博麗神社の居間。
 太陽は中天に昇っており、まさにお昼時。

 ちゃぶ台の上には、煮物と味噌汁、漬物というシンプルなメニューの昼食が並んでいる。

 食べるのは僕、霊夢と、『食わせてくれー』と押しかけてきた魔理沙であった。

「んじゃ、いただきます」

 手を合わせるのは僕だけ。霊夢と魔理沙は、我先にとご飯をかっこみ始めている。

「良也、おかわり!」
「早すぎる。もうちょっと噛んで食え、魔理沙」
「へへ、固いこというなよ。いやぁ、中々美味いじゃないか」

 今日のメインである煮物は僕謹製である。出汁の引き方をちょっと変えてみたが、どうやら正解だったようだ。

 まあ、褒められて悪い気はしない。魔理沙から受け取った茶碗に、飯をどかんと盛りつけてやった。

「そういえば良也さん。今朝、魔理沙に話があるとか言ってなかったっけ」
「ああ、そうそう」
「ん? なんだなんだ?」

 そういや、ついこないだ決めたんだった。
 決心が鈍らないよう、博麗神社に来た時に霊夢に宣言したのだ。

「まあ、食事時に言うことでもないので、後でな」
「おいおい。気になるじゃないか。どうせ大したことじゃないんだ、さっさと言ってくれよ」

 む、と流石にちょっとカチンと来る。折角人が悩みに悩んだ末に出した答えだというのに。

「いや、僕的には大したことなんだよ。だから、後でちゃんとした場所でな」
「ほう。博麗神社はちゃんとしていない場所だと? なるほど……」
「良也さん?」

 霊夢がジト目でこちらを見てくる。……いやいや、違ぇよ!

「そ、そういうわけじゃないんだが……その、霊夢の前じゃな」
「まさか、魔理沙と組んで良からぬ異変でも企むつもりかしら」

 霊夢が濡れ衣も甚だしいことをのたまう。
 あー、もう! いいや、どうせ霊夢のことだ。隠してもすぐバレるだろ! というか、このまま話さないでいると、異変予防のためシバかれそうだ。

 僕は半ばヤケになりながら、居住まいを正す。

「それじゃあ……魔理沙。聞いて欲しいことがある」
「なんだ、改まって。あ、もしかして、霧雨魔法店に依頼かい? それなら、友達価格の二割増しで引き受けてやろうじゃないか」
「割増かよ!? ……いや、そうじゃなくてだな」

 けけ、と意地悪い笑顔を浮かべながら、茶を啜る魔理沙。……うむ、どうやらこいつには遠慮は無用のようだ。
 すぅ、と僕は深呼吸をして、隣にいる霊夢のことは一時忘れて、言葉を吐き出した。

「魔理沙、好きだ」
「……は?」
「だから、好きです」

 重ねて言う。こっ恥ずかしいってレベルじゃないが、しかし魔理沙については真正面から言うべきだと思う。

 羞恥を誤魔化すように味噌汁を啜る。……うむ、やはり出汁を変えて正解だ。

「あー……えっと、だな」

 流石の魔理沙もこの不意打ちには対応しきれないらしく、先程の僕の発言を自分の中で噛み砕くのに時間がかかっている様子だった。

 そうして、しばらく悩んだ後、僕の側に近寄り、

「……熱はないみたいだな」
「失敬な」

 僕の額に手を当て、神妙に頷いた。

「と、言うことは……酒か。おい、昼間っから呑むなんて羨ましいぞ。私にも分けろ」
「生憎、シラフなんだが」

 真顔で答える。僕は酔いはあまり顔に出ないタチだが、酒気を帯びているかどうかくらい、百錬練磨の呑兵衛である魔理沙ならわかるだろう。

 魔理沙は僕のことをよくよく観察し、天井を見上げ、こうのたまった。

「大変だ、霊夢。良也の奴が錯乱した」
「割といつものことじゃない」
「それもそうか」

 あっさり納得した魔理沙は食事に戻る。
 しばらく、無言の食事が続く。

「良也さん、おかわり」
「はいよ」

 霊夢のおかわりをよそう。
 そうして、魔理沙がご飯と味噌汁を二回ずつ、霊夢がご飯一回味噌汁二回、僕は二回ずつおかわりをし、昼食は終わった。

「おい、魔理沙。片付けくらい手伝ってけよ」
「へへ、悪いね、良也。丁度この時間、紅魔館の門番が入れ替わる時間なんだ。最近警備が厳しくなってきたから、この時間を狙わないと」
「パチュリー、そろそろマジギレするぞ」
「おう、そうなったら返り討ちにして、主のいない間に図書館を漁らせてもらうことにするさ」
「……って、いや待て! だから片付けを――」

 全てを言う前に、魔理沙は箒に跨って紅魔館の方向へかっ飛んでいく。

 やれやれ、と僕はため息をつくと、食器の片付けを始め、

「なあ、霊夢」
「なに?」
「……一応、伝わったんだよな?」
「知らないわよ」

 はあ、と霊夢は呆れたように肩を竦め、縁側へ食休みに向かった。

「いや、流石にお前は手伝えよ」

 僕の言は、当然のように無視された。

























 魔理沙のことが気になり始めたのはいつからだろうか。

 ――いや、気になる、と言えば最初に会った時から色々と気になってはいた。
 最初に会ったのは、確か宴会の席だったか。生霊時代、宴会で居場所のない僕に最初に話しかけてくれたのが魔理沙だった。

 その後も、危ないところを幾度と無く助けてもらって、色々と恩義を感じていた。
 まあ、事あるごとに奢らされたりして、貸し借りは通算ゼロ位だと思うのだが……それはともかく。

 僕にとって魔理沙は、頼りになるヒーロー的存在兼悪友といったところだった。

 しかし、間違っても女性として意識していたわけではない。美少女ではあるのだが、あまりにも男前すぎた。
 ……過去形である。いつから意識の変遷があったのか、我ながらまったくわからないのだが、いつの間にやら魔理沙を一人の女の子として見るようになっていた。

 まあ、そう考えると後は早い。
 明るく、付き合いやすい性格。やや直情的で、ちゃっかりさんなところは短所とも言えるが、それも愛嬌だ。それに、くるくる変わる表情は見ていて楽しい。

 いつの間にか、彼女を視線で追うようになっており、

 ……つい先日、思いを伝えることを決心したわけである。

























 ――で、

「いねぇし」

 一応、告白はしたと思ったんだが、冗談と思われていないか不安になったので、翌日僕は魔理沙の家を訪れた。
 そして、ドアを何度かノックしたのだが、反応がない。

「キノコでも取りに行ってるのか? それとも、またどっかの屋敷に借りパクに言ってんのか。博麗神社に行ってて、すれ違いになったとか、あるいは森近さんのとこ、ただの散歩、里で昼間っから呑んでる……」

 改めて考えてみると、魔理沙の行動範囲は幻想郷の人外の中でもかなり広い方だ。
 異変でもなければ、大体神社か里のどちらかにはいる霊夢とは大違いである。

「うーむ、どこに行ったんだ、魔理沙のやつ……」

 首をひねっていると、魔理沙の家の中からがちゃがちゃとなにやら物音がする。
 そうしてしばらくすると、家のドアが開き、魔理沙がのそっと現れた。

「……なんだ、良也じゃないか。ぉはょぅさん……」
「お、おい!?」

 寝ぼけ眼で出てきた魔理沙は、上はキャミソール、下はドロワーズという、人前に出るにあるまじき格好であった。
 いや、露出的には大したことないし、部屋着と言い張れる程度の格好ではあるのだが、客を出迎える服ではない。

「ふあ……あー、なんだ? まあ、上がれ……」
「いや、その前に格好を何とかしろ!」
「あー? ……まあいいじゃないか」
「僕は良くないんだよっ!」

 背を向けて、断固として着替えを要求する。

「面倒臭ぇなあ。はいはい、ちょっと待ってろ」

 家の中に戻った魔理沙を待つことしばし。再び玄関に出てきた魔理沙は、いつもの魔女風衣装に着替えていた。

「おう、良也。上がって、珈琲淹れてくれ、珈琲。まだ眠くて仕方ないんだよ」
「わかったわかった」

 魔理沙の家にお邪魔する。

 博麗神社程ではないが、何度か訪れたことのある魔理沙の部屋は……相変わらず惨憺たる有り様だった。

 ガラクタ集めが趣味の魔理沙のこと。部屋には所狭しと用途不明の物品が積み上げられ、さり気なく高位の魔導書が床に広がったままになっている。
 しかし、散らかってはいても別に汚れているわけではない。単純に、部屋の広さに対して物が多すぎるのだ。

 一応、最低限の生活空間は確保しているようなので、魔理沙の掃除能力がないというわけではないのだろうが……

「ガラクタ集めも程々にしとけよ」
「わーってるよ。そろそろ香霖とこに持ち込む予定だ」

 はあ、と溜息ひとつついて、魔理沙の家の台所に向かう。
 流石に、食べるものを作るところはちゃんとしているので、キッチンはそれなりに綺麗だ。

 前にも淹れさせられたので覚えている珈琲用品一式を取り出し、豆を挽き、ネルフィルターに入れる。
 薬缶で湯を沸かす時間も惜しいので、魔法で作った熱湯をちょっとずつ垂らす。珈琲はあまり経験がないので、適当になってしまうのは勘弁してもらおう。

 一応、自分の分も淹れて、マグカップ二つを手にリビングの魔理沙のところへ。

「ほい、お待た」
「あいよ、サンキュ」

 ふあ、と一度大きな欠伸をして、魔理沙が珈琲に口をつける。

「んぐ、ちょっと苦いな」
「眠たそうだから濃い目に淹れたんだよ」
「ふーん。まあいいや」

 ふーふーと冷ましながら飲む魔理沙と僕。

 しばらく、そうして珈琲を啜る時間が続き。

「で」

 と、魔理沙が切り出した。

「今日来たってことは、アレか。昨日言ってた件か」
「そうだよ。僕なりに本気だったんだ。冗談で流されちゃたまらんからな」

 じ、と魔理沙を見つめてみると、困った顔をされた。

「ん〜〜……どうトチ狂って私なのかがイマイチわからんが」
「安心しろ、僕にもよくわかっていない」
「お前、それはそれでどうなんだ。こう、私の美点に惚れ込んだんだろう」

 はて………………

「……美点?」
「よぅし、いい度胸だ」
「冗談だって」

 と、軽口を交わす。我ながら、告白した女の子に対する態度ではない気がするが、魔理沙相手にはこのくらいのやりとりが丁度いい。

「で、魔理沙。急かすようで悪いけど、返事は?」
「あ〜、なんだかなあ。お前は、悪い奴じゃないと思うが、男としてどうこうってのはな。昨日のあれからちと考えてみたが、今ン所はなしだ」
「今の所は、でいいんだな?」
「やけにポジティブだな、お前」

 いや、即座に切られると覚悟していたため、意外な好感触に驚かざるをえない。

「ちなみに聞くけど、こんな昼間まで寝こけてたのって」
「あー、そこ突っ込むか……。まあ、弾幕ごっこならいくらでも経験があるが、男女の仲となると私ゃ素人だからな。それなりに悩みもするさ」

 恥じらうわけでもなく、さっぱりと魔理沙が言う。

「どうしてそこで弾幕ごっこが比較になるのかはわからないんだけど」
「ん? そうか? 一対一のやりとりとなると、通じるところもあると思うが」
「通じるかい。大体、二対一とかも普通にあるだろ」
「恋にだって三角関係や重婚、ハーレムなんかがあると聞くが」

 む、確かに……いやいや、納得してはいけない。

「ま、私はまだまだ若いし、良也は不老不死だろ。もう少しのんびり行こうじゃないか」
「……お前、若いの? 初めて会った時から考えると、幻想郷の適齢期はそろそろなんじゃないか?」
「ん? はっは、何歳だと思う?」

 わからないから聞いてんだよ。

「とりあえず、それで今回の話は一旦締めだ。結論は出なさそうだしな」
「そうかい」

 まあ、多少は前向きなのかもしれない。それで今は満足するしかないか。

「いや……しかし、ここはそうだな。今まで、良也とは博麗神社や里で出くわすくらいだったし。会う機会は増やしたほうがいいと思わないか?」
「うん? ああ、それもそうかな」

 そうであるなら、僕はとても嬉しい。

「よし。どうだ、うちの魔法店の手伝いをしないか? なぁに、報酬は七:三でいいぞ」
「いや、いいけど……魔理沙の店って、どのくらい仕事あるんだ」
「これが中々ないんだよ。ったく、うちは街角の掃除から妖怪のねぐらへのカチコミまで、なんでも扱ってる店なんだがなぁ」
「依頼はどうやって受けているんだ?」
「そりゃあれだよ。里で歩いていると、たま〜に声かけられるんだ。まあ、本来ならうちに来てくれて直接頼んで欲しいところだがね」

 いや、この魔法の森に常人が来れるはずがない。瘴気で体やられるんだから。つーか、そもそも魔理沙はこの店にいないことも多いんだから、それで店に来てくれって言えないだろ。営業時間すら決めていないくせに。
 ていうか、その頻度。多分、店やってる事自体知らない人が多いんじゃないか?

 ……はあ。

「わかったよ。んじゃ、受付業務と宣伝は僕がやる。普段の菓子店と平行すりゃ、それなりに集まるだろ」
「お、いいのか?」
「でも、僕仕事が休みの日しか来れないから、それ以外の日はちゃんと動いてくれよ」
「大丈夫大丈夫。へへ、これで晩酌が増やせるかもな」

 とてもおっさん臭い。

「その増えた分の酒は、僕もご相伴に預からせてもらうぞ」
「おう、いいよ。そんなら、今日は霧雨魔法店の新たな従業員に乾杯と行くか」

 いそいそと、魔理沙はガラクタの山を漁って、酒瓶と酒器を二揃い取り出す。
 ……ちゃんとどこになにがあるかわかってるんだ。

「起き抜けに酒か」
「へへ、いいじゃないか」
「いいけどな」

 魔理沙に一献注いでもらって、僕も魔理沙の盃に酌をする。
 軽く器を合わせ、ぐいっと煽った。

「惚れた女からの酌だ。いつもより美味いだろう、良也?」
「そういうのは自分で言わない方がいいと思うぞ。……いや、確かに魔理沙の酌で、いつもより美味しいけどさ」
「お、おう、そうか」

 ニヤニヤとからかうように魔理沙が言ってくるが、カウンターをかけると戸惑ったようにどもって、魔理沙も酒を傾ける。
 ……自分で言うならともかく、こっちから言うことに対する反応は慣れていない感じだ。昨日まではそんな反応は絶対に見られなかったのだから、少しは告白した後、意識してくれるようになったらしい。

「こいつ。ええい、呑め呑め。今日はとことん呑むぞ」
「ええ?」

 まだ半分くらいしか空けていない所に、酒が追加で注がれる。

「つまみは?」
「茸をミニ八卦炉で炙ってやればいいだろ」

 魔理沙は台所に向かうと、大きめの籠いっぱいの茸と七輪を持ってくる。
 炭の代わりに八卦炉を設置し、準備完了。

「食材と道具は私が出したんだから、ミニ八卦炉への魔力供給は良也担当な」
「わかったわかった」

 ミニ八卦炉をコンロ代わりに、七輪に並べた茸を醤油や塩でいただき、酒を呑む。

 ――新しい幻想郷の日々が始まる日。その日の酒は、忘れ得ないものになった。



























 ――霧雨魔法店、土樹菓子店出張所はじめました。

 外のパソコンで印字したプリントを一枚、立て札に貼り付けて、いつもの菓子店を開店する。

「へっへ、これで仕事が入れ食いってわけか」
「そんなわけあるか。お前、里での仕事の実績殆ど無いだろ? 最初から大繁盛なんてそうそうないって」

 僕の菓子店の後ろでニヤついている魔理沙に釘を刺しておく。
 まあ、魔理沙の魔法の腕は妖怪退治や天狗の書いた異変の記事やらで知れ渡っているので、まったくないというわけではないだろうが、最初の期待はほどほどにしておいた方がいい。

 しかし、既に魔理沙はお金に埋もれる自分を想像しているらしく、どこで飲み食いしようかの算段を立てていた。
 まさに取らぬ狸の皮算用である。

「おーい、土樹、あめ玉一袋くれ」
「はいはい。どれがいいですか?」
「そこのシュワシュワするやつで。……っと、後、なんだこりゃ。霧雨……?」

 常連の一人であるおっちゃんが、いつも買う飴を購入した後、立て札に気付く。
 それ来た、と魔理沙が顔を上げ、

「あー、なんだ。霧雨店と提携したのか? ほんじゃ、今度茶碗買いに行くから、いいの見繕っといてくれって伝えてくれ」

 あ、勘違いされてる。

「おっちゃんおっちゃん。霧雨魔法店は里の大店の方じゃなくて、こっちの魔理沙の店」
「あん?」

 魔理沙の実家の方と勘違いされた。
 いや、確かに、この人里において霧雨を冠する店と言えば、まず出てくるのは道具屋の方だった。

 魔理沙の実家らしいが、勘当されているそうで、関係はよく知らない。まあ、魔理沙が勘当された……というと、理由についてはいくつも予想はできるのだが。

「ええと、魔法使いの嬢ちゃんだったな。なんだ、魔法店って? 魔法の薬でも出してくれるのかい?」
「よく聞いてくれた!」

 道具屋の方と勘違いされて、少し機嫌が悪そうだった魔理沙が勢い良く立ち上がり、口火を切る。

「何でも屋、霧雨魔法店。まあ、要するに、魔法を使ってなんでも手助けしてやるって店だ! 失せ物探しから異変のプロデュースまで、なんでもござれだぜ!」
「い、異変のぷろでゅーす?」
「お? お宅、異変に興味があるかい? 今なら特価で異変を起こすところから解決まで、私が手伝ってやるよ。私は黒幕の前の護衛ポジションな!」

 ぶるんぶるん、とおっちゃんは首を振った。

「い、いやいい! そんな物騒なのは勘弁だ!」

 逃げるようにおっちゃんが去って行く。
 ……そりゃなあ。異変って言うと、妖怪の大暴れなイメージが強い(そして実際その通り)ので、普通の人間であるおっちゃんはおっかないというイメージしかなかろう。外から見るならまだしも、自分が参加したいとは思わないはずだ。

 そして、演説していた魔理沙は、去って行くおっちゃんを見送り、一言。

「……解せん」
「そこは解せよ」
「だって、異変を起こせるんだぜ? 私は解決したい方だからわざわざ自分で起こしたりしないけど、お膳立てしてやるから首謀者やれって言われたら頷くかもしれないし」
「お前はわざわざ霊夢にボコられる趣味でもあるのか」
「うーん」

 駄目だ、魔理沙は里の人間への営業にまるで向いていない。

「僕が話すから、魔理沙はそこでステイな」
「はいよ。本でも読んでる」

 と、魔理沙は帽子の中から分厚いハードカバーを取り出す。

「……それ、僕のもしかしなくてもパチュリーの図書館にあったやつじゃ」
「お目が高いな。まさにその通りだ」

 そりゃ著者名がパチュリー・ノーレッジになってるんだもん。
 ……まあ、いつものことだけど。

「さて、と」

 魔理沙が本を読んでいる間に、僕は営業をかけていく。

「ええ、ですから、魔法を仕える便利屋、みたいなものです。空を飛べるっていうだけでも、屋根の修理なんかには便利ですから」

 菓子店の方には結構人が来るので、僕の説明にも熱が入る。

「専門知識が必要なところは無理ですけど、大工さんでしたら整地の時の岩の撤去なんかは一瞬で済みますし……」
「ああ、そりゃぁ助かる。丁度でかい岩があってな」

 と、大工のおやっさん。

「あ、畑の新しい水路を掘るのも簡単にできますよ。掘るだけならすぐ、きちんとしたものにしようとすると、それなりですが」
「荒く溝作ってくれるだけでも随分ありがたいな。よし、検討してみるよ」
「あと、勿論収穫の方も――」

 畑仕事がメインの人にはこんな提案を、

「宴会の余興に花火なんかどうでしょうか? 準備いらずの魔法式花火です。本物には敵わないけど結構綺麗ですよ」
「む……余興もマンネリだし、うーん……値段は?」

 こんなことも言ってみたり、

「あ、一人で行くのが危険な博麗神社への護衛も引き受け……」
『それはいい』

 複数の人の返事がハモった。……霊夢、すまん。ついでにお前んトコの宣伝もしてやろうと思ったが、無理っぽい。

 と、そんなこんなで営業した結果、

「検討待ちが六件、確定の仕事が四件取れたぞ」
「おう、ちょっと見せてくれ」

 依頼を書き付けたノートを魔理沙に見せる。確定したものは、瓦礫の撤去、最近悪戯の多い妖精の懲らしめ、新しい畑の開墾、迷いの竹林までの護衛、となっている。
 値付けは店長たる魔理沙の領分だが、大体の基準はこの前決めておいたので、僕の方で付けた。

「おおー、そんなに取れたか。いや、流石は私。良也に目を付けたのは間違いじゃなかったな」
「……目を付けたのは僕の方が先だった気がするが」

 あなたに首ったけな意味で。

「む、まあいいじゃないか」
「いいけどな。で、どういう分担にする? 僕は今日明日しか動けないけど」

 明後日からは僕は仕事がある。

「そうだな……それじゃあ、開墾頼む。私はこういうのは苦手だ」
「出来ないわけじゃないだろ……まあ、了解」
「検討待ちって言ってた方は?」
「また来週、僕が来た時に依頼するにしろしないにしろ、伝えてくれるってさ」
「私んちに来ればいいのに」
「だから、魔法の森は一般人には無理だろ……」

 さて、と。

「まあ、さっさと行って片付けてくる。そっちは頼んだ」
「あいよ。仕事終わったら私んちな。仕事終わりに一杯やろうぜ」

 またかよ。いや、呑むけどさ。

「はいはい。……それじゃあ」
「ああ、霧雨魔法店、始動だ!」

 僕と魔理沙は、それぞれの現場に向かう。

 さて……頑張るか。































 その日から、霧雨魔法店の名前は里で徐々に認識されていくことになる。
 僕が動けるのは教師業が休みの日だけだが、平日は魔理沙が動く。意外と仕事には真摯らしく、評判は結構良い。

 半年もする頃には、随分と商売も軌道に乗っており、僕が幻想郷に来て一働きした後、魔理沙の家で呑むのも毎回恒例となっていた。
 宴会がない場合、仕事終わりに色々と買い込んで、サシで呑むことにしている。

 そんなわけで、今日も今日とて、魔理沙と差し向かいで飲み会を始めていた。

「おつかれさ〜ん」
「お疲れ」

 チン、とグラスを交わす。
 今日は里でも数少ない、洋酒を仕込んでいる酒造から買ってきたウイスキーだ。

 僕が霧雨魔法店の従業員として働いた報酬は、大体がこうして飲み会の費用として消費される。幻想郷での小遣いは普段の菓子店の売上で十分過ぎるので、こういった形となっていた。

「……っ、くぅ〜、美味い」
「おい、度数高いんだからストレートで一気するなよ」

 ウイスキーはそういう飲み方する酒じゃねぇ。

「わかってるよ、二杯目からはちびちびやるから」
「体に悪いぞ……お前、まだ体は普通の人間なんだから自重しとけ」

 言ってから、普……通……? と思ったが、まあ自愛するに越したことはないだろう。

「なんだよ。お前は私のお母さんか」
「違う。お前の恋人志望だ」

 ぶふっ、と魔理沙が吹き出す。

「……なんだ、動揺くらいはしてくれるようになってくれたのか」
「けほっ……ち、違っ……今のは、いきなり過ぎて、むせただけだ!」

 ハンカチを取り出して魔理沙に渡すと、魔理沙はそれで顔をゴシゴシと拭いた。……もうちょっと、乙女らしくさあ。

「あー、ったく。一気に酔いが回った気がする。……っていうか、覚えてたのか、お前」
「魔理沙、あのね。生憎と好きな相手のことを忘れるほど耄碌した覚えはないぞ」
「いや、そうじゃなくてさ」

 あー、と魔理沙が頭を掻いて、

「私ゃ、これだぜ? 自分で言うのも何だが、あんまり男好きはしないだろ」
「そんなことはないと思うけどな」

 まあ、幻想郷の男の理想形であるザ・大和撫子という感じではないのは確かだ。後、外見は十分美少女と言っていいが、その、なんと言ったらいいのか、ぶっちゃけ発育もイマイt……ぶはっ!?

「な、なにをする!?」
「お前、今私の胸辺りを見てなにを思った?」

 いきなり箒で叩かれて抗議するが、あまりに的確でぐぅの音も出ない指摘を受けて沈黙する。

「ったく……まあ、そんなわけだ。実際、今まで男に口説かれたことなんてなかったからな。付き合いが増えた分、とっくに冷めたものだと思ってたんだよ」
「見る目がねぇな、みんな」

 くい、とウイスキーを傾ける。

「まあ、確かに。魔理沙は、みんなが好きそうな可愛らしい女の子って言うより、格好良いって感じだな」
「だろ?」
「でも、お前はいい女だよ。うん」

 我ながら女性に対して積極的とは言い難い僕が、こんなにも夢中にさせられたほど。

「そうかね」
「そうだよ」

 勿論、短所も多い。というか、指折り数えると良い所より悪い所の方が多い気がするが……いや、そういうのにはほら、お目目をクローズして。

「それに、魔理沙といると楽しいからな」
「それって、友達に言うことじゃないか?」
「男女の仲でも重要さ。多分」

 きっと、な。

「ふーん」

 魔理沙が意味深に呟き、手酌でおかわりを注ぐ。

「……ま、もっかい乾杯だな。良也のこっ恥ずかしい告白に、乾杯」
「改めて言うな。すげぇいたたまれない……」

 グラスを掲げる魔理沙に、勢いに任せて気障なことを言ってしまった僕も、内心悶えながらグラスを手に取る。

 チーン、と、今度の乾杯の音はさっきより澄んで聞こえた。





























「あー、ちっと呑み過ぎた……」
「おいおい、大丈夫か」

 珍しくしこたま酔った魔理沙に肩を貸しながら、寝室に向かう。

「あー、そういえば、良也。言い忘れてた」
「なんだよ。水、もう一杯か?」
「違う違う。この前さぁ、親父に呼び止められてな」

 魔理沙の父親。里の道具屋、霧雨店の主人だ。僕も面識はあるが、魔理沙のことについては話したことはない。なにがあったか知らないが、勘当されている魔理沙のことを聞くのは憚られた。

「何の用だったんだ?」
「霧雨魔法店の名前が広まってて、道具屋の方と勘違いする客が増えてるとか、文句言われたよ」
「うわ、確かに。そこはフォロー忘れてた」

 確かに、『魔法』が付くか付かないかだけだから、間違える人もいるだろう。

「後で謝っとかないとな」
「ほっとけほっとけ。で、もう一つ要件があってな。跡継ぎの話。私がいなくなったからな。今、親父の跡継ぎいねぇんだ、あそこ」

 ああ、それ、幻想郷じゃ結構重要だなあ。基本、長子が家業を継ぐ前時代的な価値観だし。それでも、本人が強く希望すれば別の道を選択できる辺り、割と適当だが。

「私のことはいいから、"子供"はウチにくれ、って。そういう話だった」
「うわ、それは……」

 僕の価値観が平成だからか、親が強権的に孫を取り上げるのはちょっと……と、思う。

「なあ? 私達の子供は立派な魔法使いになるべきだと思わないか?」
「魔法使いねえ。……魔理沙の子供だから才能はあるんだろうけど、子供には自分で進路決めさせてやったほうがいいんじゃないか?」
「うぷ……そうだな。まあ、ずっと先の話だ……」

 うわ、吐きそうになってんじゃないよ。いくら惚れた女のでも、ゲロの処分はしたくないぞ。

「ほら、ベッドでおとなしくしとけ。僕はいつも通り、居間のソファ借りて寝るから」
「そうする……」

 はあ、やれやれだ。

 僕は溜息を付きながら、魔理沙をベッドに横にさせ、寝室を後にした。

「子供ねえ。魔理沙の……」

 そこで、魔理沙よりマシとは言え、酔いの回っている頭が先程の言葉を反芻する。

『私達の子供は立派な魔法使いに――』

 私の、ではなく、私達の……んん?

「えーと、あれ?」

 なにかとてつもなく僕に都合の良い言葉だったような。

 い、いや落ち着け。僕にそんな都合の良い展開が訪れるなんて、そんなうまい話があるはずがない。
 で、でも……う、う、う、

「うひょー!」
「ウルセェ!」

 魔理沙の星形の魔弾が寝室を出たばかりの僕の頭を撃ち抜き、僕は酔いもあってそのまま気絶。
 翌朝まで、廊下で寝こける羽目になった。



























「いらっしゃい。土樹菓子店兼霧雨魔法店出張所へようこそ」
「魔法の御用ならうちにおまかせだ!」

 その後も、魔理沙と僕は、長らく魔法店を営業することになる。

 相変わらず、道具屋の方と間違えるお客さんがいるが、しばらくは見逃してもらいたい。
 そのうち姓が変わって、土樹魔法店になると思うから。

「……あ、いや。でも、キャラ的に、どっちかっつーと僕が婿入りする立場か?」
「良也、サボってんなよ」

 ゴツン、と箒の柄で小突かれる。

 ……うん、まあ。早すぎる話か。そん時考えよ。



戻る?