「しかし、随分儲かってるみたいねえ」

 と、博麗神社にて、霊夢が僕達を見て言った。
 僕と魔理沙は、本日も霧雨魔法店の仕事をこなした後、酒と食べ物を里で買い込んできたのだ。

「へっへ、たまには飲みに霊夢も混ぜてやろうって、良也がな」
「景気のいい話でなによりだわ。そんなに羽振りがいいんだったら、そっちの賽銭箱にいくらか入れてくれてもいいのよ?」
「おおっと。悪いが私は神様なんてのに頼る気はさらさらないんでね。無駄金は使わない主義だ」

 と、魔理沙は胸を張って言う。霊夢も別に期待はしていなかったのか、肩をすくめて『あっそ』と溜息を付いた。

「ところで、奢ってくれるなら大歓迎だけど、私がアンタ達の間に入ってよかったの?」
「いやあ、別に魔理沙と色気のある話に発展はしていないしなあ」

 霊夢が珍しい気遣いを見せるが、生憎とそんな心配をするような出来事はこれまで一度も起こっていない。幻想郷の人妖達には、一応僕達は付き合っている……っぽい? と認識されてはいるのだが、恋人らしいことは今までなかった。ていういか、僕自身も付き合っている扱いでいいのかどうか未だに悩んでいる。

 毎週二人で呑んでいるため、下世話な連中からはもう色々とやることやってると疑われたが、きっぱりと否定させてもらった。
 ……なんもやってねーよ、と弁解した時、疑っていた奴らが揃って『へー』となんか生暖かい目で納得していたのは、今ひとつ腑に落ちないが。

「なんだ。良也はそういうことしたいのか?」
「……まあ、否定はしない」

 悪戯っぽく笑う魔理沙は、懐から符を取り出して、

「じゃ、色気のある話ってことで、色とりどりの弾幕をご馳走しようか?」
「さて、と。つまみ作るから、台所借りるぞ。霊夢、タダで飲み食い出来るんだから、料理くらい手伝え」

 くわばらくわばら。

 心のなかでつぶやきながら、僕は台所に向かう。霊夢も、今日はちゃんと手伝ってくれる気なのか、ちゃんと付いてきてくれた。

 まあ、酒のつまみ作りは僕も手慣れたもの。
 ものの三十分ほどで一通りの調理を済ませ、小さな酒宴と相成った。

 僕、魔理沙、霊夢の三人は、ちゃぶ台を囲んで乾杯する。

 そうして、程よく酒も回った頃。

「でぇ、実際のトコ、どうなのよ」
「どうって、なにが?」

 唐突にこんなことを言った霊夢に、僕はなんのことかわからず問い返した。

「いや、いつ結納するのかなあ、って」
「気ぃ早過ぎるだろ。今のところ、そんな予定はない」

 大体、魔理沙に告白してまだ半年と経っていないのだ。そのような話に進展するのは早過ぎる。
 ……いや、幻想郷の常識的には、僕の年齢でこのペースは遅い方なのかもしれないが。

「良也、おかわり」
「はいよ」

 隣の魔理沙が無造作に盃を出してきたので、僕は酒瓶を手に取り注いでやる。

「ちょっと、魔理沙。あんたもさ。自分は関係ないって顔してないで、聞かせなさいよ」
「ええい、五月蝿いなあ。お前、そんなゴシップ好きだっけ、霊夢」
「勿論、嫌いじゃないわよ。他人の恋愛事なんて最高の娯楽だもの」

 うわ、出歯亀を隠すつもりがないよ、この巫女。
 魔理沙はうんざりした様子で盃を傾ける。……っとっと、

「おい、魔理沙。体重かけすぎだ」
「あ〜、楽だからなあ。もうちょっと頑張れ」
「ていうか、片手が使えないんだが」
「右手使えりゃ十分だろ」
「食べにくいし、呑みにくいっつーの」

 はあ、と僕は呆れて隣の魔理沙を睨む。

 こいつ、酒呑んで身体がだるいからって、僕を座椅子代わりにしているのだ。
 僕の左腕に背中を預け、行儀悪く飲み食いしている。

「――で、もう一つ、前段階のこと聞くけど。あんたら、まだ付き合っていないの? 付き合ってるの?」
「しつっこいなあ。私は今のところそのつもりはないぜ。一応な」

 あ、そうなんだ。……ちっ。

「っていうことらしいぞ、霊夢。まー、僕はいつでも受け入れる準備はできているんだが」
「ほー。ならもうちょっといい男になるんだな」
「いい男って……具体的な条件を挙げてくれ」
「馬っ鹿、それは自分で考えるもんだぜ。なんでも私に聞こうってのは甘えだな。良也」

 ぐい、ともう呑んでしまったらしく、魔理沙が無言で盃を差し出す。

「……魔理沙。お前、これは甘えではないとでも言うつもりか」
「はっは。女の甘えは、このくらいなら愛嬌だろう? 男が情けないこと言うもんじゃない」
「男女差別反対」
「ああ? 男女は違うもんだろうが。別の扱いをしてなにが悪い」

 魔理沙は悪びれもせず、さっさとしろと急かしてくる。僕は溜息一つ、酌をしてやった。

「おう、っとっと。んん、美味い」

 僕にもたれかかった不安定な姿勢のまま、慎重に盃を口に運び、溢れそうだった酒をギリギリのところで魔理沙は啜る。
 ……皆さん、これ、僕の好きな人なんですけど。

「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 突然、霊夢が長い長い溜息をつく。その顔は呆れの色を濃くしており、酔っているせいか目付きも悪くなっているので、なんか怖かった。

「ど、どうした霊夢? 変な酔い方でもしたか? 水出してやろうか?」
「おう、良也。なら私にも一杯和らぎ水くれ。冷やしてな」
「ああ、もう」

 遠慮無く会話に入ってくる魔理沙に、用意していたコップに魔法で生み出した水と氷を入れて渡してやる。
 一口、口の中をリセットするために水を含み、魔理沙は再び旺盛な食欲を見せ始めた。

「……霊夢は?」
「いらない」

 ぱたぱたと手を振って、据わった目つきで酒を呑む霊夢。
 な、なんだろう。とっても責められている気がしてならない。

「まあ、勝手にすれば?」
「はあ……」

 なにを? と聞き返すことも出来ない有無を言わせぬ口調で霊夢の言った言葉に、僕は曖昧に頷くしかなかったのである。



























 ――さて、今日も今日とて仕事だ。

 僕の菓子店で宣伝した甲斐があり、今や霧雨魔法店は大繁盛――とまではいかずとも、二、三日に一つくらいの仕事は定期的に舞い込んでくるようになっている。

 そして、今日の依頼人は珍しい人物。紅魔館に住まう七曜の魔女、パチュリーだった。

「……改めて聞くが、今日の用件は何だ?」

 仕事内容はこっちに来てから説明するから、と、胡散臭い依頼ではあったものの、破格の依頼料に釣られてやって来た魔理沙が、警戒もあらわに問いかけた。
 それも仕方あるまい。魔理沙とて、自分がパチュリーの不興を散々買い叩いてきたのは自覚しているだろう。罠かと疑うのはむしろ自然だ。

「別に、そう身構える必要はないわよ。ちょっとした魔法の実験でね。手伝いが欲しかっただけ。良也は弟子だからタダでこき使えるけど、貴方は一応、盗人とは言え一人の魔法使いだからね。お金で雇えるなら安いものだわ」

 パチュリーが気負いなくそう言うのを聞いて、魔理沙も緊張を解く。

「なんだ、そういうことか」
「ええ。貴方のことは今ひとつ信用できなかったけど、仕事ぶりは中々だと聞いたからね。正式に依頼させてもらったわ」

 ああ、ちゃんと魔法店としての実績を積んだからこそ依頼してきたわけか。
 確かに、そういう実績がなかった場合、魔理沙の信用などあってないようなものだろうな。泥棒だし。

 僕もこれが魔理沙を誘き出して包囲殲滅するパチュリーの計略でないことがわかって安心した。弟子が一緒にいようと関係なく攻撃してくるだろうしな。

「そういうことなら、別に依頼内容を隠す必要なかっただろうに。ていうか、僕役に立つのか? パチュリーのやってるレベルのことで」
「まあ、貴方の言う通り、隠す意味は無いんだけどね。小悪魔から依頼させたでしょ? わざわざあの子に言わせると、セクハラじゃない。後、良也でも大丈夫よ。機能しているなら。……してるわよね?」

 んん? なんか不穏な気配がしてきたぞ。せ、セクハラ?

「はいこれ」

 と、パチュリーから二つの瓶を手渡された。蓋には呪印が刻まれており、なんとか読み取れたところによると、封印系の効果があるっぽい。

「なんだこれ? つーか、いい加減、なにするか説明してくれよ」
「なにって……貴方達の精液と愛液が欲しいのよ。それぞれ瓶に入れて頂戴ね。……ああ、心配しなくても、紅魔館の一室を使えるよう計らってあるから」

 …………え、ええと、

「は、はあ!?」
「なに? 魔法使いの体液をもらうのに、あの依頼料じゃ安かった? 確かに、良也の分は弟子として割り引いてるけど」
「そういうことじゃねえよ!」

 なにを言い出すんだこの引き篭もり!?
 純粋過ぎる魔法使いのパチュリーは、事こういうことに関しては羞恥心なんて持っちゃいないのは知っていたが、まさか臆面もなくこんなこと言い出すとは思っていなかった。

 いや、確かに性交時は生命力に溢れてて、その時のごにょごにょ……は、色々使える素材になるだろうが。

 さっきセクハラがどうとか言ってたが、これがセクハラ以外のなんだと言うんだ!
 ……ほら、魔理沙キレてるし!

「ははぁん、パチュリー。どうやらお前、私に喧嘩を売っているな?」
「? なんのこと。貴女の魔法の秘密に関わることでもないでしょう」

 こ、この女。魔理沙がどうして怒っているのか、欠片も理解してねえ。魔法を金に変えているのだから、このくらい当たり前くらいに思っていそうだ。

「待て、落ち着け魔理沙。パチュリーに悪気はない。多分」
「わかってる、わかってるんだけどな」

 僕は魔理沙の肩を抑え、説得にかかる。
 ふ、ふ、ふ、と笑う今の魔理沙は、触れれば爆発しかねない危うさがあった。

 僕達の様子にパチュリーはようやく察したのか、僕と魔理沙をそれぞれ見比べ、

「………………もしかして、貴方達、まだ?」
「当たり前だろ!」

 魔理沙が顔を赤くして叫ぶ。
 この辺り、長年生きているパチュリーに比べると、魔理沙は初心なところもあるんだなあ、と当たり前の事実を僕は再認識した。

 後、こう言っちゃ何だが、なんか可愛いな、こういう反応見ると。

 ほけー、と僕は照れ怒る魔理沙をニマニマしながら観察する。

 まあ、ここで止まってればまだ笑い話で済んだかもしれない。しかし、次の瞬間、パチュリーはとんでもないことを口走った。

「……破瓜の血は高値で買うわよ?」
「よし、ぶっ殺す」

 一切の躊躇なく、魔理沙がミニ八卦炉を取り出した。
 僕は無言で無数の本棚の影に身を隠す。

 その様子に、なぜ怒っているのかわからないパチュリーは慌て始めた。

「ちょ、良也! 逃げてないで、貴方、これ止めなさいよ! ていうか、なんだっていうのよ!」
「すまん、パチュリー。僕には無理だ。後、流石にこれは自業自得だと思う」

 どっかんどっかんと図書館で弾幕ごっこが始まり、

 僕は溜息を付いて、図書館の奥の方に避難するのだった。

































 紅魔館から脱出し、帰途についている間にも、魔理沙は怒りが収まらないのか、ぷりぷりと愚痴を言っていた。

「ったく、パチュリーの奴め。とんだ嫌がらせだったな」
「まあ、そうだけど……お前、その脇に抱えた大量の本は……」
「慰謝料だ。まったく、私は心に深い傷を負ったぜ」

 怒りのパワーでいつもより三割増しの弾幕をぶっ放していた魔理沙は、パチュリーをけちょんけちょんにノした後、もののついでとばかりに魔導書を強奪していた。
 ……まあ、それとなく後で返しておこう。魔理沙、一度読んだら大体覚えちまうし。

「ったく。パチュリーめ、なにが……」

 文句を言い募ろうとした魔理沙だが、パチュリーの要求したものを口に出すことは恥ずかしいのか、途中で言葉が切れた。

「……まあ、そーゆーのはまだ早いな。僕も、今は考えてないし」
「そうそう、それそれ」

 我が意を得たりと言った風に魔理沙が追従する。

 さて、これは僕の言葉の『まだ』というニュアンスに気付いているのか、いないのか。突っつくとえらい目に遭いそうだし、スルー安定かなあ。

「さてっと。今日はもう一件仕事入ってたよな? 森近さんとこだっけ」
「ああ。香霖の奴、店の整理を依頼してきたんだよ」

 あの店は店主が物を売る気があんまりないため、商品が増える一方だしなあ。
 あの混沌とした店の整理は一人じゃキツいか。

「あ、そうだ。私の家、先に寄ろう。ウチも拾ってきたガラクタが増えてきてるし、この機会に香霖に引き取ってもらえば一石二鳥だ」
「……ああ、そう」
「当然、手伝ってくれるよな?」

 はいはい、と僕は諦めの境地で頷く。

 ……しかし、またなにかとんでもないものを集めてたりしないだろうな。
 伝説級の品々を無意識に拾ってる魔理沙の前科は、枚挙に暇がない。

 今度はなにが出てくるんだろう、と悩んでいるうちに魔理沙の家に到着した。

「んじゃ、お邪魔しまーす」
「おう、邪魔しろ邪魔しろ」

 もう何度も来ているからわかっていたのだが、相変わらず乱雑な家だ。
 廊下なんて、今や人一人が通れる隙間すらない。天井までは埋まっていないので飛んで移動するが、飛べない人間は住めないな、この家。

「……で、どれを運ぶんだ」
「いや、一応廊下に出してるのがいらないやつだ。片っ端から持って行こう」
「二、三往復じゃすまないぞ、これ」

 全部香霖堂に持って行こうと思ったら、それなりの時間がかかるだろう。

「なに。私の箒で纏めて運べばそんなに時間はかからないさ」
「箒折れないのか?」
「これでも結構強化してるんだぜ。荷物の数トンくらいじゃびくともしないさ」

 本当、地味に凄いから困る。
 まあ、そういうことならとロープで荷物を縛り、魔理沙の箒にくくりつけていく。

 途中、ガラクタの中から輪っかが出てきた。錬金術を学んだ関係で、鉱物についての知識も少しは仕入れた僕は、それが『真鍮と鉄』でできているとわかった。
 思わず固まってそれを見ていた僕を魔理沙が見咎め、

「ああ、それか? 指輪だと思うんだけど、私の指のサイズには合わなくてさ。まあ、宝石の一つも付いてない安物だけど、欲しいんだったらやるぜ?」

 ぶんぶんぶん、と僕は首を振った。
 こんなもん、頼まれたって欲しくはない。どうせ相応しい人じゃないと使えない類の道具だろうし、これを手に入れた人が発狂したとかいう話も聞いた覚えがある。それに、パチュリーにこれ付けてる所見られたら、手首ごと切り落とされて強奪されかねない。

 ……こういうのは、道具屋の片隅で人知れず眠っているべきだ、うん。

 そうして、いくつか驚愕する物品があったものの、僕は見ないふりをして香霖堂に運び込んだ。……うん、ああいうのは無視するのが最上だ。





































 ガラクタを香霖堂に運びこんだ後、森近さんが鑑定している間に店の整理を始める。
 整理を進めていると、何度かガラクタを鑑定している森近さんの肩がビクッと反応することがあったが、幸いにして魔理沙は気付かなかった。

「香霖。一通り終わったけど、整理つっても限界があるぞ。積むのも限界だ」
「あ、ああ。それなら、そっちのやつは裏の倉庫まで持って行ってくれ。君の持ってきたガラクタも、店頭に置く奴以外は一緒にね」
「おいおい、ガラクタとは失礼なやつだな。せっかく譲ってやったのに」
「はいはい。ツケについては今日の仕事とこれでチャラにしといてあげるから、さっさとしてくれ」

 魔理沙は口ではこう言っているものの、相当溜め込んでいたであろうツケがタダになるとあって、ウキウキした表情で荷物を運びにかかる。
 魔力強化した彼女は、大の男が二人がかりでも難儀しそうな荷物も手荷物感覚で持ち運びする。

 手伝おうとした僕は、特に運ぶべきものが残っていないことに気付いて、頬をかいた。

「やれやれ……ああ、良也くん。座ったらどうだい? 今、お茶を淹れよう」
「はい、ありがとうございます」

 お言葉に甘える事にして、手近な椅子を引き寄せて腰を下ろす。
 僕も筋力を強化して商品整理に臨んだが、やはり魔理沙程楽々というわけにはいかず、全身が疲労で重かった。多分、明日か明後日には筋肉痛が襲いかかってくるだろう。

「いや、しかし。初めてあの子に仕事を頼んだけど、意外と真面目にやるもんだね」
「知り合いからの依頼だと、みんなそう言いますね。魔理沙、あれで案外律儀なんですよ」

 お茶を淹れながら世間話を振ってきた森近さんに、苦笑して答える。

「それは僕も知っていたけどね。ああもわかりやすく表れるのは初めてかな」

 ああ、そりゃ知ってるか。魔理沙との付き合いの長さで言えば、森近さんは僕よりずっと長い。そのことに嫉妬……は感じないな。この人、まるきり兄ポジションだし。

「君と付き合い始めた、と聞いたけど、その影響かな」

 はい、とお茶を僕に手渡しながら、森近さんが意地悪げに聞いてきた。

「……いや、それは関係ないと思いますけどね。大体、まだ正式に付き合ってるってわけじゃないですし」
「おや。君のことだから、照れて誤魔化すかとも思ったけど」
「恥ずかしいことは恥ずかしいですけど、からかわれるのはよくありますからね」

 ずず、と頂いたお茶を啜りながら僕は反論する。
 いや、宴会のたびに暇人どもからよく言われるのだ、実際。んで、毎回こんな感じで否定して、なにやら生暖かい視線を向けられるまでがセットだ。

「しかし、本当にまだ付き合っていないのかい? 随分と距離が近くなっているな、と思ったけど」
「? そうですか」

 それは全然意識していなかった。
 いや、魔理沙も多少は意識してくれてはいると思う。なにぜ僕、思い切り告白したし、今もたまには好きって言ってるし。

 しかし、だからと言って魔理沙の方も僕のことを……と考えるのはあまりに楽観が過ぎる。

 距離が近くなったというのなら、あれだ。

「まあ、一緒に仕事してますからね」
「そういうのとは、ちょっと違うと思うけど。いや、これは僕が言うことでもないかな」

 森近さんは苦笑して、自分の分のお茶を飲む。

 と、その辺りでどたどたとやかましい足音を立てながら魔理沙が戻ってきた。

「おう、香霖。仕事終わったぜ――と、なんだ、お前ら。イイもん飲んでるな」
「はいはい。魔理沙の分もすぐ淹れるから、ちょっと待ってなよ」
「うーん、いや、私も喉乾いたし、なあ?」

 と、魔理沙は僕に視線を向けてくる。

「……わかったよ。ほれ」
「おう、サンキュ」

 僕は自分の分のお茶を魔理沙に渡す。立ったまま一口お茶を含んで、魔理沙はニカッと笑った。

「うん、いい熱さだ。私のためにぬるくしておいてくれるとは、やるな良也」
「いや、別にお前のためじゃないからな。ほれ、椅子」

 立ちっぱなしは行儀が悪い。僕は店内にある椅子をもう一つ引き寄せて、魔理沙に座るよう促す。

「うむ、苦しゅうない」
「……椅子蹴っ飛ばすぞ、この野郎」

 あまりに偉そうなので言うだけ言ってみるが、魔理沙は僕がそんなことしないと見抜いているのか、へへ、と笑うだけで逃げもしない。

「はあ」
「どうした、良也。溜息ついて」
「んにゃ。お茶くれてやったのは失敗だったかなあって」
「なんだ、ほれ、一口位なら分けてやろう」
「それは元々僕の分だよ!」

 恩着せがましく湯呑みを差し出す魔理沙に反論し、しかし僕もまだ喉も乾いていたので素直に受け取ることにする。
 このまま全部飲むとまたうるさくなりそうなので、本当に一口だけ飲んで返した。

「君たち」
「ん? なんだ、香霖」

 急須と湯呑みをもう一つ持って現れた森近さんの目は……なんか、ここ最近何度も向けられた、あの生暖かい視線だった。

 なんだろう……解せぬ。




























「はあ……」

 幻想郷の妖怪たちの、いつもの宴会の席。

 萃香相手に呑み比べという無謀な勝負に臨んだ魔理沙は、珍しい事に完全に酔い潰れていた。

「ん〜、もう一杯持ってこーい……」
「夢の中でも呑んでるのか、お前は」

 のんきな寝言を呟く魔理沙は、大酒を呑んだくせに実に幸せそうな顔で寝ている。
 しかし、人の膝を枕にするのはやめて欲しい。動けなくて、追加の酒とつまみを取りに行けない。寝るなら静かな所がいいかと、宴席から離れたのが災いした。

 どうしよう、と悩んでいると、丁度涼みにでも来たのか、アリスがやって来た。

「お、アリス。いいところに。悪いんだけど、適当な酒とつまみを取ってくれないか? いや、この有様でさ」
「いや、いいけど。なにしてるの、貴方」

 アリスが懐から人形を一つ取り出し、くい、と指を動かして宴会の中心へと遣わせる。多分、あの人形が取ってきてくれるんだろう。

「なにしているの、って言われても。えーと、膝枕?」
「……それは見ればわかるけど。魔理沙なんて、適当に転がしときゃいいじゃない」
「そういうわけにもいかんだろ」

 妙に勘のいい魔理沙のことだ。寝ていても、僕が枕の役目を放棄したら絶対に察して、明日ぶちぶち文句を言われるに決まっている。
 ……それに、まあ。別に嫌なわけではない。

 と、いったことをアリスに説明する。

「呆れた。言おう言おうと思ってたけど、貴方、女の趣味悪いわね」
「う、五月蝿いなあ。それは自覚してるから、突っ込まないでくれ」
「してるの?」
「……うん」

 いや、ね。僕の交友関係で恋人探しをした場合、普通の人間なら魔理沙は多分選ばない。それこそ、目の前のアリスの方がよっぽど一般的には優良物件だと思う。人間か妖怪かはこの際重要じゃない。
 でも、こういうのは理屈じゃないんだよ!

「でも、まだ付き合ってない?」
「うん。魔理沙、身持ち固くてさ」

 何度も主張したためか、アリスもそのことは知っているはずなのに、わざわざ確認してきた。
 否定するのも飽きてきたんだけどなあ。

「……ふーん」

 まただ。
 なぜかこういう話をすると、みんなこの生暖かい視線を向けてくるのだ。なんだって言うんだろう。

「っと、おかえり。ほら、良也」
「あ、ありがとう」

 人形の運んできたお盆を受け取る。
 お盆の上には日本酒の五合瓶とぐい呑み。そして、いくつかのつまみが彩りよく盛られている皿が乗っている。

「それじゃ、ごゆっくり」
「って、アリス。戻るのか? 休憩しに来たんじゃ」
「そうだけど、お邪魔するのもなんだしね」

 肩を竦めてアリスが去って行く。

「うーん」

 釈然としない……本当に、ここのところ釈然としない事ばかりだが、追求しても仕方がない。

 魔理沙の寝顔でも見ながら、一人しっとりと飲み明かすことにしよう。





















 なお、しばらく後。

 ようやく魔理沙と正式に付き合い始めた後。
 この頃のことを思い返し、冷静になって考えると『そりゃそういう反応するよね……』と、こっ恥ずかしくなりながら魔理沙と共に反省したのだが、

 ……まあ、この時の僕には関係のない話である。



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