせているが……これは、怪しい。 「ほら、良也もどうぞ。沢山作りすぎたから、お裾分けよ」 「まあ、そういうことなら」 スターに勧められて、僕はお団子を一つ取り、じっと見る。 その間にも、サニーとルナは我先にとお団子を取り、 「あれ? 良也、食べないの?」 「いや、家の人間より先に口につけるのは行儀が悪いからな」 僕は適当ぶっこいて、サニーにどうぞと促した。 「ふーん、人間は変なこと気にするなあ。まあいいや」 あーん、とサニーとルナがほぼ同時に団子を口に入れ、 「ん゛ーー!?」 「うあ゛あぁ、なにこれ」 口を抑えて、二人ともそれを吐き出した。 僕は慌てず騒がず手元にあるお団子を二つに割り……これ泥団子じゃねえか。 「あら、バレちゃった。駄目よ、二人とも。良也に先に食べさせなきゃ」 「こ、これ、昨日作った悪戯用の泥団子じゃん……」 「スター、なんてことするのよ……うええ、口の中苦ーい」 覚えとけよ、そのくらい。 仲間を平然と巻き添えにしたスターもスターだが、つい昨日作った泥団子のことを一欠片も覚えておらず、なんの疑いもなく口に運んだ二人も二人である。これ、別にスターがなにかしなくても、そのうち普通に間違えて食ってたんじゃないだろうか。 「ちぇ、これで食後のお酒ゲットかと思ったのに」 「はいはい……はあ〜〜〜」 今更ながら、勢いで勝負とか言い出したのは失敗だったかもしれん。 「あれ、スター、失敗したんだったら罰ゲームは?」 「そうよ。私たちに泥団子食べさせた癖に失敗したんだから罰ゲーム!」 あ、そういやそうだった。 「うっ……いや、今のはお試しってことで……」 『罰ゲーム、罰ゲーム!』 二人が連呼する。まあ、仲間まで騙してまで仕掛けてきたのだから残当である。 しかし、ふむ……改めて罰ゲームとなると、割りと思いつかない。 「えー、それじゃ」 「な、なによ。手を伸ばして、ちょ、え? 嘘、やめて――!」 他人が聞いたら物凄い勢いで勘違いしそうなことをのたまうスターだが、僕は断固として手を伸ばす。そして、ほっぺをぐにっと引っ掴み、うにょーん、と伸ばした。 「おお、柔らかいな、おい」 「ひゃ、ひゃめてひょ〜〜〜」 変顔になったスターを指差して、サニーとルナが笑う。お前ら、友達甲斐がねえな。 「ふむ、じゃ、引っ張るのはやめよう」 今度は掌で挟んで押し込んで見る。サニーとルナの笑い声はますます大きくなった。 しばらく、そうやってほっぺたを適当に弄くり回し、満足したので離してやった。 「うう……良也に弄ばれたわ」 「それ表で言うんじゃねえぞ」 まったく。 で、その後。腹が膨れて動くのも億劫になったので、そのまま三妖精の家で休憩させてもらった。 いつも『倉庫』に入れてある暇潰し用の本を読み、時間を潰す。 「良也、この本の続きってある?」 「あるぞー。持ってけ」 「ありがとう」 サニーとスターは、各々の部屋でなにかやってるみたいだが、ルナは僕が読んだ本に興味を示して一緒に読んでいる。モノを読む時はルナは眼鏡を掛けているらしく、そうした姿を見ると妖精の癖に意外と知性派に見えた。 「読みやすいわね、これ」 「漫画はなあ。そりゃ活字だけよりは全然読みやすいだろ」 ほい、と『倉庫』から次の巻を取り出して、ルナに渡す。 「珈琲おかわりもらうぞ」 「どうぞ」 空っぽになったカップへ、ポットから珈琲を注ぐ。 意外って言えば失礼かもしれないが、ルナ、珈琲淹れるの上手いんだよな。豆から淹れてるみたいだけど、ちゃんといい味出してる。 しばらく、そうしてパラパラとページを捲る音だけが響く。 基本、妖精は騒がしい連中なのだが、ルナは例外的に三人揃ってなけりゃ大人しい。月の光の象徴なだけあって、静寂も嫌いではないようだ。 ……まあ、所詮は妖精。興が乗れば悪戯にはノリノリになるんだが。 「う、うう……」 と、そのルナがいきなりぷるぷる震え始めた。 「お、おい? どうしたんだ」 「これ……」 今まで開いていたページをルナが開く。それは某タートル仙人扮する映画俳優めいた名前の武闘会参加者が月をぶっ壊すシーンで……ルナはマジで怯えていた。 「こんな人間もいるのね……お月様を壊してしまう光線を出すなんて、物凄く怖いわ……」 「いや、お話の中だからな? わかってるよな?」 なんか無意識に僕の服の袖掴んでるし。 ビビリだな、おい。 「はいはい、人間怖くない。……いや、怖い人間もいるけど、まあ、大丈夫大丈夫」 ポンポン、と頭を撫でてやる。 こいつだけでなく、妖精は基本こんな見た目の割に結構長生きだと思うが、精神年齢は外見と大差ない。 「ちょっと、一緒に読んでよ」 「子供か」 いや、子供でもその反応はねえよ。なんで冒険活劇の漫画でホラー映画を見るみたいになってんだ。そこまで怖いなら見なきゃいいのに……怖いもの見たさか。 「まあ、別に構わないけど……」 ルナの隣に陣取り、横合いからコミックのページを一緒に見る。 ぱら、ぱら、とページが捲られる。何度も読んだ漫画だから、どうしてもルナの読むスピードより僕は早く読んでしまう。 そうすると、微妙に手持ち無沙汰になり……なんとなく気になってた、ルナの金髪縦ロールを触ってみる。 「これ、手入れ大変じゃないか?」 「そうよ。変に触らないでよ」 「悪い悪い。それこそ漫画でくらいしかこんな髪型見たことないからさー」 引っ張ると伸びる。離すと戻る……が、微妙に形が崩れたので慌てて直した。 「もう、集中できないじゃない」 「ごめんごめん」 髪の毛は怒られたので耳を引っ張ってみよう。 「…………」 あ、今度は本の方に集中してるのか、こっちを無視してる。 ぼけー、と僕もページを見つつ、ルナを適当に構いつつ、時間は過ぎて行き…… ギィ、と居間のドアが開いた。 「あれ? ドア壊れたかな。勝手に開いて……」 ルナはそれを見て、そういう風に解釈するが……いや、これはもうアレだろ。 「サニー、お前いくらなんでも考えなしすぎだ」 能力の範囲を、居間全域に広げる。すると、光を屈折させ姿を消していたサニーの姿が顕になる。 どうやら、隠れて近付いて後ろから驚かせようとでもしていたらしい。手になんかこんにゃく持っとるし。 「な、なんでバレたのー!?」 「逆にバレないとでも思ってたのか、お前」 室内で不自然にドアが開いたらそりゃ警戒するだろ。 しかも、せめてルナが協力して音を消していたならともかく、ぺたんぺたんと足音が丸聞こえだったし。 「え、ええと……」 「ほい、罰ゲーム。珈琲淹れてきてくれ」 丁度空になっていたポットをサニーに渡し、台所へゴーさせる。 「あ、よかった。そんなのでいいの?」 「丁度淹れに行こうと思ってたところだったし」 はーい! と返事だけは威勢よく、サニーが頷く。 はあ、と嘆息してルナの方を向いた。 「お前らのリーダー、あれもう少しなんとかならんのか?」 「え? えーと……どうだろ」 どうにもならんか。 まあ、ルナやスターの方が多少マシとは言え、似たり寄ったりだもんなあ。 カチャカチャと、台所でサニーが動きまわる音。 「……そういや、気になったんだけど、お前ら三人っていつから一緒なんだ?」 「え? えーと……いつからだったかなあ。気が付いた時には一緒だったから」 ふーん。 太陽、月、星、それぞれの光の妖精。 でも、月と星が一緒にいるのはともかく、太陽まで一緒に行動しているのはちょっと不自然だ。まあ、不自然とは言っても、僕はもう、こいつらが一緒に行動していないほうが余程違和感を覚えるが。 「ていうか、『発生』したのっていつ?」 「え? うーん、沢山季節が巡る前よ。人間の暦は今ひとつわからないけど」 アテになんねえなあ。 そこまで気になっていたわけじゃないけど、自分の年齢すらわからないのか。……妖精に『年齢』って概念があるかどうかの時点で怪しいけど。 こいつらも成長したら美人になりそうなのに、勿体無いこと。 「さ、淹れたわよ! サニー特製の珈琲! ミルクと砂糖はお好みでね!」 と、ポットを持ってサニーがてこてこ戻ってきた。 まあ、罰ゲームなんだから、この珈琲に何か仕掛けているわけではないだろう。それはルール違反というやつだ。 僕はポットを受け取ろうと立ち上がり、 「あっ」 ……テーブルの足に蹴っ躓いて、サニーが転んだ。 全く予想外のアクシデント。当然、サニーが持っていたポットはくるくると宙を舞い、 って、そっちはルナの方だっつーの! 「ぅおわっちゃぁああああ!?」 咄嗟に庇い、背中の下の方から尻まで、思い切り熱々の珈琲がぶっかかる。 「いたた……え、うわ! 良也大丈夫!?」 「火傷してるわよ! 水、水!」 二人が慌てる。僕の方はというと、服が珈琲を吸ってるので熱いのが逃げない。慌ててシャツとズボンを脱ぎ、 「ちょっと、なによ騒がしい。お昼寝してたのに……」 と、どたんばたんと騒いでいたせいか、スターが迷惑そうな顔をして降りてきた。 そして、僕とサニー達を見て、固まる。 数秒、スターは黙考して、 「……まさか、本当にロリコン……?」 「んなわけねぇだろ!」 「え、ええと……そうよ! 私の悪戯が成功したの!」 「ドジ踏んだだけだろうが!」 なんかホザいてるサニーにゲンコを落とす。 「いったーい! なにすんのよー」 「お前、なんか言うことあるだろ!」 幸い、下着にまではそこまで染み込んでいない。火傷はもう治った。 『倉庫』から新しい服を取り出し、着込んでいく。 その間にも、ジトー、とサニーを睨む。しばらくすると、観念したようにサニーは俯いてつぶやくように言った。 「うー、ごめんなさい」 「はい。じゃあ、いいけど。次からは気をつけろよー」 さて、なんかドタバタしちゃったなあ。 まあ、いいか。 そうして、この日がきっかけだったのかなんなのか。それとも、僕が勝負と言い始めたことがフラグだったのか。 次以降、僕は三妖精にちょっかい掛けられることが激増した。やはり、悪戯に成功したら酒というのが奴らの琴線に触れたのかもしれない。 まあ、僕としても命の危険もなく、見てて愉快な連中と一緒にいるのは嫌ではないので、会いに行くことも増えた。 ってなわけで。今日も今日とて、里で菓子を売りさばいた後、僕は博麗神社の裏のミズナラの木周辺にやって来たわけである。 「おーい……って、留守か?」 どうやら、家の中には連中はいない、と。 ふむ、出かけている……わけじゃないな。これ。ついさっきまでお茶でも飲んでたのか、飲みかけのティーカップがある。 と、すると僕が来たのに気付いて、急いで姿を隠したか。家の中にはいないっぽいし、この森の中だろう。 ……で、虎視眈々と僕を狙っているに違いない。 飛んで逃げるのも無粋かと、僕は慎重に森の中を進み、 「良也! 覚悟ー!」 「不意打ちするなら、掛け声はかけんなよ」 ひょい、と後ろから迫ってきたサニーを避ける。もう、背後からの奇襲程度ではビクともしない。最近では普段から能力の範囲を広めに取るようにしてるし……半径十メートルくらいは常に維持している。 そうすると、連中の能力は効かないわけで……純粋な知恵と力の勝負となっていた。つまり、早々負けやしないのである。 「よ、っと。さて、残り二人はどこだ?」 「い、言うわけないじゃん」 サニーの腰を抱えて持ち運ぶ。目を離したらまた隠れて襲ってくるからな……こうして捕まえておくのが一番だ。 「っと、いた」 周囲をグルリを見渡すと、時間をかけるまでもなく、右前方にある木の影に隠れているのが見えた。 隠れているつもりらしいが、羽が見えてる見えてる。頭隠して羽隠さずか。 「はあ……今日はまた、随分と雑な仕掛けだな」 「ふ、ふん!」 最近は色々とこいつらも作戦を考えていて、気が抜けないのだが……隠れて驚かすだけとか、今日は作戦会議をする時間がなかったと見える。 とっとと残りの二人も捕まえるべく、僕は足を進め、 ずぼ、と、突然地面を踏み抜く感触がした。 「は?」 しかし、歩みを突然止めることは出来ない。 かろうじて動いた視線で下を見ると、なにやら周囲とはちょっと違う色の地面だったりして…… 「落とし穴だとぉ!?」 そのまま、咄嗟に飛んで逃げる事もできず、見事落とし穴にハマってしまった。 「ぶぇっ!? ぺっぺっ! 土が……」 思い切りダイブしたせいで、口の中に土が入ってしまっている。 それを吐き出して、得意気に笑っている腕の中のサニーを睨みつけた。 「くっそ、こんな単純なトラップに……」 「へっへーん! 一人捕まえればぜーーったい油断すると思った!」 同じく土まみれの癖に、サニーはよっぽど上手くいったのが嬉しいのか、気にも留めてない。くそう……ここんとこは僕の連勝だったのに、久々に一敗が付いてしまった。 「やったやった! やーい、間抜けねえ!」 「ふふふ、苦労して穴掘った甲斐があったわぁ!」 残り二人も出てきて、好き勝手言っている。 くっ、屈辱だ……特にルナに間抜けとか言われるのは、ちょっと自分でもどうかと思うくらい凹んでる。 あーもう、切り替え切り替え。 「あー、くそ。服がドロドロじゃねえか。ってーか、よくこんな深い穴掘れたな」 「妖精は自然の化身だもの」 「それ関係あるのか?」 やれやれ、と僕は身体を起こし、穴から脱出する。ぱんぱん、と服についた土を払い落とし、ため息を一つついた。 「あー、分かった分かった。今日は僕の負けだ。呑むか」 『倉庫』の一升瓶を取り出してやると、わぁーい、と、三人が手を上げる。 ……まあ、僕が勝っても大体は宴会の流れなのだが。勝って手に入れる酒は一味違うのだろう。 「食材も出してやるから、料理は任せた」 「はいはい、スター?」 「了解。あー、そういえばこの前漬けた漬物がいい感じになってるはず」 なお、この三人の中で料理担当はスターである。 いや、妖精にまともに料理が出来るのかと思っていたのだが、これが意外と美味いのだ。 「じゃあ、今日は天気もいいし、お外で呑もう!」 「あら、いいわね。もうすぐ夜も更けるし、月見酒っていうのも悪く無いわ」 「月より太陽だよ。夕日を眺めながら一杯てのも乙じゃない」 その争いに呆れながらも、スターが僕が手渡した野草や茸などの食材を手に、家に戻っていく。 「良也はどっちがいい!?」 「月見酒よね!?」 「僕は花より団子派だから、別にどっちでもいい」 ちゃんと考えなさいよー、とぽかぽか二人が叩いてくるが、痛くも痒くもない。 あー、殴られても内蔵がイカれたり身体に穴が開いたりしないなんて、なんて平和なんだ…… 「ほらほら、喧嘩するなー。ほれ、酒瓶割れたりしたら勿体無いだろ」 言い争いがエスカレートして、遂には取っ組み合いになりそうなところを仲裁して、二人を両隣に座らせる。間に僕が入れば、無理して喧嘩もせんだろう。 「むう、仕方ないなあ」 「あーもう」 で、こいつら二人は僕を座椅子代わりに寄りかかってくる。 重くはないんだが……身動き取りづれぇ。 「あー、背もたれがあるとらくちんねえ」 「そうね。でもちょっと固いわ。良也、もうちょっと柔らかくなれない?」 「なれねえよ。男だから、多少筋肉質なのは仕方ないだろ」 そう言うこいつらはもう、全体的にやわっこいな。 動きづらいけど、なんとなく心地良い。なんかぬいぐるみかなんかを抱えている気分だ。 そのままの状態で、適当にダベる。 サニーの妖精的武勇伝を聞き、ルナが時折冷静に突っ込みを入れる。……ってーか、また懲りずに霊夢に仕掛けたのか。滅されても知らないぞ。妖精は復活するつっても、痛くないわけじゃないだろうに。 そうしてしばらく過ごしていると、スターがお盆を持って戻ってきた。 「あら、なぁに、仲良くしているわねえ。はい、おつまみ作ってきたわよ」 「お疲れ様」 持って来たのは、色とりどりのお重だ。 いくらか作り置きもあったのだろうが、よくもまあこの短時間でこれだけの品目を揃えることが出来たものである。 「じゃ、良也」 「おう」 僕は、酒瓶を開け、三妖精それぞれの酒盃に注いでいく。 僕の分は、ルナがお酌をしてくれた。 「それじゃ」 「うん」 「せーの」 『かんぱーい!』 器を合わせる。 ぐいぐい、と僕と妖精達は思う存分飲み食いし、 そこから先の記憶はあんまりない。 「こらっ」 「いて」 突然、頭に走った痛みに僕は目を覚ました。 半分寝ぼけている頭で昨日のことを思い出す。 「……あー、酔い潰れて寝ちゃったのか」 「帰ってこないと思ったら、妖精とこんなとこで呑んでたのね。まったく」 と、呆れて手を組んでいるのは霊夢だった。 多分、さっきは僕を起こすため蹴りでもくれてくれたのだろう。 「おはよう、霊夢」 「ええ、おはよう、良也さん。……で、なにそれ」 「それって……」 あ。 道理で重いと思ったら、サニーが僕の右腕、ルナが左腕、スターが腹をそれぞれ枕にしてやがる。 こいつら、一旦警戒解くとすぐ懐くんだよな……魔理沙相手にもそんな感じだったっけ。まあ、魔理沙は強さを恐れられてもいるから、ここまであけっぴろげにゃならないだろうが。 「ブンヤにこのネタ売れば、いい値段になりそうね……」 「やめてくれ。僕の評判がエライことになる」 僕の交友関係の中でも、こいつらは特に子供っぽいのだ。こんな風にしているところを記事にされたら、あらぬ誤解を招く。 「良也さんとしてはどうなのよ?」 「どうって、なにが」 「まんざらでもなさそうだけど?」 えー、そう見える? いやいや、ないない。せめて見た目はともかく、中身だけでも大人だったらギリギリセーフかもしれんが、こいつら外見も内面も揃って子供だもの。 「まあ、成長したら綺麗になるだろーが、それまでぜんっぜん興味ないな。つーか、妖精って成長すんの?」 「するわよ。まあ、若木が大木になるほどの時間がかかるけど。それまで自分を失ってなければね」 そーか。自然そのものだからな、妖精。人間と同じスパンじゃないのは、まあ当然か。 「じゃ、もし万が一成長したら、まあなるようになるかもしれん」 いや、それまでに僕、普通に他の女性とお付き合いするかも知れんけどね! 可能性はあるよ。あるよね? あるって言って欲しい。 「そう。……私の勘だと、多分そうなるわよ? それまで良也さんは女に縁なさそうだし」 「やめろ。嫌な予言を残すな、オイ」 いや、でも流石の霊夢でもそんな先のことを勘で言い当てたりできないだろう。 うん、大体、それまで今と同じようにこいつらと遊んでいるかもわからんし。 「はあ、じゃ、私は散歩中だから失礼するわ。良也さんは?」 「僕はもう少し寝る。こいつら起こすのも悪いし」 「あっそ」 と、霊夢はあっさりと去っていく。 しかし、成長したら、ねえ。 「……ねえな」 呑気な顔でぐーすか眠る三妖精を見て、僕は速攻でそう結論づけた。 なお、霊夢の予言より数百年の後。 結局、誰とも結婚などせずにぐーたらと過ごしていた僕は、幻想郷は博麗神社裏のミズナラの木――かつてのものより遥かにでかくなったそれに住み。 中身はさほどの成長はないものの、遺憾ながら見た目は美少女と呼べるようになった三妖精と一緒に暮らし、なんやかんやでなるようになってしまったのだが。 ――それは、今の僕には関係のない話である。 |
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