紅魔館。レミリアの私室。

 以前は立ち入るには命の危険を覚悟しないといけない部屋だったのだが、今ではレミリアの興が乗れば普通に入ることが出来るようになっていた。

「なぁ……レミリア」
「ぁん? ぁにょ」

 そして、そのレミリアの私室に備え付けられたソファで、僕は寝転がり……

「……ずっと血ぃ吸うのやめてくんない? なんか、段々意識が遠くなってきたぞ」
「ぷはっ……ケチケチしないの。あんた、この私の彼氏でしょうが」

 ……あの、彼氏というのは、血液の提供者のことではないぞ、念のため。

 一瞬口を離したレミリアは、噛み痕から流れる血も勿体無いとばかりに首筋に再び取り付き、ちゅーちゅーと舐めるように吸い続ける。
 いつものガブッ! ジュルルルル、ぷはぁ! ってな感じではない。零さないだけ成長していると言っていいのか……それとも、緩慢な死に向かう恐怖を味わおうとでもしているのか。
 僕の上に馬乗りになってかぶりついてくるレミリアの表情からは、どうにも後者のような気がしてならない。

「ああ、もう……」

 サイドテーブルに置いてあるワインクーラーに手を突っ込み、冷やしてある白ワインの瓶を鷲掴んで取り出す。
 水滴がレミリアにかからないよう注意しながら、そのままラッパ飲みで二口、三口と呑み干した。
 ついでに、同じくサイドテーブルに置いてあるフルーツプレートから苺を摘み上げて口に放り込み、もいっかいワイン。甘いデザートワインに、甘酸っぱい苺が良く合う。

「こら、動くな」
「僕にも飲み食いくらいさせてくれよ」
「ったく。仕方ないわねえ。そのワイン、上等のやつなんだけど」

 ああ、道理で美味いと思った。

「はいはい、お前も呑むか?」
「勿論。寄越しな」

 瓶を渡そうとすると、『違う』と断られた。
 なんだ? と訝しみながら、それならばと僕は自分で呑み、

 その瞬間を見計らったかのように、レミリアが唇に取り付いてきた。

「んぐっ」
「ん……」

 口の中にあるワインを味わいながら、濃厚なキスを交わす。
 こ、こいつ……見た目幼女の癖に、相変わらずなんつーことをするんだ。

「ふぅ……悪くない」
「……血の味が混じって不味いんだけど」
「ほう、顔はそう言ってないよ」

 ぐぅ……

「ほら、良也。果物」
「はいよ」

 レミリアが口を開けたので、フルーツプレートからカットメロンを取り上げてその口に放り込む。
 レミリアは仰向けに僕の上に寝そべって、ワインも流し込み、ご満悦だ。

「レミリア、僕にも」
「ん、ほら」

 瓶の回し飲み。ついでにレミリアが取ってくれたパイナップルも食べる。

 そんな風に、食べたり、呑んだり、食べさせたり、呑ませたり、食べさせてもらったり、呑ませてもらったり――しばらくダラダラする。
 蕩けるような甘い酔いが体を痺れさせていく。

 そうして、ワインの瓶が空になる頃。もぞもぞと体の位置を入れ替えたレミリアが、上目遣いにこっちを見た。

「……ふう、良也?」

 あ、レミリアの目が艶めいてやがる。これ、アカン流れだ。

「若いんだから、多少酔ってもイケるね?」
「あの、レミリア。動くな」

 僕の上に乗っかってるレミリアの腰が、なんか意図された動きをして、僕の特定部位を刺激する。
 元々、ワインと果物の甘い香りと、アルコールによる酩酊、そしてレミリアの体臭で色々とクラクラしていた僕は、簡単に理性のタガが緩む。

「ヤル気じゃないか。男はそうでなくちゃね」
「……まあ」

 いや、好きな女の子にあからさまに誘われて、その気にならないのは男として間違っている。
 ……絵面的に、男としてというか、人間として間違っているという意見はあるが、それはさて置いて、

「よ、っと」

 レミリアをお姫様抱っこで抱き上げ、ベッドに向かう。

「ふふん、なかなかいい心地だ」
「そりゃ恐悦至極」

 ふんふーん、とベッドに向かう道すがら、鼻歌を歌うレミリアは、本当に機嫌が良さそうだ。
 ……しかし、下手を打つとこの機嫌が急転直下になるので、気が抜けない。

 まあ、頑張るか。








































「……えっらい退廃的な生活になっている気がする」

 コトの済んだ後。
 薔薇の香油を垂らした風呂に浸かり、じっくりと温まった後、脱衣所にいつの間にか置いてあった豪奢なガウンに身を包んでレミリアの風呂上がりを待つ。
 これまたいつの間にか用意されていた冷えた赤ワインを呑みながら待っていると、こう、なにもする気が起きなくなってくる。

 なお、紅魔館にある数少ない窓からは朝日が差し込み始めていた。……要は徹夜だったのだ。
 今日と明日、明後日と、三連休なので、昨日の夜から紅魔館にやって来ていたんだが……これは、この三連休がどうなるか、ちょっと不安である。

「良也、早いね」
「レミリアか」

 風呂上がりのレミリアがバスローブを纏って上がってきた。

「お前もワイン呑むか?」
「もらうわ」

 二つあったグラスの片方をレミリアに差し出し、ワインを注いでやる。
 いつもなら、こういうのは咲夜さんの役割なのだが、気を使っているのかなんなのか、今日は一向に姿を表さない。なのに、タイミングばっちりで風呂やなにやらの用意がされているのだから、あの人の従者魂も見上げたものである。

「ふん……」
「なんだよ」

 レミリアが僕の方を見て鼻をひくつかせる。

「うん、悪くない香り。薔薇は正解だったね。アンタ、ちょっと臭かったから……体臭っていう意味じゃなく、外の世界のガスかなにかかな?」
「……って言われてもな」

 自分じゃわからないなあ。車の排気ガスとかの臭いか?

「まあいいや。抱き枕として、合格点をやろう」
「……おい、ちょっと待て」

 今、なにか聞き捨てならんことを言わなかったか。

「なに?」
「誰が抱き枕だ」
「アンタ」

 三文字で返答が来やがった。
 言い返そうとして、どうせ無駄だとわかり、僕は溜息をつく。

「弁当だったり、ジュースだったり、友人(笑)だったり、抱き枕だったり……一体僕は何者なんだ」
「さてね。何者がいい?」

 わかってるだろうに、いやらしい笑みを浮かべて挑発してくるレミリア。僕が反発するなど、微塵も考えていない様子だ。
 ぐしゃ、と風呂上がりで湿った髪の毛を掻く。……結局、弱点をつきまくって、一度ばかりお情けの勝利を得た程度で、僕とこいつの力関係が変わるわけがない、というわけだ。
 まあ、力関係は変わっていなくとも、レミリアの態度が変わったのは事実で。それは、恥ずかしくも嬉しいわけなんだが。

 ――なんかこう、こういうやりとりにおいては、一度くらい丸め込みたいなあ、と思ったりもする。無理なんだが。

「……とりあえずは、レミリアの抱き枕の任を果たそうと思う。ていうか、僕もいい加減眠い」

 仕事を完遂させて、その足で幻想郷にやってきて。レミリアとダラダラした後にアレだ。
 風呂に入るまではハイになってて忘れていたが、風呂上がりにワインを嗜んでいると、体が急速に重くなってきた。

「そ。んじゃ、付いて来なさい。寝室の棺桶、作り直したのよ」
「……わざわざ?」
「まぁね」

 ……なんていうかこう。
 今更なんだが、こいつ意外と可愛いな。

 こういう関係になってから、どうもレミリアはやたらスキンシップを取りたがる。
 僕も別に嫌じゃない。他人に見られたら恥ずかしくて死ねるが、レミリアは他の連中がいる前だと絶対にくっついてこないし。

 うん……なんかこう、予想以上に恋人っぽいぞ? 絵面のことは言うな。


























「しかし……棺桶で寝るって、落ち着かねぇ」

 レミリアの寝室。起きてる間に寛いだりする空間とは違い、真ん中にぽつんと棺桶だけが置かれている小さな部屋。
 棺桶の色が真紅な辺りが趣味全開ではあるが……成人男性が三人は余裕を持って入れるその棺桶にレミリアと一緒に入ったところ、思った以上の息苦しさだった。密閉空間というのが良くない。

「枕が文句を言わない。さっさと寝るわよ」
「へーい」

 まあでも、この疲労感とレミリアの暖かい感触は、僕を容易に眠りへと落としていく。緊張して眠れないかとも思ったけど、そんなことはなかった。

「ちょっと、良也」
「……なんだよ、寝かせろよ」

 腕の中のレミリアが、不機嫌そうな声を出す。折角微睡んでいたというのに。

「寝物語くらい聞かせなさい。気の利かない」
「……それはごめんなさい。どんな話がいいんだ」
「そうねえ。自分で考えてみなさいな。私を楽しませるような話をお願いね」

 くすくすと、レミリアが含み笑いを漏らしながら、挑発するように言う。
 ……こいつの琴線に触れるような話かあ。

「うん、それは無理だな」
「ちょっと!」
「いや。いざ話せって言われて面白い話出来るほど、僕は器用じゃないっていうか……そのくらいわかってるだろうに」
「それでももうちょっと頑張りなさいよ。滑稽な話をするところを見て、からかってやるつもりだったのに」

 うわ、こいつ性格悪ぃ。わかっていたことだけども。

「この暴君め……」
「そうよ。文句ある? 夜の眷属の王にして、この館の主。そして、貴方の所有者であるこの私に」
「てい」

 ないわけがなかろう、とレミリアの脇腹をつつく。

「わひゃ!?」
「とりあえず、最後のには流石に物申したいぞ」
「くっ、この、生意気な」
「爪を立てるな!?」

 僕の可愛らしい反撃に対して、レミリアは僕の胸板をガリッ、と引っ掻いた。
 暗闇で見えないけど、ぜってー爪伸ばしてる。下手なナイフなんかメじゃない切れ味を誇るレミリアの爪で引っ掻かれたのだから、僕の肌なんぞ容易に切り裂かれてしまった。

「ふん、下手に反抗するからさ。……ん」

 レミリアの舌が、傷口を舐める。
 痛さとくすぐったさで身じろぎすると、動くなとばかりに両腕で抱え込まれた。

「っんん……。ほら、新品の棺桶を血で汚しちゃ……駄目でしょう……が」
「……自業自得って言葉を知ってるか?」
「私の辞書にはそんな言葉は載っていないわ」

 落丁かい。

「……はあ。寝入るより先に、貧血で気絶しそうなんだが」
「じゃあ、気絶してる間にミイラにでもしてあげましょうか。棺桶にミイラは定番だし」
「お前は自分の寝床にミイラが寝てても平気なのか」
「……流石にそれは嫌ね」

 リアルに想像したのか、本気で嫌そうな声を出すレミリア。だから、もう少し考えて発言をしろと言うのだ。

「はあ〜あ。もう。バタバタしてないで寝ましょう」
「バタバタしたのは僕のせいじゃないと思うが……」

 それを最後に、ようやく静かになる。
 しばらく、目を瞑るが、一度去った眠気は中々訪れてくれない。

 無意識に、レミリアの背中や髪を撫でる。……あ、少し眠くなってきたかも。

「……ちょっと」
「……なんだ?」

 レミリアも眠りそうになっているのか、声が若干寝ぼけている。

「……あまり、撫でくり回さないで」
「……いや……うん、気持ちいいから」

 あ、僕もちょっと今、半分寝てて正直すぎること言ってら……

「そう……じゃ、仕方ないわね……」
「しかたない、しかたない」
「まー、ゆるしたげる……ぅー」

 レミリアの寝息が聞こえる。
 本当に眠ったかな。

 うむ……僕も、そろそろ、意識が……






























「おはよう、レミィ、良也」
「ぉはよう、パチェ。ふぁ……眠いわねえ」

 起きだして、寝間着のままテラスに向かうと、先客のパチュリーが月明かりを頼りに本を読んでいた。……目、悪くなるぞ。
 んで、パチュリーと一緒に本(こっちは児童文学だ)を読んでいたフランドールが、きょとんとする。

「お姉様……って、あれ? 良也も一緒?」
「フランドール、おはよう」
「もうおそようよ。ほら、月があんなに高くなってる」

 からかうように笑うフランドールは、本当に成長した。

 ……いや、しかし言っていることはもっともだな。すでに夜八時。寝たのが確か朝六時くらいだったから……十四時間?

「ちょっと寝過ぎたか……」
「まったく、寝床に入ってからもゴチャゴチャやかましくしてるからよ」
「……それは僕のせいではないような」
「ァン?」
「なんでもない」

 お手上げのポーズをして、テラスに用意されている椅子に座る。ついでに、レミリアの椅子も引いてやった。

「良也? お姉様とお泊り会したの?」
「うーん、そんなようなもんだ」
「わー! ズルい! 私もお姉様と一緒にお泊り会する!」

 ……果たして、一つ屋根の下に暮らしている者同士で、お泊り会は成り立つのだろうか。

「そうね、そのうちやりましょうか。パチェもどう?」
「まあ、付き合いましょうか。流石に、私は棺桶は嫌よ」
「そうねえ。フランの部屋なら、地下にあるし、ベッドも大きいし、いいんじゃないかしら」

 キャピキャピしてんなぁ。
 などと、感心していると、すっ、と音も立てずに背後に咲夜さんの気配が現れた。

「おはようございます、お嬢様、良也様。おゆはんはいかがいたしますか?」
「あー、私はいいや。紅茶と茶菓子だけ持って来て」
「かしこまりました」

 レミリアと二人っきりならばともかく、他のみんなと一緒なら、咲夜さんも普通に出てくる。
 さて、僕はどうしようか……寝起きだから軽めのものでも用意してもらおうかな、と考えていると、ぐぅ〜〜、と我がお腹が実に正直な音をたてる。

「良也、かっこ悪ーい」

 フランドールが、笑ってからかってくる。
 く、くそう……

「……咲夜さん。血が足りないんで。肉大盛りで」
「はい、それでは丁度朝に締めた鶏がありますので、ローストして参ります」
「うお、それはまた……」

 時間がかかりそうな……

「お待たせしました」

 ……なんて思っていたら、一瞬咲夜さんの姿がブレて、次の瞬間にはテーブルの上にジュウジュウと美味しそうな音を立てるローストチキンが出現していた。

 咲夜さんの『時間に止まる』タイプの時間操作だ。
 『時間を止める』タイプなら認識できるんだけど、そっちのタイプだと無理なんだよなあ。
 エネルギーを大量に食うらしく、家事くらいでしか活用できないらしいが。

「お嬢様はスコーンを。ジャムと蜂蜜をご用意しております」
「ありがとう、咲夜」
「そんじゃ、いただきます」

 一緒に配膳されたパンとサラダボウルを攻略にかかる。

「しかし、レミィ。まさか貴女が良也とね……良也の方はまあ、変態趣味入ってるから、そういうこともあるんじゃないかなって思うけど。レミィが応えるとは思ってなかったわ」
「言わないでよ。私だって、らしくないって自覚はしてるわ」

 ……今、僕ナチュラルにディスられなかったか?
 そして、レミリアも否定しねぇし。

「おい、誰が変態だ」
「貴女」
「アンタ」

 おう、親友二人がほぼ同時に返しやがった。

「変態……?」
「そうよ、フラン。今後は良也に下手に近付いちゃ駄目。こいつ、本性現し始めたからね」
「おいこら。なんだよ、本性って」

 そんな、フランドールに危険が及ぶような本性なんて、持っているわけがないじゃないか。

「なにか反論があるなら言って御覧なさい」
「えー……僕は決してロリコンというわけではなく、たまたま好きになった人の外見がロリなだけの普通の人間……」
「ダウト」

 ええ!?

「う、嘘は言ってないぞ」
「パチェ? 普通の人間は、見た目が幼い女に素で惚れるものかしら」
「ノン」
「パチェ? 普通の人間は、そんな女を抱けるかしら」
「ノン」
「あと、良也って人間だっけ?」
「ノン」

 さっきからこの親友同士、コンビネーション酷くね!?

「んー? なに、どうしたの、良也。お姉様を怒らせるようなことした?」
「いやー、どうだろうなー」
「もう、良也は弱っちいんだから、お姉様に喧嘩売っちゃ駄目なのよ。仕方ないから、いざってときは私が味方してあげる」

 マジでか。
 ぉぉぅ……フランドールの背後に、なんか後光が差しているように見えるぞ。

 いや、レミリアと近しい関係になったということは、勿論本望なのだが、同時に奴の機嫌を損ねる可能性も、また跳ね上がったというわけで……
 唯一、レミリアが甘いフランドールを味方に付けられるのはかなり大きい気がする。

「でも、お礼は頂戴ね?」
「……へいへい」

 チロ、と唇を舌で湿らせ、発達した犬歯を見せて笑うフランドールは、やっぱ精神的に子供でも吸血鬼なんだなぁ、とか思ったり。
 あーん、と口を開けて近付いてくるフランドールに、半ば僕は諦めながら手を差し出そうとして、

「……フラン」
「え? なに、お姉様」
「まあその、良也の血は、今日は私が予約済みなのよ。だから、今日は遠慮してくれる」
「ええ〜」

 うわ、珍しい。いつものレミリアなら、貪り尽くして上げなさいとか言うのに。

「お姉様、昨日良也と一緒だったみたいじゃない」
「それはそうなんだけど……」
「じゃ、今日は私ね」

 勿論、それは血を吸う順番が、という意味である。
 しかし、昨日僕としたことを思い出したのか、レミリアは顔を引き攣らせ、物凄い目でこっちを見た。

「一応言っとくけど、良也。フランに手ぇ出したらわかってるわね?」
「……僕に自殺願望はない」
「ええ? 手、出してよ」

 ――!!?!?

「え!? ちょ、フラン!? 意味分かってるの!?」
「? わかってるわよ。いつもやってるじゃない」
「良也ァ!?」
「僕は無実だ!」

 なにフランドールは恐ろしいことを言ってるのだろう!? もしかして僕、フランドールになにか恨みでも買ったか!? そして、レミリアを使って僕を亡き者にしようと?
 ……フランドール、恐ろしい子!

「……あの、お二人とも」
「なに、咲夜。ああ、そうそう。拷問器具を発注しておいて頂戴。ちょっとこの男を躾けないと」
「おい!? 恐ろしいことをさらっと言うな!?」

 痛覚は鈍ってるけど、流石に拷問されたら痛ぇよ! そうなったら自ら死んで逃げるしかないが、レミリアからはそんなことをしても到底逃げ切れる気がしない。

「いやその、良也様、お手を」

 はあ、と咲夜さんは心底呆れた様子で、僕の手を取り、フランドールの口元に持っていく。

「あ、咲夜ありがと」
「手出し、とはこういう意味で」

 ……あー、そっか。成る程。

「はっはっは、わかってみれば、なんてことないオチだったな……」
「そうね……」

 はあ、無駄に疲れた。

「ええ。でもなかなか面白かったので、文々。新聞の読者投稿欄に今の話を投稿してみますね」
「え゛?」

 い、いま、なんておっしゃいましたか、咲夜さん。

「ちょ、咲夜!? やめなさい、これは命令よ」
「はい。承りました。就業時間中は」
「ちょっと!?」

 こんな話を投稿したりしたら、射命丸の校閲という名の拡大解釈によって『土樹良也さんスカーレット姉妹を二股にかけ修羅場に――家政婦もといメイドは見た!』などという根も葉もない事実無根のテロップが紙面を飾りかねない。

「咲夜……貴女が反抗してくるなんて、いつ以来かしら」
「いえ、お嬢様。私は反抗など」
「へーえ、そう。なら、それでいいわ。弾幕ごっこでケリをつけましょうか」
「それをお嬢様がお望みであるならば」

 白々しい……

 空中に飛んで行く二人の姿を見送って、僕はうなだれた。
 レミリア、勝ってくれと祈りながら。

「ねえ、良也。結局、なんだったの? よくわかんないんだけど、なんでお姉様と咲夜が弾幕ごっこしてるの?」
「……そうだねー、なんでだろーねー」

 フランドールに責任はない。早とちりした僕とレミリアのせいだ。
 うん、しかし、僕とレミリアの仲はこの子にすげぇ引っ掻き回されそうな予感がする。

 ――多分、間違ってない。





















 咲夜さんとの弾幕ごっこに勝利を収め、私は文々。新聞に投稿しませんと血判まで押させたレミリアは、今は自室でぐでー、となっていた。

「はあ、疲れたわ」
「お疲れさん」
「だったら、肩くらい揉みなさい」

 ぱたぱたと、今は小さくしている蝙蝠の羽を動かしてレミリアが催促してくる。

「いいけど……凝るのか? 肩?」
「気分的なものよ」
「そうかい」

 そういうことなら、まあ。
 と、レミリアの小さすぎる肩を掴んで、ぎゅっ、ぎゅっ、と揉み込んでやる。

 ふぅ〜、と溜息を付くレミリアに、僕はちょっとおどけて尋ねる。

「具合はいかがですかね、お嬢様?」
「ええ、悪くないわ。続けて頂戴」

 無防備に任せてくるレミリアに苦笑して、僕は肩揉みを続けた。
 いつも連れている咲夜さんさえいないこの空間では、レミリアも安心して身を任せてくれる。

 穏やかに過ごしながら、僕とレミリアはぽつぽつと、言葉を交わす。

「しかし、なんか一日の初めからケチが付いちゃったわね。……で、今日はなにをしましょうか」
「そうだな……幻想郷の夜の散歩とかどうだ?」
「悪くないわね。今日は月が綺麗だし。……あ、ちなみに、ここはお前のほうが綺麗だよ、とか言う場面よ?」
「……女性の美しさと自然の美しさは全く別物で、比較できるもんじゃないと思います」
「ちょっと」
「先にネタ潰しされてわざわざ言える程、僕の面の皮は厚くない」
「ふん。ああ、ワインとお弁当、持って行きましょう」
「じゃ、咲夜さんに……いや、僕らで作るか」
「ええ?」
「お前と料理するのも、意外と楽しそうだ」
「……お弁当が言うじゃない」
「また僕を弁当扱いかよ!?」

 レミリアとこれからの予定を話し合う。
 ――きっと、これからも、僕とこいつはこんな風に過ごしていくのだろう。

 そんなことを、再度確認した、休日だった。



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