僕はメイド好きである。 しかし、それはあくまでも二次での話であり、メイドという記号が好きなのであって現実でメイドやっている人に惚れるという道理はない。 ……いや、最初は本当にアニメかゲームの中から出て来たようなメイドさんに興奮していたことは否定できないが、慣れてくるとまあ普通に接してこれたと思う。 「良也様。どうぞ」 「あ、どうも」 なので、紅魔館の客人扱いとして様付けしてくる咲夜さんが紅茶を淹れてくれても、抱くのは感謝の気持ちだけであって、一つお辞儀をして去っていく彼女の背中を見送るのは、勿論その感謝の念を送っているだけなのだ。 ……いや、もう誤魔化すのはやめよう。考えてて情けなくなる。 うん。……僕は、どうやらいつの間にか咲夜さんに惚れてしまっているらしい。 「……うちの従者をキモい目で見ないでくれないかしら」 「な、なんの話だ」 ……いきなり、レミリアは失礼なことを言い放った。 パチュリーの図書館で時間を過ごした後に気紛れからかレミリアが誘ってきた茶の席なのだが、自分から誘っておいてこの言い草である。 「だから、アンタが咲夜をじーって見てるって話」 「そ、そんなことしていない。お前の勘違いじゃないのか」 ふん、と一蹴して、僕はティーカップを手に取る。うむ、芳しい香り……なんだろうな。紅茶の香りとか正直よくわからんが、多分そうに違いない。 「あら、違ったの? なんだ。もしそんなに咲夜に興味があるんだったら、あの子の今日の下着の色でも教えてやろうと思ったのに」「本当ですかレミリアさン!?」 「凄い食いつきね」 …………いやいや。 レミリアのニヤニヤ笑いに、まんまと釣られてしまったことに気が付き、僕は紅茶を啜った。 「な、なに。まあ、僕も男としてね。女性の下着に興味はなくもないが、だからって本気でそんなことを知りたがるわけがないじゃないか。僕は紳士だぞ」 「随分とまあ助平な紳士もいたものね」 「だから誤解だ」 「ふぅん、そう。まあ、いいけどね」 いいんだ。 「で、本当のところ、どうなのよ」 「どう、とは?」 「うちの咲夜に、どの程度本気なのかって話」 ……さて。 「……またしても、僕の理解できない領域で勘違いしていないか、お前」 「良也。貴方程度がこの私に隠し事が出来ると思っているのなら、それこそ大きな勘違いよ? というか、アンタは人間でも相当わかりやすい方だし」 そ、そうなのだろうか。 確かに……冷静に考えて、これまで僕が不埒なことを考えたら、大抵誰かにバレてしたしな…… ……仕方ない。観念しよう。 「……勿論、これでも本気だ」 「そ。まあ、良也は遊びで女にちょっかいかけるような度胸はないもんね」 「誠実だと言え」 「はいはい、せーじつせーじつ」 馬鹿にされている気がする。 しばしレミリアはそうして僕をからかった後、挑発するような目をこちらに向けて、こう言った。 「いいわよ。そういうことなら、この私が協力してやろうじゃない」 「……なにを企んでいる」 「失敬ね。これでも私も女子として、恋愛の話は結構好きなのよ」 女子(笑) 「……私の協力が必要ないのなら、そう言いなさい」 「ごめんなさい、手伝ってください」 伏してお願いした。 いや、咲夜さんが好きになったとは言え、ここからどう行動していいか、恋愛関係には縁遠い僕の人生経験からは導き出せない。 このままだと、遠くから彼女を見つめているだけで終了、となるのは目に見えている。 我が事ながら情けないが、レミリアがどういう意図からか協力してくれるというのであれば、ありがたく受けておくべきだろう。 ……まず間違いなくレミリアの奴に弱みを握られてしまうことになるが、その位は必要経費だ。というか、弱みのあるなしに関わらず、こいつとの関係は変わらんだろうし。 「よし。なら、明日は咲夜に休みを与えるから、後はうまいこと言って逢引に誘いなさい。そして、最後には押し倒すのよ」 「そんなことしたら逢引で合い挽き肉にされる羽目になるぞ」 「安心しなさい。合い挽きになったら血の滴るハンバーグにしてもらって、私が食べるから」 何一つ安心できないんですが、それは。 ……しかしまあ、押し倒すのはないにしても、デートに誘うのは割とありだ。咲夜さんと会って話すのは、殆どがレミリアの従者モードの時だし。そんな時に色気のある話をしようにも、仕事の邪魔をするなとナイフを突きつけられるのがオチだ。 「さて、作戦は良いわね。……咲夜、ちょっと」 「はい」 しゅた、とレミリアの言葉とともに、瞬間移動したかのように咲夜さんが現れる。 ……あの、レミリアが呼んだだけで来るとか、すごく不安に思えてきたんだけど。さっきまでの僕とレミリアの会話、聞かれていないよな。 「なんでしょうか、お嬢様」 「大したことじゃないわ。突然だけど、咲夜は明日は休みとするから。まあ、せいぜい羽根を伸ばしてきなさい」 「は? ……失礼ですが、なぜ急に」 「きまぐれよ、きまぐれ。ねえ?」 ちら、とレミリアがこちらに視線を送る。 「あ。ああ。そうなんだよ、咲夜さん。ちょっとレミリアと話してて、なぜかそんな流れに」 「はあ? まあ、休ませていただけるというのなら、ありがたく」 咲夜さんは釈然とはしない様子だったが、必要以上に主人の決定に異を挟むことはしなかった。 よ、よし。ここで、でぇとに誘うのだ。よし、ふんッス! 「そ、それで? 咲夜さん、明日休みになったみたいだけど、なにをするつもりなんですか?」 「ええ。少々決めあぐねていますが……パチュリー様の図書館から小説でも借りて読み耽ろうかと」 おし、特に強く予定を決めているわけではないらしいぞ。 「な、ならさ。どうでしょう、ここは僕とお出かけでもしませんか」 「貴方と?」 不審そうにこっちを見てくる咲夜さんの視線を、なんとか真正面から見つめ返す。 っていうか、やっぱ綺麗な人だよなあ。 「……別に、構わないけれど。急にどうしたのよ」 ぉぉぉおおおおっしゃあぁああああああああ!! ガッツポーズを取る僕に、更に混迷を深めた咲夜さんだが、やがて考えるのをやめたのか、冷めた紅茶を入れ換えに行くのだった。 ……よし! と、我ながら即興にしては中々の言葉だったと自画自賛していると、 「二十点」 「は?」 いきなりレミリアが点数をつけ始めた。 「なに、あのド下手糞な誘い文句は。ったく、これだから童貞は」 「どどどど童貞ちゃうわ!」 「嘘をついてまで見栄を張る方がよっぽどみっともないわよ」 ぐ、ぐぬぅ。 結局、そんなやりとりをしていたら夜遅くなってしまって。 その日は紅魔館に泊まらせてもらうことと相成った。 そして、朝。 「おはよう、良也。……待ち合わせまでまだあるのに、随分早いわね」 「いやあ、あっはっは」 朝食を食べ、朝風呂に入り、身だしなみを整え……紅魔館の玄関のところで咲夜さんと合流する。いつものメイド姿だが、口調からしてもう休日モードに入っているらしい。 「あ、そうだ。朝食ありがとうございます。サンドイッチ、美味しかったです」 「そう? まあ、お嬢様が昼間に起き出した時、摘めるものでも……って、作った余りだけどね」 あ、休みだってのにそんなことまでしていたんだ。 「さて、それじゃ行きましょうか」 「はい」 ふわりと、咲夜さんと共に飛び上がった。 「美鈴、ちょっと出てくるわ。日が落ちる前には帰るから」 「は〜い。……って、あれ? なぜ良也さんまで」 「さてね」 途中、門番をしている美鈴と言葉を交わし、咲夜さんが肩を竦めた。 「良也さん?」 「ま、まあいいじゃないか、細かいことは。んじゃ、美鈴、さいなら」 美鈴を誤魔化すために適当にあしらうと、美鈴はなにを勘違いしたのかにや〜と笑う。 「成る程、それでは頑張ってきてください!」 「……ぉぅ」 あ、これは察している。美鈴め、脳筋かと思えば存外感の鋭い……それともレミリアの言うとおり、僕がわかりやすいだけなのだろうか。 手を振る美鈴にどこか居心地悪いものを感じつつ、咲夜さんと並んで飛ぶ。 「……それで? 出て来たはいいけど、どこに行くのかしら」 「いやまあ、この幻想郷で行く所、って言っても……」 「そうね、里くらいか」 だよねえ。 咲夜さんと一緒でなければ、地底でも冥界でもお山の神社でも、色んな選択肢があるのだが、悪魔の右腕として鳴らしている咲夜さんが行くとカチコミをかけに来たと思われかねないので却下である。 「折角のお休みだし、たまには新しい小物でも買いましょうか」 「服とかは?」 「私の普段着も仕事着もお洒落着も、全部メイド服よ。流石に幻想郷の里じゃ売っていないから、自分で繕わないと」 ……徹底しているなあ。 「しかし、自分で作っているんですね、メイド服」 「まあね。こっちだと使用人というと女中ってイメージだけど、洋館に務めるのだからメイドでしょう? でも、メイドっぽい衣装って売っていないから」 「そうですね」 しかしそうすると、メイド服がミニスカなのも咲夜さんの趣味なのだろうか。 前はロングの方が好きだったが、今は咲夜さん風のミニスカメイドも悪くないと思えるようになってきた。 と、そんな風にグダグダと話しながら、咲夜さんと里へと飛行する。 緊張はしなくもないが、なんだかんだで彼女との付き合いもそれなりに長い。無難に会話をこなして、どうにか人里に辿り着いた。 「ふう。で、どこ行きます? 小物を買うって言ってましたけど、行きつけのお店とかあるんですか?」 「ないわねえ。強いて言えばよく行くお店と言えば香霖堂だけど」 「あまり女性向けの小物は売ってませんね」 いや、正確に言うと売っていることもある、だ。品揃えが頻繁に変わるから。 「まあ、小物ならお店に行かなくても露店でも良く売ってますし。ぶらぶら見ながら、気に入ったものがあれば……って感じで」 「そうね。のんびり行きましょうか」 そういうことになった。 さて、午前中、適当に物色した結果、咲夜さんは仕立てが良く上品なリボンと、里の鍛冶屋の弟子が軒先で売ってた小刀を二本買い求めた。 「……まだ造りは荒いけど、光るものを感じるわね。将来は良い刀匠になりそう」 「は、はあ」 昼を取るために入った蕎麦屋のテーブルで、早速買った小刀を取り出し見分する咲夜さんは、そうのたまった。 刃物の良し悪しは僕には分からないが、しかし飲食店でそんな物騒なのを取り出すのはどうなのだろうか。 「あの、咲夜さん? 周りの人が見てます」 「おっと、失敬」 咲夜さんはちらちらとこちらを観察していた他のお客さんに会釈すると、小刀を空中に放り投げる。 そして、小刀を受け止めるように掌を差し出し、 「!?」 あわや刺さるかというところ、小刀はまるで魔法のように彼女の掌に吸い込まれていった。 「ぉお〜」 周りの人が小さな感嘆の声を上げる。 種も仕掛けもない、ただ能力を応用した手品である。 咲夜さんがお辞儀をしてひらひら手を振る。見世物だったと思ったのか、それ以降、特にこちらが注目を浴びることはなかった。 「……咲夜さん、手品師としても食っていけるんじゃないですか」 「あら。それも悪くはないわね。もしお嬢様にクビにされたら、選択肢の一つにして見ようかしら」 うん、まあこんな有能なメイドさんをクビにはしないだろうけど。そういや、咲夜さんの給料ってどうなってんだろう。 ……いや、っていうかそもそも、 「あの、今更なこと聞くんですけど。咲夜さんって、なんでレミリアに雇われてんですか? なんかあったんですか?」 そう。咲夜さんのこと、全然知らないことに気がついた。 『時間を操る程度』の能力を持っている、紅魔館の瀟洒なメイドさん。意外とお茶目で、主人のレミリアをからかうこともしばしばあるが、基本的に忠誠心旺盛。んで、たまに会うプライベートモードでは結構気安い。 僕が知っている咲夜さんのことと言えば、そんくらいである。 人間にしてこんだけ破格の能力を持っている人は、貴重ってレベルじゃない。いや、希少性で言えば僕も大概っぽいが、実用性という意味では天と地だ。 そんな人が、どうして吸血鬼のメイドやってるのか。考えてみれば謎だ。 阿求ちゃんの書いた幻想郷縁起では元吸血鬼ハンターなのではないか、みたいに記載されていたが、僕としてはなんとなくその説は違うんじゃないかという気がしている。 「お嬢様に雇われることになった経緯ねえ。うーん、なんていうか。良也、貴方がうちに来ることになったのと同じよ」 「は?」 「成り行き」 いや、成り行きて。 「ええと、話したくないのなら別に」 「いや、はぐらかしているわけじゃなくて、本当に」 ……本気で? いや、咲夜さん、これでトボけたところもある人だから、もしかしたら本当なのかもしれないが。しかし、職場を決めるのに、そんな成り行きって。 「じゃあ、レミリアに雇われる前は一体……」 「まあ、そこは秘密にしておきましょうか。あまり面白い話でもないし、女は謎が多いほど魅力的だとかどっかで聞いたことがあるし」 「は、はあ……」 話したくないのか、それとも本当に大した理由はないのか。 突っ込んで聞けば教えてくれる気もするが、僕はそれ以上追求はしないことにした。 好きな人のことを知りたい、とは普通に思うけれども、聞いてなにか変な過去があったとしても別になにが変わるわけでもない。 「んじゃあ、内緒のままにしといてください。……ああ、そうだ」 「ん? なに?」 「いや、別に謎があってもなくても咲夜さんは魅力的だと思いますよ」 よしっ、今のはいいこと言ったんじゃないか!? さり気なく褒めて、それでいて気障じゃなかった! 「……あっそう」 そしてこの反応の薄さである。 蕎麦茶を啜る咲夜さんには、僕の言葉に反応している様子は見られない。 ぐ、ぐぬぅ。 「はい、おまちどお! もりそば二枚と天丼のお客様は?」 「あ、僕です」 「はい。じゃあ、そっちのお客さんが月見そばね!」 「ありがとう」 威勢のいい女の子が配膳してくれた蕎麦と天丼。うむ、美味そうである。 「それじゃ、いただきましょうか」 「ええ」 うむ。まずは蕎麦をつゆにたっぷり付けて、ずるずるっとな。 「うん、美味い」 咲夜さんも、最初は卵を崩さずに蕎麦を一口口に入れ、顔を綻ばせる。 「あら、美味し。いい店ね、ここ」 「でしょう。しかも、値段も手頃で、量も多めなんですよ」 「貴方は食べ過ぎよ。蕎麦二枚だけじゃなく、天丼まで」 そうかね? 確かに、僕は食が太い方かもしれないが、本当に沢山食べる人には全然敵わないし。 「ま、いいわ。うちだと美鈴くらいしか沢山食べるのはいないから、たまに貴方が来ると作りがいがあるし」 「あ。気を使わせてすみません」 「いいのよ。いくら時間遅延冷蔵庫で食材が痛まないからって、あまり長く保管するのもよくないし」 ああ、そういやそんな施設があったな。咲夜さんとパチュリーの合作で、生鮮食品も丸一年は新鮮なまま保存できるというやつ。 「冷蔵庫の整理が必要なら、いつでも呼んでください」 「はいはい。処分に困った食材が溜まったらご馳走してあげるわ」 会話を交わしながら、食事を進める。 やはり量が違うため、咲夜さんが先に食べ終わり、 「……なんですか、ジーっと見て」 そして、僕が食べる様子を興味深そうに見てくるのだった ……なんだろう、そんなに面白い食べ方なのだろうか。 「貴方も、昨日私を見てたからおあいこよ」 「き、気付いてたんですか」 「ええ、まあね。なんで見てたの?」 「あ、いや、別に大した理由があったわけじゃ」 うが。こ、これはマズイ。自分をジロジロ見てくるエロ小僧め、とでも思われているに違いない。別に変な所を見ていたわけじゃないけれども、そういう疑いを持たれた時点でアウトだ。 痛恨の失敗に、僕はヤケになって残りの天丼をかきこんだ。 「そんなに急がなくてもいいのに」 「い、いえ。別に急いでいるわけでは」 同席している人を待たせるのもなんだし。 注文したものを全て食べ終え、程よい満腹感を抱えて僕は一つ息をつく。 「あ。お茶のおかわりをもらえるかしら。二人分ね」 「かしこまりましたー!」 そこですかさず咲夜さんがお茶を頼む。 ……素晴らしいタイミングだ。 程なく運ばれてきた熱々の蕎麦茶を啜り、胃袋を撫でる。 「ふぅ〜〜〜」 「満喫しているところ悪いけど。混んできたから、お茶を飲んだら出ましょうか」 「そうですね。ああ、午後からはどこ行きます?」 「そうね……」 咲夜さんはしばらく考えるが、しばらくするとさっぱりした顔をして、 「……もう、特に用事もないのよね。紅魔館に帰ろうかな、と思うんだけど、どうかしら」 と、午前中だけでもう満足したのか、帰宅の提案をした。 ……満足というか、僕のエスコートが下手くそで嫌になったという可能性もあるが。 「あ、そ、そうですか」 しかし、ここで更に無理を言って付き合わせる気は僕にはない。 どこに行くか、代替案があるわけでもないし。……ここらへんが経験値の浅い僕の限界か。 むう……とりえあず、初デートは成功半分、失敗半分ということで、お別れか。 咲夜さんに隠れて買ったアレは無駄になっちゃったな。いや、このタイミングで渡すか? 「それじゃ……」 「ええ。それじゃ、帰りましょうか。帰りはのんびり行きましょう」 ……あれ? 紅魔館への道すがら。 季節の山菜を取りに降りたり、霧の湖の湖畔でなにをするでもなくのんびりしたり。 里の用事は済んだというだけで、デートは続いていたらしい。 「はい、お待たせ。今日はお嬢様は一緒じゃないから、お茶っ葉は二等品だけどね」 「僕の舌じゃ、いつものお茶と違いがわからないんで大丈夫です」 「あらそう? ま、どちらにしろうちの茶園で取れたものだから、大差はないんだけどね」 そして、紅魔館に帰った後。普段は日が落ちた後にしか使われないテラスで、僕と咲夜さんは差し向かいでお茶会をすることになっていた。 「そういえば、今日は時間止めませんでしたね」 「お仕事でもないのに、そうぽんぽん使わないわよ。蒸らすのを待つのも大切な時間だわ」 「ははあ。さては、普段はレミリアのやつがせっかちだから」 「ま、そういうこと。あ、お嬢様には内緒ね」 咲夜さんは人差し指を口に当て、茶目っ気たっぷりにウインクする。 ……っていうか、妙に可愛い。なんか赤くなってきた気がする。 「い、言いませんって。いや、しかし、いつもより美味しい気がしますね」 「それはありがとう。今日のは、私の好きなブレンドにしてあるのよ」 成る程、いつものはレミリア好みにしてあるわけか。でも、僕としてはこっちの方が好みだ。 「これの方が好きなら、今度から良也の飲む分はこっちのブレンドにしましょうか」 「あ、いや。でも」 「いいのいいの。大して手間も変わらないから」 そ、そうなんだろうか。いや、確実にポットは増えるし、必然洗い物も多くなると思うんだけど。 ……まあ、妙に嬉しそうだから、突っ込まないでおこう。 「ふう。あ、スコーンも頂きます」 「お昼あれだけ食べたのに、健啖ねえ」 「いいじゃないですか。咲夜さんのお菓子は美味しいし」 蜂蜜を付けたスコーンを食べると、次に飲む紅茶が一層美味しくなる。 ……ふう。あ、そうだ。 「咲夜さん。これ」 僕は、自分の『倉庫』に置いておいたペンダントを取り出す。 空間を折り畳んで作ったこの倉庫は、物を隠し持つのに最適だ。 「あら。これは?」 「今日一日付き合ってもらったお礼っていうか。後は今まで色々お世話にもなっているし……その、贈り物です」 ペンダントヘッドに付いているのは素朴な木の飾りと、それに埋め込まれた小さな琥珀。 幻想郷でも取れる宝石なので、琥珀付きの装身具はそれなりに手頃な値段だ。 なんとなく、咲夜さんに似合いそうな気がして勝手に買ってしまったが、き、気に入ってくれるだろうか。 「ええと。折角だから、ありがたくいただくけれど。また、どうして? 世話になっているというのなら、貴方は霊夢にでも贈るべきだと思うけど」 「あー、いえ、そのぉー」 いや、あの女はこういうアクセサリに興味はないし、普段から賽銭を入れてやってるから……と返すのは簡単だが。 ……あまり、誤魔化すのもアカン気がする。それに、なんというか、この人は直球で言わないと気付いてくれなさそうだ。 「その。あのですね、これ、別にからかっているとか冗談とかじゃないんで、引かないんで欲しいんですけど」 「なによ」 「僕、その、咲夜さん、好きなんで。……それで、ちょっとは気を引くために、こんなのを。あーっと……ご、ごめんなさい!」 我ながら何故こんなところで謝っているのかわけがわからない。 案の定、咲夜さんもぽかんとしている。 「……………………」 「……………………」 「……………………」 「………………あの、咲夜さん?」 いや、呆け過ぎだ。 でも、事態を飲み込めていないだけなのか、別に咲夜さんはこう、顔を赤らめたりするような『らしい』反応は返してくれていない。 ……あまりにも唐突過ぎたか? 「……なにを謝っているのよ」 「あ、いえ。別に……なんとなく?」 「はあ〜〜〜」 ようやく再起動した咲夜さんは、大きく、それはもう大きくため息を付いた。 「お茶。おかわり淹れてくるわ」 気がついたら、紅茶は空になっていた。 咲夜さんはポットを持ってキッチンへ向かう。……と、咲夜さんの姿が見えなくなった後。僕は、ガクリと項垂れた。 「……駄目だったか」 「なにがよ」 「うお!?」 唐突に後ろから声をかけられて、僕はびっくりする。 ……ふと後ろを見ると、日傘を持ったレミリアがいつの間にか出現していた。 「お、お前、起きてたのか」 「ええ。貴方達が帰ってきた辺りからね。……どんな面白いことになるかと思ってたんだけど、予想以上ね」 「……そんなに僕がフラれるのが楽しいか?」 ちょっと恨めしそうな声になってしまったかもしれない。 「フラれ……? ああ、貴方、観察力ないわねえ」 「……なんだよ」 「うーん、私から見れば、一目瞭然なんだけど。……そうね、咲夜が戻ったら、耳の辺りに注目してみなさい」 「はあ?」 「それじゃね。私は馬に蹴られる趣味はないから、もう行くわ」 言って、レミリアはすぐに消える。 ……馬に蹴られ? 人の恋路を邪魔する奴が云々という話か? えー? 「どうしたのよ」 「あ、いえ、なんでもないです」 咲夜さんが戻ってくる。 そして、淀みのない動作でお茶を淹れてくれる。 ……レミリア、何が一目瞭然なんだ? いつもの完璧なメイドっぷりじゃないか。 「あの、咲夜さん?」 「なに?」 「その、さっきの。もし迷惑なんだったら忘れてください」 うぐ……我ながら、なんというチキンか。 「……嫌、ではなかったけど。戸惑いの方が大きいわ」 「う……そうですよね」 そりゃそうだ。今まで、まるでそういうことを考えていなかった相手から告白されたら、受け入れるとか受け入れないとか以前に戸惑うに決まっている。 「本当、ごめんなさい」 「謝ることじゃないわよ」 「そうですか。……うん、でも咲夜さんが好きって言ったのは、冗談とかじゃないんで」 「……二度も、三度も言わなくてもわかっているわ」 ……しつこかったか。 あ、そういえばレミリア、なんか言ってたな。 耳が、どうとか…… 「あ」 「?」 ふと、気付く。 僕から見ると、咲夜さんは普段と変わらない様子だったが、一点だけ違う。 ……なんか、耳だけ紅で染めたみたいに真っ赤だ。 まるで気になっていないと思っていたけれど、少しは咲夜さんに僕の言葉、届いていたらしい。 「……くふ」 「な、なによ。変な笑い声出して」 「いえ、なんでも」 僕も我ながら顔真っ赤になっていると思うが、それは咲夜さんも一緒だった。 ……うん。拒絶されたわけではない、ってことは。きっと、これから頑張れば目が出るってことだ。 「それより、紅茶おかわり。もらえます?」 「……はいはい」 咲夜さんと共に、お茶を飲む。 ……まずは、ここから。少しずつ距離を縮めていこう。 なお、そんな様子がじれったかったのか。 僕と咲夜さんが手探りで互いの距離を縮めていると、一ヶ月後にはレミリアに背中を蹴られ、 ……まあ、なんだ。 距離がゼロになってしまった。 「え、ええと。よろしくお願いします」 「……仕方ないわね」 仕方ない、と言いつつも、咲夜さんが妙に嬉しそうだったのが印象的だった。 |
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